ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦5−8(終) 『輪廻』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 8/23)

「美神支部長!封脈鉄杭、全て所定の位置に準備完了しました!!」

樹海から少し離れた所で、作業を終えた自衛隊員が美智恵に報告し敬礼する。
自衛隊はオカルトGメンの管轄ではないが今は一時的に美智恵に指揮権が預けられていた。

「わかりました。次の指示があるまで待機してください。
指示があり次第すぐに地脈を封じれるようにお願いします。」

隊員はもう一度敬礼すると指示を伝えるべく走り去っていった。

(これで最悪の事態は防げる筈……後はピート君と西条君に賭けるしかないわね……)


樹海周辺では美智恵の指示を受けた自衛隊員が、幅10メートル、長さに至っては50メートル以上の
馬鹿げた大きさの鉄の杭を地面に打ち込む準備をしていた。
特別な術をかけられた巨大な鉄杭は、地面に打ち込まれると仕掛けられた術式が開放されるようになっていた。

富士山を囲むかのように設置された36本の杭は、突き刺さると一時的に地脈の流れをせき止める力を持っていた。
原始風水盤の原動力は月の魔力と地脈の霊力。その片方を封じる事で原始風水盤を強制的に停止させる事が出来た。


ちなみにこの杭の術式は人間が扱えるレベルを遥かに超えており、今使われようとしているのは神界から各国に提供されたものだった。
神界や魔界でも原始風水盤が規制された時、非常事態を見越した神界が事前に用意し人間界に提供しておいたのだ。



しかし地脈を止めるような事をして悪影響は出ないのか?


当然、悪影響は考えられた。
少なくとも富士山の植物は全滅し、生態系は完全に破壊されるだろう。

だからこそ、美智恵は限界までこの封脈鉄杭を使う気は無かった。


魔界が樹海を飲み込んだその時、富士は死の山へと変わるだろう。

























どうして僕は人間界にいるのだろう

皆僕が吸血鬼と知ると距離を置こうとする

学校は良かった

皆僕の素性を知っても避けようとしなかった

でもそれはきっと横島さんやタイガーがいたからだ

二人が僕を友人として扱ってくれたから皆安心したんだと思う

でも学校以外の他の大多数の人たちは違った

僕の年齢を知っても変わらずに接してくれるような人は極僅かだった

その内の一人も死んでしまった

あの人は殺されてしまったけど他の人たちもいつかは老いて死んでしまう


でも僕が老いる事はない


唐巣神父も横島さんも美神さんもおキヌちゃんも西条さんも美智恵さんもタイガーもエミさんも雪之丞も

それ以外の人たちもいつかは老いて死んでしまう

僕はこれから何度別れを経験する事になるのだろう

そして目の前の魔族は僕を魔界に誘っている


魔族は老いない


700年生きてきた僕も彼らからすれば子供みたいなものだろう

魔界に行けば僕も周りの人と同じ時間の中で生きられるのだろうか

でもそれくらい僕も知っていたんだ

それでも僕は人間界で暮らそうとしていた

今まで考えようとはしなかったけど


どうしてだろう





どうして僕は人間界にいるのだろう

























『さあ、どうするのです?貴方は自分の可能性を見極めたいとは思わないのですか?』

どうして僕は……

ヌルの言葉すら耳に入らなくなるほど、ピートは自分の世界に沈み込んでいた。

だがその時ピートの視界に何かが映った。



ああ


そうか


そうだった


だから僕は


この世界で暮らそうと


思ったんだ




「……貴方は確か、ヌルという名前でしたよね。」

不意にピートがヌルに声を掛ける。

その表情は穏やかで、何かを悟ったかのようだった。


その表情を見たヌルが微笑む。

『ええ、私はプロフェッサー・ヌル。どうやら決心してくれたようですね。
さあ、共に魔界へと旅立とうではないですか。』

人間の姿へと戻ったヌルが微笑みながらピートへと手を差し出す。

だがピートは静かに首を振り、握手を拒んだ。

「せっかくの申し出はありがたいのですが、僕はこの世界に残ります。
でも貴方のおかげでずっと悩んでいた事の答えがわかりました。」

決意を込めた瞳でヌルを見据え、続ける。

「プロフェッサー・ヌル……僕は貴方を止めなければなりません。
でもこの感謝の気持ちだけは、貴方に直接伝えたかった。」

構えるピートの瞳から覚悟を感じ取ったヌルが残念そうに首を振る。

『やれやれ……貴方はもっと賢い方だと思ったのですが……残念です。』

再び蛸の姿へと変化し、触手を振り上げた。

『私の護衛は魔界に戻ってから探すとしましょう。
お別れです……吸血鬼の少年。』

触手を薙ぎ払うと空気が歪む程の高熱の炎がピートを飲み込んだ。


炎に包まれる瞬間、ピートが身体を霧へと変化させる。


ヌルは名残惜しそうにピートが居た場所を見つめると、雷の触手を振り下ろした。






触手から雷が走った瞬間、何かが飛来しヌルとピートの間に突き刺さった。



雷はピートを襲わず、全てその飛来した物へと吸い込まれていった。



驚愕の表情を浮かべ、ヌルが僅かに硬直する。



ヌルの頭上でピートが実体化する。



再び何かが飛来し、それをピートが受け取る。



ヌルが事態を理解するまでに生じた一瞬の隙を付き、ピートがヌルの脇を駆け抜ける。








一瞬の空白の後、ヌルの頭部が胴体から滑り落ちた。
























『グ……なるほど……避雷針ですか。
700年前と同じ手段に引っ掛かるとは、私も進歩が無いという事ですね……』

飛来した物を確かめたヌルが首だけになりながらも呟いた。

地面には西洋刀が突き刺さり、それが避雷針の役目を果たしていた。


ヌルが洞窟の入り口の方に目をやると一人の男が壁にもたれかかっている。

恐らくゾンビに噛み千切られたのだろう、全身から出血し、顔色も白くなっていた。


男はピートの方を向くと、弱々しかったが、笑みを浮かべると軽く手を振った。




「西条さん……無事でよかった。」

ピートは男に駆け寄ると、倒れそうになる男を支えた。

「ふふ……後輩に面倒を押し付けて自分だけ楽をするほど、僕は格好悪い大人じゃないんでね……」

冗談を言いながらピートに笑いかける。

だがすでに西条の身体は限界を迎え、これ以上動く事さえ出来そうになかった。
服を包帯代わりにして止血は済ませていたが、それでも血を失いすぎて体に力が入っていなかった。


『……ゾンビは百体ほど放していた筈ですが、その身体でよく生き残りましたね。』

頭部だけになってもヌルは変わらずに会話をしていた。
ヌルの肉体は頭部と八本の触手のみで構成されていたので、戦闘力こそ失いはしたものの命に別状は無いのだ。

「ふ……格好つけて潔く死を選ぶほど、僕はナルシストじゃない。
この命がある限り足掻きつづけるさ……死んでしまった香上の分までな……」

鼻で軽く笑うと、地面に転がるヌルの頭部に答えた。


ヌルはしばし目を閉じて黙考すると、ピートに目を向けた。


『……もし良ければ、君の見つけた答えとやらを教えてもらえませんか?
私の目には、君は私の提案に傾きかけていたように見えたのですが……』


ピートは少し躊躇っていたが、寂しげな笑みを浮かべると話し始めた。


「貴方の言った通り、僕は自分の時間を持て余していました……
どんなに誰かと親しくなっても、いずれその人は僕を置いてこの世を去ってしまう……
先日も辛い別れを経験したばかりでした……」

失った人を思い出し、端正な顔が悲しみに歪み、俯く。

「でも思い出したんですよ……皆、自分の人生が限られているから必死に生きているんです。
人間は力の弱い生き物です……だからこそ知識を蓄え、力を補う様々な道具を生み出したんです。
人間は傷付けば命を落とします……だからこそ肉体や技術を鍛えるんです。
人間は寿命が訪れればこの世を去ります……だからこそ日々を精一杯生き抜くんです。
僕が人間の社会で暮らしたいと思ったのは、そんな姿が美しいと思ったからなんです……」

ピートがさっき見たのは、深く傷付きながらそれでもなお、生に執着しようとしている西条の姿だった。
その姿は血にまみれ、決して格好良いものではなかったが、ピートにはそれが何よりも尊く見えた。

「ピート君……」

今まで知る事の無かった少年の内面を知り、西条が驚いていた。
見た目は少年だが、ピートは700年もの年月を生きてきた吸血鬼なのだ。

ヌルは黙って聞いていたが、区切りがついたところで質問を投げかけた。

『つまり、君にとって人間は芸術品、ということですか。
美しいからもっと近くで眺めたい、つまりはそういう事ですかな……?』

ヌルの質問をピートは首を振り、否定した。
その仕草はとても穏やかだった。

「いえ、違います……近くで見たいから人間の社会で暮らしているんじゃないんです。」

『ほう、ならどういう理由か教えて頂けますかな?』

興味深い、といった表情でヌルが問い掛ける。

「日々を精一杯生きる彼らが輝いて見えたから……その姿に胸を打たれたから……
そして、いつの日か僕も彼らのように輝きたいと思ったから……
だから僕は人間の社会で生きているんです。」

静かに言い切ったピートの表情に迷いは無かった。

いつ終わるとも知れない残酷な時の流れにも負けず、自分の目標を定めた顔だった。


『フフフ……なるほど、最期に興味深い話が聞けました……
君が、掴んだ真理を見失う事が無いよう……祈っていますよ……』


まるで教師が教え子の未来を案じるかのように、ヌルが穏やかに笑いかけた。




ピートが原始風水盤を止めようと鍵に向かおうとした瞬間、凄まじい振動が洞窟を襲った。


『これは……!
いけません、早く鍵を抜くのです!!このままではゲートが完全に――――




ヌルが叫ぶ中、原始風水盤の上にぽっかりと黒い穴が空き、魔界のゲートが完全に開通してしまった。







魔界の瘴気が洞窟内に吹き込み、耐え切れずに西条が膝をつく。
限界以上に身体を酷使した西条にとってこの瘴気は命を奪いかねないものだった。

『吸血鬼の少年―――ピート君でしたね。
その男を連れて早くここを出たほうが良い……すぐに凶悪な魔族が侵入してくるでしょう。』

ゲートの向こうから近づいてくる複数の気配を感じ、ヌルが呟く。
気配からすると、恐らく中級魔族が人間界に侵入しようとしているようだった。

傷付いた二人にもはや戦う力は残っていないだろう。


だが勝てる見込みが無いにも関わらず、ピートと西条は目を見合わせると笑みを浮かべた。


「やれやれ、とりあえず現場の確保のためにもここを離れるわけにはいかないな。
ピート君、君はどうする?君なら洞窟の外まで脱出する力くらい残っているだろう?」

もはや膝をついたまま立ち上がることすら出来ないが、それでも西条は退くつもりは無かった。

「いやぁ、現場の確保は基本ですからね。僕はここを動くつもりはありませんよ。
西条さんこそ、残るんだったら邪魔にならないように隅っこの方に逃げた方がいいですよ?」

ピートも西条に冗談めかして笑いかけると、ゲート奥から感じる気配に向けて身構えた。






黒い穴からのそりと何かが潜り抜けてくる。

オレンジ色の体毛に、緑の鬣(たてがみ)、その姿や大きさはまるで獅子のようだった。
獅子との相違は頭部が二つ付いている事と、外骨格に覆われた尻尾くらいだろうか。

ゲートを潜り完全に姿を現したその姿は、獰猛な捕食者を連想させた。



魔界と直接繋がっているせいで、完全に力を解放した魔族にピートと西条の額に汗が浮かぶ。





「く……これが本当の魔族の力か……とてつもないな……」

「ええ……でも退く訳にはいきませんしね……」



獅子のような魔族が周囲を見渡すと、いきなり喉を反らせて雄叫びをあげた。
洞窟中に響き渡ったそれは、まるで人間界への侵入を喜んでいるかのようだった。



獅子のような魔族は西条とピートの姿に気付くと、舌舐めずりすると一歩、また一歩と近付いていく。





(魔界の猛獣、オルトロスとは……流石にこの二人でも手に負えないでしょうね……
む、さらに上級魔族の降臨ですか……まさに駄目押しという奴ですね……)

ヌルは魔界の向こうから凄まじい速さで接近してくる上級魔族の気配を感じていた。
どうやら他の魔族を潰しながら近付いているらしく、次々と格下の気配が消滅していた。


オルトロスが二人に襲い掛かろうとしたその時、魔界のゲートから一陣の黒い旋風が巻き起こった。


黒い風はまさに疾風の如く飛び出し、オルトロスの背中に跨った。



黒い翼を生やした、凛々しい女魔族がそこにいた。




「貴様で最後だ。」



静かに呟くと、女魔族は両手を貫き手の形にし、獅子の両頭部に振り下ろした。



振り下ろされた両手は、まるで豆腐を砕くように、いとも簡単に魔獣の頭部を粉砕した。




血飛沫を浴びたピートが、少し引き気味に声をかけた。


「ワ、ワルキューレさん、なんで魔界から飛び出してきたんですか?」


返り血を拭き取りながら、ワルキューレが質問に答えようとした瞬間、ゲートから数体の魔族が飛び出し敬礼した。
ワルキューレを含め、全員魔界軍の軍服に身を包み、その身を返り血で染め上げていた。

『ワルキューレ少佐!向こうの封鎖、完了しました!!』

「衛生兵はいるか!?人間の負傷者がいる!手当てしろ!!」

『イエス・サー!!』

ゲートから一体の魔族が現れる。
美しい女性の外見をしているがその背中には蝙蝠の羽が生えていた。

魔族は西条に近付くと、優しく抱擁した。
突然抱きしめられ驚いたが、すぐに西条の身体に力が蘇り始めた。

その魔族は夢魔の一族、サッキュバスだった。
普段は人間から精気を吸い取っていたが、それを逆に使用する事で西条の身体を回復させたのだ

西条の顔色が良くなった事を確認すると、サッキュバスも列に加わりワルキューレに向けて敬礼をする。

「御苦労、私はこちら側で任務を続行せねばならぬ。
そこに転がっているヌルを連行したら、貴官達はすぐにゲートの封鎖を開始しろ。」

豹のような頭部をした人型の魔族が一歩前に出て、ワルキューレに敬礼する。

『イエス・サー!!少佐の任務の成功をお祈りしております!!』

「副官、小隊の指揮は任せたぞ。」

『イエス・サー!!
ヌル、貴様には原始風水盤の創造ならびに700年前の地獄炉の無断建設の容疑がかかっている。
大人しくしていれば魔界で裁判を受けさせてやるが、ここで殺す許可も取ってある。
さあ、どうするか決めるが良い。』

豹の顔をした魔族はヌルの頭部を拾い上げると、事務的な口調で告げた。

『抵抗などするつもりはありませんよ』

ヌルは抵抗するそぶりすら見せずに魔界へと連行されていった。

連行される際に、ヌルがピートに別れの挨拶をしたように見えたのは気のせいだったのだろうか。


もう一度別れ際に敬礼すると、魔族たちはゲートの向こうへと戻っていった。



「さて、さっきの質問の答えだが、一番注意しなければならないのは武闘派魔族の動向だったのでな。
もしもゲートが開いてしまった時の為に私は魔界で部隊を率いて待機していたのだ。」

部下を見送ると、ワルキューレがピートの質問に答える。

「予想されるゲートの接続地点を警戒していたんだが
ゲートが開いた途端、一斉に武闘派魔族がゲートに雪崩れ込もうとしてな……
とりあえず全員我が部隊で始末したんだが、一匹だけ漏らしてしまってな。」

足下に転がる魔獣の死体を見下ろしながら付け加えた。


「後は原始風水盤の鍵を破壊すれば全ては終わりだ。
さてどうする、最後は貴様らの手で終わらせるか?」

西条は頷くと、ピートからジャジメントを受け取り原始風水盤の中心に向かった。


相棒の命を奪った忌まわしい赤い杭の前に立つ。


(香上、見ているか……とうとう君の仇を討つ事ができる……
直接デミアンを討つ事は出来なかったが……君の刀が世界を救うんだ……君はその方が嬉しいよな……?)


目を閉じ相棒に黙祷を捧げると、くるりとピートとワルキューレの方に振り返った。


「え、どうして破壊しないんですか?」


ピートが驚いている横でワルキューレが感心している。


「ほう、なかなかの腕前だな。
デミアンと闘いながら生き残ったというのも頷ける。」


ピートが首をかしげ、説明を求めようとしたその時、音も無く原始風水盤の鍵の上半分が滑り落ちた。


振り返る前に抜いた西条の刃が、既に鍵を切り裂いていたのだ。


鍵が消滅した事により、要を失った魔法陣が次第に薄くなっていく。


西条が二人の所に戻る間に魔法陣は完全に消滅していた。


「良し、これで任務終了だ。取り敢えず外に出るぞ。
ジークとデミアンがどうなったのか気になるしな。」




三人が洞窟の外に出ると、べスパとパピリオが待っていた。
だがジークの姿はどこにも見当たらなかった。





――姉上、デミアンを捕らえるのはかなり困難でしょうね――

――だろうな。ルシオラのためとは言え、無理なものは無理だ。残念だが生け捕りは諦めるぞ――

――いえ、一つだけ確実な策があります――

――何だ、言ってみろ――

――結界に閉じ込めた後、足止めの為にバルムンクを使います。後はべスパとパピリオの毒で何とかなる筈です――

――それは、本当にお前の命を失う事になるぞ。解かって言っているのか?――

――軍人は任務の為なら命を惜しまない。僕にそう教えてくれたのは貴女でしょう、姉上?――


べスパが握るカプセルに気付いたワルキューレが寂しげな表情を浮かべる。

(そうか……ジーク、お前は命をかけて任務を全うしたのだな……
安らかに眠るがいい……私はお前を誇りに思う……)

デミアンの生け捕りと、原始風水盤の破壊は並行して行わなければならなかったため、時間との勝負になってしまった。
パピリオとべスパがもう少し早くジークの所に到着していれば、また違う結果になっていたかもしれなかった。

「樹海の外で美神美智恵が待機している筈だ。
貴様らは報告に行くがいい……」

西条とピートを送り出し、目を閉じて命を捨ててまで任務を遂行した弟に祈りを捧げる。
西条はデミアンを気にしていたが、ワルキューレの只ならぬ雰囲気に気付き、引き下がっていた。

だがワルキューレの耳に聞きなれた声が飛び込んできた。


――お疲れ様です、姉上。どうやらそちらも上手くいったようですね――


驚きながら目を開き、辺りを見渡すが、ジークの姿は無い。


空耳かと思った瞬間、またジークの声が聞こえてきた。


――デミアンは特製の封魔札に閉じ込めましたよ――


音の源を探ると、パピリオの背後から聞こえてきていた。

注意してパピリオを見てみると、パピリオの腰の辺りから小さな足がちょこんと飛び出していた。

パピリオの帽子の陰に隠れてよく見えなかったが、少し位置をずらして見てみるとパピリオが小さな男の子をおんぶしていた。
恐らく身長はパピリオより頭一つ小さいくらいだろうか。
パピリオが小学生だとすると、この男の子は幼稚園児くらいになるだろう。


「…………あー、べスパ曹長、状況を報告してもらおうか。」

べスパの方に向き直ると、べスパは困った顔をしながら頬を掻いている。

「いや、それが―――――――


























砕け散ったジークの身体の側でパピリオが泣きじゃくっていた。
べスパも妹を慰めようと優しく抱きしめてやっていたが、とても泣き止みそうになかった。

と、その時砕け散ったジークの身体の残骸から、小さな手で残骸を掻き分けながら男の子が這い出てきた。

「やれやれ……残った僅かな魔力じゃ、元の身体を構築する事さえ出来ないか……」

銀髪の男の子は頭をぶるぶると振って残骸を払うと、体を叩いて身繕いを始めた。
その服装は魔界軍のものだったが、幼すぎる外見のせいで異様なまでに不自然だった。

べスパとパピリオは目を丸くして絶句している。
既にパピリオは泣き止んでいた。というか事態についていけず、固まっていた。

「どうしたんだ二人とも?
ぼんやりしている時間は無いぞ。早く原始風水盤に向かわなければ!」

その見た目の年齢に似つかわしくない言葉使いに、べスパが恐る恐る話しかける。

「お前、ジーク、か?」

混乱のあまり『少尉』を付ける事さえ忘れていた。

「見てわからないか?
それより早く原始風水盤に向かうぞ!時間が無い!!」

ジークが原始風水盤の波動を感じ、その方向に走り出した。

のも束の間―――


―――ベチャッ―――


見事に転んだジークが顔から地面に突っ込んでいた。

すぐに起き上がり、颯爽と走り出す。

が―――


―――ズデェェン―――


またもや見事に転んでいる。


起きては転ぶ、起きては転ぶ、を何度か繰り返すとべスパとパピリオの方を振り返った。


「……すまない、どうやら空を飛ぶ魔力すら尽きているようだ。
どちらでもいいから僕を洞窟まで運んでくれないか?。」

澄ました顔で話しているが、何度も顔を地面に打ちつけたせいでおでこが赤くなっている。
これではどうみても只の子供だった。

「ジーク……?
本当にジークなんでちゅか……?」

ようやく事態が飲み込め始めたパピリオがふらふらと自分より小さくなったジークに近付く。

「いや、見てわからないのか?ってわかる訳無いか……
僕は正真正銘ジークフリードだ。体に僅かに残った魔力で体を構築したからこんなナリだが―――」

話の途中だったが、感極まったパピリオがジークに抱きついていた。

「うぅぅ、良かったでちゅ……本当に良かったでちゅ……
てっきりルシオラちゃんみたいに死んじゃったかと……」

体全体で喜びを表現する妹を見て、べスパがそっと目頭を拭う。

(良かったな、パピリオ……お前に泣き顔は似合わないよ。
やっぱりお前は笑ってるのが一番――――――








―――ゴキッ―――






鈍い音が樹海に響き渡った。



「パ、パピリオ、今なんかヤバイ音がしなかったか?」




恐る恐る妹の方を見てみると、小さなジークが白目をむいてぐったりしていた。





「死、死んじゃ駄目でちゅ!しっかりするでちゅよーーー!!」

























―――という訳。」

結局その後なかなかジークが目を覚まさなかったので、洞窟に応援にいけなかったという。

パピリオは気まずそうにそっぽを向いてワルキューレと目を合わそうとしない。

「戦闘でデミアンに腕を吹き飛ばされたおかげで、バルムンクを強制的に解除されましたからね。
なんとか全ての魔力を失わずにすみました。アレが無かったら僕は本当に消滅していたでしょう……」

ジークが説明しているが、ワルキューレの視線はパピリオに向けられている。
その目はどう見ても怒っているのが丸わかりだった。

とうとうプレッシュ―に負けたパピリオが言い訳を始める。

「わ、悪かったでちゅ……でもそんなに力いっぱい抱きしめた訳じゃないんでちゅよ?
ど、どちらかと言うと、むしろソフトな力加減だった筈なんでちゅけど……」

しどろもどろになりながらも一応言いたい事は伝わったようだ。
ワルキューレの視線が今度はジークに向けられる。今の言葉の真偽の判断はジークに任せるのだろう。

「ええ、パピリオの話は本当です……どうやら僕の身体が人間の子供並みに弱まっているようですね。
恐らく限界寸前まで魔力を消耗しているのが原因だと思います。」

実は二年前の事件でジークもワルキューレもべスパも身体が縮むのは経験済みだった。
だが今回のジークの消耗は度が過ぎていたのだろう。当分まともに活動する事はできなさそうだった。


「ふう、まあいいだろう。あのデミアンと一対一でやりあったのだ、命があるだけ幸運だろう。
取り敢えずその身体ではまともに任務を果たせまい。元に戻るためにも妙神山で検査して来い。」

その言葉を聞いたパピリオの表情が輝いた。

「なら善は急げでちゅ!いますぐ妙神山にかえるでちゅよ!!」

言うや否や、凄まじい速度で妙神山へと飛び去っていった。
ジークの悲鳴が聞こえたような気がするのは気のせいだろうか。


樹海にワルキューレとべスパが残されていた。




「それじゃ、私は妙神山経由で魔界に戻るけど、少佐はどうするんだい?。」


「私はまだやる事が残っている。小隊の指揮は副官に任せてあるからな。
命令を無視して問題を起こすんじゃないぞ。」


「はいはい、わかってるよ。あ、それとこいつの始末は少佐に任せるよ。」


封魔札をワルキューレに手渡すと、べスパも妙神山へと飛び立っていった。

























「魔界のゲートの消滅を確認しました!!」

空間の歪みを観測するレーダーを覗いていた自衛隊員が美智恵に報告する。

その瞬間まわりから歓声が巻き起こった。

あの美しい富士の山を死の山にせずにすんだのだ。
この作戦の成功の価値は計り知れなかった。

(西条君、ピート君、やってくれたわね!)

自衛隊員がいる手前、感情を押さえているが、内心飛び上がりたいくらい嬉しかった。
ジークやワルキューレの手助けがあったとはいえ、彼らはたった二人で原始風水盤を破壊したのだ。
上司として、師匠として胸が熱くなる思いだった。

「おい見ろ!捜査官が戻ってきたぞ!!二人とも無事だ!!」

隊員の言葉に反応して美智恵がそちらに目をやると西条とピートがこちらに向かって歩いてきていた。
二人とも傷だらけだが命に別状は無さそうだった。

自衛隊員たちが歓声を上げ、囃し立てる中を二人が歩いてくる。


ふっと微笑むと美智恵が口を開いた。


「二人ともお疲れ様。」


咎めるでもない感じで美智恵が二人を労う。


すうっと息を吸うと西条が一歩前に進み出た。


「先生、勝手なお願いなのはわかっていますが、
どうかもう一度Gメンで働かせてもらえないでしょうか。」


西条が真剣な瞳で美智恵に頭を下げる。


「あら、西条君、何の話?
もしかして私の机の上に置いていったこれの事かしら?
もしそうなら私は受け取るつもりなんて無いんだから、初めから無効よ?」

くすくす笑いながら、とぼけた様子で美智恵が懐から西条の辞表を取り出す。
指先で少し弄くった後、西条に手渡す。

「貴方達が戻る少し前にワルキューレがこれを置いていったわ。
これをどうするかは貴方達が決めなさい。」

表情を引き締めると、辞表と共に一枚の札も手渡す。
少し前にワルキューレが置いていった、今回の事件の首謀者デミアンが封じられた札だった。

札から感じる魔力で西条も気づいたようだ。


おもむろに懐からライターを取り出すと辞表に火をつける。

西条がピートに目をやるとピートが無言で頷いた、


西条は燃え上がる辞表を地面に落とすと、札を近づけ、火を移した。


燃え移った炎は札を焼いていく。

西条は札の中でデミアンが断末魔の叫びをあげるのを感じていた。



その時、風が巻き起こり西条の手から燃える札が舞い上がっていった。


札は空を飛びながら灰になり、樹海に散らばっていった。




(香上、君への送り火だ……これで全て終わったんだ……)



札が燃えるときに火傷した掌を見つめながら、西条が心の中で呟いた。


























深夜のオカルトGメンのお抱えの病院。

あの後結局再入院させられた西条の枕元に、淡い光が浮かびあがる。
その光は人の形をとると眠っている西条の顔を覗き込んだ。

深刻なダメージを負っていることに加え、投与された薬の力で
深い眠りに落ちている西条は自分の近くに現れたものに気付いていなかった。

突然西条の寝顔が苦しげに歪み、うわ言のように何かを呟く。
それを聞いた何者かの顔に、嬉しさと寂しさが混ざったような表情が浮かぶ。
そっと西条の耳元に口を寄せると優しく囁いた。



―――ありがとう、お疲れ様―――



その囁きが効いたのか西条の寝顔が安らかになる。
何者かはくすりと笑みを浮かべると、優しく西条の長い髪を指で梳き始めた。
しばらくそうしていたが満足そうに微笑むと、音も無く姿を消していった。


























ピートが目を覚ますと、通い慣れた学校の机に座っていた。時刻は夕暮れでほとんど陽は
沈みかけていた。首を傾げながら自分の服に目をやると、何故か学生服を着ている。

「ばいば〜いピート君、また明日ー。」

三人連れの女生徒がピートに声をかけながら廊下を歩いて行った。
ピートは笑いながら手を振って見送っていた。
その姿はまるで只の高校生のようだった。

「へー、これがピート君の学校かー。結構大きいじゃな〜い。」

突然ピートの机の隣に赤毛の女性が現れ、ピートの肩をぽんと叩く。
いきなり肩を叩かれた事よりも、死んだはずの先輩が現れた驚きのあまり、ピートが机から転げ落ちた。

「か、香上さん!?」

「あらあら大丈夫?。これは君の夢だから気にしない気にしない。」

「夢、ですか?」

「そ、じゃなけりゃ死んだ私がいるはずないでしょ?。」

「そうですよね……貴女は死んでしまったんですよね…… 」

「あら、悲しんでくれるの?。」

「当たり前じゃないですか!!」


香上は軽く微笑むと床に座り込んだままのピートの手を握り机に引き上げる。

「今日、君の夢にお邪魔したのはね、ピート君にお願いがあるからなの。
聞いてくれるかな?。」

「あ、はい、僕に出来る事なら。」

素直に頷くピートに笑いかけると話を続ける。

「ほら、私、死んじゃったでしょ?で、これから輪廻の輪に入って転生する事になるそうなの。
それでね?お願いっていうのはピート君にこの世界を守ってもらえないかなって。」

「僕が、守る?。」

「ええ、今回の事件でわかったんだけど、この世界のバランスはとても危うい所で保たれているの。
ほんの一握りの魔族が暴走するだけで、最終戦争が引き起こされてしまうわ。
私たちも神界や魔界に流されるんじゃなくて、今回の事件みたいに食い止められるなら食い止めなければいけないのよ。
でも私たちは強い力を持つ魔族に太刀打ちできないわ。
でもピート君、君ならそれが出来るの。」


「僕なら……出来る……」


「そう、君は自分だけが世界に取り残されてしまうって悩んでるみたいだけど、それは少し違うわ。
確かに皆、いつかは死んでしまうわ。

……でもね?皆、輪廻の輪を通ってこの世界に戻って来るの。
私だって来世でいつか君と出逢うかもしれない。
私は今の記憶を失っているだろうけど、きっと君にはわかる筈よ。」

その言葉はピートの心に温かく染み込んでいった。


ああ、そうか……死は別れじゃないんだ……


これは夢だ、それはわかっているのにピートの視界は涙で滲んでいた。
ピートは自分が心の奥底に抱えていた氷塊が溶けていくのを感じていた。

ピートは涙を拭うと微笑んだ。

「僕はこの世界を守ろうと思います。また皆と出逢えるその日まで僕がこの世界を守ってみせます。
だから……『さよなら』は言いません……
またいつか出逢えるその日まで、僕はこの世界で皆を待っています。」

揺るぎない表情で告げるピートに優しく微笑むと、そっとピートを抱きしめた。



―――またね、ピート君―――



耳元で囁くと、来た時と同じようにすっと消えていった。
ピートは涙が零れそうになるのを堪えると、心の中で呟いた。


ありがとうございます、香上さん


再びピートの意識はまどろんでいった。


























唐巣神父の教会の裏手、菜園近くのスペースにルーン文字で描かれた魔法陣が優しく光を放っていた。
その光はまるで月の光のようで、見る者の心を優しく包み込んだ。

魔法陣の傍には女性が佇んでいる。

普段は引き締まった表情で見る者を威圧していたが、今は魔法陣の優しい光に照らされ穏やかな印象を与えていた。

魔法陣の放つ光が一瞬強まったかと思うと、陣の中央に赤毛の女性が現れていた。

「ただいま。」

「別れを済ませる事は出来たようだな」

「ええ、でも本当にこれで良かったのかしら……」

「ピートの事なら気に病む必要はない。永遠の時を過ごす我等にとって何が一番必要かわかるか?」

首をかしげて少し考える。

「……生きる理由、とか?」

「ああ、その通りだ。自分は何のために生きているのか?それがわからなければ、
どれだけ長い時間を過ごそうと空しいだけだ……
だがピートには目標が出来た、奴はもう自分を見失うことはないだろう。」

自分の存在意義を受け入れられず、この世界からの消滅を選んだ魔神を思い出し
ワルキューレの表情が僅かに翳る。

「そっか、貴女がそういうなら信じてみるわ。
さてと、それじゃそろそろいくわね。
呼び戻してくれて本当に感謝してるわ、ありがとう。
もしかしたらまた来世で逢うかもね、戦乙女さん。」

「ふ……礼を言うのはこちらの方だ。
貴女がデミアンの心を読まなければ原始風水盤の発動に間に合わなかっただろう。
三界を代表して礼を言わせてくれ。」

次第に体が薄くなっていく香上をワルキューレが敬礼しながら見送る。

香上は照れ臭そうにそっぽを向いていたが、身体を光の粒子へと変えると天へと昇っていった。










「ヴァルハラに送ってあげたのかい?」

ワルキューレの背後から唐巣神父が声をかける。

「……いたのか、神父。」

特に驚くでもなくワルキューレが振り返る。

「そんなに高等な魔法陣が裏にいきなり造られて寝てるほど、鈍くは無いつもりだよ。」

神父の言葉にふっと笑みを浮かべると、ワルキューレが静かに腕を払う。
魔法陣は光を失い、消滅した。

「昔ならともかく、今の私にヴァルハラに送るような力は無いさ……
輪廻転生を司る神界の施設へ案内しただけだ……」

少し寂しそうにワルキューレが星空を見上げる。

「どうやら、今日は色々あったみたいだね?」

「ふふ、まあな……そうだ、神父。
たまには一緒に飲まないか?
飲みながら少し話したい……」

ふと思いついたようにワルキューレが呟く。

「良いとも。これでも人の話を聞くのはプロだからね。」

神父は穏やかに笑うと、ワルキューレと連れ立って教会へ入っていった。

























―後書き―

こんなに長くなってしまって、最後まで読んで頂いた方に心より感謝します。

長かった……きっと皆さんもそう思われている事でしょう……

では。

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