ザ・グレート・展開予測ショー

まごころを君に―7


投稿者名:ゆうすけ
投稿日時:(05/ 9/ 7)







横島が目を覚ましたのは病室のベッドの上だった。
視界には彼の様子を心配そうに覗き込むルシオラと西条、タマモと一文字の姿が映った。
隣のベッドにはおキヌの体に入っている弓と彼女の身体。
「……………」
上体を起こし、意識を巡らせる横島。自分に一体何が起こったのかを確認する。
――……そうか
フラッシュバックする、彼女から送られてきた恐怖の記憶。
――……あれは…きっと美神さんでもダメだろうなぁ…
思い出してガタガタと震える横島。
横島、美神達GSは仕事柄、数々の命の危険に晒されてはいる。
しかしそれはあくまで相手は悪霊だったり妖怪だったり、彼等と同類の種ではない。
美神はテロリストと渡り合った経験はあるが、それはお互いが霊能力者で闘いには霊能力を使用したものであり、霊能力を使用している時点で恐怖感はGSの仕事の延長でしかなかった。
つまり、横島等のGSにとって除霊対象となった悪霊や妖怪は凶暴な害獣のような感覚であるといえる。
人間は社会的な生き物であり、その集団の平穏を脅かす別種の生物に関しては安全で、効果的な対策を取る。
だがおキヌが経験し、横島に突き付けられたそれは、少なくとも横島が経験したそれとは全く違っていた。
同じ人間でありながら獣染みた、それでいてドブや腐敗し切った屍骸の様な汚い殺気。
そんな相手が握り締めているのは自分達の専門外の暴力。
いや、暴力等と人情味ある代物ではない、余りに事務的に、傍若無人に命を奪う代物。
それをまるで性交でも楽しんでいるかのように、熱く、醜く息を乱し、涎を垂らしながら突きつけられている現実。
銃社会に馴染みの無い、余りに平和な日本に生まれた横島、おキヌには、この現状をまな板の上で切り分けられていくブロック肉と連想させた。
肉切り包丁によって分割されていく肉の塊。刃が肉に食い込んでいくのと、鉛玉が自分の身体を抉っていくのがコンマ単位で、交互に脳裏に過ぎる。そして繋がり、どうにも出来ない恐怖が生まれた。
――………あれは…
思考が定まらず考えを言葉に出来ず、整理出来ない。
頬に冷たい感触を感じた横島はその先を辿る。
心配そうに覗き込むおキヌの顔が映り、目を疑う横島。
「ヨコシマ、凄い汗よ?」
そしてそれは一瞬にしてルシオラに変わった。
「……ああ、大丈夫」
ルシオラに対し罪悪感を感じながら彼は頬に当てられたタオルを受け取る。
「君も見たようだな」
ベッドの脇にある、小箪笥の上に置かれたポットからコーヒーを注ぐ西条。
「………なんだよ、あれ……」
わかっているのだが横島は尋ねずにはいられなかった。
「あれが彼女を結界に収めている理由だ」
横島の分も紙カップに注ぎ差し出す西条。その口調は実に淡々としたものだ。
「結界を張る前はまるでラジオのように全方位にあの想念を放射していた。…来るとも知れない君を呼ぶ為にね」
不味そうにコーヒーを啜りながら話を聞く横島。
「霊体は所詮精神エネルギーの集合体だ。あのままにしていたら…どうなっていたかわかるだろう?」
西条と目を合わせて頷く横島。
「前に、美神さんに聞いた事がある…」
――地脈のエネルギーの干渉により、想念が呪縛へと変化して自縛霊となるか、想念の放射を続ける事により精神エネルギーが尽き、自己崩壊。
「だからあの結界は地脈のエネルギーを遮断するのと、彼女の放射する想念を彼女の霊体に返し、エネルギーの消費を抑える働きをしている。まぁあのようなパニック状態になると結界の外表面まで想念が漏れてしまう事があるけどね」
苦渋を浮かべながら掛けられている毛布を見つめる横島。
「………じゃあ、どうすんだよ……」
苦し紛れに声に出す横島。ふと先程までいたルシオラ達がいなくなっていた事に気付く横島。
「…………………」
二杯目のコーヒーを注ぎ、明後日の方向を見ながら口をつける西条。
さり気無く人払いをしてくれたんだろうと気付きながら、逆にその配慮の良さに不本意ながら不愉快に感じる横島。
「…………知ってるかい?」
彼の顔を努めてみないようにする西条。
「…ンだよ?」
「…ショック状態やパニック状態に陥った相手には、安心させてやる事が重要なんだ」
昔と同じリアクションを取った横島に懐かしさを感じたのか、再び彼の顔を見ながら話を続ける。
「まぁ、なんとなくはわかる」
ずるずると冷めてきたコーヒーを啜る横島。
「それとボクは経験が無いが…」
彼はなんだったかと何かを思い出すかのように再び言葉を続けた。
「不安恐怖症の患者には、その患者がある程度立ち直るまで、自分の芯をしっかりもって、優しく、包み込むように支えてやるのが良い、と誰かが言っていた気がする…」
「随分と信憑性の薄い話だな」
繋ぎ繋ぎの彼の話をからかいながら批判する横島。
「まぁ、今話したどちらにしろ…相手に同調してはいけないって事だよ。今回でそれが良くわかっただろう?」
横島は苦虫を噛み締めたような顔をする。
「出来る事ならボク達でなんとかしてあげたいんだが…。生憎、彼女が取り付く島を与えてくれなくてね」
そう言って苦笑いを浮かべる西条。
「…それにしても、珍しく良く喋るな。お前とこんな長話するのって初めてじゃないか?」
今までの二人の関係から、この状態を今更ながら疑問を感じる横島。
「当たり前だ。こんな事でも無きゃ、キミとこんな長話はせん」
小さく笑いながら紙カップを軽く握り潰し、ゴミ箱に投げ入れる西条。
「まぁ不本意ながら、キミなら何とかできると信じてるよ。言い方は悪いが、なんたってあのシロを手懐けてきたんだからね」
「あれは、解決してるとは言えねぇよ。要所要所でルシオラが慰めてるだけだ」
一刻の猶予も無い事は十分わかった横島は、西条の催促を察して、ベッドから降りて上着を掴んだ。
「もう行くのかい?」
「よく言うよ」
軽口を叩き合いながら二人は病院を後にした。












廃屋はタマモがいない以外、横島が初めて来た時と特に変わった様子は無い。
「………あっ…」
二人の方を振り向いたステフは、思い出したように横島に近づくと深く頭を下げた。
「ステファニー・ミラーです。私達の不注意でこの様な事態になって、ホントに、なんと言って良いか…」
さっきはきっと疲労が溜まりに溜まってて、謝罪の一言も言えない状態だったんだろう。
横島はそんな事を彼女に抱きながら頷く。顔を見ると確かに疲労が濃く滲み出ていた。
「そう言えば結界に存在感と言うか、実体感と言うか、そんなのがあったけど?」
弱りきった様子のステフを尻目に西条に話を振る横島。
おキヌの身内の様な、いや、それ以上の存在なのかもしれない横島にとって、事がまだ解決していない事に対しての気持ちの整理がついていなかっただけに、彼女とはとても会話をする気にはなれなかった。
「彼女に害を成すエネルギーを遮断しているんだ。多少結界の密度は濃くしてある」
ジャスチャーでステフに場を離れて欲しいと指示する西条。
「じゃあ中に入る事は出来ないのか?」
「いや、そんな事は無いよ」
西条の言葉に生返事を返すと、横島はおキヌの方へ歩いていった。

「………………」

結界の前で足を止め、おキヌを見つめる横島。

「……横島さん?」

彼の存在を感じ、おキヌが顔を上げる。その目は未だにこの世界を拒んでいた。

「………うん」

「どこですか?暗くて、わかりません。声はするのに…」

先程より落ち着いている様子に幾分安心した横島は、手を結界の中へと埋めていく。

「――っ!!」

先程と同じ想念が彼の体を駆け巡る。


それでも彼は進むのを止めなかった。



<いやぁぁああ!!!!>


頭の中で彼女の悲鳴が響く。



<放しッ!放してッ!!>


彼女の恐怖が彼を取り巻く。


「……オレは…」


ほんの数十センチの距離を歯を食いしばりながら歩を進める横島。


大股を開けば一歩で済む、そんな僅かな距離には、濃密なおキヌの想念が荒れ狂う竜巻のように吹き荒れていた。


「同じ間違いは……」


身体中に気を纏わせる横島。リハビリも完全に終了してなかった彼には微々たる霊力しか生み出せなかったが、彼はこれで十分だと自分のコンディションに頷く。


「……したく…」


向かい合った横島は両腕を回し


「ない」


彼女をキツく、抱き締めた。








「……………」





嵐の様だった想念が治まる。








「…………綺麗に、なったね」





彼女の意識が戻ったのがわかった横島は、優しく、穏やかな声で囁く。











「―――――横島、さん」










抱擁を緩ませたおキヌは、横島の頬目を撫で、充血させた目で見つめる。











「……―――辛い思い、させちゃったね。ごめん」











ゆっくりと、優しく、髪を撫でる。











「……怖かった」









ぼろぼろと目から大粒の涙を溢れさせるおキヌ。











「…………うん……」










濡れた頬を拭い、そのまま手を添える横島。











「……――怖かったんですから!」









添えられた手に自分のを重ね、震えた声を上げるおキヌ。










「……ごめん」








手を外し、再びキツく抱き締める横島。彼の頬にも涙が流れ落ちていた。









「―――――怖かったんですからぁ!!」









彼の胸の中で大声を出して泣きじゃくるおキヌ。









「………………ごめん………」








震えた声で返す横島。










「………逢いたかった…」








横島の存在がそこに在るのを再確認するように、彼の胸に顔をこすり付けるおキヌ。










「……うん…」




















「…………だから、嬉しい……」





















そう言い残すとおキヌの姿は、吹き消された蝋燭の灯の様にその場から消えた。















取り残された横島は気が抜けたのか、その場にぺたりと座り込んだ。







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