ザ・グレート・展開予測ショー

初めての―――――中編(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:NAVA+犬雀+豪
投稿日時:(05/ 9/29)








お見合いの場所として選ばれたのは、軽井沢のとある日本旅館。
雲も疎らな晴天、うららかな秋の日差し、手入れの行き届いた庭園。
パンフレットの撮影にも使われそうな光景は、まさに絶好のお見合い日和。
ロビーに集まった一同は、まず軽く挨拶を交わしていた。



「いや、前途有望な若者を紹介してくれて助かったよ。
 あまり年寄りじゃぁ娘にも悪いからねぇ、はっはっはっは」

「ふふふ、彼の良さは私が保証するヨ。
 何といっても、叩いても潰れても壊れない所なんかがネ」

「おお、頑丈なのはいい事だ」



笑い合う、わざわざ時間を取ってやって来た局長と見合い相手の親御さん。
真実そのままな局長の発言だったが、比喩と思われたようだ。
そして、一同は準備をするために一旦別れた。
傍に居る皆本の肩を叩いて、局長はサムズアップをきめつつ



「では、頑張りたまエ。チャンスはものにシテこそだ。
 急ぎの仕事があるので一緒には居られないが、陰ながら応援してるヨ」

「あ、有難う御座います局長。
 恥をかかせたりしないように気をつけます」



時間を作ってまで来てくれた事で、皆本は更に局長を見直していた。
それが、責任感のせいでも優しさの為でもないと知ったら
皆本といえど、世の厳しさにちょっぴり涙するかもしれない。

小一時間の後、準備を終らせた一同は和風の茶室を思わせる離れに案内されて来る。
ここは所謂セレブの方々がよく使われる、一般客の使用する場所からは少し離れた一室。
落ち着いた佇まいは、静かな話をするのにもってこいである。
その中で慣れぬ正座をしながら、皆本は見合い相手と対峙していた。



「初めまして、朱雀院夕顔と申します」

「は、初めまして。皆本光一と申します」



着物姿の美人を前に、スーツ姿の皆本がオウムのように返す。
とりあえず元はいいので、ちゃんとした格好でいると二割増で格好良くは見える。
更に、少しばかりの狼狽が逆に好印象だったのか、夕顔と名乗った女性はくすりと微笑みを浮べた。
それに皆本は頬を赤らめ、更にその様子を見てか、微笑みは深くなる。
好循環とでも言おうか。どうやら、第一印象はまずまずのよう。

こうしてお見合いは始まった。











その離れを見守る形で、三人の少女たちは配置についていた。
重武装の格好が語っている。これからテロを始めます、と。
お見合いの部屋は、その目的のために世の喧騒から距離を置いている。
それは即ち、少々の騒ぎがあったとしても他の客には知られないという事。



(あー、テステス。準備はいいかしら、『猫娘』)



通信機から聞えてくるのは、秘書っぽい声。どんな声かはご想像にお任せする。
眼鏡をキラリと光らせながら、『猫娘』が返答した。



「オーケーや、『鬼太郎』はん。
 そっちもええか、『子泣き爺』」

「うん、スゲェ今更だけど言わせてくれ。
 なっんっで! あたしが『子泣き爺』なんだよっ!!!!!」

「ぷっ・・・・・・・・いや、それはほら、なんちゅーか」

「第一話で潰れてたじゃない」

「てめぇ今笑ったな葵っ! 
 あれはPKのせいだ紫穂っ!!
 つーか、メタ発言止めぃっ!!!」

「いいじゃない、私なんて『砂かけ婆』よ。
 『ぬりかべ』とか『一旦木綿』はキャラが合わないって言われたし。
 かといって、『ねずみ男』なんてゴメンだし」



ぶちぶちと唸っている『砂かけ婆』
名前に文句があるのは、『子泣き爺』だけではなさそうだ。
でも、婆という所は妙に頷いてしまいそうなのは何故だろう。
たまに達観した発言かますし。おばさん通り越して年寄り臭いし。

さておき、前言を少々撤回しよう。
三人が用意している道具は物々しいが、その格好は何処か滑稽なものだった。
『猫娘』は猫耳と大きなリボン、『砂かけ婆』は動き辛そうな着物。
そして『子泣き爺』に至っては、前かけときたもんだ。
なお、服は着ているのであしからず。



「・・・・・・・・そうか。
 そうだよな、紫穂はばーさんなんだよな」

「そう、ばーさんよりはじーさんの方がマシやろ。
 自分は違うって心から否定出来るんやし。
 ばーさんはいずれ逝き付く先やからなぁ」

「なんか、納得いかない」



『子泣き爺』は気を取り直したが、機嫌の悪さは『砂かけ婆』に伝染。
会話の流れというのは怖いもので、ぷち仲間割れ勃発中。
なお、三人ともばーさんにもっと相応しい人がいるだろとは言わない。命が惜しいから。



(三人とも、無駄話はそこまでよ。ターゲットが入室したわ。
 まずはモニターを確認して。室内の様子は解る?)

「大丈夫、解像度は良好や。
 皆本はんの情けない顔もばっちり見えとる」

「でも、監視カメラなんていつの間に?」

(あら、この場所を選んだのは誰だと思ってたの?)



―――――――この人だきゃぁ、敵に回しちゃなんねぇ。
当たり前のように返って来た答えを聞いて、三人の心は今一つになった。
道具を手に取った『猫娘』は、気を取り直すためか心持ち声に力を入れつつ



「ほい、超微細テグスや。
 気付かれんよう、上手く皆本はんと相手に付けてな」

「ん、解った。片方の端は紫穂が持っとけ」

「これで、間接的に二人の心を読めばいいのね」



確認の意味も込めて、言葉にしながら動く三人。
心に滲む恐怖から逃れる為では無い。恐らく。
コードネームが既に意味を成さなくなっている事にも気付いてない。
まぁどうせ気分作り、大した問題ではなかった。ならやるな、という気もするが。



(残念だけど、通信出来るのは此処までみたい。
 私は仕事に戻るけど、三人とも、皆本さんをお願いね。
 代わりに、局長は抑えておくから)



せっかくのお見合いだし、局長が暴走したら大変。
そんな思いを胸に、今日と言う日にしっかりと仕事を入れた秘書『鬼太郎』
直で皆本を持ち上げ様という局長の考えは、こうやって密かに潰されていた。
それはそれとして、準備終了後、放たれたのは合言葉。



(「「「逝け、皆の夢を守るため!!!」」」)



愛と勇気を友達にしながら、三人娘は行動を開始する。
なお、この合言葉に皆本が『夢子ちゃん』だとか、そーいう意図は多分無い。










「じゃぁ、一番手はあたしが!」


腕まくりをしつつ、モニターに目をやる。
離れに向かって旅館の従業員だろう。和服の女性達がお茶や茶菓を運んでいく。
それを確認して、薫は不敵な笑みを浮べた。



「ちょ! どないするつもりや?」

「任せとけって!」

「あんまり派手にやらないでね」



そして薫はモニターと離れとを見比べ、位置を確認しながら軽く集中し出す。
力自体はたいしたものでもないが、少々の精密性が要求されたそれ。
得られた結果は、単に畳のへりを一センチほど浮き上がらせただけ。
それでも効果は絶大で、お茶を運んできた仲居さんは突然足元に出現した罠に躓く。



『きゃあっ!』



仲居さんの悲鳴と共に、お盆に乗っていたお茶が宙を舞う。
飛沫と茶碗は、状況を理解しきれていないお嬢様の頭上へと。



『・・・・・・ふぇ?』

『――――――っ! 危ないっ!!!』



判断は迅速、決断は瞬間。チルドレンの世話の結果として、築かれた行動力は伊達ではない。
皆本はテーブルを飛び越すと、おっとりと自分の方に飛んでくる茶碗を見ていた夕顔を抱きかかえた。
その映像を見て、あ、の形で開かれる三つの口。
しかし、何かするには時既に遅く、スカイダイビングを果した茶が皆本を強襲する。
その一瞬が過ぎた後、まず彼がやったのは腕の中の女性に声を掛ける事だった。



『大丈夫? 火傷などしてませんか?』

『は、はい、わたくしは大丈夫ですわ。でも・・・・・・』

『あ、僕も大丈夫ですから』



頭にちょこんと茶碗を乗せ、お茶も滴る良い男となった皆本。
実際にこの程度でどうなる彼ではない。
壁や床にめり込まされることに比べたら、それこそ屁のようなものである。
ニコリと笑う皆本。その笑顔へと夕顔の手が伸ばされ、指先が頬に触れた。



『あ、あの?』

『こんなところに茶柱が・・・・・・・・・・・今日はよいことがありそう』



頬を微かに赤らめた夕顔は、続けて微笑みと共に感謝を口にする。
そっと離れた皆本の頬も、まだ同様に赤くなっていた。
それが頭から被ったお茶のせいかどうかは、彼のみぞ知る。










「薫、なんか状況が悪くなってるで?
 てゆーか、謝っとる仲居さんを許していらんフラグまで立ちそうなんやけど」

「くっそー、皆本の方に飛んでくと思ったんだけどなー。不幸だし。
 次はバケツでやるか。もしくはタライで・・・・・・・」

「ドリフじゃないんだから。
 バケツだって持って歩かないわよ。
 でも、マズイかも。あの女の人、皆本さんに好意を持ち始めてる」



紫穂の台詞に口篭る薫。当然といえば当然すぎて反論できない。
そうこう考えているうちにも、話は穏やかに進んでいた。
微笑む夕顔、照れる皆本、馬鹿笑いで場を和ますその他。
そんな暖かな光景をモニター越しに見詰める三対の視線は、まさに極寒の如し。
チルドレンが歯噛みする雰囲気がしばし続いてから
仲人役が席を立ち、お決まりの言葉が漏らされた。



『では、そろそろ若いお二人だけで・・・・・・・・・』

「あ、皆本はんら、外に出て行くで!」

「よしっ! 今度こそ汚名挽回をっ!」

「挽回?」



言いながら庭園にしかけたカメラにチャンネルを変える。
モニターに映っていた室内の様子がブラックアウトし
代わりに、連れ立って日本庭園に降り立った皆本と夕顔が映し出された。
手入れされた庭園には、大きな松や色とりどりの錦鯉を放している広い池がある。
その池の近くの石畳を歩く二人。話はそれなりに弾んでいるようだ。



『皆本様は、国連のお仕事をなされているとか』

『なに、ただの悪餓鬼のお守りですよ。
 悪戯ばかりで、気の休まる暇もありません』

『ふふ、児童福祉関係のお仕事かしら。
 子供って本当に可愛いですものね』

『ははは・・・・・・・・・・』



乾いた笑い声が秋空に響く。
可愛いってどんな意味? 美味しかったっけ?
そんなの内心が紫穂に伝わって、怒りより先に哀れさを感じさせた。



「ぬぁーにが『ははは』だっ!!!!
 爽やか青年気取ってんのかコラァッ!!!」

「落ち着き、薫。
 あれは言葉に困って誤魔化しとるだけや」

「子供好きな優しい人ってことで、更に好意は深まってるみたいだけど」



言いながら、紫穂は眉根を寄せる。
テグス越しに心を読み取れるだけに、彼女の心境はどうにも複雑だった。
何より胸をざわめかせたのは、当の皆本自身が嫌がっていない事。
落ち込みけた紫穂の憂鬱を張り飛ばすように、葵が声を掛ける。



「ほんで? どないする気や?」

「・・・・・・事故に見せかけてね。
 計画は繊細に、行動は大胆に
 証拠は残さないようにして、目指せ完全犯罪」

「本当に警察庁長官の娘か、お前?」



瞬時に気を取り直した紫穂は、やる気に満ちていた。
本人が嫌がってない? 好意を持たれてる?
だからどうした。気持ちなど変えてみればいいのだ。
それに私達には未来がある。レッツ略奪愛。
爛々と目を輝かせる彼女に、さすがの薫も身を少しばかり退いた。
葵もモニターに目をやりつつ、横に居る紫穂を視界に入れないようにしている。
さて、事故と言われても、とモニターを覗き込んで
皆元らの傍にある松の木に、薫は気が付いた。



「よーし、アレだな」



簡略化された地図で場所を確認して、再び集中。
二人が松の木の下に差し掛かると同時、薫は松の木を揺さぶった。
力は加減して、風に見えるように注意することも忘れない。
たちまち松の枝からぶら下がるマツ毛虫たち。
そのうちの一匹が、夕顔の襟首にストンと落ちる。



『きゃっ!』

「やりぃ、ホールインワン!」



得られた結果に、勝利を確信する薫。
その視線は語っている。『さぁ、驚け! そして脱げ!』と。
だが、しかし



『あらあら』

「あ、あれ?」

「・・・・・・なんか、フツーに取ってしもたな」



特に騒ぐでもなくのほほんと、首に手をやってマツ毛虫を取り出す夕顔。
ぶら下がっている大量の毛虫をものともせず、松に近づくと毛虫を木の幹に返す。
雨のような毛虫に思わずびびっていたへたれ、もとい皆本が我に返って



『だ、大丈夫ですか?』

『はい。ちょっと驚いただけですわ。
 毛虫さんとは、子供の頃よく遊びましたし』

『もしかして毒蛾の幼虫かも知れない! 手を見せてください!!!』

『は、はい』



先の格好悪さを誤魔化すためかもしれないが、その心配は本物だった。
頬を染めておずおずと差し出された、白く華奢な手。
その手にかぶれの兆候がないことを確かめ、皆本は安堵の表情を浮かべる。



『良かった、毒蛾ではないようですね』

『皆本様はお優しいんですね』

『いや、朱雀院さんの方がずっと優しいですよ。
 僕は驚きが先に立ってしまって、情けない限りです』

『・・・・・・・・皆本さん。あの、良かったら』



心持ち伏せ気味の眼差しと、眉を寄せた恥じらいの表情。
そっと浮べられた花が綻ぶような笑顔に、皆本もまたまた赤面する。
そこでようやく、彼女の手を握ったままである事に気が付いた。



『夕顔、と呼んでくださいませんか?』










「ますます好感度アップね」

「なんでだっ!!?
 毛虫だぞ、虫けらだぞ、普通恐がるだろっ!
 くっそー、次は松の木ごと倒して潰すっ! 諸共にっ!!!」

「ばれるやろがっ!!!」



葵の突っ込みに頭から湯気を出して蹲る薫。
ついでとばかりに、紫穂も無言で突っ込みを繰り出していた。制裁完了。










「薫はもう引っ込んどき。
 ほな、次はうちの番やな」

「どうするの?」

「まあ見ててや」



頭から煙を出して沈黙している薫を軽く踏んで、葵が集中する。
付き合いとばかりに踏む紫穂。友情ってなんだろう。
やがて葵の顔には、会心の笑みが浮かんだ。



「ほら、起きてや薫。ちょいとあの女に水をかけてぇな」

「うに・・・・・・わかった。
 んー、なんか背中がイテーな?」

「地面に倒れてたからよ」



臆面も無く言い切る紫穂。躊躇無く頷く葵。
薫は首を捻りつつPK発動。パチャンと池の水が跳ね飛沫が上がる。
それは狙い違わず、夕顔の足元を濡らした。



『あ・・・・・・・・』

『いけない!』



高い着物だと聞いていたこともあって、その行動は素早い。
咄嗟にポケットからハンカチを取り出した皆本は、それでお嬢様の着物の裾を拭き始めた。



「やったで!」

「何が? 単に皆本さんの優しさが発揮されてるだけじゃない?」

「まあ見てみい。すーぐ、大騒ぎになるで」



葵に促されて、モニターに視線を戻せば
拭き終わったのか、皆本が己が額に浮かんだ汗を拭おうとしていた。
そして、ハンカチではないソレに気付いて、硬直しているところだった。



「あれはっ!?」

「うむ―――――――――パンツや」

「・・・・・・・エグいわね」



その見覚えのある形状に気付いて、薫は叫ぶ。



「ちょっとアレって俺の勝負下着!
 何時の間にパクってたんだ、オイ!!!」

「へへ、昨日の夜にちょっとな。
 戦力を惜しんでいる場合ちゃうやろ」

「くぅっ、まだ履いてないのに」

「やっぱ、一回履いとった方が良かったかな?」

「流石に捕まるわよ、皆本さん。
 それに・・・・・・・・効果無いみたい」

「「へ?」」



言われて、モニターを再確認。
皆本は大慌てで、手にした下着を振り回している。
しかし、それを見ているお嬢様はニッコリと微笑むだけで



『あ、あの・・・これは・・・・・・・・・』

『―――――――――皆本さん?』

『は、はい!』

『そういうのがお好みなんですか?』

「ちょっと待ていっ!!!!」



無論待たない。



『い、いやそーいうわけではっ!!!』

『残念です。
 わたくし、その色は持っておりませんの。
 それに本日は付けておりませんし』

『・・・・・・え?』

『あ、あの、その・・・・・・・・着物、ですから』



艶かしく身を捩らせる夕顔。頬はトマトのように赤く。
言っている意味に気付いたか、皆本の顔も音を立てて朱に染まった。
下着を握り締めっぱなしの自分に気付くまで、あと数秒。










「て、手強いな」

「好感度ますます上昇中ね」

「くっ、天然の恐さを甘くみとったわ。
 恥をしのんで、ウチの今履いとるヤツでやっとくべきやったか!!?」



あるいは、それならクリティカルだったかもしれない。
夕顔がどうとかではなく、皆本が逃げるだろう。泣きながら。
皆本とは二度と顔を合わせられなくなる事、請け合いだが。



「ううううううう、こうなったら意地や!!!」

「どうする気?」

「くっくっく・・・・・・幸いここは軽井沢やで。
 突然、動物が出てきたとしても不自然じゃないやろ」

「やり過ぎないでね」

「ふ、既に朧はんに準備してもろとる。
 あとは指定座標からコッチに転移させるだけや」



基本的に、葵の転移は近場から遠くへの移動に使用される。
それを逆に使用すれば、物体誘引能力(アポ―ツ)の真似事も可能。
普段それをしないのは、彼女の能力は物体ではなく場所に左右される為だ。
『何処』に『何』があるのかを予め知っておかなければ、狙った物を引き寄せる事は不可能。
だが、今回のように下準備さえしておいたなら、それもまた可能となる。
準備の全てを行った何処ぞの秘書を、澄み渡った秋空に映して軽く敬礼などをかます。
そして、葵は用意された座標からお嬢様の頭上の木への転移をイメージした。



「んで、何を用意したんだ?
 ちょっとやそっとじゃ、効きそうにねーぞ」

「蛇や。
 ここいらなら、蛇の一匹や二匹おった所で不思議は無いしな。
 これなら、ちったぁ効くやろ!!!」



吠えたと同時に能力発動。
何も無かったはずの空間に、新たな質量が展開される。
その様子をモニターで見ていた紫穂が首を傾げた。
確かに、松の枝に絡みついているのは蛇。それも一匹だけ。
しかし、それは何というか想像以上に雄雄しかった。
今にも落ちそうで、いや、正確に言えば枝をへし折りそう。
皆本の腕よりも、太くて固くて黒い雄姿。まぁ。ご立派。
・・・・・・・・・現実逃避は此処までにしておこうか。
日本に居るには、ソイツは少々ではなくでか過ぎた。



「アレは・・・・・・・・流石に、この辺にはいないんじゃねーか」

「な、なんや! アレは!!!」

「アナコンダね、多分5メートルはあるわ」

「柏木さんなんちゅーものを!!!」

「へ、ヘビィだな」

「じゃかましいっ!!!!」



それらの声が、引き金になったわけでもないだろうが
根性が途切れた枝がへし折れ、アナコンダが落下した。
重く深い音を立てて二人の目の前に着地すると、その口を開けて威嚇。
状況を理解して、たちまちに引きつる皆本の顔。
日本庭園がジャングルに変われば、そりゃびびりもするだろう。



『な、な・・・・・・・・・』



鎌首をもたげたまま、ゆっくりと近づいてくるアナコンダ。
だが、足を震わせながらも前に立つ。
お嬢様を背後に庇う辺り、何とも皆本らしい。



『ぼ、僕が囮になりますから、逃げてください!!!』

「み、皆本はん!!!」

「あのバカ! 弱いくせに格好つけやがって!!!」



声を挙げつつも、危機にある保護者を救うために立ち上がる三人。
壊したいのは見合いであって、皆本の体ではないのだから。
だが、葵が転移しようとした瞬間、予想外の事態が生じた。
叫ぶ皆本の背後から、夕顔がゆっくりと進み出たのだ。
――――――――――アナコンダの眼前へと。
流石の大蛇も、これは意表をつかれたか動きが止まる。
同様に、虚を突かれた三人娘の動きも止まった。
一体、お嬢様は何を考えているのか。
夕顔は呆気にとられる一同などお構い無しに、その細い手を差し出した。
そして、魔法の言葉を解き放つ。









『お手』

「「「『できるかぁっ!!!!』」」」








モニター越しに突っ込む三人プラス皆本。
しかし、アナコンダはお嬢様の手にその鼻づらを乗せるとゆっくりと目を閉じる。
目を丸くした皆本に説明するかのように



『うふふ。やっぱりピー子ちゃんだったのね』

「ピー子ちゃんとなっ!?」

「メスなんかっ!!?」

「QとOも居るのね、兄弟に」



不思議世界発見に、チルドレンもパニクリ気味。
顔を引き攣らせた皆本は、おずおずと片手を挙げて



『あのぉ・・・・・・お知り合いですか?』

『はい、上野動物園のピー子ちゃんです。模様に見覚えがありましたから』

「蛇の模様の区別なんかつくか、フツー?」

「・・・・・・・・つくんやろ」

『わたくし動物が好きでよく上野に遊びに行くんですよ。
 で、ピー子ちゃんとはその時にお友達に』

『えーと。どうやってでしょうか?』



何処か多大な疲労を感じつつも、問いを放つ皆本。
夕顔は小首を傾げ、考える仕草を見せるとニッコリ笑った。



『目と目で通じ合ったり?』

『はあ・・・・・・・・・』













「・・・・・・・・それ自体は意味無かったけど
 庇って貰ったせいで、また好感度アップしてるみたい」

「くぅぅぅぅぅっ、こうなったら鰐か!?
 池から鰐とか出さなあかんのかっ!!?
 一応、準備はしとるでっ!!!?」

「それとも友達の気がするけどな、物凄く。
 やっぱここは、あたしに任せろよ!
 皆本素っ裸にすりゃ、流石に相手も退くだろ!」

「ウチらも退くわっ!!!
 ちゅーか、そこまでしたらバレバレやろがっ!!!」

「鰐でも一緒だと思うけど。
 ベルトと下着のゴムだけ、狙えばいいんじゃないかしら」



予想外の敵戦力を見せられて、紛糾する作戦会議。
先の様子を見る限り、動物ネタは恐らく効果が薄いという事で
最終的には、ズボン、パンツの二段落ちという結論に落ち着いた。

作戦決行のため、モニターに再度目をやる。
瞳の輝きが増してるのは、可愛い好奇心のせい。
しかし、其処に映っているのは仲睦まじい姿ではなく
一礼の後、夕顔に背を見せてすたすたと歩いている皆本。

・・・・・・ひょっとして、お手洗いだろうか?
よし。ならば、それも見守らねばなるまい。
目の色に更なる好奇を混ぜた三人は、チャンネルを変えようとして










「『・・・・・・・・・・で、何してるんだお前等』」










――――――――ピシッ、と時が凍り付く。

おずおずと視線を上げてみると、其処には目を瞑った皆本が。
眼鏡に当てられた指は震え続け、彼の激情を示していた。
モニターに映り続ける、小さくなった後頭部を見て
ようやく真向かいにカメラがあったと気付くが、時既に遅し。
薄目を開けた彼の表情は、まさしく嵐の前の凪。



「えーと・・・・・・」

「うちらは・・・・・・・・」

「そう・・・・・・・・・・」



視線を反らしつつ、互いに顔を見合す。
顔ばかりではなく、視界にはその服装も入った。
前掛け、猫耳、着物。古式豊かなスタイル。
同時に、互いのコードネームも思い出す。
よし、言い訳はこれしかない。
頷きの後、一斉に紡がれる三つの声。
その内容すら同じくして



『通りすがりの妖怪です』

「やかましいっ!!!!!」



まぁ、誤魔化せるわけが無かった。















「何を考えてるんだ、お前達はっ!!!!!
 軽い悪戯は何時もの事とはいえ、流石にさっきの蛇はやり過ぎだろう!
 何事も無かったから良かったけど、下手したら大事だぞっ!!!」



いやそれは朧さんが、とは心の声で。信じられそうに無いし。
それはともかく、普段より二割増の怒声で皆本説教中。
自分だけならともかく、他を巻き込みかけたのは許し難い様子。
それが解る為か、憮然とした薫と飄々とした葵に比べ
微かに俯いた紫穂の表情は、少々の憂いを帯びていた。



「あ、あたしは悪くないモンね!」

「ほぉぉぉぉぉぉ、じゃぁ、誰が悪いっていうんだ?」

「皆本」「皆本はん」「皆本さん」

「瞬時にチームワークを発揮するなっ!!!
 大体、お前等はだな――――――――――」



反省の色がまるで見えない三人に対して
更なる説教を加えようとした、丁度その時



「あの、皆本さん?
 突発的所用というのは一体・・・・・・・・・」



ぴしり、と今度は皆本が硬直する。
油のきれたブリキ人形のように振り替えると
其処には、不思議そうな眼差しの夕顔が居た。
何時までも帰ってこない見合い相手を迎えに来たようだ。



「あら? そちらの子供達は?」

「あ、いや、こいつらは」



隠すようにして、三人の前に立ち塞がる。
その動きは、母親と一緒に居る事を見咎められた思春期の少年にも似ていた。
皆本が何とか誤魔化そうとした、その瞬間を狙い



「ぱ――――――――――――」



未だテグスで心を読んでいた事もあり、最高のタイミングで
唯一、直接の邪魔をしてなかった紫穂が放つ、最後の爆弾。










「――――――――――パパッ!!!」

「何ぃっ!!!!!」










驚愕の表情で振り返る。視界に入るのは、涙目の紫穂。
付き合いの長い皆本には解る。あれは演技だ、間違いねぇ。
だが同時、目に野獣の光を燈した二人が追撃を放つ。



「お父はん、うちらを捨てんといて!」

「とーちゃん! 若い女に惑わされんなっ!!!」

(こ、こんのクソガキども、そうくるかっ!!!!)



最後の嫌がらせにしては中々だった。
しかし、ヤンパパと言われるにも早過ぎる。何歳の時の子だ、今畜生。
はてな、と首を傾げる夕顔。騒ぐ皆本達を眺めつつ。
少しばかり、考えるような素振りをした後に



「まぁ、お子さんが沢山居られるのですね」

「「「信じられたっ!?」」」



容易に自分達の言葉が受け入れられた事で
むしろ、薫達の方が驚きの叫びを上げた。
その隙をついて、皆本が弁解開始。



「いや、こいつらは先程も言ってた悪餓鬼どもで!」

「そう、いっつも皆本はんの面倒を手取り足取り腰取り」

「あぁぁぁぁ、ちょっと黙ってろおま―――――――――!」



黙らせようとした所で、皆本自身が口を閉じた。いや、閉じさせられた。
固く結ばれた口は、接着剤で封をされたかのように開かない。
慌てつつも血走った瞳で、皆本は犯人を睨みつける。
視線の先で、にぃ、と笑う薫。解いてやる気は毛頭無さそうだった。



「皆本さんの言う通り、血の繋がった家族ってわけじゃないわ。
 パパっていうのは、つまりそういう意味なの」

「そーそー、一緒に布団で寝たりとか、風呂で背中ながしっことか。
 いや、もう毎日毎日体がもたねーぜ。このスケベ」

(こーいーつーらーわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!)



真実はともかくとして、その行為自体はある事ある事なだけに、タチが悪い。
唇に指を当てて、眉根を寄せた夕顔。その視線は、皆本と三人を行ったり来たり。
訝しげなその表情を見て、皆本の背筋に悪寒が走る。



(真性のロリータコンプレックスと想われてるのか!?
 も、もしもそうなら・・・・・・・・・・吊ろう)



何をだ。
と、それは置いといて、三人娘はもはや余裕の表情だった。
流石にここまで言ったのだから、もうお見合いもご破算だろう。
言い過ぎたせいか、ほんのりと頬が赤らんでいたりもするが。




「つまり・・・・・・・・・・」



暫くの後、夕顔は口を開いた。
集まる視線に向けて、かくん、と首を可愛く傾げて










「――――――――――養子ということで?」

「「「ちっがぁうっ!!!!!」」」









天然お嬢様の素ボケに、三人娘による再度のツッコミ。
皆本は顔面スライディング敢行中。秋の土って温かいね。



「・・・・・・・・・・・もういい、単刀直入に聞くわ」

「お、おい! 紫穂!!?」



呟いて、一歩前に踏み出す紫穂。夕顔の目の前に来るように。
気合を入れるようにして、腰の辺りでぎゅっと拳を握り締めた。
そして唐巣の濡れ羽色にも似た瞳を、紫穂はじっと見上げて



「皆本さんのこと、好き?」



結局、重要なのはそれだけ。
どんな想いなのかは、テグスから伝わる気持ちでもう解っている。
けれど、それを知っているのは紫穂だけ。
それが口に出来ない程度ならば、無いのと同じだ。
もう一つのテグスから伝えられる狼狽が喧しいが、とりあえず無視。
夕顔は胸の前で、自分の手を重ね合わせて瞑目する。
そのまま喋らないでくれたら、あるいは少しでも否定してくれたら
まだ、お互いの邪魔をする余地は残っている。その筈。
けれど数秒の後、夕顔はすっと瞼を上げて



「――――――――――はい。好きになりました」



華のような微笑みと共に、はっきりと口にした。
その返答に、がくり、と地に手をつく三人娘。
大人の女性の強さを知った秋の日。
チルドレン、完全敗北だった。






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