ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(9)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 6/20)

互いの自己紹介が一通り済んだ後、テレサの祈りの文句で、会食は始まった。
不思議な事に、料理が運ばれてからそれなりに時間が経過していたにも関わらず、触角の生えた大きな海老の頭が突き出ている海鮮スープの鍋からは相変わらす暖かそうな湯気が立っているし、これまた色とりどりの貝殻で飾り付けされた大皿のパスタは茹でたての様な光沢を保っていて少しも延びた様子は無い。
他の料理も皆『出来たてのほやほや』と云う表現がまさにぴったりと当てはまる。
「さあさ、どうぞご遠慮なさらずに、お召し上がりになって下さいな。」
怪訝そうな表情が面に表れていたのであろうが、テレサは気を悪くした風でもなく快活に、美神に料理を勧める。
「は、はい……それではご馳走になります……。」
なおも遠慮がちな態度が崩しきれないものの、美神はまず澄んだ薔薇色の食前酒に口を付けてみた。彼女の趣味とは少し違うが、やや軽目の口当りの中にも不思議と野生味が溢れる、なかなか上物のヴィーノロッソだ。
カオスの食べ方に倣い、自分の皿に取り分けたスーブに、手頃な大きさに千切ったパンを浸して食べる。見て呉れの豪快さの魚介や野菜のだしに塩を加えただけの実に簡素な味付けではあるが、その分素材の旨味が存分に口の中に広がる。
そしてそのまま他の皿にも自然と手が伸びる。スプーンやフォークなどの近代的な食器類は用意されていないので、この場合の『手』とは文字通りの手である。
どの料理も蛋白で質素な造りだが、素直に美味しいと感じられるものばかりで、そして何より暖かい。
「皆さまのお口に、合いまして?」
自分自身は料理に手を付けず、テレサは観察するような視線を客人一同に向けている。
「うん、……そりゃもう……こんな、豪勢な料理……ホント、久し振りっスよ!!……」
「ええっ、とってもっ、美味しっ、いですっ。」
「おう、……流石は、テレサ嬢、……料理の腕は相変わらず、健在じゃのう!!……」
普段のエンゲル指数などたかが知れている横島とカオスはそう叫びながら、目前の料理という料理を怒涛の勢いで平らげてゆく。マナァなど完全に無視した二人には、両側から二人の肘攻撃を食らわされているピートの迷惑などこれっぽっちも考えてはいない。
陶器の皿を掻き込む軽快な音が賑やかな演奏会を催している男性陣とに対して、女性陣は料理の一品一品を静かにじっくりと吟味していた。カオスの発言を受けて、キヌが意外そうな声を上げる。
「へぇ、この料理はテレサさんの手作りなんですか。」
「はい、全部、わたくしの手料理ですとも。尤も食材の方は領民の手に依る物ですし、全てを我等にお与えになったのは、他ならぬ神さまですけれどね。」
テレサは、相変わらずの笑顔で答える。
「あの、失礼な言い方かも知れないんですけど……味付け自体はあの、とってもシンプルなんですけど、えーと何て言ったらいいんだろ、……何と云うか奥深さが在るって云うか……あの、やっぱり、上手に言えないんですけど……」
「……香辛料もそんなに使っていないのに、こんなに素材の味を引き出せるなんてねぇ……それに、テイブルに出されてから結構時間が経っているのに、まだ造りたてみたい……」
傍らの水入れで指先を洗いながら、美神が心底感心した様に口を狭んだ。
正直食べてみる迄は、何かの魔法薬を料理に混入してその鮮度を保っているのでは、と云った疑念があった。ともかくも視覚、嗅覚、触覚、味覚、そして霊感も総動員して『吟味』した結果というと、魔法薬の気配は一切無い『美味しい家庭料理』である事が明らかになっただけであった。
自然の食材に眠る超自然的な力を『ほんのちょっとの魔法』に依って引き出す、魔鈴めぐみの魔法料理とは、また方向性の異なる料理である。
「この暖かい料理の秘密はひょっとして……器?」
「流石はカオス様のご朋友! それこそがカオス様直伝の、我が魔法科学の成果!」
美神の言葉に、テレサは実に誇らしげに頷いた。テレサは軽くなった海鮮スープの鍋を左手で掴むとおもむろに立ち上がり、その鍋を胸の高さまで捧げ持った。
「例えば取り出したります、このお鍋……一見普通のお鍋の様ですが、この横のツマミを回すと……」
残った右手で十円玉大の丸ポチを操作すると、なるほど湯の煮えるクツクツという音に合わせて、残っていた海老のハサミがユラユラと揺れているのが見える。再びツマミを操作すると、沸騰音も海老のダンスもピタリと止んだ。
「……温度や圧力をかなり細密に調整する事が可能なので、調理法さえきちんと理解していればあらゆる調理法を実現する事ができます。さらにそのまま器として利用すれば、この様に食事の間中ずっと暖かい料理をご馳走する事もできるのです。……」
『魔法科学の成果』というには随分と家庭的な発明だが、その『魔法鍋』の原理を得意満面に語るテレサの顔を見て横島は、まるで自分の仕事の成果を嬉々として語る子供みたいだな、とぼんやり思った。相手に自分の努力を認めてもらえるかどうかは二の次であり、ともかく自分は頑張ったんだぞ、という事を誰か他の人に聞いてもらいたい、そんな無益な、ひたむきな、まっすぐな感情。
一通り、『魔法鍋』の説明が終ると、テレサは元の位置に鍋を戻して着席した。
「……まあこの様に、調理法を精密にそして正確に調整できるようになったのは、確かにこの鍋のお陰ですわ。でも果たして、それだけで皆様をお喜ばせする事はやはり難しかったのでは、と思われます。例えば、単純に好き嫌いなどと云った問題がありますものね。」
テレサは傍らでチキンの腿肉と格闘している愛娘の方に視線を移し、その頭を軽く撫でながら、男性陣の方を見渡す。
「そこで、何よりも料理に大事なのは……」
「「……食べてもらう人への愛情と、神様への感謝の気持ち!!」」
テレサとキヌはそう唱和し、互いの顔を確認すると、どちらがという事もなく楽しそうに笑い合った。
その言葉から、先程のテレサの視線の意味を自分の為の物と理解したカオスは、後頭部を掻きながら、年甲斐も無く照れていた。
「……ほほほ、そう、その通りですわ。」
「……ふふふ、凄く良く解ります、その気持ち。」
さも楽しげに微笑む二人に狭まれて、美神は少なからぬ居心地の悪さに辟易していた。
確かにこの中世のヨーロッパに於いては、これだけの発明というのは大した物だ。しかし、美神は色々な意味で『現代』に生きる女性であり、その作動原理はともかくとしてこの程度の調理器具ならば現代にも存在する。全盛期のカオスの愛弟子である筈のこの女性が、たかがこれしきの発明を誇らしげに語るのには合点がいかない。
第一、『人への愛情』だの『神様への感謝』だのといった文句がすらすらと口頭に浮かんでくる人間と云うものは、いくら彼女が熱心なクリスチャンだという認識があった処で、聴いてるだけで背中がむず痒くなる位自分の性に合わない。
そんな美神の様子を見て察したのであろうか、斜め向かいの横島が必死に笑いを噛み殺しているのが美神の目の止まった。
まあ初対面の人間のいる手前、爪先での脛蹴りだけで勘弁してやる事にする。

さっきまでニタニタ笑い顔をしていると思っていたら唐突に苦悶の表情を浮かべる横島の事を興味深く見守るピエッラの傍らで、キヌとの歓談を交わしている間も、テレサは『彼』の事を見積め続けている。

「………………」
二人の女性のお喋りの間中、ピートは何か考え事でもしているかの様に、じっと目の前の皿を見積める事しか出来なかった。
自分の顔の火照りを、『彼女』に悟られまいと。

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