ザ・グレート・展開予測ショー

成長中。


投稿者名:ししぃ
投稿日時:(05/ 7/ 7)

 制服姿を見るのは久しぶりだった。
 雑に開けた詰め襟。少しだけ裾を絞ったズボン。折り目なんかいい加減だけど、清潔に
してあって着こなされた雰囲気。
 ……そっか。格好いいんだ。コイツ。
 豊かすぎる表情で崩れてしまう事が多いけれど、本人がたまに叫ぶような『不細工』
というような造形ではない。

「んだよ、タマモ。腹でも減ったか?」

 あたしの視線に気付いて、横島は意地悪い笑みを浮かべる。
 こういう風にせっかくの容姿を崩す表情を厭わないのが『見た目でモテない』原因だろうに。
 本人が気付いていない事を指摘するつもりもないけれど。

「お腹は空いてないわ」

 微笑みを返す。
 からかって、怒らせて、いつものコミニケーションに持ち込みたい。
 そんな雰囲気が見え見えだったから、これは少し意地悪なのかもしれない。

「またまた、お揚げの事でも考えてたんじゃねーの?」

「ううん、あなたの事を考えてたの」

 4時過ぎの事務所。
 幾つかの手続きの為に美神さんは出かけているし、中学校とやらに入ったシロも、
おキヌちゃんもまだ帰っていない。
 微睡みの午後。
 高校帰りにまっすぐここに来た横島と二人きりだった。

「なっ、なんだよそりゃ」

 目論見通り、あるいはそれ以上に彼は狼狽して目を反らす。

「どう受取ってもいいわよ?あんたの魅力について検討していたの」

 不純物が混じった90%の冗談。
 横島は不純物を無視して受取る事にしたらしい。

「ガキに興味はないっあと10年したらな」

 その言葉に少しでも同じ不純物が入っていたらいいんだけどね。
 腰に手を当てて胸を張るなんか微妙なポーズで鼻息を荒くする。
 少しの沈黙、視線を再び合わせてどちらともなく、笑った。

「ばっかばかしい、なによその変なポーズ」

「そりゃこっちの台詞だ。まあちっとだけびびったぞ」

 彼がソファーに座ると、スプリングがボヨンと弾けてあたしはちょっと揺れてしまう。 とん、と当る肩。
 とくん、と心臓が鳴って、不純物が増えていく。

「タマモは?」

 テレビのリモコンを操作して、横島は問い掛けてきた。
 意味がまるで判らなかったので疑問符浮かべて待っていたら、

「学校、行かなくていいのか?」
と、言葉を続けた。

 シロの入学の時、一緒にと美神さんは言ってくれたのだけど、今一つ気が乗らなくて、
それまで通りテレビの日々を送ることにした。

「別に人間社会に馴染みたいわけじゃないもの。食べていければ充分よ」

 常識を学ぶためにこの美神除霊事務所に身を置いて丸一年。
 現代の日本が、今まであたしが生きてきた社会に比べると飛び抜けて平和で安定している
事を知ったからだ。
 餓死する心配はほとんどないし、お揚げが贅沢品でもなんでもなく容易に手に入る。
 美神さん達のおかげで、妖力を狙う権力者に目をつけられる心配も薄い。
 この安定した状態をわざわざ変えたいとは思えなかった。

「くー、羨ましいぜ」

 無造作にチャンネルを変えながら、ペン、とあたしの頭を叩く。

「なんでよ、横島だって学校なんか行かなくてもやってけるでしょ?」

 いきなりの暴力にちょっと口を尖らせておく。
 まあこんなの子供が『遊んで欲しい』と言ってるようなものだけど。

「今時は高校ぐらいは卒業しとかんとモテないからだっ!」

 握り拳を前に出して号泣。
 ま、いわゆるアホ面。

「卒業後もここで働くんでしょ?ちょっと早めてもいいと思うけど?」

「んー、美神さんにも卒業ぐらいしとけって言われてるしな。まあ俺も勉強が足りない
 とこもあるし」

「結局、学校を楽しんでるんじゃない」

「かもなー、セーラー服を堂々と鑑賞できるのももう少しなわけだしな」

 セーラー服、ねぇ?
 どうも男の人には特別な思い入れがあるらしい。

「なにがいいの?セーラー服」

「中身だ」

 一も二もなく、身も蓋もない答だった。

「服じゃないわよそれ」

 呆れきって吐息すると本人も少し反省したらしい。
 眉間にシワをよせてしばし熟考。

「いやいや、あのスカートのひらひらとかだな?」

 数秒後、やっと思いついたらしく、ポンと手を打ってにやりとする。
 えと、したり顔されても困るから。
 とりあえず立ち上がって回転してみる。
 今着てるのは、夏物のレースをあしらったワンピース。
 充分にひらひら。

「あー、リボンだな。きゅっと結び目が胸元で揺れるのがまた」

 ……横島はどうも不満だったらしい、新たなセーラー服の魅力を口にする。
 リボンは無かったので、ネッカチーフを持ってきて結んでみる。

「こーゆーの?」

「いや、違う!揺れとらん!」

 かかとを上げる。

「……リボンちゃんと揺れてますけど?」

「胸だ胸!こうボリュームのあるたゆんたゆんがだな」

 あー、そゆことね。

「化けれるけど……ヤダ」

 横島は胸を凝視してる。
 まだ成長途中ですから、横島が夢中になる程のボリュームはないと思う。確かに。
 微妙に恥ずかしくなって、両手で隠して上目使いに睨めつけたら、

「ちがうー、ドキドキなんかしとらんのじゃー!!」
と、壁に全力で頭をぶつけはじめた。

 それもまたムカつく。

「大体なんでお前ぶらじゃーしとらんのだっ!!」

 血が出てる額じゃなくて鼻を押さえて続けて叫ぶ横島。

「暑いから」

 何を今更な話だった。
 襟を持ち上げて覗き込んでみる。
 さっきこいつに言われた通り、揺れるほどのボリュームもないし、出かける用事でも無い
限りブラなんかいつもつけてない。胸の所が二重になってる服だし、透けるわけでもない。
 そもそもボリューム不足に文句をつけてるのにノーブラに反応されてもね。

「そういう問題じゃないっ!」

 泣きますか。
 そーですか。

「あと最近ちょっときつくなってきたからサイズ変えたいの。おこずかい貯まってないしさ」

 カップでなくアンダーの問題できついから無理すると本当に息苦しい。
 曰く『ゆれないバスト』がきつくなるというのが判らないのか、少し不思議そうな表情
の横島。まあこいつがこういう事に正しく理解を示してくれてもそれはそれでヤだけどね。

「お前なー、妖怪だろ?服ぐらい妖力でつくればいいじゃないか」

 上を向いて血を拭いつつ。
 そんな事を言った彼は再びソファーに腰掛ける。
 なんかもうすでに血が止ってるこいつに妖怪呼ばわりされるのはすごーく理不尽な気が
するのですけど……

「そんな便利なものじゃないわよ。人間が作ったのって可愛いの多いし」

 服を作り出して着続けるというのは、その服を維持し続ける限り妖力を消耗してしまう。
 極僅かとはいえ、しなくてもいいそんな苦労するのはゴメンだった。

「美神さんに言えば買ってくれるだろ?それぐらい」

 あたしを見ないようテレビに視線を向ける。
 ……恥ずかしいらしい。
 ちょっと可愛い。

「でも服とかは自分で買えって言われてるし、どうだろ」

 さっきの仕返しに、と勢いをつけて座ったけど、横島は全然揺れなかった。
 なんか悔しい。

「かっ、買ってやろうか?」

 ……訂正。
 横島は耳まで真っ赤にして、リモコンを握りしめて、ちーさく呟く。
 グラグラね。

「本当?」

 体を押し付けて横島を覗き込んだら、彼は笑えるくらい大きく目を見開いて、ソファーの
一番後ろまで身を引いて、脅えるように頷いた。
 純情セクハラ男は接触に弱いらしい。
 横島の評価に追記しておきましょう。



「シロと会ったわよ」

 待ち合わせて乗った電車で告げてみる。
 横島はいつものデニムの一揃い。
 支度があるから、と帰ったのだけど、これなら学生服のままの方が格好良いのに。

「げ、変なこと言ってないだろうな?」

「ううん、デパートに買い物に行くから留守番しといてって言っただけ」

 さっきのデータを実践して腕につかまってみる。
 横島は挙動不振な様子で辺りを見回して、あたしの正面に立った。

「どしたの?」

「ノーブラを見せるわけにいかんだろ」

 ……本人は隠してくれているつもりらしい。
 まず殴っとく。

「つけてるわよっ!!」

「さっきサイズ合わないとか言ってたじゃねーかっ俺に買わせるための嘘だったんかっ!」

 あまりの短絡思考に軽く、頭痛。

「出かける時はつけるわよ、全部サイズきついわけじゃないんだし」

 ベルトタイプじゃないやつなら多少余裕がある。
 外に出る時につける物まで無くなってたら、とっくに自分で買っている。
 そもそもあたしも出かける為に着替えてるのに何でこんな事を考えるのか。

「騙されとったんかー!」

 号泣する横島に何となく集まる車内の視線。
『おかーさん、あのおにーちゃんまた泣いてるよ』
『あれはね、ちょっと嬉しいのよ、男の子は大変なの、そっとしておいてあげようね』
 優しそうな母親の言葉にちょっと苦笑する。
 まあ、変な誤解してたとはいえ、あたしを守ろうとしてくれたらしいし。

「欲しかったのは本当だし、誤解させる言い方したのは悪かったわよ。ゴメンね」

 自分らしくないなーと思いつつ、そんな言葉をかけたら、横島の方がよっぽどらしくない
態度で、

「いや、こっちこそな」
と、謝った。

 変に緊張した面持ちはいつもの彼と大違いで、つまらなくもあり嬉しくもあり。
 無難な会話を選んだまま進む電車の時間は妙に長かった気がする。



「ここかよ」

 最寄りのデパートについた瞬間、心底イヤそうに横島は呟いた。

「どしたの?」

 この中武デパートか前に美神さんの車で行った専門店まで行かないと、ジュニアのサイズ
で種類は選べない。
 近所のショッピングセンターのワゴン品を買ってもらうというのも変かと思って、選んだ
場所だったのだけど……

「なにか問題あるの?」

「イヤ、前に除霊でな」

 思い出し苦笑い?
 変な顔をしてる。

「お化けが出たとか?」

「ああ、悪魔がマネキンに乗り移って人間をマネキンに変えてったんだ」

 真夜中で電気が消されたりとかなり恐ろしい事件だったらしい。

「それだけじゃないでしょ?」

 エスカレーターに乗って、一通り話した横島に追撃。
 過去の除霊は自分が何もやってなくても自慢気に話すのがこいつの癖なのに、今回は何か
心底イヤそうだった。

「えー、あー、それだけだけどな?」

 目が泳ぐ。
 隠事出来ないのは根が素直なせいね。

「あんたがマネキンに襲われたらいっそ喜びそうなのに」

「あのな、やーらかくもあったかくもない物になんの価値があるっ!」

「正当派なのね」

 ティーンズは4F、フロアに降りたら横島はそのまま上に上がるエスカレーターに乗って
行ってしまった。

「馬鹿こっちよ」

「お、下着売り場は上じゃねーのか?」

 あわてて、逆向きに駆け降りてくる。……子供みたい。

「上は大人用。小さいサイズ少ないからこっちのがいいの」

「女物なんかよーわからんて」

 夏物を見て回りながらインナーのコーナーに向う。
 値段を見つつ。叫び声を上げてみたり、ガキがこんな物着るんか、とチューブトップの
ワンピを手に取ったり。
 微妙に不審者な横島。

「着たいの?」
と、聞いてみたら

「誰がじゃ!」
と、泣き叫ばれた。

「えーと選んでくるから待っててね?」

 視線を集めたくなかったから、さっさと目的果たそうと思ったら、今度は捨てられた
子犬の視線。

「一緒に選びたいの?」

「ちーがーうーっ!俺はガキには興味ないんやーっ!!」

 柱にガンガン頭をぶつけ出す。
 どーしろって言うわけよ。

「サイズの計り直しもしたいから時間かかるわよ?決めたら呼びに行くから本屋にでも
 行ってる?」

「それだっ!じゃ、呼びに来いよ。あんま高いのはダメだからな」

 視界から消え去るまで、一瞬だった。
 居ずらかった、のかな?

 店員さんに計ってもらって、数タイプ選んで試着する。
 いつも買う物よりちょっと高めな可愛いの。
 どうせ服の下で見えないのに、と思いつつ。
 こういう無駄な物に手間暇をかける人間の習性は大好きだった。
 転生の前の肌着と違ってデザインも役目も大きく進化している。
 木の実をワンポイントに添えた薄紅色とか。
 ちょっとくすぐったいぐらいにレースをあしらったタイプとか。
 前にあたしとシロの買い物に付き合った美神さんが自分のサイズにはこんな可愛いタイプ
が少ないことを嘆いていたのを思い出す。
 ……あっても今一つ似合わない気がするけれど。

 自分が気に入ったのと店員さんが見立ててくれた品。
 2セット選んで、試着室を出たら怪しい視線に気が付いた。
 まあ怪しいも何も『あいつ』に間違いないけれど。
 ……尾行されていたのだとすると正直悔しい。
 今まで本当に気付いていなかったから。

「これなら横島も夢中よね」

 とりあえず聞こえるように呟いてみる。
 ビクン、と隠れているワゴンの裏で殺気が上昇。

「でもいきなり下着を買ってくれるなんて、やっぱりあたしの魅力に夢中なのね」

 んー、耐えてる耐えてる。
 もう一押し。

「サンポとか言って、引きずり回してる野蛮な犬とは違うものねぇ」

「女狐っ、拙者は犬じゃないもんっ!狼でござるっ!!」

「突っ込み所、そこでいいの?」

 立ち上がった同居人のあまりに定番の台詞に嘲笑したら、中学の制服のままの狼は、
一瞬言葉を失って、うぅ〜〜と、低く唸り出す。
 涙なんか浮かべて。

 シロは本気。
 いつでも全力。
 どこかで一歩引いてしまう癖があるあたしとは、違う。

「とっとにかくっ、先生をお前のような女狐の手にかけるわけにいかないのでござるっ」

 全力で横島が好きで。
 ずっと彼の側にいるために、人間と人狼の垣根を低くしたい。そんな夢を語っていた。
 西条や美智恵さんまで担ぎ出して学校に通っている彼女は遠くない内にその夢を叶える
気がする。

「あら、そんなの横島が決める事だわ」

 あたしの夢はなんだろう。
 ……時々、そんな事を考える。
 まだ種としての形を残す人狼と異なり、妖狐は最早滅び行く種族だった。
 人と交わり、子を成しても妖狐としての形質が継がれるのは女に限られる。
 元々が単独で行動する性質なのが災いしたのだろう。
 この現代社会であたし以外の妖狐に出会った事は無かった。
 これからも、無いだろう。

 それを悲しいと思えないのが多分種としての限界。
 それを寂しいと思うのは、あたし自身の弱さ。

「拙者の方がず〜っと前から先生の事を愛しているのでござる」

「別に早い物勝ちじゃないわ、恋愛は」

 多分、恋をしたいのだ。
 必死なシロを羨ましく思う。
 かつて横島の良さについて夜通し語り続けたその純粋さに憧れている。
 そんな風に心を預ける相手をあたしは求め続けている。

「シロもさ、買ってもらったら?」

 言葉を失って敵意を剥き出しにしている相棒に微笑みを。
 早い物勝ちじゃないんだから、こういうのもありだと思う。

「乳当てをでござるか?」

「うん、前買ったのあたしと一緒でしょ?」

「せっせっ、先生に見立ててもらうなどっ」

 ……なんか変な想像してる。
 真っ赤な顔して煙を吹くのは師弟関係のお約束なのか。
 変な事をつぶやき出した狼の頭をぺん、と叩いて店員さんに声をかけたら、変態狼は

「先生に計ってもらうわけではないのでござるか」
と、残念そうにつぶやいた。



「なんで増えとるんじゃっ!」

 本屋で車雑誌を立ち読みしていた裾を引っ張ったら、その雑誌を引き裂いて叫ぶ横島。
はい。お買い上げ。

「女狐の抜けがけは許さないのでござる。拙者に乳当てを買って下され」

 全力で尻尾をパタパタと。
 ……スカートの裾をちょっと押さえておく。

「あのな、タマモはサイズが合うのがないっつーから、しょうがなくだな」

「サイズなら拙者の方が上でござる」

 意味無く胸を張る。
 まあ、今は負けてますけどね。

「ほう、Cか……」

 ホレホレ、と突き出すシロも変だけど、流石に凝視するのは如何かと。
 全力で呆れた目をしてみせたら、何とか自力で理性を取り戻して咳払い。

「決めたのか?」

「うん、シロも選んでるわ」

 足りるか?とサイフを覗き込む辺り、もう断るつもりもないらしい。



「せんせえ、いつでも見たいときは言ってください」

 帰りの電車で紙袋を抱きしめて告げるシロ。
 シロにドキドキなんかしてないっ!!と、必死で血を手すりにヘッドバンキングする表情は
耳まで真っ赤で、

「あら、あたしの方を見たいの?」

 なんて、からかいの言葉を続けてしまう。

「おまえらなー」

 漏れる笑み。
 困ったようなその瞳は魅力的だと思う。

「また制服を着てきてね?」

 シロとじゃれつくその姿に呟いてみたけど、聞こえているのかいないのか。
 少しずつ欲張りになる想いを一緒に、あたしも紙袋を抱きしめた。

















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目論見は失敗しました。ツンデレって何ですか?
えーと。
成長期は油断できないという話かな。
タマモフラグonの話かも。
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