ザ・グレート・展開予測ショー

初めての―――――後編(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:NAVA+犬雀+豪
投稿日時:(05/ 9/29)






夕焼けに照らされた庭園を、手を繋いで歩いている五つの影。
左から順に皆本、紫穂、薫、葵、夕顔。
皆本は苦笑しながら、夕顔はニコニコ笑顔で。
三人を挟み込んで、その歩調に合わせて歩く。

けれど、三人の表情は曇っている。
自分達の敗北を、自覚してしまった為に。
夕顔の天然めいたおっとりぶりは、きっと皆本のことも包み込んでしまうのだろう。
自分達が一生懸命邪魔をして、皆本をそれを防ぐ度に無様な姿を晒していたのに。
夕顔は鈴の音を鳴らしたような声で、たおやかに微笑んでいた。



「あーあ、早く大人になりてーなー」



そんな薫の呟きに、葵や紫穂もしんみりとした表情で頷いた。
彼女等に向けて、皆本はどう声をかけて良いか分からない。
しかし、夕顔が慈愛の込められた優しげな笑顔で三人を優しく諭す。



「大人に成るというのは、同時に今の楽しい時間が終わるという事よ」

「欲しいものが手に入らないなら、子供の時間なんて要らない」

「大人になっても欲しいものが手に入らない場合もありますわ。
 それに子供から大人になれば、失われる物だって多い」

(―――――――でもっ! 子供だから失う事だってあるんだ!!!)



言葉にはしない、出来ない想い。
大人になりたいわけじゃない。それが望みなんじゃない。
想うのは一人。時に情けなくて、時に格好悪くて、でも何時も一緒に居てくれる彼の事。
今すぐ大人になって引き止めなければ、皆本が何処かへ行ってしまう。
そんな焦りの発露。三人に共有している想い。
それもまた、子供じみた嫉妬と思えば泣きたくなる。
言葉を止めた薫の代わりに、皆本が三人に向けて声を掛けた。



「ま、いずれ分かるさ。大人になるってのは大変なんだよ」



特にお前達の場合はな、と胸の内だけで続ける。
彼女達の未来は、手放しで明るいとは言えない。
未だエスパーは化け物扱いであり、テロリズムの対象となっている。
そして何より衝撃的だった、破壊の女王(クイーン・オブ・カタストロフィ)の最後。
言葉には出来ぬ想いを抱えていたのは、少女達三人ばかりではなかった。



「良い大人になるには、良い子供で居るのが大事なのですわ」



夕顔がほんわかした表情で締める。のんびりとした表情は、何処までも優しく。
夕焼けの中を歩く、ふてくされた表情を浮かべた三人の少女達。
皆本の気遣いは、決して空回りしていたわけではない。
当然ながら嬉しくはあれど、しかし彼女等の望むものではなかった。
三人は黙りこくったまま。気まずくなる一歩手前の空気が辺りを覆う。
沈黙が訪れ、それがしばらくの間続いた。
微妙な気配を察した皆本が、口を開こうとした時―――――――





「「「「―――――――――――っ!!!?」」」」





あるいは、予知とはこんな感覚なのかも知れない。
薫達チルドレンだけではなく、皆本すら感じたそれ。
―――――――――敵意と殺意の入り混じった、害意の群れ。




「―――――――薫っ!」

「あいよっ!!!」



まさしく阿吽の呼吸。
瞬時にイージスの盾を展開する薫。夕顔を後ろに庇う皆本。
そしてそのふたりを頂点として、三角形の形で囲もうと後ろに下がる紫穂と葵。
事態に付いて行けていないのは、やはりというべきか、その三角形の中央に居る夕顔だけであった。
周囲に響く軽い銃声と、それを弾く乾いた音。
放たれた銃弾は、その全てが薫の展開した盾で防がれていた。



「な、何が起こってますの?」



目をぱちぱちと瞬かせながら、誰にともなく呟いている夕顔。
こんな状況でもおっとりとしているのは流石だ。と紫穂は一人感心する。
だが、その間にも銃撃は続いていた。それも少しずつ数を多くしながら。
更なる一撃をと構えられたランチャーを確認して、薫は仲間に助けを求めた。



「ま、まじぃっ! 葵っ!!!」

「ラジャッ!!!」



これまた多くを語らずして、行われた意思の疎通。
四人が一瞬、姿を消し、100m近く離れた場所に姿を現す。
その直後、元居た場所が爆発が巻き起こった。



「えっ、えっ?!!!」



突然のバイオレンス展開に、夕顔は全く付いていけてない。
その動きはのんびりしつつも、混乱することは避けられてない。
超常の力も、重火器の一つも持たない彼女は、呆然と流れを見つめるのみ。



(・・・・・・・・・いったい、何が?)



彼女の混乱を纏めるならば、この一言に尽きた。
そんな彼女の手を引いて、紫穂がにっこりと微笑みかける。
少しずつ恐怖が芽生えかけている彼女を安心させるかのように。



「大丈夫。皆本さんが薫と葵と上手く使ってくれるから、大丈夫。」

(――――――――――あ、え?
 心を、読まれ、て――――――――!?)



平素であれば、特別おかしい言葉ではなかった筈だった。
事情を知る人間が、知らない人間を安心させようとしてかける言葉。
だが、初めて超常の力を目の当たりにした夕顔は
そんな当たり前の解釈など出来なくなっていた。



「―――――――――――ッ!!!!」



それは、どちらが先だったろう。
再びの銃撃音と共に、離された二人の手。
夕顔の頬は微かに、けれど確かに引き攣っていた。
その顔を哀しげに見詰め、それでも紫穂は言う。



「・・・・・・・・・・大丈夫。
 巻き込まれただけの貴女は無事に帰すわ、絶対」



それっきり紫穂は夕顔を省みることなく
皆本指揮の下、薫が敵のECMを強引に破壊する様を眺めていた。
少しだけ上目遣いとなり、何かが零れたりはしないようにしながら。















「すいませんでした。大丈夫でしたか?」



現場にはBABELの職員達や、警察官達が忙しく動き回っている。
皆本達を襲撃したのがテロリスト集団『普通の人々』なのか。
直接には違うとしても関係の有無はどうか。そのための証拠集めや検証をしている。
そんな中、皆本は放って置かれる状態になった夕顔に気付いて優しく声をかけた。



「・・・・・・・・・その子達は、エスパー、ですの?」

「え――――――――――――」



俯いたままの彼女から、呟くようにして漏らされた声。
その憔悴した顔は、皆本に罪悪感を抱かせた。
先の穏やかな表情を知っているからこそ、なおの事。
だからこそ、逃げたりはしないで真実を口にする。



「―――――――はい、そうです。
 超度7のエスパーである彼女等の保護と教育。
 それが、僕の仕事です」

「そう・・・・・・・・・」



再び、沈黙が辺りを占めた。
作業の喧騒ばかりが、朱の世界に満ちていく。
皆本らの傍には、気まずそうにしている三人。
これは、ある意味では思い通りになったのかもしれない。
そう確かに、皆本のお見合いは潰せたも同然。
けれど―――――――こんな結末なんか望んじゃいなかった。



「ねぇ・・・・・・紫穂、さん?」



思いもしない声に、名を呼ばれた少女は身を竦ませた。
紫穂が顔を向けると、視線の先では夕顔がそっと微笑みを浮べていた。
その先には彼女と同じく、驚いた様子の皆本が見える。



「ごめんなさいね、いきなり手を離したりなんかして。
 余りいきなりで、ちょっとだけ驚いたものだから」



ゆっくりと紫穂の元に向けて歩き出し、す、と彼女へと夕顔の手が伸ばされる。
その手は少女の頭に置かれ、それを優しく撫で始めた。
紫穂の顔に浮んでいるのは驚きが主として
そして、僅かな期待と微かな喜色。

けれど・・・・・・・・・・









「本当――――――――可哀相に」

「・・・・・・・・・・え?」










その期待は不安へと、喜色は困惑へと取って代わる。
頭に乗せられた手から紫穂へと伝わる、偽り無き夕顔の想い。
恐怖、ではなかった。
それは、心からの同情。
それは、純粋な憐憫。
そう、彼女が感じていたのは―――――――憐れみ。



「だから、皆本さんは面倒を見て差し上げているんですのね。
 大変でしょうね、エスパーだなんて。
 力なんて、持って生まれて来なければ
 こんな、不幸にも、ならなかったでしょうに」



それを聞き、薫と葵は目を見開いた。
撫でられ続けている紫穂もまた、同様に顔を歪める。
温かさと柔らかさが、逆に胸に痛かった。

朱雀院夕顔は、普通の人だった。
エスパーを知らず、ESPの知識など何も無く
かといってテロ組織との関わりもまた同様に無い
本当に、何処までも普通の女性だった。
普通の、心優しい女性だった。
現に今も、チルドレンを元気付けるようにして言葉を続けている。
自分が今手を繋いでいる、哀しそうな顔をした少女へと。
何のてらいも無い、強く優しい微笑みを浮べながら。



「でも、大丈夫ですわ。
 未来は決まってなどいませんもの。
 科学だって、これからも発達していくんですから
 きっと何時か、そんな力なんて無くして
 普通の―――――――――ちゃんとした女の子に戻れますわ」



悪気などまるで考えにも入れず
悪意などは何一つとして含めず
薫達が生まれて来た事を、ただただ自然に哀れんでいた。
そして浮べたのは、本当に何処までも『普通の』笑顔。



「それまでは、希望を捨てないで下さいね。
 きっと、きっと何時か、幸せになれますから」



敵意ある拒絶には、とっくに耐性が出来ていた。
けれど、彼女の言葉には害意など何一つも無い。
並べられた優しい否定は、まるで甘い毒のようで。

解らないなりに、夕顔は三人を受け入れようとしている。
けれど、それはエスパーとしての彼女等の否定。
拒むばかりではなく、好きになろうとしている。してくれている。
なのに、解り合えない。それが、痛くて。
この優しさは真実で、想う気持ちは純粋で
だからこそ、それが紫穂には酷く、酷く哀しかった。
紫穂は静かに身を離す。その想う気持ちに耐えられなくて。
そして、耐えられなくなったのは紫穂ばかりではなく



「・・・・・・・・・普通って、何だよ」

「え?」

「幸せになれる、って何だよ!!!」




幸せになれる、裏を返せば今は不幸。
普通になれなければ、幸せにもなれない。
エスパーに生まれたならば、不幸だという意味だ。

武力行使でもない。
武装テロ組織でもない。
彼女らを真に傷つけるのは、本当に

――――――――――本当に、『普通の人々』





「あたしらは――――――――――不幸なんかじゃないっ!!!!!」





言い放って、薫は走り出す。
夕顔にも、皆本達にも、夕陽にも背を向けて。
聞き慣れた誰かの声がしたけれど、足を止めはしなかった。















どれだけの時間、どれだけの距離を走ったか。
所詮、子供の脚力だ。息が上がる程に走り続けても、そう遠くに行けはしない。
いつしか歩き始めた薫は、それでも足を止めずとぼとぼと歩いていた。
夕日はとっくに姿を消し、周囲には暗幕が降りている。
一人、庭園を歩いている彼女はまるで迷子のようで。
立ち止まったきっかけは特に無い。ただ、歩き疲れたというだけで。
気付かぬうちに目尻に滲んでいた涙を拭い、星の見えない空を仰ぐ。
天上に浮んだのは、夕顔の穏やかな笑顔ではなく
よく見知った彼の、説教する時に付き物の怒ったような表情。
幻視したそれに向けて、可能な限りに声を張り上げた。



「皆本の――――――――っ!!!」



理不尽なのは解っている。
けれど、彼女が思いをぶつける相手は何時だって一人。
たとえそれが、八つ当たりと呼ばれるものだとしても。




「バッカヤローーーーーーーーーーッ!!!!!」

「・・・・・・・・そりゃ悪かったな」

「―――――――――――へ?」



突然、背後から聞えた声に振り返ると
憮然とした顔の眼鏡青年が、其処には居た。
左右には、チルドレンの残り二名も控えている。



「・・・・・・い、いーのかよ。見合い相手、放っといて」



ぶっきらぼうに、薫が皆本に問いかけた。
その顔はそっぽを向いたままだ。
バツが悪いというだけでなく、流した涙にも気付かれたくは無い。
この夜の暗さが、頬の赤さと一緒に隠してくれると良いのだけれど。



「いーんだよ、僕はバカだからな。
 夕顔さんはBABELの誰かに任せておいた」



見合い相手より、他の誰かを優先させる
実質、見合いを断ったのと同義と判断されても仕方が無いだろう。
薫は同じような言葉で問う。泣き出したい気持ちを抑えながら。



「ほ、ホントにいいのか?
 いや、今更かもしんないけど
 すぐ帰ったらどうにかなるかもだし」 

「何だ、帰っていいのか?」



それは皆本らしからぬ、意地悪な質問だった。
初めての見合いを終えたとあって、テンションが上がってるのかもしれない。
答えなんて、聞くまでも無く決まっているというのに。



「――――――――やだ」



だから、薫も彼女らしくない行動に出たって仕方ない。
飛び込むようにではなく、そっと近付いて皆本に前から抱きついた。
顔をシャツに押し付けて、涙が零れたりしないように。



「別に、さ・・・・・・・嫌いじゃ、なかったんだろ?」

「ああ。
 正直言うと、少し惹かれてたな」



それを聞いて、抱きついた手に力が篭る。
左右から皆本に寄り添っていた葵と紫穂も、更にその身を寄せた。
重さを感じさせない溜息を吐いて、皆本は薫の頭に軽く手を乗せる。



「ま、いいんだよ。
 僕にはまだまだ早かったってことだ。
 色々と、さ」



一つ一つは簡単なやりとり。単純な言葉。
けれど、少しずつ薫の心は安らいでいく。和らいでいく。
皆本もエスパーなんじゃないか、とそんな馬鹿な考えを抱くくらい。
その当人たる皆本は、優しげな苦笑を浮べていた。
左右からぐりぐりと、何かを要求している頭を押し付けられながら。



「・・・・・・・・・まぁ、その、何だ」



やっと笑顔を浮べられた薫が、上目遣いに皆本を見上げた。
ぎゅっと抱きついたままで、笑みをオヤジ笑いへと変えながら



「あと数年待てたらさ。
 アタシらの誰かが付き合ってやっても良いぞ?」

「せやな。何なら三人纏めて、とか?」

「・・・・・・・・光源氏も悪くないかと思ってる」

「悪質なデマを飛ばすなっ!」



いつも通りのやり取りを経て、浮べるのは笑顔。
怒りながらも、皆本は笑っていた。
薫も、葵も、紫穂も、三人とも笑っている。



「薫ちゃんの勝負下着をポケットに入れたままで
 そんな風に叫んでも説得力無いと思うの」

「お、マジかっ!
 仕方ねーな、そこまで欲しいならくれてやらぁ!!!」

「皆本はーん、何ならうちらのも欲しい?
 今なら格安やで♪」

「忘れてただけだ紫穂っ!
 一言も欲しいとは言ってないぞ薫っ!!
 売るな葵っ!!!
 というかお前らにはまだ早いっ!!!!」



言い合いつつも家に向けて、四人は歩き始めていた。
チルドレンを叱り付けながら、皆本は思う。
最終的に、見合いを断る事になってしまった理由。



「良いのよ、それはちょっと異常なだけ。珍しいことじゃないわ。
 私達は何時だって受け入れてあげるからね」

「よーし! また通販で良いの選ばなきゃなっ!
 勿論見せてやっから、率直な意見を言え!!!」

「三人で選ぼーや。あて先は皆本はんで。
 ウチだって、恥かしいけど頑張るで!」

「理解のある瞳をするな!
 僕の部屋のパソコンを使うなよ!!
 別に頑張らんで良い!!!
 あと頼むから、せめて局長宛にしとけ!」



その局長の顔を潰すかもしれない行動を取った訳。
言ってみれば、結局は単純な事で



(――――――――――この娘達の笑顔を護りたいんだよな)



それだけの理由。
だから、終末に控える破局になど負けはしない。
必ず防いでみせる。それまでは、ずっと傍で護り続けよう。



「まぁ、そうだな。
 さっき、お前が言ってた事だけど――――――――――――」



ぽん、と薫の頭に再び手を乗せた。
集まる視線にちょっとだけ緊張する。
いち早く顔を赤らめたのは、やはり紫穂。
ああ、また後でからかわれるんだろうな、と皆本は覚悟しながらその言葉を口にした。

天候は曇り空。
月明りも星明りも地には注がず、照明さえも疎らで。
闇に包まれた夜の中では、傍に居る相手の顔色すら解りはしない。
ほんの少しだけ雲が途切れ、月光が降り注ぐ。
その一瞬に照らされて、浮んだ四人の頬の色は
皆一様に、夕焼け空が移ったかのような朱に染まっていた。





―――――――――――君らが良かったら、な
















お見合いの日から、数日が過ぎたある日。
居並んだ予知能力者(プレコグ)を前にして
局長は、もはや日課となってしまった行動を開始していた。



「将来、薫君がお付き合いする相手はどんな人かナ?」


ぴんぽーん♪


「・・・・・・じゃ、じゃぁ、葵君は!?」


ぴぴぴんぽーん♪


「・・・・・・・・・・紫穂君はっ!!?」


ぴぽぴぽぴんぽーん♪


「何故ダッ!!?
 何故なのダァァァァァァァァッ!!!!!」



頭を抱えて転がる局長。
控えた予知能力者達は、須らくその様を鬱陶しそうに見ている。
あーウゼェ、と思いつつも口に出来ない社会の業。
幾つか混じっている同情は、娘が居る者の視線だろうか。

見合いの結末を知っても、局長は皆本を咎めたりはしなかった。
チルドレンに言われたから、というのもあるが
何だかんだで騙していた事、思いがけない襲撃など
どうにも強く出れない理由が、幾つか存在していた為に。
なにより、チルドレンを優先させた事で彼が咎められようか、否。

よって見合いが不発に終った事自体は気にしていない。
だが、問題はその後だった。正確に言うと、その後の予知結果。
一人一人が皆本と結ばれる確率が上がっているばかりか



「なんっで三人纏めてくっ付く確率が跳ね上がっていル!!?
 ホワァァァァァァィッ!!!!!」



現代日本ではありえない筈の未来に
本日も局長は白くなって崩れ落ちる。最高に灰ってやつだ。
その様子に溜息を吐きつつ、朧はあれから後の四人を思った。
行動は以前と同じ。三人が暴れて、皆本が抑えて、時にとばっちりを喰らう。
変わっていない、と断ずるならば、なるほど反論は出来はしまい。
だが一つ、いや二つだけ。
朧には気になっている事があった。

たまに皆本は、三人を見ながら首を傾げている。
朧は以前、その理由を直接に問うてみた。
返ってきた答は、彼女には良く解らない内容。
いや、来ると思ってたものが来ないんですよ、と。

もう一つは、もっと露骨。
薫、葵、紫穂の三人が、皆本を目で追うようになったというだけ。
それは気付かないくらいに自然で。まるで当たり前のようで。
ひょっとしたら彼女等自身、気付いていないのかもしれないけれど。



溜息を吐く朧の顔に、けれど浮んでいるのは微笑み。
命短し、とは誰の述べた言葉だったか。
今日は再び来ぬものを、とは当然だが
当たり前すぎて、それを忘れそうになる事実。
だから今日を、今を抱き締めるようにして生きて行きたいと思えた。
これも季節のせいだろうか。どうにも変な想いに耽ってしまう。
そんな考えに浸っているうちに、三人の定期検診が終ったのだろう。
聞き慣れた喧騒が近付いているのに気付いた朧は
浮べた笑みを深くしながら、四人仲良くやって来た彼らに声を掛けた。






季節は秋

春とは違う、夏と冬との狭間

物想うと言われる、愁いを帯びたこの季節は

そう、きっと―――――――恋をするにも相応しい














―――――――――――これより先は舞台裏。



知らぬでも、何が変わる訳でも御座いません。
知った所で、何が得られる訳でも御座いません。

喜びなどは、何処にも無く
楽しさなどは、欠片も無く
ただただ空しい現実が蔓延るばかり


それでも構わぬと仰せなら
どうぞ、先へとお進みを――――――――















皆本が去った方向を見詰め、夕顔は一人立ち尽くしていた。
部屋に帰るようにと促された言葉は、既にやんわりと断っていた。
寒さを帯びた風に吹かれながら、何が悪かったのだろう、と自問する。

一人で考えていても、答えは出ない。
あるいは、解らない事こそが悪いのかもしれないと思いながら。
涙目となっていた少女が思い浮かぶ。名前は薫、だったか。
自分が何をしてしまったかは、まだ理解が及ばない。
けれど、彼女を傷つけたという事だけは、確かな事実。



「まず、あの子に謝りませんと・・・・・・・・・・」

「いや、その必要は無いよ」

「――――――――!?」




くすくすくす・・・・・・・・

漏らした独り言に返された答えに、思わず身を強張らせる。
続けて聞えてきたのは、耳障りな潜められた笑い声。
馬鹿にしているようなそれを発していたのは
何時の間にやら夕顔の後ろに立っていた、あまりに場違いな学生服の青年だった。



「いやいや、本当によく踊ってくれたよ。
 これで彼女等には、普通の人間全体に対する不信感が植えられたってわけだ」



夕顔を見ながらも、その視線は遠い何処かに向けられて。
未だ来ぬ先を見据えているかの瞳に、自然と背筋が寒くなる。
まるで全てが見透かされているように感じたせいで。



「さて、君の出番はもう終わりなんだ。
 役柄を演じきった役者は、舞台から降りるのが運命」



一歩、一歩。夕顔の方へと近付いて来る青年。
気温から来るものではない寒気を、夕顔は感じた。
そこでようやく、誰もその青年に目を止めていないという奇妙さに気付く。
未知の危険が迫っている関わらず、傍に付けられた護衛もまた動こうとはしていない。
悲鳴を挙げようとして、あるいは逃げ出そうとして
あるいは、此処に居ない誰かの名を呼ぼうとして―――――――



「知ってるかい」



―――――――――その全てが遅過ぎた。

目の前の青年が唇を動かす度に、薄らいで行く意識。
最後に夕顔が見たのは、歪んだ笑みの浮べられた口元。
結局、呼ぶ事の叶わなかった誰かの名前が、彼女の胸の中で浮んで消えた。













黒く染まった空を見上げ、夕顔は一人立ち尽くしていた。
部屋に帰るようにと促された言葉に、ゆっくりと頷きを返す。
寒さを帯びた風に吹かれながら、何故こんな所に立っていたんだろう、と自問した。

何時の間にやら、気付けば庭園には夜の帳が落ちていた。
夢から覚めたような面持ちで、けれど瞳は何処か虚空を見詰め。
夜空に生える着物姿は、名の如く、まるで一輪の華の様で。
けれど真にその名を想うなら、彼女は夕に置き去られた華。

何かを無くしたような気がしていた。
それは酷く大事なものだったのだと思う。
けれど何がそれだったのか、まるで思い出せない。
無くしてしまった彼女には、それが何だったのかさえ解らない。
胸の空っぽになった部分が大きくて、その虚脱感から大事だったと感じるだけ。



それが、恋心という名を持つ事も
それは、初恋という形だった事も



皆本の顔さえ朧げにしか思い出せない彼女は
ただ胸の上に手を当てて、空虚な寂しさを感じていた。
何故、涙が零れるのかさえ解らないままに。

泣く理由も解らず、泣き続ける彼女の耳に幻聴が聞えてくる。
聞いた覚えも無いその声は、確かに幻聴に違いなかった。
冬を運んで来る秋風より、遥かに寒々とした声。
冷厳とした悪意を滲ませた、嘲弄の響き。

それは彼女自身に対して言っているかのようで
それは其処に居ない誰かに言っているかのようで



知ってるかい――――――――――










『――――――――――初恋は実らないんだって、さ』




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