ザ・グレート・展開予測ショー

灰色の街


投稿者名:おやぢ
投稿日時:(05/ 7/23)

コンクリートの壁が無機質な街を彩っている。
灰色の街。
人という生き物も灰色の方が好みらしい。
白でもない、かといって黒くもなれない。
どっちつかずの生き方というのが、ある意味理想系なのかもしれない。







俺がお偉いさんから受ける仕事は、ロクなものがこない。
まぁ以前、魔族の過激派に所属していたから仕方のない事なのではあるが、
それにしてもいいように利用しやがる。
警察やオカルトGメン、果ては強欲な民間GSでさえやりたがらないような
仕事が回ってくる。
それを回してくるのが、政治家や官僚、警察の上層部だというのだから
この国は立派にエゴイストな国の影響を受けているのだといえる。
まぁ俺みたいな裏街道を歩いてきた奴には、お似合いの仕事ともいえる。
今回の仕事もいつもと同じようなモノだ。
例のように例の如く、依頼は一方的なものだ。
有無を言わさずってヤツだ。
真昼間の公園。
オフィス街の近くとあって、サラリーマンやOLの姿も見える。
ベンチに座った相手が、俺に茶封筒を渡す。

「報酬は1千万、前金で500。期日は守ってくれよ・・・」

サラリーマンというには、鼻につく態度だ。
エリート意識ってヤツなのだろう。
俺には関係のない世界だ。
封筒の中に入っている写真を取り出すと、僅かばかり動揺した。

「そいつの名は陰念。ウチの子飼だったんだがね・・・知りすぎたってヤツさ。
アンタの元同僚だろ?手の内は知ってるはずだ、アンタにとっちゃ簡単な仕事だろ?」

男は嫌味な笑いを口元に浮かべるとベンチから立ち上がった。

「よろしく頼むよ。」

そう浮言のように呟いて、雑踏の中に消えていった。
灰色の街に不似合いな木々の緑と青い空が、俺の気分を逆撫でする。
こういう濁った気分の時には、あまりにも不似合いすぎる。
飲めない酒でも流し込みたい気分になった。






簡易ベットが1つだけの何も無い部屋に戻る。
封筒の中身をひっくり返し、資料に目をやった。
ヤツの生まれてからの経歴、どういう人に出会いどういう人生を過ごしたか
そういうことは一切書いていない。
現在のヤサ、行動範囲、状況・・・必要以上の事は記されていない。
今のアイツのヤサは〇〇県、仕事の度に上京してきているらしい。
資料に目を通すと何もない流しに行き、それに火をつける。
GS試験以来会っていない、あまり気にも留めてなかった。
だが気分がいいものではない。
最も、仕事をする前はいつもこんな気分になる。
ただそれが知っているヤツか知らないヤツかそれだけの事だ。
資料が完全に灰になるのを確認すると、ベッドに向かい身体を横たわらせた。
とりあえず思考はやめよう・・・無意味な事だ。
目蓋を閉じ何も考えず寝る事にする。

次に目を開けた時はすでに日が沈んだ時間であった。
嫌な事はすぐに忘れる性格なのだが、さすがに今回だけは違っていた。
とりあえず眠れただけマシだ・・・そう思う事にしておこう。
黒いコートを背負うと俺は部屋の扉を開けた。
気分がどうであれ腹だけは空く。
あそこにでも行くか・・・・







俺のヤサとそう変わらない、いやそれ以上のボロアパートに着く。
軋む階段を2階へと上がる。
部屋の主が今日はいるらしい、テレビの音と人の気配がする。
俺は無作法にドアを開けた。

「なんだ・・・お前かよ。またタカリにきたんか?」

部屋の主は不機嫌そうにそう応えた。

「ここへくると、とりあえずコレだけはあるからな。」

主が食していたカップ麺を見ながら俺はそう言った。
呆れた顔をして主はテレビの方へ再び目を向ける。
乱雑に置かれているカップ麺をいくつか物色する。

「キツネうどんは食うなよ、タマモのだからな。燃やされても知らんぞ・・・」

俺に目を向けないままに主がそういう。
そういわれて大きめのラーメン系を3つばかり取り出し、やかんを火にかけた。

「あ〜食った食った♪」

食い終わり主は、空になった容器を適当に置いた。
俺は火にかけたやかんをじっと見たままだ。
主が俺の方を見ている。
確認したワケではない。
そういう気がするのだ。

「おい・・・」

「ん?」

背中を向けたまま俺は返事を返した。

「なんかあったのか?」

「いや・・・」

「そっか・・・」

主は再びテレビの方を向いた。

「わははははは!!こんな女がそう簡単にひっかかるワケねーだろ!
現実はそう上手くいかねーって!!」

やらせ風の番組に文句をつけている。
モテる奴は許さない、主のいつもの日常だ。
火にかけたやかんが、音を立てだす。
部屋の中にテレビの乾いた音だけが、無意味に流れていた。







繁華街の裏通りを歩く。
雑踏と喧騒を少しだけ外れた道だ。
チンピラや娼婦がうろうろしている。
一般の人間はあまり通らない。
いや通りたがらないと言った方が正解だろう。
掃き溜めみたいな場所だ、普通の生活をしている人間が踏み込むと
アリ地獄のようにズルズルと引きずり込まれて身包み剥がされてしまう。
たまにそのアリ地獄に嵌り、落ちた野郎どものエサになる奴らを見かける。
テレビなどで見かける追跡24時間なんてかわいいもんだ。
テレビの追跡を表だとすると、ここはその真逆。
華やかな表があれば薄汚い裏がある。
夜の世界なんてそんなもんだ。
いや夜に限った事ではないのだろう。
裏を歩き続けてきた俺にはこういう通りがお似合いだ。
ただそれだけの事だ。
古びた雑居ビルの前で足を止めた。
飲み屋が数軒入っている。
入っているとはいうものの、現段階で営業しているのは2軒ほどだろう。
後は看板があるだけで、すでに灯りは消えている。
酸えた臭いのする階段を上がり目的の場所へ着いた。
塗装のニスが剥がれかけたドアを開ける。
いかにも安普請の店、場末の飲み屋と表現した方が正しいのだろう。
店の中には女が3人、客は2人いた。
カウンターの客はあまり言葉は発せず目の前に置かれたグラスを眺めている。
店のママらしい女が手持ち無沙気にタバコを吸っていた。
ボックス席の客は従業員の女を両手に抱えて談笑している。
いわゆる両手に花ってヤツだ。

「いらっしゃいませ。」

長い間客が入ってこなかったせいなのだろうか、店の空気が変わる。
従業員だけでなく客も俺の方を向いた。
ボックス席の男は俺の方を向いたまま呆気にとられていたがボツリと呟いた。

「雪之丞・・・・」

「よぉ・・・・久しぶりだな。」

俺はボックス席の方へ足を進めた。
紺のストライプのスーツに、胸を開けたシャツを着込んだ男・・・そいつの隣に座る。

「ちょっと二人で話があるんだ、下がってくれねーか。」

女が俺に話しかける前に、それを制すとカウンターの方へと戻らせた。
男が顎でしゃくって座るように促すと、俺はそれに従いコの字型のボックス席に腰を降ろした。

「久しぶりだな、一瞥以来か・・・」

男はテーブルに置いてあるブランデーで水割りを作ると、俺の前に置いた。
昔、ある魔族の下にいたとき同じ釜のメシを食った仲だ。
そして今回のターゲット・・・
俺は奴が勧めるままに、水割りのグラスを口にした。
しばらくぶりだというのに、会話はあまり進まない。
尤もあまり仲が良かったというワケでもなかったから、当然といえば当然だ。
陰念はポツリポツリと話す。
昔みたいに粋がってはいない。
自分の器を知ったと奴は言った。
この仕事をやっていけるのは、特別な人間だと。
自分も特別な人間だと思っていた・・・しかし身の程を知った・・・・と。
“才能だけじゃない、死ぬ思いを何度もしてみろ”
口から出掛かった言葉を、俺は水割りと一緒に飲み込んだ。


30分程経つと、陰念は立ち上がった。

「出ようか・・・」

短くそういうと、カウンターへ向かった。
万札を渡し、釣りは受けとらなった。
再び、酸えた臭いのする階段を降る。
外に出ると、同じ方向へ歩いた。
店を出てから、どちらからも言葉はでなかった。
2〜3分歩くと、工事が中断しているビル現場があった。

「バブルの遺物か・・・俺と同じだな・・・」

寂しそうな目を浮かべ、奴が言った。

「お似合いの場所だな・・・」

そういって、俺の方を向く。

「さぁ・・・始めようか・・・」

すべてを理解してたかのように、奴はコートを脱いだ。






実践をかなり経験していた陰念は、以前より腕を上げていた。
しかし、俺はそれ以上に成長している・・・
奴の攻撃に俺は魔装術さえ出す必要がない。
俺の魔装術と違い、奴の術はまだ不完全だ。
魔が奴の身体を蝕んでいく。
俺は攻撃の手を止めた。
自分でも限界が判ったのだろう、奴は術を解いた。

「自分では結構修行したつもりだったんだけどな・・・」

諦めたように呟くと、すべてを悟ったかのように天を仰いだ。

「星も見えねーのかよ・・・この街は・・・」

俺も左手をポケットに突っ込むと、同じように天を仰いだ。

「そうだな・・・・・・・・・・・」

ふいに左手に何かが触れた。
思わず苦笑してしまう。

「おい・・・覚悟はいいか・・・」

天を仰いだまま俺は言った。

「あぁ・・・早いとこやってくれ・・・」

陰念は天を仰いだまま、目を閉じた。
俺は左手をポケットから出すと、念を込め左手を光らせた。
そして奴の胸に拳を埋め込んだ。



陰念という奴が死んだ。



魔族の下っ端をやった挙句に、裏街道を歩き、
誰にも気にされないまま死んでいった。
奴の人生は、使い捨てだった。
魔族に・・・そして組織にだ。
誰にも気付かれず、そして誰にも悲しまれず・・・・
そんな男がいたということも忘れさられて。





いつものように、仕事が終わると始末屋に電話を入れる。
遺体・・・いや死骸を処理するのだ。
それさえ出てこなければ事件になる事すらない。
まして、気にされもしなかった男だ・・・話題に上る事もないだろう。
麻の袋に入れられ、車に放り込まれた。

「おい・・・今回はそれ、燃やしてくれ。」

始末屋に声をかけた。

「えらく念入りだね・・・」

「あぁ・・・いちおう知り合いだからな。
ちゃんとしてなくても火葬くらいにはなるだろ・・・」

「骨も残らんけどな・・・」

始末屋はそういって、トランクを閉じた。

「おつかれさん・・・」

始末屋はそういって残金を渡すと、車に乗り込み去っていった。
車の音が聞こえなくなると、俺は再び天を仰いだ。
星は輝いていなかった。











数日前と同じように、俺は昼間の公園にいた、

「今回は、早かったな。」

相変わらずいけ好かない男だ。
仕事が早かったせいなのか、いつもより言葉が軽い。

「あぁ・・・あちらさんも覚悟決めてたようだったしな・・・」

俺は一瞥しただけで、顔を見る事はしなかった。

「今度からもこれくらい早いと嬉しいんだがな・・・」

男はそういって、封筒を差し出した。
俺は受け取ると、無造作にポケットに入れた。

「また次も頼むよ・・・」

俺の肩を軽く叩くと、男は立ち去っていった。
俺もアイツのように“処分”される日が必ずやってくるだろう。
もっとも、大人しく“処分”される気は毛頭ないのだけどな・・・
ベンチに凭れかかって、空を仰いだ。
上空に飛行機雲が一直線に続いていた。
今頃、奴も空を眺めているのだろうか。











“あの野郎は、そういうセンチメンタルは持つわけ無ぇか・・・”
能力を封印され別人になった奴の事を考えると、失笑が漏れた。
偽造パスポートに渡航代・・・今回の稼ぎはほとんど消えてしまった。
それでも数万くらいは残っている・・・
赤貧で喘ぐダチに、たまには礼も兼ねてラーメンでも持って行ってやるか。
文珠の礼を思いつくと、空を仰いだまま俺は笑った。
灰色の街に、不似合いな青い空が広がっている。
俺は、不似合いな青い空が嫌いでなくなっていた。






   ---END---


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