ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦5−5 『真相』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 8/11)

薄暗い洞窟に男のものと思われる低い声が反響している。

『おい、後どれくらいで完成だ。』

二人の人影が複雑な模様が描かれた床の上に立っていた。
フードを被った方がもう片方に問い掛けた。

『陣は既に完成しておりますからな、後は時期を待つだけかと。
具体的に言うなら……そうですな、三日後には稼動させる事が出来るでしょう。』

恭しくフードを被った男に頭を下げる。
フードの男のほうが立場が上なのだろう。

『鍵も出来上がっているんだな?』

『はい、もちろんです。
貴方が目立たぬように霊能者を狩って下さいましたからな。
すでに稼動させるには充分な血液を吸っております。』

満足のいく答えを聞き、フードから僅かに覗く口元がニヤリと吊り上がる。

『ククク……そうか、後三日か。』

三日後に訪れるであろう新たな時代を想像し、喉を鳴らす。

『クク、ククク、アハハハハハハ!!!!』

こみ上がる笑いが堪えきれなくなったのか、喉を反らして激しく笑い出した。
昂ぶる感情に呼応するかのようにフードの男から濃密な魔力が噴出する。

常人ならそれだけで気を失いそうになる魔力を身近に受けたにも関わらず、もう一人の男は平然としている。
いや、良く見ると額にじっとりと脂汗が浮かんでいるので多少の影響は受けているようだ。

(恐ろしい方だ……人間界でこれほどの魔力を放出するとは……流石は上級魔族。
私も魔族だが、もし機嫌を損ねればすぐに命を奪われるのだろうな……)

自分に叩き付けられる魔力の波動から力の差を思い知らされ、もう一人の男が恐怖を感じていた。



男の脳裏に浮かぶのは二年前の出会い。

見知らぬ土地で目が覚めた男は追われていた。
理由は男が魔族だったからだ。
しかも重大な前科を持った魔族。

人間達がそんな危険な過去を持つ男を放って置く筈も無い。
すぐに人間達の追っ手が組織され、徐々に追い詰められていった。
そんな時、フードの男がどこからともなく現れ、助けが必要かを聞いてきた。
なんでもするから助けてくれと頼むと、満足そうに笑い追っ手を軽く殲滅してしまった。

さらにその後、男そっくりの人形を用意し、それを人間達に破壊させる事で記録上男が抹殺された事にしてくれた。
聞けばフードの男も身代わりを造って自分を死んだ事にしたそうだった。

そしてフードの男の口から出た信じられない命令。
命を助けられた恩義に加え、圧倒的な力の差。
男に断るなどという選択肢は存在しなかった。
結果、男は持てる知力を尽くして命令を遂行してきた。

これが二年前の出来事だった。



そして男は命令通りに陣を完成させたのだ。
失われた知識をフードの男から提供されていたとは言え、技術者として正直言って鼻が高かった。
彼の知る、とある一人の天才でもこれを造り上げるのは不可能だろう。

しかし、この陣がほぼ完成した今、男は一抹の不安を抱えていた。

―利用価値の無くなった自分は消されるのではなかろうか?―

愉快そうに笑い声を上げる目の前の男は、残忍で冷酷だった。根っからの魔族といえるだろう。
圧倒的な力を誇る目の前の相手をちらりと見て、男は自分の行く末を案じていた。

























富士山の近くに建つビジネスホテルの一室。
一人の男がパソコンを開き、モニターを睨んでいる。
画面には富士山一帯を映した衛星写真が時間毎に分けられ表示されていた。

男の手元にはプリントアウトした資料が用意されている。
こちらの内容は富士山一帯に無数に存在する洞窟のおおまかな位置が記載されている。

洞窟の入り口の辺りを拡大表示して、僅かな異変も見逃さないかのようにモニターを睨みつける。
今の時刻は正午を少し過ぎた辺りだった。
男がこのホテルにチェックインしてから、既に飲まず食わずで10時間近くもモニターと向かい合っていた。

男の全身にはじっとりと脂汗が浮かんでいた。
6月の湿気も一因ではあったが、それよりも彼の体を蝕む激痛が主な原因だろう。
どうやらかなり痛みが激しいようで、室内でパソコンに向かっているだけにも関わらず息遣いが荒い。

男の目が衛星写真に写る何かに気付き、鋭くなる。

衛星写真には樹海近くの、とある風穴の入り口に立つ人間の姿が写っていた。
技術の進歩のお陰で鮮明な画像が表示されているが、上空からの写真なのでその人間の容姿まではハッキリしなかった。
しかしそれでも一つだけわかる特徴があった。
その人物はフードを被っているようなのだ。

男の口元には何時の間にか冷たい笑みが浮かんでいた。

























『チッ……こいつは……』

薄暗い洞窟にフードの男の舌打ちが響く。

『どうかされましたかな?』

もう一人の男が声を掛ける。

『網にかかった奴がいる……樹海に侵入者だ。』

それを聞いたもう一人の男が慌てだす。
良く見ると男の口元には立派な髭がたくわえられている。

『まさか神界の連中に気が付かれたのですか!?
それとも、魔族の連中が私達を捕らえに!?』

フードの男が鼻で笑い、慌てる男を黙らせる。

『フン、落ち着け。相手は人間だ。しかもこいつは……面白い。
クククククク……どうやら先日の仇討ちといったところか……
面白い……暇潰しには丁度良い……ククククククク……』

冷酷な笑みを浮かべるとフードの男が動き出した。

『始末されるのですか?』

どうやら面識があるようだが、そんな事はこの男にとってどうでも良い。
問題は自分が造り上げた作品が上手く動いてくれるかどうかなのだから。

『ああ、少し遊んでくる。せっかく死にたがっているのだから、願いを叶えてやるさ。
一応貴様はここで警戒しておけ、樹海に足を踏み入れたのはこいつだけだが他にも侵入してくるかもしれん。』

振り返りもせず髭の男に指示を下すとさっさと洞窟から出て行ってしまった。

既に日が落ちた樹海を進みながらフードの男はふと疑問を感じていた。
こちらに向かってくる男の足取りに全く迷いが無いのだ。
自分達が使っている洞窟まで最短距離で突き進んでいる。

(妙だな……何故迷いも無く進んでくる……?
まさか私の魔力の波動を嗅ぎ付けたのか……?
一応『分けて』おいたほうが良さそうだな……
……まあ、いい。あと三日で全ては終わる。
さっさとこの男を始末してタイムリミットがくるまで待てば良いのだ。)


そしてついに二人は鬱蒼と茂った樹海で対面した。

日が落ち、闇が支配する空間で無言で向かい合う。
最初に口を開いたのはフードの男だった。

『三度目の正直、か?
怪我人がご苦労だなぁ?
結界で防いだといってもまともに動けるような体じゃないだろうに。
そんなに私が憎いのか、人間?』

口元を吊り上げ嘲るように言葉を投げかける。

対面しているスーツ姿の男は何も話そうとはしない。

『お仲間が殺されて怒っているのだろう?
まったく人間というものは良くわからん。
ククク、あんな脆弱な役立たずが死んだところで何を気にす―――』

フードの男の言葉が終わらぬうちに、スーツ姿の男の銃弾がフードの男の頬を切り裂いていた。

「貴様はもう喋るな……黙って消滅すればいい。」

静かに言い放ったその表情は、穏やかなものだった。
その表情とは裏腹に男から立ち昇る殺気で男の輪郭が陽炎のようにぼやけている。

『ククク……なら始めるとするか……』

―ゴキゴキゴキゴキ―

不快な音を立てながらフードの男の下半身が獣の姿になる。
狼の頭部は3個、足は6本しかなかった。
どうやらフードの男も傷が癒えていないようだ。

『傷付いた人間一人など相手にならん。死ぬがいい!!』

剣を構えたスーツの男に向けて獣が飛び掛った。

























飛び掛ったスキュラの爪が唸り、西条を切り裂こうとするが間一髪で飛び退く。
地面を抉った衝撃で砂埃が舞い上がる。

『この暗闇ではまともに戦えまい……!』

スキュラが勝ち誇った笑いを上げる。
魔族のスキュラにとって暗闇はたいした問題ではない。
だが暗視スコープすらつけていない西条にとっては致命的な問題の筈だ。

(僕が何の用意もせずにここに来たとでも?
馬鹿め……人間の戦い方をみせてやる!!)

木陰に身を隠しながらスキュラの方向を睨みつける。
懐から小粒の精霊石を掴み取り、周囲に無造作にばら撒いた。

周囲一面にばら撒かれた精霊石が一斉に光を放つ。
昼間のような明るさとまではいかなくても、人間の視力でも目視できるほどの光量は充分にあった。
一気に内包された精霊力を放出するのではなく、光を維持できるように加工された精霊石のようだ。
攻撃力こそ皆無だが、暗闇というハンディキャップは無くなっていた。

『チッ……精霊石の応用か……そう言えば人間は小細工が好きだったな……』

忌々しげに吐き捨て、辺りに注意を払う。
木陰から西条が飛び出し、精霊石銃が撃ち込まれる。
最高のタイミングで撃ち込まれたがスキュラは6本の足を駆使し、全てかわしきった。

「どうしたスキュラ!お得意の霊波砲は使わないのか!?」

木陰から木陰へと移動しながら西条が挑発する。
西条はスキュラが霊波砲をここでは使えない事を確信していた。
理由はわからないがスキュラは極力目立たないように行動していた。
先日の港の倉庫外で好き放題に暴れたのは洞窟から遠く離れていたからだろう。
だがここで霊波砲を撃てば間違いなくGメンや衛星写真に捕捉される。

『……貴様如き、爪だけで充分だ。』

内心舌打ちしながらも、それを隠し余裕があるように振舞う。
人間達の空の眼―人工衛星―がある以上、洞窟近くのこの場所で派手な事は出来なかった。
もしかしたら既に洞窟の位置は特定されているのかもしれないが、それでも目立った事はしたくなかった。
これは、ずっと殺し屋として過ごしてきたこの魔物の本能のようなものだった。


西条はスキュラが霊波砲を使わない事を確信していた。
スキュラは西条の銃弾をかわす自信があった。

お互い、勝負は接近戦になると感じていた。


どれくらい牽制し合っていたのだろうか。
当初の予想では人間など一瞬で殺せると踏んでいたのだ。

いつしか持久戦に突入しかけた頃、とうとうスキュラが痺れを切らし始めていた。
怪我を負った人間一人などにこれ以上時間が掛かるのは、魔物としてのプライドが許さなかった。

(多少強引でも構わん……!
さっさと勝負をつけてくれる……!!)

近くの樹木を次々と引っこ抜き、西条が隠れている辺りに投げつける。
大砲のように樹木が飛びかい、地面に突き立てられる。

『人間がァァァァァァァ!!!!』

もうもうと立ち込める砂埃を突っ切り、西条に突撃した。
獣の足を前に出し、一気に勝負を決めるつもりなのだろう。


「オオォォォォォォォォ!!!!」

西条もこれが最大の勝機と判断し、猛然と距離を詰める。


雄叫びをあげながら砂の煙幕を突き破り激突する。
スキュラが盾として前に突き出していた足を西条の剣が切り落し、刃を翻し追撃する。
翻した刃をみたスキュラが笑みを浮かべた。

『馬鹿め……私の勝ちだ……!!』

翻った刃が加速する前にもう一本のスキュラの足が刃の軌道に割り込んだ。













―荻野先生、お久しぶりです―

―うん?西条じゃないか。モグリの医者に何かようか?また訳ありの怪我人でもいるのか?―

―いえ、この薬を処方して欲しいんです―

―どれどれ、ふ〜む筋肉増強系の薬物に反射速度を鋭くする覚醒剤ね―

―お願いします―

―しゃーねーなぁ、処方してやるけど一気に使うんじゃねーぞ。副作用がキツイんだからな―

―ありがとうございます。代金はいつもの口座に振り込んでおきました―

―フン、おい西条。これも持ってけ―

―これは?―

―モルヒネ、痛み止めだ。一体何とやりあうのか知らんけど、痛みは邪魔なだけだろ―

―荻野先生―

―死ぬんじゃねーぞ、西条。死ななきゃ俺が絶対治してやるからよ―













スキュラの足を半分ほど切り込んだところで刃がそれ以上進まなくなった。
勝ち誇りスキュラがもう一つの足を振り上げる。

『終わりだ人間……!!』

西条の頭部を叩き潰すべく、スキュラの足が一気に振り下ろされる。

「ォォォォォオオオオオオオオ!!!!」

西条が吼え、渾身の力を刃に込めた。
止まっていた刃が再び、肉を切り進む。

『馬鹿な……!!
人間の腕力だけで、こんな……!!
だがこれは止められまい……!!』

盾にした足も切り落されたが、振り下ろされた一撃が決まれば
目の前の人間の頭部はトマトのように潰れるのだ。

少し驚いたがそれでもスキュラは勝利を確信していた。
今更人間の反応速度で交わすのは不可能なのだから。


鈍い地響きをあげ、スキュラの足が地面に叩きつけられた。





『馬鹿な……!!
こんな馬鹿な……!!
クズの人間の分際で……!!!!』

スキュラの足は的を外していた。
命中する寸前に西条が僅かに後ろに退いたため、かする程度だった。
爪が西条の体の前面をかすったため、シャツが引き裂かれていた。
かすっただけにも関わらず仕込んでおいた結界札が簡単に燃え尽きている。
もしも直撃していれば命は無かっただろう。

破れたシャツから覗く胸元にはドス黒い痣が出来ていた。
先日スキュラにやられた傷はまだ全く治っていなかったのだ。

それを見たスキュラは余計に訳がわからなかった。
目の前の男は今までで一番鋭い動きをし、腕力も今までの比ではないのだ。
にも関わらずこの男は傷付いていた。
理解不能な事態に一瞬呆然となってしまった。

西条はスキュラのその動揺を見逃さなかった。
西条の右手の袖口から鞭のようなモノが飛び出し、腕の動きに合わせ弧を描きながらスキュラに襲い掛かった。
次の瞬間、スキュラの周囲を回転し、複数の足を幾重にも纏めて縛り上げていた。
これこそ西条がスキュラを倒すために持ってきた切り札だった。

強力な結界ロープの端に重りをつけた鎖分銅のようなもので、西条がスキュラと戦うために作った物だった。
造りは単純だが複数の足を使った高速移動が武器のスキュラにとってこれに捕まったのは致命的だ。
上級魔族にとって破るのは不可能ではないが、それでも数秒間は身動きが取れないのだから。


西条が静かに亡き相棒の剣―ジャジメント―を振り上げる。

『待、待て!寄生されている人間がどうなっても―――』

地面に踏み込んだ靴がめり込むほど気迫が込められた剣が
上半身のフードの男の肩口から袈裟懸けに切り裂いていた。

霊力を込めた一撃を喰らい、スキュラが静かに地面に崩れ落ちた。

「そんな口車が通用するとでも思ったのか?」

冷たい口調で西条がスキュラを見下ろしている。
その視線はフードの男の頬に向けられていた。

最初の銃弾で切り裂かれた頬からは紫色の血液が流れていた。

「そこまで魔族の肉体に侵食されれば、もう元には戻らない……。
情に訴えるには相手が悪かったな。」

倒れたフードの男の心臓辺りを狙い、ジャジメントを突き立てる。

(香上……君は怒るかもしれないな……
オカルトGメンを辞めた挙句、違法薬物にまで手を出したんだからな……
それでも……ただの自己満足かもしれないけど……
こいつだけは!!)

「ジャジメント・スパーク!!」

高圧電流のように西条の霊気が迸り、スキュラに流れ込む。
細かく痙攣しながら、スキュラの体中から黒い煙が上がり始める。

骨の一本すら残すまいと、霊力を注ぎ込む。
一分もしないうちにスキュラは黒い炭に変わっていた。

(一応、洞窟のほうも確認しておこうか……その後は先生やピート君が何とかするだろう……)

仇がこの世から消滅したのを確認し、西条がその場を立ち去ろうとした。




その瞬間、どこからともなく声が響いてきた。



―まさかやられるとは思わなかったぞ―



(こ、この声は、スキュラ!?
馬鹿な……今この手で滅ぼしたんだぞ!?)

西条が辺りを見渡すが、何もいない。
それでも油断なくジャジメントを構え隙を見せないようにしている。


―人間はたまに思いも掛けない力を発揮する―

左右に素早く視線を走らせるがやはり何も見えない。

―知ってはいたが、やはり注意しなければいけないな―

「どこだ!?
隠れてないで姿を見せろ!!」

陳腐な台詞だと自覚していたが、他に言葉が浮かばなかった。
負の怨念が渦巻く樹海という場所が原因か、何の気配も探れなかった。


――突如静寂が辺りを支配する――


次の瞬間足元の根が生き物のように動き出し、西条を縛り上げていた。

「グゥ……これは……!?」

肩から腕の辺りを縛り上げられたので剣を振るうことすら出来ない。
周囲に目をやると、樹木の根が蛇のように身をくねらせていた。

(根……?いや、違う!!)

その時西条は気が付いた。
生えている樹木の量に比べ、根の数が異常に多いのだ。

(植物の悪魔……!?
どういうことだスキュラではなかったのか……!?)

―遊ぶのは終わりだ。とりあえず、死ね―

槍のように尖った根が、西条の顔を貫こうと襲い掛かった。

(殺られる―――)

身動きの取れない自分に伸びる触手のような根に、西条が死を感じた瞬間――――









突如上空から霊波砲が降り注ぎ、西条の周囲を焼き尽くしていた。

立ち昇る黒煙の中、何者かが降下し、西条の体を縛っていた根を引き千切った。


「君は……!」

煙が晴れるとそこには魔界軍の戦闘服に身を包んだ銀髪の魔族が現れていた。

























早朝のオカルトGメン応接室。
二人の男女が美智恵を待っていた。

「久しぶりだな、美神美智恵。」

「お久しぶりです、美智恵さん。」

親しげに声を掛けてくるが、心当たりが無い。
どこかであったような気がするが思い出せない。

「ん、人間形態じゃわからんか。」

美智恵が頭を悩ませているのに気づいた女が立ちあがる。
女の周囲に一陣の風が巻き上がったかと思うと、黒い翼を生やした女性魔族が現れていた。

「ワルキューレ!?」

いつも冷静な美智恵も、二年ぶりに姿を見せた魔族に驚きを隠せなかった。
この二年間まったく音沙汰無しだったのだから無理も無い。

ワルキューレが手短にこれまでの経緯を説明する。

「あらー、それはまた大変ねぇ……。」

ランプの精まがいの任務を押し付けられたワルキューレ達に美智恵が同情する。

「ほっとけ……」

「いえいえ、楽しくやってますよ。」

久しぶりに自分達の任務を思い出しヘコむワルキューレと、
姉とは対照的にニコニコしているジークだった。

「それで、今日はわざわざこんな朝早くからどうしたのかしら?
何でも警官隊殺傷事件の情報があるそうだけど。」

久しぶりの再会に胸が躍ったが、生憎今はあまり時間が無かった。
一刻も早く、何としてでも事件を解決しなければならないのだ。

「うむ。昨日のニュースで犯人の魔物を『スキュラ』と呼んでいるようだったが、何故だ?」

意外な質問に一瞬考え込むが、とりあえず正直に話してみる。

「何故って……
データベースからスキュラという種族と酷似してたからそう呼んでるんだけど。」

美智恵の答えを聞き、ワルキューレがジークに目配せする。
ジークが頷き、美智恵に話し掛ける。

「美智恵さん、『男性』に寄生するスキュラなど存在しません。
彼らは種族の性質として『女性』にしか寄生できないのです。」

美智恵の目が鋭くなったのを確認して続ける。
                                
「そして霊波砲を撃てるようなスキュラも存在しません。
突然変異で多少強い能力を持った固体が生まれる事はあります。
ですが、あれはあまりにかけ離れています。
羽が生えた人間がいないように、種族としての限界を超える事は不可能です。」

「……つまり、あれは別の種族の魔物ってこと?」

美智恵が慎重に言葉を選ぶ。
経験上、今話している事はかなり重要な事だと感じていた。

「……はい。」

ジークが頷いているが、その表情には何か含みがあった。
美智恵の洞察力はその含みを感じ取っていた。

「もしかして、貴方達は相手の正体を知っているの?」

相手の出方を窺うため、軽く突付いてみる。

「……予想はついています。ですが、まだ確信はありません。
それでもし良ければ調査資料を見せて頂きたいのです。」

なるほど、そういう事か。
流石に部外者の彼らにそう簡単に捜査状況を教える訳にはいかない。
彼らの正体が魔族というのなら尚更だ。
だが、こういう事なら話は別だ。

「なら貴方達は捜査の協力者として扱う事になるけど、良いかしら?」

自分達の意図しているところを読み取ってくれたと判断し、ジーク達が頷く。

「じゃあ、とりあえず私の部屋に行きましょう。
あそこなら全部の捜査状況を把握できる筈よ。」






「すみません、なんだか回りくどいやり方で……」

美智恵の自室に移動しながら、ジークが頭を下げている。

「良いのよ、犯行に魔族が関わっている以上、魔族から差し出された情報を安易に使うわけにはいかないし。
その点、こちらからの要請という事にしとけば何かあった時、責任取るのは私だけで良い訳だしね。」

「すまんな、我らも色々とあってな……」

そうこうしている内に美智恵の自室に到着していた。
美智恵が扉を開け、中に入る。

「適当に座って。」

二人に席を勧め、資料を取りに机に向かう。


机の中から資料を取り出そうとし、机の上のジャスティスと辞表に気が付いた。

「え!?
どういう事!?」

思わず持っていた資料が手から滑り落ち、床にばら撒かれた。
美智恵の悲鳴にも似た叫びにジークとワルキューレも机に寄ってきた。











「そうか、相棒を殺されたのか……」

「昨日から何となく様子がおかしいような気はしてたんだけど……
まさか一人で仇討ちに行くなんて……」

病院から西条が脱走した報せを受け、美智恵達もようやく事態を飲み込み始めていた。
つまり西条は一人でカタを付けに行ったのだろう。

「しかし、西条さん一人で敵を見つけるのは不可能では?
それまでに僕達が解決すれば良いではないですか。」

ジークが提案するが、美智恵が弱々しく首を振って否定する。

「何の手掛かりも無いのに一人で突っ走るような真似はしないはずよ……
多分香上さんが死ぬ寸前に何かを伝えたんだと思うわ……
そして、それを彼は私達に隠していた……自分の手で仇を討つために。」

「ならば時間との勝負だな。西条が早まった真似をする前に何とかしなければ!」

ワルキューレの力強い言葉に二人も頷いた。

「その前に聞かせて。
貴方達の言っていた心当たりって何者なの!?」


言うべきかどうかしばらく迷っていたが、とうとうジークの口が開いた。

「恐らく奴の正体は―――」

























「君は……ジーク……」

意外すぎる人物に助けられ、西条は上手く言葉が出てこなかった。

ジークはというと無言で周囲にもう一度霊波砲を照射し、樹木を薙ぎ払った。

「いつまで隠れているつもりだ……?」

(これがあのジークか……?
まるで別人じゃないか……なんて殺気だ……)

以前に顔を合わしたのはアシュタロスの事件が終わった時だった。
その時には全く感じなかった魔族としての禍々しさを放つ青年に西条は呆気に取られていた。

―ククク、ジークフリードか―

またもや何処からとも無く声が聞こえる。
地面から数え切れないほどの触手が生え、ジークと西条の前に寄り集まる。


寄り集まった触手は形を変えると、一人の少年の姿になった。
その表情は無機質でどことなく造り物の雰囲気を放っていた。




「やはり生きていたか―――


忌々しげに目の前の少年の姿をした何かを睨みつける。
ジークは殺気を纏いながら吐き捨てた。






手配書06、デミアン……!!」

























「デミアンだって!?」

西条が思わず声を上げた。
彼もデミアンの名前は知っていたが、すでに二年前にパリで殲滅された筈なのだ。

『珍しいところで出会ったな、ジークフリード?
妙神山に左遷された情報士官がこんな所で何してる?』

ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべながら、少年―デミアン―がジークに話し掛ける。

「西条、動けるか?」

唐突にジークが西条に声を掛ける。

「あ、ああ、もちろん。」

あまりに雰囲気が違うので戸惑いながら返事をする。

「良し。ピート!!」

ジークが声を上げると同時に西条の姿が霧に包まれる。
既にミスト化して近くまで接近していたピートが西条をミスト化して連れて行ったのだ。

「ここは俺が引き受ける!貴様らは原始風水盤を破壊しろ!!」

『貴様、何故それを!?』

デミアンが初めて焦るような表情を浮かべた。
細心の注意を払って進めてきたのだ。
ばれる筈が―――


(あの女か!!)


人間の女に心を読まれたのがここに来て響いてくるとは。
内心焦りながらも、あることに気付く。

『……そうか!貴様一人だけなんだな?ワルキューレは魔界か?
そうでなければ人間を使わなくても奴が原始風水盤を破壊する筈だからなぁ?』

一対一で自分に敵う者などいない。
ならば目の前のこの男をさっさと始末して洞窟に戻ればいいのだ。



焦るデミアンをよそに、子鬼のような通信鬼を取り出し、仲間と連絡を取る。

「ヒャクメ、奴の本体の位置はわかるか?」

「地下50メートルに隠れてるわ。
霊波砲でも掘り進むのは困難なのね。」

「良し、ドグラ!こちらポイントN76W50!!
土角結界を発動しろ!!」

神界と魔界の仲間に交互に指示を飛ばす。
『土角結界』と聞いたデミアンの顔色が変わる。

『貴、貴様ァ!!』

石化していく地面から地響きを上げながら何かが飛び出してきた。
いつの間にか、とてつもなく巨大な肉の塊が地表を埋め尽くしていた。
地上に間に合わなかった肉片は土角結界の力で石に変わっていた。

「本体を隠してしか戦えない臆病者が……!」

地表に現れた肉の塊は、少年に次々と取り込まれていく。

『臆病だと……!?
違うな、私は用心深いのさ。
前回は油断から遅れを取ったが、今は違う!!』

「フン、貴様がどうだろうと関係ない……ドグラ!火角結界発動!!」

素早く次の指示を魔界にいる仲間に飛ばす。
ジークとデミアンを取り囲むように漆黒のモノリスが姿を現していた。

浮かび上がる数字は三十。


急な展開についていけず、デミアンが呆然としている。
地面は土角結界で固められ、周囲は火角結界で包囲されてしまった。



『おい、貴様どういうつもりだ!!
自分ごと火角結界で囲んで何を考えている!!』

「わからないか?」

食ってかかるデミアンに冷酷な視線を向ける。

「半径一キロを土角結界で固め、同じ範囲を火角結界で囲んだ……
抜けるにはミスト化するしかない。そして発動したのは俺ではなく、魔界の仲間だ。
つまり……どんな手を使っても解除不可能。30分後、貴様はこの世から消滅する。」

『ハッ!甘いな!!
人間共ならいざ知らず、この私の魔力なら結界を止める事など容易い!』

「馬鹿か?それをさせないために俺がいる。」

『貴様……ま、まさか私ごと自爆するつもりか!?』

「残念だが、不死身に近い貴様を確実に葬るにはこの手しか無くてな。」

事も無げに告げるジークにデミアンの顔色が蒼白になる。
自分が死に瀕している事を感じ、デミアンの頬に冷や汗が伝う。

『イカれてる……!
貴様といいワルキューレといい、イカれてる!!
人間界がどうなろうと貴様らにとって、どうでもいいだろうが!?』

「…………黙れ下衆野郎。」

この二年間、常に本体を別の場所に隠して戦ってきたので死の恐怖を感じた事は無かった。
だがこの瞬間、デミアンは思い出していた。自分が一度消滅するきっかけになったあの戦いを。

『一秒でも早く貴様を殺し、ここから脱出する!!
二度と私は死にはしない!!』

少年の体から無数の触手が飛び出し、ジークを貫こうと迫る。
ジークも手から霊波砲を放出し、応戦する。
触手は一瞬で燃え尽きたが、際限なく再生していく。

『無駄だ!貴様一人で私に勝てるとでも思ったか!?
前回はワルキューレと二人がかりで勝てなかった分際で!!』

少年の全身に薄い膜に覆われたゼリー状の器官が現れる。
器官が光を放ったかと思うと、霊波砲が放出された。
ジークは防御したが耐え切れず後方に吹き飛ばされる。


よろめきながら立ち上がると、ジークはデミアンに話し掛ける。

「魔族は万能じゃない……
それぞれ魔力を何に使うか、専門の分野がある。」

『いきなり何を言ってる?命乞いか?』

「メドーサは超加速などの戦闘術と体術……
ベルぜブルはクローン製造と高速移動による戦闘……
そして貴様は魔力による身体培養……」

『……そうとも、私は魔力を肉体に変換する事が可能だ。
いくら肉体を削られようと魔力さえあればいくらでも再生できる。』

さっきは焦ったが、やはり一対一で自分が負ける要素はありはしない。
自信を取り戻したのかデミアンが余裕のある態度に戻っている。

「やはり貴様は厄介だ……そう簡単に勝てるような相手じゃない……」

言葉は降伏しようとしているようだが、デミアンは背筋に嫌なモノが走るのを感じていた。
それはワルキューレが自分ごと自爆しようとした時に感じたモノと同じだった。

(ヤバイ、こいつを早く消さなければ!!)

反射的に霊波砲をジークに向けて叩き込む。
息の根を止めるため、何度も何度も撃ち続ける。

着弾するたびに凄まじい爆発が起こり、ジークのいた場所は爆煙で何も見えなくなっていた。

『やったか……?』







黒い煙が晴れると、そこには青く輝く大剣を構えたジークが立っていた。
デミアンの霊波砲は全て大剣で防がれたようでジークは傷一つ付いていない。

『馬鹿な、何だそれは……?』

見た事も無い武器を構えるジークを警戒する。

「貴様はさっき言っていたな……姉上と二人がかりで勝てなかった、と。」

ゆらりと大剣を上段に構える。

「少し違うな。負傷した姉上がいたからこれを使わなかったんだ。」

間合いから遠すぎるにも関わらず大剣を振り下ろす。

突風のような何かがデミアンを通り過ぎた。

いつの間にかデミアンの上半身が跡形も無く吹き飛んでいた。
遥か彼方では火角結界が火花を散らせている。

『ガァァァァ!!』

瞬時に上半身を再生し、ジークを睨みつける。

『貴様、本気でイカれてるのか!?
魔力が回復しない人間界でそんな大技を使えばどうなるか解からんのか!?』

「貴様に言われるまでも無い。
『バルムンク』を使えば俺の身体が壊れる事くらい知ってる。」

話しながらもジークの両腕に小さな皹が入る。

「だがどうせ後25分の命だ。
何を気にすることがある?」

デミアンが火角結界のほうを振り返ると数字は二十五に変わっていた。



ジークの魔族としての特殊能力、『バルムンク』の正体は簡潔に言えばただの霊波刀だった。
ただ通常の霊波刀が片手で発動させるのに対して、両手を使い発動させていた。
そして上級魔族のジークの全魔力を圧縮した超高出力の霊波刀だった。
振り回すだけで漏れた魔力が霊波砲の如く降り注ぐ、危険極まりない能力だった。

だからこそ他者が周囲にいる状態では使う事は無かった。
何より全ての魔力を霊波刀に変換するため、魔力が回復しない人間界で使う事は死を意味する。
だが、今は一対一。しかも残り時間はたったの25分。
封印していた能力を解除するのは今しかなかった。



『死ぬなら一人で死ね!!
どうせ貴様が私の本体を見つける可能性など、万に一つ!!
貴様を殺し、私は脱出する!!目的を目の前にして死ねるものか!!』

少年の姿が弾け飛び、ひたすら膨張していく。
徐々に形が定まっていき、前長100メートル以上もある蛞蝓のような姿になる。

表面部分にビッシリと霊波砲の発射口が造り出される。

『ガァァァァァァァァァァァァ!!!!』

数百もの発射口から一斉に霊波砲が放たれる。
一転に集中したその威力は周囲の景色を歪ませるほどだった。

目前に迫った巨大な霊波砲にバルムンクを振り下ろす。
振り下ろした一撃でバルムンクから霊波砲がばら撒かれ、巨大霊波砲が一瞬だが拮抗する。

「アアァァァァァァァァ!!!!」

その一瞬を見逃さず、バルムンクを振りかざし巨大霊波砲そのものを斬りつけた。

一瞬手応えを感じたが、次の瞬間、巨大霊波方が真っ二つに割れていた。
そしてそれを発射したデミアンの肉体も真っ二つになっていた。

―パキパキ―

ジークの頬に亀裂が入る。
たったの二振りだったがジークの身体は確実に壊れ始めていた。

『たいした威力だが、私の本体を潰さない限り無意味だな。』

真っ二つにされた小山のような肉塊が不気味に脈動すると、それぞれが独自に動き出した。

(そうとも、それで良い。
俺は貴様の本体を叩くつもりなど無いのだからな……)

身体を分裂させ、本体を叩かれる危険を低くするデミアンを見つめながら、ジークは静かに呟いた。

























―後書き―

長かった5話も次回でフィナーレです。

では。

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