ザ・グレート・展開予測ショー

YOKOSIMA Phantom Memory 後編


投稿者名:トヨタはゼロ
投稿日時:(05/ 8/28)





「抽出エネルギー量、下降します」


「対象光子ロストしました」



続けられた研究員の言葉に、立ち上がっていたカオスは安堵したように椅子に腰掛けなおした。



「ふう、やれやれじゃ」



大きなため息と共に漏れるカオスの台詞。



「つまり、今日の起動は失敗って事?」



パイプ椅子から立ちあがり、意気消沈しているカオスに問いかけるのは美神。



「その通りじゃ。

 原因は解らんが、とにかく失敗であることは間違いない。

 もし、あのまま続けていれば」



美神に答えるカオスの言葉はそこで停止した。

その視界に映る一対の光子を認識した所為だった。

理論上、炉の中心部においてエネルギーを発生させ続けるはずだったそれは、

即座に消失すると言うカオスの推論を無視し、その姿を現した。

閉ざされた隔壁(無論霊的にも防御されている)をすり抜け、

くるくると円を描く一対の光の固まりであるその姿を、美神達の前に晒し出したのだ。

そして対を成していたうちの1つの光が、真直ぐに美神達の方へと直進してきた。

理論上有り得なかった出来事に固まるカオス。

そのカオスと話していた美神もまた状況の判断が出来ずに立ち尽くしていた。

強化ガラスさえすり抜け、その光が美神に接触する寸前のこと。



「美神さん!!」



そんな声と共に美神の身体は後方へと引き倒される。

そして美神と入れ替わりに光の進路に立ち塞がったのは横島だった。

その横島に直進する光が触れた瞬間。

光が接触した場所から、

横島の身体が光の粒子となって崩れて行った。

崩壊は瞬く間に全身に広がり、一秒も経たない内に横島はその存在を失ってしまった。

そのまま美神へと向かうと思われた横島を分解した光は、

何故かその場に留まり、その光を中心にして何かを形作り始めた。

そして分解した時と同じく一秒も経たない内に形作られた、

いや、再構成されたのは分解されたはずの横島であった。

彼を分解したのと同じ光

(とはいえ光量は随分と落ちており、仄かに光って見える程度)

に身を包んだ横島は何かを探す様に回りを見渡した。

そして見つけたそれに向け飛び出した。

マリアが纏めた造花の束を踏みにじり、

横島が居る部屋とそれが居る大部屋を区切る強化ガラスをすり抜けて。

その横島が浮かべるのは焦燥の表情だった。

何かに、いや彼の目的となったそれ、

つまり彼を分解した光と対を成していた光が、大気中で減退して行くのに堪えられない。

そういった強固な意志を表情に出し、横島は飛び出したのだった。

常人からすれば信じられないような跳躍を見せた横島は、

その光をその手でそっと包み込む事に成功する。

が、光は横島の胸に抱かれると、

まるで手の平の上に舞い落ちた雪のようにそっと溶ける様に消えて行った。

そして中空へと飛び出した横島の身体は、重力に引かれるままに落下していくのだった。

一方、一連の横島の動きをただ見ているだけだった美神達は、

飛び出した横島が重力に引かれ落下し始めたところでようやく動き出した。

横島の居る大部屋へとつながるドアを力任せに打ち破ったマリアに続き、

美神とカオスは横島の元へと駆け寄った。

移動速度の大きかったマリア、そして美神、カオスの順に横島の元へと辿り着く。

かなりの高さから落ちたとはいえ、横島の身体に外見上の異常は見つからなかった。

ただ広げた手の平を見つめ、呆然としている以外、横島におかしな所は見つけられなかった。

そんな横島に対し口を開きかけた美神を制止をかけたのはカオスだった。

代わりにとばかりに自らが横島に問いかけるカオス。



「小僧、怪我は無いかの?」


「怪我?」



カオスに言われ、改めて己の身体を確かめる様に動かす横島。

その動きはスムーズで横島が苦痛を感じている様子は無かった。



「どうやら無事な様だな。

 ところで小僧、 先ほど見せた物質透過は一体どう言う方法を使ったのだ?

 18番の文珠を使った様でもなかったしの。

 それともあれはお主自身の力か、横島に成り代わったナニカよ?」



視線を強めたカオスの言葉に絶句したのは告げられた横島だけではなかった。

カオスに制される形で黙って話を聞いていた美神もまたその言葉に驚きを禁じえなかった。



「ドクターカオス。

 貴方の言うとおり、私はこの身体の持ち主だった横島では無い。

 そして先ほど見せた壁をすり抜ける行為は確かに私の力によるものだ」



驚きながらもカオスをじっと見つめ返し、そう答える横島。



「お主、何者だ?」



ジロリと睨め付ける視線と共に問いかけるカオス。



「リナクス。

 我らは自らがそう名乗り、そして何故か貴方もそう呼称するもの」



半ば予想通りの横島の答えにカオスはただ

「そうか」

と短く返すのみだった。



「リナクスですって!じゃあ、横島君は如何したって言うのよ!」



胸倉を掴み上げ半ば吊り上げるような格好で横島に詰め寄る美神。



「彼がどこへ行ってしまったのか、私には解らない」



激昂する美神にとは対照的に、首を静かに横に振り口を開く横島。



「わからないって、アンタが横島君をどうにかしたんでしょ!

 今すぐ、横島君を元に戻しなさい!」



吊り上げた横島をがくがくと揺さぶりながら大声を上げる美神。



「美神令子、済まないが私にもその方法が解らない。

 この10の35乗広い世界は私にとっても未知なるもの。

 私はただ、呼ばれたからここに来ただけなのだから」



されるがままに揺さぶられながらも美神に答える横島。

美神は横島の胸倉を掴んだまま、徐々に揺さぶる力を弱めそして対には項垂れてしまった。

そんな美神に対し横島は静かに口を開く。



「彼が如何してしまったのかは、私には本当に解らない。

 が、確かに横島はここに在る」



その言葉を聞いた瞬間、

立っている力をも失い、ひざから崩れる様に床にしゃがみ込んでしまう美神だった。



















それから5年の月日が流れた。

無論その5年の間には色々なことがあった。

横島が横島でなくなった直ぐ後。

ナルニアの両親の元へ帰るという理由で事務所を辞めようとした横島を、

美神は一切引き止める事が無かった。

『今までありがとう』

という言葉と共に破格の退職金をキャッシュで横島に差し出すことで、

事務所の他のメンバーを制する形を取り横島が去って行く背を見送った。

一方の横島も、その言葉通りにナルニアにいる両親の元へと帰って行った。

そんな彼の目的は贖罪だった。

前の横島の記憶を知識として持っている今の横島にとって、

両親は一番に謝罪するべき相手だった。

前の横島に身体を返す方法が解らない以上、

今の自分が前の横島を消してしまったのと同じである。

今の横島はそう理解していたし、喪失感というものの辛さは彼にも良くわかっていた。

彼自身、この世界に出てきて直ぐにそれを味わうことになったのだから。

謝罪が何の意味も持たないかもしれない。

それを理解した上で横島は両親の元へと謝る為に戻る横島。

そんな彼を横島の両親はただ受け入れた。

叱責をも覚悟していた彼にとって、その両親の態度は不可解そのものだった。

思わず問い返した横島に対し

「忠夫はGSという命すらリスクに換算する職を選んだのです。

 いつかこんな日がくる事も覚悟していました」

そして彼の母親から返ってきた答えに、横島はもう一度頭を下げる事しか出来なかった。

そして両親の元で父の仕事を手伝いながら暮らす様になった横島だったが、

20歳を迎えた時に、1つの願望を両親に告げた。

日本へ戻りたいと。

自分達の元へ戻ってきてから、

あまり自分の要求というものを見せなくなっていた横島のその願いを、

両親は苦い顔をしながら叶える事にした。

今度日本に行ったらもう二度と会えなくなってしまうのではないだろうか?

そんな疑問を心中奥深くに押し込め、横島の両親は彼を笑顔で日本へと送り出した。

それは横島がナルニアに来てから二年目の春の事だった。

















日本に戻った横島を出迎えたのは美神令子の母親、美神美智恵だった。

横島の母親から連絡を受けた美智恵は、

自分の娘がしでかしたことに対する責任感と、

オカルトGメン幹部としての職務が半々に入り混じった心持で横島を空港で出迎えた。

彼の両親が横島の為に押さえたホテルまで連れて行く道すがら、

美智恵はオカルトGメンとしての話を切り出した。

オカルトGメン幹部としての彼女は、横島を自組織に迎え入れる為にこの場に居たのだ。

横島にとって、その申し出は在り難いものだった。

目的の為に日本へ戻りたいと願った横島だったが、

目的を達する方法は解らず、そしてその方法を調べるあてすらなかったのだ。

自身の目的を達するまで、日本で生きて行こうと決めていた横島にとって、

生きる糧を得る方法を与えてくれるという美智恵の申し出は、まさに渡りに船だったのだ。

ふたつ返事とはいかないまでも、横島は美智恵の勧誘に好意的な返事をし、

後に組織へと入る契約をかわすことになった。

こうして横島は自身が生きて行くために再び霊能の世界に関わる事を選んだのだった。



















そして横島がオカルトGメンに属する様になってから三年が過ぎた。

今だ慣れぬデスクワークを終えた横島は、職場からの帰り道、偶然に氷室キヌと再会した。

久しぶりに会った二人は、横島の提案通り、一緒に美神除霊事務所まで戻ることにした。

二人並んで歩く道すがら、こんな事があった、あんな事があったとお互いの状況を語り合う二人。

職業柄、霊能関係の話題が中心となっていたが、二人にとってそれは確かに心地よい時間でもあった。

もちろんそんな時間も永遠に続くわけでは無く、20分ほどで事務所の前へと到着してしまった。



「どうです、横島さん。中でお茶でも飲んで行きませんか?」



事務所の入り口を前に、そう訊ねるおキヌに対し横島は首を横に振った。



「ありがとう、お、氷室さん。

 でも、止めておくよ。

 俺が顔を見せただけでも、あの人は不機嫌になるだろうからね。

 俺はまだあの人に赦してもらえてないから。

 誘ってくれた気持ちだけでも、ありがたく受け取っておくよ」



横島はそう言いながらおキヌの代わりに持っていた買い物袋を差し出した。



「そう、ですか…」



明らかに気落ちした様子で答えながら、横島の手から買い物袋を受け取るおキヌ。

そんなおキヌに動揺したのは横島だった。

誘われたのを断っただけで、おキヌがここまで落ち込むのは予想していなかったのだ。

そして彼女の中にある前の横島という存在の大きさに、改めてショックを受けたというのも否めない。



「氷室さん、今度時間が合うときに、別の場所でなら付き合えると思う。

 携帯の番号、教えてくれるかな?」



彼女の沈む顔をこれ以上見たくないという感情に従い、慌ててフォローするような言葉を続ける横島。

そんな横島の言葉にぱぁと表情を明るくしたおキヌは、スカートのポケットからいそいそと携帯を取り出した。



「じゃあ、番号の交換をしましょう。私の番号は…」



おキヌと同じ様にポケットから携帯を取り出した横島は、彼女が告げる番号を入力して行く。

その後、互いに携帯を鳴らし合い、番号交換を終えたことを確認した二人は、

再会を約し、その場は別れることにした。

上機嫌で事務所に入って行くおキヌの背を見送った横島は踵を返し、

自宅へと続く道を戻って行った。



















鼻歌を歌い、しあわせオーラを撒き散らしながら事務所の厨房に立つ女性。

言わずもがな、氷室キヌだった。

時折、自分のポケットを眺めてはにへらと表情を崩す彼女の後姿を見つめる二対の瞳があった。

おキヌと共にこの事務所にお世話になっている二人の少女、シロとタマモのものだ。

おキヌのあまりに上機嫌な様子に二人はひそひそと言葉を交わす。



「おキヌどのはたいそう上機嫌でござるが、何か良いことでも在ったのでござるか?」


「はあ? アンタ、本気で言ってるの?

 ったく、これだからオコチャマは…。

 あんな顔してるんだもの、何が原因かなんてバレバレじゃない」


「拙者は子供ではござらん。

 今年の春には六道女学院を卒業した一人前のれでぃでござるよ」


「はいはい、私と同じに卒業したわね。

 一人前って言っても、アンタは歳だけ重ねたようなものよね。

 現におキヌ先輩が何であんなに浮かれてるか解ってないし」


「むむむむ、そう言われると返す言葉も無いでござるが…。

 そう言うタマモは、おキヌどのが何であんなにははしゃいでいるか、解っているのでござるか?」


「当然じゃない。

 あんなに顔に出てるのに、アンタが何で理解出来ないのか、そっちが不思議なくらいよ。

 あの顔の崩れ様はね、間違いなくオトコよ」


「オトコでござるか!?

 いやそれは無いでござろう。だって、おキヌどのの心中には」


「アンタの言いたい事もわかるけど、人の心は移ろい行くものよ。

 あれから随分と経つし、先輩が心変わりしてもおかしくないわ」


「…そういうものなのでござるか?」


「たぶんね。

 私も人じゃ無いし、絶対にそうなのかって言われたら、絶対にそうです、とは言い切れないけどね」


「ふーん、中々興味深そうな話をしてるわね」



おキヌを見ながら話している二人に、背後からそう割り込む女性。

突然話しかけられた事に驚いた二人が振りかえるとそこには美神の姿があった。



「で、何でそんな話になってるの?」



そう訊ねる美神に対し、二人は言葉を並べるよりも視線をその原因へと投げかけることで答える。

先ほどまでと同じに鼻歌を歌い上機嫌な様子のおキヌに美神は眉をひそめる。



「おキヌちゃんに何かあったの?」



時折にへらと表情を崩すおキヌに不安を憶えたのか、美神は二人にそんな疑問を投げかける。



「わからないでござるよ。

 買い物から帰った時から、ずっとあの調子なのでござる」


「だから言ってるでしょ、あれは絶対オトコだって。

 所長もそう思うわよね?」



答えながら美神の方を振り向く二人。

が、美神は難しい顔をし口をつぐんだままおキヌの様子を見つめているだけだった。

しばらくそうしていた美神だったが、1つため息を吐くとくるりと背をむけそのまま立ち去ろうとする。



「私は晩御飯要らないから。おキヌちゃんにそう言っておいて」



廊下に繋がるドアに向いながら、美神は二人に言い残し、行ってしまった。



「美神殿まで……一体どうしたのでござるか?」


「さあ?」



美神の態度に首を傾げる二人。

キッチンでは陽気なおキヌが夕食作りに勤しんでいるのだった。

















コンコン


「失礼します」



扉をノックし、室内へと入るのはおキヌ。

夕食を取らなかった美神が少し心配になり彼女の私室を訪ねたのだ。



「あら、いらっしゃい、おキヌちゃん」



そうおキヌを迎えたのは瞳を半分閉じているような美神だった。

彼女の前には封を切られたばかりのボトルと、琥珀色の液体が注がれたグラスがあった。

部屋には彼女以外の人影はなく、彼女が一人で飲んでいたということなのだろう。

しかも、ボトルの中身が半分ほどになっていた事からすると、かなりのハイペースで呑んでいる様子だった。



「おつまみ、何か作りましょうか?」



氷すら入れず、ストレートでグラスを傾ける美神の身体を案じ、おキヌがそう訊ねる。

むろんおキヌとて、美神が何故そういった風な飲み方をしているのか、疑問には思っていた。

が、あえてそれを訊こうとはしなかった。



「いらない。

 ところで、おキヌちゃん。あの男はどうしてた?」



美神はおキヌの問いに短く簡潔に答え、逆におキヌに問いかけを返す。



「!?」



突然振られた話に、おキヌは少し混乱した。

まさか、美神からその事を指摘されるとは思わなかったからだ。

動揺するおキヌをよそに、美神は更に言葉を続ける。



「まあ、おキヌちゃんの様子からすれば、何となく想像はつくけどね。」



そう告げてグラスを傾ける美神。

おキヌは自分の顔から血の気が引いて行くのを感じていた。

美神によって、自分と彼との繋がりを断ち切られるのではないか?という恐怖からだった。

何時からか、この事務所において彼の事は禁忌となっていた。

彼の話題を出すだけで、美神は大体三日間ほど不機嫌となり、

仕事にも支障をきたす事がしばしば在ったからだ。



「それにしても、おキヌちゃんも案外薄情よね。

 だって、アイツの代わりにあの男って事でしょう?」



空にしたグラスに再びボトルの中の液体を注ぎ込みながら、美神は言葉を並べて行く。

自分の方を見もせず語る美神に、おキヌは何も言い返せず、ぎゅっと手を握り締めただ俯くだけだった。



「だいたい、あの男も少しは自覚したら良いのよ。自分が「いい加減にしてください!!」



さらに続けられる美神の言葉におキヌは大声で割り込んだ。

一瞬、何事かときょとんとした美神の元までツカツカと近寄ると、

その手の中からグラスを奪い取りそれを一気に飲み干した。


ダン!


グラスをテーブルに叩きつけ、美神を真正面から見据えるおキヌ。

何時もの穏やかな表情はそこにはなく、妙な迫力とともに据わった目がそこにはあった。



「確かに、私は今日、あの人と会いました。

 偶然でしたし、久しぶりにあったんですから、私も嬉しかった。

 でも美神さん、あの人が私のことを何て呼んだか解ります?

 『氷室さん』って呼ぶんですよ。」



そう続けるおキヌの言葉に美神は五年前のことを思い出していた。

今の彼になってしまった横島に自らの口で告げた言葉を。



「『アイツと同じ顔、同じ口、同じ声で同じ様に私達を呼ぶんじゃ無いわよ!』

 あの時、美神さんはそう言いましたよね?

 あの人はまだ、あの時の言葉を守っているんです」



それを聞いた美神はの心には驚きと後悔が入り混じって発生した。

あの事件の直後、半ば癇癪を起こした様に投げつけた言葉を、

彼が五年という歳月を過ごしてもなお忠実に守っていた事がそれなりの衝撃だったからだ。



「ねえ、美神さん、そろそろ赦してあげましょうよ。

 あの人を、そして美神さん自身を」



さらに続くおキヌの言葉に、美神の心は大きく揺さぶられた。

何故、自分が彼の事を話題すら出さぬように徹底的に避けながら、どうしても意識していたのか。

美神はおキヌの指摘で、ようやく自分の心のありように気が付いたのだ。



「あの人は横島さんじゃないけど、確かに横島さんなんです。

 歩き方や話し方、ちょっとした時に見せる癖までも全部横島さんなんです。

 それにあの人は言ってました。

 元の横島さんはここに在るって。

 こんな風に私達があの人を遠ざけていたら、

 横島さんが元に戻った時に、横島さん独りぼっちになっちゃうじゃないですか。

 そんなの悲し過ぎます」



そう語るおキヌの目からは何時しか涙が零れだしていた。

涙ながらに語るおキヌの言葉は、美神の心の中にあった1つの事実を顕にした。

横島が変わってしまった事に対し、美神がどうにもならないと何時の間にか諦めていたという事実を。



「私、美神さんの事が好きです。

 お金にこだわるのはアレだと思うけど、強くて、綺麗で、ホントは優しくて。

 そんな美神さんが私は大好きなんです。

 でも、今みたいに逃げてる美神さんは大キライです!」



言い切るのと同時におキヌの身体が傾いていく。

そのまま美神に全身を預けるように倒れ込んでしまった。



「ちょ、ちょっと、おキヌちゃん?」



いきなりの卒倒に驚いた美神は、少し慌てた様に訊ねながらおキヌの顔を覗き込む。

そんな美神に対しおキヌはすうすうと寝息で答えるだけだった。



「ったく、良いたい放題言ってくれちゃて…」



ため息を吐きつつ、美神は自分に身体を預けて眠るおキヌの頭をそっと撫でる。

それでも目を覚ます気配すらないおキヌが、先ほど語った言葉を頭の中で反芻する美神。

しばらくそうして考えていたが、決意と共に1つの結論に辿り着く。



「らしく行きますか」



誰とも無しにそう呟き、ぐっと拳を握る美神だった。



















自宅のマンション(とはいえ今の職場であてがわれたもの)に戻る前に、

横島は何時もの所へと寄り道をしていた。

その場所は別段特別な場所ではなく、彼の住んでいるマンションの屋上だった。

フェンスの設置されていない屋上で緩やかな風に吹かれながら、

横島は何故こうなってしまったかを考える。

元居た世界より10の35乗広いこの世界に、

何かに呼ばれるように来たことは何ら後悔はしていない。

ただ、自分の隣には何故対が居ないのか?

答えなど出るはずのない彼自身への問いかけを、

横島は今まで幾度となく繰り返してきたのと同じに自問する。

彼が一人で考えているうちに太陽は落ち、街はすっかり夜の顔へと変貌を遂げる。

都会の夜の明りの所為で、夜空には月しか見ることが出来ない。

そんな明るさに体内時計を狂わされたのか、

横島の眼下を二羽のつがいの鳩が戯れるように飛んでいく。


ギシリ


軋む胸を押さえ、その二羽の鳩を羨望の眼差しで追う横島。

やがてその二羽も横島の視界から外れるほど遠くに飛び去ってしまう。

実際には存在しないはずの胸の痛みに耐える横島。

今まで一億五千万秒耐えてきたのだから大丈夫だと、自分に言い聞かせる横島。

数分後、胸の痛みが引いた横島は気持ちを切り替えるために何時もの行動を取る。



「チチシリフトモモー!」



記憶の中からありとあらゆるそういった光景を引き出した横島の叫びが夜の街に響いた。

そして横島は自室へと帰るために中空へとその身を躍らせるのだった。

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