ザ・グレート・展開予測ショー

唐紅 (シロファンの方はご注意下さい)


投稿者名:症状太夫
投稿日時:(05/ 7/24)






 幸い彼女の前髪は一房、間中だけ鮮やかな赤で人の目を惹いた。

 深く面を下げて歩く彼女の姿は、この人ごみの中でも目立っていたが。

 幸か不幸かその赤い一房が人の目を惹いたせいで、彼女の真っ赤な瞳と涙が誰かに見られることはなかった。







 唐紅







 緑の蔦が縦横無尽に走っている。まばらに見られる大きな節くれは、生の全てを終えて力尽きた老婆のしわがれた手のようであり。また、寂びれてなお生に執着する老婆の孫を守る手のようでもあった。静かで尊厳で、外を拒絶している。

 鬱蒼と茂る木々に守られたその古びた洋館は、ベルも鳴らさず足を踏み入れた彼に無言の圧力をかける。道を行くものの視界を遮る様に生え伸びた木々は、俺がきちんとした訪問客だった場合、その広がる葉が玄関までの小道にまで伸びることを自粛しただろうか。影と草花で石畳を隠しはしなかっただろうか。軽く頭を振った。栓がないことだった。

 軽い気持ちで覗いたのだ。これから除霊を行う予定だったその廃墟同然の洋館は、それまで除霊に赴いた同業者が揃って首を捻る不思議な場所だった。霊力の痕跡はある。ただ、霊本体が見つけられないのだ。実際そこに居たそれは量産品の「見鬼くん」をかわす程度には力を持っていたし、大きな組織に睨まれて検索に長けた能力者と戦闘に長けた能力者が同時にやってきた場合に目的が達成できなくなることも知っていた。

 先日正式に美神除霊事務所の社員に昇格した横島忠夫が、所長である美神に、経験のためにと渡されたのがこの仕事だった。純粋にダメージを与えるということのみに関しては所長も認めざるを得ない能力を発揮している彼に、その彼特有の力の広範囲の使い方を、多少荒くも実践で覚えさせようという彼女なりの気遣いだった。彼女自身の情報網で、此度相手取る霊は低級の霊能力者でさえ隠れてやり過ごしたことが解っていたし、最近武人として完成しつつあるシロをつけることで、慣れぬ索敵作業に手間取る横島の隙を万が一相手がついてきた場合も余裕を持って柔軟に対応できる。そう考え、美神は二人に特別道具を選んで無理に持たせることをしなかったし、無理に呼び止めて現場も見ずに助言をしようともしなかった。ただ、相手が周到だったのだ。

 その洋館に構えて横島を待っていたのは魔族だった。

 私怨か功名か、後に捕えたが口を割らせる前にに怒りで後先の見えていなかった美神令子が殺してしまったため理由を聞き出すことはできなかったが、文殊の利益を狙っていたわけではなかったようだ。メフィストだろうか、それとも美神令子だろうか。無表情に昆で叩き続ける彼女の目元から、涙が流れていたのだ。彼の体は見つからなかったが、彼女の魂が解ってしまっていた。

 殺されてしまったのだ。







 シロがはやる気持ちを抑えつつ、ちょっとした郊外、本来息を切らすような距離ではないところを胸を上下させつつ走り終えたとき、その洋館の前に立っているはずの横島忠夫、彼女が言うところの先生は居なかった。

 そこには今回の除霊対象の洋館が静かに鎮座しているだけ。

 緑の蔦は縦横無尽に走っている。それは素肌を這いずる小虫のように、シロ自身には嫌悪感を与えるものでしかなかった。生々しく肌が不快に反応する。彼女の視界を遮るように広げられた木々の葉も彼女を苛立たせる。なんだろうか、自分はそんなに先生が先に来ていないことに苛立っているのだろうか。いや、待つことも楽しもうと打ち合わせの20分前に来たのは自分だ。ただ、彼の人ならばそれより先に来てくれるのではないか、と妙なことを思った自分がいたのも確かだったが。

 犬塚シロが不快を感じた一番の理由は、そこにしっかりと先生の臭いを感じ取ったことだった。先ほどまで居た、のだ。確かに。それだけならば良いのだけれど、不愉快なのはその"臭い"がどこにも続いていないこと。まるで突然ここで消えてしまったかのように。

 それにもう一つ不愉快なこと。この洋館の、悪趣味な赤い石畳の上。視界の隅で、道の中心に更に悪趣味な赤い花が咲いているのを見つけた。本当に不愉快だ。道の真ん中にあんな悪趣味な色の、悪趣味な扁平な花など。正気の人間が植えるものではないと、特別植物を愛でる趣味がある訳でもないのに憤慨した。本当に、正気の沙汰だとは―――



 認めろ、犬塚シロ。自分はそんなに弱い者だったか。

 あれは彼の人のバンダナではないのか。



 そしてその花を中心に大きく広がる、赤い赤い誰かの血。







 横島忠夫は先に来て自分の弟子を驚かせてやるつもりだった。なんでもない、気まぐれだ。そして軽くその洋館を外からでも覗いてみようと思ったのも、気まぐれだ。弟子に負担がかからないようになどと考えた訳ではなかったが、まぁ外からでも見ておいた方が後々楽だろうと、その程度のことを考えていた。そしていざ覗いてみようと思ったら、木々が邪魔をして思いの他中を窺うことができなかったのだ。だから、少しくらい足を踏み入れようと思った。そのくらいなら、大丈夫だと思った。

 ただ、彼の弟子が守るはずだった背中は何の抵抗もせずに大きな音を立てて切り裂かれていた。気づいたときには、すでに指も動かせず、ただ漠然と死のイメージが浮かんでいた。







 本能にまかせてシロが破壊の限りをつくした洋館の跡地。目的を達した魔族はシロが来たころにはすでに去っていて、彼女はただのなんでもない洋館を破壊しただけだった。

 件の魔族を捕まえたという情報が美神美知恵から入ったとき、慌てて駆けつけたシロが見たのはすでに事切れた魔族の姿だった。美神令子がそれをなしたのだと聞いたとき、やりきれぬものを感じる自分と、これで良いのだと納得する自分がいた。ただ、納得できたからこそこの場に一人で座っているのであって、やはりあれで良かったのだと今納得することにした。



 霊波刀を自分の腹にあてる。



 シロは一度目を瞑って、木々をなぎ倒し手に入れた晴天を見上げた。すっと一度、綺麗な空気を吸い込んで青い空の果てを凝視する。

 思い出すのは、依頼を受けた日の前日のこと。















「アンタに大人の女は無理ね」

 ソファーに寝転がり、女性誌を読んでいたタマモがシロに言った。買ったばかりの、まだ読んでいない雑誌を童心の興味本位丸出しの様子で貸してくれと言われたのだ。普段通り、禍根の残らぬ口喧嘩の火種だったのだろう。タマモも暇を持て余していて、誰でも良いから構っていたかったのかもしれない。そんな、普段の煽りではあったが、最近彼女自身の先生を妙に意識しだしたシロにとってはそれが譲れないところになりつつあっていて。

 翌日、所長に横島と二人で依頼をこなしてこいと言われたとき、それをデートに見立てたのだ。ただ、それは背伸びだったのかもしれないけれど。それはシロにとってとても大事な大事なことで。

 タマモがソファーの上に投げ出していった雑誌を拾って覗き込んだ。偶然開いたページ。詰まらないアンケート。本当に何でもない、どうでも良いこと。



 "カレシとの待ち合わせ、待つことor待たされることに貴女は幸せを感じるタイプ?"



 ただ少しだけ、真似事をしてみたかっただけなのに。



 もう一度空を見上げて、腕に力を込めた。叫びだしたくなるのを精神力で押さえ、無理に空を見上げた。

 喉元から競り上がる血が彼女の口元を大きく濡らしたとき、最後に。このまま前に倒れてしまっては、目元の涙が零れてしまうではないか、と。どうでも良いことを思った。







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