ザ・グレート・展開予測ショー

甘えても、いいの?


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/ 8/25)

 じーわ、じーわ、っと。
 もうじき夏も終わりだというのに、セミの声がかまびすしい。

 人狼の隠れ里の外れ、深緑に覆われた高台に、その墓石は建てられていた。

 『犬塚家之墓』。
 ―――その質素な、しかし良く手入れされた墓には、シロの父祖、そして父が眠っている。

 手向けられたばかりの線香の煙が漂うその霊前には、最前からシロが佇み、じっと両手を合わせていた。


(―――父上…。拙者は今、東京で元気にやっているでござる。
 美神殿にも、横島先生にも、おキヌちゃんにも…――皆、本当に良くして貰って…。)


 盆参りにはいくらか時期外れではあるが。
 故人を想い、霊前に参るのに、時節を問う必要は必ずしもないだろう。


(相部屋の女狐とも、――…まあまあ、上手くやっているでござる)


 近況を報告しながら、瞼を閉ざしたシロの頬が、僅かに緩む。
 その表情を見れば、相部屋の妖狐の少女との仲が『まあまあ』などでない事は明らかだった。

 見透かして苦笑する亡父の顔が見えたような気がして、シロも暫し、瞑目したまま苦笑を浮かべる。


(…だから、父上…。シロの事なら、心配はご無用でござる。どうか、ご安心なされますよう…
 ――…それと、あまりお参りできない不孝、お許し下され…)


 ―――それこそ、無用の気遣いというものだろう。
 娘が元気に、幸せにあってくれるなら、それこそが故人の本望であろうから。

 けれど、未だ年若く生真面目な娘は頭を垂れて詫び、墓参を締めた。


「―――…オレも、良いかな」
「先生…」


 背後からかけられた声に振り向いて、シロは少し驚いたように目を見開いてから、脇へ下がった。
 墓石をすすいだ木桶を提げたまま、横島がその後に入れ替わる。

 是非に、というシロの言葉に促されて、横島は彼らしくもない神妙な面持ちで墓前に跪くと、手を合わせた。


(――…シロのオヤジさん…。アンタの娘は、元気っす。―――ムチャクチャ。)


 そう胸中で報告する横島の背後では、まだ購入してから半年も経たないのに、随分とくたびれた彼のMTBが木に立て掛けてある。

 だいたい、今日は元々、墓参りに来ようなどという予定ではなかった。
 事務仕事のジャマだから、散歩に連れて行って来い、っと美神に叩き出されて、気が付いたらこんな所まで来てしまっていたのだ。
 毎度の事ではあるが、横島はもう身も心もボロボロ。

 ヒリヒリする尻を自覚しながら、これから東京まで帰る道程を思い浮かべた横島は、泣き笑いの様な表情を浮かべ。

 それでも、っと、胸中で続ける。


(でもまあ…、わざわざ辛気くさい顔なんか見せに来るより、ずっとマシなんでしょうね―――…)


 縦線の入った半笑いのまま、シロの事を請け合って、横島は霊前を辞した。

 この時、故人がもし見えたなら、きっと深く頭を下げていたに違いない。
 ―――それが感謝であるのか、詫びであるのかは、彼岸の方で尋ねなければならないだろうが。



***



 東京デジャブーランド。
 その一定以上の年齢に達した男性にとってはいっそ暴力的ですらある、ファンシーでリリカルな空間のド真ん中で。

 思いがけず、けれど待ち望んでいた筈の顔を見つけて、タマモは足を止めた。


「「―――あ…」」


 だが、互いに目があった瞬間、何かが喉に詰まったように呟いたきり、言葉が続かない。

 眼鏡をかけた、どこか育ちの良さを窺わせる顔立ち。
 真友康則。

 以前、タマモがココで知り合った…――そして、転生して一年に満たなかったタマモの、初恋だったかも知れない、少年。

 もう一度、会いたかった筈なのに。
 言いたいことも、たくさんあった筈なのに。

 けれど、その全てが、望外な気まずさに躓いてしまっていた。

 外見上は、未だタマモよりも年少の、しかし以前よりいくらか大人びた彼は。
 同級生らしい少女と、仲睦まじく手を繋いでいて。

 明らかに、デートの最中だったのだ。


「―――真友くん?このお姉さん、知り合いの人?」
「あ゛…う、うん…」


 何故か少し焦ったように、口籠もる。
 そんな不器用な反応しか返せない少年と、連れだった少女に向かって。

 タマモは意識して、柔らかく微笑して見せた。

 外見通りの、彼らよりは大人びた余裕を窺わせるように。
 ―――本当は、タマモの方が、ずっと年下なのだけれど。


「――…お久しぶり。偶然ね?あなた達もデートなの?」

「―――あ、はい…」
「…『も』?」


 素直に頷いた少女の横で、少しうろたえたような顔つきをする少年に、微笑んであげる。


「実は私もなの。―――じゃ、彼を待たせてるから、もう行くわ。
 …――真友くん、あの時は、どうもありがと…じゃあね」


 タマモにしては、少し早口に。
 でも、出来るだけ不自然さを感じさせないように。
 手短な挨拶だけをして、踵を反す。

 それ以上は、上手く騙し切れそうになかったから。
 妖狐としては、ひどく不本意ではあったけれど。

 タマモは、その場を逃げ出した。


『―――おかわり』


 そんな事があった日の晩。

 横島が住むおんぼろアパートのちゃぶ台の上で。
 本性の九尾狐の姿に戻ったタマモは、『ごん兵衛』のお揚げをはぐはぐと食べていた。

 彼女が食べているのは、お揚げだけ。
 残りの素うどんは、最前から家主が片付けに勤しんでいる。
 ―――根っから貧乏生活が染みついた彼に、食べ物を捨てるなどという勿体ない真似ができる訳もない。


「――…オマエな。もう五つ目だぞ!?いくらオレでも、これ以上はさすがにキツいっつーの!」
『―――…ゴメン』


 ふうふうと、本気で苦しそうな横島の文句に、タマモは素直に謝った。
 九本に分かれたふさふさの尻尾と、良く動く大きな耳がしょんぼりと垂れる。

 タマモだって解っているのだ。

 今の自分はただ、横島に無理を聞いて欲しいだけ。
 誰かに我が儘を言いたいだけだ、という事は。

 でも、もし自分がそんな事をされたら、きっと不愉快に思うだろう。
 必要以上に聡いタマモには、こんな時でもそう客観的に判断できてしまう。
 それだけに、横島に呻かれると、これ以上は何も言えない。

 ぽて、っと、そこだけ黒い足先に顎を落として、眼を伏せる。

 落ち込んだ溜息を一つこぼして、帰って寝よう、と立ち上がりかけた時。
 タマモの耳に、とぽとぽ、っとお湯を注ぐ音と、家主の溜息混じりな台詞が聞こえた。


「―――あと一つだけだからな…」
『!…――うん…。…ありがと』


 何だかすごく嬉しそうな妖狐の少女の声色に、はいはい、っと軽く返しながら。
 横島は胸中でこっそり、頭を悩ませていた。


(―――…胃薬、どこに仕舞ってあったっけか…?)



***



 甘やかす彼が悪いのか、甘える彼女たちが悪いのか。
 鶏が先か、卵が先か。

 こうして彼の周りでは、日々甘えん坊化が蔓延して行くのだ。

 鶴亀、鶴亀。

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