ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と』 エピローグ2 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 7/25)



風が運んできたものは、淡雪のような春の匂いだった。

白い…本当にどこまでも続いていきそうな、幾千本の桜の木々。花びらのつくる吹雪の中……暖かい日差しが、木陰のうちに降り注いでいる。
綺麗な朝だった。すべての幕引きにふさわしい…よく晴れた美しい朝だった。

「…本当に良かったの?技術者としてのアナタの価値を考慮すれば、罪状にもある程度の恩赦が下されるかもしれないのに…」

事件から10日後。一同の見守る、美神所霊事務所の門の前。
Gメンに護送され、最後の暇乞いへとやってきた老魔族に、美神美智恵がためらいがちな声をかける。

横島、タマモ……その間にはさまれる形でスズノが、それぞれ複雑な視線を向ける先……年老いた一匹の人狼が、力無く苦笑顔を作ってみせた。

「どの道、生い先短い老体だよ…。好意はありがたいが、あまり気を遣ってくれるな」
「……爆弾魔さん…」

耐え切れず、スズノが沈黙を破った。タマモの指先を握りしめ、何か言いたげに顔を上げて…
…。どうしようもなく弱りきったその表情に、人狼は小さくため息を吐く。

「…そんな顔をしないでくれ。君には…感謝をしている。やはり君の気持ちに共感することは出来そうもないが…。
 それでも嬉しかったよ…。ありがとうと、言わせてほしい…俺のために泣いてくれたことに…」

つぶやいて、一つの童話があったことを思い出す。

むかしむかし、あるところに…悪い魔法使いの手によって、その姿を醜い獣へと変えてしまった男がいた。
孤独しか知らなかったその男は、やがて一人の少女と出会い……。

そして、物語は最後にこう締めくくられる。

『少女の優しさと温もりに触れ、獣はようやく、真実の愛を手に入れる。
 人の姿とともに、男が取り戻した大切な何か………すなわち、それが無償の愛であり、人の《心》と呼ばれるものだった…と』

しかし、こんな結末があっても或いは良いのではないだろうか?
最後に愛を理解した獣は、理解して、そこで知ってしまう…。その温かな感情が、決して自分には手の届かないものであるということを。
目の前の光に恋焦がれて…だけど前に踏み出す勇気もなくて…。

そうしてやはり、男は永遠の孤独を生き続けるのだ。
いつまでも、いつまでも…。少女を外へと送り出し、今度こそ…たった一人で。

「…一言だけ、会って礼を言っておきたかった。それともう1つ…実は、どうしても顔を見ておきたかった者が一人いてね…」

しわがれ声で笑いながら、老魔族はふい、と目をそらす。少女のすぐ隣りで、所在なげに立ち尽くす青年。
みなの注目が自分一人に集まっていることをようやく自覚し、横島は思わずギョっとした。

「へ…?お、オレ?なんで?」

「“ 君ならば絶対にあきらめない… ”。俺と闘ったとき、彼女はたしかにそう言っていたぞ?」

「??」

不思議そうな顔をする横島に、かすかな微笑を浮かべた後。
人狼はそのまま、事務所の門から踵を返した。護送車へと歩みよる後姿が、少しずつ小さくなっていく。
最後の最後で足を止めた彼は、ポツリと思い出したかのように息を漏らし……

「…そういえば、犬塚の…シロ君……といったか。里に戻ることがもしあれば、兄者に伝えておいてくれないか。
 一言だけでいい。“ すまなかった ”と…」

「え…?」

たったそれだけ。
バタン、と控えめな音を立て、白い車体の扉が閉まる。あまりにも呆気なく遠ざかってゆくエンジン音…。
外に出た横島たちは、無言のままそれを見送ることしか出来なかった。





「…兄者?」

横島の口から疑問がこぼれる。問いの答えを探し求めて、花霞む桜色の空をかすかに見上げて…
美智恵が小さく頷いた。

「…長老さんのことよ、横島君も会ったことのある…。あの人は昔、将来を有望視される本当に有能な霊波刀の使い手だった。
 その弟である彼が、何一つ霊力を持たずに生まれてくる…。そのことの意味が一体どんなものだったのか…
 私たちには、多分、想像することしか出来ないんでしょうけど…」

「………。」

それきり何も、誰も口を開こうとはしなかった。
…彼がこれから、どのような思いを抱き、どのように生きていくのか……横島は知らない。この先も、きっと知ることはないのだろう。
結局はそれだけのことだった。…ただそれだけのこと。
横島は男の行く末に、柄にもなく祈りを捧げたい気分になった――――――――――。



―――――――…。


「…それで…このあと、小竜姫さまたちはどうするんですか?ずっと事務所に…ってわけにもいかないですよね、やっぱ」

全員で外食へと向かうため、街を歩く。
道を行く仲間たちの間には、誰が言い出したワケでもなく、いつの間にか幾つかのグループが出来上がっていた。

美智恵も交えた、美神たちの一団。なにやら楽しげに話し込むおキヌの腕にシロがじゃれつく。
横島を特に怪訝に思わせたのは、後方を並んで2人歩く、タマモと神薙の姿だった。
何を話すでもなく、黙り込んだまま、お互い歩調を合わせている。他人との接触を極力避けるタマモにしては、奇妙なほど珍しい光景だ。


「―――――食事をして、皆さんとお別れを済ませたら、今日にでもこの街を発とうと思ってるんです。
 ワルキューレたちとの連絡はついていますし……色々と上に報告することも残ってますから」

「……?今日…ですか?」

2人に声をかけようとしたその瞬間、逆に小竜姫から声をかけられ、横島は反射的に向き直った。
随分とまた急な話だ……とは思う。だが、小竜姫がそう決めたというなら、それをあえて留める気にはなれなかった。

本当は自分も…おそらくは、他の誰もが気付いている。今、こうしている合間にも、少しずつ事態は動いているのだ、と。

妙神山の凍結、封印。10日前の騒乱…。そして、自分たちの前に敵として降臨した高位神…。
…何かが起こっている。それだけは絶対に間違いなかった。目には見えない場所。ここではない何処かで……。

蜘蛛の作り出す、まるで網のような悪意の配置………その中心に『何』が居るのか…。
今の自分にそれを知ることは出来ないし、わざわざ知りたいとも思わないが……


「―――――……って言ってもなあ…」

そこまで考え、横島は大いに気の抜けたぼやきを漏らした。
そう。どうやら現時点では、そんなことよりすぐ目の前起こりつつあるトラブルの方が、よほど危険に満ちているらしい。
泣きじゃくる声を伴って、突然、周囲から噴き出す強大な霊気。自分ではどうにもならないその出力に、横島は思い切り頭を抱えた。

「…い、いやでち!よりにもよってどうして今日なんでちか!パピリオはこれからスズノと……」

「…パピリオ……小竜姫たちを困らせては…」

「スズノもスズノでち!何でちかソレは!パピリオが居なくなってせいせいするとでも思ってるでちか!」

「…そ、そんなことは全然ないけれど……」

涙目で食ってかかるパピリオに、スズノはおろおろと途方に暮れて…

考えてみれば、パピリオが同年代の友人をつくったのは、真の意味ではこれが初めての経験なのだ。
周囲から見れば、本当にほんの些細な出来事。
…それでもパピリオにとっては、今までの人生がまるごと引っくり返ってしまうような……そんな一大事件だったに違いない。

小竜姫は少しだけ苦笑して…そして、パピリオにだけ何も告げなかったことを、心の中で後悔した。

「…大丈夫。きっとすぐに…また逢えるから……。だから泣くことなんてないと思う…」

「べ、別に……泣いてなんか…」

「……。」

なでなで。
何も言わず、静かに頭を撫でてくれるスズノを……今回ばかりは、パピリオも無下に扱おうとはしなかった。
代わりに、少女の肩へと抱きついてみる。スズノは一瞬、驚いた表情を浮かべたものの、やはり優しい目でパピリオの頭を撫でつづけて…

「…あらあら、優しいわね」

「……?どっちがですか?」

「どっちも、よ」

微笑ましいもの見守るかのように、美智恵が穏やかな調子でつぶやいた。ぼんやりと歩く横島は、彼女の様子に首をかしげて…
そういえば、何かが足りないのだ。居たら居たで魚のホネのごとく鬱陶しいが、居なければ居ないで、どうもしっくりこない迷惑な存在が。

「西条くんにもお礼を言わないとね。最悪でも爆弾魔に対する極刑はない……そう聞かされてなかったら、スズノも今ほど冷静ではいられなかっただろうし」

横島の感情を汲み取ったのか、美智恵が嘆息まじりの声を漏らした。

「…西条さん…ですか。上層部に掛け合って、相当に無理をされたと聞いてますけど…」
「気にすることないですよ、小竜姫さま。少しぐらいお灸据えとかないと…すぐに調子に乗り出しますからね、あの野郎は…」

仲間たち一同が会する中、今、西条の姿だけがこの場にはない。
爆弾魔の処遇に関わる案件で強要まがいの駆け引きを行い、今朝方、協会中央に呼び出された……一応それだけは聞いているのだが…。

「西条くんにしては…らしくない行動よね、少し」
「そうっすかね…?前にスズノが暴走しかけた時も、色々と裏で根回ししたって言ってたじゃないですか」

あっけらかんと言い放つ横島に、しかし美智恵はかぶりを振る。
何かがおかしい。西条が何の理由も無く、ここまでのことをするとは考えられない。
スズノの件と今回の件では、事情も状況も異なるのだ。
かつてのGメン暗部の被害者であるスズノとは違い、爆弾魔に関する駆け引きには、交換条件となる決定的なカードが存在しない。
強引な手段を講じれば、ただでは済まないことは分かりきったことだというのに……


「……一体、何を考えているのかしらね…。西条くんも…」

ついて出る言葉。
険しげな瞳をたたえたまま、美智恵は苛立つように唇を噛んだ。




   ◇





――――…どこか猛獣めいた雰囲気を発する、危険な男だ…。


黒いアウディから降り立ち、こちらへと近づいてくる人影の立ち居振舞いに……女は初め、そんな印象を受け取った。
腰まで届く長い黒髪。長身でがっしりとした体をスーツで包み、そのスーツでさえ、気障にならない程度に着崩している。
獰猛(どうもう)な気配をそこらかしこに撒き散らすその男は、しかしこちらの姿を見て取ると、気安げにポケットから右手を上げた。

「…やぁ。随分と待たせてしまったかな…」

やけに馴れ馴れしい、女への下心を隠しもせず、逆に口説きの道具として利用してしまうような…手慣れた口調。
彼女は一つ鼻を鳴らして、半眼のまま問いかける。

「もうちょっと面食らうと思ったんだけどねぇ…。それとも、ココがどこだか忘れました……ってオチかい?」
「……。」

…すげない女の反応に、男は肩をすくめたようだった。
特に気分を害した様子もなく、ゆっくりとした調子で鷹揚に答える。その口元には、楽しげな笑みが浮かんでいた。

「いや?Gメンに知れわたっている君の素顔は、月での一件の前のものだからね…。
 こんな可愛いレディの姿をしているとは誰も思わないだろうし、第一、ここまで巧妙に霊波を消されては…」

…正体に気づけという方が無理な話さ。

懐から煙草を取り出して、世間話でも始めるかのように聞き返す。長年連れ添った恋人に対してもそぐわない、甘ったるいトーンで…


「…君自身そう思うだろう? “メドーサ”」


西条が、かすかに唇を吊り上げた。


「―――――――――…。」

時刻はすでに黄昏。夜闇が視界をさえぎりはじめる……Gメン本部備え付けのパーキングエリア内。
返答に窮し押し黙るメドーサへと、西条は差し出すように道を空けた。
アウディの扉を開け放ち、自分はエスコートよろしくぴったりと彼女の隣りに張り付いて…

「…誘ってるんだったらやめときな。人間の男に興味はないよ」
「ハハッ…なかなか手厳しいね」

苦笑を漏らし、素早くシートに滑り込む。助手席に座るメドーサの姿を確認すると、彼は静かにアクセルを踏み出した。

「―――Gメンとあたしらの組織で二足草鞋(にそくわらじ)…か。言っちゃなんだが、正気の沙汰とは思えないよ」
「おや、そうきたか…。で、美冬ちゃんの方は何て言ってるんだい?」

「“もちろん歓迎します”だとさ…。来る者は拒まない主義だからね、うちの大将は…」

苦虫を噛み潰した表情で、メドーサはそっけなく答えを返した。
…予想以上にお堅いな。ふっと唇を緩めた後、西条は嘆息とともに一人ごちる。

「まぁ、その辺りのことも含めて、今日はお互い理解を深めることに尽くそうじゃないか…。これから長い付き合いになるわけだし、友愛の意味もこめて…ね」
そう言って、鼻歌まじりに切られるハンドル。

……。
…………?
メドーサは小さく顔を上げ、同時に、自らの失態へと舌打ちした。

「…ちょっ…待った。そういえば、この車……一体、どこに向かって走ってるんだ?アタシはすぐそこで…」
「この先にワインが上手い店があるんだ。行きつけだから勘定の心配は要らないが…ディナーには少し早かったかな?」

「……!」

頭に血が昇る感覚に襲われながら、メドーサは乱暴に腕を振り上げる。それを見ているのか見ていないのか……西条は何食わぬ顔で両手を広げ…

「あぁ恐い恐い…。あまりの恐さにハンドルを持つ手が震えてしまいそうだ。
 大方、美冬ちゃんから『人界で騒ぎを起すな』、ぐらいのことは言われてるんじゃないのか?いいのかい、事故なんか起しても」

「こ―――――――っ!」

…このペテン師野郎ーーーーーーーーーー!!

街灯のともる十字路を、黒い車体がくぐり抜けてゆく。人通りが増し始めた道路の片隅で、本当にそんな叫びが轟いたのか……
それに関しては定かではない。

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