ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE・外伝〜ピースメイカー〜(前編)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 8/20)

 闇色の静寂が、陽光によって目覚めた雀らの生み出すささやかな喧騒によって取り払われていく。

 街灯がその役目を曙光によって奪われ、観念したかのように光を消していく中……人影二つが陽光を背に歩みを続けていた。

「どうにも……病院というものは、幾つになっても好きになれないね」
 丸眼鏡と黒髪、そして、いささか広めの額をもつ、中年に差し掛かったかどうか、という男性が苦笑とともに呟く。

「そうですね。正直僕も、検査、というと、どうしても身構えてしまいますね」
 男性の傍らを歩く金髪の少年が応じつつ、温和そうな端正な顔を男性と同じく苦笑の形に変える。

「…………すまないね。気に障ることを思い出させてしまったかな」

「いえ、オカルトGメンに手配してもらった病院ですし、変な検査はされてはいませんよ。
 第一、いくら僕が吸血鬼の血を引いているとは言っても、毒に耐性を持っているという訳でもありませんしね」
 吸血鬼の血を引いている、と述べた少年――外見は少年といっても通用するが、実際の年齢は700を数える、仲間内ではピートと呼ばれる方が圧倒的に多い半吸血鬼(ダンピール)、ピエトロ・ド・ブラドーは「だから、先生もお気になさらないで下さい」と、苦い表情を浮かべた黒髪の男に対して透明な笑みで応じ……再び前を見据えた。


 視線を前に向けた二人の目に、周囲を見回しながら歩く、銀髪を短く切りそろえた、端正な顔立ちの青年の姿が映る。

 何か特徴ある建物を探しているのだろう、その視線はやや上に向けられており、二人の姿は映っていない風情だ。

「どうしました……何か、お探しですか?」
 その男に向け、ごく自然な親切心から声を掛けるピート。

「いや、ご親切痛み入る。唐巣教会を探しているのだが、少々道に迷ってしまって……」
 視線を交差させた瞬間――ピートと銀髪の青年……その顔色が、ほぼ同時に変わった。


「お前は……?!」

「――――ピエトロ・ド・ブラドー?!」


 両者が顔色を変化させると同時に、金髪の少年と銀髪の青年との間に戦慄にも似た空気が満ちる。

「ピートくん?」その空気の激変にやや戸惑いながら、怪訝そうに二人を覗き込む黒髪の男……その無防備な態度にピートは思わず叫び声を挙げた。
「先生……気を付けて下さい!こいつは――」

 叫びとともに繰り出される右拳……霊力を圧縮され、威力を増したその一撃を一鬢の差で躱した銀髪の男は、突然の挨拶への返礼として、金髪の半吸血鬼の少年の顎に向けて、光を宿した右掌を振り上げる。

「落ち着きたまえ、二人とも」ゆったりとした落ち着きを残す声が、静かに響いた。

 何時の間に割り込んだのだろうか、黒髪と丸眼鏡をもつ『先生』が二人の間に入り、両者の手首をしっかりと掴んでいた。


「先生……ですが、こいつはヴァチカンの執行官ですよ。もし先生の身に何かあっては……」
 一切挙動を感じさせることなく二人の動きを制した黒髪の『先生』……その技量への驚きと、ヴァチカンの武装執行官――世界を巡り、キリスト教に仇なす邪悪や異端を排除することを主任務とするヴァチカンの刺客が目の前に現れたことでその身に危険が及ぶであろうことを指摘しながらピートは声をあげる。


「……彼からは殺気は感じていないからね。それに、万一彼が私の生命を欲するのだとしても、私は充分に為すべき事は為したんだ。それこそ神の思し召しだよ」


「そんな、先生!?」


 自らの命を軽んずるかのような言葉に犬歯の発達した口を大きく開き、精一杯の抗議をするピート……だが、銀髪のヴァチカンの執行官は黒髪の日本人こと唐巣和宏に……頭を下げ、言った。「申し遅れました。私はエンツォ=ファルコーニ――唐巣……和宏神父ですね?一度お会いしたいと思っていました」








「ファルコーニ……というと、ルッカさんの息子さんかね。確かに面影はあるねぇ――いやぁ、懐かしいなぁ」

「先生!」血気に逸った己を諭す師の言葉を聞いてなお、生来の生真面目さからか、『敵』であるはずの執行官と和やかに言葉を交わそうとする唐巣に対してピートは注意を促す。



 その緊張を知ってか、神父は唐突にファルコーニに切り出した。「エンツォくん、だったね?ルッカさん……君のお父さんに初めて出会ったのは……今から30年近く昔のことだったかな。
 あの時のことは、よく覚えているよ」
 朝日を浴びながら、唐巣は昔を懐かしむかのように目を閉じた。
































 1970年、夏――――唐巣和宏はイタリアにいた。


 だが、ただの旅行ではない。


 高校一年生の唐巣にとって、故郷・旭川を離れて外国に旅行するなどということは、そうそう出来ることではない。ましてや、出自が富豪の道楽息子などというなら兎に角、ごく普通の家庭に生まれた上、中学時代にケンカで何度となく補導されることで、ついには両親にも半ば愛想をつかされた16歳になったばかりの少年である。アメリカ経由で行かなければならないヨーロッパなど、おいそれといけるような場所ではない。




 ならば、何のために――?





 その些細な疑問の答えは、唐巣の右手に握られていた。




 右掌に収まった銃把を顔の高さまで上げ……照準を絞り、銃爪を引く。

 撃針が雷管を叩き……轟音とともに射出された弾丸が、20メートル程先の悪霊の眉間を撃ち抜いた。






 地下墓地(カタコンベ)の……閉鎖された空間に響き渡った残響が、時の流れとともに薄まっていく。

 銃声と入れ違うように、スローテンポの拍手がぱち…ぱち…と響いた。
 
「格闘技術はそうでもないが、射撃はなかなかに筋がいいな」
 ウエーブがかった黒髪を持つ日本人に声を掛けたのは、ストレートの長い銀髪を後ろ髪で束ねた、端整な顔立ちの男であった。

「そりゃどうも」
 言いつつ、黒髪の日本人……唐巣和宏はヴァチカンに着いてからの二週間程の間、指導員として自分にあてがわれた銀髪の男……ルッカ=ファルコーニに向き直る。
 
 純銀の銃把に刻まれた十字の刻印を通して、弾丸に霊力を込めることの出来る呪式を組み込まれたピースメーカーのリボルバーから熱の残る薬莢を排出しつつ、「……何はともあれ、これでノルマは達成したってことだろ?」唐巣は一回りは歳の違うイタリア人の青年に尋ねる。

 歳相応の生意気さから来る横柄さに半分、もう半分を『筋がいい』と評価されたことによって生まれた昂ぶりに染めながらの質問に、ルッカは首を横に振り、応じる。


「霊力と力量だけは一先ずは合格……だが」
 懐に右手を差し込み、払うように抜き放つ。

「まだまだ詰めが甘い。目でものを見すぎだ――――『A−men』」

 振り払う右手から解き放たれた三条の銀光が唐巣の頭の脇を通り過ぎると同時に、払った腕の軌道を頭上に変え……祈りとともに振り下ろす。


 空間の一部が弾け、青黒い血がこぼれ落ちた。

「インヴィジブル・ストーカー……強さそのものはそれほどでもないが、周囲の光線の屈曲率を変え、自らの身体を風景に溶け込ませることが出来る特殊な力場を作り出せる下級の魔族だ。目だけで見ていては捕らえられん相手だが――霊気を隠せるような強力な奴でもない」

 背中に吊ったモーゼルを抜き……銃声2発。

 唐巣のごく近く……その背から1mほどの距離に現れた人影……目、喉、胸に当たる部分に白銀のナイフを突き立てた魔族の眉間と胸の中心に直径3cmほどの大穴が開き、青黒い血の花を咲かせた。

「日本カトリック連合会からの報告では、半年ほど前に急激に霊力が伸びた、ということだから……霊視を常に心がけることはまだ無理かもしれないが、霊視に頼らなくとも、音にも、臭いにも……空気の流れにも隠れた相手を見つけ出すヒントは転がっている。
 接近戦は大したことがない以上、まず第一に感覚を研ぎ澄まして相手の存在を察知し、不意打ちを受けないことを心がけろ」
 倒れた魔族に一瞥もせず、ルッカは唐巣に言い切る。

 『接近戦は大したことがない』――元来がケンカ早い性質をしており、故郷・旭川では市内の中学をその腕力で占めていた唐巣にとって、その言われようには多少屈辱を覚えたが、同じように世界中から集められ、執行官候補として鍛えられている十数人の中では、霊的格闘術においては下から数えた方が遥かに早い位置にいる以上、その屈辱も受け入れる以外にはない。


 いや、受け入れなければならない。そうでなくては、武装執行官になることなど到底出来ない。

 そして、失格の烙印を押されるということは、あの無為な日々に戻ってしまうことにつながってしまう――唐巣はそれを恐れていた。




 それまでの自分は何者でもなかった。


 何もない故郷に苛立ち、何も持たない自分に苛立ち、自分にかける言葉を失い、対峙することを放棄していた両親に苛立ち、全てに苛立ち……苛立ちを拳に込めてぶつけた末について来るようになった取り巻きにもまた、苛立っていた。


 そんな苛立ちに心を焦がしている日々に終止符を打たされたのは、15歳の冬のことだった。


 それまでも、他人よりは霊感はある方だった。

 だが、せいぜいがうすぼんやりと白い影が見えるだけ――霊に対しての攻撃能力などはあるはずもない。


 それがある日突然、変わった。


 『汝の為すべきを為すがよい』という声を聞いたその時から、霊の姿をぼんやりとした影から明確な像として捉えることが出来、不明瞭な声を明確な意思を持った声として受け取ることが出来るようになった。












 ――そして何より……意識を集中することによって、霊力を放出することすらも出来るようになっていた。











 自らの急激な変化を相談できるゴーストスイーパーなどは身近にはいなかった。


 だが、霊能はないものの唐巣が唯一相談でき、親身になってその身を案じてくれる存在は、一人だけいた。

 それが、街でカトリックの教会を営む老神父・波戸であった。


 中学二年生の春に初めて補導された時以来、身元引受人として正道に立ち戻らせようと尽力した保護司であり、ついには両親に匙を投げられた唐巣を諦めることなく諭しつづけてくれた……もう一人の父親といっても過言ではない存在だった。



 親身になって不安を取り除き、細いツテをたどって日本GS協会を頼り、その力の封印を施そうと尽力してくれた。

 だが、不真面目とはいえ唐巣もまたカトリックだったことが、唐巣の平穏に向かうかもしれない運命を横からさらった。


 GS協会に至るツテの途中で経由した『日本カトリック連合会』……ここから漏れた情報がヴァチカンにもたらされ、唐巣の身柄はヴァチカンに召喚されることになったのだ。



 波戸が息子にも等しい存在ともいうべき唐巣を、ヴァチカンへと送り出すことをためらっていることは理解出来た。


 だが、自らに苛立ち続けていた唐巣にとって、ヴァチカンに行くことでカトリックの正義を護る執行官となることこそが“為すべきこと”である――そう信じるには充分だった。




 そして、それ以上に、“何者でもない”自分に対する苛立ちを解消するには、ヴァチカン直属の執行官という肩書きは、空っぽの心に苛まれる唐巣にとって、あまりにも大きかった。




 そうして降り立ったローマ…ヴァチカンの地下にある訓練施設で受けることになった二週間の訓練に……唐巣は必死に食い下がった。


 狭い世界で意気がっていた自分のプライドをへし折られた。


 戸惑うばかりの“力”の使い方を教えられ、新たな自信を芽生えさせることも出来た。


 旭川にいた頃には居眠りすることもしばしばだった説法を真剣に聞くことで、聖書の文句をより素直に自らの意識に染み渡らせることが出来た。

 
 そして何より、何者でもなかった自分が、“価値あるもの”に変わっていく……その実感が、一日21時間という、常軌を逸した苦しい訓練を乗り切らせる原動力になった。



 そして、二週間の訓練期間を経た今、唐巣は実戦訓練を兼ねて――シチリア島の活火山、エトナ山麓にある地下墓地で一週間ほど前から出没し始めたという悪霊の退治に赴いている。


「総合的な除霊は辛うじて合格点、といったところだが……浄化については初心者にしてはなかなかのものだな」
 聖水を振りまき、唐巣が捧げた祈りによって、清浄さを取り戻した――周辺の邪気を一切消し去ったかのような不自然な清浄さではなく、周囲の空気よりごく僅かに清らかであり、ごく短い時間で周囲に溶け込む程度、という絶妙なバランスの清浄さだ――玄室の空気に、訓練教官であるルッカは簡潔な賛辞の声を上げる。


「この二週間、みっちり鍛えられたお陰で『世界の力を借りて』ってヤツのコツをつかんだんでね」賛辞に対して、やや誇らしげに唐巣は返すと「けど、研修もこれで終わりなんだろ?」やり遂げた顔でルッカに尋ねた。

「いや……そうでもない。
 今倒したインヴィジブル・ストーカーという魔族は、力そのものは大したことはなく、単独でこちらの世界に現れることも出来ない奴でな……越次元した上位の魔族に従属してこちらの世界に現れてくる――つまり、越次元してきた上位魔族がこの近くにいる、ということになるわけだ」

「なるほどね……もう一仕事あるってことか」
 ルッカの言葉に面倒くさそうに応じる唐巣。だが、その言葉とは裏腹に、得た力を振るいたい……自分の力を試してみたい、という無鉄砲な欲求を滲ませた笑みを浮かべ――唐巣はリボルバーから排出した薬莢を拾い上げた。































 空中に浮かんでいた幻視の画面がノイズに覆われた。


 雑音混じりの音声を打ち消し、腕を組んでいた『少女』が呟く。



「ふん……浄化の力はなかなかのもの、か。確かにあの執行官の言う通りだな」

 呟くは、血を思わせる鮮紅のドレスに身を包む、人ならぬ美しさを有する異形。

「お前の見立てでは、どうだ?」
 軽いウェーブの掛かった、燃え立つような金髪を掻き上げ……美しさと圧倒的魔力を兼ね揃えた異形の存在は、見た目と大幅なギャップを生み出す口調を溢しながら……後ろに控える男に尋ねる。


「は……黒髪の方は浄化の力は高いことは確かですが、見習いにすぎず、総合的な力はさほどでもありません。経験の足りなさから動きも大したものではありませんし……数秒もあれば眷族に変えることが出来るはずです。
 問題はもう一人の銀髪の方……執行官の中でも“隼”の称号を代々受け継ぐ家系の男で、ごく短い時間ではありますが、未来をも見通すことも出来る特別な“目”を持っています。いくら貴女といえども、近寄ることも用意ではない相手かと」


 恭しく応じるハシバミ色の髪の男に「なるほど……で、お主ならば、勝てるか――元ヴァチカン武装執行官にして、私をこの次元に戻してくれた召喚主・ウーゴ=ヴァレンティノ殿?」支配者の傲慢さを湛えての……その『少女』の簡潔な、問い。


「近寄ることさえ、出来れば」笑みを溢して返す男……その口元には、牙を思わせる犬歯が覗いていた。





















 金髪の少年が、火山脇にあるその洞窟の前に立ったのは、夕暮れがその残照を消し去ろうとしていた時だった。

 恐らくは入り口は一つだけではなく、どこかに通じているのだろう――洞窟を吹き抜けてくる風に乗って流れて来たごく薄い魔力が、少年の肌を打つ。

「“夜魔の女王”クラウディア――ブラドーもその力を恐れたという伝説の吸血鬼……800年前に封印された、という話だったが、封印が破られたという噂は本当だったみたいだな。
 ――僕一人で、倒せるか?」

 右の拳を握り、見つめる。

 自分の力に対しての疑念が芽生える。

 目を閉じ、芽生えた疑念を消し去った少年の背を、一陣の烈風が押した。



 少年の姿は、その風に吹き散らされたかのように――忽然と消えた。




















 空気と乾いた誇りを震わせながら、石造りの床を反響する足音が、コツ、コツという高い響きとなって広がる。

「……足音を立てすぎだ。
 踏むのではなく、足を爪先から地面に置く、という意識を常に持って歩け。そうすれば自然と足音も抑えられるし、自分を外から切り離すことで、異質な存在を察知し易くなる」

「ああ、すまないな」促され、言われる通りに足運びを意識して変える唐巣。

 完全、とは行かない程度に生み出された静寂が周囲を覆い、懐中電灯のちっぽけな灯りが沈黙とともに周囲を支配していた暗闇を、音もなく蹴散らしていく。

 
「それにしても……この辺じゃ死体をそのまま埋葬するんだな」干からびてはいるが、生前の服装そのままに祭壇に寝かしつけられた幾つもの遺体と、その周囲に散らばった乾いた花を眺めつつ、唐巣が呟く。

「ああ……この辺りは乾燥しているからな――こうしてミイラにして、風化するに任せるというのは、シチリアではごく普通の埋葬方法だ」


「『塵は塵に』……って訳だな」
 聖書にある鎮魂の一節を口にし、唐巣は再び右足を前に置く。




 と、唐巣の耳に微かな擦過音が聞こえた。




「で、塵になれないでいる新しいミイラは……こうして」――――二人同時に、振り向きざまの抜き打ちを擦過音の源へと見舞う。「死霊に取り憑かれて、操られることもあるってことか」

 霊力を込められた銀の弾丸を受け、乾燥したミイラは砕け……着弾した部位から塵と化して空気に溶ける。

「そういうことだ。
 だが……少し違う点もある。ここに来るまで、安置されていたミイラに不審な点はあったか?」

 ルッカの言葉に、地下墓地での三時間を思い返す。


 ――そういえば、今の不意討ちは後から……ついさっき通ったばかりの場所からの不意討ちだった。


 こう言っては何だが、このような『死体に取り付く程度の悪霊』というものにさほど強力な種類は存在せず、霊気を消して相手の不意を討つ……そのような知性と力を持ち合わせていないケースが殆どだ。

 だが、今背後からの不意討ち――察知は充分出来ていたので、正しくは不意討ちといえないが、一瞬だけ背後を許したことは確かである。


「いや……不意討ちを受ける兆候は感じなかったな――」
 思案し、記憶から引き出した情報を総合し、結論を出す。

「だが、結論としては不意討ちを受けたな。こういったケースの場合、どういった原因が考えられる?」
 生徒の答えを“是”とした上で、訓練教官は次の問題を提示する。

「この地下墓地のどこかに、調べ落とした別の通路があるか……俺たちの後を、死霊をこのミイラに憑依させた何者かが追いかけているかのどっちかだと思うけど――どっちが正しいかまでは、はっきりとは……」
 唐巣がそこまで呟いた所で……周囲の乾燥しきった死体十数体が、その答えを妨げるかのように動き出した。


「ちっ!……『主と聖霊の御名において命じる!!』」唐巣の舌打ちとともに、ルッカと唐巣の口から異口同音の聖句が漏れ出す。「『――汝穢れたる悪霊よ。キリストの巷から立ち去れッ!!』」

 目標は、左側の壁際の一団……包囲された戦況とつい一分前に数発の銃弾を消費したばかりで装弾数が限られている現状を鑑み、背後を取られないためにという判断を下したのだ。

 清浄な光を浴び、悪霊に操られていた死体は一度に数十年の刻を経たかのように風化し、塵と消えていく。

 だが、浄化したミイラの数はまだ6体……10近くが残っており、いかに二人の呪式銃に装填された特殊銀弾が不死者に対して特に高い威力を持っていようと、唐巣のリボルバーに4発、ルッカのオートピストルに6発という現在の残弾数では、唐巣が全弾命中させない限り、1、2体はどうしても仕留めきれずに残ってしまう。

 だが、いかに筋がいいとはいえ、現在の唐巣の技量ではどうしても狙いにばらつきが出る。だからこそ、ルッカは唐巣に……いや、全ての教官は生徒に狙いの補正の手段として『目標に対しては必ず二度銃爪を引け』という教えを徹底している。



 つまり、良くても1、2体の攻撃を受けることは覚悟しなくてはならないのだ。

 痛覚を持たないが故に、心得のない者をかすめただけでも一撃で死に至らしめられるだけの甚大な威力を有する攻撃を、この生徒が受けきれるか――微かな不安がルッカの脳裏をよぎったその瞬間……方位の一角を銀光が行き過ぎた。


 その銀光の一閃で三体の干からびた死体の上半身と下半身とが切り離され……地面に落ちた上半身が粉々に砕け散る。


「……お前は?!」進路の先から現れた驚きを含んだ呟きを溢しながら、銃爪を三度引くルッカのモーゼルミリタリーが三度火を吹き、哀れな不死者に対して致命的な打撃を与えた。

 唐巣はというと、突然の『援軍』に対して面食らいながらも、その男を誤って撃たないように注意を払いながらミイラ達の頭部と胴体に着実に着弾させる。






 結局……一気にその数を減じた不死者達が全滅するには、30秒も必要としなかった。




「お前もこっちに来ていたのか、ファルコーニ」二人の窮地を救った『援軍』……両刃の長剣を握るハシバミ色の髪を持つ男が、ルッカに尋ねた。


「ああ……この日本人の研修でな。
 お前こそどうした――ヴァレンティノ……確か、10日ほど前からカラブリアに出没した悪魔を祓いに行っていたはずじゃなかったのか?」


「海を越えて、こっちの方にまで逃げてきたからな」
 ルッカの問いに簡潔極まりない受け答えで応じ、20代後半から30代、といった風情の年恰好を有する中肉中背の男は、おそらくは霊剣なのだろう……青白い輝きを白銀の刃に纏わりつかせた長剣を鞘に収める。

「……ということは……この人も執行官ということなのか?」
 尋ねる唐巣に、頷いて返すルッカ……「ああ……正確には『元』という但し書きがつくがな」その右手に握ったモーゼルを、援軍として目の前に立ったはずの男のこめかみに突きつけて――。

「やはり、ごまかしは効かないか」命乞いも悪びれもせず……顔を笑顔の形に歪めたヴァレンティノは、糸のように細めた横目でルッカを一瞥する。「何時から気付いてた?」

「気付いたも何もない。突然暴走して、通信回線を潰さないままチームを全員斬り殺した馬鹿を味方と思うほど……俺も馬鹿じゃないだけだ」ヴァレンティノの霊剣の柄を握ったままの手先に注意を払いつつ、ルッカは続ける。「一つだけ聞く――このゾンビの群れも……お前の仕業か?」

「聞かれて……教えると思うか?」
 不敵な笑みを消さず、剣士は応じる。


「そうだな……別に答える必要はない」向き直ろうとする剣士の動きよりも早く……銃爪にかけられた指は動いていた。








 ――――硝煙と血の匂いが、同時に広がった。

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