ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦5−1 『遭遇』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 7/17)

今は使われていない倉庫街。港近くのこの場所を照らすのは僅かに漏れる月明かり。
そして今はその月明かりすら部厚い雲に覆われほとんど役に立ちはしなかった。

6月の蒸し暑さにも関わらずグレーのフード付きの上着を着た男が立っていた。
フードを目深にかぶり、男の足下には銀色のアタッシュケースが横たわっている。

静寂に包まれた空間に一台の車が現れる。
車から三人の男達がおりてきて、フードをかぶった男のもとに集まるとなにやら話し始める。

「……それが約束のブツだな?」

「ああ……確認するんだな。」

ヤクザ者と見られる男達がフードの相手からアタッシュケースを受け取る。
中身を開くと様々な種類の銃器が入っていた。そのどれもが見た事も無い改造が加えられている。
中身を確認した男達が頷く。

「ああ、確認した。ではこれが代金だ。
あんた達とはこれからも良い関係を続けたいもんだ。」

ヤクザと思われる男達が膨らんだボストンバッグを差し出そうとした瞬間―――





「動くな!警察だ!!」




倉庫の中に潜んでいた警官隊が飛び出し、一瞬で男達を取り囲んでいた。
ヤクザ達が呆気に取られているのとは裏腹に、フードの男は冷ややかに周囲を見渡している。

「ふん、所詮は田舎ヤクザだな。あっさりと情報を掴まれるとは……」

扇状に周囲を囲まれ、ヤクザ達は両手を挙げて降参している。
10人以上に囲まれている上に、全員が散弾銃を構えているのだ。抵抗する方がどうかしている。

にも関わらず、フードの男が地面に転がっているボストンバッグに無造作に手を伸ばす。

―ズドン!!―

牽制するかのようにフードの男の足下に銃弾が撃ち込まれる。
しかしフードの男は警官隊を一瞥しただけで、まるで何事もなかったかのようにバッグを拾い上げた。

「動くんじゃねぇ!次は当てるぞ!」

まるで事態を理解していないかのような相手の行動に、苛立たし気に警官隊の指揮官らしき男が吼える。
よく通る太い声で一喝されたにも関わらず、フードから微かにのぞく口元には薄笑いが浮かんでいた。

「五月蝿いな。カスどもが。」

まるで警官の姿がそこにないかのように悠然と立ち去ろうとしている。
あろう事か銃を構える警官隊にくるりと背中を向け、そのまま歩いて行こうとした瞬間―――

「撃てェッ!!」

警官隊の一斉射撃が真夜中の倉庫街に響き渡った。
手を挙げていたヤクザ達は情けない悲鳴を上げながら地面に這いつくばっている。

発砲の煙硝と衝撃で辺りに白煙が立ち込めて視界を覆う。
だがそれも風が吹き、煙をかき消すまでの間だけだった。





「は、早瀬隊長……!」




警官隊の一人が声を震わせ、隊長の名を呼ぶ。
視界が広がった先にはフードを被った男が平然と立っていた。
衣服は銃撃でボロ布のようになっており、確実に肉体に銃弾が食い込んた筈なのに血の滲みすらない。
服が破れていなければ命中しなかったと判断する事も出来たが、背後からの一斉射撃は確かに命中していたようだ。

無数に穴が空いたフードを被った男が、楽しげに肩を揺らしながらゆっくりと警官達に振り返る。
振り返った男の顔にはさっきまでの薄笑いではなく、耳まで裂けたような笑みが浮かんでいた。


「野上……オカGに救援を要請しろ……」

早瀬と呼ばれた男が一番近くにいる女の部下に指示を出す。
目の前の相手はどう見ても只の犯罪者ではなかった。

部下が無線で救援を呼ぶのを横目に見ながら、他の隊員に指示を飛ばす。

「お前ら!相手は人間じゃないぞ!
確保(逮捕)は諦めろ!ここからは生き延びる事だけを考えるんだ!!」

「くくく……いきなり発砲しておいて、捕まえるも何もないだろうが。
……しかし助けを呼んだみたいだが間に合うと思ってるのか?」

嘲るような笑みを顔に浮かべたフードの男が警官隊に一歩、また一歩と距離を詰める。

「た、隊長!……こいつ!?」

男の異変に気づいた隊員が思わず叫ぶ。
その声は震え、恐怖が滲み出ていた。

フードの男が一歩を踏み出すごとに、体が大きくなっているのだ。
最初は170cmあるかどうか、といった所だったのが今は200cm近くになっている。
そして相手の体は太い木の幹がへし折れる時のような音を発していた。

―ビキッ……ビキッ……ビキッ―

不快な音の原因は相手の体が変質していく音のようだ。
下半身が膨れ上がり、ズボンが破れ、肌が露出する。
そしてその肌にびっしりと濃い茶色の体毛が生え始める。

「こいつは……!?」

目の前の光景が信じられず、早瀬が僅かに後ずさる。

―ズズズズズズ―

膨れ上がった下半身が不気味に脈動し、獣の頭部のような物が幾つも生えてきている。
上半身が人間のままなのが余計におぞましさを掻き立ててていた。

下腹部から六方向に向けて生えた茶色い狼のような六個の頭部。
その頭部一つ一つから二対の前足が生えている。
元々あった二本の足はすでに消えてしまっていた。
そして六つの獣の頭部の中心には人間の姿のままのフードの男が納まっている。

『さあ……狩りの時間だ』

耳まで裂けた笑いを浮かべると、狼の頭部が獰猛な唸り声を上げ涎を垂らす。

次の瞬間、6個の狼の頭と12本の足を持った魔獣が警官隊に飛び掛っていた。

























(救援要請を受けたのが10分前……間に合ってくれ……!)

オカルトGメンの制服に身を包んだピエトロ・ド・ブラドーが夜空を飛行し救援に向かっていた。
車で移動するより早く現場に着けるので、上官の西条の指示で単独で移動しているのだ。

応援を要請された倉庫街の上空に到着すると、五感を集中して警官達の位置を探る。

(……こ、この気配は!?)

警官達の気配は感じ取る事が出来なかったが、代わりにピートは強い魔力の波動を感じ取っていた。
それは紛れもなく二年前の大事件以来、感じ取る事がなかった上級魔族の波動だった。

もしも警官達がこの魔族に襲われているのなら、一刻も早く救出しなければならない。
霊能力のない人間など、上級魔族からすれば血の詰まった風船のようなものだ。
勝てる勝てないの次元の話ではなかった。

本来それほどの相手だとわかっているのなら西条達の到着を待つべきだったが
警官達を一人でも助けるためにピートは一人で魔族のもとに降り立った。
例え生存者の残っている確率が絶望的でも、僅かな望みにかけたのだ。

『む……思ったよりも早かったな……』

上空からピートが降りて来たのに気付き、獣の下半身を持ったフードの男がピートに目をやる。
下半身の狼の口にはチンピラ風の服を来た三人の男達が咥えられ、首から真っ赤な血が滴り落ちている。
辺りに骨が噛み砕かれる音が響く。目の前で人間が噛み砕かれるのを見、ピートの整った顔が歪む。

「貴様……何者だ……警官隊はどうした……」

ピートが油断なく相手の様子を窺いながら、間合いを取る。
質問してはいるが、ピートのバンパイアの嗅覚は彼らがどうなったか既に嗅ぎ取っていた。

『警官隊?……聞かなくてもわかってるんだろう?
お前の足下の血溜まりが奴らの成れの果てだ』

楽しそうに笑いながら、事も無げに答える。
一際大きな、骨が粉砕される音が響くと、男達の胴体から頭が転げ落ちた。

























「ねえ、ピート君一人で先行させてよかったの?
救援無線によれば銃弾で傷一つ付かない化け物が相手らしいわよ?」

現場に急行するオカルトGメンの車両の中で助手席の赤毛の女が運転している男に問い掛ける。

「香上、君はピート君の力を知らないみたいだな。
正直言って彼を『倒せる』ような妖怪を、僕は殆ど知らないがね。」

運転席の長髪の男が隣の赤毛の女性の質問に答える。
彼の部下であるバンパイア・ハーフの青年は並の相手になら遅れを取る事は無い。
彼が『勝てない』相手は幾らでもいるだろうが、彼を『倒せる』相手となるとそうはいない。
バンパイアの強靭な生命力に加え、相手の攻撃をほぼ無効化できるミスト化の能力まで備えているのだ。
単独先行させてこれほど安心できる人材は他にいないだろう。まして一刻を争う今の状況なら尚更だ。

「ふーん。西条がそこまで言うんなら大丈夫なんだろうけど……
でも意外ねー、普段は気の良いコなのに結構やるのねー。」

「まったく、日本支部では僕の方が先輩なんだから呼び捨ては無いだろうに……
そう言えばピート君が能力を駆使するほどの事件は君がこっちに来てからは初めてかも知れないな。」

二年前の大事件以来、オカルトGメンが、というかピートが全力を出すような事件は無かったような気がする。
ピートのGメン入隊の一年前、つまりアシュタロスの事件の一年後に
ヨーロッパから日本支部に移って来たこの女性は彼の実力を把握していないようだ。

「まーまー、長い付き合いなんだから、気にしない気にしない♪
西条もいきなり私が敬語使ったりしたら気持ち悪いでしょ?」

あはは、と笑いながら女は悪びれる事も無く運転席の男の肩を叩いている。
男もやれやれと呟いているが、その仕草はいつもの気障なものではなく、極めて自然な感じだった。

「さてと、そろそろ現場に到着するが、君の能力は捜査官としては一流だが戦闘には不向きだからな。
今回は後方支援を頼むよ。幸い倉庫から強力な装備を持ち出してきてるからね。」

「ああ、あのバズーカね?
威力は確かに凄いと思うんだけどリロードに時間掛かるのがちょっとねぇ……」

男が用意した装備に不満があるのか、女が口を尖らせる。

「外さなきゃいいんだよ。それに君の霊力じゃ接近戦は難しいんじゃないか?
君の剣術の腕前は知ってるけど、技術だけじゃ霊的格闘は出来ないのはわかってるだろう?」

「まあ、ね。単純な剣術なら正確さはともかく、威力では西条に負けちゃうからね。
いくら『ジャジメント』があっても私の霊力じゃあなたほどの戦力にはなれないわ。」

「……いつも思うんだけど、その名前何とかならないのか?
『裁き』だなんて傲慢じゃないかい?」

「何よ、別に私が自分の剣になんて名前付けてもいーじゃない。
それにあなたの『正義』なんかよりよっぽどわかり易いわよ。」

自分の愛剣にケチをつけられ女がムッとしている。
男の方も何となく自分のポリシーが馬鹿にされたようで同じくムッとしていた。

「君とは一度しっかり話をしなくちゃいけないようだね……」
「あ〜ら、望むところよ。この仕事が終わったらめぐみちゃんの店で勝負ね。」

普段もこんな感じで仲が悪いのか良いのかよくわからない間柄だったが、彼らの付き合いはかなり古かった。

助手席の女性―――香上 春夏(かがみ はるか)と運転席の男性―――西条 輝彦は学生の頃からの付き合いだった。
まだ小学生だった西条が香上の実家の剣術道場に入門した頃からの付き合いなので、かれこれ20年以上の付き合いになる。

腕の良い剣術家であると同時に腕の良い鍛冶屋でもあった香上の父親が、
一番弟子だった西条の為に鍛え上げた刀が彼の愛剣の『ジャスティス』だった。

その後、西条と香上は共にオカルトGメンに入隊する事を志し、今日に至っていた。


























辺りに立ち込める血の臭いと、床一面に広がる赤い水溜まりの理由を突きつけられたピートの肩が怒りで震える。

「貴様ァァァァァァ!!!!」

懐から精霊石銃を抜き、怒りに任せフルオートで目の前の魔獣に撃ちこむ。
魔獣はニヤリと笑うと12本の足で横に飛び、全てかわす。
魔獣が跳ぶ時の圧力に耐え切れず、床が抉れ砂埃が舞い上がる。

舞い上がる砂埃の中、ピートが突如フードの男の背後に現れる。
砂埃に紛れるようにバンパイア・ミスト化していたのだ。

「喰らえ!ダンピール・フラッ―――」

完全に背後を取り、全力を込めた渾身の一撃を見舞おうとした瞬間、心臓が止まるような寒気を感じ
大気を蹴り、飛びのく。

その瞬間さっきまでピートがいた場所を吹き飛ばすような高出力の霊波砲が放たれた。
霊波砲はそのまま背後の倉庫を吹き飛ばしていた。


もしもあのまま攻撃していたら間違いなく跡形もなく吹き飛ばされていただろう。


『良い勘をしているな……だがいくら背後を取ろうと、私に死角は存在しない。』

先ほどの霊波砲は男の背後から生えている狼の口から放たれていた。
ただの攻撃用の砲台ではなく、目や耳の器官も備わっているようだ。
狼の頭部が男の六方向に向けて生えている以上、確かに死角は存在しない。

『先ほどのミスト化に飛行能力……貴様吸血鬼の血族か?
何故クズの人間を助けようとしているのだ?
我らにとって人間など玩具に過ぎないだろうに。』

「黙れ……!」

相手の質問を無視し、ピートが身構える。
全方位へ攻撃可能な高出力霊波砲に加え、12本の足を使った高速移動。
目の前の魔獣は単純な戦闘力でいうなら、かなり危険な存在だった。
倒すには恐らく上半身の人間の姿の部分を攻撃しなければならないのだろうが
死角の存在しない相手の隙を突くのは一人では難しかった。

ピートが攻めあぐねていると、一台の車が向かってくるのが視界の隅に入った。
その見覚えのある車は上司の西条が使っているものだった。

(良し!あの車は西条さん達だ!
一人では無理でも三人がかりなら……!)

距離を取って停車した車から二人の男女が飛び出す。
男の方は腰まで届く黒髪に右手に西洋刀、左手に破魔札マシンガンを構えている。

女の方は後ろ髪を縛ったポニーテールの赤毛の女だった。
男の持つ西洋刀に良く似た刀を腰に差し、肩には精霊石バズーカを担いでいる。

「僕とピート君が前衛にまわる!君は援護を頼む!!」
「了解!!」

長髪の男が一緒にいる女に指示を出し、破魔札マシンガンを撃ちながら魔獣に向けて突進する。
女の方は精霊石バズーカの照準を魔獣に定めている。

魔獣は迫り来る無数の破魔札を12本の足を器用に駆使し、全てかわしていく。
かわしながらも六個の頭が周囲を油断なく睨みつけていた。

西条との距離が20メートルを切った所で、西条を睨みつけていた狼の口から高出力の霊波砲が放たれる。
素早く身を翻し霊波砲をかわし、至近距離から破魔札の乱れ撃ちを続ける。
ピートも魔獣を狙い霊波砲を撃つが死角のない相手にとっては真正面から攻撃されるのと何ら変わりはなく
西条のマシンガンもピートの霊波砲も全て紙一重でかわされていた。

「二人とも、下がって!」

離れた所にいる女性が叫び、肩に構えた精霊石バズーカが火を吹く。
着弾すれば精霊石の魔力が弾け、妖魔を滅ぼす最新の対魔族兵器。
人間にはあまり効果がないが、凄まじい速度で飛来する精霊石が直撃すれば物理的に重傷を負ってしまう。

精霊石の砲弾は魔獣の足下に着弾し、精霊石の光の奔流が周囲を飲み込む。


視界が真っ白になるほどの閃光が収まると魔獣の姿は跡形も無くなっていた。


(やったか……!?。……いや、違う!!)

西条がハッと上空に目をやる。

「香上!気をつけろ!!」

精霊石砲弾の着弾の瞬間、魔獣は12本の足で上空に跳躍していたのだ。
そしてその目標はバズーカを構えていた女性に向けられていた。

(かわ……せない!)

猛スピードで落下してくる魔獣は既にすぐ目の前に迫っていた。
かわす事を諦め、バズーカを投げ捨てて腰に差した剣を抜く。

身を捻り踏み潰されるのは避けたが、着地すると同時に魔獣の足の一本が唸りを上げ、襲いかかる。

―グシャッ!―

至近距離で振り下ろされた足をかわす事が出来ず、女は魔獣に地面に押しつけられてしまう。
とっさに持っている剣を盾にして鋭い爪に切り裂かれる事は避けたが、強靭な力で押し潰される寸前だった。

魔獣の足は熊の腕と同じ程度の太さだったが、そこに込められている力は動物の比ではなかった。
盾代わりの剣のお陰で直接爪で抉られる事は無いが、女は圧力で呼吸が出来ず、背骨や肋骨が軋むのを感じていた。

(や、やば……い……こりゃ、死ぬッぽい……)

魔獣がもう一本の腕を振り上げたところで、女は半ば諦めていた。

視界の隅に西条とピートが助けに駆けつけようとしているのが映っていたが、
後方支援の為に距離を取っていたのが裏目に出てしまった。
恐らく間に合いはしないだろう。

(……ごめん、西条……)




西条とピートが必死に走る中、魔獣の足が振り下ろされ地面が砕ける音が響き渡った。







(……あれ?……私、生きてる?)

目の前で振り下ろされる魔獣の足を見た瞬間、覚悟を決めたのだが、どうやら自分はまだ死んでいないようだ。
恐る恐る目を開けて見ると、自分の頭のすぐ横に魔獣の足がめり込んでいる。
気付けばさっきまでの押さえつけられていた圧力も感じなくなっていた。

『グ、ググ、グ……!!』

魔獣が苦しげに呻き声を上げる。
最初は小刻みに震えていたが、次第に激しい痙攣へと変わっていた。

『ク……クソ……今は、これが限界か……』

激しく痙攣しながら忌々しげに呟く。

(苦しんでる……?もしかして、逃げる気……?
でも、タダでは逃がさないわよ……!)

魔獣から先ほどまでの殺気が嘘のように消えてしまっていた。
苦しげに港のほうに目をやっている。恐らく海から逃走するつもりなのだろう。

相手の思惑を見抜いた香上が掌に霊気を集中し、彼女の特殊能力を発動させる。


自分を押さえつけている獣の足を掴み、相手の意識と自分の意識を接続させる。


能力を発動した瞬間、彼女の脳に様々なビジョンが映し出される。



――粉々に噛み砕かれる警官達――

――何やら取引を持ちかけている品の無い服装の男達――

――見た事の無い改造が施された数々の重火器――

――薄暗い洞窟。床には見た事も無い魔方陣。暗いためどのような陣かよくわからない――


      そして

――人を串刺しにする赤い槍――





「……赤い……槍?」

脳裏に浮かぶ映像に思わず呟く。
香上の呟きを耳にした瞬間、魔獣の顔色が変わる。


『今の感触……貴様、まさか私の心を!?』

フードから覗く今までの余裕ぶった表情が初めて崩れる。
痙攣しながら苦しんでいるが、今は明らかに憤怒の形相も混じっていた。

「ダンピール・フラッシュ!!」

ようやく駆けつけたピートの霊波砲が魔獣に襲いかかる。
霊波砲をかわしながら忌々しげにピートと西条を見ると、魔獣は港に向けて駆け出した。
ふらつきながら走っているが、それでも人間の足で追いつける速さではなかった。

追いかけようとするピートを西条が制する。

「待ちたまえピート君!悔しいが僕達三人だけであいつを捕らえるのは不可能だ!
対策を練り、次の機会を待つんだ!」

頭に血が昇っていたが上司の冷静な指示を聞き、ピートが少し落ち着く。
何の準備も無しに倒せる相手ではない事は戦ったピートも良く理解していた。

「香上さん、大丈夫ですか……?」

上級魔族の力で地面に押さえつけられた香上をピートが心配そうに覗き込む。

「な、なんとかね。骨もギリギリ耐えられたみたいだから運が良かったわ。
もっとも、当分痣が残っちゃいそうだけどね……。」

何とか全員軽傷で済んだので三人に安堵の空気が流れる。
間に合わなかった警官達には悪いが、あれほどの相手と戦って無事に済んだのだ。
それはせめてもの救いだろう。

「さっき、あの魔獣……様子がおかしくなかったか?」

西条がさっきの様子を思い出し、香上に確認する。
魔獣の足が確かに身動きできない香上に振り下ろされたにも関わらず、攻撃が外れたのだ。

その後急に逃走した事といい、腑に落ちない事が多すぎる。
もしもあのまま戦い続ければ、下手すれば全滅していた可能性もあった。

「私も同感よ……正直もう駄目かと思ったんだけど……急に苦しみだしてそのまま逃げちゃったのよ。
あ、でも、相手が逃げる直前に『潜れた』から何かの手がかりになるかもね。」

「え、精神接続―サイココネクト―したんですか?」

香上の言葉にピートが驚いている。
香上の能力、精神接続―サイココネクト―はテレパシーの一種でサイコメトリーとも呼ばれている。
主に凶悪犯罪の容疑者や黙秘している相手から情報を引き出すのに使われている。
直接相手と接触しなければいけない事に加え、発動に少し時間がかかる。
実戦で使えるような能力ではない。

ちなみに車の中で西条が言っていた『君の能力は捜査官としては一流』とはこの能力を指していた。

「あいつが苦しみだした時に隙があったからね。
詳しい話は明日美神支部長の前で話すから車まで運んでくれないかしら?
体が色々痛くて動けないのよ。」

横になったまま、あははーと笑っているが動けないのだろう。
西条がやれやれといった様子で手を貸してやる。

「さいじょー、おんぶしてー。」

調子に乗って甘えた事を言っている30前の女性に西条とピートは苦笑いを浮かべていた。

























三人が車に乗り込もうとしている頃、6個の獣の頭部を持つ魔獣が港から海に飛び込んでいた。

(グ、ググ、私は……進化している……この調子なら、完全に独立して行動できる日も近いだろう……
だが……あの女……私の心に侵入してくるとは……雑魚だと思って、甘く見たか……)

12本の足を使って器用に暗い海中を泳ぎながら、フードからのぞく表情が怒りで歪む。

(許さんぞ……下等な人間の分際で……!
必ずあの女はこの手で引き裂いてくれる……!
『計画』が大詰めのこの時期に……私の心を読まれるとは……
余計な邪魔が入る前に……障害は取り除かなければならん……)

次第に魔獣の痙攣が治まっていく。
そして光の届かない海底から巨大な何かが浮上してくる。

(ああ、楽になってきた……やはり距離が問題のようだな……
とりあえず『合流』して休息を取らなければな……)

海底から浮上してきた巨大な何かは大きく口を開けると魔獣を飲み込み、また海底深くへと沈んでいった。

























―後書き―

今回はシリアスです。

少々長い話になる予定ですが、楽しんでいただけるよう頑張ります。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa