ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦7−4 『Killing Field!』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 9/25)

(へ……距離は後500メートルってとこか。多分相手は美神の旦那と横島の同期合体だろうな。面白ぇ……久しぶりに全力で闘えるぜ……!)

魔装術の装甲のせいで表情を窺う事は出来ないが、装甲の下ではこれから起こる闘いの予感にギラギラと目を光らせていた。

海上を滑走する雪之丞が、突然両腕を顔の前で交差させる。
次の瞬間、雪之丞の周辺に流星のように火球が降り注いだ。
直撃を受けた雪之丞の身体を瞬く間に炎が包み込んだが、平然と動き続けている。
だが、火球に紛れるように跳躍していた銀髪の少女が雄叫びを上げながら雪之丞の頭上から襲い掛かった。
炎を身に纏いながらも前進する雪之丞の頭上に、上段に構えた少女の霊波刀が必殺の気合とともに振り降ろされた。

「犬か……だが、甘ぇ……!」

交差させた腕を頭上に向け、振り降ろされた刃を受け止める。
激しい火花を散らすが、少女の霊波刀は雪之丞の魔装術を破ることは出来なかった。
勢いの失せた霊波刀を両腕で挟み込むと、宙に浮いた少女のがら空きの脇腹に体を捻りながら蹴りを放つ。
少女は咄嗟に膝を上げて蹴りを受け止めた。

が、少女が防いだと思ったその刹那、雪之丞が自身の踵に集めた霊力を弾けさせる。
近接距離から人の眼では捕らえきれぬ程の速さの蹴りが放たれた。
防いだ筈の攻撃に再び牙を剥かれ、僅かに隙があった少女の腹部に鈍い衝撃が走る。
水面を滑走できるほどの速度の蹴りを喰らい、軽量級の少女が宙を舞う。
吹き飛ばされながらも、雪之丞を見据えるその瞳はまだ光を失っていなかった。

(今の手応え……あの距離で芯を外しやがった……面白ぇ……!)

少女の身体能力の高さに思わず笑みが零れる。
これなら出し惜しみする必要はなさそうだ。
肘、背面、腰、踵の加速器官に霊力を溜め、一気に爆発させた。

今までの倍以上の速度で弾丸のように少女に迫る。未だ宙を舞う少女にかわす術は無い。
零距離まで間合を詰めた時、最後の加速器官である両拳が光に包まれた。

(これはかわせねぇぜ……犬塚ぁ!!)

左の拳が纏っていた霊力が、全て右の拳に移動する。
高密度に圧縮された霊力を弾けさせ、その反動を利用した拳をただ全力で叩き込む。
理屈は単純だが、この時雪之丞の拳は文字通り音速を越えていた。

空気の壁を突破した際に発生した衝撃波が大気を掻き混ぜ、近くにいれば鼓膜が破れ脳が破壊されるほどの轟音が雪之丞の周囲を吹き飛ばした。
雪之丞の前方の海は摺り鉢状にえぐり取られ、巻き上げられた海水がスコールの様に降り注ぐ。

「犬塚……てめぇの師匠はこれくらい防いでみせたぜ……?」

視界を塞ぐほどのスコールが降り注ぐ中、海面を滑りながら周囲を警戒していた。




























「あ、あんの馬鹿ぁ……シロ相手にそこまでやらんでも……」

動物愛護団体がァァァ!、と叫びながら取り乱す横島とは対照的に、美神は真剣な表情で事態を見守っている。

「マズイわね……雪之丞が二人を甘く見てる間ならまだ何とか出来たかもしれないんだけど……。
喧嘩馬鹿だけあって相手の力量を見誤るようなミスはしてくれないか……。」

「それにしても、雪之丞さん……どんどん人間離れしてますよね。」

シロの安否をハラハラしながらおキヌも見守っていた。

「生身の人間があんな無茶な攻撃したら、まず間違いなく自分の腕が千切れ飛ぶわ。
でも魔装術は本来魔族と同等の身体能力を得るための術だからね……使いこなせれば不可能じゃないわ。」

「へ〜、すごいッスね、雪之丞。」

「う〜ん、私は横島さんの文珠の方がすごいと思いますけど。」

おキヌの言う通り、汎用性で文珠の右にでる能力は存在しないだろう。

「ま、あんたらは世界で二人しかいない斉天大聖の弟子だからね。常識外の能力を使えてもおかしくないわ。
あんたらは自覚してないみたいだけど、あの斉天大聖の修業を受けるなんて普通じゃ不可能なのよ?」

「あれ、美神さんも修業受けたじゃないッスか。」

「私は加速空間を使っただけなのよ。今考えたら、あんたらを見殺しにしてでも修業受けとくんだったわ……」

心底惜しそうに呟く美神に、横島が引きつった笑みを浮かべていた。

「ま、話しを戻すけど、今回はシロタマがかなり有利よ。
雪之丞もあんな大技何回も使える訳ないし、沈まないために霊力を使い続けないといけない時点で不利過ぎるのよ。
私ならさっさと退くわね。」

「文珠も最後の二つ渡しときましたからねー。ついにシロタマが勝つんですかねぇ。」

「問題は、今の衝撃波をちゃんとかわせたかどうかね……」

再び真剣な表情に戻ると戦場に目を向けていた。




























摺り鉢状に吹き飛ばされた海面が元に戻ろうとする影響で、波が全てを飲み込まんとするかの様に荒れ狂っていた。

「ちょっと、しっかりしなさいよ、シロ!」

「な、なんのこれしき……」

銀髪の少女―――シロが膝をつき、立ち上がろうとするが身体に力が入らず崩れ落ちる。
握り締めていた手から『移』と刻まれた文珠が転げ落ち、役目を終えたかのように霧散していった。

「う……ぐ……やはり、先生のようにはいかないでござるな……」

放たれた雪之丞の拳に貫かれる寸前、横島から渡されていた文珠を発動させていたのだ。
雪之丞の背後に転移し、拳をかわす事には成功したが衝撃波のことまでは考えていなかった。
突如襲いかかってきた大気の壁に飲み込まれてしまった。
激しく揺さ振られたために平衡感覚を司る三半器官にダメージを受けてしまい、立ち上がれなくなってしまったのだ。

「……あんたは充分頑張ったわよ。後は私に任せて、しばらく休んで。」

傷ついた相棒の姿に、タマモの霊力が高ぶる。
巻き上げられた海水はほぼ降り止んでいたが、細かい水の粒子が辺りに漂い、霧のように視界を覆っていた。

(狐の狩りを見せてやるわ……!)

倒れたシロを悔しそうに見つめると、腰まで届く金髪を翻し、駆け出していった。





























「チッ……霧がかかっちまったな……見えやしねぇ……」

面倒臭そうに吐き捨てる雪之丞の全身に、鈍い、痺れるような痛みが走る。

(やっぱりさっきの技は身体にかかる負担が半端じゃねぇ……撃てても後一発ってとこか……)

軋む身体を冷静に分析する。残りの霊力もそろそろ半分を切ろうとしていた。
その時、雪之丞の感覚が少し離れた場所で高まった霊力を感知した。

「そういや、最初に狐火の目眩ましがあったっけな……ヘッ、ついでに狐狩りと洒落込むか……」

獣のように口元を歪ませると、水面を蹴り込み跳躍した。





























「雪之丞の馬鹿、後先考えずに大技使ってんじゃないわよ……。」

揺れる漁船の上で、いきなり漂い始めた霧を見ながらエミが呆れたように頭を抱えていた。
相変わらず漁船の周囲には魚雷による水柱が何本も上がっている。
船の中ではジークが鼻歌を歌いながら軽快に舵を操っていた。
右に左に好き放題に舵を切りまくるおかげで、かおりと魔理はとっくに船酔いでダウンしていた。
タイガーは海に放り出されないように必死でしがみついているが、まだ何とか耐えられるようだ。
だが顔色がだいぶ悪くなって来ているので、嘔吐するのは時間の問題だろう。

「ゆ、雪之丞の事じゃから、多少視界が悪くても心配ないと思うんじゃがノー……うっぷ。」

軽く胃液を逆流させながら、弱々しくタイガーが手を挙げる。

「馬鹿、相手は妖狐なのよ?
雪之丞はただでさえ化かし合いには向いてないのに、あんな状況でまともに闘えるワケないでしょうが。」

バケツに手を伸ばすタイガーを尻目に、エミが不機嫌そうに呟いていた。





























「そこかァァ!!」

霧の向こうの人影に雪之丞の飛び膝蹴りが炸裂した。
そのまま走り抜けながらちらりと背後に目をやると、飛び膝蹴りを喰らった藁製カカシがひっくり返っていた。

顔にはへのへのもへじの貼紙が貼ってあり、胴体には『ば〜〜か』とでかでかと書いてある。

雪之丞のコメカミに青筋が浮かぶ。
さっきからずっとこの調子で、姿を見せようとはしないのだ。
相手の作戦だとわかっていたが、元来気の長い方でもないため、そろそろ我慢の限界だった。

(落ち着け、落ち着くんだ俺。集中すればすぐに見つかる筈だ。)

自分に言い聞かせ、辺りの気配を油断なく探り始める。
その時、視界の隅で九房の金髪を捕らえる事に成功した。

「そこだァァ!!」

加速器官を駆使し、目にも映らぬ速度で距離を詰めると、首を掴んで九房の金髪の主を吊り上げ一気に締め上げる。
だが雪之丞の血走った眼に飛び込んで来たのは九房の金髪をくっつけられた藁で出来たカカシだった。

さっきと同様、顔にはへのへのもへじが、胴体には『へ・た・く・そ』と微妙に艶っぽい字で描かれていた。





―――ぷっつ〜ん―――





雪之丞は自分の忍耐が千切れる音を聞いていた。






























「誰が真っ向から勝負を挑むかってのよ。
相手を疲れさせてから仕留めるのが狐の狩りのやり方なんだから……!」

ほとんど視界の利かない濃密な霧に紛れながら、クスクス笑いつつ次の囮の用意を始める。

タマモの掌から水飴のような霊気が溢れ出し、タマモの描くイメージ通りに姿を変える。
それから僅か数秒で藁で出来たカカシが完成していた。今までのカカシと同様に足元は浮力を得るためにゴムの球体で出来ている。
すでにこの周辺には何十という数のカカシが波間を漂っていた。

ちなみにこの術は、タマモが得意な変化の術の応用だった。
そもそも変化の術とは水飴のような霊気、俗に言うエクトプラズムを身に纏う事により自由自在に姿を変える術なのだ。
以前使っていた偽札も、この技術を応用していた。
岩石や鉄など重量がある物を創ることも可能だが、その質量に応じた霊力が必要となる事に加え、
タマモと離れ過ぎると効果が切れて霧散してしまうので必ずしも万能とは言えなかった。

次の撹乱の方法を考えているタマモの隣をいきなり霊波砲が通り過ぎていった。

(え!?)

慌てるタマモの周囲を、何発もの霊波砲が通り過ぎていく。
どうやらキレた雪之丞が霊波砲をあたり構わず乱射しているようだ。

(やった!この調子ならあいつはほとんど霊力を使い果たす筈……!
このまま放っておけば勝手に自滅する―――)

そこまで考えた所で、離れた場所で休んでいる相棒を思い出す。
無作為に飛び交う霊波砲とシロが居るであろう場所を交互に見やり、歯軋りする。

「あ〜もう!ホンットに世話が焼ける!!」

両腕を翼に変化させると、霊波砲の発生源の方に羽ばたいていった。





























「オラオラオラオラオラァァァ!!」

回転しながら三百六十度、手当たり次第に撃ちまくっている。
足を止めても沈まないように、加速器官から最低限の浮力を得られるだけの霊力を放出していた。
雪之丞の霊波砲が大気を切り裂き、徐々に視界を覆っていた霧が晴れていく。

霊波砲を撃ち続ける雪之丞の視界が一瞬翳った。

ハッと上を見上げると、上空から接近していたタマモが目の前に迫っていた。
肩には黒光りする巨大金鎚を担ぎ、上空からの落下エネルギーが上乗せされたその凶器を今にも振り下ろそうとしている。
タマモの肩幅よりも巨大な鎚には『100t』の文字が刻み込まれているが、流石にそれはハッタリだろう。

「チィッ……キツネか!」

空からの不意打ちは想定していなかったため、僅かに初動に遅れが生じてしまった。
ここが地面の上なら話もまた違ったかもしれないが、浮いているだけの不安定な足場では素早い動きなど出来る筈もなかった。

両腕を交差させて、全力で防御の準備をする。
今自分に迫る攻撃がどれほど危険かわからないほど、雪之丞は馬鹿ではなかった。

垂直に振り降ろされた巨大金鎚が雪之丞の身体に直撃した瞬間、百戦練磨の雪之丞が一瞬意識を手放しかけた。
浮力よりもはるかに上の圧力にさらされ、幸か不幸か雪之丞は海中に叩き込まれていってしまった。
もしこれを衝撃を逃がせない堅い地面の上で喰らっていたなら、魔装術を纏っていたとしても無事では済まなかっただろう。







深く沈められながらも身体が浮上し始めた事を感じ、雪之丞の口から笑い声が零れていた。































「イッタタタ……」

威力が強ければ強いほど、当然使い手への反動も大きくなる。
痺れる両手を押さえながらタマモがうずくまっていた。

さっきの一撃は充分な手応えがあった。
相手は恐らく意識不明の重態といった所だろうか。

一息つき終わったその時、妖狐の第六感が突然警鐘を鳴らし始めた。

反射的にその場を飛び退き、油断なく周囲に目を光らせる。

前触れも無く、背骨を氷の手で握られたような寒気がタマモを襲った。




(いる……後ろに何かがいる……!)




心を侵す恐怖に負けそうになりながらも、油の切れた歯車のようにぎこちなく振り返っていく。











背後には雪之丞が立っていた。





魔装術の仮面に覆われているので表情はわからない。だが対面するタマモには仮面の下の表情が手に取るように感じ取れた。



それは喜びと呼ぶには激し過ぎ、笑みと呼ぶには狂暴過ぎ―――



あまりに純粋で原始的な感情、飢餓感と充実感が混ざり合ったような―――



それ、すなわち『狂喜』―――













タマモの撹乱により、雪之丞の霊力はほとんど尽きていた筈だ。
だが今の雪之丞の身体には消費した分以上の霊力が溢れ出ていた。

(嘘でしょ……!?こんな事、有り得ないのに……!)

凄まじいプレッシャーを感じながら、タマモが後ずさる。


「霊力っつーのはな……人それぞれ源になる感情があるんだよ……」


静かに雪之丞の言葉が響く。

「横島は煩悩……美神の旦那はプライド……
そして、俺の場合は―――」

雪之丞が両手を広げる。水平に腕を伸ばすその姿はまるで漆黒の十字架のようだった。
ホバー状態だった加速器官に、今まで以上の霊気が集まっていく。


その時、海面から何かがタマモに向かって飛びかかってきた。

普段なら不意打ちを許すほどタマモの感覚は鈍くない。
たが今は雪之丞のプレッシャーにさらされ、辺りに注意を払う余裕がなかった。
気がついた時には体長二メートルを越える巨大ホオジロザメは目の前に迫っていた。





鮫の霊―――



違、これは生身―――



しまっ、あいつから注意を―――



やられ―――





思考が溢れ出し、身を硬直させる。
それはほんの一瞬の事だったが、致命的な隙を造り出してしまった。




間合を詰め、加速した雪之丞の拳が腹部を貫いていた。




























『貴様らー!何時になったらあの漁船を沈められるんだ!?
しっかり狙わんかー!』

幽霊潜水艦に貝枝の怒号が響き渡った。

以前の潜水艦の乗組員は骸骨やら舟幽霊やらでロクなものではなかったが、今はちゃんとした海兵が乗り込んでいた。
もっとも、全員幽霊なのが珠に傷だったが。

『わりィな大佐。しっかり狙ってるんだがよぉ、やっこさん避けるのがやたら上手ぇんだよ。』

生前は海賊行為をしていたような者ばかりなので、ガラの悪さはとても軍人には見えない。


使えない部下に罵声を浴びせようとしたその時、潜水艦に衝撃が走った。

(チッ!海底にでもこすったのか?
まったく……使えん奴らだ!)

暗い海の底で貝枝がブツブツと愚痴をこぼしていた。






























魔装術を纏った雪之丞の頬を、浴びた返りが流れていく。
腹部を貫いた腕を、溢れ出した血液が伝い海面を赤く染めていく。


一瞬の出来事だったので反応する事が出来なかったタマモが呆然と立ち尽くしていた。


雪之丞の拳は突如タマモに襲い掛かった巨大鮫の胴体を串刺しにしていた。
自分よりも遥かに大きな相手を、軽々と腕を振るい投げ捨てる。

「どういうつもり……?」

自分が助けられた事に気付き、いぶかしげに雪之丞を見つめる。

「俺の力の源は闘争心……せっかく面白くなって来た闘いに水を差す奴は、誰だろうと許さねぇ……!」

半身を返り血で赤く染めながら雪之丞が拳を握り締める。

「お前もそう思わねぇか?タマモよぉ……!」

(こいつ、初めて私の名前を……)

今まではキツネだのなんのと、馬鹿にした呼び方しかしなかった。
自然とタマモの口元に笑みが浮かぶ。

「別にあんたなんかに認められても嬉しく無いけど……こうなったら、とことん闘ってやろうじゃない!」

既に身を隠す霧がほとんど消えているにも関わらず、退くという選択肢は何故か浮かばなかった。
紅蓮の炎を身に纏うと、それを拳程の大きさまで凝縮する。
紅蓮の火球に込められた霊力を感じ取り、雪之丞が期待に身体を震わせながら身構える。


「私の全霊力を凝縮した狐火……止めれるものなら止めてみろ!! 」


狐火はタマモの意思で自在に操る事が出来る。回避するのは不可能だ。
それを知ってか知らずか、雪之丞に身をかわす気配は無い。
火球が直撃する寸前で、躊躇する事無く火球を掴み止めた。

「なめるなァァァ!!」

タマモが叫び、そのまま押し切らんと火球の勢いがさらに強まる。


(たまんねぇぜ……この極限の感覚……!)


火球を掴んでいる左手が焼ける匂いが漂い始めていたが、雪之丞は悦びに打ち震えていた。


「オオオオォォォォ!!」


雪之丞の左手に霊力が集中する。
次の瞬間炸裂音とともにタマモの狐火は握り潰されていた。

狐火が潰された事を認識する間もなく、タマモの体を浮遊感が襲った。

雪之丞の蹴りがタマモの腿に叩きつけられていたのだ。


受身も取れずタマモが水面に叩きつけられる。
文珠の効果はまだ切れていないので、タマモが海に沈む事はない。
すぐに体勢を立て直すべく立ち上がろうとするが、脚が言う事を聞かなかった。
衝撃が強すぎて、痛みも無い代わりに感覚もなかった。

倒れているタマモの首に、霊力を纏った雪之丞の手刀が振り下ろされた。


だが、その一撃がタマモを襲う瞬間、銀色の風が雪之丞を弾き飛ばしていた。


「無事でござるか、タマモ!?」

回復したシロが雪之丞の前に立ちはだかっていた。





「犬塚ぁ……やっぱあいつの弟子だけはあるなァ……!」

自分のあの技を受けてなお立ちはだかる少女に、雪之丞の闘争心が更に強く疼いていた。
さらに高まっていく雪之丞の霊力だが、シロは臆する事無く霊波刀を構える。
シロの背後で、痛みが出始めたタマモの顔が苦痛で歪む。

それを感じたシロの表情が一変する。
霊力がシロの心の底から間欠泉のように爆発的に噴き出した。

「貴様……よくも拙者の仲間を……!」

それはここ最近久しく忘れていた感情だった。
美神事務所の面々はそれぞれが一流のGSなのでむしろシロが助けられる事が殆どだった。
だが今この瞬間、以前タマモが倒れた時のあの激情がシロの心を埋め尽くしていた。
『仲間を守る』それこそがシロの力の源なのだ。

「ハッ、これくらいでガタガタ騒ぐんじゃねぇ!
俺が気に入らねぇんだったら『これ』を止めて見ろや!!」

雪之丞の右の拳が光に包まれ、背面の加速器官も凄まじい光を放っている。
先程シロを吹き飛ばし、さらには海を砕いたあれを使う気なのだろう。
シロの後ろにタマモがいる以上、回避する事は出来なかった。

(拙者の霊波刀では奴の装甲を破る事は出来ん……!)

一番最初の、不意を突いた上空からの一撃で自分の霊波刀では魔装術を破る事は不可能と理解していた。
神通棍と比べると切れ味や汎用性では明らかに霊波刀の方が優れているが、ただ一つ霊波刀には欠点があった。
霊波刀は凝固した霊力が刀の形態を取っているだけなので殆ど重さが無いのだ。
それは高速の斬撃が可能になるという利点もあるが、一撃一撃がどうしても軽くなってしまう。
悪霊など、霊体を切り裂くには充分だったが、鉄や岩といった堅固な物を切断するのは不可能だった。
上級魔族の霊波砲にすら耐え得る雪之丞の魔装術を斬るのは、シロの膂力では無理な話なのだ。

(案が無い訳ではござらんが……実際に成功した事はまだ無い……そんなものを今試すのは……)

シロの瞳に躊躇いが浮かぶ。
このタイミングで出来もしない事を試せば、犠牲になるのは動けないタマモなのだ。

「逃げなさいよ、シロ……私なら別に気にしなくて良いわよ。
っていうか、あれくらい私なら自分で避けられるし。」

言葉とは裏腹にまだタマモは立ち上がれそうに無かった。
それでも意地を張ろうとする相棒にシロの口元がふっと緩む。

シロの瞳から躊躇いが消えた。

「お主を置いて逃げる事など出来んでござるよ。」

右手に構えた霊波刀を解除し、腰を少し降ろして身構える。
左手を腰の横で構え、左手に右手を添える。

構えた左手が霊力を纏い、横島の『栄光の手』のようになる。

(霊波刀じゃ魔装術を破れないから格闘を狙うつもりか……?
チッ……つまらねぇ……刀で勝てない奴が徒手で勝てる訳がねぇんだよ……!!)

期待外れの浅い考えに雪之丞の表情が険しくなる。
苛立ちとともに加速器官を開放し、拳を振り上げる。

(タマモ……おまえの命、拙者が預かるでござる……!!)

音速の拳が振り下ろされる瞬間、シロの右手が輝いた。


(こいつは……まさか……!!)


その時雪之丞もようやくシロの構えの正体を理解した。
剣術で言う居合、シロの構えはそれだった。










―――レールガンという兵器がある。

電磁力の反発を利用して凄まじい加速を生み出すという物である。
その弾は音速を軽々と超え、当然その威力はとてつもない。










シロにその兵器についての知識が有る筈も無いが、彼女がやろうとしている事は同じ原理だった。
霊力で包んだ左手を鞘に見立て霊波刀を握り、その反発力を利用しながら抜刀する。
原理はただそれだけの事。複雑な魔法陣が必要な訳でもなく、特別な知識も必要ではない。
必要なのは両手の霊力のバランスを均等に保つ事のみ。
左手の霊力が強すぎれば霊波刀を握り潰してしまい、右手の霊力が強ければ左手の指を切り落してしまう。

身体は居合の動きをしながら霊力のコントロールにも注意しなければならない。
単純であるが故に成功させるのに小細工は使えないのだ。

(拙者の腕がどうなろうと構わん……!
だから……だから、どうか拙者の相棒を守らせて下され……!)

両腕に走る衝撃に、祈るような気分で霊力を操る。
ほんの一瞬の油断でこの技は失敗してしまうのだ。

カタパルトから飛び立つ戦闘機のように、シロの右手が左手から離れた。
シロの胸元に拳を振り下ろしていた雪之丞の視界からシロの右腕が姿を消した。



―――腕が消えた?



―――って待てやコラ、犬塚!逃げてんじゃねーぞ!



―――おいおい、俺が距離を詰めてるはずなのに、何でどんどん離れていくんだ?



―――あぁ、そうか、離れていくのは―――






雪之丞は自分が遥か上空まで吹き飛ばされていく事にようやく気が付いた。
己の胸元に目をやると、袈裟懸けに魔装術が押し潰されたような傷がつけられていた。

「重さが足りない分を速度で補ったって訳か……やるじゃねぇか……」

海面に叩き付けられた所で雪之丞は意識を失ったが、その顔には満ち足りた笑顔が浮かんでいた。




























「おおー、すげぇ!美神さん、今のシロの動き見えました!?」

クルーザーの上で横島が弟子の勝利に拍手喝采を送っていた。
吹っ飛んでいった悪友の心配はしていないのは、それだけ雪之丞の力を信頼しているという事だろう。

「シロは不器用な方だからあんな器用な技を使いこなせるとは意外だったわねー。
でもあれなら横島君もやろうと思ったら出来るんじゃないの?」

半人前だと思っていた少女の思わぬ成長を見る事が出来たので、美神も上機嫌だった。

「いやー、流石に両手に霊力を込めるのなんて俺には無理ッスね。
そもそも俺の剣術なんてテキトーも良いとこなんですから。」

シロの使った超神速の居合は使い手の剣の腕も求められるのだ。
意外と器用な横島だったが、流石に居合を使えるほどの剣の腕は持ち合わせていなかった。

「でも、変じゃないですか?
どうして今回はさっきみたいな衝撃がなかったんでしょうか。」

シロとタマモの無事が確認でき、ほっとしながらおキヌが首をかしげる。
雪之丞はカウンターを喰らって吹っ飛んでいったが、衝撃波が発生する事を考えると相討ちでもおかしくない。

「あと1個文珠残ってたはずだから、それで何とかしたんでしょ。」

美神達からは見えなかったが、居合の構えを取ったシロを見たタマモが文珠を発動させていたのだ。
その文珠に刻まれていた言葉は『凪』。無風状態を強制的に作り出し、衝撃波の発生を妨害していたのだ。
だがこのタマモの行動は、シロが雪之丞を止める事が出来ると信頼している事が大前提だった。



とその時、シロタマの帰りを待つ美神達に人工幽霊が話し掛けてきた。

『美神オーナー、貝枝様から緊急の通信が入りました。』

報告を受けた美神が面倒くさそうにトランシーバーを拾い上げる。

「どーしたのー大佐ー?」

だらけきった美神とは対照的に相手の方はかなり切羽詰っているようだ。

『大変なのだ!現在我が艦は正体不明の敵と交戦中なのだが、既に艦の殆どを制圧されてしまった!!』

「ちょ、ちょっと、あんたは海底でしょ!?誰がそんなとこまで攻めにいけるってのよ!」

いきなりそんな事を言われても話についていけない。

『嘘ではない!黒髪の女が一人で乗り込んできたのだ!
すでに殆どの乗組員が倒されてしまっている……ここまで来るのも時間の問題―――』

トランシーバーの向こうから鉄の扉が軋む音が聞こえてきた。
強引に扉を引き剥がす音がしたかと思うと貝枝の断末魔の叫びが木霊した。

「貝枝大佐!?」

急に静かになった向こうの様子に美神が冷や汗を流す。
少しすると聞き覚えのある声が飛び込んできた。

『……ふん、所詮は幽霊の軍隊か。つまらんな。
消滅はさせんから安心するが良い。』

「って、あんた!ワルキューレ!!」

『む、これで連絡を取り合っていたのか。
美神令子だな?悪い事は言わん、除霊は諦めるんだ。』

「何であんたにそんな事言われなきゃならないのよ!
こっちはプライドがかかってるんだから今更辞める訳無いでしょうが!」

鉄製のトランシーバーが軋むほどの力を込めながら、トランシーバーの向こうのワルキューレに噛み付く。

『あ、いや、除霊は不可能なのだ。
この艦の乗組員を脅し……じゃなくて協力を要請して調べてもらってわかったのだが―――』


「美神さんあれ見てください!」

おキヌが弾かれたように立ち上がり、あるものを指差した。
おキヌの指先はさっきの闘いで雪之丞が串刺しにした鮫の死体を指している。
いったい何が原因なのか、鮫の死体は急速に腐敗していき骨すらも崩れていく。
肉体が消滅したのと入れ替わりに、人魂を周りに浮かべた鮫の霊が現れ、海に潜っていった。



この海域に足を踏み入れた時の違和感。
ワルキューレが言う、『不可能』な除霊。
ある時期を境に突然現れたという鮫の霊。
そして今目の前で起こった不可解な現象。



これらの要因が積み重なり、美神の脳裏にある一つの答えが浮かんでいた。































―後書き―

ギャグでいこうかと思ってたのですが……

シロタマの本気バトルになってしまいました……

まあ、いいです。たまにはこういうのも。

では。

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