ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第1話 (GS)


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/ 9/16)





 魔神アシュタロスが滅んだことにより、現世界転覆の危機は去った。
 神族も人間の関係者たちも一様に胸をなで下ろし、戦いによって傷ついた街や施設の復興に力を注いでいた。


 だが……


 屈指の実力者であった魔神が消えた影響は、特に魔界に大きな異変をもたらしていた。
 空いた魔神の座を狙い活動を開始する者。
 支配者が消えたことで抑圧から解放され暴れ出す魔獣。
 激しい天変地異と魔力の逆流。


 各地で起こる数々の問題を鎮圧するため、魔界正規軍はかつて無い慌ただしさに追われていた。





 魔界の政治・経済・軍事の全てを司る首都『パンデモニウム』
 厳格かつ荘厳なサタンの居城を中心に近代的な都市が広がり、そこに住まう魔族達は彼らなりの繁栄と平和を謳歌している。
 ワルキューレやジーク、ベスパらが所属する魔界正規軍の本部もこの巨大な都市に設置され、魔界の情勢を常に監視していた。






 ある日、軍の観測所で異常なエネルギーが観測される。
 何らかの魔力であると確認されたが、分析により自然発生する類のものではないとの結論が出された。
 場所はかつてのアシュタロス支配区域。
 支配者がいなくなったその土地は荒れ、凶暴な魔獣や武闘派の魔族が数多く潜伏し暴れているため、この異常は見逃すことのできないものだった。


 正規軍は即座に偵察部隊を派遣し、異常なエネルギーの正体を確認することにした。
 もし魔界の安定に悪影響を及ぼす存在であるなら、それは排除しなければならない。
 ところが、偵察部隊は目的地に到達した直後の連絡を最後に消息を絶ってしまう。
 事態を重く見た軍は屈強な戦士で構成された捜索隊を編成、偵察部隊の救出に向かわせた。
 しかし、捜索隊もまた同じように消息を絶ってしまうのだった……。




 正規軍会議において、この事件は早急に解決しなければならない議題として挙がっていた。
 名だたる魔族の実力者・幹部の中に、アシュタロス事件の功績を認められた青年情報士官・ジークフリートも参加していた。
 結論としてこの問題は放置できず、何としても事実を調査・報告する必要があるということは全員が頷いていた。
 だが、新たに調査へ向かおうと名乗りを上げる者が誰もいなかった。
 再び調査に失敗し、自分の面子と部下を失いたくないからだ。


「貴様らはそれでも恐れを知らぬ魔族の軍人かッ!!誰かこの問題を解決しようと言う気概のある者はおらんのか!?」


 まったく進まぬ会議に業を煮やした正規軍最高司令官『アモン』は、大きく開かれた口から灼熱の炎をまき散らしながら叫んでいた。
 アモンとはフクロウ、または狼の姿を持ち、サタンに匹敵する実力を持つといわれる魔界の大公である。
 他にも数多くの姿を持ち、今は青い炎のような髪に屈強な肉体を持つ壮年の人間の姿を取っている。
 しかし、鋭い瞳に宿す強大な殺気と魔力は変わらず、幹部達の額に脂汗をかかせるには充分すぎるほどであった。
 それでも誰も名乗りを上げぬため、アモンの怒りは限界に達しようとしていた。
 そこへ、沈黙を続け傍聴に徹していたジークが名乗りを上げた。


「アモン将軍。ならばぜひ、その役目を私に任せてはもらえないでしょうか。」
「おお、やってくれるのかジークフリートよ。」
 ジークに会場の視線が集まり、どよめきながらも次の言葉を待つ。
「はい。今回の事件、どうもただならぬ気配を感じます。私は情報士官として、直に現場の状況を確認・分析したいのです。」
「うむ、よく言ってくれた。何か必要な装備や人員があれば回しておこう。」
「ありがとうございます。それではさっそく準備に取りかかりますので。」
「よい結果を期待しているぞ。」


 ジークは一礼し、会議室を後にする。
 他の幹部達の脇を通った時「青二才が空回りにならねばいいがな……」と嘲笑されたが、これも魔族の習いとジークは一瞥し、微笑み返すだけだった。









 ジークが任務のために要請した人員は、ベスパただ1人であった。
 2回の前例から見て、数は役に立たないだろうと判断したからである。
 もし自分が失敗したとしても、彼女さえ逃がせば被害は最小限で済むという計算も含めて。




「で、今度の任務は何なのジーク?」
「まずはこのファイルに目を通してくれ。話はそれからだ。」
 ベスパはブリーフィングルームの壁にもたれかかったまま、不遜な態度でジークから手渡されたファイルをめくっていく。
「……謎のエネルギーの調査と行方不明になった部隊の捜索か。あんまりパッとしない仕事ね。護衛なんて私じゃなくてもいいんじゃないの?」
「その原因にアシュタロスが絡んでいるかも知れないと言ってもか?」
「……!!」
「過去のデータを調べたところ、500年前にも今回と同じ場所で同じエネルギー反応が確認されている。その時はアシュタロスが現場付近に訪れており、エネルギー確認の直前に近隣の村が原因不明の壊滅を遂げたそうだ。そして、アシュタロスの死後に再び起こったエネルギー反応と、部隊の失踪。お前はただの偶然だと思うか?」
「……。」
「それに、この任務を成功させれば……。」
「させれば……何?」
「い、いや、何でもない。お前の実力なら、大抵の魔物に襲われても大丈夫そうだからな。」
「どーゆー意味よ。」
「ともかく、今回は正体がまったく掴めない事態だ。十分気を引き締めてくれ。」
「了解。」



 ジークとベスパが同じ任務に就くのは、一度や二度の事ではない。
 ベスパは戦士としては非常に優秀で、高い身体能力と資質を持っていた。
 だが、彼女は元アシュタロスの部下という境遇と、その激しい気性から上官や同僚と衝突することが日常茶飯事であり、軍内部で煙たがられていた。
 そこで彼女の身の上を理解しているジークが根気よくベスパと接し続けた結果、彼女との間に信頼関係を築く事に成功したのである。
 ゆえに、舵取り役としてジークはベスパに同行することが多くなり、今では度々顔を合わせる間柄というわけだ。


(今回の任務を成功させれば、周りも納得してベスパに対する認識を改善してくれるだろう。彼女が軍で窮屈に感じることも無くなるはずだ……)


 ジークが思いを巡らせていると、ふいに部屋のドアを開ける者があった。
 それはジークの姉、麗しき女戦士ワルキューレだった。


「聞いたぞジーク。謎のエネルギーの調査に向かうそうだな。」
「姉上……ええ、何か気になるんですよ、この事件。」
「できるなら私も同行したかったが、他方面で展開している魔獣の鎮圧作戦に参加しなければならんのだ。」
「大丈夫ですよ姉上。危なくなったらすぐに撤退します。それに、ベスパもいますから。」
「……それが一番不安なのだが。」
「は?」
「ゴホン!!と、とにかく気をつけるんだぞ。」
「姉上もご武運を。」


 姉と握手を交わし、ベスパと共に部屋を出て行こうとしたジークをワルキューレが呼び止めた。
「これを持って行け。私がかつて賜った宝具だが、きっとお前を守ってくれるだろう。」
 ワルキューレが差し出したのは、美しい水の青色をたたえたアクアマリンのネックレスだった。
「ありがとう姉上……大切にします。」
「それからベスパ……。」
 ワルキューレはベスパを手招きし、近付いてきたところをガバッと首に手を回してヒソヒソと話した。
「……二人っきりだからって、ジークに妙な気を起こすんじゃないぞ?え?」
「あ、あのね……。」


 ともあれ別れを済ませ、ジークとベスパは飛び立つ。
 生ぬるい風が吹き抜ける淀んだ空の向こうへと、2人の姿は消えていった。










 目的地まで残り半分の地点にある険しい岩山の上に、2人は立っていた。
 岩はその角が鋭利な刃物のように鋭く、到底歩いて登ってこられるような場所ではない。
 周囲には同じような岩山が連なり、ときおり頭上を爆撃機のような巨大な怪鳥が通り過ぎていく。


 やがて、霧のかかった遠くの空から、羽ばたきながら近付いてくる姿があった。
 目の前にふわりと舞い降りたのは、羽毛に覆われた羽と女性の姿を持つ鳥の魔族。


「時間ぴったりじゃん。さすが軍人ってとこ?」
「えっと、誰……?」
 ベスパは初めて見る相手に眉をひそめている。
「ああ、彼女はハーピー。私が呼んでおいたんだ。」
「へぇ、結構いい男じゃん。もっとオッサンとか予想してたから、嬉しいかも。」
「え?いや、ははは……。」


 ハーピーはジークの周りをうろつきながら、顔を近づけて品定めする。


「……で、なんでこんな鳥女を呼んだわけ?」
 2人の間にずいっと体を割り込ませ、ベスパはジークを睨む。
 彼女の目からは刺すような鋭い視線が注がれている。
「いや、彼女は現場周辺に詳しいそうで、ガイドとして雇っておいたんだ。だから……そんな目で見ないでくれないか……?」
「ガイド?」
「情報は多いほどいい。いざというときに役立つはずだ。」
「アンタ達が向かうあたりは庭みたいなもんじゃん。まかせなって。」
「ヤバイ仕事だってのは聞いてるんだろ?物好きだね……まあいいわ。さっさと目的地に行こう。」
「それじゃあ、案内を頼むよハーピーさん。」
「呼び捨てでいいって。さん付けなんてかゆくなるじゃん。」








 3人は岩山地帯の上を通り越し、遙か眼下に深い森林地帯が広がる場所に出た。
 魔界の森は奇妙な植物がでたらめな方向に伸び、中には歩き回る樹木さえ存在する。
 ギャアギャアと不快なわめき声をあげる鳥が飛び交い、異形の生物たちが暮らす森。
 人間からすれば地獄のような光景でも、魔界には魔界なりの生態系が根付いている。
 それを守るのも、自分の役目であるとジークはハッキリと自覚していた。


 広大な森林地帯を飛ぶこと数時間、やがて遠くに水平線が見え始め、海が近いことを物語っていた。
 その森林地帯の一角に大きな湖と、岩山が隆起している場所があった。
 ここが異常なエネルギー反応のあった場所。
 そして、調査に向かった兵士達が消息を絶った場所である。
 湖や周辺の森には所々霧がかかっており、上空からでは詳しいことを知ることはできないようだ。
 周囲に気を配りつつ、3人は湖にほど近い森の中へと降りていった。






「とりあえず今のところは妙な気配はしないね。」
「だが、ここに何かがあるのは間違いない。油断はするな。」
「……。」
 3人は周囲の気配に感覚を張り巡らせつつ、足を進めていく。
 しばらくは何事もなく、静寂に満ちた森の中を黙々と歩いていた。


「懐かしいね……このあたりは。500年前と何も変わっちゃいない……。」
 ふいに、ハーピーが呟いた。そして懐かしむようにあたりを眺め、手近にあった木に触れた。
「懐かしい?」
「ああ…この近くにはあたいの故郷があったのさ。小さな村だったけどね。けど、ある日どこからかやってきたバケモノが村をめちゃくちゃにしていった……そんな時バケモノを追っ払って、あたいを助けてくれたのがアシュタロス様だったんだ。」
「なるほど……となると今回の事件も、同じ怪物の仕業の可能性が高いということになるな。どんな怪物なのか憶えていないか?」
「……わからない。あたいはまだガキだったし、すごく恐ろしかったとしか……。」
「そうか……。」
「もし今回の事件にそいつが絡んでるなら……仲間の仇の一発をお見舞いしてやりたいね。」
 自慢の羽を握り締めるハーピーに、ベスパが笑いかける。
「安心しなよ、その野郎が出てきたら、ちゃんとハーピーの分は残しといてあげるから。」
「それはありがたいじゃん。」


 軽口を言い合う2人の前で、ジークがふとかがみ込んだ。
 足元を手で探りながら、険しい表情で森の奥を見つめる。


「どうしたのジーク?」
「正規軍のブーツの跡だ。それも複数。この奥に続いているぞ……!!」
「……!!」
「ハーピー、君は軍の所属じゃない。危険を感じたらすぐにこの場を離れろ。いいな?」
「ハナからそのつもりじゃん。」


 3人はさらに警戒を強めつつ、足跡の続く奥へと進んでいく。
 そしてやや開けた場所に出た時、黒い群生がブワッと宙に舞った。
「あれは……スカベリンジャーの群れ……!!」
 スカベリンジャーは死肉を漁る魔界の鳥。つまり連中が集まるそこに何があるのかは想像に難くない。
 そして、ジークらの眼前に広がったのは、筆舌に尽くしがたい凄惨な映像だった。


 そこには無数の死体が転がり、そのどれもが激しく損傷している。
 その新しさ、服装から正規軍の兵士達であることは間違いなかった。
 周囲に飛び散ったおびただしい血と肉片。
 目に見える範囲の樹木は全て枯れ果て、さながらここは地獄そのもののような錯覚さえ憶えてしまう。
 あたりにはひどい腐敗臭が立ちこめ、頭上でスカベリンジャー達が獲物を横取りされまいと、ギャアギャア騒ぎながら飛び回っている。
 ある遺体は頭蓋が半分しかなく、隣の遺体は臓物をえぐり取られ……さらに別の遺体は体を八つ裂きにされてうち捨てられている。
 その中で一番ひどかったのは、全身がドロドロに溶解し、白骨さえ崩れかかった死体であった。
 その手に握り締められた拳銃までも腐り果て、崩れた銃口は何もいない虚空へと向けられていた。




「な、なんなのコレは……!?仮にも正規軍の兵士がこんな……!!」
 あまりの惨状に、ベスパは口を押さえて青ざめてしまう。
 ハーピーは足元に目をやり、真剣な表情で周囲と見比べている。
「足跡が乱れてる……みんなデタラメに走って、というより逃げまどってるじゃん。こっちには見たこともない足跡もあるし……このドロドロの死体は至近距離で何かに発砲した直後に溶けちゃったのか……。」
「ほう、大した分析眼だ。どこかで訓練を?」
「初歩よ初歩。あたいはこれでもスナイパーの端くれじゃん?」
「それは頼もしいな。じゃあこの周りを一通り調べてくれないか?」
「あいあいさー。」
 ジークはハーピーに周辺の調査を任せ、自身は外見に損傷の少ない死体の分析を始めた。
 ベスパは少々不満そうにしていたが、とりあえず周囲の警戒に当たることにした。


(死因は脊髄の損傷と内臓破裂……凄まじい力で握りつぶされたようだな……)
 さらに視線を動かすと、ボディアーマーの一部が腐食し、グズグズに崩れているのが判った。
 その部分を木の枝で突いてみると、ねっとりとしたどす黒い液体がこびりついた。
(これは強力な腐食性の毒のようだな……体液にも似ているが……一体ここには何がいるというんだ……)


 ジークは恐怖に引きつった兵士の目を伏せてやると、静かに立ち上がる。
 そしてすぐに、あたりを調べ終わったハーピーも戻ってきた。
「何か解った?」
「いや……この犯人はかなり力が強いということ、そして毒を持っているということくらいだ。そっちはどうだ?」
「水かきみたいなものが付いた四本足の足跡が、湖のほうに向かって移動してるね……嫌な予感がするじゃん……。」




 ハーピーが冷たい汗を滴らせ、周囲を見渡したその時だった。
 ふいに暗雲が空に立ちこめ、ただでさえ薄暗い森の中が闇に包まれていく。
 背筋が凍るような風が吹き抜けたかと思うと、亡者のうめき声のような音がどこからともなく響いてきた。
 やがて、森の奥の暗闇に1つ、また1つと青白い炎が灯り始め、3人を取り囲んでいく。
「鬼火か!!くっ、面倒な事になった……!!」
 ジークが呟くとほぼ同時に、青白い炎は次々と死体の中へ飛び込んでいく。
 すると死体がびくん、と震え、ゆらゆらと立ち上がって来た。
 リビングデッド……黄泉帰りを果たした歩く死者達は、その理に従い生者の方へと近付いてゆく。
 自らが失った温もりと、生ける魂をむさぼり食わんがために。
 突進してきたゾンビをベスパが霊波砲で撃ち抜いたのを皮切りに、周囲の死者達が一斉に襲いかかってきた。
 ハーピーは自らの武器、フェザー・ブレットで敵の頭を確実に撃ち抜き、時には2体まとめて始末する。
 ジークは汚れた爪の一撃をわずかな動きでかわし、後頭部を霊力のこもった掌で打ち据えることで、取り憑いた怨霊を最小限の力で消滅させる。
 ベスパはその美しい髪をなびかせながら、力強く、しかし流れる舞いの如く敵をなぎ倒していく。


 ジークが数体を撃退したとき、森の中に乾いた音が響き渡る。
 頬を何かがかすめ、一直線に裂けて血が流れた。
 反射的に転身し飛んできた何かの出所に目を向けると、ゾンビが拳銃を握り締め、その銃口をこちらに向けていた。
 周囲に目をやれば、残っている兵士達のゾンビも拳銃を取り出し、トリガーに指を掛け始めていた。
(こいつら……何かの意志に操られている……!?)
 鈍重なゾンビの攻撃にやられるとは思わないが、連中が武器を使うとなると話は別だ。
 万一精霊石の銃弾を浴びてしまえば、任務の遂行に大きな影響が出てしまう。


「ベスパ、ハーピー!!彼らを相手にしている暇はない!!一気に突破するぞ!!」
「オッケーじゃん!!」
「じゃあ私が道を作るわ!!」


 ベスパが霊波砲を撃ち、数体のゾンビを吹き飛ばして包囲に穴を開ける。
 すかさず3人はそこを突破し、湖方面へ向けて駆け抜けていった。








 湖面には重く濃い霧が立ちこめ、約50mより先を望むことはできない。
 あたりは不気味なほどに静まりかえり、小さな波の音だけがざざ…ざざ…と同じ間隔を刻み続けている。
 水は薄暗く淀んで悪臭を放ち、生き物が住んでいる気配がまったく感じられない。
 そこはまさに、死の湖と形容するにふさわしかった。


 ジーク達の立っている湖畔には、巨大な何かが湖に入っていった跡だけが残っている。


「この湖に何かがあるのは間違いない。慎重に調べてみよう。」
「けど、この霧じゃあうかつに飛び回るのも得策とは思えないね。どうする?」
「とりあえず湖畔を歩いてみようか。」
 ジークとベスパが相談していると、ハーピーが大きな声で2人を呼んだ。
「どうした?」
「アレ見て!!」
 彼女が指す方向に目をやると、湖にかかっていた霧が晴れて湖の中央に島が姿を現した
 島からは得体の知れない邪気が立ちこめ、湖畔にいながらそれを感じることができた。


「ジーク……これって……。」
「ああ……あの島に一連の元凶があるのは間違いなさそうだ。」
 ジークもベスパも、ただ立っているだけでじっとりと体が汗ばんでくるようなプレッシャーを感じていた。
 このただならぬ気配に、ジークはハーピーにこれ以上は危険だから帰るように促した。
 だが、彼女は首を縦には振らなかった。
「あそこに仲間の仇がいるかも知れないじゃん?あたいもついてくよ。」
「遊びじゃないんだぞ?君の命の保証だってできない!!」
「やばくなったら逃げるってば。逃げ足は速いんだから安心しなって。」
「……仕方ない。無理だけはしないでくれよ。」
「オッケー。」




 湖面に浮かび上がる小さな島に降り立つと、荒れ果てた島の中心に墓石が1つだけ置かれていた。
 風雨にさらされ文字は読み取れず、何のためにここにあるのか、そして誰の墓なのか知る事はできなかった。
 島にはそれ以外に変わった物は見あたらず、ジークは墓石を見つめたまま考えていた。


(さっきから何かがおかしい……あのゾンビ達といい、霧が晴れたことといい、まるで何者かが我々を誘っているような……)


 ベスパはじっと墓石を見つめていたが、ふと足元に奇妙な石があることに気が付いた。
 その石には金の五芒星が描かれ、雑草に埋もれながらも不思議な波動を発していた。
 その波動を感じた時、ベスパの心は大きく揺さぶられた。


(アシュ様……!?)


 愛しさと懐かしさ……様々な感情が一気に吹き出し渦巻いていたベスパの心に、不思議な声が響いてきた。


(手を……その手を石に……触れるのだ……)


「あ……。」


 ふとジークが顔を上げた時、ベスパの表情を見て即座にその異常に気が付いた。
 目の光は淀み、焦点がまるであっていない。
(何かに憑かれている……!?)
 ふらふらとベスパは、足元の石に手を伸ばしていく。
「よせベスパ!!その石に触れるなッ!!!!」
 ジークが彼女に体当たりをして止めようとしたが、すでにその手には石がしっかりと握り込まれていた。
「しまった……!!」
 石に刻まれた金の五芒星は激しく輝き、その光が墓石を貫く。そして石は音もなく崩れて砂となって消えてしまった。
 その直後、島が……いや、大気が激しく震えだした。
 そして……徐々に墓石に亀裂が走り、粉々に砕け散った。


 墓石が砕けた跡からは赤い煙が立ちこめ、それは突如渦を巻いて集まり始めた。
 やがてそれは形を持ち、ミイラのような姿へと変わっていった。
 骨に茶褐色の皮膚が貼り付いただけのようなそれは、ジークとベスパを見下ろしながら宙に浮かんでいた。


「う…あ、あれ、私一体……?」
「正気に戻ったかベスパ……。」
 宙に浮くミイラは、心に響く不気味な声で語りかけてきた。
『ファファファ……礼を言うぞ小娘……貴様のおかげで忌々しい封印は完全に解かれた……』
「だ、誰!?封印って……?」
「お前は一体何者だ!!」
『ワシは……』


 ミイラは両手を大きく広げ、大仰なポーズを取る。
 ジークもベスパも、ゴクリと息を飲む。


『……誰じゃったっけ?』


 だああっ!!


「ふ、ふざけるなああああああッ!!!!」
 カチンと来たベスパが、ミイラに向けてフルパワーの一撃を放つ。
 だが、その霊波砲はミイラの前で不自然に軌道をねじ曲げられ、あさっての方向に飛んで行ってしまった。
「な……!?」


『ファファファ……そうそう、思い出したわ……ワシの名はルシエンテス……不死の術法と魔術を極めし者よ。』


「貴様……不死者魔導師(リッチ)か!!……謎のエネルギー反応と、正規軍を壊滅させたのはお前か!?」
『さよう。』
「目的は何だ!?そしてなぜこんな場所に封印されていた!?答えろ!!」
『せっかちな奴じゃ……質問は1つずつと教わらんかったのか?まあよい……ワシはな、500年ほど前にアシュタロスによってここに封じられたのよ。』
「なに……!?」


『アシュタロスは魔界でも屈指の科学者でな……ワシは奴の研究に興味が湧き、協力を持ちかけた。ところがワシの手土産が気にいらんとかで、この有り様じゃ。』


「手土産……偵察部隊を襲った怪物のことか!?」


『アシュタロスが死んで封印が消えたまではよかったが、奴は念入りなことに二重に封を掛けておったのだ。奴自身の魔力でなければ解除できんもう一つの封印をな。だが、幸運なことにアシュタロスの魔力は形を変えてまだこの世に残っておった……そう、その小娘がそれよ。ワシは体の自由は効かなんだが、念は封印の隙間を通り抜けられたのでな。ちょいとここまでご足労願ったというわけよ……ファファファ!!』


「わ、私が……!!」
 ベスパは絶句した。
 あろうことか、自分がアシュタロスほどの者が封印した相手を解放することに荷担してしまったのだ。
 望んでやったのではないにせよ、その事実は変わらない。
 彼女は自分が取り返しの付かないことをしてしまったのではないかと感じ始めていた。


「お前の行為は魔界の秩序を著しく乱すものだ。大人しく私と本部まで同行すれば良し、さもなくば実力で排除する!!」
 ジークは怒りに満ちた目でミイラ……ルシエンテスを睨みつける。
 仲間を無惨に虐殺したことは、到底許せるはずはなかった。


『ファファファ!!これは面白いことをぬかす。魔界の秩序だと?常に争い、血を流し、憎み続けるのが貴様ら魔族の仕事であろうが!!』
 ルシエンテスはさもバカらしいといった声で嘲笑した。


「今は魔族も、他の種族と共存の道を探さねばならない時代なんだ!!お前のような奴に理解してもらおうとは思わん!!」
『やれやれ、せっかく目覚めたばかりなのだ……お前のような小僧と遊んでおる暇など無いわ。ワシのしもべと遊んでおるがいい。せいぜい仲間と同じようにエサとなれ。』


 ルシエンテスのミイラは再び赤い煙となり、上空へと舞い上がっていく。
「逃がすか!!」
 ジークがその後を追おうとした時、割れるような悲鳴が聞こえてきた。
 思わず振り返ると、島の反対側にいたハーピーが真っ青な顔をして逃げてきた。
「どうした!?ひどく震えているぞ!?」
「あっ、ああ……アイツだ……あたいの故郷をめちゃくちゃにした……アイツが来たんだよ!!」
「くそ、こっちの相手が先か……!!」
 ルシエンテスを追えない悔しさに歯ぎしりしながらも、ジークはまるで怯える子供のようなハーピーを下がらせ、ベスパと共に身構える。


 やがて島の反対側の方から、水音を立てて何かが上陸してきた。
 それは、魔界に住むジーク達でさえ思わず言葉を失うくらいにおぞましい怪物だった。


 その怪物は上半身は人間の形、下半身は馬のような形をし、足には水かきが付いている。
 頭は巨大で毛が生えておらず、片方しか付いていない目は炎のように赤く染まっている。
 首に当たる部分がないため、頭が直接胴に乗っており、ぐるぐると回転している。
 だが、何よりも不気味なのはその怪物に皮膚が無いことだった。
 むき出しの赤い筋肉と、馬の鋼のような太い腱が伸び縮みし、黄色い血管の中を真っ黒なタールのような血液が脈打ちながら流れているのだ。


 やがてぐるぐると回っていた頭がジーク達の方を向いてピタリと止まる。
 そして、耳元まで裂けた口には黄色く汚れた巨大な歯が並び、汚らしいよだれと共にひどい悪臭をまき散らしていた。




「な……なんなのこれは……気持ち悪いにも程ってモンがあるだろ……!!」
 口を押さえて驚愕するベスパの横で、ジークは全身にびっしょりと汗をかいて怪物を凝視していた。


「なんという奴を連れているんだ……ルシエンテスめ!!」
「し、知ってるの?」
「こいつはナックラヴィー……数多く存在する魔獣の中でも最低最悪の魔物だ!!」
「さ、最低最悪って……。」
「目に映る生物を皆殺しにし、周囲に猛毒と障気をまき散らす……何一つ救いようがない相手だ。おそらくこいつも、アシュタロスに封じられていたに違いない……!!」


 ベスパの首筋を、冷たい汗が流れ落ちる。
 世にもおぞましい魔獣ナックラヴィーはボタボタとよだれを垂らしながら、人間ならば正気を失いかねないような叫び声を上げて突進してくるのだった。

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