ザ・グレート・展開予測ショー

ひとくちりんご


投稿者名:cymbal
投稿日時:(05/10/ 8)

 
 どさっ。

 「お・・・重い。・・・何だろこれ・・・」

 ふぅっ・・・とダンボールを台所に降ろして、額の汗を拭う。一時的に火照った身体を覚ます為に窓を開ける。
 
 本当なら肌寒ささえ感じるであろう、涼しげな秋の空気が今は心地良い。思わず漏れた、ため息の行方を見つめるように顔を上げた。青空には薄く、引き伸ばされたような雲が浮かんでいて、今の時期の郷里のように、白一色ということは無い。

 受け取り印を押す時に、一通り確認はしたのだけど―――ダンボールに付いた送り手の住所を改めて眺めた。

 見るのも久しぶりな独特な文体。けして、下手な訳でも無く、上手な訳でもない。それはお姉ちゃんの字。思わず頬が緩む。―――その下に書かれていた荷物の分類は 『なまもの』 そして、その横に 『りんご』 と、丸っこく記されている。

 振り返ると、事務室にはまだ一つ、二つ、三つ・・・全部で九つ、どれもこれもぎっしりと中身が詰まり、甘い香りを漂わせているダンボールが居座ってる。あれもこちらの台所に運ばなければならないのかと思うと正直、くらっとした。

 宅急便の人の 『運びましょうか?』 と言う申し出を、大丈夫です―――と、強がったのは失敗だったかな? まさか、後からどかどかと箱が続くと思わなかったし・・・。

 「よしっ・・・頑張ろっ!」
 「おっ、この箱は何でござるかっ」

 一休憩して、さあっと、ダンボールを持ち上げた瞬間、丁度、二階からとてとてと降りてきたシロちゃん。 「助かった!」 と心の中で呟く。

 「あっ、シロちゃん、丁度良かった。このダンボール、中に運ぶの手伝ってくれない?」
 「えっ? 良いでござるよっ! ・・・くんくん・・・甘い香りがするでござるな」

 シロちゃんは鼻を膨らませて笑顔を浮かべる。何だかカワイイ。
 
「ありがとう。後で中身、剥いてあげるからね」

 そう私が言った途端、シロちゃんは目をまん丸に見開いて、ずささっと壁に貼りついた。しっぽだけふりふりと揺れて。
 
 「ど、どうしたの?」

 「せ・・・拙者、そんな趣味は・・・!」
 
 顔を真っ赤に染めて、私の方を見ながらどうしたらいいかパニックになってるみたい。服を必死に抑えて、じっと震えている。

 「あっ・・・やだっ、何考えてるのシロちゃんー!」
 
 「はっ、・・・せ、せっしゃ、拙者・・・違うのでござるーっ!! はうわっ!?」
 「シロちゃんーーーっ!?」

 どしゃあっ! ごろごろごろーーーーーきゃいんっ!

 掛けた声が届くか届かないかの間に、シロちゃんは外へと飛び出して行こうとして・・・ダンボールに足を引っ掛けて、気絶してしまった。うっかり・・・変な事言うんじゃなかったな・・・。

 (中身違いなのに・・・)

 ずるずるずるー・・・ぽふっ。

 気絶したシロちゃんをソファに移動させて、恨めしくも箱を見つめる。

 「っと・・・仕方ない。ほっ・・・っ」

 手伝って貰うのは諦めて、箱を持ち上げた途端、汗も出る、声も出る、たった5、6メートルの距離が果てしなく遠く見える。

 「・・・」

 すぐさま、どすんって下に箱を落としたくなる。でも中身の状態が気になって、その考えは瞬時に却下された。結局、運ぶしかないんだし・・・ここに置いといたら邪魔だから。

 今、この事務所には誰もいない。唯一残ってたシロちゃんはそこのソファの上だし。今日は仕事の日じゃないから、横島さん来るかどうかも分からない。

 「ふ・・・むっ」

 ちょっと誰に見られたくない。必死によたよたと蟹歩きしている姿はきっともの悲しい。傍目から見たら、実家から、たくさんりんごを送ってもらって困ってる、寂しい一人暮しの女の子。そのまんまだけど。

 一箱、二箱とゆっくりじっくり移動させて行く。ベルトコンベアーでもあれば・・・こう、ういーんって、がたんって・・・辛い時は夢のある想像をしなくっちゃ。

 ・・・なな、はち・・・九。

 「終わったー!」
 「こんちゃーっす! ん? おキヌちゃん何してるの?」

 (来るのが遅いですっ。もー)

 「・・・俺、何かしたかっ? というか・・・なんでこんなとこでシロ寝てるんだ?」

 私の目つきが知らず知らずときついものになっていたらしい。威圧のおーらが部屋にもくもくと篭る。

 「いえ・・・あっ、りんご食べますか?」
 「りんご? あ、この箱か。どうしたのコレ?」
 「実家から、お母さんが送ってくれたんです。きっと美味しいですよ」

 「へ、へぇ、いいなぁ。俺のおふくろなんて何も送ってくれないんだけどなぁ・・・」

 彼はその重い空気から目を背けるように、ダンボール開けて、中のりんごを一つ手に取り、しげしげと眺めた。そして、私のいる辺りを―――けして私の眼を直視しようとせずに―――見、尋ねた。

 「ひ、一つ食べて良い?」
 「いくらでも良いですよ、何だったらいくつか箱持って行って下さい。重いですけど」

 彼は気まずそうに嬉しそうに頷くと、りんごを丸呑みしてしまうんじゃないかと思うほど大きく口を開き、がぶりっ、とかぶり付いた。勿論、丸呑みなんて出来なくて、歯跡はへたよりもやや下気味の部分で留まった。それでも、大きく開きすぎたのか、彼はうーうーと唸って、歯を離した。

 「・・・一口じゃ無理だ」

 そして、私を見て、照れくさそうに笑った。冗談のつもりだったのかも。
 
 私はどういう顔をして良いのか分からず、とりあえず、無理やりに笑顔を作り、ダンボールの中のりんごを手にとって、横島さんのように (と、いってもあんなに大きくは開けないケド) 口を大きく開いて、がぶりっ。

 しゃくしゃく、と果汁と歯ごたえのある果肉が咀嚼 (そしゃく) され、甘酸っぱい独特の味を舌に伝える。自然、さっき横島さんに見せたものとは、きっと、まるで違う笑みが浮かんだ。

 「・・・?」

 ふと気付くと、彼はぽーっとした顔で私を眺めている。そこで一つ、不思議な思考が私を支配する。

 私はすっ、と食べかけのりんごを差し出した。噛み跡は、溢れ出した果汁で白く輝いている。皮越しに噛むよりは柔らかくて食べやすいに違いない―――と思って。

 「・・・え、えっと・・・え? ま、まだ俺の残ってるけど」

 横島さんは私の差し出したりんごの噛み跡を呆然と見つめていた。そして、私を見つめる。困ったような、それでいて―――

 「・・・あっ」
 
 戸惑う彼の視線の意味に私は気づいて―――きっと私の顔はりんごよりも赤くなったに違いない。ぽぅっ、と熱くなった頬を空の手で触れる。じゅっ・・・と焦げる音がしそうな程、熱かった。

 「あ、あの・・・」
 「・・・じゃ、じゃあ、一口だけ」

 りんごを持った手をどうしようか迷っている内に、彼はその手の中のりんごを掴んだ。そして、真っ白な果肉を下顎で噛み千切るように食べて、咀嚼する。

 ごくんっ、と飲み込む音。

 私と彼との間にどうしようもなく気まずい沈黙が訪れた―――ただ、熱を冷ますほど冷たいものではなくて、むしろ、照れくささを高めるもの。

 「あっ、こっちのも美味しいね」

 そう言って彼は微笑んだ。声は上ずってた。
 
 私はどんな言葉を紡げばいいのか解らないまま。

 「美味しいです。そう、美味しいですよねっ・・・りんご」

 と、そう、答えて、更に続けようとした、が。





 「・・・二人で、何をしているでござるかっ!!」





 後ろから、涙目のシロちゃんの声。
 
 「し、シロちゃん!? えっと、これは・・・」
 「し、シロ!? や、こ、これは・・・り、りんごを食べてただけだぞっ」

 「なんか、何か・・・! 声が掛け辛かったでござるっ! 変な空気が・・・! 桃色の空気と甘い香りで一杯でござるよっ!!」

 シロちゃんの言葉に、私はどう答えていいのか、分からなくって、頭の中もぼんやりとして・・・思わず、横島さんの食べかけのりんごを、さっと、彼の手から奪い取る。

 「あっ」
 「・・・あの、シロちゃんも食べる?」

 誤魔化そうとしたのか。何を誤魔化そうとしたのかも分からないけれど、自分の表情もどうなっているのかも分からないけれど、りんごを・・・シロちゃんの前に差し出す。

 「せ、せんせいの食べかけでござるか・・・! そんな・・・そんなの拙者には・・・!」
 「・・・じゃあ、こうすれば」


 しゃり。


 「お、おキヌちゃん?」
 「・・・お、おキヌ殿!」
 
 しゃりっと・・・間接的に触れ合う唇。妙に恥ずかしくて、小学生みたいな話だけれど、自分のしている行為が妙に恥ずかしくて。頭の中も真っ白で・・・。

 



 「これで次は・・・シロちゃんの番」





 ・・・気が付けば、三人座って、りんごを食べてる。

 一口づつ。

 言葉を出すのも躊躇われて、りんごを食べてる。

 箱が空っぽになるまで。

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