ザ・グレート・展開予測ショー

チルドレンとの1年-05_1 最終話 (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:進
投稿日時:(05/ 7/13)

バベル 野外休憩スペース −春−

 寒い冬は去り、日本に春が訪れた。BABELのある東京でも、そこかしこで春の息吹を感じることができる。暖かな日差しの、絶好の春日和に、薫、葵、紫穂はBABEL敷地内にあるベンチで柔らかな風を感じていた。気持ちよさそうにしている彼女達を見て、時折通り過ぎる職員が微笑む。

 場所は変わって。

 ここはBABEL内局長室。ブラインドを閉めきった薄暗い室内に、桐壺と皆本は居た。皆本の報告を桐壺が聞いているようだ。
「・・・・・・という計画です。」
 皆本が報告を終え、桐壺が頷く。BABELにも複数のセクションがあり責任者が存在する。だから、この二人だけで会議を行うことなど――チルドレンの動向報告以外は――ありえないのだが、今はこの部屋には二人と、秘書の柏木しか居ない。
「ウム・・・ウム・・・」
 桐壺はしきりに頷きながら、内容を検討した。今までも何度も検討・修正・再検討してきた内容だ。今更考え直す部分も無いのだが、この“計画”には十分以上の注意を払う必要があった。
「・・・・・・・・・・・・良いだろう。これで進めよう。」
 納得した、と言うより問題点を指摘できずに仕方なく了承した、という感じで桐壺がOKを出す。皆本も計画が承認された割には嬉しそうではなく、むしろ気が進まないように見える。
 それまで黙っていた柏木が席を立ち、二人から今まで検討していた資料を受け取る。そしてそれは局長室備え付けのシュレッダーに入れた。ブラインドを開け、春の光を室内に入れる。
「では、早速開始します。」
 皆本が席を立ち、部屋を出ようとドアを開けた。桐壺が思い出したように呼びかける。
「計画はこれで良いとして・・・皆本クンは例の件を考え直す気は無いのかネ?」
 皆本はゆっくり首を横に振る。
「すみません・・・・・・」
 そして、一礼して部屋を出た。


 皆本は自分の研究室に戻る通路を歩いている。“計画”は承認されたが、間違いなく成功するのかと言われると、自信が無い。しかし実行しなくてはならなかった。
 以前に桐壺から聞かされた話を思い出す・・・秋のテロリスト事件、そして冬の誘拐事件で逮捕された犯人たちは、刑務所、または拘置所にいる。その背後関係――現時点では、ただ“組織”と呼んでいる。――を探ろうと桐壺は可能な限りの努力をしている。しかし、未だ成果は上がっていなかった。このままでは何も判らないまま次の事件まで待つことになってしまう。
 紫穂・・・では問題があるが、他のマインドリーダーで犯人たちを調査すれば、それは全て明らかになる。少なくとも可能性があると皆本は思っていたが、現行の法律では、マインドリーダーによる調査は裁判の証拠にならないばかりか、被告の人権を傷つける、ということで試みることすらできなかった。誘拐はまだしもテロは通常の犯罪ではないのだから、というBABELに対し、どこからか派遣されてきた弁護団が猛烈に反対している。BABELは警察ではない、これ以上は手が出せなかった。


 研究室に戻った皆本は、携帯で薫を呼び出す。葵と紫穂も一緒に居ることを確認し、3人で研究室まで来るように言う。ほどなく彼女達は、そろって現れた。
「来たぜー、皆本。」
 薫を先頭に、葵、紫穂が研究室に入ってくる。電話では「せっかくのんびりしてたのに」とブツブツ言っていたが、すぐに来てくれたようだ。
「ああ、実は以前から言っていたESPリミッターが完成したから、渡そうと思って。これからは常にリミッターを付けていて欲しい。」
 これは君達の通信機も兼ねており・・・云々。と皆本は説明するが、チルドレンはあまり聞いていない。テーブルに置かれたリミッターを取り上げ、まるで新しいアクセサリーを貰ったかのようにはしゃぐ。実際、リミッターはアクセサリーのような形状をしていた。葵はイヤリング、紫穂は指輪、そして薫のはブレスレット――というより腕時計だ。それぞれ事前に好みを聞いたうえで作成されていたので、彼女達も気に入ったようだ。ただし、このリミッターは試作品のように広範囲に、不特定の対象のESPを阻害する、と言うことはできない。それはアクセサリーに仕込むため、小型化した装置ではサポートできなかったのだ。せいぜい、身に着けている本人の超能力を抑える、という程度だった。
「でもこれって・・・私達がイヤだったら、付けなくても良いって言ってたでしょ?」
 紫穂が以前の話を持ち出して言う。確かに皆本はそう言ったことがあった。
「う・・・確かにそうなんだが、とりあえず付けていてくれ。」
 普通のアクセサリーと同じく自分で外せるので、これを付けているかどうかは本人の意思によることになる。そのようなことを説明して、しかし頼む、と皆本は言った。紫穂も別にリミッターを付けることを嫌悪しているわけではない――それなら、デザインを聞かれた段階で断っている――と言うより、単に皆本に突っ込んで困らせたかっただけなので、特にそれ以上は何も言わず、指輪を付けた。
「ウチももうちょっと大きいのにして、電話の機能でも入れてもろたら良かったかなあ。」
「携帯ぐらい買えよ。」
 チルドレンには、BABELからそれなりの契約金が出ている。教育に悪いので現在本人に渡しているのは小額だが、それでも携帯電話を買い、使用料を払うぐらい余裕でできる。
「携帯は1円でも、通話料は1円ちゃうんやで。」
「そんなケチ臭いこと言ってるから、胸もケチ臭いんだよ。」
「ウルサイ、ダマレ!」
 取っ組み合いを始めた二人を引き離しながら、皆本はため息をつく。その後は、ESPリミッター使用法のレクチャーの時間になった。



 2週間後
 
 ますます春めいてきた中、チルドレンは平穏なまま日々をすごしていた。もちろん訓練や検査はあったけれども、それらを合わせて彼女達の日常だったから、気にならなかった。“組織”の新たな企みも、皆本の“計画”もまだ、表面上は何も進んで居なかった。
 しかし皆本個人としては、目に見えておかしかった。それに最初に気が付いたのは、以外にも薫だった。皆本が通路で突っ立っていること――以前からもあったのだが、それは何か研究について考えていた――が多くなり、話しかけてもボケッとして反応しないことがあるのだ。と思えば、チルドレンの方をじっと見ていることもある。
「なんだよ皆本、ジロジロ見て。」
 と言うと皆本は我に帰り、また仕事に戻った。ボケッとしているから仕事が暇なのかといえばそうでもなく、毎日遅くまで残業をしている。

「・・・最近、皆本の様子がおかしくねーか?」
 BABELの宿舎、その中の自室に集まったチルドレンは、ジュースやお菓子を前に雑談をしていた。その中で出たのが、薫のセリフだ。
「私もそう思う・・・絶対、ヘンだわ。」
「何かあったんやろか?」
 ぼさぼさ頭にぐるぐるメガネ、だぼだぼスーツというファッションをようやく改善して、最近は普通の格好になった皆本。これでまあ、自分たちの担当官として恥ずかしくない、と思っていたところ、中身がフヌケてしまったのでは困る、とそれぞれ口にする。そう言っても彼女達は、実際にはファッションなど――あまり――重要ではなく、純粋に皆本のことを心配していた。しかしそんな事は口にせず、ひとしきり皆本の悪口を言い合った。
「紫穂は何か判らへんの?」
 紫穂が、サイコメトリーで何か情報を読み取ってないのか?という意味だ。
「最近、皆本さんガードが固いの。思考を読もうとすると、良くわからない数式かなにかを考えて・・・」
 それを突破してのマインドリードは、難しいだろう。皆本を拘束して、本気で超能力を使えば楽に読めると思うが、と紫穂は答えた。
「よっしゃ、それで行こうぜ!」
 薫の言葉に、葵と紫穂は首を傾げる。今の言葉に何か良い案などあっただろうか?
「だから、拘束して調べるってヤツさ。」
 薫は良い手だとノリ気だが、葵や紫穂としては、そんなおおっぴらなことはしたくない。何よりも、そこまですれば、さすがに皆本が怒るだろう。以前なら皆本が何を言っても「フーン」で済ましていたのだが、最近では皆本に怒られると、イヤな気分に――悲しくすら――なる。薫も実はそうなのだが、それ以上に、彼女としては皆本の異常について知りたいと思っている。
「今・・は10時か。皆本のヤツ、もう帰ってるかな?」
 10時――22時だ。チルドレンは通常、5時にBABELを退出してくるので、それ以降の皆本の行動は判らない。その後も仕事をしているのだろう、ということぐらいだ。結局、薫は葵と紫穂を説得して、皆本のマンションに行くことにした。結局、葵と紫穂も知りたかったからだ。
 葵のテレポートで――数回繰り返して――移動し、そのまま皆本家の部屋に入る。ESPリミッターは自分で解除ができないので、部屋に置いて来た
 皆本はまだ帰宅していなかったので、かって知ったる他人の家、と明かりをつけ、食べ物を探し出した。まだ出してあるコタツに入り、皆本の帰りを待つ。
 小一時間後、皆本が帰ってきた。電気がついていたのでチルドレンが勝手に入ってきたのだろう、と直ぐに思い当たる。よくある事だった。茶の間に入った皆本を待っていたのは当然彼女達だったが、待ちきれなかったのか寝てしまっていた。
「まったく・・・」
 寝かしておいてもいいが、まだ夜は寒く、コタツでは風邪を引くかもしれない。
「おい、起きろ。風引くぞ。」
 薫、葵、紫穂、と声をかける。そういえば、彼女達のことを名前で呼べるようになったな、と今更ながら皆本は思った。葵の誘拐事件の時からそうだったのだが、最近は照れもなくそう呼べる。
「ううーん、ねむたーい・・・」
「・・・おきれへん・・・あとごふん」
「・・・・・・・・・すー・・・」
 起こして宿舎に連れ帰るのは無理そうだ。皆本は年末以来チルドレンに占領されている部屋へ行き、布団を――チルドレン達が持ち込んだ――ひいてやり、そして最後に彼女達を運んだ。もう何度もやっていて、慣れたものだ。皆本はチルドレンを布団に入れると、電気を消して部屋を出た。
「おやすみ」



 翌日、BABELの通路をずんずん歩く薫、と葵と紫穂。昨日は失敗だった。時間が遅すぎたのが敗因だ。こうなれば今これから聞き出してやる。と皆本の研究室へ進む。ちなみに着替えなどは皆本家に完備してあるし、リミッターその他は朝、皆本に宿舎まで送らせたので問題ない。
「皆本ォーーーッ!」
 ばーん、と戸をあけて入ってきた薫に、皆本が驚いて動きを止める。彼は大量の書類をダンボール箱に詰める作業をしていた。部屋を見回すと、本棚など大きく抜けている部分が多く、既に荷造りが終わったダンボール箱が部屋の隅に山積みされている。
「なんや皆本はん、引越しか?」
「ああ、うん、まあな。」
 ハッキリしない返事だったが、薫はそんなことはどうでもいい、と口を挟む。
「聞きたいことがある!今日は絶対、ごまかされねーぞ!」
 ごまかすも何も、昨日、勝手に寝てしまったのは薫達だが、そんなことも彼女にとっては“どうでもいい”。
 やや興奮気味の薫に代わり紫穂が質問した。最近のぼやっとした態度について、そして――この閑散とした研究室に付いて。昨日まではいつもどおりだったはずだ。
「・・・そうだな、もう少しだけ、先延ばしにしていたかったんだが・・・」
 皆本は荷物をまとめる手を止め、チルドレンに向き直った。
「僕は、3月いっぱいでBABELを辞める。」


 それからどうなったのか、自分はどうしたのか、薫はよく覚えていなかった。今はこうして、休憩スペースのベンチに座っている。落ち着いて思い出してみると、皆本の言葉に何故か腹が立った自分は、どうしても自分を抑えられなかった。部屋にあった本や書類を超能力で投げつけ、さらにそれが詰まったダンボール箱を持ち上げた自分を、さすがにそれは大怪我になると葵と紫穂に止められた後、部屋を飛び出してきたのだ。その後は、どうやってここまできたのか、それは本当に思い出せなかった。
 ザ・チルドレンの担当官が代わることは頻繁に会った。皆本が来る前は、二ヶ月持った担当官はいなかったし、彼が着任した時だって、すぐに辞めるだろうと思っていた。彼が辞めて、また次の人が来て、また辞めて・・・それが普通だったから。そう、それが普通だった。以前までは何とも思っていなかった。皆本とはちょっとだけ親しくしてやったが、ちょっとだけだ。アイツも辞めていって、また別の人が来るだけなのだ。

――じゃあ、なぜ、あたしは泣いているんだろう。

 しばらくして、葵が薫を探しに来た。薫は顔を袖でぬぐってごまかそうとするが、涙の後が残っている。
「ここにいたんか、薫。」
「あー、まーな。」
 喉が絞まって上手く声が出ない。涙声にならないように気をつけたつもりだが、自信が無い。
「なあ、薫。ショックやと思うけど、まあ皆本はんも皆本はんの都合があるんやし、快く送ってやろやないか。」
 薫は、葵の声も少しくぐもっていることに気が付いた。
「ショック?べつに、ぜんぜん。」
「まあ、それやったらそれでエエんやけど。皆本はんな、辞める前に皆で遊園地行こ、って言ってるんや。つきおうたらへんか?」
 あんなやつと、そう薫は言おうと思ったが、言えなかった。それを言えば“自分はショックを受けました”と言っているようなものだし、なにより、どうしても彼が居なくなるのなら、せめて――一方的だが――ケンカしたまま別れるのはいやだ・・・
 研究室では、皆本が紫穂に治療を受けていた。消毒して絆創膏を張るぐらいだが。皆本は右頬に引っかき傷、左頬には手形がついていた。そして手足に打ち身と擦り傷、あとは見えない部分にもあるだろう。葵につれられて研究室に戻った薫は、ちょっとだけやりすぎたかな、と反省した。
「引っかき傷はウチで、ビンタは紫穂や。」
 ニッと笑いながら説明する葵。皆本が二人に気が付き、声をかけた。
「その・・・済まなかった。もっと早くに言おうと思ってはいたんだが、言い出せなかった。」
 そう言う皆本に、薫はまた少し腹が立った。早く言って欲しかったのではないのだ――では、どうして欲しかったのか・・・その先は考えずに置いた。



 3日後、都内 デジャブーランド
 当日は運良く快晴だった。暖かい日差しと涼しい風、園内には賑やかな音楽が鳴り響いている。薫も、葵も、紫穂もはしゃいでいる――表面上は。
 安全面の問題から、大勢の人がいる場所にはチルドレンは出て来れない。襲われるかもしれないし、その際には無関係な人を巻き込むかもしれないからだ。だから、今日のデジャブーランドはBABELの――と言うよりザ・チルドレンの貸切りだった。今日は平日で、しかも元々デジャブーランドはメンテナンス日になっていた。そこを頼んで使わせてもらっている。ここの経営に野上財閥のアミューズメント部門が噛んでいたことも、そういったことができた理由の一つである。
「でも、ちょっと寂しいわね」
 貸切りであるから他の客は全く居ない。たまに見かける人影はメンテナンス員であり、閑散とした雰囲気すらある。売店も品物の搬入などは行っているが、営業はしていない。
「色々あって、これが精一杯なんだ。」
 できないものは仕方が無い、ということでチルドレンは片っ端から遊んで回った。考えてみれば、待ち時間は全て0なのだから、ある意味ラッキーとも言える。とは葵が言った言葉だ。
 観覧車、コーヒーカップなどの定番から、特殊機器をふんだんに利用したアトラクションや、レースのできるゴーカートなどを楽しみ、チルドレンの顔にも心からの笑顔が浮かぶ。
 「あー、喉かわいたー!」
 絶叫ジェットコースターから降りてきた薫が、楽しそうに言う。強力なサイコキノである彼女にとっては、ジェットコースターなどよりスリルのある曲芸飛行が自分でできるのだが、やはり一味違うらしい。「と言っても、自販機ぐらいしかないで。」
 コースターをパスして待っていた葵が答える。同じく待っていた紫穂も頷いた。
「いや、すぐそこに一軒だけ開いてる店がある。行ってみよう。」
 地図をチルドレンに指し示しながら、コースターに付き合った皆本は青い顔で、ふらふらと歩いた。

「やあ、いらっしゃい。何にするかネ?」
「局長?!」
 小さな屋台のような店、そこに居たのは桐壺だった。わざわざ店員の制服を着て、エプロンまでしている。注文に合わせて、ホットドッグなどを次々と作る桐壺に、チルドレンは喝采を浴びせる。桐壺も満更ではない・・・どころか、相好を崩しまくっていた。
 近くにあった芝生に座って食事を取るチルドレン。それを眺めている皆本に、桐壺がジュースを差し出した。
「ご苦労さん、何か食べるかネ?」
 ジュースのカップを受け取り、しかし皆本は首を横に振る。
「すみません、今は緊張して何も食べられそうにありません。」
「そうか・・・まあ、少しでも食べておきたまえ。イザというときのためにネ。」
 そう言って桐壺はサンドイッチのパックを手渡した。頭を下げて受け取る皆本。ジュースで流し込むようにそれを食べる。
「・・・今のところは計画通りだヨ。情報操作も上手くいっている。」
「この遊園地の警護はどうでしょう?」
「こちらが依頼した通りの警護は“来ていない”。」
 安全のためにデジャブーランドを貸し切っていたが、それだけでは十分ではない。特にザ・チルドレンを狙う“組織”の存在が確実視されるため、園内外に警備員を配置して更に安全性を高める。という目的で、BABELは警察や自衛隊に応援を要請していた。しかし今は、希望した1/3も人員が来ていないという。“チルドレンの慰安のため”という目的のせいで、今一協力に乗り気でないということも考えられるが、それでも少なすぎる。
 しかし、皆本は頷いた。
「予定通りですね。」
「ああ。」


 その後、皆本とチルドレンは桐壺と別れ、再び園内を遊んで回った。遊園地には遊ぶものがいくらでもあり、特にこのデジャブーランドは近辺bPの規模を誇っていた。遊びのネタは尽きない。そうこうしている内に日が傾いてきた。
 皆本は辺りを警戒しながら、チルドレンがあまり離れ過ぎないように注意していた。その様子に紫穂が気付いて声をかける。
「皆本さん、どうしたの?」
 できるだけさりげなくしていたつもりだったが、時間の経過に伴い、そのあたりが疎かになったようだ。と苦笑しながら皆本が答える。
「いや、以前のことがあるからね。また襲ってくるヤツがいるかもしれないと思って。」
「大丈夫さ!あたしはリミッター持たされるようなヘマはしねーし!」
「そのヘマはウチのことかい!」
 言いあいを始める薫と葵をなだめながら、皆本は時計を見た。もうすぐ5時だ。
「そろそろ帰ろうか。もうすぐ暗くなるしな。」
 と言うと、薫が慌てて皆本を引き止める。
「後一つだけ、一つだけ、なっ?」
 葵と紫穂も同じことを言う。まるで子供に「まだ帰りたくない」と言われるお父さんのようだ、と思い、そのままか、と皆本は微妙な顔をした。
 チルドレンが最後に選んだのは、ミラーハウスだった。迷路状になっているミラーハウスの中を、4人は騒ぎながら進んでいく。
「あはは、葵ちゃん、変なカオ!」
「紫穂かって、太りすぎちゃう?」
「皆本、あたしよりちっちゃいぜ!」
 ゆがんだ鏡に映った姿を笑いあう。
――もう一つの計画は無駄になったが・・・
 皆楽しそうだ。局長や野上財閥には面倒をかけたが、遊園地に連れて来て良かった。そう皆本が呟いたとき、急に回りが騒がしくなった。大勢がミラーハウスに駆け込んできたようで足音が響く。しかし今日は、チルドレンのほかに客は居ないはずだ。
――来たのか・・・
 紫穂が心細げに皆本を見上げる。大丈夫だ、と言ってから、皆本は携帯を取り出した。それは通信圏内に無いことを表示しており、BABELに連絡は取れない。しかし彼は、携帯である番号をダイヤルした。そして言う。
「ザ・チルドレン、解禁。」
 チルドレンが付けているリミッターが光を発した。しかし、3人は超能力がまだ使えないことに気が付く。
「どうなってんだ?!」
 皆本は、リミッターを外そうとする薫に、そのままにしておくよう指示する。
「みんな、これから何があっても、落ち着いて、自分の言うとおりにしてくれ。良いね?」
 そしていくつかの指示を与えた。

 周りでガラスが割れる音が鳴る。こちらを探しているのだ。と皆本は思った。破片で怪我をしないように、チルドレンを誘導して少し広くなった部屋の真ん中に立ち、待ち受ける。
「いたぞ!」
 その声と共に、周りから覆面の集団が集まってきた。大半は手に銃を、一部はスピーカーのようなものを持っている。それが新しく“組織”が開発した投射型のESPリミッターだと判った。皆本も以前に同タイプのものを検討したことがあるからだ。もしかしたら、アイデアのメモ書きも盗まれているのかもしれない。
 覆面の男の一人が、低い声で言った。
「大人しく掴まれ。逃げるのなら殺す。」
 短い言葉だが、その分断固とした意思を感じる。彼らの目的はザ・チルドレンの誘拐と利用のはずだが・・・恐らく重なる失敗に“組織”の上層部が方針を変更したのだろう、と皆本は思った。
「君達は・・・」
 皆本が何か言おうとするが、それを制するように銃を向ける。
「我々は、貴様を評価している。貴様に油断はしない。」
 “組織”は、以前の計画に付いて、ザ・チルドレンの能力に付いては十分な対策を行っていたが、単なる付き添いで、ノーマルである皆本については注意を払っていなかった。リミッターを開発するなど小利口な男だ、ぐらいの認識であり、そのため彼の機転を見逃して失敗した、そう判断していた。
「貴様がが何か行動を起こすようであれば、即、射殺する。」
 覆面の男は、そう言った。今、皆本が生かされている理由は、ザ・チルドレンが反抗しないように、程度である。とも付け加える。
「繰り返す、おかしな真似はするな。」
 覆面の男たちは直ぐには近寄ってこない。警戒しているのと、自分たちの持っている投射型ESPリミッタが正常に動作していることを確認しているようだ。リミッターに付いているインジケーターなどを調べ、どうやら正常に動いているようだと判断した男たちは、じわじわと寄ってきた。

 皆本は、先ほどチルドレンのESPリミッターを“解禁”した携帯電話を、スーツの袖に入れて隠していた。それには、音声入力を待つのみの“解禁”とは別のコマンドが準備されている。頭をかくような素振りでゆっくり手を上げ、その袖を口まで持ちあげた。
「ザ・チルドレン! 対抗!」
 急に声を上げた皆本を、覆面の男たちは射殺すべく銃を撃つ。しかしその弾が皆本に到達するより先に、彼の作戦は実行された。弾は皆本の手前で止まり、彼に届かない。薫のサイコ・シールドだ。彼女の手にあるESPリミッターには、“<<対抗>> Level 7 Re-AVAIABLE”の文字が表示されていた。葵と紫穂のリミッターも光を発している。


 ESPリミッターの効果は「超能力を使わせないためには、超能力波動を阻害すれば良い」という理論から作られている。皆本の試作品や、“組織”のつくったリミッターも、形や効果範囲は違うが、そのために阻害電波を発生させるという構造は同じだ。そうして発生した電波で、アンチESP空間が構成される。

 ・・・では、その阻害電波をさらに阻害したなら?

 元々、阻害電波はある意味デリケートだ。例えば、薫に効果がある電波の波長は、非常に狭い範囲しかない。完全に打ち消すことができなくても少し変調することができれば、それはもう薫には効果の無い波長になる。そして薫を初めとする、ザ・チルドレン用の阻害電波波長は既に判っている。それを変調できる阻害・阻害電波波長を知ることは容易い。ただ一つ問題だったのは、この阻害・阻害電波の存在を“組織”に知られるのはまずい、ということで、計算やESPリミッターの調整などを皆本が自ら行わなくてはならなかった、ということぐらいだった。


 薫のサイコ・シールドは強力で、覆面の男達が持っているような銃程度では突破できない。とりあえず安全は確保できたわけだが、こちらからも手が出せない。小さなESPリミッターから発する阻害・阻害電波は、精々1m程度しか届かない。その外は、未だ超能力が使用できない場所だからだ。薫の力で“組織”のメンバーを締め上げることもできないし、紫穂がミラーハウスの中をスキャンすることもできない。
「葵、外にテレポートだ。」
 しかし葵のテレポートは可能だ。それは2点間の空間跳躍移動だから、途中に何があっても影響は出ない。出発点や到着点に問題があると、物体にめり込むなど危険な部分もあるが。
「はいな!」
 覆面の男達を残したまま、皆本とチルドレンはミラーハウスの外に出る。丁度出口だったそこには、数人の男達が見張りをしていたが、薫によってあっさり気絶させられた。
「紫穂、建物の外に誰かいるか?あと、ミラーハウスの出入り口は他にあるか?」
「・・・・・・出入り口は、ここと、建物の反対側に入り口、そして建物の側面に一つ。見張りらしき人たちが、それぞれ3人いるわ。」
 建物の外は、超能力阻害電波の効果範囲外だった。皆本達はテレポートでそれぞれの出入り口を回り、見張りを気絶させていく。確実に行うため、敵が身動きできないよう薫が締め上げてから、皆本が――予め桐壺から渡されていた――麻酔銃で撃つ、という方法を取った。
 気絶させた見張りをミラーハウスに放り込み、ドアを閉めて鍵・・・は無かったので、アスファルトや道路の縁石などを引き剥がして積み上げた。これで中に居る“組織”の連中は出てこれないだろう。

 一段落ついたところで皆本は携帯を再び取り出し、今度は普通に電話する。「終わりました。」と短い連絡を終えて、彼はチルドレンの方に向き直った。
「今日、こういった襲撃があることは予想していた。だが君達には何も伝えなかった。それは情報が漏れることを恐れたからだが、驚いただろう。本当に済まない。」
 皆本は、自分の計画について説明し始めた。皆本が担当官を辞め、その送別会にチルドレンを遊園地に連れて行く。という情報を流したのだ。それとは別にESPリミッターに改良を加え、以前から構想にあった阻害・阻害電波発生機能を付加する。そして”組織”は桐壺と皆本の思ったとおりに襲撃に現れ、計画通りに撃退できた。
 これで暫くは“組織”は大人しくなるだろう。少なくとも、“組織”のESPリミッターが効果を表さなかった原因が解明されるまでは。勿論、桐壺や皆本のほうでも、阻害・阻害電波については一切記録を作らない。皆本の頭と、ESPリミッターの中だけに残しておく。

 急にミラーハウスの中が騒がしくなった。“組織”のメンバーが出口まで出てきたのだろう。ドアが開かないと判った男達が、銃を乱射しているようだ。このままではドアはともかく、壁を破られるかもしれない。もうすぐ桐壺局長率いる応援が来るはずだが・・・
「ヤツらが出てきそうだ、離れるぞ!」
 チルドレンを連れてどこかに隠れようとした皆本だが、薫は動かなかった。何やらニヤニヤしている。
「ああ、アイツら逃がさなかったら良いんだろ?任せとけよ。」
「おい、薫?!」
 皆本にぴらぴらと手を振りながら、一人ミラーハウスに近づく薫。彼女のサイコキネシスは確かに強力だが、相手にはESPリミッターがあり、今はシールドを張るぐらいしかできない――はずだ。しかし・・・超能力学の権威とも言える皆本でも、超能力の全てを知っているわけではない。それは未だ学問で割り切ることのできない未知の力であり。特に薫の力は、飛びぬけていた。
「なんだよ・・・」
 ミラーハウスを前に、薫がボソっと言う。ドアや壁にはところどころ穴があき、銃弾が飛び出してくるが、薫には恐れるものではない。
「・・・計画だった、ってことは、皆本が辞めるのもウソなんじゃん。」
 超能力は、使用者の精神面の影響を受ける・・・言い換えれば気分に左右されることが多い。それは皆本も知っていた。冷静なら細かな作業も可能であり、沈んでいるときには弱くなる。そして気分が高揚しているときは――!
「サイコ・・・フライングカーペット!」
 一瞬、ミラーハウスが軋んだと思うと、次の瞬間、それはまるですっぽ抜けるように空へ飛び上がった。近くにある観覧車と同程度まで上がり、そこで固定される。
 唖然と――今は空高くにある――ミラーハウスを見ていた皆本は、ふと視線を下げて地面を見た。建物の基礎ごと引っこ抜かれたその穴の中には、引きちぎられた電線などが覗いている。
――ああ、あのミラーハウス、元の場所に降ろしても使えないんだろうなあ・・・
 崩れ落ちる皆本を、葵と紫穂が気の毒そうな目で見た。

(続く)

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