ザ・グレート・展開予測ショー

あつあつコロッケ!


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/ 9/26)

「はい、召し上がれ」

 目の前に出された揚げ立ての、あつあつのコロッケを前に、横島は悩んでいた。
 あの美神が、散々文句を言いつつもコロッケを作ってくれたのだ。
 しかも、サラダや味噌汁や温かいご飯も、だ。
 なんだ、どういう裏があるんだ。
 実は材料はヤモリか、マンドラゴラか。
 それとも、これからなにかとてつもない折檻が待っているのか。
 イタリアマフィアの様に、殺す相手に贈り物をしたのだろうか。

 横島は、コロッケと一緒に出された味噌汁から立ち上る湯気のごとく、ゆらゆらと悩んでいた。










あつあつコロッケ!










「世間は美味しい食べ物の秋とか言うとるのに・・・。あー、なにか食い物ないやろか・・・」

 秋の風が吹き、街のにおいを運んでくる。
 湿度の関係で、においが伝わりやすくなるのだとか聞いたことがある。
 普段なら季節の移り変わりに思いを馳せたりもするのだろう。
 だが今の横島には、美しく色づいた5色の葉も、空一面、砂の様に弾けた流れる雲も、オープンカフェで過ごしやすくなった一日を楽しむ人たちの笑い声も、空腹を紛らわせてくれるものではなく。
 ただただ、手元に残った30円を握り締めてはため息を付くばかりだった。

 給料日まであと10日を残し、横島は早くも食べ物が無くなっていた。
 住んでいる安アパートの部屋には、もう冷蔵庫にも、押入れにも、本当に何も無い。
 普段から薄給であまり満足に食べてはいないのだが、仕事の折、事務所でなにかとご馳走になっていたから、実のところ給料の割には良い食生活を送っていた。

 しかし、ここ最近は一つの問題で、事務所の食事さえ満足には取れていなかった。
 おキヌが不在なのだ。
 事務所は結局の所、事務所でしかないので本来の意味から言えばあまり頻繁に食事が出てくるところではない。
 それなのに今まできちんとした食事にありつけていたのは、おキヌがなにかしら横島を気遣って用意してくれていたから。
 美神も横島も共に一人暮らし、しかし高給取りでその気であれば店屋物などいくらでも取れる美神とは違い、横島は最低賃金を遥かに下回る薄給。
 ただでさえハードなゴーストスイーパーという職業、加えて横島は育ち盛りな年頃。
 食事くらいはせめて手作りで栄養のある物を世話してあげたいと言う、おキヌの心遣いだった。
 だが、おキヌは先だっての死津喪比女との戦いで生き返りはしたものの、いまだに記憶を取り戻さず、氷室家にいる状態のまま。
 自然、食事も出てこなくなっていた。

 おキヌがいない、この事が横島の食生活に影響を及ぼしていた。
 当初横島は漠然となんとかなるさ、と思っていた。
 しかし、期待は見事に打ち砕かれた。
 美神が食事をわざわざ用意するはずもなく、聞けば自宅で済ませてきたと言う。
 おキヌが生き返る前に常日頃用意していた保存の利く煮つけやカレーなどの食事も、すっかり無くなってしまった。
 おキヌがいつ戻ってくるかなど全くわからず、横島としては、深刻な問題だった。

「あーあ、どうしたもんかなあ・・・」

 考えあぐねた挙句に、横島は賭けに出た。





「すんません、なにか食わせてください!」

 事務所の仕事場で書類を片付けている美神に向かって、横島は頭を下げていた。
 今日は仕事はないのだが、これだけの為に事務所に来て。
 結局の所、自分が食べ物でこれほど困るのはこの守銭奴が給料を上げないせいである、という考えがまとまったからだ。
 普段のセクハラは気にしないらしい。
 
 しかしながら、255円などという常識から外れた給料を払って良しとしている美神が、わざわざ自分から従業員のために食事を提供するとも思えなかった。
 いや、それどころかなにを生意気な事を言っているのか、とたたき出される心配すらあった。
 そこを押して頭を下げざるを得ないほど、横島は切羽詰っていたのだが、美神はそっけなかった。

「・・・なんであんたの為に、わざわざ食事を用意しなきゃなんないのよ」

 期待通り、見事なまでの美神節だった。
 思わず今までの苦労や、現場でのあれこれが思いだされ、泣きそうになるが横島はぐっとこらえる。
 ここで、この守銭奴垂れ乳確定女ー! と言って憂さを晴らすのも手だが、それではこの先、おキヌが戻ってきても食事にありつけなくなる。

「・・・いえ、無理を言ってるのはわかってるんです。でも、もう4日も食べてなくて・・・」

「だから?」

「は?」

「ちゃんと給料は払ってるでしょ?その範囲でやり繰りできないのはあなたの責任でしょ、違う?」

「いえ、そう言われればそうなんですけど・・・」

 やり繰りできるはずないやろ! と叫んでやりたい気分だったが、そこは美神と長年付き合ってきた仲だ。
 怒らせればそこで終わり、と言う事は知っている。

「自分が不甲斐ないのもわかってるんですけど、本当にどうしようもないんです。
 このままじゃバイトにも影響でますし、なにか少しでいいんです、お願いします」

 もう一度深々と頭を下げる。
 そっと頭を戻してみると、美神は机の上で肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せてじっと横島を見ている。
 手元にはもう終わったのか、書類の束が見える。

 ふー。
 横島に、美神のため息が聞こえてきた。

「しょーがないわねー。本当に、今回だけだからね」

「えっ!食べさせてもらえるんですか!
 あ、ありがとうございます」

 横島は、正直食べさせてもらえるとは思っていなかっただけに、意外な心持ちだった。
 おキヌがいる時でさえ、こんな奴に甲斐甲斐しく食事を作る事ないのよ、なんて言っていた美神だから。

「言っとくけど、特別だからね。
 荷物持ちの途中で倒れられちゃあ仕事に支障が出るから、し・か・た・な・く、だからね」

「・・・はい」

 指を指して、眼前で念を押さなくとも、と思う横島だったが何はともあれ食事にありつける。
 冗談ではなく4日ぶりの食事で、多少なりとも栄養が補充できる。
 美神に対してこの食事が大きな借りになりそうでも、嬉しかった。

「んー、ただねえ・・・。今、この事務所には材料がどれだけあったかなあ・・・
 おキヌちゃんに任せっぱなしだから、よくわからないのよね。

 ・・・あ、そうだ。こないだお客が送ってきた新ジャガと、お米くらいはあったかな・・・」

 美神は言うと、そそくさと台所に足を運ぶ。
 少ししてから帰ってくると、材料は今ある物で間に合うので買出しには行かなくて良いと横島に伝える。

「なにか手伝いましょうか?」

「いいわ、あんたが入ると余計時間かかりそうだから。
 書庫の整理でも、しておいて頂戴」

「・・・わかりました」

 どうしてこう、一言棘を残していくのかなーと釈然としない気持ちで整理に向かう。
 おキヌがいないせいで大分荒れてきているが、食事が出来るとあってか、気合を入れてのぞむ。
 そうこうしている内に時間が経ち、美神から出来たわよーとの声が聞こえてきた。
 手を洗って埃を落としてから、食堂に向かう。





「さあ、召し上がれ」

 テーブルについた横島の前に、美神お手製の夕飯が並んでいる。
 美神が用意してくれた食事は、コロッケ定食といった趣のものだった。
 狐色にこんがりあがった、サクサクしていそうなあつあつのポテトコロッケとキャベツの千切り。
 炊き立てであろうご飯、ワカメと油揚げのお味噌汁。
 さらには、ポテトサラダまでついている。


 
 怪しい。



 この食事を目の前にして、横島が持った感想はこうだった。
 失礼な事この上ないが、一目見て美味しそうな食事だ。
 別段怪しいところなど、あろうはずも無い。
 作りたての、コロッケの良い香りも漂ってくる。
 空いた腹は、早く早くと音を出してせがむ。

 しかし、相手はあの美神である。
 確かに食事をお願いしたのは自分であるし、出された物は盛り付けもきちんと見栄え良くされ、食欲をそそる。
 美味しそうであればあるほど、少し頭を下げただけで、ちょっと手伝いをしただけで、このような「まともな」食事が供される、と言う事に違和感を覚えていた。

 おどおどと美神を見返す。
 腰に手をあて、Yシャツとジーンズというラフな格好の上にエプロンを着込んだ姿が、やけにしっくりと似合っている。
 少しきょとんとした顔で、笑顔を浮かべながらこちらに視線を寄こす。

「なあに、アンタお腹すいてたんじゃないの?
 
 ・・・別に変なもの入ってないから、早く食べなさいな。冷めちゃうわよ?」

 ある意味見透かされたような言葉に、横島はギクリとしたが、覚悟を決めて食べる事にした。

「・・・じゃあ、頂きます。」

 気取られないように、でもちょっとだけおどおどしながらコロッケを口に運ぶ。
 サクっと、歯が衣を柔らかく噛み切る。
 タネのジャガイモには何も混ざっていないが、その分香りが良く、味が引き立っている。

「美味しい・・・。美味しいですよ、美神さん」

「そりゃ当たり前よ、あたしが作ったんだから。感謝して食べなさいよね」

 先ほど頭を下げていた時と同じように、両手を組んでその上にあごを乗せてこちらを見ている美神。
 がっついて食べる横島に、苦笑いしながら言う。

「そんなに急いで食べなくても、お代わりあるから、ゆっくり食べなさい。
 お腹がびっくりするわよ」

「え・・・。あ、はい。そうします」

 美神の言葉に、意外な顔を隠せない横島。
 さっきまで、散々文句を言っていたとは思えないからだ。

(あの美神さんが俺に食事を作ってくれ、しかも体調まで気にかけてくれる・・・。
 もう、これは間違いない、俺への愛の告白としか!
 よし今晩、夜這いをかけた「なにをしょうも無い事をいっとるかー!!」

「ああ、またしても言葉に出てたー!?」

 鉄拳が飛び、テーブルからはじき飛ばされる。
 美神は出した食事を下げようとしていた。

「あんたみたいなアホに、少しでも仏心出したあたしがバカだったわ!
 もう、全部捨てる!」

「ああ、美神さん。
 すんません、すんません。
 ・・・出してもらったコロッケがあんまり美味しかったもんで、つい。
 お願いですから、食べさせてください」

 ひたすらに謝り倒して、どうにか許してもらう。
 自分の口を呪うばかりだ。





「全くアンタは、余計な事ばっかり・・・。
 美味しいなら美味しいって、そう言えばいいだけの話じゃないの。

 なんだって、あんな話の展開になんのよ」

「いえ、まあ、その。
 お約束みたいなもんで・・・」

 整えなおしたテーブルで、お代わりした食事を楽しみながらも、美神にチクチクと責められる。

「大体アンタは、早く食べすぎなのよ。
 こっちは時間かけて作ってるんだから、もうちょっと味わって食べてほしいもんだわ」

「すんません・・・。
 コロッケが、あんまり美味しかったもんで、つい」

「最初からそう言いなさいよ。


 ・・・こっちだって美味しいかどうか、結構ドキドキしてたんだから・・・」

「え・・・? なんです?」

 横島は食い気に走って、今の言葉は聞いていなかった。

「なんでもないわよ! 

 ほれ、ちゃっちゃと食べなさい!」

「さっきゆっくり食べろっていってたじゃないすか」

「あんた、このあたしに反論するわけ?」

「・・・いいえ、なんでもありません」

 少しだけ赤くなった顔をごまかすように、美神は横島を急かす。
 育ち盛りなんだから、たくさん食べなさいよ。
 ちょっとだけ、呟いて。




「どうも、ご馳走様でした」

 ご馳走になって、後片付けをして、ちょっと休んでから。
 事務所のあれやこれやさせられて、帰りが遅くなって、玄関を出ると外はもう帳が下りていた。
 じゃあ、と帰ろうとすると、美神が言う。

「あんた、お金もう無いってさっき言ってたけど。
 残りの9日、どうすんのよ」

「あー、それは・・・。
 どうしようかなー、と思ってたんですが・・・」

「それは何も考えてないって言うのよ」

「あはははは・・・」

 美神に言われるまでもなく、あてなどは無いのだ。
 今日は美神にご馳走してもらえたが、明日からはピートに差し入れられる弁当を奪ってたんぱく質を補給しようかと考えていた。
 さもなくばタイガーの弁当を。

「・・・まあ、その。あれよ。

 ・・・アンタさえよければ、給料出るまでの間、作ったげてもいいわよ・・・」

 消え入りそうな声で、ランプの光の向こう側で美神がつぶやく。
 顔を横に向けて、耳の下をかきながら。
 光の影に入り、表情までは横島には見えないが、言葉はしっかりと聞こえた。

「え・・・。あの、いいんですか」

「さっきも言ったでしょ。
 あんたが食べるもの食べないで、荷物持ちが出来なくなったら最終的に困るのはあたしなのよ。
 おキヌちゃんもいないしね」

「じゃあ・・・。
 申し訳ないですけれど、お願いします」

 横島は深々と頭を下げる。
 ずるいよなあ、と思いながら。
 タカビーでイケイケで、金に汚くてセコくて傲慢でわがままで、唯我独尊を地で行く女なのに・・・。
 たまに見せる、こういう顔が。

「あ、お願いがあるんですけど」

「なによ、ステーキ出せとか言うんだったらお断りよ」

「そうじゃないんですけど・・・」

 やっぱり美神は美神だな、と感じながら。
 横島は、こう言った。

「もう一回、今日のコロッケ食べさせて欲しいなあ、って。
 お願いできますか?」

「・・・そんなものでいいの?
 あんたがいいって言うなら、用意するけど」

「ええ。
 今日の、美神さんが作ってくれた、あのコロッケが。
 
 もう一回、食べたいなって。思うもんですから」

「そ、そう・・・」

 光の影で、美神はどんな表情をしているのだろうか。
 照れて真っ赤になっているのかもしれないけれど、今は見えない方がいい気がした。

「わかったわよ・・・。

 もう一回、作ってあげるわよ・・・」

「ありがとうございます」

「ふん!
 全くあんた、優しい雇い主に感謝しなさいよね!」

 横島は、満面の笑みを浮かべて。
 美神の言葉を、聞いていた。





 アパートへの帰り道。
 少し冷えるようになった夜、満腹になったせいだけではない、うきうきするような気持ちで横島は歩いていた。
 今ここにはいないおキヌにちょっとだけ、申し訳ない気がするけれど。

 また美神と。
 あつあつのコロッケが、食べたかった。



















〜その頃のオロチ村〜

「ど、どうしただ、おキヌちゃん」

 氷室の家、真新しい家具などが揃うおキヌの部屋。
 生き返って間もないおキヌに勉強を教えていた早苗の前で、おキヌが「ばき」と鉛筆を折った。

「あ、あれ。どうしたのかな?」

「鉛筆が古くなってたんだかな。新しいの持ってくるだよ」

「ううん、いいの。もう一本新しいのあるから」

「そうだか?」

「・・・でもね、早苗お姉ちゃん。
 何か今あたし、不意に、ものすっごく、気分が悪くなって・・・。
 指に力入っちゃって・・・。


 ・・・なんだろ?」

「・・・なんでだかなあ・・・」

 彼女達の夜はこうして更けていった。





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