ザ・グレート・展開予測ショー

せーさくかいぎ


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 7/21)

 ブラジルとペルーとの国境付近……アマゾン源流の一端に程近いジャングルの地下で、一つの兵鬼が創造主に向けて一つの報告を為す。

「アシュタロス様――ヒドラ……沈黙いたしました」

 その報告は……月の持つ魔力を地球にあるアジトに向けて送信し、この穴倉の主である反逆の魔神・アシュタロスの野望……宇宙そのものを根本から変換するという大規模な計画に必要なだけの力――二、三万もの欲に溺れた人間の魂を精製し、純化させたものに匹敵するだけの力――を受け渡す、という遠大な計画の失敗を意味した。

「そうか……土偶羅、仮送信で受け取ることの出来た魔力は――」

「当初の予定の1%でございます」仮送信とはいえ、受け取ることの出来た魔力はゼロではなかった。だが、本来必要な分量には到底足りるものでもない。

 つまり、この確認を以って、彼らの取る計画は『エネルギー結晶を持つ、魔族・メフィストの生まれ変わりの時間移動能力者』の魂の確保へと移行することになった。

 ……となると、問題が生じてくる。


 アシュタロス自身の力を持ってすれば、一気呵成の電撃戦で冥界と人界とのチャンネルを封じ、無人の沃野を往くが如くにメフィストの生まれ変わりを探し出すことも可能かもしれない。



 だが、その可能性も、『アシュタロスの力が完全ならば』という但し書きがつく。



 千年前のメフィストの造反によってエネルギー結晶を失ったことにより、“宇宙処理装置”や“究極の魔体”の建造に自らの力を割かざるを得なくなり、アシュタロスそのものの力が完全ではなくなってしまった現在、アシュタロスが単独で行動するということは、どうしても察知されるというリスクを生じてしまう。

 行動するまでは一切動きを察知させず、ひとたび行動すれば神界・魔界からの介入を許すことなくことを収める――それが出来なければ、待っているのは失敗……そして、転生させられて、再び悪役を演じるだけの無為な日々だけだ。

 いや、悪くすれば、現在の矛盾を抱えた魂を書き換えられ、疑問を感じることなく悪役を演じさせられるように作り変えられるやも知れない。


 だからこそ――失敗は、許されないのだ。

 自らの居場所を察知されることなく人界の霊的拠点を破壊し、冥界とのチャンネルを封じるには、手足となる眷属が必要となる。

 とはいえ、大方の戦力を割いて行った月での作戦行動が失敗に終わった現在、先程アシュタロスにヒドラの沈黙を報告した兵鬼――土偶羅魔偶羅という名の、土偶を素体とした兵鬼をはじめとした兵鬼は存在するが、実働部隊として戦うことの出来る眷属や部下は底をついている。







 ならば、新たに創ればいい。

 道具となる、パワーのみを突出させた眷属を。



 さしあたっては、自らの野望のタイムリミットである、一年というごく限られた刻のみを生きることさえできればそれでいい。

 だが、その思考は非情からくるものばかりではない。

 現在の神魔の秩序を駆逐し、新たな統治者となれば眷属の寿命などどうとでもなる。その時に寿命を引き伸ばせば済むことにすぎない。

 何より、万一自らの野望が潰えたその時に、神界にも魔界にも認識されることなく消えてしまえば、自らと同じ魂の牢獄に繋がれることはなくなる。


 永劫を生きる間抜けな敗者となるのは、自分だけで充分なのだ。






 感傷に囚われる一瞬は、即座に消えた。


「土偶羅!メドーサからの案件は?」月世界に分隊長として派遣したはぐれ竜族が出撃前に行った進言……『直属の、人間型の眷属を』――まともな人間型の眷属や部下がいないため、パシリとして使われることも多かったが故の“いい加減、他のパシリを創ってくれ!”という切実な願いを込めての進言だったのだが、ヒドラからの通信が途絶えた今、そのメドーサもまた通信を断っている。

 恐らくは既に討たれたのだろう――神族や魔族の介在はあったに違いないが――取るに足らないはずの人間に。

 だが、そのような推察は意味を成さない。ヒドラが沈黙し、メドーサとも交信が出来ない、というその『事実』は、とりもなおさず、一刻も早い眷属の創造の必要性を告げているのだ。

「十の素体を候補に挙げております」最大で五鬼の眷属を創ることを伝えてはいたが、既に絞り込んでいたらしい。流石に演算処理を主任務とする兵鬼である――ソツがない。「こちらの中からお選び下さい」


 核となる素体に植えつけ、眷属に変えるために必要な細胞の培養は完全には終わっていない。今すぐ始めるとすると、三鬼……万一の際の予備を考慮しないにしても、四鬼が限度だろう。

 ――さて、どの素体を………………。




































 選ぼうとしたアシュタロスの目が、思わず点になる。



 中の生物ががさごそと動く――プラスチック製の明るい緑色の籠……いわゆる虫籠が十、そこに並んでいた。


「…………虫、だな」

「はい。虫でございます」誇らしげに、二頭身を反らせる――強度に難のある素焼きの胴体を反らせて大丈夫なのか、見ていて不安で仕方ない。


 ぢっ!


 人間ならば耳朶(みみたぶ)の辺りを、圧縮された魔力の弾丸が行き過ぎた。

「……やる気が、あるのか?」

 メドーサの進言から五日ほど……幾ら土偶羅やハニワ兵が直接的な戦闘能力には乏しいとはいえ、五日もあれば素体になる人間や動物は捕獲出来るだろう、と思っていたのだが……五日も掛けて虫だけとは、なんだか情けなくすらなってきていた。

「ひっ!」涙流して本気でおびえる土偶羅。

 ――どうやら粉砕がトラウマになっているらしい。

「も、申し訳ありません……しかし、このような場所にアジトがある以上、我らの足では人里まで辿り着くことも容易ではないのでございますっ!」

 ま、そりゃそうだ。


 そもそも、即座に感知されないよう僻地に受信基地となるアジトを構えているのだ。そんな重要な拠点が人里から徒歩で二日三日のような便利な場所にあっては、アジトの意味もあったものではない。



 アシュタロスにしても、いかに部下が不甲斐ないとはいえ、こんなクソ不便な場所にアジトを作ってしまった自分にも非があるというのを認めたようだ。

「判った。ならば仕方ない」
 思い直し、アシュタロスは籠の一つを覗き込んだ。




 光を操り、見るものを魅了する儚き火虫が、そこにいた。






「なるほど……蛍か」

「はっ!」怯えにも似た響きを突起状の口から搾り出す土偶羅。「性質上、群れを成すものではありませんが、これを素体にすれば、単独であっても像を結び、像を消す『幻惑』系統の応用性の高い技術で持って作戦行動を行うことも可能かと――」

 主の沈思黙考に、饒舌を凍結させる。

 だが、機嫌を損ねては粉砕されかねない、という恐怖に包まれる土偶羅を半ば無視しながら、アシュタロスは思考を重ねる。

 幻惑という能力だけでなく、麻痺毒を所持している事も大きなプラス面だ。

 数押し、力押しだけでなく、持ち前のテクニックを駆使して戦う知将タイプというものは望むところだ。巧く育てば、これらの手駒を創るために力を注ぎ込み、再び休眠せざるを得なくなる自分が目覚めるまでの間、続く二鬼か三鬼を束ねるリーダーとして……目覚めてからも副官として補佐する立場に就かせることも出来るだろう。

「ふむ――たかだか虫だ、と思っていたが……的確なものを選ぶじゃあないか」
 数秒の思考の後、憤慨していた数十秒ほど前とは打って変わって、満足げな笑みを浮かべるアシュタロス。

「お、恐れ入ります!では……次はこれで」主の機嫌が好転した。土偶羅は手近な虫籠を器用に手にとり、主の前に差し出す。











 四角い顔立ちと強靭な後肢を誇る、緑色の昆虫――所謂トノサマバッタが、複眼の中にある瞳を動かしてこちらを見ていた。

「下半身を中心とした強靭なバネと、そこから来る跳躍力……これを生かした純粋な身体能力では、恐らくは素体の中では最高のもの――」

「却下」みなまで言わせることなく、アシュタロスは切り捨てた。

「えっ?!何故でございますか?」最終的な選択権はあくまで主であるアシュタロスにある。だが、素体の持つスペックを全て説明するより先に即座に却下をされてしまうという展開につい疑問を口にしてしまう。

「何故って……危険じゃないか」アシュタロスの返答は、あまりに意外なものだった。「ショ。カー、ゲル○ョッカー、デス○ロン……幾つの組織がバッタを素体にした改造人間に叛旗を翻されて壊滅したと思っているんだ。万一の失敗も許されない、というのにそんな不安要素を部下にするわけにはいかないだろう」






 ……アンタ、それ『仮面○イダー』――。






 意外とどっかの破戒神父と話が合いそうな台詞を吐いたアシュタロス――いや、もうこれからは親しみ込めてアシュ様、と呼ぼう――は、黄色いマフラーのショッ○ーライダーのことは頭に入れて……るかもしれないが、あれもまぁ結構間抜けなやられ方しちゃったから言わないんだろう。きっとそうだ。

 でも、使わなくても、飾っておくだけでもいいと思うんだけどなぁ……言うなれば、1/1スケールの一号ライダーが自分の手元にあるようなものなんだぜ、アシュ様?







 ナレーションが本来の役割を忘れるほどのマニアックな話は兎に角、土偶羅にとって主の言葉は絶対だった。実にヘタレた理由で不採用にされたバッタの入った虫籠を後に追いやり、一匹のスズメバチが入った虫籠をアシュ様の前に差し出す。

「強力な毒を使用する上、生来の攻撃本能も高いものがありますし、優秀な戦闘要員としてのみではなく、大量の眷属を使役することも出来る司令塔としても活躍できます」

「ふむ」
 プレゼンテーションを続ける土偶羅に、アシュ様は満足そうに頷く。

 少数精鋭の側近達の『核』には、蛍の化身を充てることを内心で決めていた。となれば、続いて欲しいのは『剣』となる強力な前衛――それにはこのスズメバチは申し分がない。文句なしに採用を決めたのは、当然ともいえた。

「よし、採用」即決。

 どっかのベンチャー大名みたいな即断即決ぶりである。
 
 この即決がアシュ様が乗ってきた証拠だということは、長年仕えてきた土偶羅にはよく判っていた。

 テンポよく『次』を提示す……………………あれ?















「……どこにいるんだ?」弾んでいたアシュ様の口調が急激に不機嫌そうなものに変わる。

「おかしい……そんなはずは……あ゛」発見した『それ』は、虫籠の天井……その隅っこを『それ』なりの全速力で疾走していた。

「……蟻か?」
 虫籠を必死に走り回る、赤茶けた一匹の軍隊蟻を覗き込み、アシュ様がぼそりと呟く。

 静かな口調だが、その言葉には明らかに『今までは黙って聞いてやっとったけど……舐め取ったら承知せんぞ、ワレ』という、なぜか関西弁な気配がぷんぷんと漂っている。

「いいいいいいい、いえ、そうは仰いますが、蟻も捨てたものではありませんぞっ!」
 粉砕の危険が迫っていないはずのこちらもちょっとビビってしまうほど、はっきりと読み取れるその気配に、土偶羅は恐怖の涙をどばどば流しながら必死にプレゼンを始めた。
「身体は小さくともその体躯の数百倍の質量をものともせずに扱えるパワーに加え、眷族の多さでは候補の中では群を抜いておりますし、強力な酸……」

 だが、粉砕されるわけにはいかない、という必死さの漂ったプレゼンの途中であるにも関わらず……「ああ、それベスパと被るから却下」アシュ様はあっさり却下した。

「――――べ、ベスパ……で、ございますか?」
 突然の単語に一瞬演算機能すらも停止する土偶羅。

「こいつの名前だ」採用枠に並んだ虫籠の一つ――スズメバチの入った虫籠を手に取りながら弾んだ声で言うアシュ様。


 どーやら、いたくお気に入りのご様子だ。


「蟻を採用するというのなら、折角採用が決まったベスパを落とさなきゃいけないじゃあないか」

「と、とは申しますが……まだ、セールスポイントは――」
 食い下がろうとする土偶羅だが……。

「それに、蟻は飛べないだろう。機動性を考慮しても、地上戦だけに特化した蟻よりも遥かに使える、とは思わないのか?」
 即座に切り返すアシュ様。

「…………あ゛」
 そこを衝かれては、ぐうの音も出なかった。












 
「次があるのだろう?次は何だ?」
 がっくりと沈みこむ土偶羅とは対照的にノリノリのアシュ様が尋ねる。

 機嫌を損なっては粉砕される――それを重々承知している土偶羅は沈んだ気持ちを奮い立たせると、虫籠を手に再び立ち上がり……プレゼンを再開した。

 その虫籠には、ざっと見ても15センチに届きそうな、それはもう立派なカマキリが入っていた。

「眷属はありませんが、獲物に無音で忍び寄る隠密性と、間合いに捕らえた獲物を確実に仕留めるだけの強力な攻撃力、加えて、獰猛な性質を併せ持った“純粋な攻撃性能”では素体の中でも最高――いうなれば昆虫類の絶対的捕食者でありますし、空を飛ぶ点からも機動力は充分に持っております」
 どうやら、土偶羅にしてみればこれらの素体の中でも特にカマキリが一押しらしい。ついさっきまで沈んでいたとは思えないノリの良さだ。


「なかなかいいな」アシュ様の反応も上々で……「だが、気になることがあるのだが」……おや?

「……な、何かございますか?」アシュ様の言葉に素焼きなのにも関わらず一筋の汗を流す土愚羅。

「――――味方を襲う危険性も大きいんじゃないのか?今までのものと違って、純然たる肉食だし……攻撃衝動が大きいのはいいが、あまりにも凶暴すぎて従順ともいえないぞ。とてもじゃないが、共同生活には向いてないと思うんだが」
 ま、確かに普通に飼われているカマキリなんぞは見たことがない。

「い、いやしかし!アシュタロス様のお力ならば反抗しても大した脅威にはなりませぬし、眷族にしてしまえば普通の肉で餌付け――」

「私が休眠モードに入っていたらどうしようもないだろう。それになにより……カマキリは生きた餌しか食わないぞ。最悪相打ちで終わってしまうじゃないか」



 コキン


 土偶羅は固まった。























「……ふむ、蝶か」固まっていた土偶羅が解凍したその時、アシュ様は既に次の素体候補であるモンシロチョウの入った虫籠を手に取っていた。


「……は、ははっ!
 単体の戦闘能力では素体の中でも最も劣るでしょうが、様々な毒を所持する眷属を使役出来る点では大きいと存じます」

「なるほどな」
 アシュ様は頷き、沈黙とともに思考を開始する。

 カマキリに難癖をつけて却下する際にはああは言ったが、実際のところは少し違っていた。

 少数精鋭で電撃戦を挑むことが強いられるこの戦いにあって、むしろ欲しいのは絡め手だ。

 『幻惑』『麻酔』というトリッキーなカードを持つ蛍や、『多数の眷属』と『強力な毒』を有するスズメバチ――既にベスパと名付けている有力な眷属候補がいる以上、直接的な攻撃性能はそれほど重要ではない。

 むしろ、幾ら個の戦闘能力が突出していようとも、近接戦闘にのみ特化した配下は全体のバランスを崩す足手纏いにしかならないこともあり得るのだ。

 その見地からすれば、多様な毒燐粉を持つ眷属使役するという蝶のセールスポイントはカマキリのそれに比べても大きなプラスである。

 問題は、この攻撃に向かないモンシロチョウという素体に対して最小限度のパワーを与えることが、自分にどれだけの消耗を強いるか――アシュ様の心は、揺れる。

「判った。採用出来るかどうかはあとの候補にもよるが、一先ずは有力な候補として置いておこう」
 だが、まだ残り4体もの素体が残っている以上、考えてみても始まらない。アシュ様は選考を進めることにした。

「かしこまりましたっ!次はこの素体をごらん下さいませ」

 土偶羅が自信たっぷりに掲げる虫籠の中には、六角形に似た形状の昆虫が……鈍く動いていた。

「見つけることもなかなか出来ないものですが、水生昆虫の中でも最も大きく、獰猛さをも兼ね備えています。現在、生存数は極めて少なく、絶滅寸前といわれているとても貴重な昆虫ですが……偶然にも捕獲できましたので――」

「そうか……で、タガメか」
 はっはっはっ……乾いた笑いがアシュ様の口から漏れていた。





 ――場の雰囲気が、変わる。




 まずい、と土偶羅が感じたその時……アシュ様の手には土壁破壊用のハンマーが握られていた。

「霊的拠点に水中は殆どないというのに水中限定してどうするっ!第一、干からびかけているだろうがっ!!!」
 半ばキレ気味にアシュ様が叫んだ。


「ひ、ひいぃっ!!お許しを!!!」
 迫り来る粉砕の恐怖に――――土偶羅は修復を覚悟した。



 ……いいから逃がしてやろうよ。タガメって非常にデリケートな昆虫で……自然界での生存は難しいんだからさ。










「まぁいい、次だ」

 冷静さを取り戻した口調で、アシュ様が言う。

「…………なんにせよ、残るは三つだ。粉砕するのは残りの素体の説明を聞いても遅くはないな」
 安堵した土偶羅に聞こえるかどうかの声で、ぼそりと呟いた。




「はっ!次の素体は……………………――――――」

「?
 ――どうした?」
 疑問に虫籠を覗き込むアシュ様。

「い、いや……こ、これはっ!!」




 色んな意味で……間に合わなかった。

「蝉か……なるほどなぁ……音響兵器も使える素体だったのになぁ」

 虫籠の中には一匹の蝉が転がっていた。

 ただし、動く気配はない。

 どうも、プレゼン時点で既に寿命だったようだ。







 ――――どうりで薄暗い穴倉の中とはいえ、静かだった訳だ。










「素体に培養細胞を植え付けて定着させるには、最低でもどれくらい掛かるか、知っているよな?」
 笑み。


 満面の、笑み。






 ただし、こめかみには怒筋が浮かんでいる、笑み。











「と、十日でございます」
 沈黙は、笑顔の圧力によって捻じ伏せられる。



「蝉の寿命は?」




「……七日で、ございます」

 ぴゅん!



 何時の間にか振り上げられていたハンマーが、流星に似た速さで振り下ろされた。



 土偶羅のチ○コ口が、少し欠けていた。



「素体に出来る訳、ないよな?」
 笑みを崩すことなく、アシュ様は言う。

 だが、その笑顔は『ええ加減にせんと……不燃ゴミに出すぞ、ワレ?』……と、まぁ漂う気配だけでそう物語っていた。








「はっ………………申し訳ありませんんんんっ!!」
 土偶羅は言い訳もせずに本気で泣いて謝る。

 ま、仕方ないだろう。下手な言い訳したら『粉砕』を通り越して分子レベルにまで『分解』されかねない……それだけの怖さが、今のアシュ様には漂っているのだ。

 そうなったら、いくら土偶羅の身体がレストアが効くものとはいえ、無事ではすまないだろう。


「つっ……次の素体はカブトムシでございます」
 生き残るため……その必死さを乗せた言葉とともに、土偶羅はアシュ様の側近となる眷族候補のプレゼンを再開した。

「その巨体から生み出されるパワーは周知の通りでしょうが、装甲性能も高く……飛んでいる最中に正面衝突した車のフロントガラスに角を突き刺すほどの硬度を持っております」

 また、マニアックというか知る人ぞ知る話を……。

「しかし、カブトムシを素体にした改造人間も組織を裏切って壊滅させたが?」
 だが、アシュ様もまたマニアックな話で切り返してきた。

 ――ス○ロ○ガーかよ、アシュ様。

「……だが、その巨体は活かせるな。
 自我を持たせることなく兵鬼として活用すれば、裏切られる心配もないだろうし……眷属としては使用はしないにせよ、移動要塞型兵鬼として別枠採用するのもいいかもしれないな」


 土偶羅にとってもその着想は盲点だった。


 『世界中に散らばる108の霊的拠点を攻撃し、冥界とのチャンネルを即座に封じるために強力な眷属を創る』――そのために命を受けてはいたが、兵鬼の悲しさである。ハニワ兵と違ってある程度の自我を持つとはいえ、やはり命令を重視し、柔軟に思考を行うということには乏しい節がある。

 だからこそ「ははっ!アシュタロス様の深慮遠謀……私、感服いたしました!」追従ではなく、そう本心から言った。


「世辞はいい――次の素体は何だ?」












「これでございます」土偶羅は平伏しながら虫籠をアシュ様の前に差し出し、続ける。「人間にとってはその姿を見ただけで凍りつくほどの恐怖の対象であり、なおかつ数多くの眷属を使役する上、疫病も媒介するという多彩ぶり……巧く使いこなせば、ベルゼブルをも上回るであろう眷属になるかと――――――」




「だからといって、ゴキブリかぁァァァァァァァァァっ!!!!」

 虫籠の中では、つやつやと輝く黒褐色の羽をした油虫……正式名称・クロゴキブリが逃げ場を探してかさこそと走り回っている。


 ……そりゃアシュ様も本気で怒るわ。















 土偶羅の悲鳴は――――起こらなかった。



 ただ……………………言葉にならない破砕音だけがしばらくの間響き渡っていたことと――放り投げられ、蓋が破損した虫籠の中から這い出したゴキブリが、地球の裏側で虐げられ、この近くにまで落ち延びてきていた『王』に対してこの屈辱を報告するべく全力でこの場を離脱しようとしていたことだけは、付け加えておこう。






 後に『アシュタロスの娘達』と呼ばれることになる三鬼の魔族と、カブトムシを素体にし、蝉の『生命を振り絞った絶叫』を付加した要塞型兵鬼とが世界を席巻するまで……いま少しの時を必要としていた。






























 ――その前に、縄張りを荒らされた『王』がカチコミをかけたものの、警備のハニワ兵の自爆によっていとも簡単に吹っ飛ばされた、という事件が起こりはしたが……あまりに些細なことなので、アシュ様陣営には気にもされていなかったそうな。

                                                           めでたくもあり、めでたくもなし――――。

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