ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第6話 〜紫の血溜まりで〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/10/ 9)




 スパルトイ――――


『カドモスの龍退治』や『アルゴ船物語』などのギリシャ神話に現れる戦士で、その名は「蒔かれた者」を意味する。
 龍の歯を畑の土に蒔くと武装した戦士が生まれるが、その性質は好戦的で常に敵を求めているという。









「うおおおおおッ!!」


 修羅のごとき形相で吼えながらジークはスパルトイに飛びかかっていった。
 突き出される槍や剣が頬をかすめようと気にも留めず、ただ力任せになぎ倒す。
 ジークの一撃によって引き裂かれたスパルトイ達は次の瞬間白骨と化して崩れ落ちていく。
 ところが……バラバラになった白骨は1つ1つが意志を持つように動き出し、人間の形に組み上がる。
 そして白骨のみと化した――――骸骨戦士達が再び武器を振りかざし襲いかかってきたのである。


 龍の歯から生まれたことによる再生能力……これが最も恐ろしい彼らの武器であると言えるだろう。


 しかも彼らの槍や剣さばきは素人のそれではない。切れ間無く繰り出される剣や槍をかわしきれず、ジークは少しずつ切り刻まれていく。
 スパルトイ達は無言のまま、機械のように刃を振り下ろし続ける。
 ジークは苦し紛れに拳を叩きつけようとしたが盾で受け止められ、そのまま押し飛ばされ地面に転がってしまう。
 そして無防備になった一瞬を絶妙なタイミングで銀の矢が襲った。


「ぐっ!?」


 その矢は正確に心臓を狙っていたが、咄嗟に身をよじったおかげで急所は免れた。
 しかし矢はジークの肩口を貫通し、焼けるような激痛がジークの全身を駆けめぐっていた。


「しっかりしろジーク!!」
「へ、平気です姉上、大したことはない……くそッ、こんなもの!!」


 駆け寄ったワルキューレの手を振り払い、肩に刺さった矢を掴んでジークは殺気に満ちた目でスパルトイを睨みつける。
 だが、そんなジークの顔面にワルキューレの鉄拳が炸裂した。
 ジークは派手に吹っ飛び、頬を押さえてキョトンと姉を見た。


「違う、冷静になれと言っている……のぼせ上がるのもいい加減にしろ!!」
「あ、姉上……。」
「お前の任務は何だ!?こんな所で切り刻まれている場合か!!」
「……。」


 ワルキューレは拳を握り締めたままジークを見下ろしている。
 それは姉ではなく1人の軍人として生き残るための鉄則を問う上官の姿だった。
 張られた頬の痺れがジークのざわついた心を鎮めていく。


(そうだ……私は一体なにを……怒りに駆られて周りが見えなくなっていたというのか……)


 事は一刻を争うのだ。こんな所で足止めを食っているわけにはいかない。
 自分の未熟さに辟易しながらも、ジークは顔を上げて姉を見た。


「……すまない姉上。もう大丈夫です。奴を追わなければ……!!」
「よし。こいつらの相手は私が引き受ける。お前は……ベスパを救ってやれ。」
「……了解!!」


 ワルキューレはスパルトイに1人立ち向かい、鋭い爪を振りかざす。
 正面にいた相手は一瞬のうちに切り裂かれ、白骨が飛散する。
 背後から剣を振り下ろそうとしたスパルトイの頭蓋を裏拳で粉砕し、槍を構えて横から迫った相手は逆回し蹴りの一閃で脊髄もろとも砕け散った。
 ワルキューレは攻めると同時に素早く転身、自身に向けられる切っ先をことごとく回避。
 飛び散った骸骨が再び蘇って襲いかかろうとも、彼女の勢いは衰えない。
 その戦いぶりは凄まじく、まさに『ワルキューレ』と名乗るにふさわしい洗練されたものであった。


(ここは頼みます……!!)


 スパルトイ達が気を取られているうちにジークは肩に刺さった矢を引き抜き立ち上がる。
 全身に無数の傷を負ってしまったが、動けなくなるほどのダメージではない。
 傷口から紫の血を滴らせたまま、ジークは原子力潜水艦へ向かって走り出していった。




 ジークがスパルトイ達の視界から完全に消えたのを確認すると、ワルキューレは自分を取り囲む骸骨戦士達を見る。
 前後左右から完全に取り囲まれ、自分を狙う切っ先の群れがギラリと光を放つ。
 だが、ワルキューレに焦りの色は微塵もない。


「さてと……私はしつこい奴が嫌いでな。戦闘ごっこに付き合うのもここまでにさせてもらおうか。」


 ワルキューレが動くのとスパルトイ達の刃が突き出されたのはほぼ同時だった。
 無数の刃が殺到し、ワルキューレがいた空間は四方八方を刺し貫かれた。
 しかし、そこにワルキューレの姿は無くなっていた。
 交差する刃のわずかな隙間から小さな黒い影が飛び出したが、スパルトイ達がそれに気付くはずもなかった。
 目標を見失った彼らは周囲を見回すが、もはやそこには誰もいない。


(やはり奴ら、大して頭は良くないと見えるな。脳がないんだから当然といえば当然なのか……)


 小鳥くらいのサイズに小さくなったワルキューレは音速に近い速度で飛び出し、上空からその様子を眺めていた。
 スパルトイ達は相変わらずカチャカチャと音を立てながらうろつき回っているが、連中をこのまま放置しておくことはできない。
 骸骨戦士達は獲物を求めてさまよい続け、やがて人間達の街に出て行く。
 そうなれば多くの犠牲が出てしまうだろう。


 任務遂行のみを最優先に考えていた以前のワルキューレだったら、自分の身も守れない脆弱な人間のことなど放っておいただろう。
 だが、今は人間にも勇敢に戦う者がいることを知っているし、何よりジークが良い顔をしない。




 この場でキッチリとケリを付けなければ――――




 ワルキューレが周囲を見渡すと、積み上げられたコンテナにめり込んだハーピーの姿が目に入った。


 気を失っているのかピクリとも動かないが、見たところ大した怪我はしていない。
 コンテナのおかげでスパルトイ達の死角になっていたのは幸いだった。
 ワルキューレはハーピーの傍に降り立ち、元のサイズに戻って気を失った彼女の頬を軽く張る。


「起きろハーピー。お前の協力が必要なんだ。」
「う……。」


 ハーピーはこめかみを押さえながら目を覚まし、ぷるぷると頭を振って意識を覚醒させた。


「あ、わ、ワルキューレ?えっと、あたいどうしたんだっけ……?」
「衝撃波でお前は吹き飛ばされたんだ。それより早く起きて敵の始末を手伝え。」
「敵?」
「……見ろ。」


 ワルキューレが指す方へこっそりと身を乗り出してみると、剣や槍で武装した骸骨がうろつき回っている。
 それを見たハーピーの眼が一瞬にして鋭く光る。


「ふん、スパルトイか……了解じゃん。」
「奴らに普通の弾丸やお前のフェザー・ブレットは効かん。これを使え。」


 ワルキューレが差し出したのは無傷で済んでいた精霊弾の予備カートリッジだった。
 そこから弾丸を抜き、ハーピーの掌に握らせた。


「それで正確に奴らの頭蓋を破壊してくれ。頭部が消滅すれば二度と再生しない。」
「……任せなよ。いいかげんこんな調子ばっかだと愛想尽かされそうだし。」
「連中の目は私が惹き付ける。スナイパーの腕の見せ所だ。」
「オッケー!!」


 ワルキューレは再び小さく変化し、スパルトイの群れの中に飛び込んでいく。
 彼らの間を素早く飛び回り、武器を振りかざした脇を高速で離脱する。
 その直後、上空からスパルトイの頭蓋に光線のごとき弾丸が直撃、精霊石の輝きと共に消滅した。
 頭蓋を失ったスパルトイは二度と動くことはなく、やがて砂のように崩れてしまった。


「どう?どう?あたいも結構イケるじゃん?」


 空中から正確無比な狙撃を成功させて見せたハーピーは自慢げに笑ってみせる。
 頭上のハーピーに気付いたスパルトイは矢を放ってきたが、そんなものはハーピーにとってはあくびが出そうな速度でしかない。
 それを難なくかわすと同時に精霊石弾を頭蓋に撃ち込み、弓を持つスパルトイを消滅させた。


「いいぞ、その調子で頼む!!」
「あいあいさー!!」


 こうしてワルキューレとハーピーの絶妙なコンビネーションが戦うだけしか脳のない骸骨戦士達を次々に塵へ返していくのだった。











 港はおびただしい兵士の死体が転がり、歩き回っているのも蘇った死体ばかりとなっていた。
 原子力潜水艦に続く橋の上で、ルシエンテスはベスパを抱えたまま歩いている。
 足元に転がった兵士の死体を海に蹴り落とすと、潜水艦の上に降り立った。
 身動きの取れないベスパを無造作に座らせると、ミサイルのハッチへと近付いていく。


「むん。」


 ルシエンテスが念じると重厚な鉄板が次々と吹き飛び、無数の弾道ミサイルが姿を現す。
 無機質な沈黙を守るこの小さな弾頭に、膨大な死の障気が潜んでいるのだ。
 それをしげしげと見つめたルシエンテスはヒゲを弄りながら考え込む。


「ふむ……おおよそ5つくらいか。」


 ステッキで足元をカツンと叩くと、発射管から5本のミサイルが宙に浮かぶ。
 そのミサイルを軽く小突くとロケットの部分が分解して落下し、弾頭だけが残った。
 目の前に浮かぶ5つの弾頭を満足そうに眺めるルシエンテスを、ベスパは自由の効かぬ体でじっと見つめていた。


(こ、こいつ……核弾頭なんて何に使うつもりなんだ?シャレになんないよ……ジーク!!)


 かつて南極で核ミサイルの集中砲火をくぐり抜けたベスパは、その一発の威力がどれほどのものであるのかデータの他にも経験としてよく知っていた。




 もしこんなものを5つも起爆させたとしたら……大地の形が変わってしまう――――
 そして、どれほどの死がそこに訪れるのか――――
 ベスパは自らに湧き起こる戦慄を禁じ得なかった。








「ルシエンテス!!!!」




 その時、太陽を背に受けて潜水艦に飛び移った男が叫ぶ。
 全身を無数に走る切り傷。乱れた銀糸が端正な顔に掛かり汗ばむ。
 ボディスーツの切れ目からはポタポタと紫の血が滴り足元に紫の血溜まりが出来ていく。
 しかし、老紳士を映す銀糸の奥の瞳は凍り付くほどの冷たさを秘めていた。



「ファファファ……以外と骨があるようじゃな小僧。こんなに早く追いついてくるとは……お前さんの名を聞いておこうか。」




「俺の名はジークフリート……貴様に引導を渡す者の名と憶えておけ!!」




「威勢のいい事じゃ。若者はそうでないといかんなあ、うむ。」
「お前と話すことなど無い……ベスパと弾頭を置いて立ち去れ……!!」
「それはできん相談じゃな。ワシにも色々と都合があってのう。第一ここでノコノコ帰ったらワシがバカみたいじゃろ?」
「話すことなど無いと言っている……!!」
「……勝手な奴じゃな。」


 ルシエンテスは眉をひそめ、やれやれと言った表情でため息をつく。
 2人が睨み合っているのを見ながらベスパも必死に力を振り絞って立ち上がろうとしたが、やはり膝が折れてその場に倒れてしまう。


「ジ、ジーク……。」
「ベスパ、待っていろ……すぐにカタを付ける!!」


 ルシエンテスはベスパとジークを交互に見て、ふとあることに気が付いた。


「ん……なんじゃ、お前さんこの小娘が気になるのか?」
「黙れ……!!」
「もしかして……。」


 ルシエンテスは小指を立て、ジークの顔を覗き込むように尋ねた。






「お前さんのコレかの?」






 その瞬間ジークと、そして倒れているベスパの顔が真っ赤に染まる。


「なっ、何を言い出すんだ貴様!?俺とベスパはそういうのでは――――!!」
「ん?違うのか?だったらワシがもらっていっても問題なかろうが。」










「「問題ないわけあるかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」










 ジークとベスパの2人が叫んだのは見事なほどに同時だった。
 その言葉を聞いてルシエンテスは腹を抱えて笑い出した。


「ファファファ……いや、実に判りやすいのうお前さんら。丁度良い楽しみが増えたわ。」
「な、何だと……!!」




 一瞬気が抜けたその瞬間だった。
 変わらず飄々とした老紳士が人差し指を軽く払った瞬間、目視できぬ真空の刃がジークの左脚を切断した。




「ぐあああああっ!?」


 切断された脚がゴトリと転がり、同時にジークもその場に崩れた。


「ジーク!!」


 ベスパはただその名を呼ぶことしかできず、身動きの取れない自分の体が心底恨めしかった。
 いくら魔族といえどこれはたまらず、傷口を押さえて歯を食いしばるジークにルシエンテスが笑いながら語りかけた。


「注意一秒、怪我一生とはよく言ったものよ。じゃが安心せい、まだ殺しはせんよ。」
「ぐぐ……ッ、貴様……!!」
「近頃刺激が足りんと思っていたのでな……もう一度ワシの前に生きて姿を見せたら小娘は返してやろう。ワシの居場所はしもべが知っておるから、せいぜい必死になって探すがよい。じゃが、あまりのんびりしている時間はないぞ?ファファファ……!!」




 ルシエンテスは高らかに笑い、ベスパを肩に担いで宙に浮かび上がった。
 どんどん離れていくジークを見ながら、ベスパはもう一度その名を呼んだ――――




「ジークっ!!!!」
「ベスパ……か、必ず助けに行く!!それまで――――!!」




 ジークがそれを言い終わらぬうちに、ルシエンテスとベスパ、そして5つの核弾頭は別の空間へと消えてしまった。




「くっ……うおおおおおッ!!!!」




 あまりの口惜しさにジークは両の拳を潜水艦に叩きつけた。
 そして、失血が増えすぎたために彼の意識の糸も切れてしまった――――




 完全な――――2度目の敗北であった――――
















 イタリア・シチリア島タオルミーナ――――




 タオルミーナはシチリア島の東端、カターニア地方のさらに端に位置し、タウロ山腹にあるシチリア屈指の景勝地である。
 この町から眺めるエトナ火山やナクソス海岸の眺めも絶品として名高く、さらに考古学・歴史的文化財の宝庫でもあり、古代ギリシア劇場が観光地として特に有名でだ。
 夏にはギリシア劇場をそのまま使った音楽祭なども行われる風光明媚な町である。








 細い坂道の多いタオルミーナの町をずっと登っていった場所に、大きな屋敷が構えている。
 豪華な装飾の門をくぐり、さらに少し登ると元貴族の住居だったであろうクラシックな建物が姿を見せる。




 綺麗に芝生が敷き詰められた庭で幼い少女が犬と共に遠くを見つめていた。
 柔らかな風に吹かれ、少女の金糸の髪がサラサラとなびいている。
 その視線の先にあるものは、空か、海か、大地か――――
 エメラルドの輝きをたたえた瞳は静かに光をたたえていた。




 ふいに風がざわめき、芝生がザワザワと音を立てる。
 空間が歪み、そこからブラウンのスーツに身を包んだルシエンテス、そして気を失ったベスパと五つの核弾頭が姿を現した。




「……おかえりなさい。」
「うむ。そっちの様子はどうじゃアンジェラ?」
「まだ……もっとたくさん必要みたい。」
「まあ、一日二日で完成するシロモノではないからな。引き続き任せたぞ。」
「はい。」
「それとこの女の面倒も頼もうか。お前の好きにするがよい。ただし……殺してはならぬぞ。」
「……はい。」


 頷いたアンジェラはベスパの両脇を、犬は背に両脚を乗せてヨタヨタと屋敷の中に運んでいった。
 その様子を眺めていたルシエンテスもまた、屋敷の中に入っていく。




 もうすぐ日が暮れようとしている――――
















「これをこうして……よし、データの復元もそろそろ完成じゃな。」


 その頃土偶羅は休むことなくデータの復旧を続け、ようやく必要な部分を元通りに復元させていた。
 データを文字に変換し確認していた土偶羅は、その内容に思わず原子炉が緊急停止するかと思うほどの衝撃を受けた。
 土偶羅の慌てように思わず手伝いのパピリオも顔を覗き込んだ。




「どうしたんでちゅか土偶羅様?」
「な……何ということだ!!『あれ』とはコイツのことだったのか!!こんなものが再び動き出したら人間界は間違いなく破滅してしまうぞ!!!!」




 パピリオもハニワ兵も、まだ土偶羅の狼狽の意味がわからずただキョトンとするばかりだった――――



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