プロメーテウスの子守唄(8)
投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 6/13)
「先程ドクターカオス様より、それはもう丁重にご紹介して戴いた、と存じ上げ
ますが……」
相変わらずからかう様な無遠慮な微笑みと眼差しを『ドクターカオス様』に浴びせかけながら、テレサはそのふくよかな胸を支える格好に両腕を組んだポウズで颯爽とテイブルの方へ歩み寄ってくる。
そして半ばまで進んだ所で急に立ち止まると、屈託の無い笑い顔の下から徐々に高貴な威厳を含んだ凛々しい微笑が浮かび上がってきた。そして組んでいた腕を解くと、その手でスカートの横を軽く抓んで優雅に会釈をした。
「……自分の口から、改めましてご挨拶をさせて戴きたく存じます。この様に辺鄙な島国にわざわざようこそおいで下さいました。わたくし、不肖の身ながら生憎の主人の不在の間、この城の留守を預かっております伯爵夫人兼代理伯爵、テレーズ・ド・ドローレス・ド・リル・アルデアルが、『ヨーロッパの魔王』ドクターカオス様とそのお友達ご一行を、このアルデアル島の者全てを代表いたしまして、皆様を心よりおもてなし申し上げます。」
ここが島だった、と云う事実はこの城の中に入る前、海の薫りが僅かに混じった夜風にそよぐ巨木の枝葉の音に紛れて、誰かの唄声の様に遠くから微かに響いてくる潮騒から、大方の予測はついていた。しかし、まさかその島の名前がこんなにも仰々しいものだとは、一行の中では誰も想像すらしていなかった。
目の前の『伯爵代理』は貴族とは思えない程の腰の低さで、しかしやはり貴族としての貫禄を存分に漂わせて、その場に侘んでいる。カオス一行の誰一人に対しても息を吐(つ)く事さえも躊躇わせる様な一分の隙も無い見事な立居振舞は、その頭(こうべ)を地に向けて垂れながらなおも優美な気品を匂わせている、一輪の白百合の花を連想させた。
「……と、まあ、公式にはこの様に名乗ってはおりますが、普段皆にはわたくしの生家にいた時の様にテレサと呼ばせておりますわ。どうか皆様もご遠慮なさらずその様にお呼び下さいな。どうか、以後お見知りおきを……あら?」
もう一度会釈をしようとして抓んだスカートに少なからぬ抵抗を感じたテレサは、後ろを振り向きながらもそのままゆっくりとスカートを引っ張った。
「あ、あ、あ、……」
子供っぽい喘ぎと共にスカートの布地に曳かれる様な形で、テレサの陰からピンク色のヒラヒラした物が出てきた。さらに、スカートを引いていたと思(おぼ)しき小さな手とそれに連なるか細い腕、そしてテレサに似た、流れるようなブロンドヘアが続いて現われる。
テレサのすぐ横に出現したそれは、テレサの腰の高さに心持ち及ばない背丈の、いたいけな幼児だ。ブロンドヘアを自分の腰の辺りまで自然に垂らし、つぶらなオーシャンブルーの瞳をパチクリさせながら、その子はピンク色の布の塊かはたまた巨大な薔薇の花房かと見紛う程にフリルがあしらわれたイブニングドレスの襞(ひだ)に埋もれていた。その右手は未だテレサのスカートをぎゅっと握り締めている。
「………………」
「か、か、可愛いーーっ!! ねぇ、美神さぁん!?」
その幼児を一目見たキヌは自らの母性本能の赴くまま、殆ど反射的に声を上げていた。
「ちょ、ちょっとおキヌちゃん、皺になっちゃうから、そんなに袖を引っ張らないで。」
いつも通りの美神の科白だが、声色も顔も完全に綻んでいる。幼い妹のひのめの世話を母の美智恵から任される事も少なく無い為、本来子供嫌いだった筈の彼女にもあろう事か、母性本能なる物がそれなりに開発されてしまったらしい。それは我が娘に情操教育を施そうとの美智恵の戦略でありまた、一人娘が多感な年頃だった頃に『肉親の温もり』というものを十分に教えてあげられなかった母親としてのせめてもの贖罪だったのかもしれない。
「……それでは、皆様にご紹介致しますわ。この小さなご令嬢は、わたくしどもの一人娘、ピエッラ姫でございます。もう夜も遅いというのに、このおませな『灰被り姫』はこの賑やかな祝宴に興味がお有りのご様子で。さあお姫様、皆様にご挨拶して……。」
「……こんばんわ、はじめまして……。」
芝居がかった婦人の紹介の後、その子女は下方に目線を彷わせながら躊躇いがちに会釈する。顔がほんのり赤いのは、白磁の柔肌に映り込んだドレスの色だけでは無いだろう。
さらに、幼児独特の邪気の無い純粋な声色や鼻にかかった舌足らずな口調に、女性陣の母性はもう頂点に達しつつあった。
テレサは一行を一瞥すると、唇の端で薄く笑った。
「……さて、こちらの自己紹介は一通り、こんな処ですわ。
カオス様、どうかそちらのお友達を、わたくしどもにご紹介して下さいな。」
「あ、ああ……、」
傍らの幼児の頭髪を指先で梳く様に撫でながら微笑む母親の顔に、かつて旅立ちの前の晩に見た少女の時の彼女の顔を重ねようと夢中になっていた自分に気付き、カオスは赤面してうろたえた。しかし皆にそれを悟られぬよう、言葉を継ぐ事にする。
「……そうじゃな……先ず、儂の正面におるのが、ジパング人、美神令子嬢じゃ。」
「ジパング?まあいいか……お初にお目にかかります。テレサさま。」
美神は立席して、テレサと握手を交わした。。
「ジパング……と申されますと、アジアやインドやシナを越えた東の果て、かの『黄金の国』ジパングなのですか?」
「まさしくその通り。その『黄金の国』で、彼女は悪魔祓いを営む傍ら、その儲けで高利貸しをも営んでおる。」
殊更『高利』にアクセントを置いて、強調する。
「ちょっとカオス、『高利貸し』って一体どう云う意味……」
「美神さん、ここはカオスさんの顔を立ててあげましょうよ……。」
キヌは少し困った様な愛想笑いを浮かべて、拳を固めた美神を宥めようとする。
「やはり極東の地にも、悪魔は居るのですね。」
「左様。まあその話は後にでも。その隣が氷室キヌ嬢。彷える霊を極楽へと導く、敬虔な巫女なのじゃ。」
「はじめ、ましてっ。どうかっ、宜しくっ、お願い、しますっ。」
美神を押さえつけるのに忙しいキヌは、握手の代わりに深々と頭を下げた。
「こらっ、カオスっ、さっきの言葉、訂正しなさ……」
「まあまあ美神さん、『高利貸し』ってのはお金を貸してくれるから『高利貸し』
なんですよぉ。本当はロクに貸そうとすらしないってのに、『守銭奴』じゃなくて
『高利貸し』って言ってもらっただけでも有難いじゃ……」
どごうっっ!
「それが貴様の本心か!?」
「……そして今、皿に顔を突っ込んで血溜まりをこさえとるのが、美神の元で丁稚をしておる横島忠夫じゃ。」
「ぶくぶ、ぶぶくぶ。」
どうぞ宜しく、とでも言った積もりらしい。
「は、はあ……。ジパングの女性というものはまた随分と逞しいのですね……。」
「あれは例外中の例外じゃよ。……少なくとも、この時代ではな。」
「え、あ、ああ、横島くんったら、幾らお腹が空いてるからって、なんにも入ってないお皿を掻っ込むなんて、ほんと、お行儀が悪いんだから、いやあねぇ、おほほほほほ……。」
テレサの引き攣った微笑みの前に、美神はわざとらしい愛想笑いを浮かべると、皿に突っ伏したまま動かない横島の上体を強引に引き起こして、鼻血の噴き出している顔面を真っ白なクロスで少々乱暴に拭いた。
「で、儂の隣にいるのが……」
「ピーター・A・ルカードです。以後、お見知りおきを。」
唐突に偽名で名乗りだしたピートに対し、無遠慮なツッコミを入れる者は幸いにも、無論本人には不幸にも、まともに動く事が出来なかった。ピートはぎこちなく微笑むと、恭しくというより幾らか遠慮気味にテレサの右手を取った。
「………………」
「………………」
握手を交わし、視線を交わしたまま、暫し時が過ぎる。
その手から伝わってくる柔らかい温もりを残して、ピートの全身の感覚は全く麻痺していた。
覗き込んだテレサのオーシャンブルーの双眸に、頬をうっすらと桃色に染めて、硬直している自分の顔があるのに気が付いて、さらに心臓の拍動が忙しくなる。
心地良さに、息苦しさが勝り、ピートは感覚の無い両唇を懸命に動かそうと試みた。
「……あ、あのっ」
「もし、お嫌でなかったら、ピート、とお呼びしても宜しくて?ミスタ・ルカード。」
ピートの機を制し、変らぬ笑みでそう訊ねるテレサの言葉に、漸く感覚が戻ってくる。
「……え、ええ、どうぞ。貴女がお望みならば。」
相変らず緊張の残った笑顔で、ピートは答えた。
「………………」
木々が作る闇の中に、部屋の中を窺う二つの光る眼。
そのまま、闇に溶けるように、消えていった。
今までの
コメント:
- 話が全然すすんでません。うう。 (Iholi)
- ピ、ピエッラ姫?うう、ちびピートが出てくるかと思いきや・・・女の子ですか・・・
もしや、妹?それともまさか、小さい頃のピートが何かの事情で女装させられて
いるとか!?(大はずれだったらごめんなさーい(汗))
いきなり偽名を名乗るピートもですが、薄笑いしてるテレサや、窓の外で光る目
とか、伏線てんこもりでこれから先が楽しみでーす (馬酔木)
- 何かだんだん怪しくなってきましたね(笑)。あの、もしかして、外の光る目がピート
だったりして(笑)。にしても、描写、すごいです・・・。 (まさみ)
- 伏線が徐々に見えてきたという感じでしょうか。
そこはかとなく怪しさを匂わせているテレサが良いです(笑)。 (日浦潔)
- ピエッラ姫・・・。
ピートであれだからきっと超カワイイんでしょうねー(笑) (NEWTYPE[改])
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