ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦7−2 『Into The Sea!』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 9/11)

早朝の砂浜に両事務所の面々が向かい合っていた。
険悪なムードで火花を散らしながら睨み合う所長二人とは裏腹に、何故か所員達は和やかに談笑している。


「よー、横島。ミミガー食ったか?
あれ美味いよなぁ。」

「おー、食った食った。結構イケるよな、アレ。
ところでお前らゴーヤは食った?俺あれは駄目だったわ。」

「あー、ワッシもアレは駄目でしたノー。」

男達はいつもと同じように笑い合っている。





「ねえ氷室さん、この後時間があったら一緒に買物しません?
綺麗なアクセサリを置いてる店がありましたの。」

「結構掘り出し物があったぜ。値段も手頃だったしな。」

「わー♪いいですねぇ。シロちゃんとタマモちゃんも一緒に行こっか?。」

「うー……拙者、装飾品は動きにくくなるから苦手でござるよ……」

「何言ってんのよ。そんなんだから、あんたはいつまでたっても横島に子供扱いされるのよ。」

「う……!
でも子供扱いされてるのはタマモも変わらんでござろう。」

「う……!
そ、そんなことない、わよ。」

「ほら、喧嘩しないの。シロちゃんも一緒に行きましょ?
それで皆で帰りに美味しいケーキでも食べましょうよ、ね?」

「ケーキでござるか♪それなら行くでござるよ。」

ニコニコしながら尻尾をぱたぱたと振っている。





「令子!今日でオタクの事務所にとどめを刺してやるわ!!」

「やれるもんならやってみなさい!この三流呪術師!!」

「連敗してる分際で、どこからそんなセリフが出てくるワケ!?」

「あんなのウチの依頼人がビビりだっただけよ!!
除霊でウチの事務所に勝てる訳ないって事を、今日で思い知らせてやるわ!!」

今にも噛み付きそうな雰囲気で二人が睨み合っていた。





「……しかし、アレですね。端から見てるとすごい温度差ですね。」

「うむ、ここまでテンションが違うというのも面白いものだな。
……おっと、依頼人の登場だ。」





「すみません皆様、お待たせしてしまいました!」

息を切らせて水島と園田が駆け寄って来た。
ちなみにまだ待ち合わせの時間より早いのだが、二人は美神とエミを待たせてしまったと思ったようだ。

依頼人が来た途端、さっきまでの険悪なムードはどこへやら。
とびきりの営業スマイルを浮かべながら依頼人を出迎えた。

この辺りの切り替えの速さはプロの鑑だろう。


二人は鮫の出現ポイントの資料を受け取り、簡単に目を通すと何度か頷いていた。

「園田さん、水島さん。
ここからは危険ですから私たちプロにお任せ下さい。」

話しながら美神が意味ありげな視線をエミに送る。

「ええ、彼女の言う通りですわ。
必ず依頼は果たしますので、御安心下さい。」

口元に微かに笑みを浮かべ、エミが目で頷いた。

「は、はぁ。
そういう事でしたら私たちは……」

二人にそう言われては従うしかない。
水島と園田はお願いしますと頭を下げると帰って行った。





「うわ、依頼人を置いてくんだ。
こりゃ本気で勝ちにいってるみたいだな、美神さん。」

「ああ、エミの旦那も受けて立つみてぇだな。
こいつは面白くなってきたぜ。」

「うぅ、生きて陸に帰って来れるんかノー……」


依頼人を置いて行く、即ちそれは『ルール無用の潰し合い』を意味していた。
美神が提案し、エミが受けて立ったという事は、総力戦になるのは間違いない。



「吊り目!今日こそ決着をつけるでござるよ!!」

「生きて沖縄の土を踏めると思わないことね!!」

『潰し合い』が解禁された事でさっそくシロとタマモが雪之丞に噛み付いている。

「ハ!決着も何も、俺の八連勝じゃねーか。
仕事としての結果はともかく、お前らが俺に勝った事なんぞ一度もねぇだろうが。」

痛い所を突かれてシロとタマモがひるんだ。
だがさらに雪之丞は畳みかける。

「お前ら、犬かきは出来るのか?
海は深いんだからカナヅチは致命的だぜ?」

『犬』という単語をあからさまに強調している。
挑発なのは誰が聞いても明らかだった。


―――ブチィィィッッ!!―――


昨日以上にキレた二人が飛び掛かろうとしたが、予想していた横島が溜め息をつきながら
二人の襟首を掴んで引きずっていった

「離してよ横島!邪魔するなー!!」

「先生、後生でござる!!離してくだされー!!」

抵抗も空しく、二人は引きずられていった。





「大人げないわよ?雪之丞。」

「わかってねーな、こうやってライバルを育ててるんじゃねーか。
へへ、あいつらどんどん成長してやがるからな。
前にやりあった時から随分たってるし、今日は全力で闘えそうだぜ。」

(この喧嘩馬鹿は……)

根は良い男なのだが、これだけは最初に会ったときから変わらない。
心底楽しそうに拳を鳴らす、困った恋人に弓かおりが溜め息をついていた。


























浜辺から少し離れた船着場に純白のクルーザーが停泊しており、美神事務所の面々が集まっていた。

「ふ、所詮エミのチームは海の素人。
まともに船を動かす事すらできっこないわ……
行くわよ人工幽霊一号!!」

『はい、美神オーナー。』

クルーザーが喋ったかと思うと、エンジンが唸りを上げ、舵がひとりでに回りだした。

「こっちは人工幽霊一号のおかげで完全自動操縦ですからねぇ。
する事ないし、現場に到着するまで釣りでもします?なーんて……」

「……そうね、良いアイデアだわ。そうしましょう。」

「え!?マジっスか!?」

てっきり、そんな暇があったら精神統一でもしなさい!と怒鳴られると思っていたので、
予想外の展開に横島が耳を疑っていた。

「拙者、釣り竿で魚を獲るのは初めてでござるなあ。」

「私もやった事無いわ。
ホントにこんな竿と糸で釣れるの?」

「別に釣れなくて良いのよ。
釣れたらラッキーくらいの気持ちでやりなさい。」

「は、はあ……」

「なんだか美神さんらしくないですよねぇ……」

らしくない美神の言動に横島とおキヌが不思議そうに顔を見合わせていた。

戸惑う二人をよそにクルーザーは大海原に乗り出していった。


























「そういや、どうやって現場の海域まで行くんですか?」

魔理がふと疑問を口にする。

「ああ、それなら昨日の内に船を借りておきました。
ついて来て下さい。」

ジークに連れられて、一行は美神達とは反対方向の船着場に歩いて行った。

「おいおい、こいつはまた……」

「随分とボロ、あ、いや、年季の入った船じゃノー」

エミやかおり達も口にこそ出さないが、同じ感想を抱いたのは表情に浮かんでいた。
ジークが借りて来たという船は、素人目にはただの色褪せて古びた漁船にしか見えなかった。

「いえいえ、船は見た目じゃないですよ。
大切なのは中身です。」

自信満々で言い切ると、テキパキと出航の準備を進めている。
船着場で待つ皆にオレンジのライフジャケットを手渡しながら、自身も着替えを済ませる。


「………………ジーク?」

雪之丞が何かの見間違いと思ったのか、手の甲で目を擦りながらジークに話し掛ける。

「どうかしたのか?雪之丞。」

「……いや、多分どうかしてるのはジークさんじゃと思うんだがノー。」

「え?
ああ、ライフジャケットは飛べる我々には必要ないんですよ。」

「いや、そうじゃなくて……」

答えるジークの姿はゴムのエプロンにゴム長靴。
白いTシャツを肩まで捲り上げた、見事な『海の漢スタイル』だった。
もちろん額に捻り鉢巻を巻くことも忘れていない。

「……あー、この際突っ込みは無しで頼む。
説明するのは勘弁してもらいたい。」

元は自分が押し付けたので、ワルキューレがさり気なくフォローに入っていた。
微妙な雰囲気のまま出航の準備は進められていった。

ホントに任せて大丈夫なのか?と急に不安を感じ始めていたが、
他に手段も無いので一行はとりあえず漁船に乗り込んだ。



「あ、エミさん!あれって美神さん達じゃないか!?」

魔理が指差す方向には白いクルーザーが波飛沫を上げながら目的の海域に向かっていた。

「ちょっと、あの速さは何なワケ!?モーターボート並みの速さじゃない!!

そんな事を言ってる間にも、クルーザーはどんどん小さくなっていく。
ワルキューレが双眼鏡を取り出し、クルーザーを観察し始めた。

「む、どうやら奴らは人工幽霊を船に憑依させているみたいだな。
動力源は奴ら5人の霊力と見て間違いないだろう。
しかし、これでは普通の船では分が悪いな。」

「なら、そろそろこちらも出発しましょうか。
結構スピードが出るので、しっかりと掴まっていて下さいね。
……ではポチッとな。」

ジークは舵を握ると、舵の脇に設置されていた、DANGER―危険!―と刻まれた赤いスイッチを押し込んだ。

「ニトロブースト、GO!! 」


「ニ、ニトロ!?」
「嘘でしょ!?」
「ちょっと待てェェェ!!」

予想外のギミックに乗員が悲鳴にも似た叫びを上げていたが、押してしまった物が戻る訳も無く、
爆音をあげながら漁船は大海原に飛び出して行った。


























「美神さーん、スピード速過ぎますって。
こんなに速いんじゃ魚なんて掛かりっこないッスよ。」

「ん?いーのいーの。
フリでいいからあんたらは釣りを続けなさい。」

「ねぇ横島、これって何か意味あるの?」

「こんなに揺れてたら魚が掛かっても気付かないでござるよ……」

「うーん……よーわからんけど、とりあえず美神さんの言う通りにしとこうぜ。」

「美、美神さん!後ろから何か来ます!!」

おキヌの声に振り返ると一艘の漁船が船首を激しく浮かせながら、
凄まじいスピードで近付いて来ていた。



「す、凄ぇ……船ってウィリー、出来たんだ……」

横島が呆れたように呟くなか、漁船はどんどん距離を詰めてくる。


「ジィィィィィィク!止めてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

「ワッシはもう限界ジャアァァァァァァァ!!」


運悪く船室の外にいたのだろう、タイガーと雪之丞が海に投げ出されまいと船尾のヘリを掴み悲鳴を上げていた。
二人とも漁船のとんでもない加速に引っ張られ、船尾で鯉幟(こいのぼり)のように棚引いている。

ウィリーする漁船と、それにしがみつくスーパーマン状態の二人の男という訳のわからない衝撃映像に、
クルーザーの一行はただただ呆然と見送ることしか出来なかった。



「……ハッ!呆気に取られてる場合じゃ無いわ!追うわよ、人工幽霊一号!
あんたらも釣りはもういいから、いつでも動けるようにしときなさい!!」

我を取り戻した美神が、まだ呆然としているメンバーに喝を入れる。

『それでは皆さんの霊力をお借りしますよ』

クルーザーの船体が一際激しい光に包まれたかと思うと、エンジンが凄まじい速さで回転し始めた。
船体の後ろに巨大な水柱が上がり、クルーザーが猛烈な勢いで先行する漁船に追いついていく。




「こ、これは、速いのは良いんだけど……」
「あ、あかん……意識が遠く……」
「美、美神さぁん……除霊前に、動けなくなっちゃいますよぉ……」
「な、なんなのよぉ……この疲労感は……」
「尻尾に……ち、力がはいらないでござる……」


人工幽霊一号が憑依した乗り物の動力源は、それに乗り込む人間の霊力である。
車が速度を上げれば燃費が悪くなるように、人工幽霊一号が強い力を発揮するにはそれだけ霊力が必要になる。

詰まる所、ニトロに追いつくために速度を上げている今、乗員の霊力消費はかなりのモノだった。


かたや猛スピードで先行するエミ達も、激しい揺れで船酔い寸前だった。
そして、しがみついたままのタイガーと雪之丞がいつまで耐えれるかもわからなかった。


お互いにこのような事情があったので、
『現地に到着するまでは平和的に』という休戦協定が結ばれたのは当然かもしれない。








「いやぁ、ヤバかった。
もう少しで霊力が空っぽになるとこだったよ。」

「先生、今日はお疲れのようでござるな。
昨夜はしっかりと休まれなかったのでござるか?」

「ふふふ……」

シロの言葉に横島が不敵な笑みを浮かべ、ポケットから宝玉のような珠を取り出した。

「文珠でござるな?
……………って六つも!?」

「うむ、一晩で6回もイッ―――じゃなくて6個も精製したのは新記録だ。」

「凄いでござるな!
そういう事なら、ゆっくりと休んでくだされ。」

純粋に尊敬の色を浮かべ、シロが横島を船室に引っ張っていった。


それを見送る美神が罪悪感からそっと涙を拭っていた。

























「姉上、そろそろ例の海域に到着する頃ですが……」

「駄目だ。お前に舵を握らせる訳にはいかん。」

きっぱりとジークを切り捨てる。

今現在、漁船の運転はワルキューレが行っていた。
経験こそ無かったが障害物の無い海で事故を起こす事など、まず有り得ない。

ジークはと言うと、さっきの暴走を責められ簀巻きにされた挙句、舳先に逆さ吊りにされていた。
タイガーと雪之丞にヤキを入れられ、少し顔が腫れている。


――ゾクッ――


「う、エミさん、今……」

「ええ、私も感じたわ……」

漁船の面々が突如襲った違和感に顔を顰めていた。
クルーザーの方を見ると、同じように感じたのだろう、何やら話し合っている。

「今の感覚は……」

ワルキューレが何かを思い出そうとするかのように首を捻っている。

「エミの旦那、例の海域に到着したって事じゃねーのか?」

雪之丞の言葉にハッとし、クルーザーに視線を移す。


ビシッと美神が中指を立て、クルーザーは猛スピードで離れていった。






――休戦協定破棄!!――






「追うわよ、ワルキューレ!!
除霊の前にあの船沈めてやるわ!!」

「それは手段と目的が入れ替わってないか?」

「甘い事言ってる場合じゃないワケ!
あのクソ女の事だからいつ何を仕掛けてくるかわかったもんじゃ――――――」

「おや、こんなとこまでカモメが。」

逆さ吊りにされているジークが空を見ながらふと口にする。

タイガーがつられて空を見上げると、一羽の白い鳥が空を飛んでいた。

「ウミネコじゃないんですかノー?」

「ニャアニャア鳴くのがウミネコだから、多分アレはカモメだな。」

「それは知らなかったノー。」

タイガーとジークが暢気に話している隣で雪之丞が首をかしげる。

「…………なんでこんな沖に一羽だけで飛んでんだ?」


上空を飛んでいたカモメが突如、漁船に急降下し始めた。
よく見ると、カモメは何かをクチバシに咥えている。

漁船と擦れ違い様に海に何か丸い物を投げ込んでいった。

「おや、今のは文珠ですね。しかし、何故カモメがそんな物を咥えていたのか……
ちなみに『渦』の文字が浮かんでましたよ。」


ジークは舳先に吊られたままなので、海に落ちる文珠を目で追えたのだろう。


『渦』と聞いた一同に緊張が走る。



「おいおい、まさか…………」

雪之丞が恐る恐る周りを見渡すと、どんどん周囲の波が高くなり、まるで壁のように漁船を囲み始めていた。



「う、渦潮ジャァァァァァァァ!!!!」

























「いっつも思うんだけど、文珠って何でもアリなのよね。」

相変わらず非常識な文珠の効果に溜め息をつきながら、カモメに化けたタマモが上空から漁船を見下ろしている。

漁船の周囲数百メートルがまるで洗濯機のように渦巻き、漁船を飲み込もうとしていた。


「ま、別に死にはしないわよね。
なんか魔族も一緒に居るみたいだし、いざとなったら飛んで帰るでしょ。
……あ、吊り目はこのまま沈んでくれると嬉しいかも。」

クスッと小悪魔的な笑みを浮かべ、タマモはクルーザーに戻って行った。

























「や、やばいんじゃねーか、これ。」

真っ直ぐ進むことすら出来ない事に気付いた雪之丞が焦るように周囲を見渡す。
漁船は渦に巻き込まれ、舵すら効かなくなっていた。

何時の間にか縄を抜け出していたジークが舵を握るが、もはや制御を取り戻すのは不可能だった。

「不味いですね……このままだと渦に飲み込まれて海の藻屑になってしまいます。」

「何か方法は無いのか?」

「我々を取り囲んでいる水の壁さえ何とか出来れば良いのですが……
一瞬でも壁を取り除ければ、ニトロブーストで抜け出る事が出来る筈です。」

「そうか……良し。」

ワルキューレは頷くと、船室から出て舳先の方に向かった。

「やるぞ、雪之丞。」

「やるって、何をだ?」

向かう途中、雪之丞を引っ張り出していった。


「我らでこの水の壁を破壊する。貴様の力も貸してもらうぞ。
この二年間の成長を見せてもらおうか。」

一瞬呆気に取られていたが、やる事が飲み込めたのかニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「……面白ぇ。さらに成長した魔装術を見せてやるぜ。」

オレンジのライフジャケットを脱ぎ捨て、魔装術を身に纏う。

「ほう……口だけではないようだな。」

ワルキューレの口から感嘆の言葉が洩れた。

「へへ、わかるのか?
その内てめぇとも闘いたいぜ。」

雪之丞の魔装術は二年前から更なる進化を遂げていた。
体の前面部は特に変わっていないが、踵、肘、腰、背面、手の甲にそれぞれノズルのような物が出来ていた。
ワルキューレは用途も理解したのだろう、珍しく感心したように眺めている。

「ま、今は使わねぇけどな。
さてと、こっちはいつでも良いぜ!」

高められた雪之丞の霊力が両の掌に集まり、輝きを放っている。

ワルキューレも右の拳を握り締め、霊力を集中させる。
圧縮された霊気が光となって拳の隙間から漏れ出てている。

「こちらも準備完了だ。
ジーク、いつでも良いぞ!合図を送れ!!」

慎重に波の様子を窺っていたが、僅かに流れが緩やかになった瞬間、ジークの目が光った。

「Fire!!」

掛け声と共にニトロの点火ボタンを押し込む。

掛け声と共に放たれた雪之丞とワルキューレの霊波砲は目の前の水の壁を一瞬で吹き飛ばし、
巨大なチューブを造り出した。


次の瞬間ニトロエンジンが火を噴き、波の壁にぽっかりと開いたチューブに飛び込んでいった。







開いた穴を埋めようと、水の壁が元に戻ろうとする中を、漁船が風のように潜り抜けていく。




自分達の背後で水が次々と降り注いでいくのを尻目に、漁船は一気に渦潮を脱出していた。









雨のように降り注ぐ飛沫のおかげでずぶ濡れになってしまったが、無事に抜け出せた漁船に歓声が湧き起こった。


「アハハハハハ!すげーよ!さすが雪さん!!」
「まったくジャ!二人とも凄まじい霊波砲だったノー!!」
「まさかあんな抜け出し方をするなんて、思ってもみませんでしたわ!」
「ま、ジークとワルキューレがいて助かったわね。」

波飛沫を全身に浴びたワルキューレがタオルで髪を拭きながら遠く離れたクルーザーの方に目をやる。

「やれやれ、まさかいきなりこちらの船を沈めようとするとは思わなかったな。
それにしても……いつも貴様らはこんな調子なのか?」

呆れたようにエミの方を見るが、エミは当然のように頷いている。

「こんなの序の口なワケ。
直接船を狙わなかっただけ、まだマシよ。
…………もっとも、こっちもやられっ放しで引っ込むつもりは無いけどね。
オタクらにも手伝ってもらうわよ?」

エミがニヤリと笑い、船室の方に何かを用意しに引っ込んでいった。

























「ゲ!美神さん!向こうは無事に抜けちゃったみたいですよ!?
『渦』潮はかなり良いアイデアだと思ったのにィィィ!!」

双眼鏡を覗きながら横島が慌てて美神に報告する。
渦潮のアイデアは横島が発案者だったようだ。

「嘘!?絶対沈めれると思ったのに!!
あれなら『ただの』水難事故に見えたってのに……エミの奴ゥゥゥゥ!!」

「ふ、二人ともやり過ぎですよぉ。」

オロオロとうろたえながら、いつものように事務所の良心おキヌが宥めようとするが、
既に火が点いてしまった今、止める事は不可能だった。

「ただいま〜。」

丁度タマモも帰ってきた頃だった。

「おかえりでござる。
でも残念ながら沈まなかったようでござるよ。」

シロの言葉を聞き、タマモが口を尖らせる。

「ちょっとー、まさかもう一回行かそうってんじゃないでしょうね?」

「もちろん!行ってもらうに決まってるでしょ。」

帰ってきたタマモの肩をぽんと叩くと次の文珠を手渡す。



文珠に浮かび上がる文字は『沈』。



「……今度はまた、えらい具体的ね。」

直球ど真ん中の文字を見て、タマモの頬が引き攣る。

「水難事故に見せようなんて甘かったわ。
やっぱりこれくらい具体的に行かないとね?」



「タマモー、頼んだぞー。」




疲れたような表情で再び飛んでいくタマモに、横島がひらひらとハンカチを振っていた。

























「ワルキューレさん、来たぜ!」

双眼鏡で上空を警戒していた魔理が声を上げる。

「承知した。」

簡潔に答えると、何かの包みを抱え、船室の屋根に登る。

包みから中身を取り出すと両手で構え、上空に向けた。








「はー、何だか汚れ役を押し付けられた感じがするなぁ。
まあ、良いか……でもその分の給料は増やしてもらわないとね。」

タマモが空を羽ばたきながら一人で愚痴をこぼしていた。
さすがに船を沈める実行犯は後味が悪いのだろう。
下に目をやれば漁船が米粒のような大きさになっていた。

溜め息をついて、さっきのように遥か上空から急降下しようとした瞬間、何かが右の羽をかすめたような気がした。

「え!?」

驚いて漁船をよく見ると、船室の屋根の上にライフル銃を構える女魔族の姿があった。


―――次は当てるぞ?―――


遠目からでもはっきりわかるほど、冷たい殺気が全身に突き刺さる。

(じょ、冗談でしょ!?
あそこからここまでどれだけ距離があると思ってるのよ!?)

雪之丞の霊波砲を警戒して、そこらの鳥では上がれない高さまで昇っていたのだ。


さっきかすったのはまぐれか?

常識や経験から己に問い掛ける。


答えは否。


常識的に考えれば不可能だが、これ以上近付けば撃ち落されると妖弧の第6感が囁いていた。

それでも迷っていると、今度は左の羽をライフルの弾丸がかすめていった。


(む、無理!絶対無理!!)


慌てて身を翻し、クルーザーの方に急いで引き返していった。

























「無理無理無理無理!無理ったら絶対無理!!」

帰って来た途端、タマモが手を振って必死で抗議する。

何があったか聞いた面々もさすがに責めはしなった。

「チッ!空からは無理か!」

「美神さんのことだから、バズーカとか置いてないんですか?」

「エミと殺り合うと思ってなかったから、重火器は持って来てないのよ。」




「知ってたら持って来てたんですか?」

「当然じゃない。」

「いつもの事だろ?おキヌちゃん。」

「ううう、これじゃ、まるで私達が悪役みたいですよぉ。」

二人のやりとりを聞いていたおキヌががっくりと肩を落としていた。

「まぁまぁ、おキヌ殿、いつもの事でござるよ。」

「今更言っても始まらないでしょ?」

シロタマに慰められるおキヌであった。

























「エミさん、そろそろあちらは例のポイントに到達します。
昨夜、漁師の方から聞いた情報なので確実に『出る』と思いますよ。」

「ふふふ、ここらで一発逆転と行くワケ!
ワルキューレ!しっかり頼むわよ!!」

ジークの報告を受けたエミが冷たい微笑を浮かべていた。

























『―――――くれー』

『――――――れー』



「横島君、何か言った?」

「いや、俺じゃないッスよ?」

「でも何か聞こえましたよね?」

「む、何やら妙なにおいがするでござるよ。」

「あれ?なんか海から……」



『―しゃ―を―――』

『――――をくれー』

『ひしゃくを―れー』


タマモがひょいと海を覗き込むと、無数の手が海から生えてきていた。

「うわ!なにこれ?」

タマモが生理的な嫌悪感から顔を顰める。
海の手から感じる霊力は極僅かで特に危険は無そうだ。

「なんだ、舟幽霊じゃない。
別にたいしたことも出来ないし、無視して良いわよ。
おキヌちゃん、アレを船室に用意してあるから持ってきて。」

あまりにメジャーな海の妖怪に、つまらなさそうに美神が呟く。

「む、柄杓を欲しがってるでござるな。
渡せば退散するのでござろうか。」

手頃な柄杓を探そうと、周囲に目をやる。

「駄目よシロちゃん。
もし柄杓を渡しちゃうと船を沈められちゃうのよ?」

船室から何かを持ってきたおキヌがシロを諌める。

「なら、どうするんでござるか?」

その時、シロもおキヌが持っている物に気が付いた。

「なるほど!穴の空いた柄杓を渡せば良いのでござるか!」

感心したように、手を打つ。

「そうなの、シロちゃん渡してみたい?」

「やりたいでござる!」


その時、ふと周りを見渡した横島が何かに気付いた。


「あれ?何か青いモノが飛んできますよ?」

「何アレ……?
結構大きな……青い……」

こっちに飛んでくる物体を横島と美神が目を細めて見極めようとする。
そして、二人は同時に気が付いた。





「「バケツ!?」」



舟幽霊の群れのちょうど中心に、水柱を上げて何かが着水した。

























「エミの旦那、成功だぜ。」

双眼鏡を覗き込んでいた雪之丞が報告する。
雪之丞は双眼鏡を首にかけるとワルキューレの方に目を向けた。

「しっかし、業務用ポリバケツ(容量50リットル)をハンマー投げで1500メートルも飛ばすとはな。
文句無しのギネス記録だぜ。ま、人間に出来るとは思えねーけどな。」

ついさっき、水をいっぱいまで湛えたポリバケツ(容量50リットル)をハンマー投げの要領で
グルグル振り回して美神のクルーザーにワルキューレが放り投げたのだ。

遠心力と魔族の力、それに水の重さが加わり、
まるで大砲の砲弾のようにバケツが空を飛んで行ったのだった。

























「み、美神さん、ちょっとヤバくないッスか?」

横島が冷や汗を垂らしながら、美神の方を窺う。
美神も横島同様、顔を引き攣らせていた。

周囲を見渡すと、何十体という舟幽霊が業務用ポリバケツ(容量50リットル)を構えているのだ。
ある意味凄い迫力を醸し出していた。

「お、おキヌちゃ〜ん……ネクロマンサーの笛用意してー。
間に合うとは、思えないけど……」

軽く諦めが入った声で美神がおキヌに呼びかける。
笛を取りに船室におキヌが動いた瞬間、舟幽霊の大群がバケツの水をクルーザーにぶっかけ始めた。


「どわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ふ、舟幽霊なんかにぃぃぃぃぃ!!」

「いくらなんでもこれは卑怯でござるよぉぉぉぉ!!」

「狐火じゃ相性悪すぎぃぃぃ!!」

「これじゃ笛なんて吹けませんよぉぉぉぉ!!」

津波のような水量に押し流され、美神達はまともに抵抗する事さえ出来なかった。


1リットル=1キログラム
そして舟幽霊は正確には42体いたのである。

50キログラム×42体=2100キログラム→2.1トン!!

さらに舟幽霊はバケツリレーの要領で空になったバケツに海水を汲み直し、何度もぶっかけていた。

船が逃げても追いかけてくるのが舟幽霊の特性である。
どれだけ人工幽霊一号がスピードを上げても結局振り切る事は出来なかった。

バケツリレーが7往復を迎える頃には、クルーザーは海に沈んでしまっていた。

























「やったわ、これで私の3連勝ってワケね!!」

クルーザーが沈んでいったのを見届け、エミが歓声を上げる。

「氷室さん、大丈夫かしら……」

「ライフジャケット着てただろうから大丈夫だと思うけど……」

沈んでしまった船を見て、かおりと魔理がおキヌを心配していた。



「…………いや、どうやらまだ勝負はついていないようだ」

ワルキューレが静かにクルーザーが沈んだ方向を指さす。
その方向に目をやると、美神たちのクルーザーがまるで潜水艦のように浮かび上がってきた。



「……なに?今の不自然な浮き上がり方は?」


呆然とエミが放心していた。


「あんな事が出来そうなのは――――――」

























「ホントに何でもアリね、あんたの文珠って。」

タマモがびしょ濡れになってしまった髪をかきあげながら呆れたように呟く。
船が一度水没してしまったので髪を拭くタオルすらなかった。
タオルで拭こうにも、そのタオル自身がびしょ濡れなのだ。

「いや、今のはホントにヤバかった。」

やれやれと左右に頭を振りながら、横島が手を開く。

手の中には文珠が輝いており『浮』の文字が浮かび上がっていた。


「それにしても、エミの奴!やってくれたわね!!
もう容赦しないわ!絶対に潰してやる!!」

水没したクルーザーのメンテナンス代等を考えるだけでも頭が痛かった。

「……今までは手加減してたのでござるか?」

「……最初から潰す気満々だったくせに。」


シロタマが静かに突っ込んでいた。


「はて、そう言えば拙者達は何をしに来たのでござったか。」

「あれ、そう言えば、他に目的があったような気が。」


もっとも、彼女達自身も本来の目的は頭から抜けていたが。






















―後書き―

ギャグですから。

ええ、ギャグなのですよ。

では。

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