ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と』 (最終話) 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 7/25)




〜last appendix. 『《人間》という名の凶器 』




…底知れぬ暗さと凍てつくような輝きを放つ、奇妙な造形の培養槽だった。



視界に広がる幾つものケージを見つめながら……ベスパは思う。単純な疑問…『コレは一体何なのか』と。
闇の中、彼女は無意識のうちに恐怖していた。目の前の具象に対して、ではない。目の前の具象を、何の抵抗も感じず造り出してしまう……《人間》という種の在り方そのものに対して。

コポコポと…。
液体のたゆたう人型が、気だるげに嗤い声を響かせる。ベスパは鋭く息を呑んだ。

『我が王国にようこそ…。はじめまして、と言うべきかな?ミス・ベスパ』


不死王。

自分を見下ろし、そして見くだすこの存在は…時折、畏怖の念を込めてそう呼ばれる。
クリスタル化した透明な肌と、プラチナに輝く造形美の長髪。白黒の区切りがいっさい無い…ルビー色の双眸がチロチロと揺れる。
あるいは呼称など、彼女にとっては価値なきものかもしれないが…
普段、ローブで隠されたその裸身からは、ガラス越しにもそれと分かる、巨大な瘴気が吹き出している。

「…名高いアンデッドの暴君どのが、アタシに何の用?個人的に呼び出してもらってなんだけど…これでも結構忙しい身なんだ…」

…化け物め。内心で小さくつぶやきながら、ベスパは平静を装った。体中から冷や汗が滲む。
相対した存在の纏う(まとう)威圧感は……彼女のかつての主君、アシュタロスとは明らかに異質な何かを孕むもの。
不死……死の無きモノ。そもそも、この女は“ 生きて ”いるのだろうか?生命という枠内に、果たして収めるべき物なのだろうか? 

『非礼は詫びよう。妾(わらわ)が《揺りカゴ》の中に居ることも含めて…。ただ、こうして定期的に防腐処理を行わねば、
 肌が溶け落ちてしまう難儀な体質でな……。』

フフッ…と渇いた哄笑をこぼしながら、不死王はベスパの視線を受け止める。
つまらない駆け引きが成立する相手ではない……短なやり取りでそれを悟ったのか、王は構わず言葉を紡ぎ…

『では単刀直入に聞こう…。ミス・ベスパ、そなたは今の現状と自分の身の上に…本当に満足しているのかな?』
「…?」

否定されることを前提とした、卑怯な問いかけ。
心の奥底を見透かされている……。ワケもなくそう確信した心臓が、トクトクと不規則に脈打ち始める。不死王の口調は変わらない。

『自ら魔界正規軍に志願し、任務をただ坦々と遂行する日々…。しかしそれは、真の意味でそなたが望んだ生きる道かね?
 時たま、発作のように思うことはないか?「こんなはずではなかった」と。「こんなくだらない世界の枠組みを守るために、私はあの人を失ってしまったのか」と…』

「―――――――…。」

虚ろな瞳の深淵に、どうしようもない悲しみをたたえていた……【あの人】。
優しかったあの人は、微苦笑とともに、ベスパに向かってこう告げた。

…もう誰も踏みにじりたくない。しかし、踏みにじらないわけにはいかない…。

彼の望んだものは、死。死という名の安息。生の苦痛から開放された…永遠の時間。
それでも、望まずにはいられない。心の中で、叫ばずにはいられなかった。

どうして?
何故、そうまでして自分自身を追いつめようとするの?どうして…!
どうして……私と一緒に、生き残ることを選んではくれなかったの?

【だが、私は死ねんのだ…。魂の牢獄……これほどその言葉にふさわしい立場があるかね…?】


(アシュ様……それでも、私は………)




―――――――それでも私は……貴方に生きていてほしかった…。





『妾も同じだ…気に食わぬのだよ、何もかもが。神々も、悪魔も、大勢も………この世界を創る枠組み、その全てが!
 この世界を構成するあらゆる要素、そのものが!』

「――――?あんた……一体、何を……」

思考の迷路へと踏み込みかけたベスパは、その言葉を聞き、完全に我を取り戻した。
禁忌(タブー)というものがもし有るなら、それは今、この女が発した台詞のためにあるようなものだ。
大勢を崩す…。すべてを破壊する…。世界を創る枠組み……その真理を打ち砕こうとした者は、かつて例外なく滅びの道をたどっていった。
そう、アシュタロスもまたその中の…

『気に入らぬなら、創り変えてしまえばいい。そうは思わぬか?子供でも分かる理屈だ…』
「ハッ…神魔界相手に戦争でもおっ始めようってのか?アタシはご免だね。そんな世迷言に付き合うつもりはない…」

話を打ち切り、王の間を後にしようとするベスパ。だが不死王は、そんな彼女の様子を鼻で笑った。
はじめからそう言い出すことは分かっていた……女の瞳が、明確にその事実を物語る。

『間違っているよ……戦争を仕掛ける相手がな…』

驚愕とともに振り返るベスパへ、不死王は奇妙な沈黙を保ち続け…
その掌が、部屋に3つの球体を作り出す。2つは白と黒……それぞれの光を放つ、巨大な真球。もう1つは、不安定に揺れ動く無色の楕円。

『宇宙を構成する最大単位……この空間には同位相に存在する世界が3つ在る。上位界である神界、魔界。そして両者よりも下位に位置付けられる、人間の住まう人間界…。
 この3界が、どれだけ繊細なパワーバランスで保たれているか……知らぬわけではないだろう?』

「…アンタ……まさか…」

『…クイズだ。もしも人界が、主物界(プレーン・マテリアル)の地位から失墜すれば…一体何が起きるだろうか…』

「……。」

不意に強烈な眩暈を感じ、ベスパはその場をよろめいた。
もう間違いない…。こいつは……この化け物は…!
新しい《世界》を創り出そうと言っているのだ。既存のどのような世界とも違う、アンデッドの支配する第4の世界を。
人間と不死者がそっくりそのまますげ替わる……事態はおそらく、その程度のレベルでは済まされない。
ヴァンパイア、リッチ、リビングデッド…。不死の王国に住まう亡者たちの力は、通常の人間と比して、霊的ポテンシャルが高すぎる。

仮に、不死者たちの新たな世界が建造されれば…その勢力は、現在の人間界を遥かに凌ぐ…。
実質、上位界3つが乱立する……これまでの秩序が、完膚なきまでに崩壊した構図の完成を意味している。

「…っ!ふざけるなっ!!そんなことすればどうなるか…!」

『死に絶えるだろうな、膨大な数の神と悪魔が…。力無き者が生き残れるほど、大崩壊(カタストロフィ)の反動は甘いものではない。
 漁夫の利を得るのは、“死”から逃れる我らアンデッドのみというわけだ…』

「アンタっ……アンタだって魔族の一人なんだろっ!?それをどうして……」

『…魔族……だと?この妾がか…?』

「!?」

嘲りの色を露にされ、ベスパの背筋が凍りついた。周囲を見渡す。
王の寝台……と呼ぶには、あまりに殺風景な金属の壁。無数のコードが配線され、絶え間なく電力が供給される、培養槽。
これに似た情景を、自分は以前、どこかで目にしたことがある。
むしろ…このような技術を持ち得る生命を、ベスパはたった1つしか把握していない。


「…ま…さか……」
『…そう、察しの通りだ。妾は人間だよ…。れっきとした……純粋な人間だ』


声と同時に、絶大な霊気がベスパの肌を突き刺した。
底無しの沼のように………どこまでも、どこまでも、際限なく広がっていく殺気と悪寒。
足全体から力が抜け、彼女はいつの間にか、床に尻もちをついていた。かき乱される意識の中、ベスパは呆然とただ思考する。

(これが……)



――――――――これが…………《人間》………?






『…人類の歴史とはつまり、自分よりも優れた生物を形質的に利用し、超越することに置き換えられる』

抑揚のない口調で、にもかかわらず確かな愉悦を浮かべながら、ソレがワラう。
紅玉の瞳。クリスタルの形状をした、完全に透き通る全身をよじり………もはや生命とさえ呼べないソレが。

『肉食獣から血肉を奪い、鳥を模倣することで空を進む術を手にし……
 その知性により、かつて地球上でどんな種も成し遂げることが出来なかった、繁栄の絶頂を極めている…。
 一つ尋ねてみようか?そなたの見知る神魔族に…果たして、核の直撃に耐え得る肉体を持つ者が、何人いるかね?』

「ふん……何それ?とんだお笑い草だね…。不死王さまもフタを開ければ、科学至上主義のサイコ野郎ってこと?
 寝言も休み休み――――――」

『――――――…くだらぬ。』


ベスパの言葉が押し留められる。ヨロヨロと起き上がる彼女の耳に届いたものは……荘厳ささえただよう、不可解な圧力を持った声音。
不死王は、吐き捨てるように一言で断じた。

『…神霊、科学、オカルト、光学……そういった愚かな線引きに囚われることこそ、貴様らが人間より劣るという証明だよ。
所詮、道具の一つに過ぎぬものだろう?核も、霊力も…。一生命種が、さらなる進化のステージへと進むための……』

かすかだが脳裏を霞める1つの記憶。ベスパは一度、敗れているのだ……空母を支える電力……原子炉のエネルギー全てを霊力へと変換した、歯牙ない人間の霊能力者に。
魔神や主神に対して、目の前に立つ不死王は、まさにその関係と酷似していた。

人間が手にし得る、ありとあらゆる力、技術、知識……それら一切を吸収し、自らを高めた統合体。
この地球上で最も戦闘的な……進化の極限に座する究極の《人間》。それこそが…


『神や悪魔たちも、いずれ嫌でも思い知ることになる…。自分たちの持つ強大な霊力など問題にならぬ、人間が極めし叡智というものを。
 “死”はすでに超越した……次は世界を手中にする!この不死王が飲み干す全ては、造物主たる神や悪魔とて例外ではない!!!』


凶悪な咆哮を轟かせ、魔王が長髪を振りかざす。プラチナブロンドから発散される闇の粒子が、ベスパの頬を切り裂いて…。
体中を伝播する、悪寒や恐怖と戦いながら、彼女は手のひらを握り締めた。
…認めるわけにはいかなかった。【あの人】とこんな暴虐者を…ただ『大勢への反逆者』として一くくりにするなど…絶対に耐えられることではなかった。

「…大したもんだよ。アンタはたしかに王様だ。世界をブッ壊すことしか頭にない、害獣の中の害獣さ」
『?その口ぶり…交渉はどうやら決裂かね…?』

「アンタは知らないだろ…。あたしの姉さんが、どんな想いで自分の命を犠牲にしたのか…。
 姉さんを心から愛してたアイツが…どんな想いで、世界を守ろうって決めたのか…!」

叫び、全身の霊力を解放する。前方に飛び出し、同時にベスパは素早く戦略を巡らせた。
…端からまともに闘り合えるなどとは考えていない……しかし、勝機は確実に存在する。先刻の自分との会話で1つだけ、不死王は致命的なミスを犯したのだ。

【こうして定期的に防腐処理を行わなければ…………】

(――――――…部屋中の電力配線を、手当たり次第ブチ切ってやる…)

いかに不死王とて、所詮は世界を構成するたった1つの個体にすぎない。魔神や主神にも限界があるように……
この《人間》にも、絶対に越えられぬ一線というものが存在し……そして奴は、それを不用意にも自分の前で口にしてしまった。

『…魔神一匹に尻尾を振ることしか出来ぬ犬風情が……偉そうに吠えるな』

「あの方を侮辱することは、許さない―――――――――――!!」

終わりだ…。
アンデッドの支配する不死の王国も…彼らが抱く際限ない野望も…。そしておそらくは、自分の命も…。
不死王という、恐るべき魔王の消滅と引き換えに―――――――――――――――…



「―――――――――――――!?」



だが。

次の刹那、ベスパの視界が、原色の閃光に彩られる。
眼前へと解き放たれる、漆黒の輝きをおびた光の柱。のたうつ蛇のような紫電が走り、息も吐かぬ間に彼女の四肢を拘束する。
出力もさることながら、異常なまでに入り組んだ呪式構成……ピクリとも動かぬ自らの霊体に、ベスパの瞳が見開いた。

!?

不死王ではない。うめくように呟いて、ベスパはその場に倒れ伏す。
認識だけがくっきりと像を結ぶ中、コロコロと奇妙な球体が闇を疾り………

「…馬……鹿な…」

ゆらめく鬼火…その正体を捉えた瞬間、ベスパの表情が蒼白に染まった。
…それは……あまりにも彼女がよく見知った霊能の能力(チカラ)。唯一の違いは色……記憶の中に残る、淡いエメラルドとは異なり、
目の前のソレは、禍々しい深紅の煌めきに満ち満ちている。

―――――――鮮血よりもなお赤い………クリムゾンレッドの光輝を放つ、七つの『文珠』…。

「…アイツの…他に…?…そんな……文珠くらいでアタシの動きを止められるはずは……」

「それは一体、誰を基準にした物差しだ……?」
「?」

ひどく抑揚の無い、死人を思わせる声が耳に響く。
頭を上げたベスパの目にしたものは………仮面。幻霊の面をかぶり、黒装束に身を包む……まるで闇のような男だった。
近づく足音に、不死王の双眼が薄く細まる。

『…紹介が遅れたな。《ファントム》……私の側近の一人だよ』
「………。」

ファントムと呼ばれた男は何も言わず、ただ横たわるベスパの姿を睥睨(へいげい)する。
そして、彼女はようやく理解した。この男もおそらくは不死者……人間でありながら、越えてはならない壁を踏み越えた者なのだ、と。
単純な霊力値だけ見れば、彼女の見知る文珠使いの数倍程度…。だが……

「…っ…一文字を…7つに……そういう…ことか…」

「………。」

意識が遠のく…。しかしその最中ベスパは気付いた。目の前の男の瞳……この仮面の男は、なんという悲しい目をしているのだろう。
その光が何を意味するものなのか…それさえも彼女がよく見知ったもので……
(…まったく……)
白くかすんだ視界の先……ベスパは泣き顔に似た苦笑を浮かべる。

…文珠どころか、そんな所まで一緒なのか…。

最後の瞬間、彼女はそれだけを口にした―――――――――…


――――――――――…。



『ご苦労だった…。一応、礼を言っておこうか』

「その必要はない。俺が止めなければ、王は殺していただろう?あの女を…」

ベスパの身柄がを骸骨たちが運んでゆく。憎悪の色濃い口調で吐き捨てると、ファントムは不死王のケージを一瞥した。
薄ら寒い沈黙が場を支配する。無言の肯定と受け取ったのか、仮面は鋭く息を吐き…

「…一つだけ、俺からの忠告だ」

『ほう…何かね?』

「魔神アシュタロスを退けた文珠使い……奴をあまり甘く見過ぎぬことだな。あの人間は普通ではない。
 生半可な気持ちで奴から何かを奪おうとすれば………お前も二の舞を踏むことになるぞ。お前の言う、たかが『魔神一匹』とやらのな…」

再びの沈黙。男の言葉をきっかけに、世界が闇へと溶け始めた。
コポコポと…。液体のたゆたう人型が、気だるげに嗤い声を響かせる。そうして《人間》は……まるで歌うようにつぶやいたのだ。

ただ一言。

―――――――横島忠夫………と。






〜  epilogue  〜


…永遠に雨の日など来なければいい。

そう望み、祈りをささげることは…果たして許されない願いなのだろうか?
大地を濡らす、悲しい雨。空から注がれる雫を疎んじ、どこまでも遠くを振り仰ぐ。

特別なことなんて何も要らない。だからいつまでもこのままで…。変わり映えしない、ほんのささやかな幸せを…。
それ以外のものを欲しいなんて…思ったことは一度もなかった。ただずっと……この大切な日常が途切れることなく続いてくれれば…。
そう思いつづけていた…。

しかしそれでも雨は降るのだ。
永遠に続く幸せがないように、絶え間なく差し込む光など有りはしない。必ず雨の日はやって来る。
それが望む・望まれぬものであることに関わり無く……いつか、必ず。


――――――――――…。


それはよく晴れたある日のこと。

「あ、悪夢だ……」

目の前に掲げられた看板を見つめ、横島は引きつった顔で悲鳴をあげた。
場所は都心の中央部、近辺では最大の規模をほこる、アーケード状の繁華街入場口。ひんやりとした空気を肌で感じる、まだ早朝と言っていい時間だった。

…となりには、金色のポニーテールを落ち着きなく左右に揺らすタマモの姿。
いつも通りクールな表情を装ってはいるが、内心ではそわそわしていることが見え見えだ。バレバレもバレバレ…。
…だって瞳がまるで恋する乙女みたいにキラキラ輝いてるし……。

「……。」
げんなりと一つため息をついて、横島はもう一度、タマモと看板を交互に見やる。
そこにはポップかつファンシーな字体でこう記されている……『お揚げフェスタ開催中!全国のお揚げが大集合!』
…つまりはそういうことである。
こんなイベントを企画するあたり、繁華街の責任者は気温差で頭がおかしくなってしまったのではないかと思う。

少し離れた位置に見える、店頭に山と積まれた揚げ物たち。
その中心に、あたかも主(ぬし)のように鎮座している、1000/1スケール巨大お揚げ……なるナゾの物体。

眺めるだけで胃もたれしそうなその光景に、横島は人目をかまわずうずくまり…

「…何?その明らかに嫌そうな態度は。あれだけのお揚げを前にして、横島は心臓が高鳴らないの?」
「高鳴るわっ!お前に付き合ってこれからアレを全部完食せにゃならんかと思うと…高鳴るどころか止まりそうになるわっ!!」

ほとんど半泣きでそんなことを叫ぶ。ようやくケガも完治したというのに…いきなりコレである。
面白がってタマモにチラシを見せたのが間違いだった。まさか本気で休日をつぶして、繁華街に突撃するとは…
…そもそもどうして誘われる相手が自分なのだろう?知り合いを探せば、きっとヒマな奴なんていくらでもいるのに…

「♪〜」

「……。」

そこまで考え、横島は小さく首をひねった。幸せそうなタマモの顔を横目で見ながら、これでもいいか、と考え直す。
思うのだ。彼女が今、こんなにも楽しそうにしているのは、たくさんのお揚げに囲まれているせだけではなくて…。
こうして、自分が彼女の傍に居ることも理由の一つに数えられるんじゃないだろうか…と。もしかしたタマモは最初からそのつもりで…

「―――――なぁ……タマモ…」

「…?」

バツが悪そうに、横島がぼそりと口を開く。タマモが不思議そうに振り向こうとして…彼が続きの言葉をつなげようとする……
…しかしその瞬間。通りの向こうから2つの声が響いくる。

「!……2人とも、あそこにいた…。こっち…」
「…は、はぁ…。それは、そうなのですが…。やはり私は遠慮した方が……もともと今日は横島くんとタマモさんが2人で…」

眠たげロートーンな口調と、半ば恐縮している涼やかな声。
言うまでもなく、どちらとも聞き覚えのある声音だった。ポカンとする横島とは対照的に、タマモは大して驚いたそぶりも見せず…
マイペースに歩いてくる女の子に引きずられる形で、薄赤の長髪を持つ少女が、遠慮がちな会釈を返してくる。

「…おはようございます。横島くん、タマモさん…」
「……。え〜と…スズノの方はなんとなく分かるような気もするんですけど…どうして神薙先輩がこんな所に?」

丈長のドレスシャツとスエードのロングスカート。全体的に大人しすぎるデザインではあるが、雪のような彼女の肌にはよく似合っている。
普段の制服とはまた違う、そんな神薙の私服姿に横島は一瞬目を奪われて…。
…というか、それよりも、まさか先輩まで無類のお揚げ好きだったとか…これはそういう展開なのだろうか?わざわざフェスタにまで足を運ぶほどの?

「この間、皆さんと食事をした時にタマモさんから誘われたのですが…。お揚げフェスタ…ですか。なるほど、タマモさんにピッタリと言えばピッタリですね…」
「…って何があるかも知らないでOKしちゃったんですか?いくらなんでも、んなムチャクチャな…」

なにしろ、普段、タマモ相手に胃を鍛えている横島でさえ戦意を喪失しかねない状況なのだ。

下手をすると、揚げ物の食べすぎでまた発作が…!なんてことにはなったりしないだろうか?
いやいや、神薙先輩が病気を抱えているのは心臓のはずだ…じゃあ消化器系なら大丈夫なのか?
ちょっと待て。大丈夫ということはないだろう…そもそも体を壊すこと自体、良いことではないわけだし…。


「―――――あの…タマモさん…。こんなことを聞いては気を悪くされるかもしれませんが……今日はその、どうして私を…?」

冷や汗を流しながら、珍しくうろたえる横島の内心に気付くことなく…
神薙はタマモに向かってそう尋ねた。するとタマモは視線をそらして……少しだけ恥ずかしそうに横島を一瞥した後…

「……黙ってるのは……フェアじゃないような気がしたから」

「…え?」

「相手がこんな奴だし…先は長そうだけど、でもお互い頑張りましょうって…一応伝えておこうと思って……それだけ」

…。

かすかに微笑み、本当にそれだけを小さく答える。慣れないことを口にしたせいか…ふい、と顔を背けて、タマモはそれきり黙り込んでしまい…
そして神薙は、それに……。

「……。」

…それにかすかに頷くと、タマモに向かって今度こそ満面の笑みを返したのだ。
余計な虚飾がすべて抜け落ちた、ソレは本当に美しい笑顔だった。

「…はい。ありがとうございます……タマモさん」

「別に……その、お礼を言われるようなことをしたわけじゃ…」


――――――――…。

「…なぁ、さっきからあの2人……一体、何の話してるんだ?」
「??お揚げを食べる順番の話ではないのか…?」

タマモと神薙の会話を耳にし、横島とスズノが首をかしげて……




…それは何も変わり映えしない、いつもの日常。誰もが永遠に続くことを願ってやまない、退屈で穏やかな……幸せな時間。

しかし、それでも。
雨が降る日は、いつか必ずやって来る。潮の引く音が、聞こえてくる。近づく予兆。崩壊。
ゆっくり、ゆっくりと…。

そう…
それはすでに……彼らの世界から動き始めてしまったのだ――――――――――。



『あとがき』


始まりの終わり、終わりの始まり。

…と、いうわけでここまでのお付き合いありがとうございました〜。今回のシリーズでようやく役者が出揃ったというところでしょうか?
考えると『ウェディング』以前の3編+まだ完結してないバレンタイン編も含めると、キツネシリーズは今回で大体、105、6話なんですよね〜
思えば長い道のりを来たものです…(しみじみ)

appendixの題名は、妹が読んでいたとある少女マンガのタイトルからの引用です。不死王さまはもともと、原作・南極戦直後の美神さんの台詞を読んで思った…
作者の「ええええええっ!?アシュ様にも核兵器って効いちゃうの!?」という、純粋な驚愕から生まれた存在だったりします(笑
逆天号には効かないはずなのに、アシュ様には効果がある……う〜んミステリーですね(爆
もろもろのナゾはまた次シリーズで…。
それでは、ここで毎度恒例のお礼コーナーをば!(一話からコメントを頂いた順に…抜けがもしございましたら、お知らせください)

ストレンジャーさん フル・サークルさん R/Yさん 竹さん 飛翠さん 殿下さん 超毒舌者さん GTYさん 紅蓮さん eofさん 青い猫又さん 林原悠さん

きょうこさん yukkiさん MAGIふぁさん 反美神さん karimatu-Kさん ミネルヴァさん 逢川 桐至さん ヘイゼルさん ヴァージニアさん

龍鬼さん 曽根村さん Tさん 参番手さん NLBさん 偽バルタンさん アースさん killさん シンさん ??さん コルトガバメントさん ぽんたさん

キリュウさん 魚屋さん AZCさん 冬月春日さん 佐藤みみずくさん yuragiさん ドドメキさん 義王さん 法師陰陽師さん ペッペロさん

USEさん HALさん APE_Xさん すがたけさん 零ヨンさん チキンBさん BILさん リゾットさん ミーティアさん 風香さん

本当に本当にありがとうございました。ロクにコメント返しも出来なかったというのに、こんなにもの方が…(泣
感謝してもしきれないです。今回こそはコメント返しを…(爆
さてさて、次回は時系列の関係で5ヶ月以上ほっぽらかしになっていた『バレンタイン編』のエピローグをお届けします(笑
なるべく早く皆様と再会出来ることを祈って…。それでは〜ありがとうございました〜

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