ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(26)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/15)

「ハアアアアッ!!」
気合、一閃。
ダンッ、と、空気の振動を鼓膜にはっきり感じるほど激しい音を立てて床を蹴ると、エミはブーメランを構えて、今度は自分から加奈江に向かっていった。
ほとんど前につんのめる寸前ではないのかと思えるまでに姿勢を低くし、横手に吹き飛ばしてやろうと、スイングの要領でブーメランを持った手を後ろに振りかぶる。
事務室の床には土足用の絨毯が敷いてあるのだが、床を蹴る力があまりの強くて、衝撃を吸収しきれていないのか、ハイヒールを履いた爪先が床を蹴るたびに、ガッ、ガッ、と、言う強い足音が、はっきりと部屋に響いていた。
「これでもくらいなっ!!」
ヒュウ、と、風を切る鋭い音をあげながらエミが振るったブーメランは、加奈江の肩口を斜めに捕らえ、そのまま彼女を床に叩きつける筈−−−だったが。
加奈江はふと手を上げたかと思うと、その肩口に向けてエミが振り下ろしたブーメランを、両手で掴んで受け止めた。
「!?」
吸血鬼だか何だか知らないが、まさか、この勢いで振り下ろしたものを受け止められるとは思っていなかったので、驚きに目を見開く。そして次の瞬間、加奈江が何をやろうとしているのか察知し、エミはすぐさまブーメランから手を離した。
エミが手を離し、急いで後ろに跳んだのとほぼ同時に、加奈江が、力任せにブーメランを振り上げて、近くの壁に叩きつける。すぐに手を離していなければ、おそらく、エミ自身もブーメランと一緒に振り回されて、壁に叩きつけられていただろう。
「・・・・・・」
「クッ」
壁に当たった衝撃で砕けたブーメランを見て、エミは、どうにか相手の思惑にはまらずにすんだ事を安堵し、その一方で加奈江は、「お前を叩きつけてやる筈だったのに」と言いたげな表情で、間合いを離したエミの方を睨んだ。
(ヤバイわね・・・接近戦じゃ勝てないかも・・・)
再び、間合いを取って、じりじりと移動しながら考える。
タイガーが投げ飛ばされた時に、相手の腕力が尋常でない事は想像できたが、まさかこれほどとは。こちらが渾身の力をこめて振り下ろしたブーメランを素手で受け止めた事から見て、衝撃に対する耐久力も相当なものだろう。
(霊力勝負に持ち込むしかないけど・・・黒魔術じゃ、接近戦は不利なワケ・・・!)
エミが最も得意とする黒魔術は、呪術など、遠隔・間接攻撃で最も威力を発揮出来るものだ。直接攻撃に使うと威力が半減するし、ブーメランに霊波を込めて投げようにも、先ほど壊されてしまった。神通棍もあるにはあるが、蝙蝠達に引っ掻き回されて滅茶苦茶になっている部屋の中からは、すぐには見つけ出せそうにない。
(間合いを取って移動しながら、お札を探して攻撃するか・・・)
お札なら神通棍より数がある筈なので、まだ探しやすい。現に、壊れた机の下などから、ちらほらそれらしい影が見えている。
(とにかく、組み付かれさえしなければいいワケ!)
素早く考えを組み立てると、エミはまず、壊された事務机の引き出しから溢れているお札を取りに行こうと、横に移動を始めた。
「!させるもんですかっ!!」
しかし、加奈江もエミの意図に気付いたのか、反対側から机に駆け寄ってくる。
そして、机にたどり着きかけたエミの手首を掴むと、壁に作り付けになっている本棚に向かって、その体を叩きつけた。
「っ!!」
分厚い魔術書が詰まった本棚に、背中から激しくぶち当たるが、どうにか受身を取る。ガ
ラス戸が付いたままだったら大怪我を負ったかも知れないが、幸いにと言うべきか、本棚を覆っていたガラス戸は、さっきの蝙蝠達によって、とっくに壊されていた。
「いたたた・・・」
「・・・しぶといわね」
「当たり前よ。このままピートの顔も見ないであんたにやられちゃ、たまんないワケ」
後ろ手に本棚を押して立ち上がりながら、ハンッ、と挑発的に笑って言う。
元々挑発のつもりで言ったのだが、思った以上に聞いたのか、加奈江の白い顔が、怒りでサッと紅潮したのが、青白い月明かりの中でもはっきりとわかった。
「・・・貴方みたいな色ボケの身の程知らずに、ピエトロ君の周りをうろつかれるなんてたまらないわ。相応しくないのよ」
「それはピートが決める事よ。少なくとも、あんたよりは好かれてると思うワケ」
基本的に無表情だった加奈江の顔が、一気に臨界点に達した怒りの感情によって歪む。
口の中で歯軋りをしているのか、静かに閉じられたままの唇の様子とは裏腹に、青白い頬の輪郭が、小刻みにぶるぶると震えていた。
「殺してやる・・・!」
そう言った加奈江の声音は、表面的には静かなものだったが、激昂のあまりか微妙に裏声になっており、大人しい物静かそうな目元は、ヒクヒクと引き攣れるように震えている。
こみ上げる殺気と魔力を隠そうともせずに、加奈江が、エミの方に近づいたその時。
背後から近づいて来た大柄な影が、ヌッと自分の視界を暗くした事に気付いて、加奈江はスッと素早く横に跳んだ。
「ヌオオオオッ!!」
ほんの一瞬だけ遅れて、加奈江が立っていた場所にタイガーの拳が叩きつけられる。両手を固めて真上から振り下ろされた拳はバキバキと床を砕き、一階のガレージに直行出来る立派な穴をこしらえた。
「エミさんをイジメる奴は、容赦せんですノー!!」
「勇ましいこと・・・」
エミの前に立ち塞がり、ブンブンと拳を振り回してくるタイガーを見て、フッと笑う。
タイガーは加奈江めがけて、凄まじい威力を持つパンチを何度も繰り出したが、如何せん、彼女を仕留めるにはスピードが間に合わなかった。大柄な重量級にはよくある、悲しい欠点である。
加奈江を狙った拳で壁を貫いたタイガーの、腕を引こうとした隙をついて、加奈江はタイガーの腕にそっと手を添えると、無造作にまた放り投げた。
「ウガッ!?」
「無骨な子だけれど、それでもピエトロ君の友達ですものね。貴方には後で永遠をあげるから、そこで待ってなさい」
壁を突き破り、落ちてきた建材に埋もれる格好になったタイガーにそんな言葉を投げかけると、再びエミの方に向き直る。
本棚にぶち当たったダメージがまだ回復していないのか、まだ後ろ手に本棚の方を押して体を支えていたエミは、加奈江を見ると、静かに尋ねた。
「・・・聞きたい事があるわ。・・・あんた、さっきから永遠、永遠って言ってるけど・・・それって、何なワケ!?」
「・・・永遠は永遠よ。ずっと変わらないものなの。ピエトロ君のようにね」
タイガーの相手をして少し頭が冷えたのか、それとも、もう最期だから教えてやろうと思ったのか。怒りに紅潮していた加奈江は、平静に戻った様子で、しかし、最初に姿を現して笑った時のように、優越感を滲ませた声音で言った。
「・・・吸血鬼の不老不死の事?」
「・・・最初は私もそれだけだと思ってたんだけどね。彼を見ている内に気付いたの。彼は、本当の『永遠』を持っているって」
「・・・?」
加奈江が言っている『本当の永遠』の意味がよくわからずに、眉を顰める。しかし、加奈江はエミのそんな表情は気にせずに言葉を続けた。
「最初は永遠がほしくて彼を見ていたんだけれど・・・今は、それだけじゃないの。私は彼を守りたいの。だから、他の皆にも永遠をあげようと思うのよ。この前試した人達は、失敗しちゃったけれど・・・」
「・・・この前の、吸血事件の事なワケ?」
「ええ、そうよ。でも、もう大丈夫。今度からは失敗しないから」
ピートの気配を持った魔力を見せられた時に予想はついていたが、一応確認しておきたくて尋ねると、加奈江は、ころころと笑って頷いた。
「世界中の人に『永遠』をあげるの。それが、ピエトロ君を守る事だから」
くすくす、くすくすと、薄笑いを浮かべながら、ゆっくりとエミに近づいてくる。
そして、エミが首に巻いていた白いストールの端を引っ張ると、布が解けて露になった喉首を見て言った。
「・・・でも、貴方にはあげない。・・・貴方には、消えてもらいたいから・・・」
くすくす、くすくすと笑いながら、エミの喉元に顔を寄せる。
深紅の口紅を塗った唇の合間から、鋭い犬歯が顔を出し、エミの喉を狙っていた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa