ザ・グレート・展開予測ショー

すべての犬は天国へ行く(4)(GS美神)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/ 9/26)

昼間でも滅多に車の通らないM山山間部。
しかし今やこの土地は激動の修羅場と化そうとしていた。
遠方から見ればそれは野焼きの煙のように見えたかもしれない。炎上するオカルトGメンの特殊車両が上げる狼煙のようなこの煙は。

 「カズヒロ・カラス。観念するんだな。」

 迎撃部隊の隊長格の男が唐巣に小銃を突きつけていた。彼らの周りには何人かの兵士たちが苦痛に呻いている。
 唐巣は善戦した。彼の選んだ装備が対象の殺傷を目的にしたものであったなら、結果は随分違ったものになっていたかもしれない。

 「ジョバンニ師にはお前の抹殺を指令されている。何か言い残すことはあるか?」

 総ての命を内包する深い深い森を背景に、片膝をつき肩で息をする唐巣の胸部にはうっすらと血が滲んでいる。本当なら、歩くことさえ困難であるはずなのだ。

 「・・・・・・・・・・君たちに、主の赦しがあるように・・・・・・。」

 (済まない、シロ君。君を助けには行けないようだ。しかしICPOの車両でここまで来たのには意味がある。彼らは必ず君を救出してくれるだろう。ピート君・・・。私はもう目までやられているのかな?最後に瞼に浮かぶのが自慢の弟子の姿というのは、そう悪いものでもないけれど。)

「・・・・・・余計なお世話だな。狙撃(シュート・ヒム)ッ!!!!!」

(主よ・・・。願わくば、咎なきあなたの子供たちが、誰一人命を散らすことのないよう――――。)

ダンッ ダンッ タタタタタタタタタタタタタッ!!!!!!!!!

迎撃部隊の銃弾が一斉に唐巣の肉体に突き刺さる。
唐巣の命がそこで潰えたのだろうと、当の唐巣自身も確信していた。
しかし実際には銃弾が彼の身体にもぐりこむより早く、唐巣の肉体は霧状に霧散していた。

「バンパイア・ミストッ!!」

「ピ、ピート君・・・・。」

唐巣が死の狭間に見たのは冥界が彼に見せた幻ではなかった。それはICPOヨーロッパ支部対霊特殊部隊主任捜査官、そして何より唐巣自慢の弟子でもある、ピエトロ・ブラドーその人であったのだ。

「許しは必要ないんだったな。食らえッ、ダンピール・フラッシュッ!!!」

当然のことながら、霊的加護を受けていない彼らの誰一人としてバンパイア・ハーフの霊圧に耐えられるものはいなかった。




「ジョバンニ師ッ!!!唐巣と奴の弟子がもうそこまで来ていますッ!!」

「えぇい、うろたえるな見苦しい。T山に待機させている増援部隊はどうした?あそこからなら15分とかからないだろうがッ。」

「そ、それが・・・・・・・・。」

ジョバンニの言葉に伝令の兵士は答えにくそうに返答した。



T山山間部。

『おいっ!!増援はどうなってるんだ。こっちはもう持たない。早く援軍を寄越してくれッ!!!!』

無人の通信室でがなりたてる通信機を手に取ったのは、迷彩服の兵士ではなく、西洋刀を引っさげた長髪の男だった。

「基地は全滅。増援は不可能。理由はそうだな・・・・・、神の怒りに触れたから・・・・・かな?」

『何ィッ!?貴様それはどういう――――』


通信兵の下品な声は霊剣ジャスティスの一撃によって永遠に遮られた。西条ICPO日本支部長はジャスティスを鞘に納めると懐から出したタバコに火を点けた。

「しかし、横島君。君の霊能はもう人間の領域を飛び越えてるね・・・・・・。」

西条がため息混じりに漏らした言葉の通り、携帯電話を片手になにやら喋っている横島の周囲には気絶した兵士が累々と転がっていた。

「違うんですッ!!浮気で遅刻するわけやないんやーッ!!許してぇぇぇッ、令子さん〜ッ!え?なんのニュースにもなってない?それは報道規制で―――――。違うんですッ。言い訳じゃないんですッ。令子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

しかし世界最高のGSは、結婚記念日のディナーに遅刻することを嫁に弁解するのに必死で、西条の言葉に答える余裕はなかった。

「お〜いっ。そろそろ二人の応援に行くよ〜っ。」

呼びかける西条はしかしそんな横島の姿に、何故か未来の自分の姿を重ねてしまうのだった。



ドゴゥンッ!!!

「おおっ!!!」

轟音とともに礼拝堂が揺れた。
ジョバンニは慌てて傍らに放置していた人質の鎖を引き寄せる。
しかし扉が開け放たれる。フィナーレの扉がッ。それがこの戦いの終焉のみを意味しないと言うことをそこにいる全員が理解していた。

「ジョバンニ・ノキア師。礼拝の時間ですよ。あなたが虐げてきたすべてのものに対する。」

そこには弾丸の尽きた対戦車砲を無造作に投げ捨てる、唐巣和宏の姿があった。

「っくそがぁぁぁぁぁっ!!!行け、ガルムっ!!!!」

ジョバンニの言葉によってガルムの封印が解き放たれる。しかし彼は気付くべきであった。何故唐巣は手荒な真似をしてまで自分に注意を引き付けねばならなかったのか?何故彼の傍らにいるべきバンパイア・ハーフがその場所にいないのか?

「主と、子と、精霊の御名に於いて、封印よ、退けぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

そこにはシロをその腕に抱え両の手を組んで祈るピートの姿があった。

「け、穢れた吸血鬼が神の封印を解くなどということが―――――――。」

しかし、実際にはシロを縛る鎖はいとも容易く千切れ飛び、シロはその身体を大儀そうに起こした。

「ち、忠実な信徒の私の信仰が、バンパイア・ハーフの小僧に劣ると言うのか・・・・・。」

ピートはゆっくり立ち上がるとスーツについた埃を払いながら言い放った。

「あなたの信仰は大したものだけど、あなたは愛を知らないんだ。」

「さぁ、ジョバンニ師。ガルムに停戦を命じなさい。降伏すれば、あなたの身柄はバチカンに委ねましょう。」

唐巣の言葉にがくりと膝を折るジョバンニ。しかしこの男はやはり理解していたのだ。ここでの終焉が、己が命のそれと同義であるということを。

「ふ、ふ、ふ、はははははっは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
やれ、ガルムッ!!!!」

そう言ってジョバンニはガルムの身体を縛る錠を掴むと何事かを唱えてその封を解いた。
しかしその鎖は、ガルムの命と理性をつなぎとめる鎖であったのだ。

「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ、アゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」

雄叫びとともにその手に具現化される巨大な霊波爪。それは万物を須らく切り裂く必殺の威力を持つ。しかしそれは明らかに大きすぎ、却って使用が制限されている。

「ははははあっはははあっははあっははははッ!!!!ガルムを暴走させたッ!!もう誰にも停められんぞ。この私にもなッ。」

「愚かなことを・・・・。これ以上の戦いが何も意味しないと言うことが何故わからないッ!!!」

「こ、これほどとは・・・・・・。」

思わずたじろぐピートの前に、美しき人狼の少女は悠然と歩を進めた。

「・・・・・・・・・来い、八房。」

シロの呼びかけに応え、別室に置かれていた八房が壁を破壊して飛来する。抜き身の妖刀をその手に取ると、シロはその切っ先を正眼に構えた。
狂狼の姿を見据える為に。

「・・・・・・・犬塚シロ、参る・・・。」

「ウウウウウウウウッ、がるるるるるるるッ!!!!!」

凶悪な面相にも関わらず、子供が泣いているようにすら見える悲劇の人狼に向かって、シロは八房を引っさげて駆け出した。

礼拝堂のステンドグラスは初秋の西日を反射して眩しく、磔の聖人は地上の非情を哀れんでいた。



「しかし大丈夫なのか、横島君?」

横島と西条はT山を後にし、ジープでM山へと向かっていた。傍らの横島はなぜか涙目になっている。

「大丈夫なわけあるかいッ!!!令子の性格を知っとろうがッ!!!世界大戦が勃発しても遅刻の言い訳にはならんと言われたわいッ!!ねぇ、どういうこと?あの女には物理的限界って概念がないんかいッ!!!」

「そっちの話じゃないッ!!シロ君のことだ。資料によればジョバンニのウェアウルフは相当手強いらしいぞ。君や伊達君ならともかく、シロ君には荷が勝ちすぎるんじゃないかい?」

それを聞いて横島は不思議そうな目をした後、西条を見て少し呆れて見せた。

「西条、お前は勘違いしとるぞ。あいつ本人がどう思っとるのかは知らんが・・・。」

横島は運転する西条のスーツの内ポケットからタバコを一本がめて口に含む。

「単純な戦闘能力なら俺よりもシロの方が上だ。」

「何だって!?」

驚く西条の顔が、ライターの光に照らされていた。




「つ、強い。シロちゃんがここまでになっているなんて・・・・。」

既にピートは二人の規格外の人狼の戦闘を目で追うことを諦めていた。妖魔の血を引くピートでさえそうなのだ。他の誰にもその動きを捉えられるわけがない。

「ジョバンニ師・・・・、あなたという人は。」

「ふふふふ、カラスよ。ウェアウルフのメスに施した即席の封印とはわけが違う。いくらお前でもガルムの呪を解除することは出来んぞ。当然そこのバンパイアハーフの小僧にもな。ちなみに私を殺してもガルムの暴走は止まらんよ。ふふふはははははははっ!!」

「外道め。」

ピートがジョバンニを睨みつける。

「なんとでも言え。人の身で貴様のような妖魔どもと戦闘を繰り返すのはリスクが大きすぎる。バチカンには奴のような尖兵が必要なのだ。フランスにもかつてウェアウルフの集落が存在した。ガルムはそこの出身だ。そしてその村を滅ぼしたのもまた、私の操るガルム自身なのだ。」

「貴様という男は・・・・」

ピートが怒りで目を充血させる。長く伸びた爪が彼の怒りの度合いを表現しているようでもある。

「奴はそれ以来心を閉ざした。しかし閉ざした心でまた多くの同胞を手にかけてきたのだ。犬を使って羊番をするようなものだ。なんとも効率的であろうがッ!!」

「貴様ッ。」

思わず手を上げようとしたピートの肩に唐巣がその手を掛ける。
ピートを横に押しのけた唐巣は、怒りに震える手を拳に握り締めると、力任せにジョバンニの頭を殴りつけた。

「あ・・・・・がッ。」

「はァ、はァ、はァ。
主は、主は彼のような者もきっとお許しになる。だがね、ピート君。私は神ではない。人間なのだよ。」

「知ってます。だから僕は先生の弟子なんです。」

たとえ覚醒していたとしても、この二人の間に流れる愛という感情の温かみを、ジョバンニが理解することはなかっただろう。

そして悲しみを湛えた二人の人狼の戦闘は、正に終焉を迎えようとしていた。

「ぐるるるるるるぁあああああああああああああッ!!!」

ガルムは泡を吹き、その肉体の動きは精彩を欠き始めていた。

「苦しんでいる?」

ピートが不思議そうに一人ごちる。

「当然といえば当然だね。あの子の本体は小さな男の子なのだ。昨日から力を解放しすぎている。並みの相手ならこうはならないのだろうが、今回は、相手が悪かったということだろうね。」

唐巣の目はしかし悲しみを湛えている。

「・・・・・・・・・彼を救うことはできないんですか?」

「・・・・・・少なくとも私には無理だ。あの封印術はガルムの命そのものを媒体にしている。破棄するということは彼の死をも意味するのだ。悔しいがジョバンニの言うとおり、私にあの術の解呪はできない。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「私たちは何故いつも、うら若き若者に決断を託さねばならないのだろうね?」

唐巣の声に応えられるものは誰もいなかった。

ガルムの爪はもう半分ほどの大きさになっていた。それでもシロの柔らかな肉体を貫くには十分であるかもしれない。しかし肉体の限界をはるかに超えて繰り出される攻撃は、シロの身体にかすることもできなかった。

(疲労させれば或いはと思ったが・・・・・。このままでは死ぬまで爪を奮い続けるでござろう。)

「ぐるるるるっるるるるるるるるっ、アゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」

「分かっている。分かっているでござるよ。決断がつかなかったのは拙者の不甲斐なさ。」

そう言うと、シロは八房を大上段に構えた。

「ガルム、拙者を恨めよ!!!!」

シロが全力で八房を放つとその剣閃はまるで自愛の光のようにガルムを包み込む。おおよそ殺生とはまるで無縁の光がガルムを通り過ぎると、シロは剣を鞘に納めた。

カチン

その音ともに、悲劇の獣人はその巨体を洗うような大量の血にまみれながら、地に伏したのだった。

しかしそこに横たわるのは年のころ10歳くらいの小さな、本当に小さな少年で、彼の傍らに膝を着くのは美しい顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる、一人の少女でしかなった。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

勝者も、そして敗者すらいない。
残ったのはただ傷跡だけだった。




(続)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa