ザ・グレート・展開予測ショー

YOKOSIMA Phantom Memory 前編


投稿者名:くま改めトヨタはゼロ
投稿日時:(05/ 8/28)

中規模の食料品販売店、所謂スーパーマーケットから出てきた一人の女性は、

右手にぶら下げていた買い物袋ではなく、左手に持ったメモ用紙に視線を落としていた所為で、

彼女からして左手の方から俯き加減に歩いてきた男性とぶつかってしまった。



「ご、ごめんなさい」



ぶつかったとはいえ互いに急いでなかったのが幸いし、

双方とも転倒するようなことはなく、結果として肩触れ合お互いによろめく程度に終った。

腰まで届きそうな長い黒髪をしていた彼女は、

すぐさま頭を下げ自分がぶつかってしまったその男性に謝罪をする。



「あ、いや、こっちこそボーとしてたみたいだ、ゴメン」



バンダナを額に巻いた細身の男性の方も、

深々と頭を下げる彼女に合わせるように頭を下げる。

お互いに頭を下げ合う二人のうち、

謝っている相手が自分の知り間と先に気が付いたのは女性の方だった。

どこか見憶えのある体躯に何かを感じ、恐る恐る視線を上げて確認をするように口を開く。



「横島さん?」



自分の名を呼ばれた男性は訝しげに思いながらも顔を上げ、相手の姿を改めて確認する。

そして条件反射的に出そうになった言葉を噛み殺し、一息ついてから口をひらく。



「久しぶりだね、氷室さん」



その彼の言葉に、彼女は少し悲しげな表情を浮かべ、それでも笑顔で彼に答える。



「はい、久しぶりですね、横島さん」



再び見ることになった彼女のその何とも言えない表情に、約束は守れていると彼は少しだけ安堵した。

それでも彼女と久しぶりに会えた事は、彼にとって良い事だったらしく、

先ほどまでは沈んでいた表情を自然に崩しながら彼女に話しかける。



「氷室さんは、今から事務所に帰るところ?

 良ければ、送って行くよ」



再び自分の名を呼ばれた彼女は心に複雑な思いを浮かべつつも、

彼の問いかけに肯定の返事を返して行く。



「じゃあ、お願いしても良いですか?」



久しぶりの再会を心から喜びつつ彼女は笑顔を彼に向けた。



「じゃあ、行こうか」



彼はそう言いながら彼女の持っていた買い物袋を手に取ると、

自分の住居とは逆方向にある事務所へと歩み出す。

彼のあまりの自然な行動に買い物袋を渡してしまった彼女は、

一つ肯くとそっと彼の隣に寄り添う様に歩き出した。

スーパーマーケットから事務所まで普段なら15分ほどの道のりを、

二人はゆっくりと歩いて行くことになった。



















5年前。

とある施設の通路を1組の男女が歩いていた。

コツコツとヒールの音を響かせてあるく妙齢の女性と、その後に付いて行くバンダナの青年。

薄暗い照明の下、あまりにも長く続く通路にあまりいい気はしなかったのか、

少し怯えた表情で青年は女性に問いかける。



「み、美神さん、大丈夫なんですか?

 その新しく出来たっていうリ…何とかっていう発電所は…。

 何だか凄く嫌な雰囲気がするんすけど」



情けないような声の青年の問いかけに、美神と呼ばれた彼女は足を止めることなく口を開く。



「嫌な感じがする、っていうのは誉めてあげても良いかもね、横島君。

 元々ここは旧帝国軍が犠牲を問わずに掘り下げた最上級の防空壕。

 まあ今風に言えば核シェルターになるのかしら。

 ともかくそういったものであるし、その頃の犠牲者の念というのが無いわけじゃないものね。

 もっとも実害を及ぼすほど強いものは報告されて無いらしいけど」



そう続けられる美神の言葉に、横島はきょろきょろと視線をめぐらし、

自分の周りにそういったモノがいない事を確認してしまう。

ただ前をみて進んでいる為、そんな横島の様子に気がつかない美神は更に言葉を続ける。



「それとね、今、向かってる施設はリナクスエナジー発電システムよ。

 今朝から数えて三回目の説明よ、いい加減憶えなさい」


「い、いや、あの、大体のところは理解してるっスよ。

 そのリナクスとかって奴を呼び出して、

 そいつが持ってるエネルギーを掠め取るっていうセコイやり方をする施設ですよね?」



ピシャリと不機嫌ながら言い放つ美神に、己の身の危険を感じた横島は慌てて総言い繕う。

自分の叱咤に続けられた横島の言葉に足を止めた美神は、

(もう少しマシな言い方が出来ないのだろうか、この丁稚は?)

と思いつつ一つため息を吐く。

そして、もう良い、とばかりに頭を振り顔を上げると再び歩き始めた。

その様子に横島は、(うわ、やってもうた)と心の中で反省しつつ、

美神の様子を先程まで以上に注意を払いながらその後に付いて歩き出す。

とそんな横島の頭に別の疑問が浮かび上がった。

正確にはここの話を聞いた時から思っていた疑問が彼の頭の中で再浮上したのだ。

その疑問を口にするかどうか決めかねていた横島だったが、

先行する美神の背からはあまり怒気が伝わってこない事で心を決め、美神に疑問をぶつける事にした。



「一つ聞いていいっすか、美神さん」


「何、横島君?」



そう横島の問いかけに答える美神の声はいたって普通で、

横島は美神が全然怒って無い事に安堵する。

そして、先ほど頭に浮かんだ疑問を口にした。



「どうして美神さんが、この施設に協力してるんすか?」



その疑問は横島にとっては当然に思いつく疑問だった。

お金にならないことには指一本動かしたがらない。

横島は美神の持っている一面をそういうふうに理解していた。

その彼女がリナ何とか言う訳の解らないこの施設に対し、

協力どころか出資までするのは、何かウラがあるはずだ。

その理由が恐らくというか当然金銭にからむのだろうと、半ば確信しつつの疑問でもあった。



「どうして…か。

 そうね、移動する時間もあることだし、

 少し長くなるけどちゃんと説明しといた方が良いわね。

 ――横島君は、経済の成長とは?って聞かれたら、何て答える?」



説明をするといった美神は横島の疑問に対し、更に疑問で返す形をとった。



「へ?えっと、あの、その、やっぱ、皆がお金持ちになる事かな?」



逆に聞き返されるとは思っていなかった横島は、しどろもどろになりながら何とか答え、

(うわ、何か良く解らんこと言ってる、俺?!)

と美神にまた怒られるのではないかとビビッていた。

だが美神は横島の答えに怒る様子も無く、軽く肯くと言葉を続けていった。



「まあ、一般的な認識としてはその程度よね。

 昔は私もそう思ってたし…。

 でもね、ホントはそうじゃなかった。

 一般的に経済の成長といえば、

 より多くの資源を消費し生産することで景気を拡大して、

 失業や経済の危機から人々を救済し、富の配分を増やす。

 そう考えられていたし、そう実践されているわ。

 でも実際の地球上には全人口を裕福にするほどの資源はなくて、

 資源の枯渇と貧困は拡大し続けているわ。

 それは事実上、経済が成長してるわけでも景気が拡大してるわけでもないということよ。

 世界的に見れば、経済は明らかに急勾配転げ落ちていると言えるでしょうね。

 この辺りのことは一部のエコノミストから再三に渡り警告されてきたという歴史があるわ。

 でも、根本的な意味で地球経済に致命的なダメージを与えかねない過剰な生産や消費は、

 依然として歓迎奨励され続けているのが現状よ。

 私が恐ろしいと思うのはこういった形での資本への盲信が、

 産業経済界だけでなく、政治指導者から国際開発機関、

 そして一般社会にまで広範囲に根強く浸透してしまっている事よ。

 企業や政府や、経済活動こそが発展だと考える人々は無知としか言いようが無いわね。

 まあ、私もその口だったし、偉そうなことは言えないのだけど…」



肩をすくめながらそういう美神だったが、説明を聞いている横島にはちんぷんかんぷんだった。



「あの、すんません、美神さん。

 話が全く解らないんすけど…」



これ以上難しい話をされたら敵わないと、怒られるのを覚悟したうえでの横島の言葉。

が、美神は軽くため息をついただけで、横島を怒鳴るようなことはしなかった。



「そっか、横島君には難しかったか。

 じゃあ、もっと簡単にいうと、私は環境活動参加の一環としてこの施設に協力してるの」



その分、美神の口からは、疑問を投げかけた横島の予想の斜め上を行く答えが返ってきたが。

その美神の言葉を聞いた横島が行なったのは先ず己の耳を疑う事だった。

両手で耳を数回押さえたりして、自分の聴覚が機能していることを確かめると、

確認の意味を込めて美神に訊き返す。



「美神さんが、環境活動ですか?」



環境活動と聞いて横島が脳裏に思い浮かべたのは掃除のイメージだった。

自然保護の為に○○湖を綺麗にしましょう。

などと言っておばちゃんのボランティアが集団でゴミ拾いをする風景を、

横島はいの一番に思い浮かべていた。

もちろんそれは横島の持つ美神のイメージと、決して相容れないものであったのだ。



「信じられないって顔してるわね。

 今思えば、昔の私からは考えられないことかも知れないわ。

 でもね、横島君、今私達が居るこの時代に何らかの形で環境問題に対応するのは特別な事じゃないわ。

 今ある環境破壊は、人類の歴史上ごく最近の急激な経済成長によってもたらされたものよ。

 この時代に生きている誰もが、加害と被害の無関係ではなくて、

 つい最近それに気が付いたか、うすうす気が付いていたか、

 遅かれ早かれ気が付く立場にあるの。

 私達に残された選択はその事を無視するかどうかだけど、

 この問題の場合、真剣に対応するよりも真剣に避けて通る方がはるかに難しいわ。

 もしその問題を無視しようとしても、

 時を重ねるにつれ、その問題は大きくそして身近に迫ってくるのだから。

 環境活動をすると聞いて横島君がどう思うか解らないけど、

 私は自分が立派なことをしているっていう意識はもってないわ。

 私はただ自分らしくありたいの。

 どう足掻いても逃げられないものなら、打って出る方が私らしいと思わない?」



ちらりと横島の方を、視線だけで振り返りつつ語られる美神の言葉。



「そうっすね」



その言葉の前半部分はほとんど理解できなかった横島だったが、

後半部分の美神らしさと言うところは共感し同意の言葉を返していた。

攻め手か受け手かと問われれば、美神は間違いなく攻め手である。

しかも、逃げるフリして油断させたところに、キツイ一発を見舞うようなタイプである。

少なくとも横島はそう認識していたのだ。



「ま、こうやって協力する一番の理由は、未来の私のクライアントが減ったら困るっていうのだけどね。

 ああ、それとね、この施設、GS協会とオカGの許可がとってあるわ。

 つまり、ここはオカルト的に公に認められた施設でもあるの。

 もっとも、その許可の所為で、私がこうやって監視に来ないといけないはめになっているんだけど…」



最後にはため息混じりに語られる美神の言葉を、後に付いて歩きつつ聞いていた横島だったが、

美神の口から語られた監視と言う言葉に引っ掛かりを覚えた。

そしてまさかと思いつつも美神に訊ねる。



「美神さん、この施設って誰が考えついたものなんすか?」



そんな横島の問いかけに美神の表情がビシリと固まった。

そして、おもむろに横島の方をくるりと振りかえると、その襟首をガシッと掴んでから口を開く。



「ドクターカオスよ」



嫌な予感がそのままドンピシャリと的中した横島は、

自分の襟首をしっかり掴んでいる美神に無駄と思いつつ訊ねてみる。



「すんげー嫌な予感がするんで、帰っても良いっすか?」


「不許可よ」



横島の問いかけに即答する美神。ガックリとうなだれる横島。

にべにもないといった様子の美神だったが、掴んでいた襟首を離しこう続ける。



「でも、本当に横島君が嫌だったら帰っても良いわ。

 除霊とは一切関係のない事だし、門外漢の私達が出来るのは見てる事だけだものね。

 私はただ万が一を考えて、事務所の中で一番臨機応変に動ける横島君を連れてきただけだから。

 どうしても居てくれなきゃ、困るわけじゃないの。

 あ、それと、もし帰った場合、当然今日の給料は付けないから」



横島は美神の言葉を聞き、

(ここまで移動時間を含めて2時間付き合わせといて、給料無しとは相変わらずなお人や)

と思うのと同時に、美神が自分に寄せている信頼というものを感じ取っていた。



「ふう、そう言われたしゃーない。

今月もヤバめなんで、最後まで付き合わせてもらうっす」



ため息を吐きつつそう答える横島。美神は横島の答えに満足げに頷くと



「じゃあ、行くわよ」



と再び歩き出した。



「うぃーす」



横島もそう答え、先程よりも軽い足取りで美神の後を追い始める。

美神は先ほどと同じ様に自分の後ろを付いて来る横島にそっと胸を撫で下ろした。

この開発のパテント80%をぶん取ることになってるのがばれなくて良かったと。



















「着いたわね」



そう言いながら開かれた扉の向こうに広がる空間に横島は驚いていた。

今まで通ってきた薄暗い通路とは違い、

明るくいかにも最新技術を扱っていますという感じの空間が広がっていたからだ。

空間は2つのスペースから成っていた。

数台のコンピューターが部屋の半分ぐらいの容積を占めている狭い部屋と、

その中央に炉のようなものが設置された大部屋。

美神たち二人が入る事になったのは小さな部屋の方だった。

美神たちが入ったその部屋の一面はガラス張りになっており、

隣の大部屋の様子が良くわかる様になっており。、さしずめコントロールルームといったところなのだろう。



「調子はどう?」



数人が働いているその部屋で指揮を取っている一人の老人、

言わずもがなドクターカオスだが、

に声をかける美神。



「おお、美神令子と小僧ではないか。

 調子など、このカオスが関わっておるのだ、調子は良いに決まっとるわい」



と文字通り調子の良い言葉を返してくるカオス。

そんなカオスに美神は半眼になりながら言葉を続ける。



「私の聞いた話じゃ、

 リナクスが安定しなくって、

 5分も続けてエネルギーを抽出出来ないってことだったけど?」



その言葉にカオスは美神から目をそらすと、キーボードを叩きつつ口を開く。



「ふん、それは三日前までの話。

 リナクスの特性を理解した今ではただの昔話に過ぎんよ。

 現に三日前の実験では十八時間は完璧に安定しておったわ。

 今日改めて稼動することになっていなければ、あのまま二年でも三年でも安定しておっただろうよ」



そう自身満々に続けるカオスの言葉を美神はまだ渋い顔をしたまま聞いていた。



「今の話、本当なの?」



そしてカオスの言葉を全く信用していないとばかりに、

彼の隣で別の作業をしているアンドロイドのマリアに問いかける。



「イエス、ミス・ミカミ。

 ドクターの、言葉、本当です。

 私の計算でも、二年間、安定する確率は、98%です。

 外的要因を、除けば、ほぼ100%、安定、してました」



作業をする手を休めることなく、マリアは美神に答える。



「そう、なら良いのよ」



と大きく頷いた美神だったが、マリアのやっている作業の内容と、

何時の間にかマリアの隣に座り、慣れた手つきで作業に参加している横島の姿に眉をひそめた。



「まあ、マリアは置いておくとして、横島、アンタ何やってんのよ!」



いそいそと内職であろう造花作りの作業にいそしんでいた横島を怒鳴りつける美神。



「ハッ、そやった、今はバイトの最中だった」



美神に怒鳴られ、ようやく我にかえる横島。

どうやら無意識下でマリアの作業に参加していたようだ。

その横島の様子にこめかみを押さえながら俯く美神。

そしてマリアに内職をさせているであろうカオスに近寄ると、こそっと問いかける。



「カオス、何でマリアに内職させてるのよ。前金は十分渡したはずよ」


「そんなものは、滞納していた家賃で皆無くなってしまったわい」


「一体、何時から家賃溜めてたのよ?」


「さあて、何時だったかのう?」



そんな風に美神とカオスが話している間に、

横島は造花作りの作業をキリの良い所で終え、一束にして纏めるとマリアに手渡す。

頭を下げ礼を言うマリアに、いつもの事だから気にするなと告げる横島。

よっこらせと立ち上がった横島に気が付いた美神は、

カオスとの話を早々に切り上げると、くいくいと指を曲げ横島を呼びつける。

ゲシッ!

何ですか?と近寄った横島の頭に落とされる美神の鉄拳。



「うごぉ」



と殴られた頭を押さえしゃがみ込む横島に投げかけられる美神の言葉。



「横島君、今アンタに時給を出してるのは私よ。

 あんまり勝手な事してるとシバくわよ」



にっこりと笑みを浮かべ、だが、こめかみには青筋を浮かびあがらせながら続けられる美神の言葉。

横島は目じりに涙を浮かべ、



「ういっす、以後気をつけます」



と答えるのみだった。

無論横島とて、

(もう、どうついとるやんけ。この頭の痛みは幻かちゅーねん)

とか思っていたが、口にすることは無かった。

「じゃあ横島君に『シバく』の本当の意味を教えてあげるわ」

とかのたまわれてボコボコにされそうな気がしたからだ。

横島とて、セクハラもして無いのに殴られたりするのはゴメンなのだ。

ただ、それは美神にセクハラ出来るのなら、

ボコボコにされるぐらいの覚悟はあるというのの裏返しではあったが。



「それにしても、美神さん、結構人が居るんですね。

 俺、カオスとマリアの二人だけで作業してるもんだと思ってましたよ」



殴られた事など無かった様なケロリとした風の横島は部屋の中をぐるりと見渡しそう口をひらいた。



「ほら、さっきも言ったけど、GS協会とオカGから許可を得てるのよ。

 その二つの組織からの派遣員よ、彼らは。

 カオスが自分で雇ってる人員じゃないわ。

 もちろん、協会やオカGもただ人員を出してるだけじゃないでしょうね。

 カオスの研究成果を学び取りたい、悪く言えば盗み取るためにここに居るんでしょうね。

 まあ、あの様子じゃ、その目的の方を上手く果たせてるとは思えないどね」



そう言いつつ美神が振りかえるのは、どこか疲れたような顔をしながら栄養ドリンクを啜る研究員の姿。

これから行なわれるシステム稼動に向けてと言うことなのだろう。

よくよく見ると部屋の隅にはその手の栄養ドリンクの空ビンが数十本並べてあった。

「最近の若いもんは軟弱でいかん」

とはカオスの弁。

GS協会やオカGから派遣された恐らくは優秀であろう研究員達も、

このバイタリティ溢れる老人には付いて行くのがやっとだったのだ。



「美神令子、そろそろ始めたいのだが…」



最終調整の為か、先ほどまで自らがキーボードを叩いていたカオスが、美神達の方を振りかえり告げてくる。



「良いわよ、始めて頂戴」



予算削減の為か、用意されていたのはパイプ椅子だったが、

そのいすにドカッと腰を下ろした美神はカオスにGOサインを出す。



「マリア、始めるぞ」


「イエス、マスター」



カオスは美神の言葉に大きく肯くと、作業を中断しカオスの隣に座ったマリアに指示を出す。

マリアは淡々と答え、キーボードと繋がっていたジャックを、己の左手首の辺りに接続した。



「リナクスエナジー発電システム、起動!」



室内にひびくカオスの掛け声。

強化ガラスの向こうの大大部屋の中央に位置する炉に火が入る。

とはいえその外見上に変化は無く、

モニターに映し出された炉の中に設置されたセンサーが拾う数字にのみ変化があらわれていた。

それ以外の変化と言えば、ガラスの向こうの炉から響いてくるであろう、

低く重い駆動音が聞こえてくるぐらいだった。



「粒子加速器、順調に稼動中」


「例の領域まであと60秒」



モニターに映し出されるデータを読み上げて行く研究員達。

カオスはその声をふだんは見せない真剣な表情で聞いていた。



「領域までカウント、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」


「領域接続」


「異常光子発生を確認」


「光子の誘導を開始」


「加速機エネルギーカット」


「領域閉鎖」


「触媒との融合を確認」


「エネルギー抽出を開始します」



そこまで行程が進んだ所で、研究員達からはホッとため息が出る。

今までの実験と同じく何ら問題が起きなかったことに安堵したのだ。

そんな彼らと同じ様に気を抜きかけたカオスだったが、

モニターに映るエネルギー効率上昇率に眉をひそめた。

そして一瞬の間を置いてカオスの頭脳は1つ結論を導き出した。



「稼動中止!!隔壁閉鎖!!」



突如立ち上がり叫ぶカオス。


「イエス、マスター!」


ガシャン!


突然のカオスの叫びに、どの研究員達よりも早く動いたのはマリアだった。

炉のコントロールパネルにある黒と黄色のストライプで縁取られたガラス板を拳で叩き割り、

その勢いのままその中の空間にある赤い大きなボタンを押し込んだ。


ヴー!ヴー!


赤色灯が回り警告音が響くなか、

ゴゴゴと重低音を響かせながら厚さ1mはゆうにある隔壁が、

炉と美神達のいる部屋の中間辺りに降ろされていく。


ズズン!


隔壁が完全に閉鎖した振動が地面を伝い美神達にも届けられる。

カオスの怒鳴り声、そして閉鎖された隔壁。

カオス以外の誰もが何が起きたのか理解できてなかったが、ただ1つのことだけは解っていた。

とにかく今日のリナクスエナジー発電システムの起動は失敗だったのだと。

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