ザ・グレート・展開予測ショー

たなばた。


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/ 7/ 8)

「ん・・・?横島さん、あれは・・・」
「あん?―――おお、七夕の笹かあ。そーいや、もうそんな時期かあ」


 夕暮れの、いつもの通学路。

 男三人、仲良く家路を辿っている途中で。
 すぐそばの民家の軒先に飾られた笹竹を見つけて、ピートが声を上げた。
 ごく微弱ながら念の籠もった短冊を見て、何の呪術かと考えたらしい。


「・・・そんな時期ジャから、ワッシら、補習のキョーフにおびやかされとるんですケェ・・・」
「言うな。せっかくイヤなこと忘れよーとしとったのに・・・ッ!!」


 どんよりと呟いたタイガーの台詞に、半べそで横島がかみつく。
 タイガー寅吉と横島忠夫、学校きっての劣等生二人は、今週末の追試に落ちれば夏休み返上で補習の予定だ。
 とくに横島は出席日数自体が不足気味なので、ほぼ全科目、九十点以上取らなくてはならないらしい。

 ―――授業時間の大半を、バイトの疲れを癒す睡眠にあてている横島には、まず不可能な課題だ。

 ただ一人、優等生どころか校内屈指の高学力を誇るピートだけが、涼しい顔。
 鬱々としたオーラを放つ二人の背後で、笹飾りに目を奪われている。


「たしか・・・アルタイルとベガの宿曜神を夫婦になぞらえた神話、でしたっけ?」
「ああ。・・・――実際に会ったコトあるけど、ありゃスゴかった・・・」

「―――?、・・・織姫様って、もの凄い美人だとゆー話ジャなかったですかいノー?」

「・・・まーたしかに、“モノ凄い”神様ではあったな・・・」
「「???」」


 何故か先ほどよりさらに落ち込んだらしい、どんよりした横島の気配に、ピートとタイガーは顔を見合わせた。

 横島が、美女の話題でこんなリアクションを取るなど、まず考えられない。
 と、言うことは。


「美女ではなかった、と」
「それジャいったい、どんな・・・」

「――・・・一言で言うなら、ベースがT−800の格好したT−1000」


 もはや女じゃない。

 そんなモノと何があったのか。
 それ以上訊くのもなんとなくためらわれ、二人は白々しく話題の転換を試みる。


「・・・そーいえばピートサン、日本に来てからだいぶ経つのに、七夕を知らなかったんですかいノー」
「あ、うん――・・・毎年、今頃はたいがい生活費が苦しくて・・・」


 仕事に明け暮れていた、という事らしい。
 もっとも、あの神父が充分に金銭を持っている時など、一年を通してまず無いのだが。

 タイガー、藪蛇。


「あ〜・・・それは、何というか・・・」
「ご愁傷さん、としか言い様がないな・・・」

「はは。まあ、もう慣れましたから・・・。それに今年からは、GS協会の方から安定してお給料が出るようになりましたし」


 まさに聞くも涙、語るも涙。

 ちなみに、ピート自身の生活費はせいぜい入浴にかかる水道・光熱費ぐらい。
 食費はその辺の草花から精気を分けてもらい、学費は奨学金で賄っている。

 GS見習いと学業をしっかり両立させているのは、必要にかられての事でもあるのだ。


「そう言えば今夜、あっちの河原の方にちょっとした夜店が出るらしいですね。行ってみましょうか?」


 七夕にかこつけて、天の川を見上げながらちょっとロマンチックに浸りたいアベックが狙いだろう。
 そんな事情などつゆ知らず、ピートは男同士でのお出かけなんぞ提案してみる。

 が。


「―――イヤ、ワッシはちょっと、先約が・・・」
「魔理さんかッ!?魔理さんだなこのヤロー!!」


 何故か気まずげに断るタイガー。

 その微妙に歯切れの悪い態度に何かを嗅ぎ取ったのか。
 横島が何故か急に激昂して詰め寄る。


「それともエミさんかッ!?――まさか三人仲良くお手々繋いでお出かけッ!?そしてそのまま爛れた一夜を―――!!」
「わーっ!、ワッシはべつに、そんなつもりジャ・・・!!」


 おとーさんそんなの許しませんよーッ!!と喚き散らす。
 2mを超すタイガーの胸ぐらを掴み、ほとんど木登り状態で狂乱する横島。
 タイガーはあうあう、っと呻くばかりで、反論すらロクに出来ていない。

 夕方とはいえまだ人目もある天下の往来で、果てしなくこっ恥ずかしい。


「よ、横島さん!落ち着いて下さいっ!―――タイガーにそんな甲斐性、ある訳がないでしょう!?」
「―――はッ!?、そーいえば・・・」


 さりげなくヒドイ事を口走るピート。
 いったい何があった?


「ううっ・・・そんなとこで納得せんで下サイ・・・!!」

「はっはっは。気にするなタイガー!」
「そーだ、気にしたら負けだよタイガー!」


 明後日の方を向いて、何故か白々しく高笑い。


「まあ、この際タイガーの事は置いといて・・・」
「置いとかんで下サイッ!!」

「横島さんはどーします?、この後、何か予定でも入ってるんですか?」
「ああッ!!問答無用で無視ッ!?」


 タイガーの涙ながらの訴えは、丁重に無視。
 ピートに尋ねられた横島は、ぼりぼりとアタマを掻きむしった。


「んーなカップルばっかしこたまタムロしとるよーなトコ、ヤロー二人連れなんかで行けるか!!
 ・・・それにオレ、今日も仕事だし」
「あれ、そーなんですか?・・・珍しいですね」

「・・・オーイ、二人ともー・・・。聞いてツカーさい・・・しくしく」


 何やら寂しげ、かつ恨めしげな泣き声を徹底的に無視して、無理やり会話を続ける。

 しかしたしかに、あのあまり勤勉とは言い難い美神令子が、こんな日に仕事とは。
 ピートならずとも疑問に思う所ではある。


「イヤ、昨夜まではそんな予定は入ってなかった筈なんだけどなー。
 ・・・ちょっと見栄張って電話で『約束が』っつったら、途端に『何が何でも絶っっ対来い!』って怒鳴られちまった」
「「・・・・・・」」


 きっと、よっぽど報酬が良い依頼だなーありゃ、などと。
 アタマの後ろで手を組んで、溜息まじりにのたまう。

 そんな横島の背後で、何故か表情が見えない絶妙な角度に顔を俯ける二人。


「「横島さん(サン)・・・」」
「ん?どーした―――・・・うわっ!?」

「バカだからって、いっつも甘い顔してやると思ったら、大間違いですジャー・・・!!」
「あんまり寝惚けたコトぬかしやがると、いくら温厚な僕でもしまいにゃ殺りますよ・・・?」

「なっ、ちょ・・・ま、待てぇ!・・・――どぅわあああ!!」


 どげしッ!ごきばきどがっ、めきめき、みしぃっ!ズドムッ!!

 タイガーの全力ぶちかましを皮切りに、バンパイヤ昇竜拳、霊力の籠もりまくった喉輪に、ダンピールフラッシュ。
 容赦なく左右からドツき回されて、横島の身体が瞬く間に真っ赤に染まる。


「て、テメエら・・・!ここしばらく、美神さんにもココまでヤラれてねーぞ・・・!!」


 即席の血の池地獄のド真ん中で、ヤバげな痙攣を繰り返す肉塊が、何やら恨みがましく呻く。


「「五月蠅い。黙って事務所でもドコでも行け、この幸せインフレ野郎。」」
「・・・はい」


 だが、ふーふーと鼻息も荒い加害者たちが一睨みすると、一瞬で立ち直った横島は脱兎の如く逃走した。
 ―――残念ながら、『しあわせのくつ』は落として行かなかったようである。



***



 ピートが教会に帰り着いた時、礼拝堂では神父が困り果てたような顔をしていた。
 その手には、見事な笹竹が一本、所在なげに揺れている。


「ただいま戻りました。―――教会なのに、七夕飾りですか?」
「お帰り。イヤ、近所の子供にお裾分けを貰ってしまってね。―――ウチは宗教が違うと言っても、まだ分からないらしくて・・・」

「ああ、それじゃ無碍に捨てるのも可哀想ですね」
「・・・そうなんだ」


 どうも、貰ってしまった笹竹の処分に困っていたらしい。

 たしかに、道教に由来する星辰信仰のお祭り飾りなど、カソリックの教会に置く訳にも行くまい。
 さりとてこの心優しい神父には、未だ宗門の違いを弁え得ない子供の心遣いを無にする事も出来ない。

 それが、いつでも優しくて気さくな『しんぷさま』への、尊敬と信望の表れとあっては、なおさらに。

 ははは、っと乾いた笑い声を漏らす師匠の困り顔に、ピートは軽く微笑んだ。


「それじゃ、こそっと裏庭にでも飾っておきましょうか」
「・・・やっぱり、それしかないだろうねえ・・・」


 うーむ、っと顔に縦線を入れながらも同意した唐巣神父に、ピートは再度笑いかけた。
 今度は少し、悪戯っぽく。


「実は僕も、七夕って初めてなんで、少し興味があるんです」
「・・・おいおい」


 そう言って、心なしかうきうきと弾んだ足取りで裏庭へ向かう弟子に、神父はやはり困ったような顔で笑った。



***



「―――で、たしか・・・鵲(かささぎ)だったかな?、とにかく鳥が橋の代わりになってね、
 年に一度、七月七日の夜にだけ、織姫と牽牛は逢瀬を許されるんだ」
「へえ・・・随分とロマンチックな話ですね」


 教会の裏庭、陽も落ちた宵闇の中で、取り敢えず笹竹を立てて固定しながら、唐巣は七夕神話を語ってやった。
 その話は、西洋のロマンティシズムに満ちた神話に慣れ親しんだピートにも、比較的受け容れ易かったようだ。


「―――で、あとはここに・・・霊符か何か飾るんですか?」
「イヤ、短冊と言ってね、元々は短歌を捧げたものらしいが・・・今では願い事を書くようだよ。
 まあ、神々の恋路を祝う祭りだから、基本的には恋愛成就とか、そういった内容が普通みたいだね」

「恋愛成就、ですか・・・」


 唐巣の答えを聞いたピートが、微かに瞳を伏せる。
 その急に塞ぎ込む様子を見て、神父は内心で舌打ちした。

 彼が恋愛に及び腰である事を、唐巣神父は知っていた。
 同時に、その理由も。

 彼、ピエトロ=ド=ブラドーは、はっきり言って、かなりモテる。
 父親譲りのモロに二枚目な容姿に、堅苦しいほど生真面目な、しかし他人を思いやれる優しい心根。
 唐巣が知る中でも指折りの、掛け値無しに『好い男』だ。

 そんな彼に懸想する女性は、数多い。
 唐巣が直接に知っているだけでも、A級GSの小笠原エミに、ヘルシング教授の孫娘のアン。

 学校でも、きっと本気で彼に恋心を抱いている少女は少なくない筈だ。

 だが彼には、彼女たちのその想いを受け止めるだけの覚悟が、未だ無い。
 より正確には、その先に待ち受けるだろう結末を、だ。

 ピートはバンパイアハーフである。
 それも、真祖直系の。

 彼は昼日中でも活動でき、聖なる霊力を行使することもできるが、その能力は実質、バンパイアそのものだ。
 それゆえに、死という神の恩寵に与る事無く、永劫の時を生き続ける事だろう。
 だが、その伴侶は必ずしもそうではない。

 自分の愛する者が、目の前で老いさらばえ、死んで行く。
 彼自身は、いつまでも変わらないままであるというのに。

 その悲しみを、絶望を、ピートはすでに見知ってしまっているのだ。

 彼の母もまた、人間であったから。
 いささかネジのぶっ飛んだ言動をする彼の父もまた、その彼女をこよなく愛していたから。

 まだ幼いピートを寝かしつけた父の、月夜に谺する声無き慟哭を。
 中世ヨーロッパを舞台に荒れ狂い、猛威を振るった彼の父の、狂ったような渇望を。

 彼は未だ鮮明に、忘れ去ることなく、胸に秘めている。

 その事を知りながら、こんな話をピートに聞かせてしまった自身の迂闊さを、神父は密かに呪った。


「―――あ〜・・・ピート君・・・」
「そんな顔、しないで下さいよ。先生」


 気まずく、何かを言おうと口を開いた唐巣を、ピートは制した。


「―――良いお祭りじゃないですか、ロマンチックで。じゃあ、僕も・・・
 恋愛成就、は、まだ、当分先の事だろうけど・・・せめて人並みに、誰かを愛おしいって・・・
 そのヒトのためになら、強くなれるって、思えるように・・・お願いしようかな」

「・・・・・・」


 静かに、消え入るように、呟く。
 振り仰いだ天に、夜空を彩る『乳の流れる道』に、何かを重ねて。

 ピートは、そっと、短冊を結んだ。



***



 キイイイィン!
 ―――カッ!!


 教会の裏庭に、にわかに湧き起こる光と放電の嵐。


「せ、先生ッ!?」
「こ、これは――・・・天界神級の霊力・・・!?」


 シュウウウウ・・・―――

 濛々と立ちこめる、蒸気とも煙ともつかない靄の向こうから、巨大な霊圧が周囲を圧倒する。
 その根源は、身構える唐巣とピートの目の前で、半球状に窪んだ地面の上に立ち上がった。


『短冊に籠めたお前の念、しかと受け止めた。願いは叶えよう!』
「な、何者だッ!?」


 ふしゅるるるーっ。


『我が名は―――織姫!!』
「「え゛」」


 緊張を隠せない唐巣の誰何に、傲然と答える、ソレ。
 その姿は、あの映画に登場した、近未来の殺人アンドロイドそっくり。

 思わず硬直した師弟を気にもせず、ぐわしっ、と伸ばした掌でピートを鷲掴み。


『望み通り、妾と愛の一夜を・・・・・・!!今宵そなたは妾のダーリンじゃっ!!』
「うぇっ!?、いや、あう・・・えええッ!!?」

「ピ、ピート君・・・!!、―――ッ!?」


 キイイイィン!
 ―――カッ!!

 そこへさらに、もう一つの光の嵐が湧き起こる。


『織姫ッ!!もう浮気なんかしないって言ったじゃないかっ!?』


 現れた、どことなく能面のようなのっぺりした顔つきの男。
 その男の、情けない半泣きの台詞に。


『ふふふ、彦星・・・妾は確かにそなたの妻―――そしてそこに現れる、もう一人の運命の男!、ああっ、この背徳感がっ!!』
『背徳感って、神がそんな事、許されると思ってるのかーッ!!』


 そう言う問題じゃない。

 心の底からそう思いつつ、ピートはふっと思い出していた。


(・・・たしかに、『モノ凄い神様』だ・・・!!)

『さあッ!!いざ妾とともに、愛の逃避行ッ!めくるめく快楽の底へ堕ち行こうぞーッ!!』
「ひっ、一人で勝手に堕ちて下さいーッ!!」

『織姫ーっ!!』
「ピート君―――!?」


 ―――この後、ピートが救助されるまでには、東京中を騒乱に巻き込んだ一大スペクタクルが展開されるのだった。

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