ザ・グレート・展開予測ショー

絶対苛烈チルドレン!


投稿者名:竹
投稿日時:(05/10/12)

 お兄ちゃんが、居なくなってしまった。



 私のママが入院した。
 だから。ママの弟子であるその年上のひとは、ママの勧めに従い、イギリスへ留学する事を決め、そして、旅立っていった。
 ママはゴーストスイーパー。その弟子であるところの彼も、当然ゴーストスイーパーを志望している。崇高な意思を持ち、目標の為には努力を惜しまない人だ。ママもそれを知っているから、彼を高く買っていた。
 そして、私も……

 いや、私は――



 人の霊能力には、成長期がある。それは一般に概ね十代までと言われ、二十代に入ってから霊能力を爆発的に伸ばすのは、何につけても難しくなる。私より八つ年上の彼は十八歳。最も修行に精を出すべきであるこの時期に、安穏と立ち止まっている暇など無い。そう判断したから、ママは自分の入院によって彼の修行が停滞する事を懼れ、イギリスの高名な霊能力者に彼を預ける事にしたのだ。
 そうして彼は、旅立って行った。
 見知らぬ空へ。



 彼を乗せた飛行機が、ぐんぐんと高度を上げ、やがて白い雲の中に見えなくなっていった。
 私にはそれを、ただ見送るしか出来ない。ママに代わって、彼の見送りに来ただけの私には。
 私には、彼を引き止める力は無い。引き止めてはいけない。彼の輝かしい将来を潰す権利など、私には無いのだから。かと言って、彼に付いて行く事も出来ない。精一杯のプロポーズも、当然の如くに梨の飛礫。悲しいかな、私は子供なのだ。
 分かってる、分かってる、けれど――


 大空を見上げ、零れ落ちる涙をハンカチで拭った。





【絶対苛烈チルドレン!】





「……ふうっ」
 止め処なく溢れ出る涙に、ハンカチを押し当て無理矢理塞き止めて、私は前を向いた。
 いつまでも、こんなところで落ち込んではいられない。お兄ちゃんは、前へ前へと歩んでいっている。私も、こんなところで立ち止まっている訳には行かない。


「さてと……どうしよ」
 ママの実家である美神家は、それなりに有名な霊能者の家系だと言う。とは言え、ママから多少はゴーストスイーパーとしての手解きを受けてはいるものの、私はあくまで普通の小学生でしかない。才能はあるのだろうが、まだ本格的な勉強もしていないし、早熟でもない。将来はママのような立派なゴーストスイーパーになるのが夢だが、今の私は除霊のお札すらまともに使えない子供だ。
 娘を危険な目に遭わせたくないのだろう、お兄ちゃんのように本格的な修行をしたいと言う私の訴えを、ママはにべもなく駄目だといった。曰く、中学生になってからでも遅くは無いどころか、早いくらいなのだとか。私が目指すのは職業ゴーストスイーパーなのだから、心も経験も未熟な内に、変に詰め込むのは却ってよくないのだと言う。ママの言う事だ、間違いは無いだろうが。
「むう……」
 ちょっと不満は感じるももの、今それを言ったところでどうしようもない。取り敢えず……
「取り敢えず、お家に帰ろうか」
 ママが入院したので、研究の為に長く海外に出ていた父親が、家に戻ってきていた。


 ――父親。
 そう、父親である。
 ついこの間、病院で初めて逢った。学校から帰ってきて、ママのお見舞いに出掛けた病院。病室のママの枕元に座っていた、鉄仮面を被った陰気な男。ママは彼を、私の父親だと言った。
 家に帰れば、その男が居る。
 自分の子供も、妻さえも放って、遠い地で研究に没頭する男。何か事情があるらしいが、自分の子供である私さえも避ける、人の目を見ようとしない軽蔑したくなるような男が。
 私はずっと、自分の家は母子家庭だと思っていた。私は、ママが大好きだ。この世で一番、尊敬している。父親なんか居なくても、何の不都合も無かったのに。ましてや、あんな男が父親だなんて、知らない方が寧ろよかった。
 なのに――
 なのにどうしてママは、あの男と話をする時、あの男の話をする時、あんなに嬉しそうな顔をするのだろう。


「はあ……」
 何にしても、気の重い事だ。
 近くの駅から電車に乗って、家に帰れば、あの男と二人きり。まだ、彼を父と呼ぶ気にすらなれない現状では、気まずい事この上ない。だが、どう粋がろうと自分は十歳のコドモ。夜になったら、このまま家に帰らない訳にもいかない。
「……」
 まあ、しかしあんな男でも――自分はまだ認めてはいないが――父親は父親だ。私を自分の娘だとは思っているようだし、研究を中断してわざわざ帰国したと言う事は、私の世話をしてくれるつもりはあるのだろう。コミュニケーションなど取らなくても、扶養関係は成り立つ……筈だ。
 それならそれで構わないだろう。不満は残るが、問題は無い。ママ曰く、父も私の事を愛しているのだそうだし。どうだか、どこまで信用は出来るのか分からない話だが。少なくとも、そんなもの態度に出してくれなければ伝わらない。
 尤も、それはお互い様かも知れない。私とて、いきなり現れた父親との距離を測りかねている。まあ、今は……これでいいのだろう。

「ん……?」

 そんな取り止めも無い事を考えながら、ぼんやりと歩いていた私の耳に、何かが回っているような乾いた摩擦音と、女の子の悲鳴が届いた。それも、すぐ近くで。

「――わああっ!?」




 次の瞬間、私の世界は回転した――。
 などと、仰々しく言う必要も無いのだけど、今、私の視界には、現在の私の心情とは正反対の、雲一つ無い青空が広がっている。
 要するに、私は転倒したのだ。
「痛たたた……」
 地面にぶつけたところを擦りながら身を起こすと、目の前には知らない女の子が居た。年の頃は、私と同じか少し上くらいだろう。遺伝なのか日に焼けているのか、浅黒い肌が印象的だ。インラインスケートを履き、肘と膝には子供のくせに生意気にも本格的なプロテクターを着けている。
 よく分からないが、私は彼女と衝突し、それで転倒してしまったようだ。
 その色黒の少女は、まだ今一状況を把握できていない私にその意志の強そうな瞳を向けると、きつい口調で言い放った。
「危ないじゃない、気を付けるワケ!」
 ……むかっときた。
 何だ、私が悪いのか? ぶつかってきたのは、そっちの方だろう。大体、公道をインラインスケートなどで滑るのが悪い。こちとら、交通弱者だぞ。
 元々、私は勝気な方だ。強くてタカビーな娘になれと、幼い頃から母に言われて育ってきた。こんな理不尽を受けて黙って泣き寝入りする程、可愛い性格はしていない。そして丁度、お兄ちゃんの留学や父親の事で鬱な気分になっていたところでもあったのが、私に次の行動を決定させた。
「待ちなさいよっ!」
 既に一人立ち上がり、一言も謝らないままに私に背を向けて走り去ろうとしていた色黒の後頭部に、私はヨーヨーを投げてぶつけた。
 ヨーヨーはガツーン! といい音を響かせて、(プロテクターなんぞしているくせに)何故かヘルメットも被らず無防備だった、彼女の後頭部に命中した。色黒はそのまま前につんのめり、鼻から無様に地に伏した。
「あははははっ」
 その姿を見て少し気が晴れた私は、先刻からの嫌な気分を吹き飛ばすべく、少々大袈裟に高笑いをしてやった。すると鼻を押さえながら立ち上がった先方は、当然予測できた事ながら、厳しい表情でこちらを睨むと大声で怒鳴った。
「何するのよ、いきなり! 喧嘩売ってるワケ!?」
 否、とは言えない。現に今の私には、彼女の整った顔立ちが鼻血と怒りとで壮絶に歪むのが、愉快なものとしか移らない。
「よく言うわ、そっちがぶつかってきたんじゃないの。ここは公園じゃなくて、天下の往来よ。誰がどう見たって、悪いのはあんたでしょ!」
 とは言え勿論、黙って文句を言われているつもりはないから、私も相手を睨み付けて言い返す。うん、我ながら一分の隙も無い言い分だ。どう考えても、正統性は私の方にあるよね。
「馬鹿言うんじゃないワケ! おたくがぼーっとして、ふらふら歩いてたからぶつかったんでしょ。私は避けようとしてたし、速度だってギリギリまで落としてたのよ?」
 え。何、そうなの? 嫌な考え事をしてたから、ぼーっとしてたってのは本当かもだけど、ふらふら歩いてたかどうかまでは分からないなぁ。一方の当事者である私が知らない以上、これは争点にはならないわよね。うん、何たって私が知らないんだもの。重要なのは、この色黒がインラインスケートで公道を走って、私にぶつかってきたと言う事実だけ。そう、大義は我にあり。私は悪くない。
「うっさいわねぇ、言い訳はいいから、素直にごめんなさいて言いなさいよ」
「なっ……、図々しいわね! ったく、こっちはこれからあのむかつく叔母さんと一緒に暮らさなきゃいけないってんで、苛々してるってのに……。おたくこそ、さっさと私に謝るワケ!」
「な、何で私が謝らなくちゃいけないのよ! 馬鹿じゃないの?」
「ば、馬鹿はどっちだ、クソガキっ!」
 私は、悪くない。
「誰がクソガキよ!」
「おたくよ、おたく!」
「なっ、なによッ! この黒焦げ女! イモリ! 爪切りっ!」
「黒焦げ言うなーーーーーっ!」




 相手は一向に謝る気配を見せないが、こちらとて退いてやるつもりは無い。こうなったら、意地でも謝罪させてやる。
 そんなこんなでやいのやいのと口論を続けていた私と色黒だったが、暫くして、その私達をすぐ側で見ている奴が居るのに気付く。
「「ん?」」
 二人して振り向いた先には、これまた私達と同年代くらいの女の子が立っていた。
 おかっぱの彼女が自分より年上なのか年下なのか、ぱっと見で分からなかった。何やら高級そうなドレス紛いの服に身を包んだ幼い顔立ちの彼女は、人形のような格好で、人形のように笑みを顔に貼り付けたまま、微動だにせずに私達の諍いを観察していた。
「……何よ、見世物じゃないわよ」
 そう言ったのは、私と色黒のどちらだったか。殺気立って剣呑な目で自分を見る私達に、おかっぱは意識の無いかのような緩慢な動作で一拍置くと、それから徐に口を開いた。
「え〜〜、なあに?」
「は……?」
 それは何か、よく分からない反応だったが。
「だから、見てるんじゃないわよっての」
「どうして?」
「どうしてって……そもそも、おたくはそんなとこで何やってるワケ?」
 どうにも、テンポの狂う子だった。先程まで口論していた私と色黒が、共同戦線を張らねばならなくなるくらいに。
 彼女の持つ不思議な雰囲気は、ただ緩いと言うだけではない。殊更に、頭が悪いと言う訳でもないのだろう。だのに。
 気勢は削がれたものの、苛ついた感情は逆に堆積していった。塞き止められて、静かに。
「マーくんに怪我させちゃったから、お母様にお友達を取り上げられちゃって〜〜。一人で遊んできなさいって言われちゃったの〜〜」
「?」
 おかっぱが何やら色黒の質問に対する答えらしきものを語り始めたが、意味がさっぱり分からない。お友達と書いて式神と振り仮名を振れ、と頭のどこかで誰かが囁いたような気もしたが。これが霊感?
「一人でお散歩してたの」
「いや、だから?」
「ここを通ろうとしてたのよ〜〜」
「……」
 おかっぱの応えに、私と色黒は揃って沈黙した。ええと、何だっけ。ちょっと整理しないと、彼女のセリフは理解できない。何だろ、詰まりが道の真ん中で騒いでたら邪魔だから、そこをどけと言いたいのか? これだけ道幅広いんだから、避けて行けばいいじゃないか。
 そんな私達を尻目に、おかっぱはマイペースに会話を続けようとする。
「あなたたち、暇なの〜〜?」
「え?」
「暇なんだったら、私と遊びましょ〜〜。お友達が居なくて、寂しいの〜〜」
「いや、あのね」
「ね〜〜、いいでしょ〜〜?」
 何なのだ。
「う……」
 首を傾げてこちらを見詰めるおかっぱに気圧されて、私も色黒も口篭もってしまった。
 彼女の表情は、とても生き生きとしていた。何故に私は、これが人形のようだなどと思ったのだろう。……いや。確かに先程まで、彼女は人形そのものだった。自分の意思など無いかのような、無機質な笑顔を貼り付けていた筈だ。それが――
「二人とも、私と遊ぶのなんて嫌〜〜? それとも、何か用事でもあるの」
「いや、私は別に……」
「私も……」
「じゃあ、遊びましょ〜〜」
 その顔が今は、別人のように輝いている。魂の入った人形のように。


「……ダメ?」
「……」
 私達は、断れなかった。




 結局。
 私とおかっぱと色黒とは、近くの公園で互いの名も知らぬまま、陽が暮れるまで遊び倒した。おかっぱのスローなようで妙に強引なペースに飲まれ、お兄ちゃんの事も父親の事も、先程の色黒との喧嘩ですら忘れ無心にはしゃぎ回った。
 ポコペン、高鬼、かくれんぼ。
 ままごと、縄跳び、ヨーヨー遊び。
 おかっぱの鈍間な動きに、微妙に成立してないゲームもあったけど。
 楽しかった。最近、何となく沈んでいたから。こんなに真剣に遊んだのは、こんなに笑ったのは、ちょっと久し振りかも知れない。


「二人とも、ありがと〜〜。今日は、楽しかったわ〜〜」
 そう言って、おかっぱは彼女を迎えに来た(らしい)何か……変な……四つ足で角が生えてる動物に乗り、私達に別れを告げ、家路に着いた。
「また遊んでね〜〜」
 名も知らぬ少女は、語尾を響かせて夕焼けの向こうに沈んでいった。
「……」
「……」
 そして、夕暮れの公園に残されたのは、私と色黒の二人。
「じゃあ、私もこれで。おたくとは、また会う事も無いだろうけど……」
 そう言って、色黒は私に背を向けた。
「今日は久々に、楽しかったワケ。……ぶつかったのは悪かったわね、怪我が無くてよかったわ」
 彼女の頬が紅く染まっているように見えたのは、夕陽の照り返しだったろうか。確かめる間も無く、彼女のインラインスケートの車輪の音は遠ざかっていってしまった。



「――……」
 言い知れない満足感と喪失感とが、空っ風と共に私の胸を駆ける。
 それが何かは分からないけど、取り敢えず何かすっきりしたのは確かだ。色々あって苛々してたけど、明日からは、もうちょっとポジティブに生きていけるかも知れない。
 よかった。


「……ありがと」
 どこの誰とも知れない、ひととき限りの友人達に、私は勝手にお礼を言った。


 そして私は、電車に乗って家路に着く。
 束の間の出会いをくれた、この見知らぬ街に別れを告げて。









 数年後、彼女達と思いも寄らないところで再会するとは、今の私には知る由も無かった。

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