ザ・グレート・展開予測ショー

モンジュは反則 (2)


投稿者名:Nar9912
投稿日時:(05/ 8/ 5)

そうするとやはり不審な点がある……この場にキーパーソンの一人である筈の美神令子が来ていないのだ。


ほんの少し先の未来の横島が伝えたその未来ではこの時点で美神令子が一行に参加した筈である。文珠に
因って有ると伝えられはしたものの内容がまだ伝えられていない必勝の策の絡みであろうか。
……その様子を真剣に考えた途端、ヒャクメの神託との形を取ったという時点で、根拠が無くもないかも
知れない言い知れぬ不安を感じた……私は有能なのね〜との幻聴が聞こえた気もする……横島達はしかし
原始風水盤の際にはあのカオスが活躍したと思いを巡らせた事もあって、気持ちを改め伝言の続きを確認
してから行動を決める事にした。
敢えて注釈しよう。別段カオスが活躍する事はおかしな事でも何でも無い。ほんの少し先の未来において
ルシオラ達の自滅機能を解除したのは他ならぬカオスであり、南極での対パピリオ戦で彼女を倒したのも
またカオスである。同様にヒャクメが役立たずなど言いがかりに過ぎないのである、きっと。


一旦、顛末を伝えた時点で止まっていた伝言が続きを伝える……
流石に一度経験しているだけの事はあり、その内容がこの時間の彼らにどの様な影響を与えるかは考慮の
上らしい。単に演出が過ぎているという話なのかも知れないが。



……彼にもたらされた未来において彼が……雪之丞やタイガー、ピート、唐巣神父はまだしも、西条まで
もが何らかの思惑はあれ相談に乗ってくれて……幾つかの案を考えた挙げ句の行動の一つがこれすなわち
文珠だけを”転””送”しての”伝”言であった。大量の文珠を同時に使う事はまだ無理でも二文字まで
すなわち二個までなら問題は無い。魔神との戦いで”同””期”を使っているのだから。

何故に”伝”言であって応援ではないのか。理由は当然存在し、しかも幾つかあった。
人や神魔の時間移動自体が、未来で究極の魔体との戦いが終わりチャンネルが回復し、過去から来ていた
美神美智恵が戻った後で神魔族最上層部によって禁じられた事。
これによって本人達が直接応援に向かえる可能性は禁が解除されるまで無くなった。いや解除されたとて
そもそも禁じられる原因となった事件が起きた時間への移動は簡単には許されないだろう。
下手を打てばいや相当狡獪に立ち回らない限りは三界を再び乱そうとする逆賊扱いとなるであろう。
更に妨害霊波が発生してからは魔神がそれをもって時間移動を禁じているのである。過去から来た美智恵
の様に周到に準備を重ねて何時にならば跳べるかを知っていたのならばともかく、それを知らない未来の
彼らには途中参加する手段は無かった。美智恵に直接それを確認したなら自責の念を押しつけるだけの事
と為りかねず、娘が何よりも大事な母親を無駄に刺激すると互いに不幸になる可能性すらあるとの考えを
持つ者もいた為、横島を含めて全員が選択肢に入れなかったのだ。人の親である彼女から見たなら家族が
無事生き延びた現状を壊されかねない試みには思うところがあって当然であろうとの考えも働いた。
……その考えが真実であったとは限らないのだが。
その上、上記から派生する問題もある。
応援たり得るには魔神と互角に戦えるだけの力か策が必要であるのだが、それだけの力を、神魔の装備も
無ければ人間以上の存在である神魔の教えを乞わず身につける事は難しく、可能であっても膨大な時間を
必要とするであろう。如何にそれまで明確な目的を持って修業などした事が無いとは言え如何に素質なら
あるとは言えどそう簡単には種族が異なる事による根本的な差は縮まりなどしないであろう。再生された
メドーサを”滅”の文珠一つで滅ぼし得たとはいえ、あれが彼女の本調子であったとは限らず仮にそうで
あったとしてもメドーサと魔神とを同じ物差しで考えるのは明らかに誤りである。
また、圧倒的との表現では到底追いつきはしない儼然たる力量差を前にしては生半可な策は通用しない。
頼れる存在である筈の神魔はしかし人界にいる彼らの知り合いでは魔神には到底及ばずしかし乍ら魔神に
打ち勝つ力を持つであろう最上層部は時間移動を禁じているので助力を頼める訳も無い。最上層部として
みれば魔神に破れてしまう可能性が高い者をわざわざ波乱の只中に送れる道理が無いのであり横島達から
見れば最上層部の力でも借りない限りは魔神への確実な戦力を持ち得ないとの手詰まりである。何らかの
抜け道を見つけ出さなければならないのであるがそれが何であるのか果たしてその様な道などあるか否か
すら分からないのだがやるしかない。
やるなら早くしろ、やらなければ自虐だ。


詰まるところ神魔を含めて世界に存在する大多数の者達が手出しする事の無い程度の動きで、壮絶なまで
に其処にある力の差を覆す策を、魔神が勝利し得る可能性を無くすそれを講じなければならない。力では
どう考えても及ばないのだから策を探さなければならないのだ。
だがそのような都合の良い策など果たして存在し得るのであろうか。

……しかし策は意外と簡単に見つかった。当然の事ながら横島だけでは到底辿り着けなかった事も事実で
あるのだがそれでも横島の能力とその発想があってならではこその策ではある。

確かに人や神魔といったあの事件を更に混乱させる可能性のある存在の時間移動は禁じられているらしい。
されど、移動する存在が意志を持っていなければどうだろうか。高重力を織り成す特異点の存在がある様
に、時は必ずしも一定の流れで刻まれる訳ではなく、観測する立場によっては時間の逆転さえ通常の宇宙
の営みの中で生じているのである。それをも含めて完全に時間の流れを固定してしまったのであるならば
宇宙の営み自体にも支障が生じる事となる。故に神魔族最上層部以外は知らないであろう特定の条件付け
が為された存在……恐らく霊体、人工霊魂を持つ者全てのみ。他の言葉で表現すれば意志持つ者のみ……
が時間移動出来ないと推測出来る。

勿論、この様な推測は学のある西条、錬金術から工学まで幅広い分野の権威を超えかねない知識を誇って
いたドクターカオスの助手である消去しない限り記憶を失わないマリアがいればこそであり、学が伴わぬ
どころか劣等生の部類に入る横島やタイガー、何時まで学生であったのかさえ疑わしい雪之丞は無論の事、
科学とは縁の少ない生活を送って来たピートや唐巣神父らもまた思いつけはしないであっただろう。
しかし横島は仲間に恵まれていた。

時間の流れが逆転する事すらある為に全てが時間移動出来ない訳ではないとの希望を得た彼と彼らは更に
意志を持たぬ限り霊力を持つ存在であろうとも問題が無いらしいと推測を進めた。
高重力に由る特異点とは周囲のエネルギーを際限無いがまでに吸い込むブラックホールを形成するもので
ある。一方、ブラックホールが蒸発する際に起きる粒子の放出はある意味で旧来の論議におけるホワイト
ホールに相当すると考えられる。
吸い込まれた粒子は結局の所最小単位にはなるものの再放出されるのである。
すなわち、それ以上分解される事のない構成の最小単位であれば歪んだ時間に存在し得る訳である。その
場が高重力と言うには桁が違う重力に因り作られる為、見方により局所的ではあれども粒子の時間移動が
為されると言って過言ではない。

ところで霊能力、正確には霊気には重さの概念が無い。幽体離脱した横島が重力に影響される事無く宇宙
まで辿り着く事が出来たのもそれが理由である。重さが無い以上は高重力であろうが何だろうがその影響
を受ける事は無い。余談だが太陽風で横島の幽体が飛ばされそうになったのは、太陽が霊的にも地球など
各惑星に光すなわちエネルギーを与えているからである。美神が幽体は軽いと表現したのは質量ではなく
霊的なエネルギーの塊である幽体が太陽風というエネルギーの風に対して出力が低いので飛ばされ易いと
いった現象を横島に分かり易い言葉で説明したに過ぎない。尚、幽体と霊体は単に言葉が違うだけであり
同じものである。特に使い分けるのならば肉体を伴わない場合には幽体、肉体を伴う場合は霊体であって、
肉体から遠く離れている場合や肉体が失われている場合また神魔の様な存在のそれは幽体と称される事が
多い。しかし幽体離脱などこの分け方で説明出来ない呼称もあり一概には言い切れないのも確かではある。
ともあれ宇宙は霊的エネルギーで満ちておりその供給源の一つが太陽なのである。太陽風により各惑星に
エネルギーがもたらされそれが蓄積されるのであるが地球ではそれを消費する存在もまた多い為に月程の
蓄積は無い。太陽からのそれではなく各惑星それ自身も霊的エネルギーを持ってはいるのだが太陽は特に
自らのみの内に収まらず他の天体にエネルギーを供給する存在でもある。
そして月はそのエネルギーの蓄積により魔力を紡いで満月の際には1700万ゼノのB波なる波動を放つので
あるがそれは拡散されている為そのまま有効利用出来る存在は月に住む月神族だけである。尻尾があれば
利用可能なのではとの都市伝説的噂もあるのだが、魔神は尻尾を持っていたので実は月の魔力を集中して
十分送れていたのならエネルギー結晶など必要としなかったかも知れないのは別の話。


「私は魔族の中でも選ばれたエリートである魔神アシュタロスだ。魔族を、魔神を舐めるなよー。」


などとの台詞が何時か何処かで吐かれたかも知れないのはもっと別の話。閑話休題。

尚、触れる程に集束されていてもどれだけ凝縮されていても霊力には重力は無縁である。物に触れられる
程に確たる存在としてある幽霊であったおキヌと石神との戦いにおける石神や美神の台詞通りである。
またその台詞こそが幽体が軽いとの美神の言葉が簡易な説明の為の方便であった事を示している。

詰まりは、霊力の結晶である文珠だけならば時間を超えられる可能性が相当に高いのである。横島ら学生
にはその可能性がどの程度なのかは言うまでもなく分からなかったのであるが、西条やマリアらは様々な
分析や情報確認の末にほぼ確実と見ており、横島はその結論を信じたのだ。

各々が自己の時間を始めとする様々なものを削っても彼に援助を行なってくれているのだ。彼の仲間には
取り分けルシオラの復活に関する事項で彼を欺くような者はいる訳が無いとの漠とした形になりもしない
思考が彼の仲間達に対する無意識の信頼である。

甘いのかも知れない。

人類の敵を倒す為に団結してはいたが、日常に戻った以上はお互いの事より自身の事を優先するのが人間
であるかも知れない。然れども彼は彼の仲間達をそのように見る事は無く仲間達もまた一心に彼の信頼に
応えようとした、自らの日常を犠牲にしてでも。
それが彼ら皆の心に傷痕を残したあの戦いにおいても最も大きな他と比較にならない傷、皆の心に傷痕を
作ってしまった原因でもある傷を背負ってしまった彼へ、己が出来る最低限の事であるとの認識があった
からである。
それだけでは無い思惑……令子ちゃ〜んや、おキヌちゃんには悪いけど令子を悔しがらせてやるワケとの
その字面だけで誰のものか分かってしまいそうな思いもあったかも知れず。
だがその様な不純物があったかも知れないがそれでも本心から横島に協力したのもまた事実である。

無論周囲の者達に怪しまれてはその彼の望みを自分達の行いが断ってしまう事に為りかねないので、偽装
した上の行動ではあったのだが。
……尚、付け足すならエミは直接的には協力していない。人間関係からして協同作業する事が不自然だと
思われる程度には普段の付き合いが薄いからである。彼女がどの様な方法で協力したかは後述する。それ
ならば西条が協力するのもまたおかしいと見る向きがあるかも知れないが実は横島と西条が一緒にいる事
は相応にあったのでこちらは問題にはならない。俗に喧嘩する程仲が良いというそれでありエミと令子も
また同じ様な関係である。殺し合う程仲が良いの間違いではないかと思えなくもないが、喧嘩する程…の
関係を体現するとある猫とネズミもまた生き物として殺し合う関係なのでこれで良いのだ。
尚それぞれの関係において何れがネズミなのかは不明である。


また神魔族最上層部以外で事件の間の時間移動を阻止していた魔神のそれも神魔族を中心にごく希に存在
する人間や妖怪の時間移動能力者への対応が関の山であって、宇宙本来の営みやそれに類する事象までは
制限してはいなかった。不可能であった訳では無かったのであるがそれをする為にエネルギーを割く事は
掛かる労力に対して全くの無駄だと考えたのである。

その事もまた分析確認を進めた上で判明し、結論としては文珠だけを移動させる事はかなりの確率で実現
可能であり、同時に事情を知る者であれば誰でもその可能性を考えるであろう横島を含めた彼ら自身の誰
一人として時間移動する以前の段階で必要不可欠であろう魔神に勝つ為の修業を行なう気配がまるで無い
ならば、彼らの動きに気がついたとしてもそれが事件をルシオラが死なない勝利に改変する為のものとは
結論づけられないだろうとの判断も成立したのである。


さて時間移動で事態を解決し得るのかであるがそれはし得ると判断された。例外が神魔族最上層部という
最高位の存在の許可に依らなければ認められない程の行為であるのだ。裏を返せば時間移動にそれだけの
影響力があるという証明に他ならない。
以前小竜姫が美神に時間移動自体は大した能力ではないと発言したがあれは半ば真実半ば方便である。

確かに変えられない過去というものは存在するのだろう。また変えられない未来も存在するかも知れない。

しかしそれは結局の所、時間の復元力と改変しようとする者との力の差により左右される境界が不確実な
ものに過ぎない。尚、この場合の力とは改変する為のあらゆる種類のそれ……知識なども……が含まれる。

例えば若き日のドクターカオスが死亡を確認した横島は実際に死んでいた筈だ。
現在のカオスであればともかく全盛期のカオスが高々外傷による即死の死亡確認を誤診するとは考え難い。
そして美神は結果としていや横島の事を思って激情に囚われていたのであるから予定通りにとの言い方も
出来なくはないが何れにしろ時間移動により横島が死ぬ前に戻って彼の死亡という運命を変えたのだ。

変えられない運命は存在するのであろうが、しかしそれでも運命とは変えられるものでもあるのだ。

小竜姫がその発言を為した際は同時に変えられる事しか変えられないとも言っている。美神の時間移動は
電力の力を借りる事に依って……その際はヒャクメの神通力が用いられたのであるが……1000年前にすら
遡り得るだけの力を誇り、死人を死ななかった事に出来る程のものでもある。それは時間移動が出来ない
者から見れば大した力であるといえよう。しかし乍ら、仮に十二分な条件が提供されたとして、果たして
美神に過去の世界大戦を起きなかった事と出来るだろうか。それを為すには数多の手を打つ必要があって
その全てを実行し得るか否かは手を打っている間も時間が過ぎていく事もあり困難である。歴史の大勢は
簡単には変えられないのだ。

小竜姫の発言におけるトリックは単純だ。変えられる事しか変えられないとの発言においては誰が行なう
かが明確になっていない。行なう者に依り変えられる事と変えられない事が違ってもその発言が嘘だとは
言えないのである。また彼女は横島がそのままでも蘇生可能だったと発言したがそれは断定した発言では
ない。”多分”、”でしょう”と実際には推測に過ぎない事を自ら口に出しているのだ。
小竜姫の発言には恐らく時間移動能力者に対する牽制と保護の意味合いがあったのだろう。神族が見守り
連綿と続いて来た歴史をほいほい変えられては堪ったものではない。同時に現在を形作る大きな要因でも
あるだろうトップクラスのGSを他の時間で失うなど無い為の措置だったのだろう。或いは神族が人間に
対する際のマニュアルでもあったのかも知れない。そうでなければよく言えば裏がない、悪く言えば碌に
策を弄する事もしない彼女が即座にその様な対応が出来た説明がし難いのだ。

勿論小竜姫と美神のこの会話など横島達が知っていたかどうかは不明である。修行中の話なのでお互いに
報告していたとしても不思議は無いが実際に知っていたかは分からない。
だが横島達いや横島はそれが無くとも時間移動が他の時間の出来事を改変し得ると知っていたのだ。何故
ならば美智恵が時間を跳んで娘を守り得たその場にいたのだから。ハーピー戦にてピンポイントで未来の
令子にれーこを預け本人は過去に戻って戦った。美智恵は時間移動を用いて目的を遂げているのだ。魔神
との戦いにおける時間移動の結果に破綻が無い事から用意されていた歴史である可能性も西条らは考えた
のであるがそれでもやるしかないのだ。過去が変わっても未来でそれが起きなかった事になっているまま
という可能性があれ試す前に案を放棄する理由にはならない。幸い変えなくてはならない最小事象はルシ
オラの生き死にのみでありそのルシオラは破片とはいえその時間にも存在はしている。過去で成功すると
同時に破片から本人に変わるのかそもそもこれまでの経緯が無かった事になるのかまた記憶や記録のみが
変わるのかその辺は不明ではあり前述した様に何も変わらない可能性すらあるのだが、案を放棄する理由
にはならない。やれるだけの事をやらなければ後悔が繰り返されるだけであり早く行なわなければ歴史の
ずれは酷くなるばかりである。それこそ彼らを突き動かす思いすなわちやるなら早くしろ、やらなければ
自虐だである。

話を戻すが策はその構築から実行まで隠密に行なわなければならない。前述の様に普段は以前と変わらぬ
自分達を演じる事も大人であるカオスや西条、唐巣達の進言により……雪之丞などは力押しで物事を進め
られない事に内心不満があったのだが親友の為に我慢した。決して親友が落ち込んでいる間は勝負しても
面白くないとの考えが我慢し得た理由の大部分を占めていたりはしないのである。横島もまた元来単純な
人間であり奇襲は得意でも深謀遠慮などとは縁の少ない存在ではあったが力だけでは通らない事も事件を
通して再認し且つ下手に表立って動いては改変を止めようとする神魔がその命を小竜姫やワルキューレに
下し結果として彼女達を究極の魔体戦後の様にまた苦しめる事となるかも知れないと大人達の忠告からも
思い至ったので偽装する事に同意した。単純な彼には偽装など出来ないと思われるかも知れないが、逆天
号での生活が偽装そのものであった事を忘れてはならない。彼は目的の為なら手段を選ばない類の存在で
ある……行なわれるのであった。

文珠を過去に送るとして肝心の策であるが……事が文珠に特化されて来れば横島の反則思考に期待出来る。
それに望みを掛けてカオスの叡智をマリアが補った上に魔鈴の魔法も掛けて西条や唐巣神父も暴走しない
様に……西条と異なり神父はオカルト方面での援助のみであるが……製作に加わった人工特異点発生装置
が作られるのである。
流石の横島もブラックホールに近付いて無事に文珠を送り出せる訳が無い。幽体には高重力であれ無縁で
あれども魂の緒は有限の長さであり、緒が千切れない程度の距離に肉体を存在させたならば肉体は当然の
事ながらブラックホールに吸い込まれるのだ。
如何に非常識な回復力を誇るとはいえブラックホールへの突入から生きて帰還する事は不可能である。
第一にしてその条件を満たす地点まで肉体を近付ける術が無いのだ。
スペースシャトルでは最寄りのブラックホールまでどれだけの年月が掛かる事か。横島であってもそれが
天文学的な年月を必要とすると理解していた。
仮にカオス達の知識を総動員して、現代の常識から外れた高性能な宇宙船を設計出来たとしても、それを
作るのは大仕事でありその製造は何かしていますよと声高に周囲に宣伝して回る事に等しい。
また道楽公務員が味方についているとはいえそもそも資金が足りないとの大きな制約もあったのである。


……実際は横島としては説明の内容からブラックホールに近付けるなら自分だけで出来ると考えたものの
その実現には移動の問題以上に凄まじい重力を遮断しないとならないので別の方法である装置作成に口を
出さなかったのであるが、その考え自体が誤解であって、ブラックホールを通したからといって問題無く
時間移動が出来る訳ではないのである。
単に吸い込まれるだけであり、ブラックホールが蒸発する際に粒子として出て来るのみである。時間逆転
ではなく粒子状に分解された上での未来への片道移動がブラックホールに入ったものに起きる現象なのだ。

正確な内容を横島の知識に合わせて説明する事に魔神と相対して力で勝利しなくてはならぬ程の困難さを
或いは魔神戦以上のそれを覚えたカオス達が、敢えて彼を誤解させたまま人工の特異点を発生させ魔法と
錬金術を用い特定の存在すなわち文珠の時間移動効果を現出させる補助となり得る装置を設計、製作する
のである。文珠だけでは駄目で魔法が掛かった特異点だけでは駄目であれ、双方を組み合わせたのならば
話は別という訳だ。
装置は霊的出力を高める効果と時間を多少ではあるが操る効果を持つもの。前者により文珠の効果を高め、
後者と文珠の万能性とで文珠であるなら一度に幾つでも過去に送れるものである。尚横島は一時期真剣に
文珠を用いて自分が時間移動する事を考えていた為文珠のストックは大量にある。
神魔のみならず人類にも重力制御は決して不可能ではない。況んや長きに亘り研鑽を積んできたカオスで
あればそしてその助手マリアがいれば余人に無い知識で核とした物質を重力崩壊させつつも超新星爆発を
抑え込んでそのエネルギーを霊力に変換する事で対象の霊力を高め、同時に制御されて時間の壁を僅かに
越える程度であれば行える装置を製作し得るのである。
敢えて注釈しよう。爆発は工学系研究者技術者の浪漫ではあるのだが今回は超新星爆発が洒落にならない
ものであり更には西条や唐巣、魔鈴らが附いていたのでそれが起きる事は無かったのだ。
尚、仮にブラックホール経由で時間移動が可能だったとして空間についてはどうなのかと疑問を持つ向き
もあるかも知れないが、横島が知る時間移動は同時に空間移動も伴う美神家のそれなのでその点すなわち
過去のブラックホールの位置に時間移動しても地球、より限定するなら魔神との戦いの場へと場所もまた
移動しないと意味が無いという類の疑問は一切抱かなかったのである。

改めて述べるまでも無いのであるがスポンサーは某女性との甘い生活が脳裏を過ぎったらしく表情が多少
いや端正な筈の顔が台無しに弛んで端から見ている者達が横島もこうなるのかと多少モチベーションなど
色々なものが萎えそうになった犬猿の仲でありながら周りから見れば似たもの同士な自称貴族である。
尚、考えてみれば横島がそんな感じなのは別段いつもの事だと思い返して皆士気を取り戻したのは一つの
余談。

返す返すも彼は良い仲間に恵まれたものである。
普段なら美神令子にスポンサーとなってもらう事を前提として行動せざるを得ないカオスも、今回は前述
した下心も無い訳ではないものの能力はあれども年若く未熟な後輩を案じた西条が出して横島を驚かせた
ポケットマネー……令子にこの企てを自分が知らせる訳には行かないとの思いもまた存在したのだが……
とそれに比して微少であるが雪之丞達横島の親友……悪友とも言う……が稼ぎの一部を、例外的に何故か
タイガーは稼ぎが良くなったのだがその殆どが提供されたのは言うまでもなく彼の上司の配慮ではあるが、
ともあれ彼らが見返り無しに提供してくれた事もあり資金繰りには問題がなく、何より彼らの意気に感じ
また自分とも縁のある小僧を救う為にカオスは己が出来る事を惜しむ積もりなど毛頭無くそれはマリアも
同じであった。
……何故かピートから提供された額も意外と大きかったのだが或いは横島には知られない様にではあれど、
別口の資金提供もあったのかも知れない。彼に惹かれている悪友に負けたくないと思う心を言い訳にして
自らがその哀哭を受け止めきれないと感じた者へ己が出来る援助を行なったかも知れない女性からの。


   (続く)

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