ザ・グレート・展開予測ショー

七夕


投稿者名:veld
投稿日時:(05/ 7/ 7)




 誰が叶えてくれるのかは知らないが、竹に吊るした願い事ってのはぁ、まぁ、人それぞれあるもんで。
 吊るしたところで、願い事なんてしたところで叶った試しがあるわけでもない。というよりも、去年の願い事なんていちいち覚えちゃいない。
 まぁ、妥当なところで、無病息災ってとこだろう―――だとすれば思いっきり裏切られてる、ってことになる。まぁ、こんなのは所詮、当たるも八卦当たらぬも八卦。
 しかし、神に縋りたくなる心境の奴にとっちゃ、こんなイベントはありがたかろう。そんな暇ありゃ努力しろ、って話だが―――。
 商売繁盛神頼みにするほど落ちぶれてもいない―――誰があんなものに頼るものか。













 七夕









 ―――町内会か何かで、親父が竹を貰ってきた。笹のついたまだ丈の低い竹。
 それを入り口に置く。横に台の上に短冊とサインペンでも置いておけば、客引きになると考えたわけだが。
 まぁ、お客もそれなりの年齢だから、そういう行事に対する関心が薄いのか―――大体がして、誰も書いていない状態で自分だけ書けばそれだけが残ってちょっぴり恥ずかしい思いをすることになりかねないからか―――誰も書いてくれない。
 だから、仕方なく。仕方なく。そう、仕方なく、俺は書こう、とサインペンのふたを取った―――。
 
 

 けして、神頼みにしよう、とか、そういうことではないのだ。
 あくまで、お客さんが書きやすいように。いわばさくらのようなもの。
 と、短冊に力いっぱい書こうとしていた俺の背中に声が掛けられる。
 ―――振り向くと、そこには見慣れた制服を着た、見慣れた顔をした女の姿が見えた。

 「リョウ、あんたも願い事書いたりするんだ?」

 声まで聞きなれている。俺はため息をつき、サインペンに蓋をすると、彼女に差し出した。

 「サヤカか。お前、何か書くか?」

 「うん」

 彼女は妙に素直に頷き、いそいそと短冊に何か書き始めた。見てもいいものかは分からなかったが、見ない方が良いと思い、俺は視線を外す。そこにカナタがひょこっと顔を出す。湯に使っていたんだろう、頬は血色が良かった。
 短冊に願い事を書いているサヤカの姿を見、笹の揺れる竹を眺め、そして、最後に俺を見る。
 短冊を手に取り、指差しながら。

 「リョウ、これ何カナ?」

 「短冊だ。・・・って、そうだな。お前、今日がどういう日か知らないんだよな」「

 「知らないカナ。今日はどういう日カナ?」 

 「今日は七夕って言って・・・浦島太郎と乙姫が・・・」

 「織姫と彦星でしょ」

 「・・・織姫と彦星が一年に一度、逢う日なんだ」

 「織姫?浦島太郎?誰カナ?」

 「浦島太郎は関係ないけどね」


 ―――正直、俺は七夕って言う日がどういう日なのか知らなかった。
 織姫、彦星ってのは、まぁ、知っていた。さっきの間違いは単なる洒落だ―――。

 俺を見、サヤカは説明を促すが、俺は全然知らないんだからしょうがない。
 サヤカも知らない様子で困った顔をする。

 困った顔をされても、俺が困る。
 まぁ、どうせカナタだし―――と、思い、俺は適当なことを言って誤魔化す。

 「まぁ、織姫、彦星、っていう何か変なのが、願いをかなえてくれるわけだ。叶うか叶わんかは分からんが」

 「うわー、曖昧カナー!」

 「適当ねぇ」

 でも、ひらたくいえば、そういうことだろう。
 多分違うけど。 


 サヤカは願い事が決まったのか、願い事を吊るすと、女湯の暖簾を潜っていった。
 ここでバイトしている彼女はバイト代とは別に入浴料金も無料にしろ、といってきたので、フリーパスだ。
 カナタはそんな彼女の背を見る事もせずに、短冊を掴んだ―――。
 サインペンを抜き放つ彼の顔には迷いがない。

 俺はなぜか凄く、不安になった。


 「お前、願い事、決まってんのか?」

 「決まってるカナ!」

 「まぁ。そうだろな・・・でも、一応、聞くぞ? ―――何だ?」

 「無病息災。皆が平穏に過ごしてくれる事が一番カナ・・・おや? リョウ、どうかしたのカナ?」

 「・・・こんのあほぉぉっぉ!! 」

 どうやら、彼には『寸づまりな体型』になった俺のことなど見えてはいないらしかった。
 ついでに、現実も見えていないのだった。




 彼の手を無理やりに掴み、『とりあえず、がぁどろいやるねんないくりあー』と、書いてやった。
 きっと、叶うに違いない。いや、叶わなければ困る。頼む、叶ってくれ。



 ぐすりっ・・・と、床に伏せていたカナタが鼻を鳴らし、目に浮かぶ光るものを拭いながら言った。

 「うぅ・・・正当な権利である願い事さえ、強者の手によって奪われたカナ・・・」

 「うっさい。全て奪い返すくらい強くならんかい」








 ―――とか何とか言ってるうちに客が来た。
 俺は急いで番頭台に昇ると、どうせ愛想の欠片も無い笑みを無理やりに作る努力をして―――やめた。







 帰っていく客たちが、笹の傍を通り過ぎる度に苦笑したり、微笑んだりするのが気になったが―――。
 それが逆に怖くて、見ることが俺には出来なかった。


 ―――客が引き、家の中で一息つく。
 テレビの前には、ユウリがいた。ワネットは自室で研究をしているらしい。また厄介なものでも発明してないといいけど―――と考えていると、ユウリが俺に尋ねた。

 微かに頬は赤い。息も荒い。どうかしたのか?―――と、訪ねると、テレビで七夕の伝説の話をしていたと言う。

 「まぁ、この星にも七夕―――と言う伝説があるんですね」

 「ユウリ達のふるさとにもあるのか?」

 「ええ。ちょっと内容は違いますけど」

 どうやら、違う星だと言うのに同じ文化を持っている事に興奮していたらしい。


 「へぇ、どんな話なの? 聞かせてくれない?」

 声がまた後ろから聞こえた。―――とっくの昔に帰っていたサヤカの声である。
 俺の隣に座り、ユウリを促す。ユウリはサヤカの様子に少し戸惑った様子ではあったものの、話し始めた。






 ―――昔、昔。

 一人は火子。一人は尾利。
 彼らは見合い結婚でした。―――しかし、結婚した当初は周囲のものは誰も近づきたがらぬほど仲が良く、働き者であった彼らの名残は見えぬほど放蕩三昧の日々。
 しかして、二人は契る前には周囲の人々がその体を心配するほどの働き者。天上の人々は寿命が長い分、気も長く、『いつかは彼らもそれぞれの職分を思い出すに違いない』と、放っておく事にしました。


 それから何年もの時が流れます。何十年、いや、何百年かもしれません。
 途方もなく長い年月だったのか。それとも、それは一過性のものでしかなかったのか。
 尾利の愛は冷め―――尾利は父に頼み、火子と距離をおくことを頼みました。
 しかし、火子の方はそれを頑なに拒みました。







 ―――はぁ、何かよくわからんが。
 ―――嫌な伝説ねぇ。




 尾利の父は彼女の願いを聞き届け、銀河の海に隔てられた地域にそれぞれの宮と社を建て、それぞれにそこに住むように約束させました。
 しかし、火子は尾利のことを忘れる事が出来ず、仕事に手がつきません。それを見ていた尾利の父は、星渡る鳥に頼み、一年に一度だけ、尾利の下へ、火子を送ることを頼んだのでした。

 火子はその旨を星渡る鳥に聞き、必死で働いたそうです。


 おしまい。






 「・・・え?それで、終わりか?」

 唐突に打ち切られ、俺は立てていた肘を崩した。

 「はい。終わりです」

 にこやかな笑顔を浮かべるユウリの顔には、続きを話そうと言う意識はないらしい。
 終わったのだ。本当に。

 「え、火子と尾利はそれからどうなったの?」

 サヤカも納得がいかないのか、彼女に尋ねる。
 が、ユウリは困った顔を浮かべ、右手で頬を抑えた。

 「諸説は色々とあるんですが・・・しかし、どうなったのか、は」

 真実は闇の中。
 まぁ、伝説でも何でも、そういうことなのかもしれない。


 「・・・まぁ、何にしても、女々しい話だよなぁ」

 「女々しいって?」

 「いや、火子はふられたわけだろ? なら、きっぱりと諦めるべきじゃねぇかなぁ、と思って」

 いや、これは愛だの恋だのが良く分からないから言える言葉なのかもしれないが。
 どうやらサヤカもユウリも不満らしい。じっ、と俺を睨むように(サヤカは)見つめている。

 「―――きっぱりと諦める、という話もあります。伝説にもいろんな解釈の仕方があって複雑なんです。でも・・・私は諦めない、と思います」

 「私もそう思うなぁ。諦めきれないよ。・・・たとえ一年に一度でも、逢うよ。逢って・・・」

 「逢って?」

 ―――訪ねると、サヤカの目がきらーんっ光った。

 「奪って逃げるッ!」

 「は?」

 がっ―――と、サヤカが俺の腰を掴み、足払いを掛ける。

 「と、いうわけで、私達、駆け落ちするからっ!」

 びしっ、と右手でユウリに敬礼すると―――

 「は?」

 むんずっ、と俺の胴体を掴み、あっと言う間に星の湯から駆け出していった。
 腰の方に感じる胸の柔らかさが―――子供の自分の意識が憎たらしいやら嬉しいやら。

 星の光と街灯と、遠い街の光におぼろげに見える道路を掛けていく彼女の足からは砂煙が見えた。

 振り払おうと思えば簡単に振り払えるはずの華奢な腕に篭った力強さと熱と柔らかさが、俺に抵抗させる気力を失わせた。
 
 


 



 東京駅発の夜行列車がまさか、待っているとは露とも知らず。



















































 ―――暗くなった店の中。
 笹が室内に流れた微かな風に揺れ―――そして、それに伴い、三つだけ吊るされた短冊も揺れた。



 『とりあえず、がぁどろいやるねんないくりあー』

 『商売繁盛』


 そして―――


 『初恋成就』





 
 ―――終わり。

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