ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(24)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/12)

変化は、突然起こった。
呪い返しや雑霊の侵入を避けるために、事務所全体を包んでいた結界の、さらにその上から、何か異質な気配が迫って、建物全体を取り囲んでいる。
殺気丸出しの魔力を含んだ異様な空気を感じて、事務室にいたエミは、パソコンのディスプレイから目を離すと立ち上がった。
「・・・何?」
こちらに敵意剥き出しで向かってくる何かの気配に、書斎机の傍らに置いてあるブーメランを取ると、ポケットから口紅を取り出し、いつも呪術の儀式の際にやっているように、サッと、猫のひげのように、顔の左右に紅色の線を描く。
そして、エミが窓の外に向かって身構えた直後。
猛り狂ったカラスや蝙蝠達が、けたたましい音を立てて窓ガラスを突き破りながら部屋の中に飛び込んで来た。
 ケエエエエエエエッ!!
「クッ!!」
一斉に雄叫びを上げるように鳴く動作、タイミングを合わせて突っ込んで来た動きから見て、妙に統率が取れている。一羽一羽が魔力をまとっている事からも容易に分かるが、絶対に、自然発生した群れではない。
先ほどの奇妙な空気は、おそらく、こいつらが突入のタイミングを計りながら、事務所の周りをグルグルと飛んでいたせいだろう。
「精霊石よ!!」
どんな魔物にも効果があるGSの最終兵器、虎の子の精霊石ではあるが、あまりの数の多さと組織的な動きに、ブーメランだけでは対処しきれず、イヤリングの物を片方使う。
エミの霊力を受けて起爆した精霊石の、清浄な白い光と魔力に、鳥達が若干下がった時、タイガーも、物音を聞いて事務室に駆けつけてきた。
「エミさん!今のは・・・!」
「手伝って、タイガー!こいつら、細かい上に数が多すぎるワケ・・・霊体撃滅波を使うわ!」
「は、はい!」
体力とタフさが取り得の自分が、一番役立てる事を命じられ、気合を入れると、エミに向かって誘導弾のように飛来してくる蝙蝠やカラス達をなぎ払う。
エミが霊波を放射するまでのブランクは、三十秒。
「うおおおおおーっ!!」
タイガーは精神波を全力で放射すると、こちらに近づいてくる蝙蝠達の精神に干渉した。蝙蝠には、彼らが嫌う眩しい光の幻覚を、さし当たって苦手なものが思い浮かばなかったカラスには、逆手を取って、食べ物が山積みになっている様を幻覚で見せた。
「ヨッシャー!」
思い通り、蝙蝠達は後ろに下がり、カラス達は急に落ち着きを無くして動きがばらつき始めたのを見て、さらに気合を入れる。
その間に、三十秒が経過し、全身をみなぎる霊気で光らせたエミは、タイガーの方を向くと、大声で言った。
「タイガー!伏せるワケっ!」
自分の正面でガードをしていたタイガーが、横に飛ぶのを見た直後、人間の体の許容量の、ギリギリまで高めた霊気を一気に外に放つ。
「霊体・・・撃滅波ーっ!!」
エミの体を中心に発生した、雷撃のような光が部屋中をなめたかと思うと、蝙蝠やカラス達は、紙を燃やした黒い灰が風に散るように、一瞬で魔力を失って消えた。
「・・・・・・」
「エミさんっ!」
「・・・ああ。大丈夫。何でもないワケ・・・」
体中に溢れていた霊気が瞬時に湧き出てかき消える感触に、フッと意識を失いそうな感覚に襲われ、ほんの一瞬だけ足元がよろめく。しかし、呪術の最中のトランス状態からすぐに立ち直ると、エミは、まだ他に隠れている気配がいるのではないかと、霊感を研ぎ澄まさせて辺りを見回した。
(あれだけの量のカラス達を・・・使い魔を、あれだけ上手く使えたって事は、近くに術者が・・・いえ、まさか、遠くからあれほど上手く制御を!?)
タイガーも、エミがまだ緊張を解いていない様子を見て、感覚を研ぎ澄まさせたまま、次の反応を待つ。
喧騒の後の静けさ。ピーンと、耳の奥で耳鳴りがしてきそうな程の緊張感。

静寂。

そして、その静寂を破ったのは、窓の外から聞こえてきた、若い女の声だった。
「・・・やっぱり。雑魚じゃダメだったみたいね」
「!!」
フレームやその周りの壁も巻き込んで、滅茶苦茶に壊された窓を見据え、そちらにブーメランを構える。
入ってくるついでに何か仕掛けてくるのでは、と、エミもタイガーも警戒していたのだが、相手は、意外とあっさり、何の小細工もなしに、すんなりと姿を現した。
上空に待機していたのか、窓の向こうに張り出していた木の枝の上に、黒い靴とタイツを履いた足を、真っ黒なワンピースをまとった体を、そして、長い黒髪を持った顔を、順に見せながら降りてくる。
二十歳ほどの−−−エミや令子と、そう変わらないであろう、若い女性。
(こいつ・・・?)
状況から見て、この女が上から降りてきた事は間違いない。使い魔を使っていた点から見ても、おそらく、魔物か何かを使う女か、それとも本人が魔物かのどちらかであろうが−−−
全然、特別な霊力を感じない。
むしろ、霊感が無い部類の人間ではと思うほど、弱い。普通の人間ならまあそれもアリだが、とても、あれだけのカラス達を手足のように使役する存在だとは思えなかった。
(・・・素人じゃないの?・・・いや、故意に抑えているのか・・・)
警戒を崩さず身構えたまま、素早く目線を走らせて、相手を観察する。
少し太めの眉に、まあ平均的な大きさの目。二重瞼で睫は長く、スッと通った高めの鼻梁に小作りの唇と、顔立ちは整っているが、令子やエミのように、パッと何か目立って見える雰囲気ではない。黒い服を着ているせいもあるだろうが、何となく、美人なのに地味な感じだ。
ただ、口紅だけは、ハッとするほど赤いものを付けている。
事務室の中の照明は、とうに蝙蝠達によって壊されており、満月が近い大きな月が発する青白い光に照らされて、にこにこと表面だけは穏やかそうに笑っている女の姿は、不気味以外の何ものでもなかった。
「・・・アンタ、誰?」
「・・・・・・」
エミの静かな問いかけに対し、女は−−−加奈江は笑顔のまま、後ろ手に持っていた携帯電話を取り出して見せた。機械は普通の携帯電話だが、通話口の部分に、何か妙な機械のような物が取り付けられている。加奈江は笑顔のまま、その機械のスイッチらしきものを、パチンと音を立てて入れると、薄目を開けた顔に、ニッとした能面のような笑顔を浮かべて言った。
「・・・『今晩は。色ボケ女さん』」
「!!アンタ・・・!!」
不自然に機械処理された、その奇妙な−−−聞き覚えのある声に、エミが目を見開く。
「・・・今夜は貴方に良いものを教えてあげに来たの。・・・『色ボケ女さん』」
意地悪く、色ボケ女、の部分だけ機械を通した声で聞かせると、抑えていた魔力を開放する。
本来の加奈江が持つ、微弱な普通の人間の霊気をはるかに上回る、ピートの気配を持った魔力。
折から満月に向かう時期と言う事で、月の影響を受けてさらに増幅されつつあるその魔力を、それに深く混じり込んだピートの気配を感じて、エミとタイガーは、にこにこと笑う加奈江を前に、しばらくの間、唖然としたまま動けなかった。

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