ザ・グレート・展開予測ショー

邪悪(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(05/10/ 5)

 終息した災害の現場で、埃まみれになりながら、あの人に飛びつく二人。こういう時、普段から「そうではない」キャラクターを作り上げていた自分を誉めてやりたくなる。あまり、二人のように子供らしく跳ね回ると言うのは、気が進まないのだ。
 だから、そっと、申し訳程度に身を寄せ、その袖口だけを、つまんでみる。袖口だけ、と言うのが肝心な所で、うかつに彼の肌に触れてはいけない。そうすると、ほら――彼は、自分から私の手を取ってくれる。
 それが、どういう意味であるかは、痛い程知っているくせに。

 だから、私は彼の前では、彼がいる限りは、この世の邪悪を知悉し切った悪魔の卵ではなく、天使の雛として振舞う。
 自分の醜い欺瞞ぶりに、たまに吐き気すら催すけれど。

−−−−−

 初恋――なのだろうと思う。

 私が、彼に対して抱く感情は、そう表現するよりない。何時だって彼の姿が見たいし、彼のそばにいたい。彼の声を聞きたいし、かなうならば四六時中でも彼に触れていたい。

 同僚である二人が彼に心を開くようになるには、周囲がそう思うよりも、時間がかかっている。まあ、当然の話だ。これまでに、幾人もの「教育係」が来ては、私たちを恐れ、あるいは嫌い、あるいは怒り、あるいは――その後に現れた彼は、それまでの連中よりも、ずっと若かったのだ。
 若さは、確かに情熱の裏打ちとなるだろう。しかし、世の良識ある人々はつい目を背けてしまうが、若さは、同時に欲望の裏打ちでもあるのだ。往々にして、情熱以上の裏打ちなのだ。
 思春期初頭の少女に、若い男の欲望――たとえその欲望が私たちに向けられなかったとしても、そんなものを身近に感じたいとは、普通は思わないだろう。普通。そう、あの二人は、思いのほか、感性と言う点においてまったく普通なのだ。

 私とは違って。

 だから、彼女らが彼に打ち解けるようになったのは、彼がそれこそ体当たりで、欲望こそ持ってはいても、それを越えるだけの情熱を持っているのだと、彼女たちに知らしめたからなのだ。

 私とは違って。

 私が彼に打ち解けたのは――彼に恋をしたのは、まさに初対面の時だった。

 今でも、あの衝撃は忘れない。多分、この先ずっと、下手をしたら、死ぬまで忘れはしないだろう。どうせこの男も、他者と同じく、泥に満ち溢れているに違いないと、覗いて見たのだ。そして。

 私は、したたかに打ちのめされた。

−−−−−

 超度7のサイコメトラーである私は、主に未解決事件の捜査協力に駆り出される事が多い。駆り出すのは私の父だが、別に父を嫌う理由にはならない。むしろ、父には敬愛の念すら、私は抱いている。
 当然だろう。父は、世間的には怪物と認識されてもおかしくはない娘を、真実愛してくれているのだから。
 捜査協力をさせる事については、父も悩んではいるようだが、それ以上に、私が嫌がらない事と、力を持つ者が負うべき義務や、父の職業意識などと言ったあれこれが、後押しをしている形だ。
 実際、私はあれを嫌だとは思わない。あれによって、初めて私は、私足り得たのだろうから。

 痴情のもつれから女を殺し、自分も首を吊った男がいた。金に困って友人を殺し、逃走しつづける女がいた。生活苦から心中をはかる両親の道連れに殺された子供がいた。サイコメトラーとして遺留品に染み付いた残留思念を読み取る時、私のヴィジョンに現れる彼らは、まったくの普通人だ。
 普通の男。普通の女。普通の子供。適度に善良で、適度に邪悪で、世界の未来より、自分の明日が心配で、時折、自分の明日より子供の将来が心配で、欲望と諦念と理性と惰性がない交ぜになった、普通の人々だ。
 そんな彼らの心に触れて学んだのは、この世界には、真実意味など存在しないと言う事だった。

 あるのは、ただ偶然の連鎖であり、そこに、人々が意味や価値と言うフィルターを被せているのだと。
 それで、厭世的になったり、と言う事はなかった。そもそも、私自身もそうした存在なのだから。自分一人がそうではないなどと叫ぶ事も出来ないなら、嫌ったところでどうにもならない。それに、私はそうした世界で生きる人々の大半に、好意すら覚えるのだから。
 彼らの無自覚さは、たまにどうしようもなく苛立ちこそするが。

 そう。彼らは常に無自覚だ。全く無意味なものに、自分で意味を与えているにも関わらず、そこに意味が、真実意味が存在しているのだと、思い込んでさえいる。盲目的と言うにも程がある。しかし。

 しかしだ。確かにいたのだ。無自覚でない人は。私のように、それを見抜く能力があった訳でもなく、ただ己の思索のみでそこへ辿り着いた人は。あまつさえ、そうしてなお、この世の無意味なすべてを――恐るべき事に、無自覚に――愛してさえいる人は。

 私が、彼――皆本光一に恋心を覚えるのも、無理はないだろう。

−−−−−

 彼の中にも、やはり欲望はあった。当然だ。若い男ならば、功名心や性欲、ありとあらゆる欲が渦を巻くものだ。老人達が若者に比して欲が少ないのは、彼らが成長したからでは、ほとんどない。単に、諦めの方が大きいと言うのが実際だ。
 だから、彼にも欲望はあった。その事は、むしろ安堵の種でさえあった。もし全く無欲な人物などに出会ったら、私はきっと、その人物の殺害計画さえ練り始めるだろう。過ぎた聖人とは、ほぼ怪物の代名詞と呼んで良い。

 しかし、私がまず彼に抱いたのは、恐怖だった。渦を巻く欲望の奥底に、彼の見ている世界が横たわっていたのを知ったその瞬間の事だった。
 同じだったのだ。私と。彼の見ている世界は、ほぼ私のそれと同じものだった。まず天才と呼んで過言ではなかろう早熟な知性は、彼に世界の無意味さを思い知らせたのだ。優れた頭脳は孤独の原因となっただけではないのだ。
 私が、超能力によって知覚したものに、彼は、思索によって辿り着いたのだ。

 だが。ああ、だがしかし。それだけでは、恐怖などしない。私が彼に恐怖したのは、その更に向こう。彼の知性が彼に認識させる世界の姿に対して、彼が、まったき愛情を抱いていると言う、その事についてだったのだ。

 彼を気味悪がった世界。彼を押しやった世界。彼を利用した世界。それらすべてをすら、彼は愛したのだ。愛そうとしたのだ。ひたむきに愛を欲し、愛を与えてきたのだ。その心の在り様が、私を恐怖させたのだ。

 彼がそのような人物であるとして、ならば私は何なのか。世界を彼と同じように認識しながらも、憎みこそせずとも、愛しさえしない私は何なのか。私が愛するものは、ほんの僅かでしかないのに。
 彼が聖人であったなら、まだ良かった。私は彼を殺そうと思うだけですんだろうから。しかし、彼はこと欲望と言う点については、まったき普通人、俗物と呼んでもかまわないだろう。だのに、彼の愛は聖人以上だとすら言える。聖人と呼ばれる人々は、決して世界をあんな風には見ないだろうから。世界が、醜い無秩序、偶然の集合によってなる混沌と理解しながら、なぜあんな風に。
 全く、理解できなかった。彼の心を知覚しながらも、私はそれを理解できなかった。私の知覚をもってしても――いや、知覚する事と、理解する事は全くの別問題であると、痛烈に思い知らされたのだ。そうして、恐怖は思慕へ、思慕から恋情へとすり変わった。

 私は、私自身を悪だと認識している。そう、定義している。世間一般の、社会的な法と言うものに、私はさしたる重きをおいてはいないからだ。もし、私の目的や私の法と、社会的な法が対立したならば、私は迷わず私の目的と法を尊重するだろう。
 一般的には、そうした存在を悪と呼ぶ。世界を見通すためのフィルターは、ある種の共同幻想によって成立するのだから、私を定義する言葉としては、悪と言うのがもっとも相応しいだろう。
 だから、私は悪なのだ。まったき邪悪なのだ。その意味で、周囲の大人たち、その大半が抱く危惧は、正しいと言えるだろう。

 だが、彼は違う。彼にも己の法はある。しかし、彼の法には、社会的法を尊重すると言うコードが含まれている。となれば、彼は間違いなく善と呼ぶべきなのだ。

 まったき善と、まったき悪。それが私たち。


 ねえ、ねえ、あなた。愛しいあなた。私は、あなたを愛しています。あなたの輝きが、私を恐れさせるけど、けれど私は、あなたが好き。
 あなたの為であるならば、私は自分の悪をひたかくしにだって出来る。それがひどく醜い欺瞞だと解っていても、あなたの願う、子供でいられる。あなたの望む娘でいられる。
 だから、だから。ああ、だから。お願いです。私を照らしていて下さい。あなたのその複雑怪奇な輝きで。世にも不思議で恐ろしい、あなたの心の輝きで。どうか私を焼き焦がして。

−−−−−

 今日、兵部とか言う変な男に出会った。何でも、大昔に捕まった、超能力犯罪者なのだとか。見た目は十代の子供だけど、実際は八十を過ぎた爺様だとか。

 爺様? あれが? とんでもない。アレは、ただのガキだ。下手すると私たちより手に負えないガキだ。ねじけてひねくれて、そこで立ち止まってにっちもさっちも行かなくなっただけの、莫迦なガキに過ぎない。
 力はあるだけにやっかいだが、逆に言えばそれだけだ。何の魅力も感じない。言ってみれば、単に馬鹿でかいだけの戦車や軍艦みたいなものだ。あいにく、そんなものに愛着を覚える趣味は、私にはない。

 まあ、アレはアレで役には立つ。アレが私たちに接触してきたせいか、最近彼は私たちを気遣ってくれる。つまり、彼と触れられる時間が増えている、と言う事だ。その点は、評価しよう。
 後、どうも薫ちゃんはアレに少し興味があるようだ。趣味としていかがなものかとは思うが――まあ、それも良いだろう。私にとっては、都合が良い。


 意外に思われただろうか。忘れてはいけない。はっきりと宣言した筈だ。すなわち。
 私は、無秩序の混沌を踏破する、邪悪であると。

 ああ、振り向いてはいけない。あたりを伺おうなどと思わないように。私がこれを書いたのは、昨日の晩だ。今あなたに幻覚を見せているわけではない。
 別段恐れる必要はない。あなたの身体生命に危害を与えるつもりはないから。そもそも、私の能力がそうした荒事向きでない事は、あなたも良く知っているでしょう。
 ただ、私の日記を覗き込むなどと言う愚を犯す上で、当然覚悟はしていただろうけれど、記憶は消させていただく。超度7のサイコメトラーをなめてもらっては困る。少々のマインドコントロールならば、そんなものを使うまでもないのだが。


 では、覚悟はよろしくて、桐壺のおじ様?

−−−−−

「局長、昨日のメールの件なんですが」
 皆本が桐壺のオフィスを訪れた時、普段桐壺が座る席は空いたままで、桐壺の秘書である朧が、何とも微妙な顔で一枚の紙片を見つめていた。皆本に気づいた朧は、顔を上げて困惑気味の微笑を浮かべた。
「あら、皆本君。それが、局長まだ来てないのよ」
「え?」
「今日は外出の予定もない筈だったんだけど。来て見たら、机にこんな紙が」
「はあ」
 手渡されたそれに目を通し、皆本も、朧と同じような微妙な表情を浮かべた。
「……何なんでしょうかね、コレは」
「暗号――なのかしらねえ」

 窓に、手が――とだけ殴り書きされたその紙片の意味を、二人には、知る事が出来なかった。



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