ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク(&ワルキューレ)出向大作戦6 『パピリオ、世話をする(?)』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 8/28)

早朝の妙神山の一室。

白いシーツが掛けられただけの簡素なベッドに銀髪の小さな男の子が横になっている。
ベッドの横にはモニターが置かれ、男の子の体にはコードが繋がれていた。
モニターには男の子の体の調子が数値で表示されている。

『ふむ、なるほど……少尉、もう起きても良いですよ。』

モニターを見ていた年老いた山羊の顔をした魔族が、男の子に声をかける。
少しよれた白衣を身に纏い、度の強そうな眼鏡を鼻に乗せている。
どうやら医者のようだ。

『いったい何をしたのか知りませんが、少尉の魔力はほとんど空に近い状態ですな。
専門家として言わせてもらえば消滅しなかったのが不思議なくらいです。
当分その姿のままでしょうが、魔力が回復次第元に戻るでしょうから心配はいりませんよ。』

少年――魔力が枯渇したジークフリードは体からコードを外しながら起き上がる。

「だいたいどれくらいで元に戻りますか?」

医者は少し考え込むと、答えた。

『……そうですな。恐らく一月、といった所でしょう。
まあ、少尉は働き詰めのようですからな。
これを機会に少し休まれると良い。』

ジークが素直に頷くのを確認すると医者は器具をしまい魔界へ帰って行った。

(一月もこのままなのか……姉上一人を人間界に残すのは気が引けるが、今僕が戻っても足手纏いにしかならないだろうな。
仕方ない……元の体に戻るまでしばらく妙神山で休むことにしよう。)

しばらくここに留まる事を責任者の斉天大聖に伝えようと部屋を出ようとするが、
幼児なみに縮んでしまった体ではどうにも動き辛い。

腕力や体力も幼児なみに低下してしまった体で、四苦八苦しながら扉を開ける。

苦労しながら扉を開けるとその先でパピリオが待ち構えていた。

「医者は何て言ってたんでちゅか?」

何故かパピリオはニコニコ笑顔を浮かべている。
どうやら中の様子を盗み聞きし、既にジークが一ヶ月妙神山に滞在する事を知っているようだ。

(まったく、困った子だなあ……)

心の中でやれやれと頭を振ると、既に知ってるであろう内容を教えてやる。

「先生に安静にするように言われたからな、一月くらい妙神山で静養するつもりだ。」

「やったでちゅ!」

満面の笑みでガッツポーズをして、飛び上がらんばかりに喜んでいる。

「師匠殿と小竜姫にも伝えないといけないから、遊ぶのはそれが終わってからだぞ。」

パピリオの次の台詞を予想し、先に釘を刺す。
パピリオは不満げに口を尖らせたが、すぐに済むと聞くと渋々だったが納得したようだ。

「なら、パピリオの部屋で待ってるでちゅ。早く来るでちゅよ!」

そのまま部屋に戻ろうとしたが、何かを思い出したのか、くるりと振り返ると戻ってきた。
ジークの頭の上に手を乗せると、上下に手を動かす。

どうやら自分の身長と比べているようだ。

どう見ても頭一つ分、パピリオの方が背が高かった
しばらくそうしていたが、ニヘ〜と笑うと部屋に戻って行った。



(くぅ……なんだろう、この敗北感は……)

廊下に一人残されたジークが壁に手をついてうなだれていた。


























「そうか、そういうことならしばらく休養すると良いじゃろうな。」

「きっとパピリオも喜びますよ。」

最初から二人が反対する筈が無いのだが、案の定快く頷いていた。

「お主の部屋はそのままにしてあるから、それを使うと良い。」

「ありがとうございます」

律儀に頭を下げる。

「なら案内してあげますね。縮んだ体だと何かと不便でしょうから。」

小さくなったジークにくすくす笑いかけながら小竜姫も部屋を後にした。












廊下を歩きながら、真面目な顔に戻った小竜姫がジークに話し掛ける。
とはいってもジークの今の身長は小竜姫の腰下あたりなので、どうしても頭を見下ろす形になってしまう。

「……ところで、ルシオラさんの復活の手掛かりを掴んだそうですね。」

話の内容の重要性を考え、声を潜めている。
あの件を知っているのはジークとワルキューレを除くとヒャクメと小竜姫と斉天大聖だけだった。
失敗すればルシオラの存在が完全に消滅してしまうため、パピリオやべスパにも伏せられているのだ。

「……ええ、その通りです。
とは言ってもそれを考えついたのはドクター・カオスだそうですが。」

以前、月を攻めたメドーサ達を倒すためにドクター・カオスに宇宙船を造らせた事があったので
二人とも彼の技術力はよく知っていた。

せっかくの休暇に真面目な話をするのも無粋だと思ったのか、
小竜姫が明るい声で話題を変えようと話しかける。

「美神さんや横島さんは元気にしてましたか?」

「ええ、まだ少しあの事件を引き摺っている感じでしたが、だいぶ立ち直ってるように見えました……
あ、そう言えば事務所に新しいメンバーが増えてました。人狼と九尾の狐だそうです。」

「相変わらず、規格外の事務所ですねぇ……」

小竜姫が引き攣った笑みを浮かべている。
歴史に名を残すほどの大妖や、希少種族の人狼を雇っているような事務所はあそこくらいだろう。

世間話をしながら歩いていると、ジークがつまずいて転んでしまった。
やはり縮んでしまった体にまだ慣れていないようだ。

小竜姫が手を引いて起こしてやると、膝を擦りむいて血が出ていた。

「あらあら、大丈夫ですか。」

小竜姫が心配そうにジークの顔を覗き込む。

「うーん……どうやらかなり身体の強度が落ちてるみたいです。
魔力が元に戻るまではこの調子でしょうね。」






「…………もしかして、その身体でパピリオの相手をするんですか?」








「あ―――。」












―ヒュウゥゥゥゥゥ―




廊下に薄ら寒い風が吹きぬけた。

























「むー、遅いでちゅ。
れでぃを待たせるもんじゃ無いでちゅよ?」

ジークがパピリオの部屋を訪れると、待たされてご立腹のパピリオが出迎えた。


――れでぃって誰ですか?


と突っ込みたかったが、口を慎む。
今の体でパピリオに殴られでもしたら潰れたトマトになるのは間違いない。

「パピリオ、ジークと遊ぶ前に注意事項があります。
ちょっとそこに座りなさい。」

一緒についてきた小竜姫がパピリオにジークの体が弱っている事を説明する。
いつもの調子で遊ぶとなると、ちょっとした惨殺死体が出来上がるだろう。







「なるほど、話はわかったでちゅ。」

うんうんと何度も深く頷いている。

「だったら元気になるまでパピリオがジークの世話をするでちゅ!」

胸を張ってパピリオが宣言した。





部屋に沈黙が訪れる。






「パピリオ、ジークは犬や猫ではないんですよ?」

小竜姫が諭すように説得するが、パピリオは自信満々だ。

「大丈夫でちゅ!」



「パピリオ、僕は犬や猫じゃないんだぞ?」

ジークも諭すように説得するが、やっぱりパピリオは自信満々だ。

「大丈夫でちゅ!」




「パピリオよりちっちゃいジークは弟みたいなものでちゅ。
ちゃんと世話してみせるでちゅ!」

「うっ!」

『パピリオよりちっちゃい』は、ジークにとって大ダメージだったようだ。
うめき声をあげると畳に寝転んで動かなくなってしまった。



「弟、ですか?」

「べスパちゃんもルシオラちゃんもパピリオよりおっきかったでちゅ。
つまりジークよりおっきいパピリオはお姉さんの資格が有るということでちゅ。」

えへんと胸を張って断言するが、その無茶な理屈はどこから出てきたのか。
ある意味間違ってないだけに小竜姫もどう答えれば良いかわからない。
横目に動かなくなったジークを見ながら、考え込んでしまった。

(うーん、困りましたねぇ……何て言えばわかってくれるのか。)

頭を悩ませていたが、ふと良い考えを思いついた。

(いや、これはむしろパピリオにとって良い勉強になるかもしれませんね……
この子もこれを機会に力の使い方を考えてくれるかもしれませんし……
まあ、ジークなら……多分大丈夫でしょう……何と言っても『あの』ワルキューレの弟ですし。)

うんうんと一人納得すると、パピリオに切り出した。

「わかりました、パピリオ。
ジークの世話はあなたに任せましょう。」

ぐっとパピリオがガッツポーズをとる。

「ただし、修行はちゃんと続けますからね?。」

「もちろんでちゅ!お姉さんとしてジークに情けない姿は見せないでちゅ!」

やる気満々で頷くと修行の準備を始めた。
いつもなら嫌々やるのだが今日のパピリオは一味違う。


ようやくショックから立ち直ったジークが何事かと小竜姫を見上げる。
どうやらまだ現状を把握できていないようだ。

「えーと、あなたの事はパピリオが面倒を見てくれるそうですから、頑張ってくださいね。」

「ちょ、ちょっと待って下さい!止めてくださいよ!!
そもそも面倒見てもらう僕が頑張るっておかしいでしょ!?」

「パピリオの成長のためにはこういう経験も必要かな、と。
大丈夫です!ワルキューレの弟ができるんだから、パピリオの弟もできますって!」

「どんな理屈ですか!?」

思わず突っ込むが、そうこうしている内にパピリオの準備が終わってしまったようだ。

「さあ、行くでちゅよジーク。朝は修行の時間でちゅ!」

「え、僕も参加するのか!?」

「もちろんでちゅ。パピリオの勇姿を見届けるでちゅ!」

パピリオはジークと手を繋ぐと、強引に道場まで連れて行ってしまった。





(うーん、これで本当に良かったのかしら?)



強引に引っ張っていくパピリオの後姿を眺めながら、小竜姫が頭を抱えていた。

























「修行を始める前に、パピリオ、何故ジークを連れて来ておるのじゃ?」

斉天大聖が首をかしげている。

「お姉さんが弟の面倒を見るのは当たり前の事でちゅ。」

えへんと胸を張って答えるが、斉天大聖は初耳だったので余計に首をかしげている。

「弟とはジークのことか?
ジーク、パピリオはいきなり何を言っとるんじゃ?」

「それが、僕がパピリオより小さくなったからパピリオがお姉さん役をやりたいと言い出したのです。
師匠殿からも何か言ってやってください。そもそも僕はパピリオに世話してもらわなくても大丈夫なんです。
確かに体は縮んでしまいましたが中身は変わってないんですから!」

小さな拳を精一杯握り締め、ジークが必死に斉天大聖に訴える。

「そうじゃのう……」

ふむ、と相槌を打つと考え込む。

(パピリオもこれを機会に力の使い方を考えてくれると良いんじゃがのう。
うむ、きっと良い経験になるじゃろうし、止める必要は無いじゃろうな……
ジークは、まあ大丈夫じゃろう。何と言っても『あの』ワルキューレの弟じゃしな。)


流石は師弟。
考える事は全く同じだ。


結局、斉天大聖と小竜姫の許可が降りたパピリオはジークのお姉さんに認定される事となった。

























「では座禅から始めるぞ。」

「わかったでちゅ。」

「わかりました。」

うう、どうしてこんな事に……

僕が休める場所はどこにもないのだろうか。

だがこれもパピリオにとっては意味のある事なのだろうし、我慢してあげるか……





―30分経過―





ん、なんだか視線を感じるぞ。

おや、師匠殿、どうしたのですか?


『隣を見ろ』?
パピリオがどうかしましたか?


む、結構限界っぽいですね。やはりパピリオは精神統一は苦手のようですね。



あれ、また視線を感じる。

師匠殿、まだ何かあるのですか?


『空気読め』?
なんのことですか?



…………ああ、なるほど。




「師匠殿、僕はそろそろ限界です。」


「むぅ、そうか。
なら座禅はここまでにするか。」


「ふう、ジークもまだまだでちゅね。
でも気にする事はないでちゅ。誰にでも向き不向きはあるんでちゅから。」


ふふ、本当に嬉しそうだ。


でもパピリオ、僕の頭を撫でるのはやめて下さいね。
結構傷付きますから。


ま、考えてみれば、『お姉さん』の面目を潰しちゃマズイよな。


わかりましたよ、師匠殿。

体が元に戻るまで、パピリオの弟役を立派に果たしてみせますとも。


「では次は体術の訓練じゃ。
流石にこれはジークには危険じゃからな、見学だけにするんじゃ。」


「わかりました。」


ええ、もちろんです。

こんな体でパピリオと闘えば、生きて帰れないのは確実です。

























「それでは今日は棍術の修行とする。
いつものように霊力の使用は禁止。体術だけで敵を倒すように。」

「任せるでちゅ!」

今日の相手は禍刀羅守で良いか。


「それでは、制限時間30分、はじめ!」


ふむ、いつもは注意散漫なのじゃが、今日は随分集中しておるのう。

パピリオも弟に良い所を見せたいのじゃろうな。


ふふ、かわいいもんじゃ。




「それまで!」


禍刀羅守を倒すのに3分か……

いやはや、霊力を使わずにこれだけ闘えるとは、将来が楽しみじゃ。



小竜姫といい、ワシは弟子に恵まれておるのう。


さて、それでは次の修行に移ろ―――――――



「こんな奴じゃ相手にならないでちゅ!
次は老師が相手になるでちゅよ、今日こそ一本取って見せるでちゅ!」


な、なに!?

まて、パピリオ!流石にそれはまだ無理じゃぞ!





う、わかっとるわい、ジーク。

そんな目で見るな。

ちゃんと手加減してパピリオの面目を潰さんように気をつけるわい。







そうじゃ!ハンデをつければ何とかなるじゃろう……

「パピリオ、ワシが相手になる以上、お主は霊力を使っても構わんぞ?」

「ふっふっふ、必要ないでちゅ。
同じ条件で勝たなきゃ意味が無いのでちゅ。」

く、こやつ、人の気も知らんで……その自信はどこから出てくるのか……

そもそもワシから一本取るどころか、まだ小竜姫にすら勝てんではないか。






「あー、それでは始めるか。ジーク、合図を頼む。」

「ジーク、パピリオの勇姿を目に焼き付けるでちゅ!」


く、自身満々でそんな事言われたら、ワシはどうすれば良いんじゃ。

武神の誇りにかけて、わざと負けるような事は出来んし……



わ、わかっとるわい、ジーク。

ちゃんと手加減するのは忘れん。



「それでは、制限時間30分、はじめ!」


「いくでちゅ!」



む、思ったよりも動けるようになっておるのう。

昔の、霊力にモノを言わせた闘い方とは明らかに違うわい。




だが、まだ……甘い!





―ドゴォォォォォン!!!!―





あ、しまった―――






パピリオは道場の壁を突き破り、吹き飛んでいってしまった。

























パピリオが目を覚ますと、道場の横の医務室だった。

枕元では小さなジークが心配そうに覗き込んでいた。


「大丈夫か、パピリオ?」

目を覚ましたパピリオにジークが優しく声をかける。


パピリオはむくりと起き上がると溜め息をついた。


「はぁ、やっぱりルシオラちゃんやべスパちゃんみたいにはいきまちぇんね。
格好悪いところを見せちゃったでちゅ……」




―老師、またやり過ぎたんですか!?これで一体何度目だと思ってるんですか!―

―い、いや、すまん。ついついやり過ぎてしまった。反省しとるよ。―

―反省だけなら猿でもできます!―

―それは言い過ぎじゃ!―




隣室の道場からは小竜姫のお説教が聞こえていた。




―罰として今日の老師のご飯は抜きです!―

―待てぃ!弟子として師匠を敬うとかは無いのか!?―

―武神なら武神らしくして下さい!最近は修行もせずにゲームしてるだけじゃないですか!!―

―今までどれだけ修行ばかりして来たと思っとるか!もう修行は飽きたんじゃ!!―

―武神が何てこと言うんですか!!―




口論はどんどんヒートアップしていく。




―ええぃ、もう良い!小竜姫、武器を取れ!師匠を敬う事を忘れたその性根を叩き直してやるわ!!―

―都合が悪くなったら力で解決!?それでも仏法の守護者ですか!―

―やかましい!ハンデとしてワシは霊力を使わん!!それで文句ないじゃろうが!!―

―いいでしょう!私の超加速に生身で勝てるとお思いですか!!―

―ちょっと待て!流石に超加速は反則じゃろう!!―

―いーえ、知りません!それでは行きますよ!!―

―おのれ小癪な!!―






「離れたほうが良さそうだな。」

「そうでちゅね。」





部屋を後にする二人の背中に、激しい金属音が幾度となく届いていた。

























「べスパちゃんやルシオラちゃんはいつも格好良かったでちゅ。
だからパピリオもジークに格好良いところを見せたかったんでちゅ……」

特にする事も無いので敷地内をうろうろしながらパピリオが呟いている。

「気持ちはわかるけど、師匠殿に挑むのはやり過ぎだ。
ああ見えて、あの方は神界屈指の実力者なんだぞ?」

やんわりとジークがさっきの無茶を諌めている。
ちゃんと棍で受けたとはいえ、道場から吹き飛ばされる程の力の差があるのだ。
これが実戦だったら命は無かった。

「わかってるでちゅよ……それでも、お姉さんとして格好良いところを見せたかったんでちゅ。」

しゃがみこんで指先で土をいじっている。
勝てなかった事より、格好悪いところを見せてしまったことを気に病んでいるようだ。

ジークがパピリオの肩にぽんと手を置く。

「無理してお姉さんぶる必要は無いさ。
僕が小さい間は君の弟なんだろう?家族の前で変に格好つける必要なんて無いんだ。」


「そういうもんでちゅかねぇ……」












「取り敢えずは丸く収まったようじゃのう。」

「そうですね。やっぱり無理しても上手くはいかないものですし。」

屋根の上から二人の様子を小竜姫と斉天大聖が見つめていた。
二人とも全身包帯や絆創膏だらけで結構な大怪我だった。

「……あー、それにしても、なかなか腕を上げたのう小竜姫。」

「……そんな事言っても駄目です。老師の今日のご飯はありません。」

「……そうか。」

神界屈指の武神はがっくりと肩を落とした。

























―その夜―

居間でジークとパピリオと小竜姫がくつろいでいる。
食事を抜かれた老師は拗ねて自分の空間に閉じこもっていた。

「それじゃ、僕はもう寝ます。」

くつろいでいたジークが自分の部屋に向かおうとする。

「どこ行くでちゅか?」

「どこって、自分の部屋に戻って眠るんだけど。」

「何を言ってるでちゅか。ジークはパピリオのベッドで一緒に寝るんでちゅよ。」



「………………」



『……助けて小竜姫』


ジークが小竜姫に目で助けを求める。

「パピリオ、流石にそれは駄目ですよ。」

「何ででちゅか?べスパちゃんもルシオラちゃんも寂しい時は一緒に寝てくれまちたよ。
ジークは昼間言ってたでちゅ、『家族は格好つける必要は無い』って。
だから一緒に寝るんでちゅ。」

「そんな事言ったんですか?」

「あー、えーと、そういえば言ったような気が……」

「とにかく、これだけは譲れないでちゅ。
じゃ、一緒にパピリオの部屋に戻るのでちゅ。」


ジークの襟首を掴むとずるずると引き摺っていった。


引き摺られながら、すがるように見つめてくるジークに小竜姫は目で答えた。



『残念ですが、自業自得です。』


『そんな……!』


『自分の言葉には責任を持ってください。』


『助けて下さいよ小竜姫。』


『無理です。』


『そう言わずに。』


『諦めて、お休みなさい。』




ジークが見えなくなるまで無言の応酬は続いた。

























―3週間後―

修行に励むパピリオとそれに付き添うジークを見ながら、斉天大聖と小竜姫が話している。

「老師、そう言えばジークの身長、元に戻りませんねぇ。」

「そう言えば、そうじゃのう。
妙神山なら魔力は少しずつ蓄えられるから、少しずつ背は伸びていく筈なんじゃが。」

「……むしろ、たまに縮んでると思う事とか無いですか?」

「言われてみれば……寝る前と次の朝だと何故か低くなってると感じた事があったのう。」



無言で二人が目を合わせる。



「……妙ですね。」

「……妙じゃのう。」











―その夜、パピリオの寝室―

ベッドで静かに寝息をたてながら眠っているジークをパピリオが覗き込んでいる。

「よーし……よく眠ってるようでちゅね……
お前達、出てくるでちゅ、今日もしっかり頼むでちゅよ……」

パピリオがひそひそと声をかけると、ベッドの下から赤い蝶が現れた。

赤い蝶はジークの額にとまると、渦を巻いた口器を額に突き刺した。
どうやら麻酔作用があるのか、当のジークは全く気付いていない。

蝶はむくむくと大きくなっていく。
それに反比例するかのように、ジークの体がこころなしか縮んだような気がする。

蝶が小犬ほどの大きさになった所で、パピリオが蝶をジークから引き離した。

「よしよし、吸い過ぎなかったでちゅね。偉いでちゅよ。」

蝶を抱えると、ベッドの下の引き出しに押し込んだ。
既に引出しの中には20匹もの大きな蝶が大人しく収納されていた。


「なるほど、毎晩こうしてジークの魔力を吸い取ってたからジークが大きくならなかったんですね。」

「その通りでちゅ。せっかくパピリオより小さいのに、大きくなってもらっては困るでちゅ。
パピリオが『お姉さん』でいるためにも、ジークには小さいままでいてもらうのでちゅ。」

「で、その蝶達はどうするんですか?」

「隙を見てどこかに放そうかと思ったんでちゅけど、なかなか小竜姫の目を盗むのは難しいんでちゅよ……
…………って、小竜姫!?」

慌てて振り返ると、腰に手をあてて仁王立ちした竜神が見下ろしていた。

「我ながら気付くのが遅すぎましたよ……」

「ち、違うんでちゅ!これには理由が!!」

「どんな理由があっても、病人から生気を奪うような真似が許される訳無いでしょう?」

にっこりと微笑むとパピリオの肩に手を乗せる。

「さ、行きましょうか。」

「い、行くってどこにでちゅか?」

「さあ、どこでしょう。
そう言えば以前あの部屋で殿下はトラウマを負ってしまったようですが、
お仕置きですから仕方ないですよね?」

























―次の朝―

鳥の囀りでジークが目を覚ますと、体が元の大きさに戻っていた。
これなら後一週間くらい休めば万全の体調に戻せそうだ。

(あれ、急に大きくなったなあ。
でもこれで任務に復帰できる目処がついたし一安心だな。)

何も気付いていないジークは小竜姫と斉天大聖に報告するため部屋を出た。
無人の部屋に小さくなった赤い蝶がひらひらと舞っていた。


結局その日、ジークが小竜姫とパピリオを見かける事は無かった。

























「やあ、パピリオ、今までどこに行ってたんだ?」

一週間後の出発の日、久しぶりにジークはパピリオと顔を合わせていた。

「うう……言いたくないでちゅ……」

何かを思い出したのか、青ざめた顔でぶるぶるとパピリオが体を震わせている。

「それじゃ、僕は任務に復帰するけど、ちゃんと師匠殿や小竜姫の言う事を聞くんだぞ。」

小竜姫と聞いた瞬間、パピリオがびくりと身を竦めた。
かなり濃いお仕置きをされたのだろう。かるくトラウマになってそうだ。

「それじゃ、頑張ってくださいね。」

「次戻る時は何か土産でも頼むぞ。」

小竜姫と斉天大聖も見送りに来ていた。


ジークは皆に手を振ると神父の教会へと飛び立っていった。

























「ところで、パピリオや。
お主より大きくなったジークは『お兄さん』になるのか?」

「何を言ってるんでちゅか老師?
『ジーク』は『ジーク』に決まってるでちゅ。」


(やっぱり判断基準が良くわからんのぉ……)


小さくなっていくジークを見送りながら、老師が溜め息をついていた。

























―後書き―

軽いのを書いてみました。

ちょっとした番外編って感じで。

では。

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