ザ・グレート・展開予測ショー

漢の魂


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/10/ 7)

『漢の魂』






終電間際の繁華街には色々な人種がいるもので。
お土産を持ったお父さんとかコンパ帰りの学生とか、まさにお酒ってのは
人類の友だったりする。
ちょいと路地裏に入れば肩を組んだサラリーマンが気炎を上げたりしているなんてのはお約束の光景。

「それで課長ってばなぁ…」

「課長ってセクハラ軍団副団長だろ?あの足の臭い。」

ぎゃははは。と大口開けて笑いあうサラリーマンってのもこういう時間と場所では珍しいものではない。

逆にこの場にそぐわぬと言えば風に舞う一枚の白い布。
フワリフワリと空から落ちてきたそれは、まだ笑い合うサラリーマンの背中から襲い掛かった。

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」」

魂消るようなサラリーマンたちの悲鳴は終電の音にかき消された。





美神令子事務所で行われるいつものやり取り。
しかし今回はどうも様子が違う。
令子がいまいち乗り気でないのだ。
Gメンとの協力ということが原因だろう。
何しろGメンの仕事は安い。

「連続強制猥褻犯ですか?」

「そうね。」

「それでなんで俺が?」

「だって男しか襲わないらしいし…」

「襲われるって!痴女っすか!!」

「馬鹿ね。それは警察の仕事でしょ。相手は妖怪よ。」

「妖怪でも女なら問題なし!!」

まあコイツはそう言うと思ったわ。と令子は苦笑する。
もっとも今回はその方が都合が良い。
部屋の隅でおキヌが頬っぺたを膨らませているけど、そんなのは女絡みの仕事ならいつものことだ。

「あー。あんたならそう言うと思ったわ。まあその方が都合良いけど。」

「へ?」

「ということで囮お願いね横島君。」

「お、俺一人でですか?!」

「ううん…今回はちゃんと助っ人を頼んであるわよ。何しろGメンからの仕事だから、人件費はあっちもち。つまりこっちの懐は痛まないからね。」

「はあ…助っ人って…」

首を傾げる横島の後ろからドアを開けて入ってきたのは彼も良く知る人物たち。
何しろそのうち二人は今日も学校で会っている。

「よう。横島久しぶりだな。」
「横島さんワッシも協力しますけんのー」
「ボクもお手伝いしますよ。」

魔装術の使い手の伊達雪之丞。
精神感応能力者のタイガー寅吉。
そしてバンパイアハーフのピートである。

気のいい奴等だが能力は高い。
彼らと組んでの仕事となれば難易度は高そうだと不安を感じる。
もっとも同時に安心感も感じるのだから現金なものである。


「なんでこいつらが?」

「なんでも男ばっかりのグループが襲われるらしいのよ。」

なるほどより完璧な囮ということだろう。
単独でないと知って横島も安堵する。
なんだかんだ言っても彼等の力は認めている。

雪之丞は強い奴と戦いうことが好きだから前線に立つだろう。
万能のピートが中衛に、撹乱が得意のタイガーが後衛となれば自分の危険度はかなり減るのだ。

「んで美神の旦那。相手はどんな奴なんだ?」

「一反木綿って知っている?目撃者の証言からすればそれらしいわ。」

「具体的にはどんな被害が?」

「それが何をされたか被害者には記憶がないのよ。ただ…」

「ただ何ですかいのー?」

「みんな発見されたときは全裸で倒れていたらしいわ。」

生命の危険は低いらしい。
もっとも他の危険は高まったが。
だから横島には是非とも聞かなきゃいけないことがある。
おキヌとシロ、そして何でかタマモの視線が痛いけどこの情報は必要事項だ。

「一反木綿って美人すか?」

「布よ…」

「あ…急に腹痛が…ってやります!やりますからっ!お仕置きはやめて!!」

神通棍をむけられた横島に拒否権なんか無かった。








深夜の繁華街を歩く4人。
それを離れたところから見守る西条と令子たち。
一般人の立ち入りは禁止してあるから深夜も近いこの時間に少年たちがうろうろしていても問題は無い。

もっとも妖怪が今日必ず現れるという保証は無いが、西条は横島が囮と言うことでその確率は相当に高くなったと判断した。
彼はどういう理由か人外には無性に好かれるという性質がある。
これを利用しない手はない。
そして西条の感のとおり、実にあっさりと妖怪が少年たちの前に姿を見せた。

それは情報にあるとおり一反木綿といった感じの布である。
少し短い気もしないではないが、一反木綿の長さを正確に測った人はいないのだから見た感じで言うしかない。

布は身構える少年たちの前でヒラヒラと立つと野太い声で語りかけた。

『待て…そこの男ども』

「出たな妖怪!」

「けっ!物足りねえが…」

早速バトルモードに入ろうとする少年たちを無視するかのように布はヒラヒラと舞う。
しかし外見の頼り無さとは裏腹にその声には秘められた意志は巌の固さを感じさせた。

『貴様らに問う…貴様等は漢か否か?』

「なんだと?」

「ワッシらのどこが女に見えるんじゃー。」

「ボクたちが男だったらどうする気ですか?」

『知れたこと漢の良さを教えるのみ』

なんか嫌な台詞を聞いた気がして横島は尻を押さえて震え上がった。

「ソッチ系の妖怪か?ここは二丁目?!」

「四丁目だ。」

同じく尻を警戒しながら雪之丞。見ればピートもタイガーも背後からの奇襲を警戒している。

『誰が衆道の話をしておるか!』

「じゃあ何だよ!」

『その身で確かめるがよい!』

漂う白い布が電光石火の速さで横島を襲う。
かわそうにもかわしきれず横島は白布に巻かれると白光に包まれた。
闇の中に突然出現した光に眩んだ目が元に戻ったとき、雪之丞たちの見たものは変わり果てた横島の姿。

「横島!」

「なんで全裸なんですかのー!!」

「待てタイガー!全裸じゃない!!」

確かに全裸ではない。
横島の腰部には白い布が巻きついている。そこに居たのはフンドシを絞めて立つ雄々しき漢の姿だった。

「な、なんでフンドシ!」

『私の名は『六尺木綿』…私の目的はフンドシを世に広めることにある』

「フンドシだと!」


『そうだ!絞めて良し!通気も良し!
    しかも銭湯では手ぬぐいとしても使える!
      まさに万能下着のフンドシ!それを昨今の軟弱者どもは使おうとせん!』

ギリリと歯を噛み締める音がする。よほど無念だったようだ。
フンドシのどこに歯があるかと考えてはいけない。
何しろ相手は妖怪なのだ。
でも洗濯ついでに手ぬぐいとして使うのを広めるのは止めて欲しいものである。

「だからと言って無理矢理ってのは…」

ピートの言葉も盛り上がった六尺木綿には届かない。
彼は己の理想に殉じるためにここにいる。
安易な説得や反論で彼の心は挫けない。


『待ちに待った時が来たのだ!
     多くの伝統肌着が無駄死にではなかったことの証のために!
      再びフンドシの未来を取り戻すために!東京よ!私は帰って来たあぁぁぁ!!』


「くっ!なんか知らんが凄い気迫だ!」

「どうします?ああまで密着されると攻撃できませんが…」

確かに今、得意の霊波砲を放てばかなりの確率で横島のご子息にまで被害を与えるだろう。
それは友として、いや同じ男として忍びない。
人質を取られた形になり長期戦を覚悟したピートたちに向かって横島は不敵に笑う。

「いや…ピート俺がやる。」

「横島さん?」

「フンドシよ。お前の気持ちわからんでもない。」

『なんだと?私と戦うというのか?…だが…私を敵に回すには君はまだまだ未熟!!』

横島の言葉に彼の股間のフンドシが意外そうな声を上げた。
ちなみにすでに「六尺木綿」ではなく「フンドシ」と呼称が定着していることは問題ないらしい。

「それをこれを受けてから言え!」

一声吠えて横島はふんぬとばかりに腕を組み、爪先立ちして尻をピートたちの方に向ける。

「何をする気だ横島!!」

驚く雪之丞に応えず横島は珍妙な歌を歌いながら尻を左右にリズミカルに振り出した。

「おーしーり。ふーりふーり…悶雅 悶雅ぁぁぁ!!」

ゆっくりした動きから一転。横島は招き猫のように丸めた手を万歳するかのごとく上に差し上げると凄まじい速さで腰を前後に動かし始める。

「何よあれは!」

遅ればせながら駆けつけた令子たちが呆然と見守る中で横島の腰の動きはますますヒートアップしていく。




フリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリ




凄まじい速さで動く腰は残像さえ発生させるほどの素早さだ。
すでに常人の目では捉え切れないだろう。

立ち尽くす皆の中、一人シロだけが感動の面持ちで踊り続ける横島を見ている。
シロはウットリと憧れのスターに会った中学生のような表情を見せた。
それがおキヌには何か悔しい。

「先生…まさか先生が悶雅ダンスの使い手とは…拙者…拙者嬉しいでござる!!」

「知っているの?シロちゃん!」

おキヌに向かってコックリと頷くとシロはどこかウットリとした目で人狼に伝わる伝説を語り始める。

「あれは大昔、拙者の先祖とともに鬼と戦った伝説の勇者が舞ったという踊りでござる。その勇者は人狼と猿とキジをお供に…」

「あの…それって桃太郎?でも桃太郎って犬と猿とキジじゃなかったっけ?」

「それは人狼というのが馴染みが薄かったので子供たちにわかりやすいように「犬」に変えたと長老が言っていたでござる!その証拠に御伽噺では犬が喋ったでござらんか!」

「「「な、なんだってーーーーー!!!」」」

今明かされる驚愕の真実に立ち尽くす一同の前で横島の腰の動きはますます加速していった。
その動きに伴ってフンドシがどんどん食い込んでいく。

「けど…あの踊りでどうやって倒すの?」

令子の疑問に答えたのは雪之丞だった。
さすがに戦いのツボを見極める能力は高い。

「そうか!奴はフンドシの弱点をつくつもりだ!さすが俺がライバルと見込んだ男!!」

「フンドシの弱点って何よ!」

理解しがたい台詞に突っ込むタマモに雪之丞は自信満々に答える。

「フンドシは…食い込みやすい!!」

「なるほど…そして食い込むことは下着にとって恥!」

ウンウンと頷くシロに雪之丞もピートもタイガーも同意の笑みで応えた。

「ああ。この勝負。フンドシが食い込むのが先か…それとも横島の腰が逝くのが先か…」





フリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリフリ




すでにその動きは人の枠を超え、神の領域に近づきつつある。
もう少しで音の壁も越えそうな勢いだ。
腰が逝く…その言葉の意味を悟ったおキヌの顔が青ざめた。

「よ、横島さーーーん。もう止めてぇぇ!!」

おキヌの悲痛な声に応えるかのように横島の腰の動きが変わる。
その動きに彼の覚悟を感じ取り驚愕する一同。

「な?!馬鹿な!前後運動に加えて縦の動きだって?!!」

「回転も加わってますのー!!」

驚く西条とタイガー。
しかし動体視力に優れたピートは横島からのサインに気がついた。

「あ、あれは!もしや?」

「ああ。気づいたかピート。」

「な、なに?なんなの?」

令子の疑問に雪之丞はただ笑う。
自分がライバルと認めた男の凄さを改めて確認して彼の心は高揚していた。

「腰文字さ…」

「へ?」

「あ?えーと…あの「いろはのいの字はどう書くの?」ってやつですか?」

「ああ」

疑問符を浮かべる美神と違っておキヌは雪之丞の言う意味がわかったらしい。
学校で聞かれればまず間違いなく職員室に来なさいと言われる知識を何気なく披露するあたり彼女も状況に飲まれているようだ。

「馬鹿な!腰がバラバラになるぞ横島君!!」

「読めるかピート?」

「はい。し・ん・ぱ・い・す・る・な…です!」

「横島!お前って奴はなんてスゲー奴なんだ!!」

「ちょっと待ちたまえ!明らかに物理的に無理だろ?それに「し」は良いとして「ぱ」はどうやったんだ?!!」

勿論、横島の漢気に燃え上がった雪之丞たちは聞いちゃいませんでした。

「見てるだけしかできんのかのー!!」

吠えるタイガー。
唇を噛むピート。
しかし雪之丞だけは六尺木綿に向かって叫ぶ。
己はこの戦いに参加できず、ただ見守るだけ、それが歯がゆい。
ならば…今は出来ることをするのみ。

「やい。六尺木綿とやら!俺たちにもフンドシを履かせろ!!」

激しい動きの中から途切れ途切れの声が聞こえる。
六尺木綿もかなり追い詰められているようだ。
だからこそこの願いは叶えられねばならない。
そして雪之丞には六尺木綿が自分たちの願いを叶えるという確信があった。

『くっ!邪魔をする気か?!』

「違う!俺たちは見ているしかできん!ならばせめて応援したい!フンドシでな!!」

『その意気や良し!』

フリフリフリフリと動く腰の辺りから白光が放たれ、ピート、タイガー、そして雪之丞が包まれる。
西条だけが一人だけ咄嗟にジャスティスを構えてフンドシ化光線から身を守った。

股間を包む熱い布をはためかせ腕組をして仁王立ちするピート、タイガー、雪之丞。

「横島!負けるな!」
「しっかりしてつかあさい!!」
「頑張って横島さん!!」

三人の応援が届いたか横島の腰の動きが再び変わった。
前後動かどんどん立体的に…三次元をフルに活用した動き。
それは敵を倒すことを極限まで追及した腰のマジック。

「な、あの腰の動きは?」

「縦と横の動きが加わってるでござる…」

「8の字の軌跡を描いて…デンプシーロール?!!」

タマモがシロがおキヌが驚愕の叫びを上げる。
しかし男たちは横島が最後の賭けに出たことに気がついた。

「無茶だ横島あぁぁぁ!!」

雪之丞の叫びが闇を切り裂いた瞬間、ピシリと硬質の音があたりに響き渡る。

「今のは破滅の音!!」

「ひーーーーん。横島さんの腰がぁぁぁぁぁ!!」

おキヌが泣きじゃくりながら美神に縋りついた。
もしや横島の腰は二度と…。
嫌な予感が一同を包み込んでいく。

言葉を失った一同の前、横島の腰の動きが徐々にゆっくりになっていった。



フリフリフリフリ…フリフリ…フリフ…リ…フリ…フ…



そしてついに腰の動きはついにピタリと止まった。

沈痛な雪之丞の言葉。

「駄目だったか…横島の腰はもう…」

「うそぉぉぉ!横島さんの腰がぁぁぁ!!嫌あぁぁぁぁ!」

泣き叫ぶおキヌの前で死んだ蝶が地に落ちるかのように、止まった腰からフンドシがハラリと落ちた。
見ればそれは真っ二つに裂けている。

シーンと静まり返った戦場。
沈黙を破ったのは苦しげで、それでいてどこか満足の響きを乗せたフンドシの声だった。

『くっ…見事だ小僧…いや…勇者よ…言わせて貰おう…お前こそが漢だ…』

「お前も頑張ったよ…俺が毎晩のシャドーを欠かしていなかったら負けていたのは俺だ…」

『ふっ…継続は力か…日頃から腰を鍛錬して有事に備えていたお前と…ただブリーフやトランクスを羨んでいた私の差だな…』

「フンドシ…」

労わりの視線を向ける横島。
しかしフンドシは彼には何も言わず、かわりにピートたちに語りかける。

『少年の友たちよ…貴公らも漢だったぞ…』

「ふんどし…お前もな…」
「ワッシはこれからフンドシを履きますけん…」
「ボクもですよ。」

『ありがとう…友よ…』

そしてフンドシは光に溶けて…消えた。

「「「フンドシぃぃぃぃぃ!!!」」」



熱い漢たちの叫びが夜の街に響き渡り、一つの戦いは様々な思いを残して終わりを告げた。



どれほど時間が経ったのか、やっと我に返った西条が全裸の横島に苦笑しながら話しかける。

「ま、まあ…よくやったよ。横島君…君らしいというか…まあ六尺木綿も悔いが残らなかっただろう…変な奴だったがね。」

「おいおい。西条の旦那。フンドシから逃げたあんたが奴を悪く言うのは許せないぜ。」

「そうじゃのー。西条さんは卑怯ですわい。」

「ですね…漢の心ってものがない。」

「な、なにを!僕のようなダンディがフンドシなんて!そうだろ令子ちゃん…ってアレ?」

振り向けば令子もおキヌもシロもそしてタマモまで全裸のまま仁王立ちする横島の後姿を頬を染めて見つめている。
その眼差しに紛れも無い憧れを感じて慌てる西条。

何か言おうとした西条を取り囲むのはフンドシ姿の漢たち。

「な、なにかね?」

立ち上る熱い気配に言葉も上ずって。

「旦那には…」
「フンドシの良さを…」
「知ってもらわなきゃいけませんね…」

ガッチリと両手両足を拘束され…。

「ちょ!まて!どこに!」

ジタバタと暴れることも出来ず…。

「どこに行けばフンドシがある?」
「唐巣先生が持ってます。」
「んじゃ行くかのー」

神輿のように担がれて…。

「待ってくれぇぇぇぇぇ!!」

最期の声は「ワッショイワッショイ」の掛け声にかき消され誰にも届かなかった。



それからしばらくしてGメン内部で西条の渾名が「紫の薔薇の人」となり、誰も彼と一緒に更衣室を利用しなくなったと美神美智恵が娘に語ったと言う。


                                     おしまい



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