ザ・グレート・展開予測ショー

「あなたはシロですか?」「いいえ、タマモです」


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/ 8/24)



「ねえ、横島。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

夏の日が最も高い時間、事務所の一室で横になっていた横島にタマモが声をかけてきた。
横島が視線を移すと、タマモは汗で少しぬれた六女の制服を着ていた。
どうやら学校帰りであるらしい。

「おう、どうしたんだ?」

クーラーに当たりすぎて少し体が冷えてきていた横島は、ちょうどいいとばかりに体をおこすと、そう答えた。

「実はね、学校で習う外国語のことで、どうも納得いかないことがあるのよね」

タマモは言うと、冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注ぎ、横島にも手渡した。
グラスからひんやりした感覚が伝わり、冷えた体が少し震える。
タマモは暑い中帰ってきたせいか、気付けばもう飲み干し、2杯目を注いでいる。 

「納得いかないこと?どうした、先生がなにか気に入らないのか?」

タマモが通うのは中学だ。このくらいの年頃にはつい高圧的に対処してしまう先生も多い。横島はその事かと考えたのだ。
しかし、タマモの答えは違った物だった。

「ううん、そうじゃないの。授業は楽しいわよ。今は臨時で六道理事長が私達の授業を担当してるんで、妙にペース遅かったりするけどね。ただ、なんていえばいいのか・・・」
「授業で出る・・・、なんていうのかな。あ、そう。例文。あれが納得いかないのよ」

タマモは皺を寄せて少しばかり目を下に伏せる。


「例文?ああ、<私はナンシーです>みたいな感じのやつか。それがどうした?」

横島は麦茶を口に運びながら、普段クールなこの娘が何をこだわっているんだろうと思いつつ、タマモに聞く。

「いやね、例文っていうくらいならそれは一般的に話されているものだと思うのよね。だけど、どうも世間の会話で出てこないような会話ばかりで・・・」

ますますタマモは訝しげだ。

「まあ<私はナンシーです><私は靖男です>くらいなら、別になんともないんだけど。少しずつズレていくよね」

「ずれていく?」

「うん。例えば<これは窓ですか?><はい、そうです>・・・ってさあ。見ればわかるでしょ!と思うのよね・・・」

「それはまあ、そうだわなあ。・・・あ、でも以前おキヌちゃんに見せてもらった教材にも変な事書いてたぞ。<ふふ、今回は私の勝ちのようだな。全田一少年><うるさい、認めん。証拠は無いが怪人23面相、お前が犯人だ>・・・って。六道って、なんか楽しい教材使ってるんだな」

そうは言ったものの横島は改めてやっぱり変かなあと、あごに手をかけて考える。
横島はあまり授業に出席しなかったこともあり、こんなことは考えたことが無かった。

「そう!使ってる例文が変というか、それでね、どんどん話が妙な方向に脱線していくのよ」

「妙な方向?」

「妙な方向よ。こんなのもあったわ<これは猫ですか、犬ですか?><いいえ、これはネズミです>・・・。あーほーかー!!!って」

腕を上に上げてまるで仰ぐような格好をしつつ、タマモの話が徐々に熱を帯びる。

「こんなものじゃないのよ。他にもね<あなたはあたしを愛していますか?><いいえ、私はあなたを愛していません>・・・って。面と向かってそんな事言わないし!大体何なのよ、その風情の無い会話は!恋愛ってのは・・・」 

肩をいからせて、なお力説するタマモ。
横島にしてみれば、普段めったに見れない興奮したタマモの姿を見ているほうが面白いので、適当に相槌を打ちつつしばらく様子を眺めてみる事にした。

タマモはそんな横島の気など知らず、ますます熱く語る。
さながらタマモのための演説会場であるかのようだ。

「そう、なんというか無遠慮な会話がすっごく多いのよ!こういうのもあったわ。<ビル、僕の投球はどうだったい?><サム、君は最低のピッチャーだ>・・・だから。こんなこと面と向かっていうんじゃないっての!大体何よ、このビルってやつ。サムは普通に話しかけてるのに、嫌な奴!!!」

どうなのよ、人間としてこいつは!と、妖狐のタマモに力説される横島。
タマモの秀麗な顔が気付けば眼前にある。やはりタマモは美人だよなあ、とか思いつつ横島はこう言った。

「確かになあ・・・」

「でしょ!全く、失礼な奴よ」

ただ文章に書かれているだけなのだが、こうまで言われるビルになんとなく同情したくなったりもしたが、それを言ってしまえばタマモの激情に火を付けてしまうだろうことは明らかだったので、ここは黙っておく事にした。

「まあそのなんだ。そういったのが気に入らないのか?直球過ぎるやり取りというか・・・」

手にしたグラスの麦茶がなくなり、おかわりをしたいのだが、タマモの気合に立つに立てない横島は少し水を向けてみた。

「あ、そうね。気に入らないというか納得いかないだけなんだけど」

いや、それを気に入らないというんだろと思いながらも渇いた喉をつばで潤しつつ、タマモの話に耳を傾けた。

「あとね、さっき妙っていったけど、もう変!としか言いようの無い会話も多くって・・・」

「例えばどんな?」

「うん、こういうのもあってね。<最近マツケ○サンバがはやっているわね、、ケイ><ええ、でもメグ。マツ○ンサンバって、なんのためにあるのですか?>・・・って・・・。いや、それをいったら世の中の大半の物の存在意義ってなに?見たいな話になるし、大体なんでそんな哲学的な事話してるのよって思わない?」

横島はそういえば○ツケンサンバってなんであんなにキンキラしてるんだろうなあ、と考える。
にこやかに笑うマ○ケン、バックで踊り狂う小僧や娘達、年配の方はええもん見たと拝んでいく人もいるらしいけど・・・などと思っていると、タマモが言う。

「でね、犬に関する例文なんかもあったのね。あ、いや私は狐だけどさ」

だれに言い訳しているのかタマモの口から出た言葉に、横島は頬が緩くなる。

「なにか散歩に関する例文だったんだけどね。<おたくの犬は暑い中でも元気に散歩しているわ><ええ、でも蝉の抜け殻ばかり食べて困りますの>・・・もう、こう想像したら寒気がしちゃって・・・。バリバリと口に入っていく抜け殻・・・。あーもーやー!!!」

「あとね、気持ち悪いのはこういうのもあったのよ。<あなたはキムチの汁を全部飲みますか?><はい、全部飲みます>・・・もう、クラス全員胃が変になりそうだったわよ」

なにやら叫びながら、両手を耳の所に当てて頭を振るタマモ。たしかに気味の良い場面ではない。
よほどの田舎でも、どんなキムチ好きでもそんな場面には出くわさないだろうなあと横島などは思うのだが、この作者はどこで育ったんだろうと見た事も無い例文作成者に思いを馳せる。
また脱線した考えをしていると、なおもタマモが続ける。

「なんか犬族を侮辱するようなのもあったわ!!!」

先ほど犬じゃないと言い訳していたのも忘れ、ダン!とソファーの肘掛に足を振り下ろし、こぶしを握りながらスカートの裾からパンツが覗くのも気付かずに今までで一番目に力がこもるタマモ。
横島にはロリコンの気は無いが、さすがに年頃の娘がそんな格好はどうなのかと注意しようとすると、タマモはこう言った。

「さっきの犬の散歩の例文の一つなんだけどね。これがもう、許せないのよ!!!<可愛い犬ですね。名前はなんというのですか?><はい、名前はにくきゅうと言います>だって!!!なによあんたら、そんなに肉球がいいの?ええ、あたし達はそれだけの存在なの?あたし達の人格はどうでもいいって言うの!!!!!」

もうソファーを持ち上げてひっくり返しそうなほどに熱くなっているタマモに唖然としつつも、横島はタマモが窓の方に向かってしゃべっているのをこれ幸いと、テーブルに置いてあった麦茶のボトルに右手を伸ばす。







「先生えええー」







横島がまさにボトルを取ろうとした瞬間、大きな音も共に、横島の目には右の方から斜めに飛んでくる大きなドアが映る。
それは考える間もなく横島を直撃し、タマモの足元までゴロゴロと横島を転がした。

吹き飛ばされた横島本人もそうだが、暑くなっていたタマモも何事かと入り口を見つめるとそこにはもうもうとした塵しかない。
すわ、妖魔の襲撃か。瞬間そう考えなくも無かったが、この周りの迷惑を考えない大きな声は間違いない。
にくきゅうとでも呼ばれていればいい、バカ犬だ。
タマモは視線を足元のドアと人間の残骸に目を移すと、シロが頭からだくだくと血を流す横島の襟を掴んで前後に激しく揺らしながら、なにやら言っている。

「先生、大好きでござる!今すぐ結婚するでござるよ!」

言うが早いか、首根っこを捕まえ、横島を連れ出していく。

「早速、新婚旅行で<はわい>とやらに行くでござるよー!!!」

「待てお前、ハワイってどこにあるの知ってるのか、こら!!! そこは、海のむこ・・・・・」

「大丈夫でござるよ、拙者と先生なら、どこまででも歩いていけるでござる!」

「それは歩いていくって事か−!!!散歩とかわらねじゃねえかー!!!!!!」

「愛してるでござるよおおお〜」

と、ドップラー効果がかかるほどに手早く。
気を抜かれたタマモがドアの残骸のそばで立ち尽くしていると、ふと今日の授業を思い出す。

「あ、そういえば。2限目の英語、こんな例文が出てたわね・・・」

そう、今日の授業には珍しく、こんな文章が引用されていた。

「<好きな人に気持ちを伝えるにはどうすればよいのですか?><単純な事よ、気持ちを伝えればいいの。その人に>」

まったく、あのバカ犬。
伝えるにしても、やり方って物があるでしょうに。
どうしようもなく、まっすぐで。
色気も無くて。

空気を入れ替えるために、タマモは窓を開ける。
もうもうとした塵が出て行くと、ボトルが転がっているのに気付く。
タマモは腕を伸ばし、床に転がっていた麦茶のボトルを蓋ごと開けると、ラッパ飲みをして喉を潤す。

「なるほどね、分けわかんないとばかり思ってた教科書の例文も、使えない事はないってことか」

先ほどまでの熱い語りでからからになっていた喉に、麦茶の冷たさと芳ばしさが嬉しい。

「あのバカ犬、<新婚旅行>の途中で蝉の抜け殻でも食べて、腹壊せばいいのよ」

口から出た言葉とは裏腹に、タマモの言葉はやわらかい。
開けた窓から吹き込む夏の風が心地よく、窓辺に体を持たれかけて街を見る。
陽炎でゆらゆらと映る街に、横島の声が聞こえてくる気がする。こら、シロ止まれ、と。

「さてと。じゃあシャワー浴びて、明日にそなえて予習でもしますか!」

埃を落として部屋に戻り、いつもの教材を開く。

つい、愚痴る。

「やっぱり、使えないかも知れない・・・」

目まいがするような気持ちで、本を持ったまま机に突っ伏しながら言う。
視線の先には、こう書かれていた。



<私は明日、逆立ちをせずにはいられない> 



「だから!いったいどんな状況なのよー!!!!!!!」

日が少しずつ落ちて暑さも和らぐ夕暮れ、クーラーの利いた部屋の中で。
やっぱりタマモは熱くなっていた。

「ああ、もう。いーやー!!!!!!!!!」

教材を見ながら心から叫ぶと、タマモは教材を両手で投げる。
机に足をのせて、限界まで椅子を後ろに倒してやる気まで投げてしまったように、体を休める。

部屋にはタマモの気だるさだけが残るようであった。







タマモが投げ、右後ろに落ちた教材。
恐らく今日はもう開かれないであろうその教材の背表紙には、このような印字がされていた。





「中学の外国語・特別教材   編・著:六道女学院 理事長」














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