ザ・グレート・展開予測ショー

魔術師の棘


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 9/23)

『魔術師の棘』





人など滅多に近寄らぬ深き山の中にある古びた洋館。
その洋館を包み込む深き瘴気に満ちた森の真ん中。
雲に隠れた月がわずかに漏らす光を受け、まるで何かの冗談のようにそこだけポッカリと開けた草原に彼は立っていた。

その影は人のようでありながら例え五歳の子供とて彼を見れば人などとは思わないだろう。
全身を覆う黒い鱗。額に短く生えた螺旋を描く角。死刑台の上の凶悪犯の末期を思わせる醜悪な表情を思わせる顔。
彼の正体は魔族である。

魔の眷属は濁った紅玉の瞳で周囲を見回し、視界の中に三人の人影を認めると牙をむき出してニヤリと邪笑とともに瘴気の篭った息を吐き出した。

「ケッ!呼び出されてまだ何もしてねぇのに始末しようってのか?聖職者とやらも暇なこったな!」

狂人を思わせるトーンの呪詛とともにカミソリのような爪が無造作に近寄ってくる先頭の人物に向けられる。
古来、人々に恐れられ忌み嫌われた存在たる彼にこうも無造作に近寄ってくるなど対魔族の訓練を受けたものでしかありえない。

一度呼び出されれば彼ら魔物を狩る者と戦うことなど幾度もあった。
無論負けて魔界に送り返されたこともある。
だがそれは彼を呼び出した魔道師がヘボだったからだ。
召還され魔道師と契約した魔族はその力に制限を受ける。
それゆえに最終的には敗北してきた。
もっとも敗走する前に多くの魔物狩り供を引き裂いてきたのだから帳尻が会わないということはない。

しかし今回の召還はまだ契約が成立していない。
彼を召還した魔道師が魔法陣に捕らわれて身動きの出来ない彼と契約を結ぼうとしたその時、突然飛び込んできた人間どもによって魔法陣は崩され彼はそこから飛び立った。

魔道師がどうなろうと彼の知ったことではない。
そもそも契約は成立していないのだ。
その場で自分を使役しようとした不埒な魔道師と飛び込んできた人間──Gメンと名乗っていたが──を八つ裂きにしても良かったのだが、召還直後で弱体化したまま戦うよりこの場は逃げて人を襲い力を得てからでも良いと彼は窓から飛び出したのだ。

そのまま街へでも向かおうとは思ったが、魔族である自分を追跡してくる気配があることに気がつく。
それはたったの三人。
いや、三人というのは正確ではない。
人のものとそれ以外のものが自分の後を追ってきている。

聖職者が使い魔だと?

本来ならば滅多にないことである。
これが東洋の魔物なら式神などを使役する霊能者と戦ったこともあるだろうが、主にヨーロッパで活動してきた彼には始めての経験だった。
それゆえに彼はこのポツンと開けた草原で待った。

好奇心のため。そしてなにより自分を追うもの狩り、喰らうために。


雲が晴れ月光に照らされた草原に現れたのは彼の予想を覆す普通の人間。

おさまりの悪い髪をバンダナでまとめた少年。
白銀の髪を持つ少女。
黄金の髪を持つ少女。

しかし彼の魔眼はその少女たちが人でないことを見抜いた。

「ケッ…どんなハンターが来るかと思えば獣使いか…」

「獣使い?」

少年が怪訝な表情を浮かべる。
その顔に退魔を生業とするもの特有の色がないことが気に障る。
たまたま獣の能力を借りて自分追跡していただけということか…ならば素人と変わらない。
ならば速やかに殺して本隊が来る前に隠れるのみ。

「そっちの銀色はウェアウルフか?金色は…キツネか?そんなもので俺を倒せるつもりか?」

疑問でない。単なる確認だ。
自分がこのような小僧に負けるわけがない。
感じられる霊力も一般人よりはあるだろうが過去に戦った聖職者どもに比べて突出しているというわけではない。
彼らでさえ自分を倒すのに数十人がかりの人員とそれに数倍する犠牲を強いられたのだ。
いかにこの小僧が妖怪を使役したとしても自分の敵ではありえない。

それは当たり前すぎる事実。

にもかかわらず目の前の小僧に怯えた様子は無い。
彼はそれをこの少年の無知ゆえの蛮勇と決め付けた。
蛇を見たことのない赤子が蛇を恐れることなどないのだから。
ならば知るがいい。自分の目の前に居るのが厳然たる死、猛毒を持つ大蛇であることを。

「お前に俺は倒せねえぜ…」

「そうか?」


愚かだ…この小僧はどうしようもなく愚かだ。
それゆえに恐怖とは無縁。それが癇に障る。
恐れおののき命乞いをして見せろ。そうすれば俺は優しくお前を引き裂いて生きたまま喰らってやる。
知らないというなら知れ!自分が何を相手にしたのかを。

「生きたまま心臓を穿り出して喰ってやるぜ…そっちの妖怪の娘どももな…。」

「そんなことは出来ないだろ?」

ボリボリと頭を掻く少年に違和感を感じる。
なぜ恐れない?勝算があるのか?
神の力?否、それはありえない。
妖怪を使役するものにあの融通の効かない神が手を貸すはずがない。

「ところでお前もやっぱり人を食ったりするのか?」

まるで好き嫌いを聞くかのような気安さで問われ、彼の中の違和感はますます大きくなった。

「そうよ。喰えば喰うほど俺は満ちる。特に処女の血肉は美味えぜ…」

数百年前に喰ったソレを思い浮かべて彼の血眼に歓喜の色が浮かんだ。
ほんの一瞬、少年の目に嫌悪の色が浮かんだが気配そのものは飄々としたままである。

おかしい…何かがおかしい…なぜこの小僧は、いやその使い魔たる妖怪の娘どもも怯えを見せない。
何故、圧倒的な力の差とそこから得られる自分の未来に絶望しないのだ。

「けっ!お前の霊力じゃ俺の体に傷一つつけられないぜ!!」

「あー。そうかも知れないな…」

まるで他人事のように呟くと少年は少しだけ口を笑みの形に動かした。

「けどお前より上級の神の力を借りたなら傷ぐらいはつけられるんじゃないの?」

「そんなものを貴様のような小僧が使えるか!!」

「やってみるさ!!」

その言葉を合図として少年は後ろに飛び下がった。変わりに彼を護るかのように妖怪の少女たちが前に出る。

「シロ!タマモ!詠唱までの時間を稼いでくれ!」

「承知!」
「OK!」

左右から彼に襲い掛かる妖力の火炎と霊気の刃。
だが一目見てわかる。
そんなもので自分の魔体に傷などつかない。
警戒すべきはおそらく魔道師と思われるあの小僧の呪文。
しかし切り札とも思えるそれすら魔力の動きが感じられない。

単なる無駄。ならばろくに魔力も込められていない呪文とやらを受けてやろう。
そして自分の技が効かなかったという現実に慄く小僧を使い魔ともども引き裂いてやる。

彼の余裕の笑みは少年が唱え始めた呪文によって一瞬のうちに驚愕へととって変わった。

「あった  ま  てっか  て  つかさえ  てぴかぴ  かそれ  がどうし  た!」

不自然な音節によって紡がれる横島の呪に前線に出ていた少女たちがあわせるように叫ぶ。

「「いあ!いあ!!」」

過去に魔族である彼が一度も聞いたこともない呪。驚愕に動きを止めた彼の前で少年は手を天に突き出した。
その手から伸びた細い霊波の光が雲間から顔を覗かせる月に向かって真っ直ぐに伸びる。

「な!貴様!!何を呼ぶ気だ!!」

彼の叫びに少年は月に光を向けたままで無邪気とも言える笑みを浮かべた。

「俺の力じゃ勝てないならお前の知らない神の力を借りる。時をも渡る異世界の青き猫神の力をな!」

「馬鹿な!?異世界の神だと!!」

「もう遅い!シロ!タマモ!奴の動きを止めろ!!」

「承知!」
「わかった!」

返事とともに少女たちが両側から彼にすがり付いてきた。
彼が万全なら一蹴できただろう。だが目の前で奇怪な召還呪文を見せられて動揺した彼は縋りつくことに全霊力を使っている少女たちを避け切れなかった。少年にとってはその刹那の隙で充分だった。

「貫け!死の棘!」

その声とともに少年の手の光が強くなる。

「自分の使い魔ごと!!」

縋りつく少女たちを引き裂いていては間に合わないと判断して彼は全力を手に集め少女たちを盾にしようと掴まれたままの両手を突き出す。
正体不明の一撃を覚悟した次の瞬間、凄まじい一撃が彼を直撃した。

「ぐぼっ!」

それは彼の下から彼の中心に向けて放たれた霊波をまとった一撃。
彼の苦鳴を聞くと同時に少女たちは飛び離れ一挙動で少年の脇に立つ。

「やったね横島。」

「ああ。決まったな。」

油断無く悶絶する彼を見ながらも少年たちから戦う気配が薄れていく。
自分を苛む激痛に身動きも出来ない彼に向けて少年は不敵な笑顔を向けた。

「な、何をした…」

「何って…文珠で木を成長させただけだが?」

「文珠?!貴様!アシュタロスが滅ぶ原因となったという横島忠夫か?!!」

「さあな。」

すっとぼける横島に魔族は掴みかかろうとして体に走る激痛に動きを止める。
圧倒的とも言える彼の霊的な防御はアリの一穴を穿ちぬいた一撃で霧散していた。
ギリリとその牙が怒りと身を焼く苦痛を乗せて軋む。

「何をした…たかが文珠の霊力ぐらいで俺の体が貫かれるなどありえん!!」

「お前さっき言ったよな。「人を食う」と…つーことは出すんだろ?どんなにお前の表面が固くても…尻の穴は無防備なのだよ。」

「なんだと!ならば俺を貫いてるのは…俺の尻に刺さっているのは?!!」

「うむ。たまたまそこに生えていた「タラの木」を文珠で『育』ててみた。」

横島があっさりと告げた通り、人の形態をした魔族の尻、しかもちょうどその中間あたりを地面から生えた一本の木が貫いている。
それが彼には信じられない。
しかし尻を焼くこの痛みはこれが幻覚の類でないことを証明していた。

「ただの木に俺が貫かれるはずがあるまい!ぬほうっ!!」

「暴れると痛いぞ〜。タラの木ってのはな山菜の王と呼ばれる木だ。若芽の天ぷらは大変美味い!」

「だからそんなもので!ぎにゃぁぁぁ!」

ちょっとでも体を動かせば凄まじいまでの激痛が尻を襲う。
かってとある魔族の少女が言った言葉。
魔物とは霊体が皮をかぶっているようなものならば、その皮を貫いてしまえばむき出しの霊体は霊力の影響を直接受ける。
ただ人の身では普通の攻撃でその霊的防御を破ることが困難なのだ。
ならば内部から破壊する。
難攻不落の要塞と言われたマジノ線が一点突破で抜けられ後背からの攻撃によって崩壊したように、はたまたトロイの木馬が示すとおり一度内部に入り込んでしまえば脆いものである。
入り込み方がエグイのは仕方ない。
戦いとはそういうものだ。
地の利、天の利を制するものが戦いを制する。
そして横島は植物の特長さえ利用していた。

「勿論文珠で育っているから霊力を纏っている…そして…タラの木には固い棘がびっしりと…」

「なんとぉぉぉぉぉ!ぐはぁぁぁ!ならば…ならばさっきの呪は…」

「あ。あれハッタリ。」

「本命は拙者たちでござる!」

「抱きついたときに文珠を落としておいたのよねー。」

彼が人間の世界にあるマジックの知識を知っていれば結果は変わったかも知れない。
魔術師は観客に見えないところにタネを仕込む。
ことさら派手な部分には何もないのだ。

「舐めるな小僧!たかが尻の痛みごときで俺が倒れるか!!」

自分があっさりと嵌められたことに気づいた魔族が吠える。
気力を振り絞り尻に刺さったトゲトゲの木を抜こうと身悶える彼にタマモがニッコリと微笑む。

「ふーん。これ何だ?」

「文珠だと!それがどうした!!」

「ほい。『辛』の文珠」

ポンと投げられた文珠が光とともにその効力を発揮する。
それは木を伝って魔族の内部を蹂躙した。

「ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!沁みるうぅぅぅぅ。熱いぃぃぃぃ!!」

「鬼でござるな…」

傷ついた尻に辛味を付加され立ったまま悶絶する魔族をにこやかに見つめるタマモが口を開く。その手には念のためなのかもう一個淡く輝く文珠があった。

「さあ。あんたの真名を言いなさい。」

「い、言えるか…真名を知られるということは支配されるということだ…」

「あっそ。んじゃこれ使うかな〜」

「そ、それは…」

その手にあるもの見て途端に青ざめる魔族。
ないはずの汗腺が開いてダクダクと脂汗を流す様は魔族の威厳も畏怖も見当たらない。

「うん。『激』の文珠。さっきの『辛』があるから…」

「『激辛』でござるか…」

「うっわー気の毒」と表情に出すシロだが止めるつもりはないようだ。
タマモの笑顔に本気の二文字を認めて魔族の心はポッキリスッキリと折れた。

「お、俺の真名は「ペンドラム」!魔界第二師団第三階位に連なる魔族だ!」

「嘘じゃないだろうな。もし嘘だったら…」

「う、嘘じゃありません。本当です。サタン様に誓います!」

恥も外聞もなく頭を下げるペンドラム。しかしその動きさえ尻に刺激を与えるのか目から涙、口からは押さえきれない悲鳴が漏れる。
もうどっちが悪役だかわかりゃしない。
その様子に満足したか横島は大きく頷くと魔族ペンドラムに命じた。

「ならぱペンドラムに命じる!速やかに魔界に還り人の世の時間で1000年は現界するな!」

「わ、わかった!!」

「あ、それと追加。魔界に還ってもこのことは言うなよ。」

「言えるかぁぁぁ!」

言ったら末代までの恥だろう。魔族に末代という概念があるかは知らないけど。
早くも魔界に逃げ戻ろうと薄れ始めたペンドラムに横島はポケットから出した白い木の実のようなものを放り投げた。

「んー。だったら還れや。ほい餞別」

「むう…注入式か。ありがたく受け取っておく…さらばだ小僧。つーか貴様は地獄に落ちろ!!」

呪いの言葉を吐きながらペンドラムは暗い光に包まれる。

「はいはい。またねー。」

「達者で暮らすでござるよー」

こうして魔族は尻を押さえて泣きながら注入式軟膏とともに魔界に送還されていった。
邪悪な気配の消えた草原に虫の音が戻り、三人はヤレヤレとばかりに肩の力を抜いた。

「やったでござるな先生。」

「これで六匹目だっけ?」

「七匹じゃなかったか?」

「次は拙者が魔法を使う役をやりたいでござる!」

「だーめ。また公平にじゃんけんよ。」

笑いあう三人と、もしかしたらある意味最大の被害者かも知れないタラの木を月の光が呆れたように照らしていた。



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