ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第5話 〜死を運ぶ魔導師〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/10/ 5)


 反応があった地へと辿り着いたジーク達が目にしたものは、丘の上にある教会の周囲に転がる無数の遺体と立ちこめる死の匂い。
 昼間だというのにあたりは静まりかえり、何ひとつ動くものはなかった。


「あのジジイ……またこんなことを……!!」
「話は聞いていたが、胸くその悪くなる奴だというのは本当らしいな……。」


 ベスパとワルキューレは周囲の遺体を見ながら憎しみのこもった言葉を吐いた。
 武装した兵士ならばともかくここで倒れているほとんどは民間人なのだ。
 被害者が人間とは言え、煮えくり返るような怒りがこみ上げてくる。
 2人は唇を噛み、ルシエンテスの所業に嫌悪を募らせていた。




 教会を見上げていたハーピーはこの場の不自然な現象を敏感に感じ取って眉をひそめている。
 そんな彼女の様子に気付いたジークは歩み寄り声をかけた。


「どうかしたのか?」
「ここって教会なんだろ?何かヘンじゃん……。」
「ヘン?」
「教会にある神聖な気がまったく感じられないんだよ。あたいがこんなに近付いても平気なくらいにさ。」
「言われてみれば確かに……」


 周囲の気配に神経を集中させたジークはすぐに奇妙な違和感を感じ取り、教会だけでなく回りをぐるっと見渡してみる。


(いや……というよりこれは……)


 教会の脇には花壇があり、そこには小さな花がひっそりと植えられていた。
 ジークは花壇の傍にしゃがみ込み、片手で土をすくい上げる。
 土の中には小さな虫が一匹混じっていたが、それはひっくり返って足を縮めたままピクリとも動くことはなかった。
 地面から、生命を育むエネルギーが消え失せている。


(土が……大地が死んでいる……どういうことだ……?)


 大地の異常は見た目で判断するには難しいものだったが、感覚を研ぎ澄ましてみるとはっきりと感じ取ることができた。
 土地が死んでいるその上にいくら霊的な建造物を造ったところで意味はない。
 この世界を構成するエネルギーの流れが発生しなければ、生命や霊的なサイクルが滞ってしまうからだ。


 ジークは仲間を呼び集め、自分の感じた異常を話した。
 手分けして周囲の大地を調べてみたところ、それはこの教会の周囲だけに止まらずもっと広い――――およそ目で見える土地の全てという広範囲に渡っている。
 エネルギーが失われた土地は急速に痩せ衰え、やがて全ての動植物が住めない死の大地となってしまうだろう。




「あのジジイはこの土地からエネルギーを根こそぎ奪っていったみたいだけど……何をするつもりなんだろ……どう思うジーク?」
「わからん……だが、アシュタロスの記録にあった『あれ』というものに関係があるのは間違いないだろう。遺体の状況から見てもまだ遠くには行っていないはず。何としても奴を捕捉せねば……。」




 4人が空中で話し合っていると、通信鬼が「ぽんっ」という音と共に現れてコール音を鳴り響かせた。
 ジークが応答すると、聞こえてきたのは土偶羅の声だった。


「どうした土偶羅。データの分析が終わったのか?」
「まだ終わるわけなかろう。それよりまた奴の反応が出たぞ。」
「何っ!?」
「場所はフランス南部、地中海沿岸の都市マルセイユじゃ。距離はそこからさほど遠くないな。」
「よし!!奴を何としてもそこで取り押さえるぞ!!」




 ジークの言葉に頷き、一行はフランスの都市マルセイユ目指して飛び立っていった。












 フランス南部・プロヴァンス地方マルセイユ――――


 そのルーツは紀元前600年にまで遡るフランス最古の都市。
 地中海を望むこの都市は天然の良港に恵まれ、貿易の中心として大いに栄えた。
 フランスの都市としては観光資源に乏しい所もあるが、それでも古式建築の建造物や美術館、マリンスポーツなどの充実したレジャーを楽しむことができるだろう。
 マルセイユは現在も商都として繁栄する地中海の日の光のまばゆい街なのである。








 マルセイユ某港。







 この港には軍の船舶が停泊し、他の港とは明らかに違う重厚な雰囲気を醸し出している。
 無論ここに立ち入れるのは軍の関係者だけで、一般人が入ることはできない。
 それに加え今日はいつもよりも厳重な警備が敷かれている。どうやら何か重大な出来事があるようだ。


 そんな港を悠々と歩いていく白髪の老紳士の姿。ハットに上等なブラウンのスーツ、革靴にステッキ。
 そう、まさしくルシエンテスである。


 場に不釣り合いな姿の人物を警備の兵が見逃すはずもなく、すぐに呼び止められていた。
 数人の兵士は自動小銃を構え、その老紳士に近付いていく。


「民間人の立ち入りは禁止だ!!ここにどうやって入った!?」
「ふむ……あっちから歩いてきたんじゃが。」
「動くな!!両手を頭の上に組んでうつ伏せになれ!!」
 兵士は殺気立った声を上げ、ルシエンテスに向けられた黒い銃口が鈍く光を放つ。
「やれやれ……老人に銃を向けるとは、ジェントルマンとは言えんのう、お前さんら。」


 ハットの鍔を上げた老紳士の瞳は邪悪な光に満ち、血のように赤く輝いた。
 その光を見た兵士達はみるみるうちに生気が抜け、虚ろな表情になっていく。


「さてと、早速じゃが案内してもらうぞ。ワシが求めるモノの所までな。」
「……は……い。」


 兵士達は力なくコクリと頷き、近くに止めてあった軍用のジープにルシエンテスを乗せて走り出した。
 兵士に囲まれ、あまりにも堂々と後部座席に座る老紳士の姿はかえって不自然さを消し、目的の場所にたどり着くまで彼らを呼び止める者はなかった。
 途中ゲートで止められても、ルシエンテスが妖しい眼光で一瞥しただけで警備兵達は素直にそこを通してしまう。
 やがてジープが止まったその眼前にあったのは――――




 黒く、長く、重い巨大な鉄の塊。
 まるで自身がひとつのミサイルであるかのようなシルエットは、静かに大量の死の匂いを内包している――――
 それは海面から上半分だけ姿を覗かせ、日の光がそぐわぬ暗闇の住人である事を示しているかのようであった。








 ランフレクシブル級原子力潜水艦――――




 潜水艦発射弾道ミサイルを16基搭載するフランス海軍の戦略ミサイル原子力潜水艦である――――








「ほほう、思っていたよりも良くできておるな。」
 ルシエンテスは不敵な笑みを浮かべ、うつろな目をした兵士達に目を向ける。
「お前達にはワシが仕事をしやすいようにしてもらおうか。」


 兵士達はそれぞれ銃を手に取り、車を降りていく。
 そして潜水艦の周囲を警備していた仲間に向かって銃弾の雨を浴びせ始めたのだった。
 突然の銃撃戦に、港は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
 飛び交う銃弾の中で、1人、また1人と兵士が傷つき倒れていく。


「――――ファファファ、殺せ……その度にワシの使い走りが増えるでな……!!」


 ルシエンテスが手元で印を切り、邪気に満ちた波動を息絶えたばかりの死体に浴びせる。
 肉体から離れかかっていた魂は呪縛によって遺体に押し戻され、魔力によって肉体を動かす人ならざる者へと変貌させられていった。
 彼らは傷ついた肉体を起こし、銃を手に『生きている』仲間に襲いかかる。
 死者が死者を増やし、帰死人(レブナント)としてその数を増やしていく。
 それはまさに終わりのない修羅の地獄であった。




「そうじゃ……ワシのためにせいぜい時間を稼ぐがよい。」




 人間達が帰死人達と死闘を繰り広げているのを横目に、ルシエンテスは悠々と原子力潜水艦に近付いていく。
 しかし、上空から降り立った4つの影がその行く手を阻んだ。




「そこまでだ!!一歩でも動いたら撃つ!!!!」




 ジークを始め、ワルキューレ、ベスパ、ハーピーの4人が完全な戦闘態勢でルシエンテスを睨みつけている。
 ジークとワルキューレはハンドガンを、ハーピーはフェザー・ブレットを、ベスパはファイティングポーズを取って、それぞれに隙は無い。


「ん……誰じゃ、お前達は。」
「ふざけるな……仲間を殺し、ナックラヴィーをけしかけたこと…忘れたとは言わせん!!」
「ファファファ……冗談じゃ。お前のことはよく憶えておる。ワシの僕が泣いて帰ってきおったからなぁ。で、今更なんの用じゃな?」
「貴様が危険な目的のために活動していることは調査済みだ。そしてまた人間達にこんな非道を……これ以上好き勝手にはさせん!!」
「仕事熱心な奴じゃなあ。だが、魔族のお前に人間の事情などどうでもよかろう?」
「黙れ!!もうこれ以上魔族にも人間にも手を出させてたまるか!!」
「……ワシは忙しい。こんなところで青臭い説教を聞いておるヒマなど無いのだ。そこを――。」


 ルシエンテスが一歩踏み出そうとした時、フェザー・ブレットの一閃が眉間めがけて放たれる。
 激しい爆発音と共に、ブラウンのハットが宙に舞った。


「動くなって言ってんだよクソジジイ!!」


 ハーピーは魔族の殺気を隠すこともなく立ちこめる煙に向かって吼えた。
 ルシエンテスはステッキで羽を弾き飛ばし、傷1つ付いてはいなかったが。


「やれやれ……めんどくさい連中じゃ。少々痛い目に遭わんとわからんか。」


 舞い落ちてきたハットを手に取り真っ白な頭髪の上に元通りかぶせると、ルシエンテスの体から凄まじいプレッシャーが放たれた。
 霊気が渦となり、突風となって激しく吹き荒れていた。


「こ、こいつの霊圧……ハンパじゃない!!アシュ様が仕留められなかったハズだ……!!」


 ベスパの頬を、冷たい汗が流れ落ちる。
 飄々とした細身の老人から放たれる霊波は強大で、そして痛みを憶えるほどに禍々しかった。
 魔族の中でもこれほど冷たい殺気を放つ相手をベスパは見たことがなかった。


 ルシエンテスはステッキで足元を左から右に払う。
 その刹那、凄まじい衝撃波が4人を襲った。
 ハーピーは真っ先に空中に吹き飛ばされ、とっさにガードしたジークとワルキューレの体は数メートルも後退し、ハンドガンは振動で一瞬にして分解し砕け散ってしまった。


「ぐ……!?ぶ、無事か姉上!!」
「な、なんてパワーだ……これほどの力を持ちながら魔族の情報部に今まで名を知られていなかったとは……信じられん!!」


 強大な力に圧倒される2人の頭上を、背後から飛び越える1つの影。


「ジジイが調子に乗ってるんじゃないよッ!!」


 長い髪をなびかせ、ベスパはルシエンテスへと突撃していく。
 まるで弾丸のように地面を駆け抜け、ベスパは渾身の力を込めた拳を振り下ろした。
 ところが、拳はステッキの先で軌道を逸らされ地面に穴を開けただけだった。
 第一撃を空振りした彼女はそれでも戸惑うことなく、地面に突き刺さった拳を支点にして間髪入れずに浴びせ蹴りを見舞った。


「ぬっ……!?」


 ルシエンテスもこのコンビネーションに不意を突かれ、頭部に一撃を受けて後退した。
 しかもそれだけではなく、ベスパの攻撃には妖毒が含まれている。


 老人の膝が折れる――――


 そのスキを見逃さず、ベスパは怒濤のラッシュを叩き込んだ。
 拳、肘、脚、膝……
 五体の全てが暴風の如く老紳士に向けて吹き荒れた。
 ルシエンテスもステッキでガードをしてはいるものの、捌ききれない拳や蹴りを受けて苦悶の表情を浮かべている。


「ぐッ……こ、これは……!!」
「あたしの毒と攻撃にどこまで耐えられるかなジイさん!!」


 接近戦は自分の土俵とばかりにベスパはラッシュの手を緩めず、嬉々とした表情さえ見せている。
 ルシエンテスは防戦一方でまったく手が出せず、ジリジリと追いつめられていく。
 そう、誰が見ても一方的な展開にしか見えなかった。


 だが――――


 ルシエンテスの動きを追い続けていたジークは、ハットの奥に見え隠れする老人の顔が笑っているのを見てしまった。
 まるで楽しむように――――オモチャを与えられた子供のように目を輝かせてベスパの全てを堪能するように見つめているのだ。


「ベスパ離れろ!!奴は押されているフリをしているだけだ!!」


 危険を知らせるジークの叫びに「何をバカな」とベスパは思った。
 現に自分は反撃を許さないほど攻め続けているし、打撃も確かに届いている。
 おまけに妖毒で弱らせているのだ。
 このチャンスを逃す手はない――――誰でもそう思うだろう。


 このまま一気に押し切る――――!!


 普段ならジークの言うことに比較的素直な彼女だったが、戦いの最中で頭に血が上っていてはその言葉の深刻さを受け止めることはできなかった。


「これでトドメだッ!!」


 全霊力を拳に集中させ、白熱したエネルギーを叩き込んだその瞬間――――




「ぱしん!」という軽い音と共にベスパの拳はステッキでいなされてしまった。


「な……!?」


 ルシエンテスはニヤリとほくそ笑み、ステッキをクルリと回転。石突きの部分をがら空きになったベスパのみぞおちにめり込ませた。


「う!?」


 ただそのひと突きにベスパは脂汗を流し、腹部を押さえたまま動きが完全に止まってしまった。
 無論さっきの一撃はただの突きではない。打たれたと同時に波長の合わない霊波を流し込まれ、ベスパは指一本動かせない状態になってしまったのである。


「ファファファ……気に入ったぞ小娘。その造形の美しさと力強さ。単なるアシュタロスの使い魔と思っておったが……お前も立派な『芸術品』の1つに数えてよかろう。」


 ルシエンテスは硬直したままのベスパの顎に指をかけ、強引に顔を上げさせる。
 体が痺れて言うことを聞かず、ベスパはただ口惜しそうに睨み返すことしかできなかった。


「貴様……ベスパから手を離せ!!彼女をどうする気だ!?」


 駆けつけたジーク、そしてワルキューレがルシエンテスを挟むように立ち、ジリジリと間合いを詰めていく。


「どうもしやせんよ。ま、少々気に入ったのでな…手元にでも置かせてもらうか。」
「させると思うのか!?」


(やはり……ジーク……)


 ワルキューレはやはり自分がついてきて正解だったとこの瞬間実感した。
 普段は実に冷静で客観的に状況を判断する弟が、ベスパが絡むと感情的になっている。
 これは姉ではなく軍人としてずっと心配していた事だった。


「冷静になれジーク!!ベスパを軽くあしらうほどの相手だぞ!!」
「私は冷静ですよ姉上……!!」


 忠告がどこまで届いたのかはわからなかったが、ワルキューレはいつか来るチャンスを見逃すまいと神経を研ぎ澄ませる。
 ルシエンテスはベスパから手を離し、両側を挟む2人を交互に見ながらヒゲをなでていた。


「ふむ……とはいえ小娘を抱えてやり合うのもしんどいしのう。大体お前さんら、ヒーローなら老人1人相手に集団で挑むのは間違っとると思わんか?」
「貴様に間違い云々を語られるいわれはないッ!!」
「ファファファ、そうじゃな。だったらワシも味方を呼ぶとするかな。」


 ルシエンテスがステッキで地面と打つとコンクリートが吹き飛び、土が剥き出しになる。 そして懐をまさぐり何かを握りしめると、それを土の上にばらまく。
 6〜7個の白く尖った固体が土の上に落ちると、自然に土の中に埋もれていった。
 次の瞬間、土から手が生えてきた。続いて銀の兜、槍、盾。そして隆々と盛り上がった筋肉に包まれた男――すなわち古代ヨーロッパの兵士が地面の中から生まれてきたのだ。
 さらにボコボコと地面から生えてくる腕の数は増え、槍の他にも剣や弓で武装した古代の兵士達が続々と生まれてくる。


「スパルトイ!?また面倒な相手を……!!」
 地面から生まれた古代の兵士達を睨み、ワルキューレは拳を握り締める。
 まだ戻ってこないハーピーを加えても数の上で不利だが、それ以上に厄介な性質をスパルトイが持っていることを彼女は知っていた。


「シ○ッカーの皆さ〜ん、というわけではないがのう。ワシの便利な手下どもよ。こやつらを始末できたらワシが遊んでやるぞ若造。では、ワシは仕事があるでな……ファファファ!!」


 そう高笑いしながらルシエンテスはベスパを抱え、古代の兵士達の背後へと消えていってしまった。


「待て!!ベスパ!!」


 後を追おうとしたジークやワルキューレだったが、無表情なスパルトイ達の矛先や弓が彼らの行く手を阻んでいた。




「どけーーーーーーッ!!!!」




 ジークは吼えた。
 自分でもなぜこんなに気分がざわつくのかよくわからない。
 だが、あの邪悪の塊の傍にベスパを近付けておきたくなかった。


「ジーク……!!」


 そしてスパルトイに突っ込んでいくジークを援護するため、ワルキューレも後に続くのだった。


      

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