ザ・グレート・展開予測ショー

こーなったらもー


投稿者名:ししぃ
投稿日時:(05/ 9/ 9)

 横島さんのアパートのチャイムは、下側が反応しにくくなっていて、押し上げるように
力を入れないと、鳴らなくなっている。

「あいよっ」

 事務所が休みの時、ここに足を向けてしまうのは幽霊だった頃から。
 突然の訪問が習慣になって、わたしの物が幾つか増えて。
 ……記憶を取り戻してから暫くの間、通わなくなった時期もあったのだけれど。

「よっ、おキヌちゃん。何かいつもわりぃな、散らかってるんだけどさ」

 鍵を開けて待っていた微笑みは、スーパーの袋を受取って、わたしを招き入れてくれる。

「じゃないとわたしが来る意味ないですよ」

 そんな自分の言葉に少しの嘘を感じて、誤魔化すように笑みを乗せた。
 掃除なんて理由がなくても、わたしはきっとここに通っていると思う。

 窓を開ける。
 部屋の中は、男の人の匂い。
 床に散らばるインスタント食品の容器をまとめつつ、持参したゴミ袋に入れていく。

「また雪乃丞さん来たんですか?」

 そんな事を聞いたのはいつもよりカップ麺のスチロール容器が多かったから。

「ああ、なんか本格的に事務所開くんだってよ。生活費に回す金がないらしい」

 嬉しそうな横島さんの言葉。
 指摘すれば凄い勢いで否定するだろうけれど、雪乃丞さんの事を話す時の軽い笑みは
少し嫉妬を覚えるほどに楽しそうだった。

「それじゃしょうがないですね」

「協力しろとか言って、文珠を持っていこうとするしな。ったく太え野郎だ」

「でも弓さん喜びますよ。最近会えないってイライラしてたから」

 ゴミをまとめた後は台所の食器洗い。
 こっちはコップぐらいしかないから、手はかからない。

「あいつらまだつきあってんのか……1年、半?」

「あのクリスマスからですから、そうですね」

「くっそ、納得いかんなーなんで弓さんみたいなお嬢様の美少女があんなのと付き合うん
 じゃー、世の中まちがっとる!!」

 絶叫の後に、奇妙な音が続いた。
 振り向くと横島さんは霊気を噴出しながら呪いの藁人形を打付けはじめている。

「だめですよ、近所迷惑ですっ」

 口で言っても止らない……美神さんなら拳で止めるんですけど。
 仕方がないので濡れた手を拭いて、肩口を抓んだ。

「横島さんは、弓さんが好きなんですか?」

 呟いて、ちょっと上目使い。
 ……実はシロちゃんの技なのです、これ。
『先生をサンポに連れ出す必殺のてくにっく』と言うだけの事はあって、停止する横島さん。
 彼女のように嘘泣き自由自在って訳ではないので、必殺の威力はないけれど、それでも
かなり有効らしい。

「あ、あう、いや」

 すぐに手を止めて口ごもる。
 横島さんは嘘が下手。
 つまらない事ではすぐ嘘つくけれど、大事なことは絶対に隠せないのだから。

「世界中のねーちゃんはみんな俺のもんなんやー、雪乃丞なんかにわたせないんやー」

 視線を切って叫ぶのは、いつもの冗談……ちょっとは本心なのかな。
 横島さんが望む世界中のねーちゃんにわたしはきっと勝てないから、軽い吐息。

「馬鹿なこと言ってないでゴミ捨ててきてくださいね」

「あい」

 ぴた。と涙を止める技術は、さすがシロちゃんの師匠だと思う。
 ゴミ袋を持って、わたしの不機嫌から高速で離脱して行った。


 恋を自覚したのはいつからだったろうか。
 思い出そうとしても上手くいかないのは、覚えていないのではなく、恋という気持ちが
どこからなのかの線引きが上手く行かないからだ。
 出会った瞬間に感じる物はあった。
 ……あれは、恋じゃない。
 あんなにコキ使われて平気なんだから、地縛されている自分と代ってくれる。
 その縋る気持ちと期待に確かに胸は高まったのだけれど。
 雪山で押し倒された時もドキドキした。
 死者として朦朧としていた意識をはっきりさせてくれたのはあの時の感情なのかも知れない。
 ……あれはむしろ恐怖?

「んあ?」

 凄い勢いでご飯を食べていた横島さんは、わたしの視線に気付いて箸を止めた。
 秋刀魚、大根のキンピラ。油揚げとキノコのお味噌汁。
 あまり手間をかけてない献立だったけど、気に入って貰えたみたい。

「ぽっぺにご飯粒ついてますよ」

 自分の顔の同じ位置を指し示す。

「おお!」

 帰ってくるのは感嘆符。
 彼の起伏の激しい感情表現は、生きている輝きに見える。
 ずっとわたしにとっての憧れだったのだ。

「んぁー、んまかった。ごっそさんっ」

「お粗末様でした」

 大げさなぐらいの挨拶とか、微笑みというには大きすぎる笑顔。
 わたしもつられて笑っていた。
 
 嬉しい時、哀しい時、怒る時、がっかりしてる時。
 暴力的なぐらい感情を表に出すから、横島さんといるとほっとする。
 はじめて言葉にしたのは小鳩ちゃんだった。
 わたしも美神さんも感じていた横島さんの魅力。
 ……マイナス点も少なくないから、近くにいたわたし達だけが判っているつもりだった
のに。

「食器洗っちゃいますから、机拭いてくださいね」

「ああ、ありがとう。置いといてもいいよ?」

「いやですよ、次来る時に残ってたりするんですから」

 本当は、わたしが来なくても、横島さんは割ときちんと独り暮らしできる人だ。
 そうしていた時期もあったのだから。
 ……ちょっと散らかってしまうけれど、……外食やインスタントラーメンが増えて
しまうけれど。

「あ、8時から安奈先生原作のドラマやってるんですけど見ていっていいですか?」

「おう、いいよ、何チャン?」

 洗い物をする後ろでつけられたテレビから、バラエティ番組の笑い声が聞こえる。

「確か6です。近畿君が主演の心霊探偵。横島さんは見てないんですか?」

「んー、最近あんまりテレビ見てないな」

 横島さんは高校3年。
 普通なら受験生だけれど、卒業後は美神さんの事務所に正式な所員として迎えられる事が
決っている。
 だからといって、けして無為に時間を使っているわけではないようだった。

「勉強、してるんですか?」

 片付けをしている時に見た本棚には、六女の教材として使われている書籍やカオスさんに
よって書かれたオカルト書が並んでいた。
 わたしは美神さんの厚意で霊能科に通わせて貰っているけれど、普通科の高校では除霊術の
授業など無いからGSとしてやっていくために学ぶべき知識は少なくない。

「ちょろちょろっと。カオスのじーさんの書いた奴なんか辞書無いと読めないからなぁ
 まあ睡眠薬代わりだ」

 それは照れ隠しの言葉だろう。
 カオスさんの記した錬金術大全は、六女では『原書』と呼ばれて、一定の成績を修めた
最上級生にしか直接の閲覧を許されない。
 鬼道先生の解説込みでやっと理解出来る内容を辞書一つで読み進むなんて、紛れもない
努力の成果だと思う。

「はじまったよ。おキヌちゃん、洗い物は俺やるから見ようぜ」

「あ、いえ。もうおしまいですから」

 生ごみを袋にまとめてエプロンで手を拭く。
 洗濯かごが少し気になったけれど、この時間に洗濯機を回すのは近所迷惑になるかな。


 美神さんがカラオケでよく歌うオープニングがはじまって。
 わたしは横島さんの隣に腰をかけた。

 近畿剛一君が扮する探偵、盾貴生がオカルトGメンと協力して世界の怪異に立ち向かう、
という1年程前に出た安奈先生の人気ストーリー。
 最新の文庫のシリーズは、盾の弟子になる人狼少女「犬窪マシロ」に主役を譲り盾さんは、
影に日向に彼女を守る、という役になっている。

「なる、これピートがモデルか」

 安奈先生から送られてきた新刊には『またお世話になりました』とメモが書いてあったし、
続編の設定を見ても横島さんがモデルだと思うのだけれど……バンパイア・ハーフで、
希代のプレイボーイという設定は、ピートさんのようでもある。

「わははは、本当に除霊してないか?これ」

「西条さんが協力してるはずですから、本当かもしれませんよ」

 ストーリーはまだ序盤。
 オカルトGメンの東条さんと捜査方針の違いで決裂した盾さんが新しい力に目覚める辺り。
 ……原作に準じているならそろそろ、と思った頃、前作のメインキャラだった巫女が危機を
救うために駆け付けてきた。

「おおっ、おキヌちゃんだっ!」

 彼女はわたしがモデル……らしい。配役は奈室さん。
 ……わたしが変装した事のある歌手さん。
 変な所で縁があるんだか無いんだか。

『悪霊退治は俺の花道だっ、まだお前には譲らないぜ!!』

「む、銀ちゃん俺の台詞パクってやがる」

 飛行機での横島さんの言葉にそっくりの台詞で悪霊に迫る近畿君。
 話は大体覚えているから、こっそりと物語の主人公を横島さんと置き換えてみる。

『盾さんは下がって下さい!貴方には荷が重すぎます!』

 この物語のわたしは、盾さんでなく神宮寺さんこと美神さんを愛してることになっている。
 そして、まだ新米の盾さんを『お姉さま』に迫るお邪魔虫として嫌っているのだ。

 美神お姉さま。小説に倣うなら令子お姉さま。
 ……ちょっといいかも、と思った思考は霧散させておく。
 横島さんには気付かれてない、よね?

『いーからまかせろ、あんたに怪我させたら俺があの女に殺されちまうよ』

 横島さんの言葉なら、きっともっとストレートに。
 『さがって、おキヌちゃん』かな?
 ドラマっぽくは無いかな。

 横島さんは格好つけるのも下手だ。
 怖い時は怖がって、危険な時には泣き叫ぶ。
 それでも、どんな時でも最後まで逃げたりしない。
 泣きながら、みっともない言葉を出しながら自分の持つ全てを出して立ち向かっていく。

『破魔・龍臥掌!!』

 ひときわ大きな叫びで、盾さんの必殺技が繰り出された。
 ドラマもクライマックスらしい。
 安奈先生の取材に際して横島さんが見せていたサイキック・ソーサーの変形版。
 お札や精霊石が飛び交って良く判らないぐらい派手になっているけれど、わたしや美神
さんを何度も助けてくれた力だった。

「うっわ、幾らかかるんだよこれ」

「美神さんの前で使ったら張り倒されますね」

 奈室さんの扮する巫女の少女を救った盾さんは、敵の攻撃を避けて二人で暗闇に隠れ、
心を開きかけた彼女に軽口を叩いて怒られる。

「あったなー、こういうこと」

 横島さんが呟くまでもなく、わたしもあの告白を思い出していた。

「ありましたねー。『こーなったらもー』『で』『いこう』でしたっけ?」

「あはは、いやま、あれはその場の勢いっつーかなんつーかだな」

 ちょっと意地悪に告げたら、冷や汗流しての言い訳。
 少し前なら、これでもっと怒っていたかな。
 こんなに大好きなのに、きちんと応えてくれないなんて。
 ……そんな傲慢な八つ当たり。

「わたしの告白もその場の勢いでしたもんね」

 今は少しだけ大人になったから、そんな風に笑って言える。
 横島さんの美神さんへの気持ちに気付いて。
 ルシオラさんとの事があって。
 好きでいられる事が、想い続けられる事がそれだけで幸せだって感じてしまったから。

「……でも今でも同じ気持ちなんですよ?」

 続けた小さなつぶやきは、テレビの爆発の音に掻き消されてしまった。
 誤魔化すように視線をそらしていた横島さんは気付かない。
 ……気付かない振りかもしれない。

『あんたなんか、お姉さまの半分よ』

『悪くないね。半分も好かれてるんだ?』

 追うように見つめたテレビの中では、敵を退治して脱出した二人が軽口を叩いている。
 盾さんは彼女の頬にキスして、照れた彼女に張り手を食らう。
 ドラマのわたしは、本物よりも強気らしい。

「くっそ、相変わらず銀ちゃんはいい目を見やがって」

 悔しそうに横島さんは言うけれど。
 ……頬にキスより、シロちゃんに顔を嘗められている方が『いい目』なんじゃないのかな、
と、思ってみたり。

 エンディングの間、横島さんは近畿君からお盆に連絡があったこと。
 また遊びに来ると言っていた事を教えてくれた。

「今度はあんまりからんじゃだめですよ?」

「いや、お笑いはアイドルにどう上手くからむかが見せ所だっ」

 歌番組の司会とバラエティの話題の振り方。
 お笑いの使命とアイドルの対応。
 そんな話をする内に、テレビはニュース番組になってしまっていた。

「あ、こんな時間か。駅まで送っていくよ」

 時計を見ながら伸びをして、横島さんは立ち上がった。

「あ、いいですよ。近いんですから」

「ダメ、夜中におキヌちゃんみたいに可愛い娘を一人で歩かしたら、どうなるかわからん」

 少し強い口調。
 上着替わりのYシャツを羽織って、微笑む優しい視線。

「少なくとも俺ならほっとかんからな」

 せっかくちょっと格好良かったのに、照れ笑いを続けて、うねうねと動かす指。
 なんかエッチな手つき。

「もう、世の中は横島さんみたいな人ばかりじゃないですよ」

 すぐにエッチな事を考える彼に苦笑して言い返してから、自分の言葉に違和感を覚えた。

 横島さんは、真夜中に女の子に襲い掛かったりしない。
 ……ナンパはするかもしれないけれど。
 自分の欲望に振り回されてしまう事もあるけれど、彼が真夜中に女の子を見つけて声を
かけるとしたら、それは──下心はあるにせよ──優しさからなのだろうから。

 横島さんみたいな人ばかりじゃないから、危ない。
 横島さんなら……

 わたしの言葉にダメージを受けて、壁に向って『の』の字を書く後ろ姿を見つめる。

 魂だけで見つめ続けた彼。
 独占したかった輝き。
 記憶を取り戻した時に感じた暖かさ。
 あきらめかけた事もある心。

「本当にほっとかないんですか?」

 さっき届かなかった言葉が、少しだけ唇に残っていた。
 それが勇気に変わって。
 わたしを奮い起たせてくれた。

「あ、いや襲い掛かるってわけじゃない、よ?」

 怯えた目をしてこっちを伺ういつもの誤魔化し笑い。

「横島さんは、本当にエッチなんですよね」

「いや、まー、は、ははっ」

 立ち上がって、一歩足を踏み出して。
 近づいた距離。
 横島さんは、印象よりも少しだけ背が高い。

「可愛い娘って思ったら手当たり次第だし」

 赤いバンダナと白いランニングシャツ。
 さっき羽織ったピンストライプのYシャツは、ちょっとだけ洗い皺がついている。

「しょうがないんやー、男のサガなんやー」

 言い訳になってない言い訳も。
 近所迷惑な叫びも。
 わたしをドキドキさせるって……この人は絶対わかってない。

「本当に、わたしも可愛いって思ってくれます?」

 シロちゃんの解説によると必殺技は少しあご引いた方がいいらしい。
 けれどわたしは、視界の真ん中に表情を捉えたくて、見上げてしまう。

「当然だっ、おキヌちゃんはさっきのドラマより本物の方が可愛い!!」

 全力で頷く横島さん。
 嬉しさに泣きそうになりながら、わたしは深呼吸する。

 これはわがまま。
 これは押し付け。
 これは抜け駆け。
 ……だけど、もう止らない。

「こーなったらもー、わたしで、いきませんか?」

 我ながら変な告白だった。
 それでも、きちんと通じたみたいだった。



 真っ赤になって、うつむいたわたしに。
 やがて、返事が聞こえてくる。
















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