ザ・グレート・展開予測ショー

明々なり神の谷


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 8/25)

『明々なり神の谷』


「この馬鹿っ!!」

令子の怒声とともに拳が少年の頭に飛ぶ。
それにはいつものセクハラに対する天邪鬼な怒りとは別の怒気が込められていた。
見守る他のメンバーも人工幽霊さえも一言も発しない。
それほどまでに今日の令子の怒気には惑いがなかった。

「あんたってばこの仕事を馬鹿にしすぎよ!!」

殴っただけでは物足りないののか横島の襟首を掴んで令子の弾劾は続く。
横島も普段と違う彼女の怒りに茶化すことも誤魔化すこともせず、ただ唇を噛んで下を向くだけだ。
その白くなるまで握り締めた拳が小刻みに震えるのは、己に対する怒りか屈辱か。
恐らくは前者だろう。
彼の目は端にかすかな銀の光を宿しているのだ。

それに気がついたのか令子は掴んでいた横島の襟首を離した。
多少なりとも、いや最近は密かに認めた少年が男泣きするなんて図は彼女とて見たくない。
それは号泣する少年をただ無言で抱きしめるしかなかったあの地下での己の無力さを思い起こさせるから。

責めるのは止める。今はこの不肖の弟子、将来はパートナーになりうる少年に道を示すときと彼女は咳払いをして姿勢を正した。

「いい。確かにあんたの能力はGSとして凄いほうの部類よ。でもそれに慢心しちゃだめ。」

「……」

少年は無言のままうつむいている。
反論する気にもなれないのは自覚があるということだろうか?
ならば話は早い。
今まではついて来れるものならついて来いとばかりに突き放すだけだったがそろそろ師匠として次のステップに進んでもいいだろう。
自分がそんな考えに至るということに多少の違和感は感じたが不快なものではない。

「最近のあんたはちょっと気合が足りないわ。何がってことじゃない。命がけの仕事に対する気迫っていうかそういうものが感じられない。」

恐らくは慣れだろう。
だったら時々気合を入れなおし手綱を取ってやれば良いはずだ。
少なくとも真剣になった横島はそれなりに結果を出せる少年である。
真剣になるということが滅多に無いから問題ではあるのだが、それとて心構え一つでなんとかなるものだ。
そう考えて次の言葉を告げようと令子が口を開く前に横島が顔を上げた。

「気迫ですか…」

その目には理解と決意の色が浮かんでいる。

「わかりました!俺、修行してきます!!」

「え?」

「すみません!明日からしばらくバイト休ませてください。」

そして横島は踵を返すなり後ろもみずにドアから駆け出していった。
残されたのはどことなく呆然としている令子と他のメンバーたち。
おキヌが小さな胸に手を当て、今は閉じられたドアの向こうを思いながら心配そうに呟く。

「横島さん落ち込んでなければいいけど…」

「落ち込むなんて高等な能力がアイツにあるわけないじゃない。」

いつもながらに横島を小馬鹿にした台詞を吐くタマモだがその声音には多少不安のかげりがある。
いつもなら師匠を悪く言われれば脊髄反射で反論するシロさえも、得体の知れぬ不安を感じているのか口の中で小さく「先生…」と呟くだけだ。

「大丈夫よ。横島君は何だかんだ言ってもちゃんと戻ってくるわよ。」

話をまとめたものの令子の声にもバケツに落とした一滴の黒インクのようにかすかな陰が滲んでいた。
翌日、気になったおキヌが横島のアパートを訪ねてみたが彼は留守のようだった。

そしてその日から横島の足跡は町からも学校からも消えたのである。



横島が行方不明となって一週間、事務所にも何の連絡も無いとなれば流石に少女たちに焦りも生まれてくる。
シロはその鼻を生かして横島を捜そうかとも思ったが、「修行の邪魔をしてはいかん」と必死に自制した。
タマモは特に変わった素振も見せなかったが、散歩と称して日がな一日出かけることが多くなった。
令子は特に何も言わなかったし、表情も仕草も普段とは変わらなかったが、毎日、横島のアパートに通ってはガッカリした顔で帰ってくるおキヌの姿を窓から盗み見て、誰にも聞こえないように静かに溜め息を吐いているのを人工幽霊は知っていた。


ついに横島不在が十日目になりさすがに自制していたシロが我慢の限界を超え、いつもなら「五月蝿い!」と反発するタマモもそれに賛同するに至り、ついに令子も横島の捜索を決意した。
もっとも表向きには「納期の迫った除霊」がある。と聞かれても居ない言い訳をするあたりが彼女の天邪鬼ぶりを物語っている。

「ならば拙者が行くでござる!」とシロが警察犬よろしく飛び出そうとした時、人工幽霊が明るい声で横島の帰還を告げた。

「連絡もなしにどこ…」

顔を見るなり照れ隠しに怒鳴りつけようとした令子の言葉が途中で止まる。
ポカーンと馬鹿のように口を開けて、目の前に立つ少年の姿をもう一度見直してみれば確かに横島に違いないが、その目といい、表情といい、放つ気配といい十日前とは別人のように気に満ちていた。

気がつけば頬が熱い。きっと自分の顔は秋口のホウズキのように赤く染まっているだろう。
誤魔化すように振り返るとおキヌもシロもタマモも同じような顔をしている。

無言となった事務所女性陣を前に横島は不思議そうな顔をしてみせたがすぐに屈託なく笑った。

その笑顔はいつぞやの都庁の取調室でのそれを上回る破壊力を秘めており、令子たちに彼が十日の間に何かを掴んだことを確信させた。

「美神さん…」

「な、なに…?」

「俺、ちゃんと修行して来ました。早速成果を試したいんですけど。」

「う…いいわ。ちょっと厄介な除霊の納期が近かったから…」

何かしどろもどろに返答する令子に横島は「すんません」とペコリと頭を下げる。
それだけのことなのにカーッと頬を染める令子に危機感を抱いたか、おキヌが横島に話しかけようとして横から飛び出してきたシロに弾き飛ばされた。
明日のシロの御飯は肉抜きと密かに誓うおキヌの気配を感じ取って尻尾の毛を逆立てながらも、敬愛する師匠に抱きつく方を優先するシロである。

「先生!どんな修行してきたんでござるか?」

シロの頭を撫でながら横島はニッコリと笑う。
その笑顔に腰が砕けそうになるシロ。

「秘密だ。」

弟子の自分にも秘密とは水臭いと思ったが、そんな思いも頭を撫でられてあっさり霧散する。

そして横島はシロの頭を撫でながら、令子に向かって「さあ行きましょう!」と力強く宣言した。






除霊現場は郊外の廃ホテルである。
元々は単なるバブルの爪あとたる廃墟だったが、近頃の心霊ブームの煽りとやらで心霊スポットと紹介され、人が集まるようになったことが逆に霊を引き寄せ霊団化したという迷惑な場所だった。

個々の霊はけっして強くは無いが数が多い。
またこの手の霊団のやっかいな点は纏まって一つの強力な個体を生み出す可能性があるということでもある。

実際、大部分の浮遊霊はおキヌの笛の音で成仏していったが、廃墟の中心にいるのは悪霊の群れらしい。
こうなると各個撃破しかない。

シロの霊波刀、タマモの狐火、そして令子の神通棍などで倒されていく悪霊たち。
横島も霊波刀を使って切り捨てているが、その様は以前とは段違いの落ち着きに満ちている。

その頼もしい様に見惚れたのが隙になったか、陰に潜んでいた悪霊が後方にいたおキヌ目掛けて襲い掛かった。

「危ない!」

令子が駆け出すよりも早く、悪霊とおキヌの前に立ちはだかる横島。
その身から湧き上がる夥しい気迫に悪霊は気圧され動きを止める。

横島は大きく息を吸い込むとここぞとばかりに修行の成果を発揮した。
両手に霊波の円盤を作り出し、肺の中に溜まった息を裂帛の気合とともに一息で吐き出す。



「ダァァァブゥル・スワァィキック・ソオゥサアァァァァ!!」



両手から放たれたソーサーは気合負けして動けない悪霊を一撃で粉砕した。

その衝撃に慌てたのか潜んでいた悪霊たちが影から次々に湧き出てくる。
そのうちの一匹が横島の横からドクロの口を開いて彼の喉笛を噛み裂こうと迫った。
振り向くなり横島は霊波を纏った拳を悪霊の顔面に叩き込む。

「ホアタァ!!」

鼻っ面にカウンターを受けて立ち止まる悪霊めがけ横島の連撃が嵐のように炸裂した。



「アータタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!!」



派手な攻撃の割りに悪霊にはダメージはないようにみえる。
だが横島は動きを止めた悪霊に背を向けるとポツリとつぶやいた。

「お前はもう死んでいる…」

そりゃそうだ。幽霊だもん。とその場に居た誰もが思ったが「あべし!」と崩れていく悪霊を見てしまっては言葉も出ない。

令子たちが呆然としている間に横島は残りの悪霊たちを「アタァ!」とか「アチョゥ!」とか言いながら倒していった。

その場にいた最後の悪霊が倒されて静寂が訪れてやっと我に返る令子たち。

何やら微妙というか異様な気配を身にまとって立っている横島に恐る恐る令子が訪ねてみる。

「横島君…今のは?」

「修行の成果です。」

横島の答えには何の迷いもない。それが令子たちの混乱をますます大きくした。

「えーと…修行ってもしかして一子相伝の暗殺拳?」

「はぁ?違いますよ?」

不思議そうな横島の顔に令子も自分の発言の馬鹿さ加減に思い至って顔を赤くする。
だいたい十日やそこいらで皆伝になる暗殺拳というのは、仮にあったとしてもなんだか弱そうだし。

「じゃあ横島さんの修行ってなんだったんですか?」

至極まっとうなおキヌの疑問に横島は胸を張って答えた。

「美神さんに気迫が足りないって言われたから修行しようと思って妙神山に行ったんだよ。」

「ふむふむ」と頷く一同。

「そしたら斉天大聖様がいて、「気迫は台詞からじゃ!」って言われて散々ゲームをやらされて、気迫の篭った台詞の使い方を教えてもらったのさ。」

「せ、台詞だけでござるか…」

がっくりと肩を落とすシロ。しかし台詞だけとは言え悪霊をビビらせたの事実である。
意外と思い込みの力というのは馬鹿にならないものらしい。
その証拠に…。

「か、カッコイイ!!」と目をキラキラと輝かせているキツネの少女がここにいたりする。

「だろ?」

「うん!カッコイイわ横島!!私もやりたい!!」

「そうか!ならばこう腹に力を入れて」

「こう?」

「うむ。そして思いのたけを込めて自分の必殺の技の名を叫ぶんだ!!」

「わかった!!」

そしてタマモは大きく深呼吸すると横島を見習って自身最大の技の名を叫んだ。



「きいぃぃぃつねびっ!!」



ダアアアとコケる令子たちだが、変なスイッチが入った二人にはそんなものは見えはしない。

「なんかちょっと変だなぁ…」

「そうかな?」

ちょっとどころじゃないだろ!と突っ込みたいのは山々だが、下手に口を開けば自分も巻き込まれるとばかりに見守る令子たちである。
そんなことはお構い無しに奇妙な発声練習は続いていった。

「やっぱ英語のほうがいいかな?」

「お!それいいかも!!」

完全に意気投合した二人の前に現れるのは空気を読むのが苦手な悪霊のボス。
キシャーと吠える悪霊の姿に横島とタマモが目を合わせてニヤリと笑う。

「ゆくぞ!タマモ!!」

「オッケー!ヨコシマ!!」

襲い掛かる悪霊に対し、なんだか妙な自信をつけたタマモの必殺技が放たれる。
もちろん掛け声つきだ。



「フォオオォォックスゥゥゥゥ・ファイャァァァァァ!!」



気合の乗った台詞とともに放たれた狐火(新名称フォックス・ファイヤー)はいつもの五割増しぐらいの威力で炸裂し悪霊の半分を焼き尽くした。

「ギニャァァァァァァァァ!!!!」

体の半分を焼かれ苦悶にのたうつ悪霊めがけ、横から走りこんだ横島がジャンプ一番、必殺の台詞とともに霊波刀を叩きつける。



「スワァァァィキィィック・ずぁぁぁぁぁん!!!」(新技名 サイキック斬?)




「グギャァァァァァァァ!!!」


こうして悪霊のボスは有耶無耶のうちに消滅し、今夜の除霊作業は完璧なまでの成功を収めたのであった。




何だかいつもより疲れた感じのする令子たち。
それでも一仕事終わったのは間違いないと、どことなく放心したような顔つきで廃墟を出てみれば、いつの間にか外に出ていた横島とタマモが朝焼けの光の中に二人で立っている。

「やったわね!ヨコシマ!!」

「おうっ!これからもますます励もうぞ!!」

「うん!!」

朝焼けに向かって仲良く「「ハッハッハッ」」と笑いあう横島とタマモを見て、令子たち他のメンバーは心の底から「早く事務所に帰って寝ちゃいたいなぁ…」と思うのであった。








なお、ことの顛末を聞かされた小竜姫によって、一ヶ月のゲーム禁止令を出された斉天大聖が自室の片隅で泣きじゃくっていたという話が、遊びにきたヒャクメから伝えられたが令子たちは当然とばかりに頷くだけだったと言う。

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