ザ・グレート・展開予測ショー

雪の日に。(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:かいる
投稿日時:(05/10/10)

線の細い研究者。世間知らずのお坊ちゃん。
彼と初めてあったときは、そんな印象くらいしか無かった。


その印象が変わるのはそう先のことではないのだけれど。


そう、彼と初めて出会った日には、雪が降っていた。


とてもとてもつめたい、体の芯まで凍えるような、白い雪が――――――――







    雪の日に。 (絶対可憐チルドレン)








―――――私にとって、他人が私に触れたがらないのは当然のことだった。




本音と建前、人間はそのふたつのバランスをうまくとって生きている。


しかし私の能力である接触感応能力はその本音建前の壁を取り払ってしまう。
それはその人のプライバシーを守る理性という壁を、取り払ってしまうことに等しい。


そして、皮肉なことに私は、「そうされることへの嫌悪の感情」、
つまり私に対する嫌悪も明確に受け取ってしまう。


人は、私に触られることを極端に恐れる。子供の頃からそうだった。
それは当たり前のことで・・・拒絶されることには慣れていた。


親には、愛されて育ってきた。父は警察という、人の心の暗い部分を主に相手取る職業である分、
嫌が応にも人の心の闇を見つめざるを得ない力を持った娘を心配し、不器用ながら愛してくれた。


母も、できる限り私のことを愛してくれた。しかし、不器用な父が私にかかりきりになる姿を見て、
少なからず母は粘ついた感情を持ち、そしてそれを自覚していたようだ。


そんな感情を私に知られたくなかったのか、母はいつからか、私のことを抱きしめてはくれなくなっていた――――――。






それはほんのささいなこと。気にするようなことでもない。
人はいつか、親の元から独り立ちする日が来る。
それがほんの少し早まっただけなのだと―――――自分に言い聞かせた。









――――――私を抱きしめてくれる人はいなくなった。

これからも現れることはないだろう。・・・・・・そんな風に思っていた。










ことある毎にこちらに説教をしてくる新米管理官、20歳でBABELに来た秀才なのに、
どこか無鉄砲な彼がやって来たのは雪が降る朝だった。


「・・・紫穂君・・・だったかな。これから君たちの管理官を勤めさせてもらいます。
皆本です。よろしく。」


手を差し出しながら、彼は言う。緊張しているのか、表情はどこかぎこちない。


「・・・・・・ふーん。」値踏みするように彼の顔、雰囲気を見る。


線の細い、いかにも世間知らずのお坊ちゃん、といったタイプ。
一足先に彼と出会っていた薫ちゃんが「・・・一月もてば良い方かな?」と思っていたのもうなずけた。


「短い間になると思いますけど・・・よろしくお願いします。」


スッと通り過ぎる。


我ながら可愛げがない。
・・・彼が私を接触感応能力者だと知りながら握手を求めてきたことは意外だったけど・・・
・・・大抵、私に自分から接触してくる輩には下心がある。


その内容は様々だったけど、好きこのんで、私にとって不快な感情を読み取ろうとは思わなかった。


固まっている彼を残して、去る私。
窓の外には雪が降っているのが見えた。静かに降り積もっていく白い雪。


それは見ているだけで、私の心までも冷たく覆っていくように感じた。


拒絶されることには慣れていた私。
いつからか私は、拒絶することにも痛みを覚えなくなったのかもしれない。








それから一ヶ月の間、彼は私たちとの距離を縮めようと一生懸命だった。
けれど、なんとなく私は彼を避けるようになっていた。


一ヶ月も一緒に任務をこなせば、彼がどんな人間かはだいたいわかる。
薫ちゃんとも葵ちゃんとも彼は順調に打ち解けていった。
・・・正直なところ私もどんどん彼に惹かれていったのではあるが、
だからこそ私は――――――彼を触ったときに、嫌悪の情が視えることを恐れたのだろう。





触らなければ嫌われることもない。
親しくならなければ傷つくこともない。





そんなことを思っている内に、あの事件は起こった。


予知者集団によって、ビル倒壊事故が予知されたのだ。
私たち特務エスパーにその原因の究明と未然に事故を防止する任務が下された。


ひどい吹雪の日だった。強風のためヘリは使用不能。車で現地へと向かうことになった。


「このクソ寒い中、なんで出動しなきゃなんねーんだよっ!」


「そう言うな。ビルの倒壊だぞ?事によっては何十人と死傷者が出るかも知れないんだ。
我慢しろ。それに、僕らにとっても安全とはいえない任務なんだ。気を引き締めろ。」


「へーへー。・・・ったくかったりーなー。」


「全然わかってないじゃないか!大体な―――――――」


「はいはい、ふたりとも、漫才はそこまでや。・・・着いたみたいやで。」



葵ちゃんの言ったとおり、倒壊が予知されたビルが私たちの目の前にあった。
車から降りる。風が強い。雪が少し積もり始めていた。


雪がついたビルの壁に手を当てて、さっそくサイコメトリーしてみる。


目の前のビルは15階ほどの高さで、確かにかなり老朽化が進んでいるようではあるが、
今すぐにどうにかなりそうなほど古くはない。いったい何が起こればこの建物が倒れるというのか。


この建物からは悪意、害意といったものは感じることができない。
爆弾や、妨害工作がなされた可能性は限りなく低い。


人為的な事故じゃない?だとするならば――――――――――










視界が揺れる。―――――――――地震!








この一帯は地盤沈下の影響を受けて、建物の基礎が揺らいでいる。
このビルの強度では自重に耐えきれない!


傾くビル。不気味なほどゆっくりと、軋むような音を立ててコンクリートの塔が揺らぐ。


割れたガラスがこちらに降ってくるのが見えた。逃げる余裕はない。サイコメトリーのために近寄っていたのがまずかった。



「―――――――――くっっ!」



どこか他人事のように、落ちてくるガラスを眺めていた私の視界が、何かに覆われる。大きくて、あたたかいもの。







――――――この子は傷つけさせない!――――――――


思考が流れ込んでくる。それでやっと私は、彼に抱きすくめられていることに気がついた。



ガラスが降ってくることよりも、私はこの人に抱きしめられていることに動揺している―――――
そんなことを考えていたら、胸が熱くなった。ぎゅっと、無意識のうちに彼の服を握りしめる。










――――――――――――ふっ、と重力が消失した。






「いてっ!」「きゃんっ!」


ふたりそろって尻餅をつく。雪がクッションになるとはいえ、アスファルトのうえの雪はまだ少なく、痛くて冷たい。


どうやら葵ちゃんが危ないところで私たちをテレポートさせてくれたらしい。
・・・呆れたような目つきでこっちを見ている。





「おふたりさん、アツアツのところ申し訳ないんやけど、ビルをはよなんとかせな。
薫が支えてるけどいつまでもこのままって訳にもいかんやろ?」


「こらー!みなもとー!しごとしろー!」「ほら、おこっとるで。」


「あ、ああ、わかった!葵、ありがとうな。紫穂、中に人は?」


「・・・・・・。」


「紫穂?どこか怪我でもしたのか?大丈夫か?」


はっとする。いけない。ぼんやりしていたみたい。


「え、ええ、中に人は残っていなかったわ。
BABELからの連絡を受けて、ちゃんとみんな避難したみたい。」


「よし、じゃあ後は建物を被害が拡がらないよう壊すぞ。
・・・薫!傾いたビルを押し返せそうか?」


「任せとけって!!


         サイキック――――――ドミノ倒しっ!!」





「―――――って倒すなあっ!!」


「わーかってるよっ!ちょっとした冗談じゃん!」



押し戻し、バランスがいくらか安定したビルに、薫ちゃんが要所要所に鉄骨を打ち込んでいく。
応急ではあるが、補強するためだ。


薫ちゃんの超能力ならビルを壊すことは可能であるが、周りに被害を出さずにとなると難しい。
私たちで補強をすませ、後日業者に解体してもらう手はずとなった。




薫ちゃんと葵ちゃんが空中で作業に当たり、私と彼はビルのそばで指示を送っていた。


いつしか、風は収まり、静かに雪が降っていた。


アスファルトに降り積む雪。彼が指示する声に合わせて、白い息が口元から上がっていった。


通信がとぎれたタイミングを見計らって、意を決して彼に問う。






「ねぇ、何であんな真似をしたの?」


「?・・・あんな真似?なんのことだ?」


「だから・・・その、私を・・・抱きしめたりなんかしたことよ・・・」


自分で顔が上気するのが判る。彼の顔も次第に赤くなっていった。


「い、いや、あれはだな、とっさのことでだな―――――――」


あわてふためく彼。咳払いをして彼は言った。


「あの時はああするのが最善だと思ったんだよ。・・・何にせよ、お互いに怪我が無くて良かった。」


そうして彼・・・皆本さんは私の頭に手を置き、優しくなでてくれた。


冷たい雪が静かに積もる。


その中で頭に置かれた手はまるで、夢のようにあたたかくて・・・




―――――――ああ、この人はわたしを拒絶しないんだ―――――――――








そんなことを思ったら、

               ほろりと、 
         
                      涙がこぼれおちた。







「―――――――――紫穂?・・・どうした?」



「・・・・・・っく、・・・・・・ぐすっ・・・・・・・・・っっ」



皆本さんが不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

だめだ。

彼のこちらを気遣う思考が流れてくる。
心に染み込んできて、熱いものが流れるのを止められない。



「おい、紫穂・・・?うわっ!!」



コートを羽織った彼に近づき、その胸に顔を押しつける。
服の端を、先ほどのようにぎゅっと握った。強く、強く、今度は放さないように。



「どこか痛むのか?・・・うぅ、泣いてちゃわからないよ・・・何だって言うんだ・・・」



ため息。迷惑そうな口調をしていても、声にも心にも、拒絶の色はなくて。
それが嬉しくて、また泣き続けた。皆本さんのコートに付いた自分の涙が熱い。


嬉しくても涙が出ること、自分からこれほど涙が出ることを、私はこの日、初めて知った。






あたたかいものにつつまれて、こおったこころがとけていく。





―――――――そうか、


 私の能力を誰よりも忌み嫌っていたのは、他でもない私だったのだ―――――――










その後、私はひとしきり泣いた後、泣き疲れて眠ってしまった。
皆本さんが車に運んでくれたらしい。


その際、皆本さんが私を泣かせたと勘違いした薫ちゃんが皆本さんをビルにめり込ませ、
またビルが倒壊しかけたというのは余談だ。












―――――私にとって、他人が私に触れたがらないのは当然だった。


皆本光一。私の『あたりまえ』を破った人。


白い雪の降るなかで出会った、わたしのこころを溶かした人。


わたしの、特別な―――――――――――――――――



































「―――――――――それでだな、紫穂。」


「どうしたの?皆本さん。」


「長々と語ってもらってアレなんだが―――――――――








今までの話と、お前が僕のベッドに潜り込んでることにいったい、
何の関係があるんだぁっっっっっ!!!!」


「やだ、聞いてなかったの?

・・・私を抱けるのは、あ・な・た・だ・け、ってことじゃない。」





「誤解を招くような言い方をするんじゃないっっっっっ!!」


「ま、いいじゃない。・・・・・・・・・・・・そのうち嘘でもなくなるんだし。」


「そーいうシャレにならんことをだなー!


      「えいっ!」  ぎゅー。


              って抱きつくんじゃない!」


後ろからの抱擁。自分も紫穂も寝間着な上に、完全に密着してしまっている。
となれば、嫌が応にも背中に感じるモノがあるわけである。

まあ、端的に言えばこうである。







あたっている。







「あててるのよ?」


「心を読むんじゃないっ!そして自覚があるならやめなさいっっ!」


予想外の攻撃に慌て、急いで離れようとする皆本。
しかし紫穂を力任せに引きはがすわけにもいかず、その動きは早いとはいえない。


「あんっ!暴れないでよ。そんなに騒ぐと・・・・・・」






だだだだだだだだだだだだだだだだだだだ・・・・・・・・・・・・・・・










ばんっ!










「ああっ!やっぱりここや!」


「紫〜穂ぉ〜〜〜〜〜、テメェ、抜け駆けはナシだっつったのは自分だろーがあっ!!」







「・・・・・・・・・・・・・・・っっ」


これからのことを思い、頭痛を覚える皆本。


「だから言ったのに・・・・・・。せっかくのチャンスが・・・・・・。」


「んだとテメ―――――――――――!!!!」


「皆本はん♪ウチも〜〜〜〜〜っ!」


「どわっ!!こら!葵!」


テレポートで皆本の胸に飛び込む葵。


「葵!テメーもか!」「葵ちゃん、胸に抱きつくなんてずるい!」








案の定、三人の間でもみくちゃにされる皆本。


「いいかげんにしろ―――――――――――っっっ!」


皆本のアパートでは、今日も絶叫が響き渡るのであった。


















―――――私を抱きしめてくれる人はいなくなった。


でも、私には今、とても抱きしめたい人がいます。


わたしのこころを抱きしめてくれた人。


だから――――――――――――――






「覚悟してね?皆本さん?」






(了)

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