ザ・グレート・展開予測ショー

すべての犬は天国へ行く(完結)(GS美神)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/ 9/26)



「ピート君。見たまえ。この世界のなんと理不尽なことか。愛なき者は非道を悔いることもなく、愛に溢れる者こそが悲しみに涙を流す。
 それでもピート君、これは神の定めたもうたことなのだろうか?」

「先生・・・・。」

体中に真っ赤な返り血を浴びてなお美しい狼の女は、両の腕に死にいく小さな同胞を抱えて泣いていた。喉は悲しみで押し潰れ、もう音を出すことも出来なかった。

「っひく、ふ、ふ、ふ、ふ、っはぁ、っくぁ、うぅ、っぅう、ぅあ、あ、あぁ・・・・・。」

見るものすべてが悲痛で心を痛める中、教会の扉を開けて入ってくる影がある。影はシロの隣にそっと寄り添うと、泣きじゃくる愛弟子の頭をそっと胸に抱えた。

「・・・・・せ、せんせー・・・・・・・・。」

「・・・・・・頑張ったな、シロ・・・・・・・・。お前は俺の自慢の弟子だよ。」

「っう、っう、っぅぅぅぅ、が、ガルムが、ガルム、を、拙者が、拙者がぁ・・・・・・・。」

「横島君・・・・・・。」

横島が見上げると、そこには唐巣が立っていた。唐巣の胸に巻かれた包帯はとっくにその用を成してはおらず、真っ赤な血が滲み滴っていた。

「!?唐巣神父ッ。酷い怪我じゃないですかッ・・・・。」

横島が懐から文珠を取り出す。唐巣はそれを受け取ると、何事かをしばし考えていた。じっとガルムの方を見ている。
そんな様子を見た横島は、そっとシロから手を放し立ち上がると、唐巣に耳打ちする。

「・・・・・・・残念ですが、去り行く命を肉体に留めておけるほどの力を俺は持っていません。それに見たところ、この子の身体は何らかの呪に捕らわれていますね?万が一回復したところで、おそらく同じことの繰り返しになる・・・・・。」

「・・・・・・・横島君、本当に済まない。私は結局目の前にいるどんな存在をも、救ってあげることが出来ずにいる。私に力があったらよかったのだろうか?信仰が及ばなかったのだろうか?私は神の声に耳を傾けていなかっただろうか?」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「私に出来ることは、結局こんなことぐらいでしかないのだね。」

神父が両の手を組んで祈ると、ガルムの身体から虹色をしたぼんやりとした光の結晶がいくつか浮かび上がってくる。やがてその中心に少しぼやけたガルムの姿が現れる。

「・・・・・・・・・・・ガルム?」

ガルムはシロの目をじっと見た後その頬に伝う涙を指でぬぐい何か不思議なものを見たような顔をする。そして――――
にこりと笑った。

「!?・・・・・・・・・・・・が、ガルム、拙者を、拙者を許すと言うのでござるか。お前を殺した拙者を・・・・・・。」

ガルムは小首を傾げるとシロの胸に頭を埋め、本当に気持ちがよさそうに微笑した。シロはそんなガルムをかけがえのないものに対してそうする様に、愛情を込めて抱きしめる。

「Mamma・・・・・・・・・・。」

ガルムの目からは一筋の涙が流れていた。シロのことを亡くなった母親と思い違えたのかもしれないし、シロのぬくもりに母親を思い出したのかもしれない。そのいずれの理由であるかは誰にも分からなかったが、涙を流すガルムの顔は本当に幸福そうであった。

「・・・・・・・・・シロ君。」

シロが見上げると、唐巣はその手の中に文珠を発動していた。
込められた文字は【宿】。

「私にはこれが本当に正しいことなのかどうかはわからない。神の意思に背く行為なのかもしれないし、神がこうせよと仰っているような気もするんだ。・・・・・・・いいかい。ガルム君の魂は深刻な傷を負っている。それは彼の感情に起因するものであるし、ジョバンニがかけた呪のせいでもある。このまま輪廻の輪に入っても、正しく転生できるかどうかはわからない。」

それを聞くとシロははっとして腕に抱えるガルムを見遣る。ガルムは幸福をかみ締めるようにシロに頭を擦り付けている。そんなガルムを抱きしめながら、シロは声を押し殺して涙した。

「一つだけ方法がある。・・・・・君の霊基構造の中にガルム君の魂を【宿】すことだ。横島君のお子さんのことは聞いているね。あの時とはまた場合が違うし、輪廻と遺伝は直接関係しないが、血縁と魂は縁で結ばれるものだ。ガルム君は君の子供として転生できるだろう。」

「ガルムが・・・・拙者の子供に・・・・・。」

「勿論、誰も君にそれを強制しない。誰かに強制できることではないんだ。だが、だがこの愚かな私に願うことが許されるのなら・・・・・、傷ついたガルム君の魂を、君の中で癒してあげて欲しい。」

そう言って唐巣は膝をつき、深々と頭を下げる。シロは腕に抱えたガルムを見て、横島に尋ねる。

「でも、でも、ガルムがそれを望むでござろうか?」

「お前以上の母親なんていないって、その坊主の顔に描いてあるぜ。シロ、俺からも頼む。お前なら最高の母親になれるさ。」

「拙者は・・・・・・・・・。」

「ん?」

「拙者は、先生の弟子でござるからな。」

そう言って、シロはこの日初めて笑った。夕焼けに映し出されるその笑顔は、その瞬間この世の何よりも美しいものだと、横島には感じられたのだった。


数日後。
―――バチカン市国外務局長室

人一人が業務を行うには些か広すぎる室内には、しかし僅かな光源のみしか点されてはいない。
一人の男が薄暗い部屋の中でブランデーを傾けていた。強い酒の匂いがその部屋には篭っている。ブランデーは寒さに凍えぬように先人が作った蒸留酒の一種である。室内は空調により常温に保たれていたが、男は心が凍っていた。

「・・・・・・・ジョバンニめ。あれほど息巻いて出て行きおったくせにあっさりと失敗しおって。『宝玉』は厳重に封印されもはや誰も手を出すことができんッ。くそッ。万が一にもジョバンニからわしの名前が漏れるようなことがあれば・・・・・わしは破滅だ。」

こんこんこん。

・・・・・・・・・・。

こんこんこん。

・・・・・・・・・・・。

「誰じゃ?夜分であるぞ。何用かは知らぬが明日にするがよい。」

こんこんこん。

「五月蝿いッ!!明日にせよというのがわからんの―――――」

『鳥は卵の中から抜け出ようと戦う・・・・・・・・・』

「っひ。き、貴様は。」

男は慌てて後ずさる。あまりに慌てた為に倒したブランデーの瓶からどくどくと液体が流れ出している。ころころと転がった瓶は、テーブルから床に落ちて砕けた。

『卵は世界だ・・・・・・・・・・・・』

「よ、よせ。失敗したのはジョバンニじゃないか。わ、わしは悪くない。次だ。また次に戦果を得ればよいではないか。」

男は扉に向かって一生懸命に言い訳をしている。しかし声の主は男の発言を少しも意に介した様子がない。

『生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない・・・・・・・・・』

「だ、だいたい失敗したジョバンニのところに行くのが筋ってもんじゃ――――」

その時男―――――レオナルド=ヴェスプッチ枢機卿は足の先に何かが触れたのを感じた。ブランデーの瓶の破片かとも思ったが、それにしては質量があり、瓶にしては柔らかい。

薄明かりの中で枢機卿が目にしたのは、まだ血の滴るジョバンニ・ノキアの生首だった。

「ッひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!」

『鳥は神に向かって飛ぶ・・・・・・・。』

「許してくれ。許してくれ。許してくれッ。」

枢機卿は見るものがあれば哀れに思うほどに脅え、首の後ろに手を回しがたがたと震えていたが、決して神に祈ろうとはしなかった。
その哀れな男の首筋に、そっと手が添えられた。

「ッひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!!!」

「神の名はアプラクサスという。」

その声は、枢機卿の直ぐ耳元で聞こえた。



その人物がカーテンを引くと、月明かりが部屋の中に招き入れられた。しかしもしも光に意志があるのなら、その招待に応じることはなかっただろう。
青白い光に照らし出された室内には、赤い鮮血がいたるところに飛び散り、執務机の上には生首が二つ、仲良く几帳面に並べられていた。

「タダオ・ヨコシマか・・・・・・。」

その人物の声は夜気に運ばれ、誰の耳に届くこともなかった。




「結局事件の首謀者と見られるものたちは全員変死。バチカンも喪中を理由に固く口を閉ざし、真相はすべて闇の中ということね。」

オカルトGメンの一室で西条とタマモは今日も内勤に追われていた。先日の出動で遅々として事務仕事が進まない上に、余計な調査書類が増えてしまったのである。二人の差し向かいには珍しい客人が済まなそうに座り珈琲をすすっていた。

「いや、忙しい時に済まないね。部外者が立ち寄ってしまって。」

唐巣は事件の進展の具合が気になり、オカルトGメンに話を聞きに来ていた。

「僕は構いませんよ。ただ唐巣会長はもう少しご自分の立場というものを気にされたほうが良いのではないですか?」

非常時ならともかく、GS協会会長が商売敵のGメンビルで珈琲を振舞われているという様は、あまり通りのよいものではない。

「まぁ、そうなんだがね。」

唐巣は頭の後ろなど掻いている。

「西条殿ーーーーーッ!!」

勢いよく扉を開けてシロが部屋に飛び込んできた。

「シロ君!?身体はもういいのかい?」

「そもそも拙者、検査入院のようなものでござるから。傷そのものは唐巣殿のほうが余程重かったはずでござる―――って唐巣殿ッ!!!」

「や、やぁ。」

「う〜ん、唐巣殿も大概暇でござるね。」

「あんたいきなり来て失礼なこと言ってんじゃないわよ。」

苦笑いする唐巣の代わりにタマモが突っ込む。

「これは失礼した。そうだ、西条殿。今日は折り入ってお願いがあるのでござるが。」

「ん?なんだい、改まって。」

「実はしばらく休暇を頂きたいのでござるよ。人狼の里に帰ろうかと思うのでござる。」

「まぁ、前回のようなことの後だからね。休暇なんてお安いもんだが、またどうしたんだい、急に。」

「いやぁ、なんと言っても拙者子を仕込まねばならぬものでござるから。」

ぶーーーーーーーーーーーッ!!!

一同が思わず珈琲を噴出す。

「な、な、なんて・・・・・?」

「早くガルムを生んであげたいのでござるが、モノには手順というものがござる。まずは夫の情けを―――――。」

「手順の説明はいいわよッ!!!・・・・・旦那さんはOKしてくれたの。」

「拙者が選んだ男でござるよ?」

「そ。」

ならいいんじゃないの、と言ってタマモは再び手元の書類に目を向ける。

「では3,4ヶ月後には戻ってこれると思いますのでッ!!」

「さ、さんよんッ!?」

西条が抗議の言葉を発しようとした時、爆走するシロはもう彼らの視界からは消えていた。

「まあ、犬族の出産は早いから。そのうち子供つれて帰ってくるわよ。」

「3,4ヶ月・・・・・・。」

「・・・・・・・私も子供欲しいなぁ。」

「え゛?」

だらだらと滝のように汗を流す西条を、唐巣は苦笑いして見ているしかなかった。
ふと窓の外を見遣れば紅葉したイチョウの葉が舞っていた。命はいずれ失われ立ち消えていくもの。
しかしそれでも新しい命が紡がれていくからこそ、この世界は美しくあるのかもしれない。

「『人があなたのことを悪く言う。それが真実なら直せばいい。それがウソなら笑い飛ばせばいい。』」

「「え?」」

「何、神様も大変だと言う話さ。」

その日は晴れるだろうかと唐巣は思った。命が生まれる日と言うのは、晴天であるほうがよいだろうから。





(了)

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