ザ・グレート・展開予測ショー

チルドレンとの1年-04_後1 (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:進
投稿日時:(05/ 7/ 7)

京都 野上邸 応接室

 ざわめく来客を鎮めた大宮は、関係者をパーティ会場近くの応接室に集めた。集められたのは、皆本と桐壺、トラブルの当事者と思われる薫と紫穂、そして“言い争っていた男”だ。そして彼女は、使用人に葵を探すよう命じる。
「さて・・・」
 大宮は、こめかみを引きつらせて“言い争っていた男”を睨んだ。歳は40前ぐらい、体は痩せて顔色が悪く、神経質っぽい感じを受けた。着ているものは上質のスーツ、時計や靴なども一級品らしい。
「・・・あんた、何してましたんや?」
「何もしていない、葵と話をしていただけだ。」
 迫力ある大宮に睨まれても、毅然と――やや腰が引けていたが――男は言葉を返した。薫が何か言おうとしたが、ややこしくなるとマズイので、皆本が口をふさぐ。
 はーーっ、とため息をつく大宮。そしてBABEL一向の方を向いて、言った。
「紹介しときま、うちの夫、葵の父親の野上貞臣(さだおみ)どす。」
 大宮の夫、ということは彼こそが野上財閥の長なのか、と皆本は思った。確かに身に着けているものは申し分ないし威厳もあるように見えた。しかし・・・どう見ても、大宮の方が立場が上に見える。皆本がそんなことを思っている隙に、薫が彼の手を振りほどいた。
「そのオッサン、あたしらにむかって“バケモノ”って言いやがったんだぜ!」
「あんた、そんなこと言うたんか?!」
「・・・知らん」
 毅然として答える貞臣。しかし汗をかきかき、必死で目をそらしている。


・・・十数分前・・・
「・・・葵、こんなところに居たのか。」
 和気あいあいと話し込むチルドレン達のテーブルに、人影が落ちた。病気ではないかと思わせるような細身の男――貞臣の登場に、薫や紫穂はともかく、娘である葵まで息を呑む。
「お、お父様。こちらはウチの友人の、明石さんと三宮・・・」
 席を立って二人を紹介しようとする葵、しかし貞臣はそれを意に介さず、葵の手を取った。
「まだ会う予定の客が大勢居る。さっさと来るんだ。」
 そのまま葵を引きずるように連れて行こうとする。
「お父様、もう少しだけ待って・・・」
「ぐずぐずするな。」
 声は低く抑えてあるが、いや、その分冷たい圧力のある声が葵の抵抗を押しつぶす。
「待ちなよ、オッサン」
 紫穂は不快に思いつつも我慢していたが、薫はそういうことを我慢する性格ではなかった。自分たちを無視したことはまだ許せるにしても、葵への物言いが、あまりに気に入らない。
「イヤがってるじゃねーか。止めてやれよ。」
 普通なら、その言葉と共に貞臣を床に埋めてやるところだが、さすがに葵の父親らしいし、と薫は自制した。代わりに、サイコキネシスでプレッシャーをかけ、貞臣の手を葵から離させる。
 貞臣は、やや驚いたようだったが、すぐに思い当たったらしく、薫と紫穂を見た。
「BABELのところのバケモノか。」
「お父はん!」
 薫に加えて紫穂まで立ち上がったのを見て、葵は二人を抑えるように手を広げた。首だけ振り向いて父を見る。
「謝って、お父はん。二人はウチの友達なんよ!」
 周りに居た客人たちが騒ぎに気付き始め、こちらを見る者が増えてきた。貞臣は忌々しそうにそれを見やり、次いで葵の顔を見た。
「お前さえ・・・」
 貞臣は怒鳴ろうとしたが、彼の心に様々な思いが入り混じり、混乱させる。そして結局、貞臣は深いため息をついて、一言つぶやいた。
「・・・お前さえまともなら、こんな苦労は・・・」
 二人を――主に薫を――抑えていた葵は、父のほうを振り向いた。その顔は先ほどまでのものではなく、まるで人形のような無表情で。
「そ・・・そんなんって・・・」
 しかしそれは一瞬のことで、貞臣の言葉が葵の心に染み込むにつれ、彼女の顔は悲しみにゆがんだ。目に涙が溢れ・・・
「そんな言い方ないやろ!」
 そう泣き叫んだ葵は、その場から消えた。


「あんた・・・!」
 睨まれる対象で無い皆本でも震えが来る大宮の迫力に、貞臣はガクガク震えながら背を向ける。
「・・・まあ、それは後回しや。薫ちゃんも、紫穂ちゃんも今は押さえといてんか。それより葵はどこへ・・・」
 ドアがノックされ、使用人が入ってきた。
「大変です、お嬢様が・・・!」

 BABEL一行と大宮は、使用人の先導で、葵の私室――会場とは別の建物にある――に来ていた。貞臣はパーティ客の相手をしなくてはならないので、とりあえず放免だ。「後で突き詰めたる、なあなあにはせえへんで」とメンチを切られていたが。
 葵の私室には着物が脱ぎ散らかされており、普段着が入っているタンスは開けっ放しになっていた。
「葵お嬢様は、ここでお召し物をお着替えになり、そのまま外へ出られたものと思われます。」
 念のため、邸内を使用人や警備員が探しているが、わざわざ着替えたのなら、外に出た可能性が高い、と言うのだ。
「何だって!」
 皆本は声を上げた。テロリストの襲撃計画がある今、外に出るのは危険すぎる。しかも今、葵は一人だ。逃げるテレポーターを捕まえるのは――同じテレポーター以外には――ほぼ不可能に近いが、テロリストは誘拐計画を立てている以上、何らかの手段があるはずだ。
「桐壺はんらには、ゴタゴタに巻き込んでもうて申し訳おませんなあ。後は内々でやりますさかい・・・」
 しかし、桐壺は断固とした口調で言った。
「いや、我々も探します・・・そうだネ、皆本クン!」
「勿論です!」

 皆本は葵の私室を見回す、財閥令嬢の部屋の割にはこじんまりとしていた。聞くと、大宮の教育方針だという。この部屋には彼女の遺留品が残っている。
「三宮君、その着物と、タンスから、何かわからないか?」
 皆本の指示で紫穂がサイコメトリーを使う。彼女は普段、薫や葵の思考を読んだりはしないが、今は非常時だということで皆本から説得されていた。
「・・・悲しみと恥ずかしさ、この場に居たくない、居なくなりたい・・・」
 紫穂はぽつり、ぽつりと読み取った情報を口に出す。
「行き先に付いては何か無いか・・・?」
「・・・・・・・・・懐かしい場所・・・へ行こう・・・商店街・・・シンキョウゴク・・・」
新京極通りという商店街がある。地図を調べて皆本はそれを見つけ出した。大宮にもそれを話すが、情報は絶対ではない旨を同時に伝えておく。これは紫穂の能力の問題ではなく、葵が家を出た後、または新京極に行った後に気が変わって他所に行ったかもしれないからだ。
 野上家から借りた車に桐壺と皆本、薫と紫穂も乗り込む。パーティに沸く会場を後に、車は闇に飛び出していった。



 葵は一人、アーケード街の真ん中を歩いていた。今日は良い日だった。久しぶりに京都に帰ってこれたし、薫や紫穂、皆本や桐壺局長と正月を祝うことも出来た。薫とは少しケンカしたが・・・いや、あれはケンカではなく、じゃれあっただけ。パーティは、そりゃ疲れたけれども、悪くは無かった。今日は良い日で終わると思ってたのに・・・
「くっ・・・」
 止まっていた涙が、また溢れそうになる。
 葵は、母親の大宮が大好きだったが、父親の貞臣も好きだった。昔は優しい父親だったのだ。自分が超能力者だと判っても、両親は変わらなく自分を愛してくれた。この新京極へも両親と一緒に――お忍びだったが――遊びに来たことがあった・・・とても楽しかった。
 いつからだろう・・・父が変わってしまったのは。少し前から、父親は会うたびに自分に結婚を勧めるようになった。もちろんまだ幼すぎる。だから婚約者を決めて、16歳になったらすぐに結婚するんだぞ、と言った。最初は大宮も笑って見ていたが、最近は特に――病的なまでに――その話ばかりするのだ。それと同時に、自分に対しての言動が冷たくなった。でも、いい。それはまだ我慢できた。

 商店街にはいろんな人が歩いていた。葵と同じような子供も居たので、彼女は特に他人の注意を引くことは無い。うつむきながら歩きつつも、差し出されるチラシやティッシュ、割引券やマスコット人形など出されるものは全て受け取り、持っていたリュックに入れる。

 父の言った言葉、「バケモノ」に「まともに生まれていれば」・・・そんなことを言われるとは思わなかった。そんな言葉は聴きたくなかった。父がそんなことを自分に思っていたなんて。特に薫や紫穂の前では・・・だから逃げ出した。その場に残してしまった二人には悪いと思ったが、その場に戻りたくなかった。

 ため息をついて歩く、気が付くといつの間にか商店街を通り越しており、目の前には店も通行人も居なかった。戻ろうと振り返る。
「!」
 すぐ後ろに、数人の人影があった。それは男だったり女だったり、若かったり中年だったりしたけれど、服装もばらばらだったけれども、皆が葵を見ていた。
 冷たい目で。



 新京極に向う車内では、桐壺が各機関に協力を求めるため電話をしていた。しかし正月であるため、あまり連絡が付かない。
「かーーーーっ!」
 突然、薫がしかめっ面をして声を上げた。
「あのオッサン、思い出すとすっげームカツク!」
 薫は貞臣のことを言っているようだ。桐壺は応援を仰ぐ電話を切り上げ、携帯をしまいながら言った。
「我慢してくれたまえ。野上氏・・・葵クンのお父さんにも、色々事情があるのだヨ」
 桐壺は以前から野上家との付き合いがあり、事情も判る部分がある。ここだけの話にしてくれ、と前置きをしながら、桐壺は話した。
「野上家の先代は子供に恵まれなくてネ・・・息子が生まれず、子供は娘の大宮クンだけだった。つまり、貞臣氏は入り婿でネ。そのために色々苦労したそうだヨ。」
 貞臣は大学で大宮と出会い、恋愛の末に結婚したのだった。大学時代は優しげな・・・というか気弱な青年だったという。貞臣は普通の家庭の出であり、野上家には合わないと周囲から反対されたが、先代の一人娘である大宮は既に財閥内で強大な権力を持っており、反対派を全て押しつぶした。
「当時は逆タマとか噂されたが、それでも幸せな家庭だった。」
 しかし夫婦に生まれた子供は、葵――跡取りである男子でなく、娘――だけだった。一族の者はここぞと責めた。野上に下々の人間などを入れるからだ・・・云々。
「そんなの、大宮さんだって一人娘だったんでしょう?」
「・・・責められたのは貞臣氏だけだヨ。」
 跡取りの男子は生まれない――それは先代もそうだったが、しかし大宮や先代に対してどうこう言えるはずもなく、一族の人間が出来たのは、婿である貞臣に嫌味を言い続けるぐらいだった。
「たかが嫌味だが、しかしそれを数年にわたって言われ続けた貞臣氏の心労は察するヨ。」
 あの神経質そうな顔は、そのせいか、と皆本は思った。
「最近では跡継ぎを見つけて、グループから引退したがっていると聞くが・・・」
 そんな話をしている内に、車は新京極の入り口に到着した。
「ここだ・・・三宮君、サーチしてみてくれ。」
 紫穂は目立たないように、車の中から葵を探した。一瞬稲妻のような光が弾ける。
「近くには居ないわ。」
 京極通りは車で通行できないため、このまま進むわけには行かない。
「車から降りて探すんだ。ボクは一人で先行する。そっちは、紫穂クンの力でスキャンしながら探してくれたまえ。」
 紫穂のスキャンもそう連続しては行えない。疲労もするが、何より目立つからだ。テロリストが居るかもしれない現状では、それは避けたい。

 桐壺は一見、普通に歩いているようでいて、しかし足早に人ごみの隙間をぬって進んでいく。皆本は“桐壺が昔、特殊部隊の教官だったらしい”という噂を今更ながら思い出した。
「こっちもいくぞ」
 3人は商店街を少し進んでは、そこに面している人の少ない路地に入り、皆本と薫で陰を作って紫穂がスキャンを行う。そういう方法で葵を探し始めた。しかしスキャンする場所を特定できないし、スキャンの邪魔になる通行人などの障害物も多い、なかなか調査は進まない。


 葵は、商店街から少し離れた路地を駆けていた。後ろからは怪しげな集団が追いかけてきている。いつの間にか周りには他の通行人は見当たらず、助けを呼んでも人が来るかどうか・・・むしろあの集団に自分の居場所を教えるだけになりそうだ。
「なんでや・・・」
 自動販売機の陰に隠れ、葵は一言つぶやく。葵は今、テレポートが使えなかった。なぜかは判らない。今も力が自分の中に存在していることは、自分で判っている。しかし、なぜかそれが自分の外に出たとたんに打ち消されるような感じを受けるのだ。こんなことは初めてだ――いや、これは・・・?
「ESP・・・リミッター・・・? 皆本はんの?」
 秋に、そしてそれ以降も何度かテストに付き合った、ESPリミッターの影響下にあるときの現象とそっくりだ、と葵は気付いた。まさか、あいつらが?
 自分を追う足音がだんだん近づいてくるような気がする。しかし逃げられない。もう息が上がってしまい、もう走って逃げられるかどうか。テレポートさえできれば、絶対に捕まらないのに・・・と唇を噛む。
「こっちだ!」
 近くで声が上がった。
――見つかった?なんで?
 自分の隠れている場所は、声の聞こえた方向からは陰になって見えないはずだ。それなのに、まっすぐ近づいてくる。
「逃げても無駄だ。」
 葵の隠れた自販機の影、そこに顔を出した中年の――頬に大きな傷跡がある――男は葵の顔を確認すると、ニヤリと笑った。
「だっ、誰か・・・」
 葵は助けを呼ぼうとする。しかし緊張と恐怖に喉が動かない。路地の入り口に、いくつかの人影が見えるが、それらも敵の仲間らしい。こちらを助けようとはせず、逆に鋭い目で見張っている。
 路地の反対側からも数人が近寄ってくる。捕まったらどうなるのだろうか、などとは考えられなかった。ただパニックになり、葵は立ちすくんだ。
 そして、一人の男の手が葵に掛かろうかとしたとき――
「国の宝に、触れるなァァァァッ!」
 路地に面する塀の上から、桐壺が筋骨隆々とした男が飛び降りてきた。なぜか上半身裸で、肌にはジャングルのような迷彩のペイントを施してある。
「局長はん?!」
 桐壺は、葵を捕まえようとしていた男の一人に蹴りを放ちながら地面に降りた。いつもは出さない野性味溢れる笑みを浮かべる。
「キミ達・・・ウチの子に何か用かネ?・・・まあ、用があってもお引取り願うがネ。」
 桐壺は、実は少し前から葵と誘拐グループを発見していたのだが、状況を把握してから葵を助け出そうと様子を見ていたのだった。相手の人数、包囲の程度などを確認したかった。しかし葵に近づいた男の手に注射器が見えたので、急遽飛び出した。相手の目的から、注射器の中身は毒ではなく睡眠薬の類だろうが、葵を眠らされてしまってはまずい。桐壺と言えど子供を一人抱えながらでは戦えない。
 今見える誘拐グループの数は前に5、後に3といったところだ。桐壺一人なら切り抜けられない数ではないが・・・いや、前の人数が増えてきた。今のところは相手も飛び掛ってこないが、一斉に掛かられては葵を庇いきれない。
「葵クン!」
 後の方の人数がまだ増えてないことを見て取り、桐壺は葵を抱き上げ3人の敵がいる方へ突進した。そのまま飛び込み前転で敵を跳ね飛ばし、後ろにいた敵のさらに後ろに着地した。
――理由は判らないが、葵クンは今、テレポートできない・・・できるならもう逃げている筈。ここは何とか彼女を逃がさなくては!
 目を回している葵を立たせて、耳打ちした。
「新京極の方に皆本クン達が来ている。合流して、すぐに逃げるんだ。」
 桐壺は葵の背中を押してやり、葵を逃がす。囲みを抜けられた誘拐グループは、慌ててこちらを捕まえようと襲ってくるが、その前に彼は立ちふさがった
――この桐壺帝三、帝王と呼ばれた男だヨ
 桐壺はニヤリと笑った。



「皆本、やっぱあたしが空から探したほうが良くね?」
 皆本たちは新京極の端から端まで調べ終えてしまっていた。しかし葵は見つからない。他所に行ったのか・・・帰ったなら、または他所で見つかったなら、野上家や局長から自分たちに連絡があるはずだ。まだ何も言ってこないということは、葵は見つかっていない。
「あまり目立つのは・・・」
 と皆本は言いつつも、その提案に乗りたくなった。空から街を見下ろせば、家の明かりや街灯もあるので、それなりに視界は通るだろう。逆に空に居る薫は、もしテロリストが居たとしても見つかりにくい。
「いや、やはりやってくれ。」
「そうこなくっちゃ」
 薫はそういって空に飛び出した。皆本は回りに気付かれないかヒヤヒヤしたが、運よく誰にも見られなかったようだ。アーケード街のほうには葵は居ない。これは紫穂の調査の結果だから、まず間違いないだろう。まだ周りに居ればいいが・・・と皆本は上空に居る薫と携帯で連絡を取る。ちなみに葵は、契約料が勿体無いからといって、携帯を持っていないので連絡が取れない。
「三宮君も引き続き、辺りをスキャンしていてくれ・・・明石君、何か見えるか?」
 葵本人でなくても、怪しげな集団、事故、そういったものでも、関係あるかもしれない、と皆本は付け足す。しばらくウロウロし、元の新京極通りからもやや離れたころ、薫から連絡が来た。
「・・・見当たらない。でも・・・」
「どうした?」
 何か気になるものがあったのだろうか、と思い皆本は携帯に呼びかける。
「さっみー、こりゃたまらん!」
 その声は、携帯からだけでなく皆本のすぐ上から聞こえた。今日は元旦、つまり冬の真只中で、かつ夜中である。地表も当然寒いが、上空は風もありさらに温度が低かった。薫はそれに耐えかねてすぐそこまで降りてきたのだ。
「そ・・・そりゃそうだな、しかし、コトは急ぐんだ。僕の上着を貸すから・・・」
 と上を見上げた皆本は、薫と目が合った。一瞬の間が空いて後、薫はにんまりと笑った。
「皆本ぉー、覗きはよくねーぞ」
 はっと気付いて皆本は顔を下げた。今日、薫はジーンズのスカートをはいている。下から見上げるということは、覗いてるという・・・いや、元々自分はそんなつもりは全く無い。大体、検査のときは平気で下着姿になっているではないか。
「皆本さんってば、意外と・・・ねえー」
 紫穂が冷ややか――っぽい――目で皆本を見る。
 彼女達は、葵が襲われているとかそういった考えはもっておらず、ただ家出したとしか思って無い。大体、襲われたにしても――テレポーターの――葵が捕まるわけ無いし、とも考えている。しかし皆本は、それでも危険を想定して緊張していたので、二人の揶揄にムっと来た。
「僕はそんなことはしない!」
「だって覗いたじゃん?」
「見てないっ!」
「またまたー、得したな?でも今度からは金取るぜ」
「皆本さん、不潔―」
 ふざける二人に皆本も我慢が・・・
「ガキがマセたこと言ってるんじゃないっ!!」
 静かな街中に、皆本の声が響いた。


 その声が大きかったのか、それとも葵が偶然近くを通ったのか、とにかく葵の耳に届いた。
「・・・皆本はん?」
 次いでブロック塀か何かが崩れる音が聞こえ、薫の怒鳴り声が響いた。間違いない――葵はそれを確信した。声や音が聞こえた方向へ、震える足で必死で走る。
 ガランガラン、と鳴り響く何かが転がる音――おそらくゴミバケツか何かだろうの音を頼りに、葵は皆本たちを見つけた。安心のあまりそこで倒れてしまった葵に、薫と紫穂が駆け寄る。
「葵?どうした?!」
「だいじょうぶ?」
 葵は呼吸が落ち着かないが、休んでいる暇は無い。
「おっ、追われて・・・桐壺はんが・・・」
「何だって? 落ち着いて話すんだ、野上君!」
 半壊したブロック塀から這い出てきた皆本が、葵の肩に手を置いて落ち着かせようとする。葵は、途切れ途切れの言葉で、自分が捕まりそうになり、危ないところで桐壺が助けに来たこと、今もまだ追われていること、なぜかテレポートできないことを説明した。
「テレポートできない?」
「何でかわからへんけど、でもリミッター付けた時みたいや・・・」
 そうなれば、早く警察に保護を求めるなり、車に戻って逃げるなりしたほうが良いのだが、桐壺を捨てて行く訳にもいかない。
「よおっし、あたしにまかしときな! 犯人を捕まえて、局長を助けてやるぜ!」
 確かに薫のサイコキネシスなら、数人の誘拐犯ぐらいなら問題ないかもしれない。と皆本は思うが、安全面で言うと、うんとは言いにくい。考える皆本の返事を待たずに、薫は葵の手を取って立たせた。
「葵、局長のところまで案内たのむぜ!」
 そう言って地面を蹴った。まるでスーパーマンのような飛行ポーズを取って飛ぼうとする。しかし・・・
「ぎゃっ!」
 べちゃ、という感じで薫は地面に落ちた。下はアスファルトの道路なので痛そうだ。倒れたまま動かなくなった薫を、皆本が起こしてやる。
「どうしたんだ、明石君?」
 薫にケガは無いようだが、やや呆然とした様子だ。そしてゆっくりと顔を皆本に向けると、引きつった顔で言った。
「・・・サイコキネシスが、使えない。」
 はっ、とした顔で皆本は紫穂に言った。
「三宮君、あたりをスキャンできるか?!」
 紫穂はスキャンを試み、そして首を横に振った。
「ダメ、できないわ。」
 超能力は精神面の影響を受けやすい・・・言い換えれば気分に左右されることが多い。だから葵の不調は、パーティ会場でのゴタゴタが原因ではないかと皆本は思っていた。しかし3人揃って使えないというのは異常で、何か別に原因がありそうだ。薫と紫穂は先ほどまで普通に超能力を使っていた・・・葵の言うようにESPリミッターなのだろうか?自分とは別に、作り上げた者がいるのかも・・・しかし、今考え込む暇は無い。
「みんな、すぐ逃げるんだ!」
 桐壺を放って行くのは心苦しいが、テロリスト――誘拐グループが狙っているのは葵であり、ザ・チルドレンである。今はこの3人を保護することを最優先で考えなくてはならない。今すぐこの場を去らなくては。
「野上君、立って!」
 まだ息が整わず足に力が入らない葵は、走れそうに無い。皆本は葵を何とか立たせて、背中に背負いあげた。
 人通りの多い新京極に向おうとした皆本達は、そちらのほうから人影が近づいて来た事に気が付いた。今まで全く――一人も――通行人が居なかったのに、数人の人影が不自然に道をふさぐ様に広がって、こちらに向ってくる。
「ダメだ、こっちへ!」
 薫はすばしっこいので、超能力がなくても逃げ切れそうだが、紫穂や、疲れきった葵、それを背負った自分では難しい。逆方向に逃げるしかない。
「のっ、野上君!僕の内ポケットに携帯!」
 走って逃げようとするが一人背負いながらなので、皆本の負担は大きい。息を切らしながら皆本は、葵に助けを呼ぶように言った。
「周りの家に逃げ込んだほうが良くない?」
 紫穂がそう言うが、皆本は反対した。相手は前回のテロリストの仲間だ。紫穂を手に入れるため100人を超える人質を犠牲にしようとしていた相手が、いまさら数人の犠牲を遠慮するだろうか?
「携帯・・・あった! どこへ?!」
 皆本の背広の中を探っていた葵が、携帯を見つけ出した。連絡は警察にかけるのが一番良いだろうが、桐壺ならぬ皆本では、状況に会った人員を動員できるか怪しい。
「ぜっ・・・はっ・・・」
 普段デスクワークばかりの皆本では――それでも、最近はチルドレンに鍛えられてはいたが――あまり長く走れそうに無い。速く助けを呼ばなければ。
「あ・・・葵、君の実家だ!大宮さんに!」
 野上家には兵隊と言って良いような警備員が大勢いた。野上家の力を借りることが出来れば・・・と考え葵に電話を促した。飛び出してきた手前、葵としても気まずいが今はそんなことを言っている場合では無い。
「あ、葵や、お母はんに代わって、すぐに!」
 葵が自分の背中で電話をかけるのを聞きながら、皆本は走った。とりあえずはこれで助けが来る。しかしそれまでどうやって逃げ切ったものか・・・誘拐犯達は走っては来ないが、向こうも誰かと連絡を取っているようだ。連携をとってこちらを追い詰めようとしているに違いない。

 何度か角を曲がったところで、紫穂の機転でガレージに入った。数台駐車してある車の陰に滑り込む。荒い息をなんとか押さえ込み、追っ手を振り切った――ようだ。とりあえず、追っ手らしき集団は皆本達に気付かず、通り過ぎていった。
――しかし、ここで出るのはまずい・・・
 誘拐グループが常にどこかと連絡を取っていることから、今やり過ごしたメンバーの他にもいるはずだ。
――ここで隠れて野上家の応援を待ったほうが良いか?
 後どれぐらいで応援が来るのか、もう一度電話で確認したいところだが、今この場で電話を使うのは危険な気がした。ごそごそ会話していては、見つかる可能性がある。
「あ」
 葵が声をあげた。皆本は口に人差し指を当てるポーズで静かにするよう伝える。
(皆本はん、ウチがさっき隠れてたときに、あいつらウチのこと見つけたんや。)
 葵は気が焦って、うまく意味を伝えられない。
(どういう意味だ?)
(・・・あいつら、ウチが見えへんとこに居たのに、すぐにウチを見つけたんや!)
 先ほど自販機の陰に隠れた時、誘拐グループはすぐに自分を見つけた。葵はそのことを皆本に説明した。
(何だって・・・)
 皆本は、誘拐グループが新京極に居た葵をすぐに見つけたこと自体に疑問を持っていた。葵が飛び出したのは突然の行動であり、行き先も思いつきで決めたはずだ。仮に野上家に内通者が居たとしても、自分たちより早く新京極に到着し、葵を見つけだすなど不可能なはずだ。だが・・・
(発信機か!)
 葵に発信機が付けられているのだ――それなら、葵が家を飛び出したという情報だけで探すことが出来る。発信機は、葵の服かバッグに仕込まれているに違いない・・・とすると、やはり野上家に誘拐グループが入り込んでいることになる。しかしそれは後回しだ。
(何だよ、そんなモンもって歩いてたのか?)
(気がつかへんかったんやからしゃーないやろ!)
 ひそひそ話をしている間にも、誘拐グループが発信機をたどってこちらを見つけるかと思うと、気が気でない。皆本は葵をじっと見たが、すぐ判るような場所には無いようだ。近くで足音がしたような気がした・・・本当に気のせいだったようだ。しかし発信機があるかぎり、それはすぐ実現してしまう!
(紫穂、スキャンで・・・ってダメか!)
 今、超能力は使えない。うまく頭が回らない・・・落ち着かなければ、と思うのだが焦るばかりだ。
(いい手があるぜ!)
 薫がニヤリと笑って、葵の服に手をかけた。何を?と聞く間もなく、彼女のを服をばっとめくり上げる。
「キ・・・」
 叫び声をあげようとした葵の口を、薫が押さえつけた。
(バカ、騒ぐなよ。ばれちまうだろ)
(そやかて!)
(葵が持ってるもののどれかが発信機だっていうなら、全部脱がしちまえば確実だろ?)
 へっへっへ、と薫が笑う。明らかに楽しんでやってるような気がするが、今はそれが良い手・・・なような・・・気がした。チルドレンが超能力が使えない理由・・・それがESPリミッターであるなら、それも葵が持っているはずだ。葵が来るまでは、二人は普通に超能力を使っていたのだから。
 薫が葵を脱がしている間、紫穂は皆本に背中を向けさせ、その上で彼の上着を取った。葵に着せるつもりなのだろう。と意図が判ったので、皆本も素直に渡す。
下着姿にされた葵は――さすがにそれ以上は薫もしなかった――ダブダブで重い、皆本の上着を紫穂から着せられた。下着に仕込めるようなものでも無いだろう、という皆本の意見のためでもある。
(ううっ・・・汚された、汚された・・・)
(グチグチ言うなよ、初めてじゃあるまいしー)
 勿論、脱がしっこが初めてでは無いという意味である。
(よし、すぐにここを離れるんだ。葵、バッグも置いていけ)
 超能力さえ使えるようになれば、ここから逃げることは勿論、誘拐グループを捕まえることも可能だ。それでなくても発信機が無いだけで、安全の度合いが格段に上がる。

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