予感
投稿者名:veld
投稿日時:(05/ 8/30)
(一緒に暮らせると思ってたのにな)
ぼやいてみたって、何も変わりはしないんだけど。
横になってテレビを見ながらそんなことを考えていると、がらがらがら・・・と、何かが崩れるような音が、小さな悲鳴と一緒に後ろから聞こえてきた。
慌てて振り向くと、部屋の片付けをしようとして、寧ろ余計に部屋を散らかしているルシオラの姿が見えた。
「ルシオラ、どうしたんだ?」
どうしたもなにもないもんだけど―――と、苦笑しつつ、彼女に尋ねると、彼女は照れくさそうにもじもじとしながら、俺に―――恐らくはこの惨状の原因となったものであろうあるものを差し出した。
「これ」
―――透明な包装紙の中に、厚紙と一緒に入っている―――花火。
と、言ってもいろんな種類があるわけでもなく、一種類だけ。
自分で買う事はまずないので、多分貰った物だろう。
何時、どうして、貰ったのかは覚えていないが―――まぁ、そんなこと、思い出さなくても問題ないと思う。
「あぁ、貰った奴だよ。その花火」
答えると、彼女はしみじみとその花火を眺める。
その目はまるでモルモットを観察するマッドサイエンティストのようだった。
―――と、そんなことを思ってるなんて彼女にはおくびも出さず。
「見た事無い?」
彼女は素直に頷いた。
「花火、こんな形のもあるんだ」
「線香花火ってんだよ」
俺は彼女に答えたのだった。
こよりのようになっている端の部分に火を灯すと、ゆっくりと火花が散り始める。
風の無い夜は本当に静かで、火花の弾ける音がぱちぱち、と響いていた。
ほんのりとした橙色の明かりが、彼女の白い肌を染めていった。
俺は彼女の笑顔を見ていた。
彼女は手の中の花火を見つめていた。
「綺麗ね」
彼女は顔をあげることなく、言った。
「そうだなぁ」
俺は自分の持っている方の花火を眺めて、呟いた。
何だか懐かしい。一年に一度、二度、すれば良い方だから、あまり見る機会も無い。
こうしていざやってみると、やっぱり綺麗だと思った。
ただ、これを一人ですれば、それはもう、寂しい事だろう。
やっぱり、こういうものは誰かと一緒にするべきだ。その相手は勿論、同性じゃいけない。
彼女の顔を見た。彼女は俺を見ていた。胸の奥から高まっていくあったかい何かが、口元を緩ませる。
彼女も柔らかな微笑みを浮かべた。
(同じ気持ちなのかな)
―――俺は照れくさくなって、花火に視線を戻した。
ぱち・・・と、小さく音が響いた。
顔をあげると、彼女の花火の玉が落ちていた。
「・・・あ、落ちちゃった」
彼女は寂しげに言った。
さっきまで線香花火が浮かび上がらせていた顔は闇の中に隠れて見えなかった。ただ、口調だけで、彼女の表情が読み取れた。
慌てて、足元のまだ、使っていない花火を手に取り、彼女に差し出した。
「ほい」
彼女はその花火を受け取ろうと手を伸ばし―――。
その指先が触れる手前で手を引いた。
「・・・ありがと。でも、いいわ」
彼女を見つめた。
花火を差し出すときに近づけた俺の手にもった線香花火が彼女の顔を微かに染めていたからみえた。
彼女はうっすらと笑っていた。
「え?」
俺は微笑みに一瞬見惚れ。
間の抜けた声を漏らした。
彼女は慌てたように、手の平を振った。
「一回だけで、十分」
「そっか」
「うん」
それきり、言葉もなく。
ただ、線香花火の火花が弾けるのを見つめていた。
「・・・横島のは、長く残ってるわね」
「そだなぁ・・・」
「綺麗・・・」
俺は、『君の方が綺麗だよ』と、言ってやれば喜ぶかな?と、考えた。
でも、そんなことを言ったら、笑われるような気がした。
だから、言わなかった。
「・・・」
「・・・」
「落ちた、な」
だから、落ちるまで、沈黙が続いた。
何故か、息苦しい―――いつも彼女といる時には感じたことのない、呼吸をすることさえ不自然になるような時間。
落ちた瞬間に、微かな名残を残しながら、その時間は終わった。
「うん」
彼女は頷いた。
「んじゃ、戻ろうか」
俺は言って、彼女の手を取った。
闇の中に白い手が映えて見えた。
「・・・ねぇ、横島?」
「何?」
「ん・・・ごめん、何でもない。・・・もう遅いから、帰るね?」
そっか。
俺はその時、気にとめなかった。
事務所までの道のりを一緒に歩いた。
涼しい風が吹いていた―――さっきまでは無風だったのに―――彼女の黒い髪が靡いている。
闇に溶け込むほど黒くてもその様が解った。月も星もろくに見えなかったけど、何故か、解った。
たわいもない会話はそれだけで楽しかった。
彼女の笑顔を見ているだけで、十分―――だと思えもせず。
湧き上がってくる情念のままに、キスをしようとすると、何故かどつかれた。
怒った顔が笑顔に変わった頃に、そっと残った線香花火を差し出した。
彼女は驚いた顔を浮かべて、花火を眺め、俺に視線を移した。
「これ、やるから。パピリオと一緒に、やりな?」
「うん」
彼女は何故か躊躇いがちに花火を受け取ると、少しの間、手の中の花火を眺めて。
「・・・それじゃあね」
顔を上げ、そう言って背を向けた。
「なぁ、ルシオラ」
どうして、なのかは解らないんだけど。
彼女を呼び止める言葉がついて出た。
いてもたってもいられない気持ちになって―――。
「何?」
彼女が振り向き、首を傾げた。
俺の中の『不思議な気持ち』はあっさりと消えてしまった。
一体なんていおうとしたのかさえ、忘れて。
「・・・いや、何でもないや」
言葉は出てこなかった。
「そう?」
彼女が近づいてくる。
「あぁ」
俺は頷いた。近づいてくる彼女の顔が、微かに上気しているのが見えた。
「・・・じゃあね」
目を閉じた彼女の唇が微かに俺の唇に触れた。
「・・・ああ」
俺は呆然と彼女を眺めていた。
彼女が背を向けて、俺も彼女から背を向けた時、ふと我に返り、そして同時、俺は思い出した。
さっき、何を尋ねようとして彼女を呼び止めたのか。
『なぁ、さっき、何を言おうとしたんだ?』
線香花火を終えた後、彼女は俺に尋ねようとしていた言葉。
それを尋ねるつもりで俺は呼び止めた。
そして、彼女を見た途端、その忘れてしまった。
振り向いた時にはもう、彼女の姿はなかった。
追いかければ、尋ねる事ができただろう。
でも、しなかった。
―――怖かったのかもしれない。
彼女が尋ねようとしていた言葉が。
―――全てが過去の出来事になってしまったあの日から―――
屋根裏部屋を覗き込んだ。
彼女達の生活していたにおいがそこにしみこんでいるような気がして。
でも、そこに、彼女の気配はなかった。
まるで、最初からそこに彼女はいなかったのだと、まるで、そういいたげに―――。
ベッドに座り込んで、彼女の事を考えた。
じんわりと涙が浮かんできた。無様だった。情けなかった。
涙を流す資格もない―――。
自虐的な思考さえ、衝動に流されていった。
嗚咽が漏れた。止まらなかった。
ベッドを叩いた。何度も叩いた。
柔らかな感触が跳ね返るだけ。怒りとやりきれなさが空回りしていく。
吼える。声はただ、小さなうめきにしかならなかった。
ベッドのシーツがめくれ上がって、その隙間から、線香花火が顔をだした。
あの時、彼女が言おうとしていた言葉が、わかったような気がした。
静寂がただ、そこにある。
俺は呆然と線香花火を眺めていた。
――――――――――――――――――――――――――――
(ねぇ、横島。私たち、ずっと、一緒だよね?)
―――――――――――――――――――――――――――――
今までの
コメント:
- 線香花火って、どうしようもなく切なく儚い感じで、ルシオラにぴったりですね。短い時間を花火のように美しく光り輝いたルシオラらしい話で、大いに泣けました。
子供は昔でいうドラゴンみたいな派手な花火が好きですが、線香花火の美しさは年くってから好きになりました。夏の終わりにすてきな話を読めてうれしいです (亜之煮鱒)
- コメント内容が思いつかなくて投じてませんでしたが、我慢できないや。えい。賛成。
あっておかしくない出来事だと思います。
あってほしいと思います。
過剰でない静かな悲しみはじんわりと来るなー (ししぃ)
- やっぱり悲劇のヒロインルシオラには切ない涙が似合いますね。
文句なしの賛成です。
ルシオラが復活するSSもいいけどもやっぱり蛍は儚いから美しい存在だと再認識する作品だったと思います。 (橋本心臓)
- この余りに切ない雰囲気がルシオラ嬢のイメージとピッタリで…じわっときます。
文句無の賛成で。 (偽バルタン)
- 賛成なんですけど。 駄目だ、泣いてしまいそう。 (ナマケモノ)
- いろんな意味でルシオラの儚さが思い起こされますね。
線香花火と夕日と、しんとした部屋。
横島には、元気だせと言ってやりたい、んな気持ちです。 (とおり)
- 賛成、の一言じゃ投票できない…上手いコメントが思いつきませんよう(泣)。
じんわり込み上げる、ステキで読後感の良い悲しさだったです。 (APE_X)
- 久しぶりの投稿で若干どきどきしておりました。
と、言えども一ヶ月と半月ぶりくらいなものですか。
むぅ、意外なようなそうでもないような。
と、戯言はここで留めて・・・。
読んで下さった皆様に感謝の気持ちをこめて、コメント返しをさせていただきます。
・亜之煮鱒さん
意識したわけではなく、私も書いた後でふと思いました。そうだ、もう、夏休みも終わりの時期なんだな、と。八月三十日・・・中途半端な日付になっちゃいましたが(笑)
夕日と同じ『瞬間』しか生きられなかったから美しい・・・なんてそういう風には思いたくはないのですが―――線香花火の美しさに似てる。やっぱり切ないです。
短いからこそ、永遠に残る。少し、寂しいです。
コメント返しにならない文章やったなぁ、と反省しつつ。
読んで下さって、ありがとうございました! (veld)
- ・ししぃさん
作られた悲劇、っていうのが嫌いです。
いや、フィクションである以上、悲劇っていうのは作り物である運命なのでしょうが。
過剰でない静かな悲しみ、という言葉を頂いた時、そういう意味での違和感が少しは抑えられていたのかな・・・と、少しほっとしました。
あってほしい、と言われた時、普通に嬉しかったです。
・・・ほっとする前に、嬉しいなぁ、と思ってしまう薄っぺらい自分が・・・
結構好きです。 またコメント返しにあるべきでない文章になってしまいました。申し訳なしっ。
読んで下さって、ありがとうございました! (veld)
- ・橋本心臓
私的には、復活したルシオラとらぶらぶらぶってるSSが好きです。
悲劇のヒロイン、って言葉には、何か、そうならねばなるべきっていう響きがあって、辛い。
切ない。苦しい。でも、書いてる。なんだこりゃ。(駄目)
幸せになって欲しい、って気持ちと、彼女を綺麗に見せたい、見たい。って気持ちは反するもの、ってことでしょうか。前者よりも後者を取った、って部分、凄く自分を残酷に感じられて―――でも、はかないからこそうつくしい、って言葉が嬉しい自分がいるんです。
でも、やっぱ、幸せになって欲しかった。欲しい・・・。ジレンマ的なものが〜!
読んで下さって、ありがとうございました!何かやっぱりコメント返しっぽくなく、申し訳なしっ。 (veld)
- 橋本心臓さん。―――さん、を付け忘れてしまいましたっ。ほんと、申し訳ないです(汗)
てか、そんな上手くも無いのに、綺麗に書けた、的なことを口走っていそうな自分がいて、ちょっと凹み。慢心は敵です(自分に言い聞かせて) (veld)
- ・偽バルタンさん
原作時の私の中のイメージを重ねて書きました。―――そういう意味で、偽バルタンさんと私のイメージは同じ、とまでは言わないまでも、近いものをもてていたのかな、と嬉しくなりました。
あぁ、これがしんくろにてぃー、というものなのね、と(?)
読んで下さって、ありがとうございました! (veld)
- ・ナマケモノさん
悲しい展開を受け入れてもらえるってのは、作り手冥利に尽きます。日本語としてあってるのかはわからないのですが。
でも、悲しい展開を書いてしまう自分にジレンマ・・・むぅ。
読んで下さって、ありがとうございました! (veld)
- ・とおりさん
蛍の光ははかなくて。
線香花火とはまるで違う光なんですが・・・。でも、通じる物はあると思います。
夕日も。
静寂の中にあって、ただ、人はその光を見詰めているしかないような。
無力感を秘めた光。
立ち直るまでの過程を描けなかった力不足を悔やむと共に、悲しみを描けた事を誇らしく思おうかと。(ジレンマからちょっと立ち直り、カナ)
読んで下さって、ありがとうございました! (veld)
- ・APE_Xさん
もったいないお言葉ありがとうございます。
話の名残、というか。残滓、というか。
私は書いた側ですから、見ていただいた方の、客観的な視点で見ることが出来ないだけに、読後感の良い悲しさ、と言っていただけるのは新鮮で、嬉しいです。
じんわりと込み上げる・・・やっぱりいい響きです(しみじみ)
読んで下さって、ありがとうございました! (veld)
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