ザ・グレート・展開予測ショー

すべての犬は天国へ行く(1)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/ 9/25)

"すべての犬は天国へ行く"はすでにGTYに投稿させていただいている三つの拙作の設定を引き継いでいます。
未読でも問題のないように配慮しておりますが事前に前作を読んでいただければ幸いです。






市街から離れた郊外の一角。その廃ビルには十数人の男たちが潜伏していた。見るものが見れば彼らが総じて武装していることが分かる。皆一様に頬がこけ眼窩が落ち窪み眼光が異様に鋭い。緊張の下にいる故だろうか。
 しかしこの場のリーダー格であるフェルナンドという男は明らかな異常を感じ取っていた。普段は威圧的なフェルナンドも今回ばかりは疲労に堪り兼ね個室に閉じこもっている。フェルナンドに霊感など一抹も存在しなかったが、歴戦の戦士の勘としてこの異常を引き起こしているのが今回の仕事に限った特別なものであると直感していた。

(早いとこブツを引き渡して終わりにしたいもんだぜ。)

フェルナンドは懐から短銃を取り出すとカートリッジを引き抜き、相棒の機嫌を確かめる。愛銃の調子は至極良好だ。今のところは。

(今回の仕事を引き受けてから巡り合わせが悪すぎる。ICPOには嗅ぎ付けられるし単純な連絡ミスで碌な補給も受けれてねぇ。まぁ、ここまでどん底なんだ。これより悪いってことはねぇだろうが―――。)

「ボス!!!」

扉の向こうから静寂とフェルナンドの思考を打ち破り部下の慌てた声が轟く。

「何だ騒々しいッ!!」

「それが・・・・」

タタタタタタタタタッ
銃撃音が広くもない廃屋全体に響き渡る。フェルナンドの鼻腔に良く知る刺激臭が漂ってくる。

「さ、催涙弾かッ!!」

扉が勢いよく放たれ金髪の男が室内に侵入してくる。男はガスマスクを脱ぎ捨てるとフェルナンドに向けて言い放った。

「ICPOだッ。フェルナンド・ガゼル。お前には密入国及び不法銃刀所持、国際オカルト法違反、そしてテロ防止法違反の容疑が掛かっている。武装解除して大人しく投降するんだ。」

金髪の若く美しい捜査官のあまりの場違いな美貌に、一瞬見とれていたフェルナンドだったが我に帰り銃口を突きつける。

「くそがッ!!!」

やけくそで放たれた銃弾はしかし正確に捜査官の眉間を捉えた・・・はずだった。

「ヴァンパイア・ミストッ!!!」

「なにぃッ!?」

先ほどまで捜査官がいた場所には真っ白い霧が噴出し、それは瞬時にフェルナンドの背後に固集して再び人の形を取った。

「オ、オカルトGメンかッ・・・。」

銃柄で殴り倒され薄れいく意識の中で、フェルナンドは自分の不幸の見積もりが大いに甘かったことを痛感したのだった。



「ふうっ。」

「ブラドー主任捜査官。少し宜しいでしょうか?」

「え?あ、はい何でしょう。」

テロ組織の輸送部隊を制圧し一息ついていたピエトロ・ド・ブラドー主任捜査官―――ピートにICPOの捜査官の一人が声を掛ける。

「彼らの輸送していた物品にはオカルト関連のものが多いんです。素人の私たちが手を出すと危険なものもあるかもしれません。ブラドー主任に一度霊視していただきたいのですが・・・。」

ピートは快諾すると同時に己に苦笑する。オカルトGメン所属のピートは本来その為にこの制圧部隊に同行したのである。成り行きで制圧にも関わってしまったが。

「イビル・アイ・・・。」

ピートの眼が赤く光る。赤外線スコープのような視界の中で、それだけ異様な妖気を放つ小さな光に、バンパイア・ハーフであるピートの目は気付いた。
光源は手の平大の赤い宝玉であった。石の種類は判別できないが、魅力的な大きな宝石の周りを純金製のレリーフで覆った装飾品のようである。それはぱっと見ればタリスマンのような平凡な呪具の一つのように思えただろう。
しかし宝玉を手に取るピートの全身からはとめどなく汗が噴出し、その双眸は険しく己が手の中を睨みつけていた。

「どうかしましたか?ブラドー主任?」

捜査官の声はピートに届いていなかった。ピートは当初予想したより遥かに困難な任務に自分が付いてしまったことを知り、眩暈すら覚えていたのだった。



東京のとある街の一角に、唐巣という風変わりな男が神父を勤める教会がある。彼は貧しいものには徹底して施し、GSでありながら当然の見返りである報酬を受けることを潔しとせず拒んだ。
その人柄で地域の多くの人から愛されていた唐巣であったが、実はバチカンからは破門された身である。しかし唐巣が誰よりも敬虔で、神と何より人を愛しているということを疑うものは、この街にはただ一人としていなかった。

「わざわざ来てもらったのに、お茶請けも出せないで申し訳ないね。」

「気にしないで欲しいでござる。お土産を持ってきただけでござるから。」

唐巣は本当に済まなそうに言うと客人に紅茶を勧める。
教会を訪ねてきたのは若く、そして非常に美しい女性であった。ジーンズにタンクトップというスポーティで飾らない格好であるが、それが逆に彼女のスタイルの完璧さを際立てている。腰まで達する長い銀髪は頭の後ろで一つに括られ、彼女の引き締まった美しいカーブを描く背を、銀色の川のように流れている。その腰にはそれだけ存在を間違ってしまったような大降りの日本刀が差してあった。

「本当は直ぐに持ってこれたら良かったのでござるが、帰省から帰ってきてからこっち事件が続いてばたばたしていたものでござる故。」

「日本も物騒になってきてしまったね。しかしそんな忙しい中来てもらって済まなかったね。」

「とんでもないでござるよ。それに令子殿が会長殿には売れるだけ恩を売るようにと言っていたでござる。」

「そこまであけすけだと却って気持ちがいいがね。」

言って唐巣は苦笑する。
唐巣が日本GS協会会長に選ばれたのは成り行き上仕方のないことだった。
10年前の所謂「アシュタロス事変」を皮切りにオカルトの認知度が世界的に高まると、同時にオカルト絡みの事件が急増し必然的にオカルトGメンの国内の影響力が強まった。それまでの日本では民間のGSがオカルトの主導であり、官僚的なGメンは自由な活動を制限されていたわけだが、「アシュタロス事変」後その構図がひっくり返されようとしていた。そこで協会は求心力が強く人望が篤く、何より自身「アシュタロス事変」の英雄の一人でもある唐巣を会長の座に就け、「アシュタロス事変」の陰の主役と囁かれる美神美智恵特別顧問を牽制しようとした。唐巣は美神の師でもあったからだ。
しかし結局は争い事を好まない唐巣の性格も手伝って、協会とGメンは小競り合いを繰り返しながらも、比較的穏やかに共存していた。

「そう言えば横島君はまたヨーロッパらしいね。」

「今はフランスでござるが明日には帰ってくるそうでござるよ。結婚記念日でござるから。」

「フランスか。ピート君に会えれば良かったんだがね。」
お互い忙しいから難しいだろうね、と言って神父は小さな小包を手に取る。エアメールのようだ。

「実はこれピート君からなんだよ。忙しいだろうに何を送ってくれたんだろうね?」

「きっとお土産でござろう。師匠思いの御仁でござるから。」

それを聞いて唐巣は嬉しそうに微笑んだ。
多忙なのはGS協会会長に就任した唐巣も同じだった。しかしそれはICPOヨーロッパ支部に弟子であるピートが出向し、ぽっかりと開いた空隙を埋めるにはちょうど良かったのかもしれない。フランスのGメン本部に配属されて3年になるが、今でも月に一度はピートから手紙が届いている。

「・・・・ヨーロッパは今非常に騒がしい。国際的なテロ組織である『アプラクサス』の活動が近年非常に活発になっているからね。彼らの特徴はオカルトを戦闘の道具に使用していることだ。普通の人間では手の出しようがない。そこで横島君やピート君のような人材が必要とされるわけだが。」

「横島先生も月の半分は海外という話でござるからなぁ。」

シロは少し遠くを見ながら言う。

シロはもう令子やタマモたちと同居していない。まあ直ぐ隣ではあるわけだが、オカルトGメンのビル内の宿舎に住んでいる。令子と横島が結婚すると程なくしてシロは事務所を飛び出した。はっきりと割り切りつつ幸せそうな二人の傍に居続けることは、まだ幼かったシロには難しかったのである。今ではそういうわだかまりもないだろうが、唐巣は横島夫妻の結婚式で号泣しながらやけ食いしていたシロの姿を今でも時折思い出す。

「・・・・ピート君のお土産を開けようか。何かお茶請けの類だと助かるのだけどね。」

「本当に気を使わないで欲しいでござるよ。」

 シロが流石に恐縮する。唐巣が苦労して小包を開けると中身はガラスケースで、更にその中には赤い宝玉が入っていた。

「う〜ん、どうやら食べ物ではないようだね。しかしこのケースは、何らかの封印のようだが。この宝玉、封印のせいか箱を開けるまで気付かなかったけれど、何か禍々しい妖気を放っているような・・・・・・・・・・・・・・ん?このレリーフは!?」

「唐巣殿ッ!!」

「ど、どうしたんだいシロ君。」

宝玉の正体に気取られていた唐巣はシロの突然の大声にいぶかしんで聞き返す。しかし自身一流のGSである唐巣は直ぐにその理由に気付いた。

「この教会、囲まれているでござる。訓練を受け、武装した部隊に。」

その瞬間教会の窓という窓が叩き割られ迷彩服に身を包み小銃で武装した兵士たちが侵入してくる。

「なんなんだね君たちは?」

唐巣が聖書に、シロが腰の大刀に手を掛けると、正面の玄関がいやにゆっくりと開き、純白の聖衣を纏った男が一人入ってきた。

「カズヒロ・カラスだな?」

男の声はこの世のありとあらゆる不吉をない交ぜにしたような、重苦しい声音に包まれていた。






(続)

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