ザ・グレート・展開予測ショー

終わりと始まりの狭間に


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/ 7/22)




 アシュタロス事件が収束した直後の、その傷跡がまだ癒えぬ頃……
 妙神山では仮の住居が建てられ、小竜姫を始めとする住人達はそこに身を寄せていた。
 その中にはアシュタロスの元部下であるベスパとパピリオの姿もあった。
 だが、ベスパは先の戦闘で受けた傷が完全に癒えておらず、大事を取って数日ほど床に伏せていた。
 その間にも事後処理のために尋問などが続き、ベスパは次第に口数と感情の変化が少なくなっていった。


 そして今日も、小竜姫達はベスパの部屋を訪れていた。
 それは尋問のためではなく、彼女の今後の身の振り方について希望を聞くためだった。
 しかし、ベスパは黙って外の景色を眺めるばかりで、何も答えようとしなかった。


「返事ぐらいしたらどうなんだてめぇ!!ずっと黙ってたんじゃ話が進まねぇだろうが!!」
 ベスパの部屋から、粗野な男の怒声が響いていた。
 その声の主……龍神族のヤームは額に血管を浮かび上がらせ、今にも殴りかからんとする形相であった。
 興奮するヤームをジークが押さえていると、小竜姫が口を開いた。
「あなた達はアシュタロスの支配から解かれ自由となりました。ですが、これだけの事件を起こした手前あなたやパピリオを快く思わない
 連中がいるのも確かです。身の安全のためにも、当分はどこかの組織に所属していた方がいいでしょう。
 もちろん、パピリオと同じようにここに残ってもらっても構いませんよ?
 焦る必要はありませんから、じっくりと考えてあなたの意見を聞かせて下さいね。」


 それだけを言い残し、小竜姫達は部屋を出て行った。
 ベスパはただ、無言のまま遠くを見つめるばかりであった……






 目の前には夜空が広がり、その下で煌々と燃える巨大な灼熱の玉がゆっくりと沈んでいた。
 そして自分はそれを、ただじっと見つめることしかできなかった。
 沈みゆく炎の中にゆらめく人影。
 その姿はとても美しく、そして儚く……哀しかった。
 何かを叫ぼうとしても、何一つ声にならない。
 心が引き裂かれんばかりの哀しみだけが、全身を貫いていた。




 アシュ様……!




 そんなになって……それほど死が望みなのですか!?




「……!?」
 息を荒げながらベスパは床から飛び起きた。
 視界は闇に包まれ、静寂だけが広がっていた。
 全身に嫌な汗をかいていることを感じ、音を立てないようにそっと立ち上がる。
 すぐ隣には、幼い外見の妹が静かに寝息を立てていた。


(また……同じ夢を……)


 障子を開け縁側に出ると、涼やかな風が頬をなでていく。
 空を見上げると、光の粒が散りばめられた満点の星空が広がっていた。
 それをじっと見上げていると、キシ…と床板を踏む音が聞こえた。


「……眠れないのか?」


「……。」


 そこに立っていたのは銀髪の青年魔族……
 魔界正規軍情報士官のジークフリードだった。
 つい数日前まで敵と味方に分かれて戦っていた相手だ。
 だが、彼に話すことなど何もない。
 かといってすぐに部屋に引き返す気にもなれず、ベスパはその場にたたずんでいた。
 何も答えずに夜空を見つめるベスパと同じように、ジークもまた星空を見上げたまま黙っていた。


 しばしの沈黙の後、夜空を見上げたままジークが口を開いた。
「もし自分の行く先を決めかねているなら……軍に入ってみないか?お前のように優秀な戦士が入隊してくれるとありがたい。
 先の事件のおかげで、魔界も混乱しはじめているんだ。」
 軍への誘いというのは様々な意味で魅力的な話であったが、今のベスパにとってそれはただの雑音にしか聞こえなかった。
 今はただ、静かに空を見ていたかった。
「悪いけど……1人にして欲しい……。」
「そうか……邪魔をしてすまなかったな。だが、もし答えを探しあぐねているのなら自分の気持ちに耳を傾けてみるといい。
 パピリオが言っていたよ……どこかお前は無理をしているんじゃないかと。」
「……!!」
 そうとだけ言い残し、ジークは自分の寝室へと戻っていった。
 1人残ったベスパは、妹の鋭さにため息をついていた。
 縁側に腰を下ろし、再び星空を見上げていた。
(自分の気持ち……か)
 ベスパはふと思い出したジークの言葉を思い出し、考えてみた。




 創造主であり、父であり、愛する人であったアシュ様。
 彼の真の望みが彼自身の滅びであると知ったとき、言いようも無いほど哀しかった。
 それでも私はアシュ様に忠実に付き従った。
 それが、自分にできる唯一の愛情であると思ったから。
 やがて全てが終わり、とうとうアシュ様はその望みを叶えられた。
 これでよかった……私もそう納得していた。


 ……納得していたはずだった。


 それなのに、なぜこんなにも寂しいんだろう。
 私の中にある大切なものがぽっかりと抜け落ちてしまったような……
 私はこれからどうしたらいいんだろう……
 何のために生きていけばいいんだろう……


 わからない……


「アシュ様……姉さん……私……。」


 気付いたときには、ひと筋の涙が頬を伝っていた。
 今まで押さえ込んでいた、愛する人と家族を失った哀しみがベスパを包んでいく。
 そして、彼女は今まで避けてきたその感情に身を委ねてみることにした。
 月明かりと星空だけが、彼女の涙を知っていた……






 それからどれくらい経ったのか。
 哀しみという雨が通り過ぎた後、なぜか気持ちは晴れていた。
 心に重く立ちこめていた黒雲が消え、澄んだ風が吹いていくような。
 今まで閉ざされていた世界が、ゆっくりと開いていく。
 そんな気がしていた。
 そして今、ベスパには誰かのためではない、自分自身の進む道が見え始めていた。







「一晩考えてみたんだけど……私は軍に志願するよ。」
 翌朝、食事のために集まった席でベスパは言った。
 一同はあっけにとられていたが、いち早く小竜姫が気を取り直して尋ねた。
「それは結構なことですが……なぜ急にそう思ったのです?」
「私が元々それ向きなのと、ジークに勧められたから……かな。今回の事件で、魔界も状況が不安定になりつつあるみたいだし……
 せめてそれを食い止める手助けができればと思ってさ。」
「じゃあ……もう一緒に暮らせないんでちゅね……。」
 それを聞いたパピリオは、とても寂しそうにポツリと呟く。
 ベスパはパピリオの前にしゃがみ、くしゃっと頭をなでる。
「ずっと会えなくなるわけじゃないんだよ。時々会いに来るから、パピリオも頑張りな。」
「ベスパちゃんも……頑張ってくだちゃい。」 
 しっかりとパピリオを抱きしめた後、ベスパは体を離し立ち上がる。
「それじゃ早速だけど……案内してもらえるジーク?」
「わかった。魔界では姉上の所で世話になるといい。それでは行くぞ。」
「ああ……!!」


 ジークとベスパは魔界へのチャンネルを開き、ゲートの向こう側へと消えていった。




 力強く、そして美しき蜂の魔族ベスパ。
 道具として作られた彼女はその使命を果たし、今新たに『自分自身』としての生を歩み始めた。
 アシュタロスも、きっとそれを喜んでくれると信じながら……


 

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