ザ・グレート・展開予測ショー

寄生乳(後編)


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 9/10)

『寄生乳(後編)』




「な、なんていうか…おめでたいって感じがするね。」



時が凍りついた…。

そりゃあもうこれ以上は無いってぐらいに凍りついた。
抱き合ったまま流れるプールを漂っていたアベックは流れる水ごと動きを止め、横島たち初々しいカップルの様子に恋人時代の自分たちを重ね合わせていた夫婦は子供を抱いたまま硬直し、バタフライの水泳部員は空中で両手を大きく振り上げたまま固まった。
完全に静止した世界の中をヒュルリラ〜と先ほどまでの暑さを感じさせない冷風が吹き抜ける。

「ふ…ふふ…ふふふ…」

その風に乗って暗い含み笑いが周囲に流れ出し再び時は動き出した。
我に返って一目散に逃げ出すギャラリーたち。
アベックは流れるプールを逆走し、親子づれは子供を抱いて我先に避難し、水泳部員はそのまま水中に退避した。
唯一、監視員だけが立場上離れるわけにもいかず泣きそうな顔でイスに座り「俺は備品。俺は備品…」と必死に気配を殺そうとしている。

そんな周囲の様子に自分が何か致命的なことをしでかしたとやっと自覚したのか、横島が顔を伏せたまま小刻みに震えるおキヌに恐る恐る話しかけた。

「お、おキヌちゃん?」

返事は無い。俯いた顔は髪の毛の影になって表情は見えない。
ただその口元から零れる笑い声が尋常じゃない気配を伝えてくる。

「あの…おキヌちゃん?」

問いかけても返事は無い。ただ含み笑いが聞こえるだけである。
助けを求めるように横島は自分の周りから逃げ出したギャラリーを見回した。
咄嗟に獲得したスキル、アイコンタクトを発動させる。

(俺…なんかしたっすか?)

無言で一斉に頷くギャラリーたち。

(な、何をしたんやぁぁぁ!俺はぁぁぁ!)

涙混じりのアイコンタクトにギャラリーたちからは馬鹿を見る視線が帰ってくる。

(けど…けど…おキヌちゃんがあんまりにも綺麗だったもんで!それで!つい慌てて!!)

今度はギャラリーから帰って来たのは、出来の悪い子供を見守るような同情の視線。
それでも女性からの視線は冷たさを含んでいる。
曰く「だからといってありゃあねーだろがオイ!」と言う按配に。

(ど…ど…どうしたらいいんすか!)

必死の問いかけに返されたギャラリーの意見は全会一致。

((((早くフォローしろっ!!))))

(了解!!)

ピシッと敬礼を返しつつおキヌに声をかけようと視線を戻した横島はピキッと硬直した。
いつの間にかおキヌが含み笑いを止めて顔を上げこちらを見ている。

「お、おキヌちゃん…あのね…」

「どうせ…」

「へ?」

「どうせ私は貧乳です!可愛くも綺麗でもセクシーでもないですっ!でもだからと言って「お目出度い」はないんじゃありませんか?!!私は紅白の幕ですか?食い倒れの人形ですか!そんなにオッパイが大きいのがいいんですか!!!」

「いや…あの…え?」

慌ててフォローしょうとするもののおキヌの目から零れ落ちる涙を見てしまった
横島の言葉が途切れる。

「横島さんの…横島さんの…馬鹿あぁぁぁぁぁ!!!」

持っていた弁当の入ったバスケットを投げつけるとおキヌは後ろも見ずに駆け出していった。

残されたギャラリーたちは弁当の直撃を受けて流れるプールをドンブラコと流れていく横島に対して一様に「自業自得」との言葉を思い浮かべるのであった。








どこをどうやったのかわからぬまま事務所にたどり着いたおキヌは自室に駆け込むと鍵をかけ、ベッドに飛び込んで枕に顔を埋めると声を殺して再び泣き出した。
幸い事務所に戻ったときも誰にも会わなかった。
惨めな自分の姿を見ているのは人工幽霊だけだというのがせめても慰めだが、だからと言って気持ちが軽くなるわけでもない。

あんなに努力したのに…。

自分らしくも無い策を弄してまで必死にアピールした結果がこの有様である。
泣くに泣けない…いやもう涙も出ない。
やはり自分では努力しても無理なのか…どんどん思考が暗く沈む。

「美神さんみたいにはなれないのかな…」

口に出した途端に胸にチクリと痛みが走る。

「もう少し私がスタイルがよければ…」

チクリチクリと痛みが大きくなる。

「もっと…大人の女らしいスタイルなら…」

あんなことにはならなかったのに…と思ったとき、どこからかわからないが、混沌の泥濘の中から湧きあがるかのような暗い声が聞こえた。

『巨乳が欲しいか…』

「え?」

最初は人工幽霊の声かと思ったが、邪悪さを感じさせるその声は聞きなれた人工幽霊のものではない。ならば幻聴かと首をかしげた途端にもう一度、体の芯に響くかのように正体不明の声がおキヌに問いを発してきた。

『巨乳が欲しいか…』

混乱する頭の中を横島の笑顔がよぎる。
あの笑顔を手に入れたい。横島さんに女の子じゃなく女として認められたい。
それが少女の望み。
だから…

『巨乳が欲しいか…』

「欲しい…です…」

そう答えた。

『だったらくれてやる!!』

ズキンと激しい痛みが胸を襲い、おキヌはその衝撃に耐えられずに意識を失った。









「ちーす…」

『いらっしゃい横島さん』

「おお。人工幽霊か…あの…」

『おキヌさんですか?』

「ああ…知っているのか?」

『…おキヌさんは自室で寝ておられます…』

「そっか…」

人工幽霊は事務所を訪ねてきた横島の様子がいつもと違うことに気がついた。
先ほど帰宅したおキヌの様子もただ事ではなかったが、横島の様子も尋常ではない。
昨夜、デートの約束をしていたのを見ていただけにこの二人の態度は腑に落ちないのである。
(何があったのでしょう…)とは思うが男女の機微なんてものは自分にとって理解不能の事柄であると思うから黙っていることにした。
もっとも理由を聞けば人工幽霊とて「あんたはアホですか」ぐらいは言ったかも知れない。それは男女の云々ではなく常識の範囲である。

挨拶もそこそこに階段を上がっていく横島の背中は見事に煤けている。

「あら横島君。今日は仕事ないわよ。…ってどうしたの?」

クーラーの効いた応接室でアイスコーヒーを飲んでいた令子はすっかり意気消沈した横島の姿を見て驚いた。
今日はどうせ誰も来ないし、クーラーが効いているとは言え暑いものは暑いとタンクトップにホットパンツという悩殺的な…というより油断しまくった格好をしている自分を見て何のリアクションも無いってはよほどのことである。
一瞬、また偽者かと思ったぐらいだ。

「あの…おキヌちゃんは…」

「え?おキヌちゃんなら朝早くから出かけて行ってさっき帰って来たみたいだから部屋にいるんじゃない?」

「それは知っているんですけど…そうですか…美神さんもまだ会ってないんすか?」

横島の声は暗い。その声にとてつもない悔恨の情を感じて令子の霊感が最大級の警報を鳴らした。

「ちょ!あんたおキヌちゃんになんかしたんじゃないでしょうね!!」

「したっていうか…」

そこで言葉を濁す横島。これはなんかあったのは間違いない。
おキヌがこの少年にベタボレなのは周知の事実である。
そのおキヌに対して横島がここまでおちこむとしたら…。
令子の脳裏にポトリと落ちる椿の花のイメージが浮かんだ。
ビシリと額に青筋を浮かばせて令子は神通棍を取り出すと必殺の霊力を込めて横島に向ける。

「そう…死になさい…」

「はい…」

「え?」

死刑宣告をあっさりと受け入れる横島に戸惑う令子である。
普段の彼なら涙はおろか鼻水まで飛ばして命乞いするはずなのに、今はただ無言で俯くだけだ。

「…」

「ちょっと…どうしたのよ横島君。」

神通棍をしまってかけた問いに「実は…」と横島は俯いたまま今朝からの一連の出来事を話し始めた。

「馬鹿かアンタは…」

全部聞いてみればそれ以外にかける言葉が無い。
あのおキヌがまったくそんな素振を見せずに横島と二人っきりの逢瀬を望んだということは並大抵の覚悟ではなかったはずだ。
それを「この馬鹿は」と思えばどうにも他に言いようが無いのである。
横島はと言えば相変わらず落ち込んだままで、彼が彼なりに反省しているのはわかるが令子とて女だ、視点がおキヌの立場に立つのは仕方ない。
そしておキヌの立場に立てばいかに不器用から出たこととはいえ許しがたいと思えるのだ。

「返す言葉もないっす…」

「あーもう!二・三発殴りたいけどそれはおキヌちゃんの権利よね…」

「それで許してもらえるでしょうか…」

「知らないわよ!兎に角謝りなさい!」

「はい…」

未だに俯いたまま部屋を出て行こうとする横島を呼び止める令子。
ヤレヤレと頭を振ると彼女も立ち上がった。

「あ、ちょっと待ちなさい。私も行ってあげるわ。あんただけならまた馬鹿言いそうで…」

「感謝します…」

そして二人はおキヌの部屋の前にたどり着くと、二人同時に溜め息をつき顔を見合わせる。
しばらく躊躇していた横島がおずおずとドアをノックした。







トントンと遠慮がちにドアを叩く音におキヌは目を覚ました。
先ほど原因不明の衝撃で気を失ったことは覚えている。
一瞬、心臓発作かと思えるほどの激痛が胸を襲ったのだ。
そのせいだろうか未だに胸が重い。まるで猫でも乗っかっているようだ。

目を開けてみると猫は乗っていなかった。
猫の変わりにそこにあるのは、ワンピースを突き破らんばかりに盛り上がりタプンと揺れる巨大な乳房。
一個が夕張メロン時価15000円相当はありそうな母性の象徴がそこに鎮座していた。

(えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)

絶叫したはずが声が出ない。

(え?え?なんで?)

慌てて起き上がろうとしても指一本動かせないのだ。
ますますパニックに陥るおキヌ。
ノックの音は途切れ変わりに申し訳なさそうな横島の声が聞こえてきた。

「あの…おキヌちゃん起きている?」

(横島さん…来てくれたんだ…)

嬉しいと思う反面、顔を合わせたくないとも思う。

(返事をしなきゃ…)

そう思うが自分は金縛りに会ったように動けない。返事をしようにも声も出ない。
まるで体が自分のものじゃなくなった感覚が彼女に恐怖を与える。
必死に声を出そうとするおキヌの耳に再度横島の声が聞こえてきた。

「あのさ…ちょっと話があるんだけど…駄目かな?」

その声音は弱々しい。

(横島さん!)

声にならぬ声で叫んだとき、おキヌの口が開いた。

「ちょっと待っていてください。今、着替えますから。」

(え?)

戸惑うおキヌの精神。今のは自分の意思ではない。だがその声は紛れも無く自分の体が発したものだ。

(何?どうなっているの?!怖い…助けて!横島さん!!)

叫んでも声は出ない。それどころかおキヌの体は彼女の意思など関係無しにベッドから立ち上がる。
たゆんと豊な乳房が揺れる。
それは過去に令子の体に憑依したときよりも圧倒的な重量感を伝えてきた。

(ううう…肩が凝りそう…)

令子に憑依した時でもここまでの重力は感じたことがない。
戸惑うおキヌの心など意に介さず体のほうは着ていたワンピースを脱ぐと、何のためらいもなく下着までもあっさりと脱ぎ捨てた。

(ええええええ!ちょっとぉぉぉ!まさかこのままで外に出て行く気ですかぁぁぁ!!)

おキヌの羞恥が通じたか彼女の体はゆっくりとタンスに向かうと下着の入っている引き出しを開ける。
ホッと一息つくおキヌだったが体がタンスの奥底から取り出したものを見て仰天した。

(ああああ…それは!それわぁぁぁ!『封印されし勝負の下着ぃぃぃぃぃ』)

おキヌの悲鳴など関係なく彼女の体はその黒いレースで出来たスケスケの下着を身に纏い始める。
パンティをつけ、ブラはつけようとしてあまりのカップの差にフッと鼻で笑って放り捨てた。

(むか…)

自分の体のしでかした心無い仕打ちにむかつくおキヌだったが、体のほうはお構い無しに買ったもののあまりの派手さに一度もつけたことのない黒いレースのスケスケべビードールを身に纏うとドアに向けて歩き出した。

(嫌あぁぁぁぁ。やめてぇぇぇぇ!)

必死に体のコントロールを取り戻そうとするのも虚しくおキヌの体はドアの前に立つと鍵を開ける。

「お待たせしました…」

(違うの!これは私じゃないのぉぉぉぉ!!)

ゆっくりと開け放たれたドアの向こうで硬直する令子と横島の姿に半狂乱になるものの体は優艶な仕草で進み出る。薄っすらと濡れた唇を舌で舐めておキヌの体はスケスケ下着のまま廊下に進み出た。

「お、お、お、お、おキヌちゃん?!!」

あんぐりと口を開けたまま自分の指す令子。
呆然と顎を落としたまま自分の肢体、特に胸を凝視する横島。

(ち、違うんですぅぅぅ!これは私であって私じゃないって言うか…あああ…気づいて横島さん!!)

勿論、彼女とて必死に体のコントロールを取り戻そうと戦っているのだが、いかんせん体ばかりか言葉までが彼女の意思とは関係無しに動き回っているのだ。

「うふふ…どうしましたか美神さん…」

「お、おキヌちゃん…その胸どうしたの?」

「育っちゃいました…うふふ…美神さんより大きいかも…」

「うそっ!」

ガーンと擬音を浮かべて立ち尽くす令子。どうやら事務所オッパイランクNo.1の座を転げ落ちそうなのがショックらしい。
どこかおどおどした令子の姿におキヌの心にわずかに優越感が生まれた。
そんなおキヌの心に話しかけてくるのは先ほど聞こえた暗い声。

『そうだろう…巨乳とは力なのだ…力とは良い物だろう…さあ、我を受け入れろ…』

(え?あなたは?)

『我が名は…そうさな…今は『チチー』と名乗っておこうか…』

(なにが望みなの?私の体を使ってどうするつもりですか!)

『望みか…特にない…我は妖怪とはいえ宿主から離れればすぐに死ぬのだ…強いて言えば生きることこそが我が望み…』

(だったらどうして私の体を乗っ取るんですか!)

『…我は宿主から栄養を貰う代わりに宿主の願いをかなえる…そして宿主殿の願いはあのオスに『せくしぃ』と言って貰うことだろう…そのために手を貸すのだ…黙って我に任せておけ…』

言われて見れば確かに横島は呆然としつつも、スケスケの下着に包まれた自分の胸を凝視している。
今のこの体で迫ったら横島は間違いなく「セクシー」と言ってくれるだろう。

『それに宿主殿はそのオスが好きなのだろう…だが言えなかった…だから我がかわりに言ってやると言うのだ…宿主殿は黙って見ているがいい…』

(そんな…)

言葉を失う。
確かにチチーと言うこの妖怪の言うことにも一理ある気がする。
今日だってアレほど策を練ったのに結果は惨々たる有様だったではないか。
このままチチーに委ねればあるいは望みのものが手に入るかも知れない。
現に自分ではどうあがいても、こんなはしたない格好も淫靡な雰囲気も出せはしないのだ。

(でも…でも…こんなの本当の私じゃない…)

迷うおキヌをあざ笑うかのように彼女の体はたゆんたゆんと乳を揺らせながら横島へと近づいていく。
横島はと言えば不思議なことにいつもの煩悩は掻き消えただ黙って顔を伏せていた。

(もしかして…嫌われた!…嫌…こんなの嫌!!)

叫んでもコントロールは戻らない。
彼女の体は呆然とする令子の脇をすり抜け横島の首にその手を回すと胸を押し付け始める。
ここにきてやっと我に返った令子が叫んだ。

「あなた!本当におキヌちゃんなの?!!」

「そうですよ美神さん…私がおキヌの本当の姿です…」

妖艶に微笑むおキヌの体に怯む令子。
霊力を総動員しておキヌを見るが彼女の目をもってしても霊的な異常と言うものは感じられなかった。

「うっ…た、確かに霊的には異常は感じられない…何かが化けているわけでもとり憑かれているわけでもなさそうだし…」

でも今のおキヌはまったくの別人に見える。
胸もそうだが何よりかもし出す雰囲気が別人のように色っぽい。
にもかかわらず霊能者である令子には違いが見つけられないのだ。
憑依されているとしても正体がわからない以上、迂闊に手を出すわけにもいかない。
これが横島ならまずしばき倒してから正体を探るという荒業もつかえるが、流石におキヌにそれをする気になれないと動きの取れない令子をよそに、おキヌの体は横島の耳元に口を寄せ甘く囁いた。

『うふふ…横島さんテレているんですか?…』

(駄目!)

その後にチチーが何を言おうとしているかを察しておキヌの心が泣き叫ぶ。
しかしそんな誘惑にもかかわらず横島はいつもの煩悩まるだしの突貫を見せようとはしない。
それどころか下を向いた彼の口からはおキヌが思いもしない言葉が出てきた。

「違う…」

「え?」

「違う…違う…違う!こんなのはおキヌちゃんじゃない!!」

上げた横島の顔に迷いの色はない。その目はまっすぐにおキヌの目に向けられていた。
おキヌの心にいつぞやスケ番に憑依したときのことが思い浮かんでくる。
あの時も横島は他人の体に入っていた自分の魂を見つけてくれた。


(ああ…やっぱり横島さんは横島さんですね…わかってくれたんですね…)

体が自由になれば歓喜の涙をこぼしただろう。
やはり横島は優しい…とてつもなくスケベだけどそれを補って余りあるほど優しい。
感激するおキヌの心の影響か、それとも横島から立ちのぼる気迫に怯んだかチチーの操る彼女の体は横島を放すと一歩下がった。

「こんな…こんな…こんなオッパイの大きいおキヌちゃんはおキヌちゃんやないんやぁぁぁぁ!!!「地獄突き!!」ゲフッ!!」

あまりの物言いに思わず繰り出された地獄突きの連打が横島を襲う。
急所を襲う容赦ない連打に沈む横島。
その横で令子が得心したかのように頷くと神通棍を取り出した。

「攻撃したってことはやっぱりおキヌちゃんじゃないわね!!」

「いや…今のは我とは関係ないぞ…今の攻撃は宿主殿の意志によるものでだな…」

コントロールを取り戻されたことに驚いたのか、複雑な顔で致命的なことを言うチチー。勿論それを聞き逃すような令子ではない。

「我って何よ!!宿主ですって!!ははーん。あんた寄生するタイプの妖怪ね!」

「しまったぁぁぁ!!」

慌てて逃げ出そうとするおキヌの退路を塞ぎつつ令子は喉を押さえて悶絶していた横島に指示を出す。

「横島君!文珠!!」

「はい!なんて入れますか?!」

「虫下しだから『下』でいいわよ!」

「我はサナダムシではない!」

流石にそれ系統に分類されるのは妖怪のプライドが許さないのかチチーが絶叫した。

「じゃあどこに寄生してるってのよ!」

「胸に決まっておるだろうが!見ればわかるだろう!!」

「ふーん…やっぱりそこか…」

「またまたしまったぁぁぁぁぁ!!!」


ノリで居場所を白状してしまえば寄生して操るだけしか能の無い妖怪が文珠に太刀打ちできるはずもなくあっさりと浄化されていった。
令子は妖怪が離れると同時にクタリと力を失って倒れるおキヌの体を支えると横島〜見えないように体で庇う。

「早く毛布かなんか持ってきてっ!!」

「は、はい!!」

慌てる横島の声を聞きながらおキヌの意識は再び闇へと沈んでいった。




しばらくして所長室で待っていた横島の前に令子が暗い表情でやってくる。
その顔色に嫌な予感を感じて青ざめる横島に座るように促して令子は自分のイスに腰掛けた。

「美神さん、おキヌちゃんは無事なんですか!」

横島の問いに令子はピクリと肩を震わせるとやるせなさ気な溜め息をつく。
はやる横島を片手で制すると机から取り出したスコッチの銘酒をビンのまま煽った。

「美神さん!!」

再びの横島の問いかけに令子は軽く頭を振る。
ますます青ざめる横島に令子は悲しげな視線を向けた。

「無事よ…霊体も肉体も命に別状はないわ…」

「よかった…」

ガックリとソファーに崩れ落ちる横島だが令子の言い方が気になる。
それになぜそんなに暗い表情をしているのだろう。
訝しげな彼の様子に気がついたのだろう。
令子をまた一口スコッチを煽ると意を決して話し出した。

「おそらくあの妖怪は人にとり憑いて憑いた人を自由に操る妖怪だったのね。そしてその時に宿主とされた人から養分を吸っていたんだと思うわ…」

特に皮下脂肪をね…とは口に出さない。武士の情けという奴である。
ていうか気の毒すぎて言えない。
一部始終を見ていた人工幽霊も口を開かない。
開けば嗚咽が漏れそうだから…。

勿論、鈍い横島には何のことかわからないのだが、令子もそれ以上は口にする気はないようだ。
聞いてはいけない何かを感じて流石に鈍感少年も口をつぐむ。
だから令子の口から泣き声交じりに漏れる独り言の意味はわからなかった。

「ううっ…Aだったのにね…それが今はAAA…あんなに頑張ってたのに…可哀想なおキヌちゃん…」

横島がこの謎の言葉の意味を知るのは事務所の牛乳消費量が爆発的に増加した後のことであった。






ちなみに登場しなかったシロタマが騒動の間、何をしていたかといえば…


「タマモっ!早く!早く出るでござるうぅぅぅぅぅ!!」

「うっさい!あんたがアイスの一気喰いなんて言わなきゃこんな目に!!あうぅぅぅぅ…」


冷たい物を食べすぎると妖怪でも大変なことになると実証していたそうな。


                                                       おしまい




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