ザ・グレート・展開予測ショー

変わらない時間!


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/ 8/ 8)

「今日のおやつにミートパイを焼いてみたから、2人とも食べてくれる?」

少しずつ寒さもやわらいできた3月の初め。木々の若葉は急に緑の濃さを増していた。
最近の雨のせいだろうか、早咲きの梅はもう花を散らし始めていた。

昼下がりの時間、私は居間でくつろぐ2人にそういってパイを差し出した。
ソファーにゆったりと仰向けに寝そべっていたシロちゃんはそれこそ飛び起きるように頭を上げ、こちらを向くなり走ってきた。

「おキヌ殿のミートパイでござるか?食べてくれるなどと言われずとも、何十個でも食べるでござる!」

そう言ったが早いか、ミートパイを食べようとお皿に手を伸ばす。

「あ、シロちゃん駄目よ。タマモちゃんの分もあるんだから、きちんとテーブルに座ってから。ね?」

すると、先ほどまで上下に忙しくはためいていた尻尾が、急に下を向いて動かなくなった。

「うう〜、早く食べたいでござる・・・」

シロちゃんが指をくわえて、物欲しそうにミートパイを見つめていると、後ろから声がかかった。

「・・・そんなに焦んなくたって、アンタの分までとりゃしないわよ」

窓際で差し込む、久しぶりの光を楽しむようにゆったりと本を読んでいたタマモちゃんが、本を閉じながらこちらに歩いてきて、言った。

「大体あんた、おキヌちゃんの分まで食べようなんて考えてないでしょうね?」

「えっ・・・?あはははは、嫌でござるな、もちろん拙者とおキヌ殿とおぬしの3人で食べるでござるよ!あはははは・・・」

「うそつきなさい、アンタの尻尾が左右にゆっくり動いてるのって、大概アンタがうそをついてるときじゃないの」

そう言われて見てみると、確かにおしりから少しはみ出すくらいに右、左と尻尾が顔を覗かせている。
美神さんに怒られそうなときなんかに、よく見るような気がする。

「きっちりアンタと私とおキヌちゃんで3等分、だからね。ズルするんじゃないわよ」

「もちろんでござるよ、あはははは・・・」

「絶対アンタ、おキヌちゃんの分を考えて無かったわね・・・」

手を組んで、じっとうがつ様な目でシロちゃんを見るタマモちゃん。
ふーと息を吐き出すと、手を解いて本を持った左手を後ろに回して。

「全く。だからアンタ、バカ犬っていわれんの。いつも作ってくれるおキヌちゃんに感謝しなさいよ」

「あたしは別にそんなにたくさん食べないから。シロちゃんが多く食べてかまわないわよ。それに、まだ1枚作りおきがあるから」

「本当でござるか!ありがとうでござる。ささ、早速お茶の準備などして食べるでござるよ!」

「あら、あんたにしちゃ気が利くじゃない。ついでにお皿の用意もしなさいな」

「もちろんでござるよ!」

すぐにシロちゃんは小走りで台所にお皿を取りに行く。
かちゃかちゃ、とお皿を引き出す音が聞こえてくる。

「アイツ、こういう事には行動が早いわよね。いつも散歩か昼寝か横島にまとわりつくか、しかしていないのに」

さ、行こう。バカ犬に急かされちゃうわ、本を持った左右の手で伸びをしながら、タマモちゃんは言った。

「そうね、食べましょうか」

テーブルについて、シロちゃんが出してくれたお皿にパイを取り分けて、3人で食べる。
さっくりとしたパイを目分量で切って、お皿に運ぶ。
シロちゃんが拙者には大きく切って欲しいでござる、なんて言う。
タマモちゃんは相変わらずバカ犬、と落ち着いた目で見ているけど、それと指し示したパイはちょっと大きかった。
くすり、と笑いがこぼれる。


「はいはい、じゃあ召し上がれ」


事務所の皆はいつも騒がしくて、楽しく、そして美味しく食べてくれる。
さっきタマモちゃんが言ったみたいに、自分の分を食べてしまわれるという事も少なくは無いのだけれど。

お皿を出したとき、待ってましたと皆が言ってくれる。美味しいと言ってくれる。皆が食事を残した事は、一度も無い。
だから、食事を作るのは楽しい。今日はどんな風に食べてくれるのかな、そう考えると自然、力が入る。
もし一人でいれば、こんなに毎日作る事もきっと無いのだろうけど。

お食事の時間の事を考えていると、ふと思い当たる。
そういえば、一番美味しく楽しく食べてくれる人に最近はご飯を作ってあげていないなあ・・・。

こりゃうまい、こりゃうまいって。
いつもおかわりばかりするから、美神さんに三杯目にはそっと出しなさいなんて注意されたり。
ずっと仕事で出張しているから、仕方ないのだけど。
あの人がいてくれたら、もっともっと食卓が賑やかで楽しくて、美味しくなるのにな。

今頃どうしてるかなあ、横島さん・・・。
今食卓にいる2人には悪いのだけれど、私はつい、横島さんのことを考える。

・・・あの時も、うまいうまいって。たくさん、食べてくれたな。











-----------------変わらない時間!----------------











あの日は、前日の仕事が響いてお昼までゆっくりと遅寝をしていた。
外はまだまだ木枯らしが吹いているし、ぬくぬくとしたお布団の中で久々の十分な睡眠を楽しみたかった。

いつまでもぐずぐずしていてもいけないので、お布団を出て、軽くシャワーを浴びた。
お風呂場のしんとした冷たさと、お湯の温かさが体を目覚めさせる。
お風呂から上がると、体にタオルを巻きつけて髪を乾かし、用意していた服に袖を通す。
手を入れた時に感じる暖かさ。冷たかった空気が、服と肌との間で体温を受けて、体を温めてくれるのかもしれない。

台所でお茶を入れた。
お気に入りのアールグレイ。ちょっとだけ香り付けの茶葉を混ぜてある。
シャワーを浴びる前から暖めておいたカップに、ゆっくりとポットから紅茶を入れると、やわらかく芳ばしい香りが鼻を抜けた。
体の隅々に、香りが行き渡っていくようだった。

私は居間に移った。
起きぬけでまだおなかは空いていなかったし、読みかけの本があったからだ。
ポットごと持ってきた紅茶を脇において、しばらく本を読みふけった。
窓から差し込む冬の淡い光が部屋を照らすなかで、湯気が消えるように立ち上り、ページをめくる音だけが響いていた。

それから。
日の光がわずかに翳ってきた事が、私を引き戻した。
あ、そうだ。今晩の美神さんたちのお夕食とお夜食の準備をしなくちゃ・・・。
私は上着を着込むと、お財布と買い物籠を持って事務所を出た。
今晩の献立は何にしようか・・・。
ぼんやりと考えながら、空の近い、灰色の街を歩いていった。

付く頃には大分日も落ちてきて、空には赤みが差し始めていた。
私がなじみのお肉屋さんで今日の献立にあう物を見繕っていると、西日のさすほうから横島さんが歩いて来た。

「あ、おキヌちゃん」

私が声をかけるより先に、横島さんが声をかけて来た。

「横島さん。珍しいところで会いますね」

膝まである少し丈の長い仕立ての良いコート、下には3ピースのスーツを着て、そのポケットに両手を入れながら横島さんはシャンとして立っていた。
少し前まではちょっと猫背だったりしたものだけど、最近はあごを後ろに引いて背中も曲がったりはしていないし、肩のあたりも随分と太くなだらかなラインになっているような気がする。
所員として正式に採用されてから少し気構えが違ってきたのか、それとも、年齢的なものがそうさせるのかもしれない。
横島さんはもう21歳、自然と態度に変化があっても、不思議じゃない。

「そうだね、今の時間にここに来る事はめったに無いから。いつもなら、事務所に入って仕事の打ち合わせをしているか、準備をしてるからね」

「今日はどうして?」

「ああ、今日の仕事がキャンセルになったって、さっき美神さんから連絡があってさ。なんでも、精霊石がまたセリに出されるんで海外に出張だって」

「あ、そうなんですか。じゃあ、今日はご飯は横島さんだけになっちゃいますね」

「あれ、そうだっけ?・・・そうか、シロは里に帰ってるしタマモも一緒に着いて行ってたね」

「じゃあ、献立を少し変えなくちゃ駄目ですね。横島さん、お買い物に付き合ってくれますか?」

「え、いやいいよ。いつもおキヌちゃんに作ってもらうのも悪いし、今日は仕事も無いんだしさ。ここに来たのも、買出しに来たからだし」

「自分の分を作るもの、横島さんの分を一緒に作るのも大して変わりませんよ。一人で食べるのは寂しいし、食べていってください」

「・・・うーん、じゃあお願いしようかな。実をいうと、家にもろくなもの無かったし、なに作っていいかもよくわからなかったんだよね」

そういうと、横島さんはひょいと私の買い物袋を持って歩き出した。
作ってもらうんだから、せめてこれくらいはね。
そういってすたすたと歩き出す。

「あ、横島さん。そっちじゃないですよ」

「え、あ、そうなんだ。ごめん、どこのお店に行くの?」

「もう、何も考えずに歩き出したんですか」

私はくすくすと笑う。ふふ、やっぱり横島さんだ。間が悪くって、ちょっと抜けていて。
慌てた横島さんがさっきとは違って、着込んだスーツが妙に浮いて見える。

「いやさ、つい。おでんの匂いにひかれたかな?」

「ふふっ。今の時期はおでんもいいですよね」

横島さんが歩こうとした方には、商店街で1軒しかないおでん屋さんがあった。
お店の構えも戦後すぐの開店から変わっておらず、一見するとそこだけまだ昭和なのかなという錯覚にも似た気分になる。
味もずっと変えておらず、昔ながらのちょっと濃い目の関東風の味付けが評判だ。
さすがに専門店だけあって美味しくて、今の時期は繁盛している。

「そういえば、おキヌちゃん去年は何回かおでんを出してくれたよね。あれ、美味しかったなあ」

「そうですか?じゃあ、近いうちにまた作りますね」

「ああ、お願いするよ。今日はさすがに無理だろうし」

「そうですね。おでんは煮込んでちょっと時間をおかないと美味しくないですから。それに今日は美神さんもいると思って、材料をある程度買い込んじゃったから・・・」

「おでんは今度のお楽しみ、ってね。今日はどんなのつくるの?」

「そうですねえ・・・」

これまでに買った材料を思い出す。
鶏肉、白菜、長ネギ、お豆腐・・・。
今日は仕事が入るはずだったので、食材もあんまり重くないものを買い揃えていた。
事務所の冷蔵庫にも蓄えはあまり無いし・・・。
あたしと横島さんのちょうど二人分で作れるもの・・・。

あ、そうだ。

「横島さん、水炊きにしましょう」

「水炊き?・・・ああ、あの鳥鍋?」

「そうです、鳥鍋。早苗おねえちゃんに教えててもらったんですけど、美味しいんですよ」

「早苗がねえ・・・」

早苗おねえちゃんと聞いて、少し横島さんは苦い顔をする。
高校のとき初めて会って以来、横島さんはどうも早苗おねえちゃんが苦手みたい。

「もう。大丈夫ですよ。水炊きはとっても美味しいんですから。それに、早苗おねえちゃん特製の<横島特別レシピ>にはしませんから」

いたずらっぽく、ちょっと右にいる横島さんを見上げながらそう言ってみる。
横島さんの顔がますます苦くなっている。

「<特別レシピ>って・・・。あのやろ、そんなものわざわざ・・・」

「ふふっ。まあまあ、いいじゃないですか、その<あのやろ>のおかげで、美味しいご飯を食べられるんですから」

「・・・・そうだね。ははっ、早苗のおかげかあ」

買い物袋をぷらぷらゆらしながら、横島さんは笑う。
前を見て、ゆっくり歩きながら。
私はその左にいて、同じようにゆっくり歩く。

・・・いや、横島さんがあわせてくれているのかな。

ふと、そんな事を思う。
横島さんは、私の右後ろを歩いている。
ちょうど一歩下がったくらい、近すぎもしないし遠すぎもしない、ちょうど良い距離。

「ねえ、横島さん」

「ん、なんだい」

横島さんが、ゆっくりとこちらを振り向く。
落ちる日に当てられて、横顔がほのかに朱に染まる。

「・・・いえ、なんでもないです」

横島さんは不思議そうな顔をして、また前を向く。
そんな横島さんの方に振り返って、私は改めて見直す。

21歳の横島さん。
もう少年ではないし、かといって形の上ではそうでも、ちゃんとした大人でもない年頃。
言うならば、青年と呼ぶのがぴったりとくるだろう。
でも、横島さんの<青年>は本来の意味よりはもう少し前に進んでいるように思える。
落ち着いてゆっくりとした、肩の広い。
横島さんの隣を歩いていると、少し前の横島さんとの違いのようなものが改めて感じられる。
日の落ちる時間、延びきった影が並んでいる。

「・・・おキヌちゃん、買い物はいいの?」

「あ、そうですね。ええっと・・・」

いけない、つい考え込んでしまった。
あと足りないのはあれと、これと・・・。

「じゃあ、あと何軒かよりますね」

そう言って、商店街を歩いていると、空がもう暮れてきていた。
空を見上げると、少しずつ帳が下りてきている。
冬は日が落ちるのが早い。
油断をしていると、わずかの間に空は黒く染められてしまう。
春の日暮れ、夏の日暮れ、秋の日暮れ、そして冬の日暮れ。
冬が一番寂しさを感じるのは、一体なぜだろう。










「お豆腐、白菜、白ねぎ、エノキ、シイタケ、春菊切りまして〜♪」

事務所に帰りついて、早速お夕食の準備に取り掛かる。
お野菜がたっぷりで、そのくせ鶏の味が楽しめるこの鍋は、早苗おねえちゃんに教えてもらってからのお気に入りだ。

こういった鍋物は内容が豪勢な割りに手間がかからず、急な用意が必要なときなどには重宝する。
たくさん食べるのにも、後から材料を手ごろな大きさに切って少し煮込むだけなので、心強い。

「お鍋に水を敷きまして〜、昆布を拭いたら鶏肉お酒に白ねぎ入れて、ちょっと強めの火にかけて〜」

煮立ったところで昆布を取り出し、弱火に変える。
アクが浮いてくるのでそれを取りながら、20分くらいしたら土鍋に移し変えて・・・。

「あれ、おキヌちゃん。鶏とか捨てちゃうの?」

気付くと後ろのドアに横島さんが寄りかかって立っていた。
どうやら、お皿の準備はとっくに終わって手持ち無沙汰だったみたい。

「やだ、横島さん。これは下準備ですよ、スープを作ってるんです。」

「鍋って、いろいろ入れて一緒に煮込むものだとばかり思ってたよ」

「最初から全部一緒なのもありますけどね。美味しく食べるには、一手間が大切なんですよ」

「そうなんだ。・・・なにか、手伝う事ある?」

「いえ、特に。ゆっくり待っててくださいな」

「そうか。じゃあ、楽しみに待ってるとしようか」

「そうしてください」

「あ、そうだ。おキヌちゃん」

「はい?」

「歌、うまいね」

パタン。横島さんはそう言うとドアを閉じる。

えっ・・・。少し間をおいて理解した途端、顔が赤くなる。
・・・やだ、もう。ずっと聞いてたんだ。
いつからこんなに意地悪になったんだろう、本当に。
全く、趣味が悪いんだから・・・。

気を取り直すと、鍋の仕上げにかかる。
鍋にさっき作ったスープと鶏肉を入れて、火にかける。
少し温まったら、塩、ゆずコショウにしょうが汁、刻んだネギを入れて味を調える。
その後で、切っておいた野菜を入れて煮込んだら完成。

横島さん、好き嫌いはないけどシイタケ入れて大丈夫だったかな?
まあ、苦手だったらさっきのお返しに食べさせてあげればいいか。
鶏肉のいい匂いがたつお鍋を台に載せて、いつもみんなで食事をしているテーブルまで持っていく。



「「いただきまーす」」



鍋を持っていくと、テーブルはきちんとクロスがかけられ、お皿や箸がそろえて並べられていた。
その事に内心少し驚きつつも、卓上ガスに鍋を置き、それをはさんで対面するようにテーブルに座る。

横島さんはおなかが空いていたのか、箸を持ったとたん、がつがつと食べている。
相変わらずの食べっぷりに、作った私もついつい見入ってしまう。
気付けばシイタケも端からひょいと食べていた。

「こらうまい、こらうまい」

昔からだけど、横島さんは食べるときおしゃべりになる。
でも、私もお食事は楽しくしたいから、横島さんと一緒に食べるのは好き。
これはなに?なんて聞いてくれたり、寒いときにはありがたいね、なんて言ってくれると作ったほうは単純なもので、それだけで嬉しい。

「横島さん、味付けはポン酢でよかったですか?」

「美味しいよ。おろした大根と鍋のスープを一緒にして食べると、味が違うね。」

「そうですか、よかった」

「こんな美味しいもん食べさせてもらって、まずいなんて言ったらバチがあたるよ」

そういうと、またいっぱい食べてくれる。
お肉や野菜もすぐ少なくなってきて、ガスに火をつけ取り分けておいた材料を鍋に入れる。
意外にと言っては失礼だけど、横島さんは探り箸や箸の先をなめるといった行儀悪をしない。
あのお母さんやお父さんの躾なのだろうし、当たり前のことなのだけど。
どことなく行儀悪な横島さんを期待しているのだろうか。
昔はもっとがつがつと前かがみに食べていたりしたから、なんとなく横島さんらしい気がしないのかもしれない。

「野菜も美味しいけど、特に白菜がいいね。鶏のスープとよくあうよ」

「ちょうど旬ですし。しゃきしゃきして美味しいですよね」

「うん、美味しいね」

「ええ」

「シイタケが肉厚なのもいいなあ。薄いシイタケってなんか食べた気がしないんだよね」

「そうなんですか?もしかして苦手かな、って思ってましたけど」

「そんなことないよ。ちょうど産地に親戚がいてさ。毎年取れたての生シイタケを送ってくれてたから、かえって好物なくらいだよ。」

「じゃあ、よかったです。今日使ったのも生シイタケでしたから」

「あ、やっぱり?乾物だと匂いがきつくて。シイタケは好きだけど、ちょっとだけ苦手なんだよね」

「同じ食べ物なのに、変ですね」

「でも、そういったのって個人個人であるんじゃない?たとえば大根おろしはOKで、煮た大根は駄目だって奴知ってるよ」

「え、そんな人いるんですか」

「後他に、串カツの玉ねぎは駄目だけど、サラダの玉ねぎはOKだとか」

「ふふっ、なにが原因なんでしょうね、それ」

「なんでだろうね」

取りとめも無く、話をしていて。
気がつけば、もう鍋の食材も残り少なくなっていた。
横島さん、本当によく食べたなあ・・・。

「横島さん、残ったスープで美味しいおじやが出来るんですけど、食べますか?」

「おじやか、いいね。頂くよ」

「じゃあ、ちょっと待っててくださいね」

私は台所まで戻ると、お釜に残っていたご飯と卵と海苔、調味料を持って戻った。
鍋に火をかけて、残っていたスープにご飯を加え調味料で味を調えると、少し煮立る。
卵をお茶碗で溶きほぐして、ざっとかけまわす。

「これ、美味しそうだね」

「もうちょっと待ってくださいね」

そう言うと、ふたをして火を止める。
少ししてからふたを開けると、もわっとした湯気と一緒に鶏の濃厚な香りが漂ってくる。
おたまでお椀によそってから、手で海苔をちぎってかける。

「あ、海苔もかけるんだ」

「美味しく食べるには一手間、ですよ」

私は美神さんみたいに人差し指を上に向けて、ちょっと胸をそらしながらすまして言ってみる。
お椀を持ちながら、横島さんはすこしきょとんとしてるみたい。

「あはは、それ美神さんのまね?」

「やっぱりわかりますか」

「でも美神さんならもっとこう、踏ん反りかえって言うだろうね。ふふーん、あんたら知ってる?って」

「そうかもしれないですね」

「はは」

「あははは・・・」

お互い顔を見合わせて笑う。あまりにも美神さんのしぐさが想像できたから。

「さ、冷めないうちに召し上がれ」

「そうさせてもらうよ」

横島さんは箸でゆっくりとおじやを口に運ぶ。
一口、二口。飲み込んだ後に出てきた言葉は、やっぱり美味しいね、だった。
そうですか、よかった。私も答えつつ、おじやを口に運ぶ。
横島さんが言うように、やっぱり、美味しかった。




「ご馳走様」
「はい、お粗末さまでした」


「ふう、よく食べましたね」

もう鍋にはすっかりなにも残っていない。あれだけあった具材も、残りはほんの少しだ。
そう思いつつ、片付けようとした時。
横島さんが今日くらいは片付けさせてよと、食器を手早くまとめて台所に下げていった。
私も甘えて、じゃあお願いしますと横島さんにやってもらった。
それならとテーブルの拭き掃除をしていると横島さんがやってきて、どうぞとお茶を出してくれた。

拭き掃除自体はすぐ終わって、横島さんが入れてくれたお茶を飲んで、ゆっくりする事にしたが、そのお茶がなにかとても見慣れないものに思えて、私はおそるおそる口に運んだ。
息を吸い込んで、ふーと、冷まして。
喉を下るお茶が熱を伝えるのがわかった。
喉から体全体に伝わっていく、そんな感じがした。

横島さんも程なく洗い物を終えて戻ってきて、二人でまたテーブルを挟んで対面するような形でくつろいでいた。
今度はあまり会話は無い。
お互いに、ゆっくりと。
お茶を飲みながら、何もない時間をただ過ごした。
チクタク、チクタク。
ただ時計の音だけが響いて、それが確かに時間が進んでいるのだと示していた。



私はちらと、横島さんを見る。
お茶を飲みながら、少し深めに椅子に持たれかかり、目はちょっと下を向いてなにか考え事をしているようだった。
そんな横島さんを見ながら、私は軽い違和感に囚われていた。
落ち着いた様子で、行儀良くご飯を食べ、洗い物をしてくれ、ありがとうとお茶を出してくれる。
目の前の人は間違いなく横島さんなのだけれど、どことなくそうでない気もする。
横島さんなら、ふー美味しかったって、ごろんと横になっている方がしっくりとくる。

少し前までの横島さんと何が違うのだろう。
なにがこんな気配りを、横島さんにさせるのだろう。

知っているようで知らない、わずかにぶれた感覚。
それが私を急に寂しくさせた。
確かにここに一緒にいるのに、遠く離れてここにいない。
こんなに近くに、座っているのに。

にわかに、そう感じられた。
そうなるともう、本当に寂しくなってしまって。
持っていた湯飲みをテーブルに置いて、今度はじっと、横島さんを見た。
気配に気付いたのか顔を上げて、横島さんもこちらを見返す。

「・・・どうしたの?なにかご飯粒でも顔についてるかな」

横島さんは手で口のあたりをさわりながら、言った。
私は慌てて、いえそうではないんです、なんでもないんですと返すと、でもそれも違うような気がして、ついこんな事を言ってしまった。

「あの、横島さん・・・。今夜は泊まっていきませんか」

「えっ・・・」

少し顔が険しくなる。
無理も無い、前後の脈絡も無く私がこんな事を言えば、横島さんも混乱するに違いないのだ。
でも、今の私はそう言わずにはいられなかった。

「いえ、あのその・・・。ただ、その、今夜は横島さんとお話したいなあ、って。たくさんお話したいって。そう思ったものだから・・・」

何を言っているのだろうか。
私の様な年の女が男性に泊まっていってくれなどと言えば、それは男女の関係を申し込む事を意味する。
この様なことを言って相手を困らせることも、またはしたない事なのだ。

それでも。
今の私は言わずにはいられなかった。
不意に感じた寂しさを、なんとか埋めたくて。
お話を、したかった。

横島さんはしばらく何も言わず、ただジッと私を見ていた。
その静寂は、なにかのきっかけで情事が始まってしまうような、ピンと張り詰めたものに感じられて、私にはとてもいたたまれないものだった。

だけど、横島さんはすっと湯飲みをテーブルに置くと、一呼吸置いて、こう言った。

「・・・そうか、わかったよ。おキヌちゃん。じゃあ、朝まで。たくさん話をしよう」

横島さんはいつものように、にっこり笑って、答えてくれた。

それから本当に、明け方まで。
私たちはずっとお話をしていた。
出会った時、妙神山での事、海水浴でのナンパ、女の子に乗り移っていた時、色んな事件を一緒に解決した事。
他にも本当にたくさんの事を。

・・・そして、私を氷の中から助け出してくれた事を。
生き返って、事務所に来てからの事を。

たくさんたくさん、お話した。












「あ、拙者のミートパイを取るのでござるか!」

「へんだ、アンタ別にいるとも言ってなかったでしょ」

「それは楽しみに取っておいたのでござる!」

「いまさら遅いわよ〜だ。取れるもんならとってごらんなさいな」

2人の声がする。
お皿を下げつつ、声のする方を見ると、珍しくタマモちゃんがシロちゃんの分を横取りしているみたいだった。
もう、ミートパイはもう一個あるってさっき言ったのに。
本当に、仲がいいんだから・・・。

ミートパイの争奪戦をしている2人を横目に、私は考えを戻す。
視線の先の窓の外には、灰色に染まった低い空があった。

・・・あの日は、本当にたくさんお話したな・・・。
思い返しても、それははっきりと頭に浮かぶ。
あの日、横島さんとお話出来て、嬉しかった。

あの後、いろいろ考えて。
私はわかった事があるんですよ、横島さん。



横島さんがいつの間にか先に進んでしまったのだとしたら、もしかしたらそれは、時間かもしれない。
あの事件から。
あの事件から、横島さんの時間は変わったのだと思う。

幼い頃の横島さん、小学校の横島さん、中学校、高校。そして今。
横島さんに流れた時間は、きっと同じではなかったと、思う。
いたずらな子。
遊び上手な、クラスの人気者。
ちょっと(かなり、かな)エッチで、お調子者。
そして、なによりも皆の為に命を賭して戦った。



・・・弱い人。



私に流れた時間はどうだったろう。
ずっと、止まっていた時間。
それをまた流れるように戻してくれた、それは横島さん。
いっぱい一緒に、同じ時間を過ごした。
でもやっぱり同じ時間は過ごしていない。
前に進んでいるのだろうか。もしかしたら、後戻りをしているのかもしれない。

でも私は、もう寂しくはないだろう。
だって、わかったから。



人に流れる時間は、同じものは一つも無い。
美神さんの時間、シロちゃんの時間、タマモちゃんの時間、そして私の時間。
横島さんの時間。
寂しいけれど、それはきっと誰にもどうにも出来ない事。



だけど、変わっていく時間あれば、変わらない時間だってある。



皆で食卓を囲むとき、横島さんと一緒に食事をする時。
楽しく、美味しく。
それぞれの時間は違っても、あの時だけは、きっと変わらないだろうから。
変わらない時間はきっとあるんだって。

それがわかったから。
私はもう、寂しくはない。
思い返せば、一緒の時間を過ごせるのだから。





冬のかすかな日差しが差し込む窓辺。
この時期には珍しい雪が目に入る。
まだ寒さは残っているから、今夜はきっと冷えるだろう。
今日は外での仕事と横島さんは言っていた。
体に気をつけて。風邪なんかひかないで下さいね。
かすかな白い、空の灰色に溶けるような色を見ながら。
私は誰に言うでも無く、言った。

「早く帰ってきてくださいね、横島さん」


ぽつりぽつり。
少しずつ、雪が舞い降りる。
それは勢いを増し、少しずつ白が空を覆っていく。
まるで、春の始まりを告げているようだった。





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