ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦5−3 『襲撃』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 7/24)

「西条、あなたはこの事件をどう考えてるの?」

助手席に座る赤毛の女性が隣の男に話し掛ける。
普段は緩んでいる事が多いその表情は珍しく引き締まっている。

「……今わかっている情報だけじゃ、何とも言えないな。
どうにも理屈に合わない事が多すぎる。」

運転する男も厳しい表情で答える。

「何故あれほどの力を持った魔獣が人間と取引などするのか?
どうして絶対的に有利な状況だったにも関わらず、昨夜は逃走したのか?
登録されているデータと特徴が一致しないのは何故か?。
そもそもこのデタントの時代に何故あれほど強力な力を持った魔族が野放しにされている?
そして君が見た謎のビジョン、魔法陣や『赤い槍』は何なんだ?。」

答えの出ない疑問に男が深い溜め息をつく。

「……これは私の勘なんだけど……」

助手席の女がポツリと呟き、男の目が女の方に向けられる。

「強力な魔族が人間と対等な『取引』をする事は通常考えられないわ。
でも、魔族が人間を『利用』する事は珍しい事じゃないわよね……。
メドーサって女魔族が企業を利用して、人造魔族を製造した事があったでしょう?」

男が無言で頷く。
メドーサ、二年前のアシュタロス事件の影の実行犯ともいえる女幹部。
直接やりあう事はなかったが、記録を見る限りではかなりの能力を持っていたようだ。
性格は狡猾で冷酷。体術は神剣の達人、小竜姫と互角以上の腕前で、さらには超加速すら使いこなす。

その実力もさることながら影で様々な陰謀を張り巡らし、数々の事件を引き起こしていた。
今考えるとアシュタロスが事件をおこすための下地を作っていたのだろう。

「……何となくだけど、今回の奴も同じような気がするのよ。
今までの事件は全てその目的の為に必要な、下準備なんじゃないかって。
もちろんまだ何の確証も無いんだけどね。」

「スキュラの心を読んだ君がそう感じるんだ。只の勘違いでは終わらないだろうな。
という事は……武闘派の魔族が調子に乗って暴れているだけじゃないのか……」

女の話を聞いていた男が眉を顰め、呟く。
懐から煙草の箱を取り出し一本抜き取るとライターで火をつける。
女の方に箱を向けると女も一本抜き取り火をつけた。

「久しぶりに、大きな事件になりそうだな……」

「ええ、少しでも情報を集めないとね……」

胸に吸い込んだ煙を吐き出し、静かにこれからの事を思索していた。

























二人が昨夜の現場に到着すると、そこは『KEEP OUT―立ち入り禁止―』と書かれた黄色いテープで囲い込まれていた。
床には一面血痕が生々しく残っており、昨日の惨劇を二人に思い起こさせた。
いつもなら床に白いチョークで被害者の倒れていた位置などが描かれているのだが
警官隊はバラバラに引き裂かれていたので位置関係を描き込むのは不可能だったようだ。

昨夜の事件を報告後、すぐさま緊急会議の招集がかけられたので、事件からまだ半日もたっていなかった。
現場が今は使われていない倉庫街だった事も幸いし、マスコミ連中がこの事を嗅ぎつけるまでもう少し時間がありそうだ。
警察側も隠すつもりは無いのだろうが、何もわかっていないこの状況で国民の不安を煽りたくないのだろう。

車から捜査機器を降ろし、二人は何か新しい発見が無いか調べ始めた。
西条は霊視ゴーグルをつけ、スキュラの魔力の痕跡がどこに向かったかを調べる。
香上は高性能見鬼君を手に持ち、周囲を警戒している。
周囲には魔族の気配どころか人の気配すらない。

西条の霊視ゴーグル越しの視界には、スキュラが通過した痕跡が陽炎のように浮かび上がっていた。
昨夜の戦闘が行われた場所が一番反応が濃く、そこから二つの痕跡が枝分かれしていた。

一つは港へ続く道、すなわち昨夜のスキュラの逃走経路である。
そしてもう一つの痕跡。これこそ西条が探していたものだった。
この痕跡を辿ればスキュラがどこから来たのかを掴む事ができるだろう。

西条と香上は頷き合うと、痕跡を辿り歩き出した。


歩き出したのも束の間、しばらくすると痕跡は一つの倉庫に続いていた。
二人は潜伏場所に続いていると考えていたのだが、倉庫に続く以外の痕跡は残っていない。
痕跡が残っているその倉庫は倉庫街の中でも一二を争うほど、傷みが激しかった。

外装のペンキ塗装は既に剥がれ落ち、雑草の蔓が壁面に絡みついている。
荷物を運び込む大型トラック用の入り口はシャッターが無くなっており、開け放たれていた。

二人はスキュラの痕跡を追跡するため、慎重に倉庫内に足を踏み入れた。

廃墟特有の埃っぽい臭いに、香上が顔を顰める。
歩を進めるたびに床に積もった埃が舞い上がる。

この倉庫がその役目を終えてから、かなりの時間が経過しているようだ。
倉庫の中を見渡しても、空っぽのダンボールが数える程度放置されているだけで人の気配は全く感じられない。

当然電気も送られてきていないが、大きな入り口から差し込む光に加え、所々屋根や壁に穴が空いており
そこからも光が差し込んでいるので調査を行うのに支障は無さそうだ。

「痕跡はどうなってるの」

香上が霊視ゴーグルを装着した西条に確認する。

「……どうやら、下水道を使って移動しているようだ。
かなり用心深い奴みたいだな。」

西条が指を差す。
そこには蓋が外されたマンホールがあった。

「どうする?中に入って調べる?」

「……いや、やめておこう。待ち伏せされていたら逃げ場がない。」

慎重な西条の言葉に香上も頷いている。
暗い地下で不意打ちでもされようものなら、とても対処できないだろう。

何か他の手がかりを探そうと現場に引き返そうとした時、香上の顔色が変わった。

「西条!」

相棒に注意を呼び掛ける。
西条の顔が引き締まり、香上のほうに目をやると見鬼君が激しく反応していた。

西条と香上は背中を合わせ、周囲を警戒する。

『ククク……どうやら馬鹿ではないようだな。
せっかく地下で出迎えてやろうと準備していたのだがな。』

声の方向に反応して視線を送ると、マンホールからフードを被った男が這い出していた。

「「スキュラ……!」」

西条と香上が腰の刀を抜き、身構えた。

























『……ほう、この短時間で私の正体を突き止めるとは、たいしたものだ。
で、どうするんだ?私に寄生されたこの哀れな男ごと私を切り刻むのか?』

何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべ、スキュラが囁く。
まだ人間の姿を保っているが、本体の意志はスキュラが握っているのだろう。

「ふ、スキュラに寄生された人間を救う方法くらい知っているさ。
要は貴様だけを取り除けばいいのだよ。」

『ククク、なら私はこのままの姿でいれば良いということだな。
さあ、どうする?私を取り除こうにも、表に出なければ無理だなぁ?』

喉を逸らせ、西条と香上を嘲笑うように高笑いをあげる。

香上は悔しそうに歯噛みしているが、西条は無表情にスキュラを見据えている。




次の瞬間、西条が一瞬で間合いを詰めていた。

「西条!?」

驚く香上を無視し、愛剣『ジャスティス』に霊力を乗せ、渾身の力を込めスキュラを薙ぎ払った。




『貴様ッ!』

スキュラも瞬時に足を変化させ、飛び退いて西条の斬撃をかわした。
『ジャスティス』を薙ぎ払った剣圧で埃が一気に舞い上がる。


「足の一本や二本、命が助かるなら安いものだろう。
貴様が下半身に寄生する魔獣という事はわかっている。
ならば下半身ごと切り落とすまでだ……!」

西条の予想外の行動に怯んだスキュラだったが、その目に浮かぶ覚悟を見て取り、忌々しげに舌打ちする。

『チッ……今までの甘ちゃんどもとは少し違うようだな……
楽に片付くならそれが一番なのだが……まあ良い。』

西条も間合いを取り香上の所まで退いた。

(香上……あいつが宿主を解放する訳が無い……多少の犠牲を払ってでも、強引に切り離すしかない……
その覚悟が無いなら……君に前衛は任せられない……)

西条が厳しい顔で香上に耳打ちする。

(……そうね……手加減できるような相手じゃないし……やるしかないわね……!)

香上も愛剣『ジャジメント』に霊力を込める。
彼女の霊力が西条ほど高くないので『ジャジメント』の放つ霊圧は『ジャスティス』には及ばない。
しかし、彼女の剣術なら充分な切れ味を発揮できるだろう。

『三人がかりで勝てなかったのに、二人で相手になるとでも思うのか?』


見下した笑みを口元に浮かべた男の両脚が膨れ上がる。
肉や骨格が変形していく不快な音が響き、昨晩の魔獣の姿に変化していく。


(狭い建物内では不利だ……外に出るぞ……!)

西条が香上に囁き、相手が変化している間に倉庫外に出る。



『逃がさん……!』

下半身を6個の獣の頭に12本の足を持つ、昨晩の姿に変化し終えたスキュラが地を駆ける。
12本の足を駆使した高速移動で距離を詰め、倉庫を出た二人に襲いかかった。




昨晩と同じように、戦闘はスキュラが圧倒的に有利に進めていた。
獣の口から放たれる高出力霊波砲、鋭い爪を持つ12本の足での打撃、そして相手の攻撃をかわす高速移動。

しかし、何故か西条と香上の表情には追い詰められている者特有の焦燥感は浮かんでいなかった。
そして実際彼らは傍目には追い込まれているように見えるが、実際には相手の攻撃を見切りつつあった。

それは彼らの戦闘経験の豊富さによるものだったが、
何より既に昨日の時点で相手の能力を把握していたのが大きかった。



スキュラも、当初は自分の有利に戦闘が進んでいる事を疑わなかったが、
いつまでも相手を倒せない現状に違和感を覚え始めていた。

(何故だ……たかが人間二人相手に何故、これほど時間が掛かるのだ……)

戦闘力という点から見れば、目の前の女より昨夜の吸血鬼の方が遥かに手強いのは間違いない。
だがスキュラは妙な『やりづらさ』を感じつつあった。

そして相手の攻撃が自分に触れ始めた頃、ようやく理解した。
まるで互いの心を読んでいるかの如く、この二人の動きには全く無駄が無いのだ。



同じ流派の剣術を修め、そして同じ武器を使用している事によって、二人は何も言わずとも
相棒の『攻撃範囲』『攻撃速度』『次に取る行動』を暗黙のうちに了解しあっていた。
長い付き合いからお互いを理解していたからこそ可能な戦術だった。

二人とも自分が攻撃を当てる事よりも、相棒の攻撃を当てるにはどうするべきかを考えて行動していた。
だからこそ、自分達より高い能力を誇る目の前の相手を、徐々にだが追い込み始めたのだ。



『おのれ……人間が……!』

自分が追い詰められつつある事を感じたスキュラが、焦りから強引に西条に襲い掛かった。

力任せに振り下ろされた一本の足が西条の体を砕く瞬間―――


その攻撃が来る事を既に知っていたかのような、完璧なタイミングでジャスティスが振り抜かれた。


―――スキュラの足が宙を舞う



相手の動きが一瞬硬直したその瞬間を見逃さず、流れるような動きで間合いを詰める。
身を翻し、遠心力を利用した閃光のような一撃が振り下ろされた。

























一瞬の空白の後、獣の頭部がゴトリと地面に落ちた。
断面からは紫色の血液が溢れ、スキュラの体を伝っている。

『貴ィ様ァァァァァァァ!!!!』

激昂したスキュラが怒りに我を忘れ、残った足を振り回す。
しかし冷静さを失った攻撃が当たる筈も無く、さらに幾つかの足を切り落とされる。

これで勝負がついたかと思った瞬間、一つ減り5個になった獣の口から光が漏れる。
怒りと共に放たれた霊波砲は二人を狙ったものではなくスキュラの足下に向けられていた。
地面のアスファルトが吹き飛び、辺りに砂煙が立ち込める。

予備動作を察知した二人は既に間合いを取っており、被害は無い。
恐らく、初めから二人から距離を取るのが目的だったのだろう。








(人間が……たかが人間が……人間の分際で…………!!)

舞い上がる砂煙のなかスキュラが怒りに身を震わせている。
その表情は湧き上がる怒りをこらえられず、醜く歪んでいた。

(『合流』すれば、この程度の奴らなど一瞬で……!
いや、駄目だ、ここでは不味い……!人間どもの『眼』がある……!)

天空に目を向け、何事か考えている。

(いや、落ち着くのだ……私はプロだ……ここに来た目的を思い出すのだ……)

強靭な精神力で湧き上がる怒りを無理矢理捻じ伏せる。
砂煙がおさまる頃にはスキュラの表情は平静なものに変わっていた。











(怒りにまかせて暴れるかと思ったが、冷静だな……

だが奴の能力は見切った……これなら僕達でも勝てそうだ……

奴の能力で最も危険な高出力霊波砲……どうやら移動しながら撃つ事は出来ないようだな……

6方向に向けて生えていた頭も一つ失い、付け入る隙も生まれた……

12本あった足も残りは8本……もう少し切り落とせば逃走すら不可能にできるだろう……)

西条はジャスティスを構えなおし、辺りを覆う砂煙がおさまるのを待っていた。







(ようやく相手の動きに眼が慣れてきた……それに足を失った事でさっきよりも動きが鈍る筈……

それにしても西条……さらに切れ味を増してるわね……一撃で切り落とすなんて、かなりの腕だわ……

最初は6個の砲台は厄介だと思ったけど……結局私を狙うのは一つだけなのよね……

西条もとっくに気付いてるみたいだし……この勝負、もらったわ……)

香上も状況を分析しながらジャジメントを構えなおした。






既に巻き上げられた砂煙はおさまっていたが、スキュラはその場を動こうとはしなかった。
フードから僅かにのぞくその表情は先ほどの怒りに我を忘れたものではなかった。
昨晩の見下した気配でもなく、先ほどの冷静さを欠いたものでもない、まるで無機質な冷たい空気を放っていた。

スキュラの気配が変わっているのを感じ、西条と香上が慎重に間合いを詰める。

二人が間合いを詰める間もまるで微動だにしない。

辺りの空気が緊張し、胸が苦しくなる。


―後10メートル……

―後5メートル……

―後3メートル……




スキュラが何の牽制も仕掛けてこなかったので、西条と香上が自分達のベストの間合いを確保していた。

全く動かない相手に妙な危機感を覚えながらも、残っている頭を切り離すべく、二人は刃を振り抜いた。



無防備なスキュラの首が二つ、宙を舞う。
振り抜いた刃を翻し、追撃を加えようとした刹那―――

『かかったな……!』


―――骨が軋むような不快な音が響き渡った。





「しまった……!」

寄生魔族であるスキュラにとって、頭部と足はまさに急所といってよい最も重要な器官だった。
西条と香上もそう考え、いかにその器官を削るかに集中して戦闘を行っていた。

そこに誤算が生じてしまった。
スキュラは残りの足を盾にし、西条と香上の攻撃を受け止めたのだ。

一度振りぬかれた刃を翻し、刃を加速させる寸前に自分の足を刃の軌道上に割り込ませる。
充分な加速を得る事が出来なかった刃はスキュラの足を切断するには至らず、骨で受け止められていた。


『捕らえたぞ……終わりだ、死ね……!』


ジャスティスを封じられた西条の腹部にスキュラの足がめり込み、放物線を描きながら西条が吹き飛ばされる。
凄まじい速度で宙を舞い、倉庫の壁面に激突し地面に崩れ落ちた。

「西条!」

同じように剣を封じられた香上が叫ぶ。

その声に反応したのか、呻き声をあげながら西条が立ち上がろうとする。
ジャスティスを杖代わりにして膝を立てたところで吐血し、倒れ伏す。

(仕込んでおいた結界札が一撃で焼き切れている……
いかん……香上……逃げるんだ……!)

スキュラの攻撃は何とか結界札で防いだが、壁に激突した衝撃でとても起き上がれるような状態ではなかった。
視界の向こうにいる相棒に向かって、逃げるように目で訴える。

『チッ……今の手応えは結界か何かを仕込んでいたようだな……まあ良い……』

倒れて動かなくなった西条のほうに目をやると、面倒くさそうに呟く。

『女……貴様は人間の分際で私の心を覗いた……楽には死なさんぞ……』

憎悪に歪んだ顔で香上を睨みつける。
ジャジメントを放し、距離を取ろうとしたが、それより早くスキュラの足に捕らえられた。

「う……ぁぁ……!」

ベアハッグのように宙吊りにし、苦しげに呻き声をあげる香上を締め付ける。
そのまま殺してしまわないように、死なない程度に力を調節している。

『このままじわじわと絞め殺すのも悪くないが……貴様には一つ役に立ってもらおうか……』

冷酷な笑みを浮かべると、今まで全く動こうとしなかった上半身の人間部分が身を乗り出す。


無造作に香上の胸元を掴むと、一気にシャツを引き裂いた。

「……くぅ……!」

締め付けられる苦痛に耐えていた香上の顔に、別の恐怖の色が浮かぶ。


『フン……やはりな、結界札を仕込んでいたか……』

服の中に仕込まれた結界札を見て、淡々と呟いている。
躊躇うことなく左手をかざし、結界札を掴む。
一瞬、激しい火花が飛び散ったが、すぐに結界札が燃え尽きてしまった。

『……なかなか強力な札だったようだが、私には通用しない。』

焼け焦げ、炭化した左手を見て、感情を込めずに呟く。

その時、死の恐怖とはまた違った恐怖を浮かべている香上に気付き、スキュラが嘲笑う。

『ん……なんだ、その顔は?
ああ、そうか……ククク、勘違いするな。下等な人間と交わるような趣味は私には無い』

そう言いながら右手の掌を香上の胸の膨らみに直接押し付ける。
少しまさぐると、動きを止めた。

スキュラの掌は香上の心臓に当てられ、その掌には心臓の鼓動が伝わってきていた。
恐怖に駆られ、その拍動は激しく、今にも張り裂けそうになっている。

「……汚い手で触るんじゃないわよ……!」

言葉とは裏腹にその顔に浮かぶ表情は、怯えて弱々しかった。

『ククク、良い表情だ……私の気分もだいぶ晴れてきたぞ……
それではな、女……お別れだ……』


スキュラが冷酷な笑みを浮かべた。

次の瞬間、激しい衝撃が香上の肉体を伝う。

焼けるような熱さと異物感を感じ、自分の胸元に目をやる。








スキュラの掌から『赤い槍』が杭打ち機のように飛び出し―――



(………………え?……)



―――寸分の狂いも無く自分の左胸―――心臓を貫いていた。


























自分の死を悟りながらも、香上の頭の中には映像が流れ込んできていた。

彼女の能力が、自分を貫く『赤い槍』にこびり付いた残留思念を読み取っているのだろう。


(……あの魔法陣は……それに、この槍……そんな……まさか……

……駄目……西条……こいつは……倒せな……い……!)


全てを読み取り、香上はこの事件の背景を理解してしまった。
これには下手をすればデタントを崩壊させるほどの『裏』が隠されていた。
いや、それこそが彼らの目的なのだろう。


























「か、香上……

……香上ィィィィィィィ!!!!」

目の前で串刺しにされた相棒に、地を這いながら西条が慟哭する。

香上は明らかに急所を貫かれていた。

殆ど、即死だろう。

スキュラは慟哭する西条を満足げに見やると『赤い槍』を掌に収納し、香上を放り投げた。

放り投げられた香上を受け止めた西条は、香上の肉体の違和感に目を見開く。
何故か香上の肉体は温もりを殆ど失っていた。
香上の顔色は青白く、胸の傷口からも殆ど出血していない。
傷の場所が心臓なだけに出血がないというのは通常有り得ない。

香上の口元が僅かに動いているのに気付き、西条が耳を寄せる。



「……奴ら……富士……山の……洞窟……に……」


途切れ途切れになりながらも、最後の力を振り絞り、相棒の力になろうとしていた。


「……早く……逃げ……て……奴……には……勝てな……」


西条は抱きかかえる女性から魂が失われたのを感じてしまった。



「香上?……香上!?……おい!香上……!!
死ぬな!死ぬなよ!……君はそんなに弱くないだろう!?」


力尽きた相棒の肩を掴み、必死に声をかける。
そこに居たのはいつもの気取ったエリート捜査官ではなく、親友を失う恐怖に駆られた一人の男だった。

『ククク……アハハハハハハハハハ!!
心臓を貫かれて、血液も殆ど吸い取られているんだぞ!?
「死ぬな」だと!?無茶を言ってやるなよ!!ハハハハハハハ!!』

既に死体となった女に縋りつく男を見て、スキュラが仰け反って大笑いしている。

笑っているがスキュラのダメージも深刻だった。
二人の斬撃を止めるために盾にした足は使い物にならないだろう。
結局残ったのは3個の頭と6本の足だけだった。
最初から考えると丁度戦力の半分を失ってしまっていた。
さらに体に残った魔力もほぼ底を尽きかけていた。
早く『合流』して補給しなければこの体を維持できなくなるだろう。

(……この男も殺しておきたいが……まあ良いか。これ以上の戦闘は避けたい所だ……
私の心を覗いた女は始末したしな……これで計画を妨げるような危険は無くなっただろう。)

女を躍起になって始末しようとしたのは、心を読まれ計画の邪魔になる可能性があったからだ。
計画の妨げにならない目の前の男は放っておいて良いだろう。
計画さえ発動すれば誰が何をしようと無意味なのだから。



『さて、では私はこれで失礼するぞ。ついてくるなら好きにするんだな。』

スキュラはニヤリと西条を一瞥すると、即座に下水道が繋がっていた倉庫に飛び込み、離脱していた。





後に残されたのは主を失った『ジャジメント』と傷付いた西条。

そして儚くその命を散らした、香上春夏の遺体だけだった。


























どれくらいじっとしていたのだろうか?

それは僅か数分かもしれないが、西条の中では永遠とも思える時間だった。

よろよろと立ち上がると、懐から携帯電話を取り出す。

スキュラの攻撃から僅かに逸れていたので、液晶にヒビがはいっただけで壊れてはいなかった。



数回のコールの後、聞き慣れた声の女性が電話に出てくれた。

「どうしたの西条君?何か進展でもあったの?」

「……………………」

「西条君?」

受話器の向こうのただ事ではない空気を感じ美智恵が問い返す。

「……さきほど昨夜の現場で……待ち伏せしていたスキュラに襲撃され……」

機械仕掛けのように淡々と事実だけを報告する。
その声には一切の感情が込められていなかった。

「……西条君、大丈夫なの?」

「……スキュラに襲撃され……香上が……」

「香上さんがどうかしたの!?」

「……香上が…………死亡しました……救急車の手配をお願いします……」

「ちょっと!西条君!?さいじょ…………」

そこまで伝えたところで西条の手から携帯電話が滑り落ちた。

落ちた電話を見ながらも拾おうともせず、冷たくなりつつある相棒のもとに戻る。





息を引き取った彼女の体を抱きしめる。
すでに白くなった香上の頬に水滴が落ちた。

雨かと思い空を見上げるが、曇ってはいるが雨は降っていない。




(ああ……僕の涙か……)

気が付くと、いつのまにか自分の眼から涙が溢れていた。




誰よりも長く、それこそ尊敬する師よりも古い付き合いだった。

子供の頃、一緒に剣を振るい稽古に励んだ日々が昨日の事のように思えた

お互い異性として意識した事もあったが、結局は悪友のような関係に落ち着いていた。

今では体に染み付いてしまった気障な仕草も、彼女の前では自然に振舞えた。

一年前、彼女がヨーロッパから日本に移ってからは組んで捜査にあたる事が殆どだった。

幾つも事件を解決し、美智恵も最高のチームだと誉めてくれた。





今までの思い出が津波のように押し寄せ、西条は嗚咽すら上げずに、無言で彼女の体を抱きしめていた。

美智恵やピートが救急隊と共に駆けつけても、その眼から溢れる涙が止まる事は無かった。










西条自身も深いダメージを負っていたので救急車で病院に運ばれようとしていた。
救急車の中で美智恵が西条に話し掛ける。

「西条君……いまは辛いと思うけど……何か……手がかりは見つかった……?
香上さんの仇を討つためにも……今は少しでも情報が必要なの……」

美智恵が横たわる香上の遺体に目を向ける。
彼女も大切な部下を失い、心が悲鳴をあげていた。
だがそれでも、犠牲になってしまった部下の為にも自分は気丈に振舞わなければならない。



俯いたまま美智恵の質問を聞いていた西条がポツリと答える。

死ぬ間際に最後の力を振り絞って香上が伝えてくれた事が脳裏に浮かぶ。


―――奴らは富士山の洞窟にいる―――


「……いえ……奴が地下水道を移動している事が……わかっただけです……」

「……そう……」

俯いたままの弟子を見るのが辛く、美智恵は西条から目を逸らした。
もしもこのとき彼女が注意深く彼の様子を探っていれば気が付いただろう。

彼の瞳に宿る、暗く冷たい光に。

(……香上、約束する……奴は……僕がこの手で地獄に送ってやる……)

遺品となった彼女の剣を握り締め、西条は心の中で誓っていた。



























―後書き―

少々暗めな話になります。

人が死ぬのはGSらしくないかなと思いつつも、危険な仕事なんだから死ぬ時は死ぬだろう、と。

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