ザ・グレート・展開予測ショー

チルドレンとの1年-04_後2 (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:進
投稿日時:(05/ 7/ 7)

(続き)

 駐車場を飛び出し、再び逃げ出そうとする皆本とチルドレン。しかし、皆本は急に足に力が入らなくなった。ふらり、とよろけ駐車してあった車に手を付く。
――何だ?
 疲れで足が萎えたのか、と思うと同時にふくらはぎに痛みを感じた。そう大した痛みではないが、と自分の足を見る。
「み、皆本!」
 彼の足にナイフが刺さっていた。スーツのズボンに赤い血が大きく広がっており、傷は浅くないようだ。
「捕まえろ」
 物陰から現れた頬に傷のある男が、同じく物陰から出てきた他のメンバーに指示を出した。その手には数本のナイフが光っている。あれを投げられたのだ、と皆本は認識した。
「クソっ・・・皆、逃げろっ!」
 ESPリミッターから離れることが出来ればこちらの勝ちだ。リミッターの実物は見ていないが――葵が気付かず持たされた位だから――そう大きな物ではないだろう。とすれば、有効範囲も大して広くないはずだ。範囲を最大限に見て、あと5mも離れればリミッターの制限は受けなくなる。
「お嬢ちゃんたち、そこから動いたら、そいつは死ぬぜ」
 頬傷の男が、これ見よがしにナイフを振って見せた。ナイフがキラキラと街灯にきらめく。
――・・・?
 皆本は、自分の少年時代の事件から刃物が苦手だった。正気を失うほどではない――散髪騒動のときなど、散々ハサミを持った薫に追いかけられた――しかし、思い出すのだ、あの時の、散髪屋で父を失った事件を。はっきりと、細かな点に至るまで、犯人の顔、輪郭、目鼻、確か、そして、頬に、傷が。


 チルドレンはその場から動かなかった。頬傷の男は、それをみてナイフを数本投げた。素人の皆本が見ても無造作な投げ方で、それはほとんど見当違いな方向へ飛んで行く・・・と思ったとたん、ナイフは向きを変えた。ゆっくりと空中を進み、皆本とチルドレンの目の前で停止する。
「・・・サイコキノ・・・」
 頬傷の男は、皆本のつぶやきに反応した。
「おっ、良く知ってるな・・・当たり前か、BABELだからな。」
(皆本!なんでアイツは超能力が使えるんだよ!)
 倒れそうな皆本を支えながら、薫が聞く。彼女の力はまだ使えない。
(恐らく・・・)
 頬傷の男とチルドレンの波長が違うのだ、と皆本は見当を付けた。ESPリミッターの原理は“超能力者が出す超能力波動を阻害する電波を発信する”というものだが、その超能力波動――引いては、それを阻害できる電波波長も人によって異なることが、実験から判っていた。つまり、ある波長で薫の超能力を阻害できても、葵や紫穂のは阻害できない。葵が付けられたESPリミッターは、対チルドレン用に調整されており、頬傷の男には影響しないのだろう。
(それってズルイ!)
 薫が悔しがるが、ナイフを突きつけられた現状は変わらない。
(薫、熱くなるな。)
 葵から発信機を探そうとしたとき、足にナイフを刺されたとき、皆本は焦り混乱した。しかし今は、自分の思考が冷静になっていくのを実感できる。目の前に居るこの男は、あの時の男だ。超能力犯罪者で、今もそうだ。胸の奥から沸き上がる怒りが、しかし頭を冷やしていく。皆本の脳が音を立てそうなほど高速に思考を始めた。周りの状況が吸い込まれるように認識されていく。

――この場に居る誘拐グループは、頬傷の男の他に9名。3名は拳銃、6名はロッドを所有。内1名は未だ通信機で誰かと連絡中・・・さらに他メンバーの存在。相手との距離は最も近いもので5m。道路幅は6m、通行人無し・・・他メンバーが規制を行っている可能性あり。街灯の明かりで視界はそう悪く無い・・・10数メートル先の街灯は切れかけているのか、点滅している。点滅している・・・

「みんな、ゆっくりこっちへ。」
 皆本は薫に支えてもらいながら立ち上がった。葵と紫穂を呼び寄せ、自分の背に庇った。
「時間が無い。早く捕まえろ。」
 頬傷の男の指示を受けて、誘拐グループがチルドレンを捕まえようとする。
「まてっ!」
 皆本が大声で制止する。誘拐グループはそれを無視して近づこうとしたが、皆本は手を上げて注意を引き、止める事に成功した。ゆっくりと意味深に――ややオーバーアクションに――頬傷の男を指差す。
「君達はもう、包囲されている。気が付かなかったか? 我々が時間を稼いでいることに!」
 誘拐グループはうろたえて、後ろを振り向く・・・が誰もいない。
「・・・・・・?」
 沈黙の数秒間が流れた後、皆本はおもむろに眼鏡の位置をつい、と直した。そして真面目くさった顔で、自分を見ている誘拐グループとチルドレンに向って言い放つ。
「・・・ウソだ!!」
 だあっ、とずっこける一同。皆本を支えていた薫もスベッたので、皆本自身も体勢が崩れた。チルドレンと同じ高さまで頭が下がる。
(葵、上着の右ポケットを探して。薫と紫穂は僕に話を合わせるんだ)
「な・・・?」
 低く抑えた皆本の言葉に、ピン、と来た紫穂が、葵の声を遮る。
「何言ってるの!ふざけてる場合じゃないでしょ!」
「僕はふざけてない。このまま大人しく捕まったら悔しいじゃないか。ちょっとでも驚かしてやろうと思ったんだ。」
(早く、葵)
 葵は――できるだけ――さりげない動作で、今着ている上着の右ポケットに手を入れた。何か大きい箱状のものが入っている。滑らかな手触り、プラスチック製で弁当箱サイズだ。これは・・・!
 皆本と紫穂の言い争いは、薫も巻き込んで続いていた。回りではあっけに取られた誘拐グループが、まだ5mの距離で立っている。
(ええで、皆本はん)
 皆本はかすかに頷くが、それは頬傷の男に気付かれてしまった。
「何か企んでるのか・・・?迂闊なことをすると、怪我するぜ。」
 男はさらにナイフを投げ、あたりに漂わせた。ゆっくりと皆本とチルドレンの周りを回り、威嚇しているようだ。
「ほ、ほう、大した力だ。」
 皆本が感心したような――上手い演技とはいえなかったが――声を出す。
「なんだよ、そんなのあたしならもっと多く、早く回せるぜ。」
 同じサイコキノとして薫が口を挟んだ。こちらは全く演技ではなく、本気でそう思っているのだ。頬傷の男はそれが気に入らなかったようだ。ナイフの速度を徐々に上げながら、包囲を狭める。
――おかげで他のメンバーが襲い掛かってこれない。上手く挑発したな。
 と皆本は思ったが、薫は狙ってやったわけでは無いだろう、とも考えていた。結果オーライは自分の趣味ではないが、贅沢は言えない。十分に時間を稼げた。ちら、と遠くの街灯を見る。まだ点滅していた。しかし故障しているわけではない。意味を持った信号として、先ほどから皆本に情報を伝えていたのだ。そしてそれが示す時間は――今だ!
「葵!」

 皆本の上着のポケットに入っていた物はESPリミッターだった。皆本のESPリミッタにはいくつかの特徴がある。
 一つは、デザインが単純――箱にスイッチ一つだけ――なので、手探りで操作できる。
そしてもう一つは、不特定多数の超能力者の能力を制限するように作ってある。これは、開発コンセプトの違いのためだった。誘拐グループのリミッターはチルドレンを誘拐するために、彼女達のみ無力化するために作られていたが、皆本のリミッターは対超能力犯罪者用に設計されている。ある超能力犯罪者を取り押さえるのに、その個人へのピンポイントのリミッターを作っていては――対応波長を調査・調整していては――実用的では無い。そこで広波長域の超能力阻害電波を発生することにより、対応波長の不明な対象を疎外できる設計だった。BABEL内では、実験に参加した超能力者全ての超能力を無効化することに成功している。

「何ッ?!!」
 硬質の音を立てて、ナイフが道路に落ちる。回転していた運動エネルギーは無くならないので、ナイフは辺りに飛び散ったが、それを避けるために誘拐グループがさらに下がったので、皆本にとっては好都合だ。
「皆、伏せろ!」
 皆本はチルドレンを地面に引き倒し、その上に覆いかぶさる。と同時に缶コーヒーのような金属柱が、どこからともなく落ちてきた。着地と同時に膨大な光を発し、誘拐グループの視力を潰す。対テロ用の閃光手榴弾だ。
「掛かれ!」
 光が消えた後、細身の男に率いられた集団・・・金属のロッドと透明の強化樹脂の盾で武装した男たちが、屋根の上、塀の向こう、道路の角から飛び出してきた。葵の葉を意匠化したマークがついたヘルメットと防弾チョッキを着ている。野上家のガードマン達だ。
「な、何だ!」
 目が見えない誘拐グループ達は、わけがわからないまま地面に叩き伏せられる。頬傷の男は、それでも逃げようと試みた・・・が、遅かった。
「やあキミ、また会ったね。」
 誰にも知られず背後に忍び寄っていた桐壺が、その太い腕で頬傷の男の首と腕を締め上げる。
「あの程度の人数では、足止めにしかならないヨ。ところでこの腕、あと3センチ捻ったら・・・判るよネ?」
 その時の桐壺の笑みは、チルドレンには見せたくないな・・・と皆本は思った。


「皆本、そろそろどいてくれよ」
 皆本の下敷きになっていたチルドレンを代表して、薫が言った。サイコキネシスで押しのけるのも何か悪いし、第一ESPリミッターはまだ作動している。
「・・・・・・」
「皆本さん?」
 反応が無い皆本に、紫穂が問いかける。
「あ・・・ああ、すまない。」
 皆本は立とうとしたが、足に力が入らない。血を流しすぎたせいか物を考えるものままなら無い。それでもなんとか身を起こし、横に反転してチルドレンから離れた。そのまま仰向けに寝転がる。
「大丈夫なんか、皆本はん?」
 ガードマンたちが用意したライトに照らされた皆本は、顔色が悪い。
「・・・大丈夫・・・ではないかも・・・」
 弱気になる皆本に、様子を見に来た桐壺がケガの具合を確認しながら言った。
「大丈夫だヨ、この程度の出血では人は死なない。」
 そういう問題だろうか・・・と皆本は、遠くなりそうな意識で考える。先ほどまでは緊張と興奮で痛みも感じなかったが、助かった今、ナイフが刺さったままの足がひどく痛んできた。
「皆本はん、こりゃひどい出血どすなあ。」
 大宮も来たようだ。しかし意識が朦朧としてきた。チルドレンが自分を揺さぶっているようだが、もうよくわからない・・・
「あ、白目むいたぞ。」
「桐壺はん、ホンマに大丈夫なんか?」
「ボクなら、ナイフの一本ぐらい何ともないのだが」
「ちょっと基準が違うんじゃないかしら」
「あんたら、落ち着いてそんな話してる場合ちゃいますやろ・・・」
 大宮がガードマン達を呼び、皆本の応急手当をさせる。

「葵! 葵は無事か!!」
 頭に包帯を巻いた男がこちらに走りよってくる。ガードマン達の指揮をとっていた細身の男・・・野上家の当主、貞臣だった。葵が襲われていると聞いて、大宮の制止を聞かずに突撃隊に加わったのだ。包帯は、先頭を切って飛び込んだときに、誘拐グループが振り回したロッドに頭を打たれて一時的に失神していた・・・野上家でガードマンに支給しているヘルメットは特別製なので、実際のところ大したケガはないのだが。
「・・・お父はん」
「無事か、良かったな。済まない、許してくれ、葵」
 強く葵を抱きしめる貞臣。葵としては父が助けに来てくれたのは嬉しいが、自分が飛び出してきた原因でもある。複雑な心境だった。
「お父はん、あんたのこと助けるって、慣れへん荒事してきたんや。まあ、許したり。」
 大宮が苦笑しながら話しかける。葵は母を見て、そして涙を流しながら謝る父を見た。防弾チョッキプリントされている葵葉のマークが目に入る。このマークは自分が生まれたときに決めたのだと、昔、父から聞いた。父は葵のためにマークを定め、そのマークを付けて助けに来てくれたのだ。
「お父はん、ありがとう。」
 葵は父に抱きついた。自分は幸せだ。

 ようやく落ち着いた貞臣から、葵は身を離した。泣き叫ぶ父など――しかも人前で――今まで見たことが無かったが、別に恥ずかしくは無い。父が自分を心配している証拠だ。
「無事で良かった・・・・・・・・・あ?」
 娘の肩に手を置いて、無事を喜ぶ父親・・・だったが、貞臣の表情が微妙なものに変わった。
「え?」
 葵も自分の姿を今更ながら思い出した。下着に、皆本の上着だけの姿だ。
「うひゃっ」
 変な声をあげて、葵は上着の前を合わせる。ワナワナと震えていた貞臣の顔は、怒りに赤くなった。
「ガードマン部隊! 誘拐犯どもをブッコロセェェェェ!!!」
 そう叫びながら、真っ先に捕らえた誘拐グループに殴りかかろうとしていた貞臣に、葵はしがみ付いて、止めようとした。
「いやいや、これはそいつらとちゃうんや!いや、原因はそうなんやけど、とにかく・・・」
 ピタリ、と貞臣は止まる。案外あっさり収まったな、と葵は思い父から離れた。しかしそれは状況が悪化しただけだった。
「こいつらじゃない・・・? ということは・・・?」
 ゆらり・・・と貞臣は視界をめぐらせ、誘拐グループ以外で、先ほどまで娘と一緒にいた唯一の男を見た。その男は足に怪我をしており担架に乗せられようとしていたが、そんなことは貞臣には関係なかった。
「貴様かぁぁぁぁ!!!」



 日が変わり、1月2日の昼前。ここは野上グループに属する総合病院の一室である。ある検査室で野上貞臣は検査を受けていた。昨日、頭部に一撃を受けたためである。隣に葵を連れ、医師の診断を受けている。
「お父はん、もうええやろ。もう行くで。」
「・・・葵、お前は怪我をした父を放っていくのか?」
 いつものように低い声を出す貞臣。しかし、冷たい感じはしない。
「あんた、いつまでやってますんや。」
 検査室のドアを開けた大宮がつかつかと貞臣に近づいて、その頭をパン、と叩いた。
「正月かお医者様に迷惑かけなはんな。」
 実は貞臣の検査は昨日の内に終わっており“異常なし”という結果だったのだが、今日はある事情から彼はどうしてもこの病院に来る必要があった。
「ほな、ウチ見舞いに行ってくるわ。」
 ああ、行っといで、と大宮が返事する間もなく、葵は検査室を飛び出した。貞臣が恨みがましい目で大宮を見る。彼としては和解した娘と、親子のふれあいのひと時を楽しみたかったのだ。
「そんな目ぇで見なはんな。次の機会に、葵にかまってもらいなはれ。」
「しかしだな、葵の行き先は、あの担当官の病室だぞ? あんな変態の!」
「そやから、それはちゃうって言うてますやろ!」
 葵の服を脱がしたのは皆本ではない、それはすぐにハッキリしたのだが、どうも貞臣には強力にインプットされたようで、皆本への印象は非常に悪い。そして娘が、さらに妻が皆本を信頼しているらしい、という状況も面白くなかった。いつかあの男を飛ばしてやる、と思ったが、実行するには家族の猛反対がありそうだ。
 居心地悪そうにしていた医者を解放してやり、大宮は貞臣に話しかけた。
「皆本はん、エエ人やないですか。葵や薫ちゃん、紫穂ちゃんを助けるために命をはってくれるお人ですえ。」
 そんなもの、自分だって葵のためならやってやる、と貞臣は愚痴る。
「それにあんた、葵の結婚相手探してましたんやろ?」
「・・・あれは、もう良い。」
「へえ? でもウチはエエ相手を見つけましたえ。」
 大宮が言う“エエ相手”が誰を指しているのか想像が付く。貞臣は苦虫を噛み潰したような顔で首を振った。
「葵は、葵の好きなヤツと結婚するのが良い。第一まだ早すぎる。」
 昨日までとは全く違う結婚観を述べる貞臣に、大宮は苦笑しながらハンドバッグから何か取り出した。カタログ・・・眼鏡のカタログだ。
「少なくとも、キライや無いみたいやで。」



 VIP用に用意された病室のベッドに、皆本は寝かされていた。治療は昨日のうちに終わっている。まだ足は痛むが、麻酔のせいでそれほどではない。ただ、なぜか頭も痛んだ。触るとコブが出来ている。頭を打った記憶は無いんだが・・・とコブを撫ぜる。
「大丈夫かネ?」
 見舞い客用の椅子に座った桐壺が声をかける。今この部屋にいるのは皆本と桐壺だけだ。
「ええ、すみません。それで、あの頬に傷のある男のことですが・・・」
 桐壺は頷いてから答えた。
「キミの言うとおりだ。彼は確かに10年前の事件・・・キミの父上が亡くなられた事件の犯人だった。」
 今朝に意識の戻った皆本は、あの頬傷の男の顔がどうしても気になり、桐壺に相談して調べてもらったのだった。一度逮捕された人間は指紋を採取される。データベースの検索ですぐに結果が出ると思われた調査は、しかし思ったより時間がかかった。指紋のデータベースが生存者リストの中になかったからだ。
「彼は3年前に、死刑になっている。」
 皆本は例の事件に付いて、過去に個人的に調査していた。あの事件での頬傷の男は皆本の父だけでなく、同じく散髪屋にいた客や店員を、その前の銀行強盗の時点で行員と警官をそれぞれ数名殺害していた。死刑判決は免れず、そのとおりになっていた。
――しかし、彼は生きていた。何故か?
 収監されていた刑務所から脱獄した、または恩赦によって出獄したというなら、皆本たち遺族に知らされないはずは無い。しかしそういった連絡は無かった。それどころか、桐壺が言うには既に死刑になっているはずの人間だという。
「これは想像だがネ・・・」
 前回のテロリスト事件とスパイの存在、また今回の大規模な葵の誘拐未遂事件、背後に巨大な組織があることは疑いようが無い。その“組織”は人員や武器――爆弾すらも――を用意することができ、また実行中の対テロ作戦の情報をリークし、大財閥の野上家に進入、葵の服に発信機を仕掛けた――朝からの調査で、葵の私室にあった服には全て発信機が付けられていたことが判っている。
 そして、死刑囚を誰にも知られず脱獄させ、手駒として使うことも出来るのではないか・・・?
「敵の“組織”は、政府の中、深くに食い込んでいると見るべきだろうネ・・・」
 黙りこんでしまった皆本に、桐壺が声をかける。
「そして、次はこれだ」
 桐壺は、皆本のベッドの上に小さな人形を放り投げた。10cm程度のありふれたアニメキャラのマスコット人形でありストラップが付いている。葵が街中で貰った、一見販促用の品物だ。裏返すと、縫い目の部分が切り裂かれていた。中を開いてみる。複数のパーツからなる小さな装置が入っていた。
「これが?」
「そう、“組織”の開発したESPリミッターだ。」
 皆本はじっと装置を観察する。
「分解してみないと判りませんが、恐らく自分のリミッターをの簡略化したものだと思います。」
 チルドレンを無力化するためだけの機能を残して、簡略化したESPリミッター。しかし、ちょっと見ただけだがいくつか不要なパーツが付いているのが判る。これは皆本のリミッターでは必要なものだが“特定の超能力者の無力化”のみが目的であるこの装置には、小型化の邪魔になるだけだ。“組織”はBABELから設計図を盗みリミッターを作ったが、それぞれのパーツの必要性などを全て把握することができなかったため、このような装置になったのだ。
「BABELから盗みを・・・?」
 それについては想像が付いていた。リミッターでピンポイントにチルドレンの超能力を阻害するには、彼女達の固有の阻害波長を知る必要がある。それはBABELにしか有り得ない情報だ。
「“組織”は、リミッターの設計図と、ザ・チルドレンの阻害波長を盗んだというわけか。」
「はい、しかしこれには自分に対応案があります。詳細はおって報告書をがふっ!」
 男二人で話し込んでいた室内に、葵がテレポートで入ってきた。空中に現れた葵はその下にあった皆本のベッド・・・の中にいた皆本の上に着地する。
「あっちゃー・・・カンニンな、皆本はん。」
 皆本を片手で拝み、葵はぺろっと舌をだす。「葵!もうちょっと気をつけろ!」と皆本は怒鳴るが、葵は慣れたもので、まあまあ、と軽く流す。
「あ、なんだよ、もう話は終わったのか?」
「病院って退屈ー」
 難しい話をするから、と部屋の外に出されていた薫と紫穂が、中の騒ぎを聞きつけて入ってきた。備え付けのテレビを付けたり、お菓子を食べだり、談笑し始めたりとシリアスな雰囲気はあっという間に霧散し、アットホームなそれに取って代わる。
「・・・皆本クン、続きはBABELに戻ってからにしよう。」
「はあ。」
 確かにこの雰囲気の中では先ほどのような話はできそうにない。桐壺は部屋を出て行き、あとには皆本とチルドレンが残された。
 皆本はため息をつき、しかしチルドレンが無事であってよかったと思った。もし葵が誘拐されていたなら、悲嘆のため息をつかなくてはならなかっただろう。
「なんや皆本はん、ため息なんかついて。」
 ベッドから降りた葵は、皆本の顔を覗き込んだ。とニッと笑い、持っていた大きな包みを取り出した。
「まあ、これを見たら、ため息なんて吹っ飛ぶで!」
 皆本は、押し付けられた包みを開けてみる。中にはビジネススーツが一式入っていた。皆本に合った――地味な――色合いだが、生地は上等で高価そうだ。
「いや、こんなものを貰うわけには・・・」
「良いじゃない、似合うと思うわ、皆本さん。」
「だぶだぶスーツに比べりゃな。」
 皆本のスーツのズボンは血まみれになってしまったので、既に廃棄されている。ナイフが刺さった上に治療のために切り裂かれたので、仮にきれいにクリーニングできても、もう着ることはできない。あのスーツは父の遺品だった。太り気味だった父のスーツはサイズが合ってなかったが、それでも大事に着ていた・・・残念だが、そんなことを言い出せば彼女達が気にするかもしれない、と口には出さなかった。まあ、家には他にもスーツはあるし。
「いや、タダって言うてへんけど?」
 しれっと言う葵に、薫が突っ込みを入れる。
「カネとんのか?!」
 タダで人に物をやるな・・・そういう家訓があるのかどうか、とにかく野上家の人間――特に女性――は基本的にケチだというのが財界の常識だった。それはまだ幼い葵にも受け継がれているようだ。
「まあ、社員割引のさらに特別割引にしてもろたから、結構、安なってるはずやで。」
 皆本は渡された請求書を見てみる・・・払えない金額ではないが、今月は苦しくなるだろう。
「社員割引って、葵ちゃんのとこの会社で売ってるんじゃない。」
「ケチだなー」
「ふっふっふ・・・野上の女をなめたらアカンで。」
 実は夏服や合服などが別途皆本宅に郵送されている。葵が渡した包みも合わせて、大宮の心からのお礼だ。しかし彼女も野上の女なので、当然タダでは物は渡さないのだった。それでも総額からすれば皆本が払う金額は微々たる物である。恐らく、皆本はスーツの価値など判らないだろうが。
 皆本は、眼鏡の位置を治しながら、「ありがとうと言っておく。」と言った。改めて気が付いたが眼鏡もヒビが入ってしまっている。頭のコブと合わせて、知らない間にやってしまったのだろう。こちらも買わなければならない。レンズのヒビとずれ具合を調べながら、痛い出費だ、と思った。
「ああ、そのメガネやけどな、そっちもプレゼントがあるねん。」
 スーツはプレゼントだったのか?と愚痴りながら、葵の差し出した小箱を受け取る・・・メガネが入っていた。皆本が愛用していたグルグルめがねではなく、スマートな薄いレンズだ。
「・・・いくらなんだ?」
 疲れたような皆本の言葉に、葵はベッドに身を乗り出して言った。
「それが大安売り!なんと・・・「皆本のメガネが割れたのはー」」
 薫が口を挟んだ。葵は口を尖らせて薫を睨むが、紫穂からも非難するような目で見られてしぶしぶ諦めた。
「・・・タダでエエです。」
「いや、そういうわけにも・・・」
 という皆本に、葵はエエからエエから、と手を振った。パフェの一杯でもおごらせようと思っていたが、もともと代金を出したのは父親だし、葵としては損はしない。
「実を言えば、それはお父はんからのプレゼントなんや。迷惑かけたからって。」
 貞臣氏とは会話もしていないし、迷惑をかけられた覚えはないのだが・・・と皆本は痛むコブをさすりながら思った。知らないのは本人のみである。ちなみに貞臣はメガネを弁償するのにかなり渋ったのだが、こちらは大宮の一声で折れた。
「ほら、メガネかけてみーって。」
 せっつかれてメガネをかけ替える皆本。急にメガネが軽くなったので妙な感じだが、生体工学などを考慮されているのか、つけた感触は悪く無い。サイズも、度も皆本に合っている。
「けっこう良いじゃん。」
「ええ、ホント!」
 特に紫穂は、皆本のぐるぐるメガネやだぶだぶスーツを気にしていたので、感情がこもっている。、もう少しマシな格好をしてくれないかしら、と常々思っていたのだ。
「そうか?」
 葵が壁にかけてあった鏡を外し、皆本に向ける。
「似合ってるって、なんせ・・・」
そして自分も鏡に映るように移動した。皆本の肩に手を回して、顔をがくっつきそうなほど近づけて並べる。そして、少しむっとした顔をする薫と紫穂に自分のメガネを指し示した。

「・・・ウチとおそろいなんやから!」



*****
ようやくできた第4話、投稿します。
また長くなってしまいました。なにか短くしようとする努力が空しくも報われません。次回は短い予定ですので勘弁してください。
さて、もう来週から「絶対可憐チルドレン」が連載開始されるわけでして、なんとかその前には私の方は完結して終わらせたいと思っています。間に合えば良いのですが・・・

薫についての考察・・・は次回に回したいと思います。

感想、御意見などお待ちしております。
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